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八話
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僕と母は〇〇さんに案内されてリビングへ向かった。
「お茶とジュースしか無いですけど、どうしますか?」
「私はお茶がいいかな?」
母は迷わずにお茶を選んだ。
「あー、何ジュースですか?」
夏場はお茶が飲みたくなるけど、冬はあまり飲みたくならないんだよな。コーヒーは季節関係なく飲むんだけど……。コーヒーは依存性があるって聞いたことあるけど、本当だろうか? ふと思ったんだけど依存症はどうすれば治るんだろう? それを摂取してる時に光を当てたら治るかな。でも、元からコーヒー好きだし、好きなものが減るのは何だか悲しいから、コーヒーについては治す気はないけどね。まあ、他の依存症なら治せるかもしれないし、試してみるのもいいかもしれない。
「りんごジュースとオレンジジュースがあります」
そういや、子どもってりんごジュース好きな子多い気がするな。商店で働いてる時、ちびっこが欲しがるジュースってだいたいりんごだった。
かく言う僕は小さい頃からオレンジジュースの方が好きだったし、他のジュースの方が好きな子もいるけど。
酸味も強くないし、甘みもしっかりしてて、スッキリ飲めるから人気があるのかな。
「じゃあ、オレンジで」
「はい」
〇〇さんはそれを聞いて飲み物を用意する為にキッチンへと向かった。僕たちはテーブルに着いて無言で待つ。
しかし、思いもよらない時に〇〇さんの『ありがとう』を貰って、感極まって腰が抜けるかと思った。踏ん張ったけど。
でも、〇〇さんの居る場所へ向かうと決めた時、いや、父の口から名前が出た時には決めていた気がするな。
僕は〇〇さんの事を、小さい頃の名残で心の中で呼び捨てにしていたけど、改めて会うと面影は有っても全然雰囲気も顔つきも違って、呼び捨てになんてできなくなってしまった。年月を感じて、懐かしいような、寂しいような、虚しいような気持ちになる。でも、どうやら悪い気はしない。
「はい、どうぞ」
〇〇さんが飲み物をテーブルに並べた。
「ありがとうございます」
「ありがとうね」
〇〇さんも椅子に座る。
「あの、お邪魔して良かったんですか?」
「家主は今仕事で出ていますが、大丈夫ですよ。私の父と△△くんのお父さんの共通の友達ですし、私自身も小さい頃からお世話になっている人です。あと、私と息子の恩人でもある△△くんを門前払いなんてできませんよ」
「そうですか」
「〇〇ちゃん、あれから嫌がらせは大丈夫?」
何を話したら良いか悩んでいたら、母が先に口を開いた。
「ここに来てからは無いですね」
「前はやっぱり酷かったんですか?」
「はい……。窓を割られたり、ゴミを投げ入れられたり、物を盗まれたり、酷い事を書いた紙を至る所に貼られたり……」
「でも、募金詐欺で、しかも裏も取れていないのに、何でそれ程まで酷くなったんですかね?」
〇〇さんは少し顔を下に向けて話した。
「額が大きかったのもあると思います。でも……、言い方悪いと思いますけど、公共の電波を使って、しかも皆の同情を誘ってお金を集めたから、余計に酷くなったんだと思います」
「詳しく訊いても良いですか?」
「はい。……最初は入院費くらい集まれば良いと思って募金活動を始めたんです。植物状態から目覚める症例は殆どありませんから……。それくらいなら、怪我の治療費は相手方から頂いたお金と、私は考えたくはありませんでしたけど、夫が万が一だからと私を説得してかけておいてくれた保険で、何とかなりました。受け取らずに済むならそれが良かったですけど、夫はその万が一を引いてしまった……。
息子も生きてさえいてくれたらと初めは思っていましたけど、私達の事を知った方が、海外で植物状態の人を治したっていう脳神経外科医の人がいるって教えてくれまして、少しでも良くなるならと藁にも縋る思いで調べていきました。
その後丁度、募金活動しているのをたまたま知ったテレビ局から、番組に出ませんか? って連絡が来まして、我が子を治せるチャンスだと思って承諾しました。そして番組でその人の治療を受けたいと言ったら、皆が協力してくれてどんどんお金が貯まりました。海外ですから治療費も手術後の入院費も馬鹿にできない額だったんですけど、芸能人の方や政治家の方までお金を出してくれて何とかなったんです」
〇〇さんはお茶を一口飲んで喉を潤した。
「私はすぐに向かいたかったんですけど、息子の怪我がもう少し治って体力が戻らないと、治療は受けられないとの事でしたので、それを待ってたんです」
「もしかして、そこで僕が治したんですか? それなら、余計なお世話だったんじゃ……。申し訳ありません」
「いえ。怪我の治りも遅く、日に日に弱っていってて、息子は助かる気が無いかもしれない。って、お医者さんが言ってたんです。そんな状態で負担の大きい手術をしたら、まず失敗するし助からないとも。だから、いつ治療を受けられるかも全然わかりませんでした」
「助かる気が無いって?」
「多分、事故による精神的ショックが大きかったんだと思います」
「そうですか……。あ、そう言えば、えっと、息子さんの病室に有った花は萎れてましたけど、何日も会えてなかったんですか?」
「はい、そうですね。声をかけても反応はありませんでしたし、お医者さんも殆どお手上げでしたから、お恥ずかしいですけど、私も精神的にやられてしまって……。何日も眠れず、不安定になって、"いっそ死んでいく命なら、私が楽にしてあげた方が良いんじゃないか? そして、息子を殺した後自分も死のう"って、考えが何度もよぎるようになりました。そこで、あの病院のお医者さんが精神科医を勧めてくれたんです。普通なら自分は正常だと主張して拒否するかもしれないんですけど、私、あの時凄く自信かあったんです」
「自信ですか?」
「はい。自分は冷静だ、自分は正しい判断ができる、自分は誰かに何かを言われた所で意見を変えたりしない。って。だからこそ、それを証明する為に紹介してもらった精神科医に通う事になりました。今なら判るんですけど、正常じゃないから精神科を勧められたんですよね。だから私が心中するって言ったら少し驚いた顔されて、入院させられました」
「他に誰か頼る人はいなかったんですか?」
「頼れば助けてくれる人は何人もいると思います。現に今助けて貰ってますし。でもその時は、同情するだけで私の本当の気持ちを分かってくれる人なんか、誰もいないと心の底から確信していましたので……」
「そこまで追い詰められてたんですね……」
「そこで嘘みたいな事が起きたんです」
「息子さんの事ね?」
母は事情を既に聞いていたのか、疑問符はつけているけど尋ねている様子では無かった。
「はい。入院してから何日経ったか分かりません。いつもの通り病室で天井を眺めていたら、お見舞いが来たって看護師さんが言ったんです。『私は誰にも会いたく無いから、追い返して下さい』って言ったんですけど、息子が会いに来たって言うんです。耳を疑いました。とうとう死んじゃって、私の知らない間に葬式でもして、お骨として来たんだと思いました。つらくて、悲しくて、最期に一緒に居てあげられなかったとやりきれなくて、俯いていたら、『お母さん、お母さん』って呼ぶ声が聞こえたんです。涙で前が霞んでましたし、下を見てましたから、私にもお迎えが来たのかな? と想いました。でも、すぐに息子が私にハグをしてくれたんです。温かかった。そこで私は幽霊でも幻でもない体のある、本物の息子なんだって」
その後自殺を選んだ未来を知ってるから複雑な気分だけど、〇〇さんの顔を見ると、少なくともその瞬間は幸せが存在したんだと知って、僕は少しだけ嬉しかった。
「その後、ですかね? 詐欺だと言われたのは」
「はい。息子の怪我は全部治っていて、数値も全て正常。入院する必要も無いから退院できて、お義母さんが連れて来てくれたんです。私も原因が解消されたので精神が安定しまして、通院は必要ですけど退院できました。それで、息子とゆっくり過ごそうと一緒に帰ったら、カメラとかマイクを持った人が沢山居て、家の玄関前を塞いでいたんです。事情は分かりませんでしたけど、面倒事に巻き込まれたく無かったので裏口から入ろうと遠回りしました。そこで入ろうとドアノブに手をかけた瞬間、庭で隠れていた人が飛び出してきて、大きな声で誰かを呼びながら、私の手を掴みました。凄く恐かったですけど、息子は守らなきゃと思って、その人が目を離した隙に家に避難させました。間もなく玄関前に居た人達も裏口に到着しまして、私は質問攻めにされて、そこで何が起きてるのか理解したんです。確かに奇跡的な事が起きたわけですから、気になるのは分かります。ですから、自分の分かる範囲で答えました」
「動画見ましたけど、しつこく聞かれたんですか?」
「はい。私の体調も万全とは言い難い状態でしたし、同じ様な事を何度も聞かれたり、心無い事を何度も言われたりして、恐くて恐くて、止めて下さいとか、息子と一緒にいたいとか言っても聞いてもらえなかったんです」
「酷いね……」
「一時間以上質問攻めにされて、ようやく開放されました。これで楽になると思ったら、次の日から徐々に嫌がらせが増えました。テレビとかでも悪者扱いしてる所が多くて……。あ、勿論、中立の立場で判断してくれたり、誹謗中傷から庇ってくれる人もいました。でも、初めて見ました……。窓ガラスを割られて投げ入れられた物……。何だと思います?」
僕は少し考えた。
「ゴミ……ですか? でも、初めてですもんね」
昔聞いた事あるもので衝撃的なのは……。
「動物の死体とか……?」
ニュースで聞いた時、凄く衝撃的だった。人を困らせる為だけに、簡単に命を奪う人がこの世に存在するなんて、その時は信じられなかった。酷い人間が存在するのは知識として知っていたけど、現代に、しかも同じ国にいるとなれば話は別だ。正直に言えば知りたくは無かった。
「違います。それもありましたけど……」
「そうですか……」
「正解と言うのも嫌ですけど、火炎瓶です」
「え……?! 大丈夫だったんですか?」
火炎瓶は寝耳に水だ。
「幸い割れずに済みましたので、火事にはなりませんでした。でも、連日のこんな仕打ちに辛くなってしまって、自殺を考えたんです。近くに住む義実家に息子を預けて、少しでも高い建物を探して町を回りました。でも、あまり高い建物は無かったので、オートロックが無いアパートを選びました。上から見ると高いですけど、死ねるかはわかりませんでした。飛び降りは下手をすれば、大怪我をして苦しいだけで死ねないなんて聞いた事がありましたし、恐くて長い間下を眺めていました」
「そうですか」
「夕方頃でしたかね? 下を眺める私に、後ろから誰か話して来たんです。引き止められてたら、きっと反発してすぐに飛び降りてたと思います。でも、『辛いなら死ねば良い』とか、『背中を押してあげます』とか、『────さんもそれを望んでる』なんて言われて、怖気づいてしまって。でも、その人は近寄ってきて、何を思ったのか私は、逃げたい気持ちでいっぱいになってしまって、何も考えられなかったんでしょうね、押しのけるとかできたと思うんですけど、階段へ続く道にはその人がいたので通れないと判断して、私は手摺りをよじ登って飛び降りました」
「え……? それって、自殺というより殆ど他殺じゃないですか……。警察には言ったんですか?」
「いえ。あの人は手を下してないですし、女性って事以外憶えていないですし、後で確認しても、もういませんでしたからね。それに、〇〇くんが治してくれた後、私、追いかけたんです。息子と離れ過ぎるわけにもいかないんで、結局見つけられなかったんですけど。まあ、言った所で無傷ですから相手にもしてくれないですよ、きっと」
「恐いですね。ああ、息子さんは大丈夫ですか?」
「呼びましょうか?」
「ああ、はい」
〇〇さんが息子を呼んだ。すると『はーい』と返事が聞こえて、別の部屋から男の子が出て来た。筋肉が衰えて上手く歩けないのか、杖を支えにしてゆっくりと歩いている。
「こんにちは」
男の子が僕たちの姿を見ると、会釈をして挨拶をくれた。それに僕と母は同じ言葉で返す。
「えっと……、△△さん、ですか?」
「そうですよ。会うのはこれで三回目になるかな」
「はい……? えっと、お母さんと僕を助けてくれて、ありがとうございました」
杖で体を支えているから不安定だけど、その子は深く頭を下げてお礼を言ってくれた。嬉しい気持ちは大きいけど、さっきの話を聞いているから素直には喜べない。
疑問符が付いたのは、一度目はこの子がまともに目覚める前に僕が去ったから、記憶が曖昧なんだろう。
「良かれと思って助けたけど、そのせいで辛い思いをさせちゃったね。ごめんなさい」
僕は椅子から立ち上がって、しっかり頭を下げた。〇〇さんには先に謝ったけど、この子にもちゃんと謝らなければならない。間接的とは言え、この子の母親の命を奪ってしまっていたかもしれないんだ。
「えっと、いや、大丈夫です……? お母さんを助けてくれたのは△△さんだけです。ひどい人はいっぱいですけど、△△がいて僕は良かったなと思います」
「……そう。ありがとう」
僕は頭を上げることができた。
「あの、あの光ってたのは何ですか? ゲームの魔法みたいなやつです」
「立ってるの疲れるでしょ、座ったら?」
〇〇さんが男の子に座るよう促す。
「あ、うん。ありがと」
椅子を引いて貰って、慎重に男の子は椅子に座った。それを見届けて、僕も再び椅子に座った。
「正直、僕にもわからない。でも、昔君のお母さんが怪我をした時に使えるようになったんだ。それから怪我してる人とか、病気の人をこっそり治してたんだ。まあ、大きな病気とか怪我してる人は、他人が近づけない所に居る事が多かったから、殆どは軽いものだけどさ。あと、光とは関係ないけど、困ってる人がいたら人助けはするようにはしてるかな」
「おー……! すごい、良い魔法使いみたいにってこと?」
「いい魔法使い?」
「うん。あー、絵本に出てくる魔法です」
どんな本だろうか?
「ああ、えっと…………。これです」
〇〇さんは本棚から一つの絵本を取り出した。そこには一人の魔法使いが描かれている。
「ちょっと中を見て良いですか?」
「どうぞ」
良い魔法使いは普段は魔法使いと知られないように薬屋をしていた。でも、薬ではどうにもならない病気の人がいた。そんな人を良い魔法使いは夜な夜な魔法で治していた。正体がバレないように、暗い夜に、夜色のローブと帽子、それに仮面をつけて。でも、ある日お友達が急な病気で倒れてしまう。夜まで待とうにも、仮面等を取りに帰ろうにも、そんな時間は無いくらい辛そうだ。正体が知られるか友達を見捨てる。どちらかを選ばなければならない。良い魔法使いは迷う事なく、友達を助けた。
その後友達には感謝されるが、魔法を恐れた人達に村を追い出されてしまう。良い事をしていたと言っても、かつて悪い魔法使いが村を荒らした事もあり信じてもらえない。そして、とうとう良い魔法使いは処刑される事になる。確かに魔法は、その村の人にとっては恐怖の対象で、存在するだけでまた苦しむ原因になる。だから、逃げる事なく、処刑されるのを受け入れたんだ。でも、友達は救いたかった。魔法使いだと知っても優しい友達を。そして、良い魔法は友達に被害を広げない為に、最期に嘘をついた。
『そいつは友達なんかでは無い。富を得る為に、近づき、騙しただけだ』
友達が否定しましたが、良い魔法使いは、
『魔法で今も操っているが、そのうち正常に戻るだろう。もはや処刑されると決まった以上、操る必要もない。開放してやる』
良い魔法使いは火に炙られ、灰になった。友達はとてもとても悲しんで、せめての弔いにとに灰を埋め、植物の種を植えた。
すると、そこからとても大きな木が生えた。その木はいくつもの病気や怪我に効く実が成り、村の人達を支えていった。
それから何年も何十年も経った時、あの魔法は良い魔法だと村の人達は気付けたんだ。もう気付いた時には遅かった。後悔する人も多かった。でも、魔法使いは誰も恨んでいないと、良い魔法使いの友達は皆に教えた。何故わかるのか? 生前良い魔法使いが教えてくれ、大きな木が証明してくれたから。村の人はかつて自分達が追い詰めてしまった良い魔法使いに、後悔と、感謝と、自分達が同じ過ちを繰り返さないと誓った事を伝える為に像を建てた。そして、像には良い魔法使いの最期の言葉を記した。
『皆怖がって周りが見えていないだけなんだ。だから責めたりしない。私は村の皆が大好きで、今も変わらない。もし、生まれ変わる事が出来るなら、私はまた皆の役にたちたい。ありがとう皆、ありがとう友よ、また会える時まで』
「読み終えた。いいお話だけど、なんだか切ないな」
「あ、ごめんなさい。でも僕このお話好きなんです」
「ん? 謝らなくていいよ。でも、この魔法使いは助かる事できなかったのかな?」
当然の疑問だ。僕がこの良い魔法使いみたいなら……。☓☓教が好き勝手して、死人も出てしまって、指名手配されてる以上、僕も処刑される可能性は十分あるから。
「…………うーん。友達をいっぱいつくるとか?」
「友達か……」
「どうかしたの?」
一人で考える僕を見て、母が尋ねた。
「いい考えかもしれないな。って」
「僕、ただ〇〇さん達に会いたいと思って来たのもあるんですけど、やっぱり気持ちの整理とか、今後どうしたいか、どうすれば良いか、きっかけも欲しかったんだと思うんです」
「その答えが出たんですか?」
〇〇さんが言った。
「はい。僕、指名手配されてるのしってますか?」
「ああ、見ました。宗教団体が警察署を爆破したとかで、亡くなった人もいるんですよね? それって、△△くんが命令した事になってるみたいですけど、そんなの何かの間違いですよね?」
「たまたまその宗教の人と会って、その偉い人と話をしたんです。その時に皆に認められる様に手を打つを言われまして。危なそうなら匿ってくれるとも言ってましたね。やり方は教えてくれなかったんですけど、結果がこれです」
「酷い。利用されたって事ですか?」
「ですね。☓☓教って、芸能人の人も入ってるって聞きますし、大丈夫かな? って思ったんですけどね……。でも、まだ当人から話を聞いたわけじゃないんで、結論は出せないですけど」
「……気を付けてくださいね」
「はい。それで、その宗教の人と話してるわけですから、声を録音されてる可能性もあります。で、その建物にもお邪魔してるんで、全く無関係とは証明できないんです。だから捕まったら、何事もなく外に出るのは難しいでしょうね。ま、逃げるだけなら、もしかすると行けるかもしれないなーって思ったんですけど、無理ですね。何の解決にもなりません。多分、あの人達は僕が表に立たないと満足しない。だから、僕が隠れる時間が長ければ長い程、被害も増えます。怪我しなくていい人や、死ななくていい命が奪われるんです。
だから次の犯行予告が来たら、その場所にいる人達を助けに行くつもりです。……できれば未然に防ぎたいですけど。僕が止めようとしてると知ったら、次に何をするか分からなくなって防ぎようも無くなってしまいます。でも、未然に防げなくとも、最小限に抑える事はできる。それで、本拠地かは知らないですけど、拠点となる場所の一つは知ってますから、どうせ捕まるならその場所を警察の人に明かして、被害が新たに出てしまうのを防ぎます」
「それで、良いんですか?」
「何がですか?」
「もし関わりが否定できなかったら、首謀者の一人だと思われます。否定しようにも裏切ったとしか思われないかもしれません。そうなると、詐欺師だとかテロリストだとか人殺しだとか、色々な罪で裁かれる事になります。言いたくないですけど、死刑になる可能性は十分にありますよ」
「はい、分かってます。あ、ちゃんと〇〇さんは無罪だと言っておきますよ。その点は心配しないで下さい」
「そうじゃないです! △△くんは悪くないのに、裁かれるんですよ? 無罪なんですから、逃げても罪はないでしょ? 私達も今はこんな状態ですけど、皆も嫌がらせに飽きたらきっと元に戻ります。だから、簡単に死を受け入れないで……」
「簡単には受け入れないですよ」
「友達を増やす……んですか?」
男の子が頬に手を置いて言う。
「そう。次に爆破されるのがいつかはわからないですけど、場所は何となくわかります。だから、いざとなったら駆けつけられるようにしておいて、それまで人助けをするんです。今までは判らないようにしてたんですけど、これからは僕だと判るように。正体の判らないヒーローじゃなくて、格好つけずに、一人の人間として怪我人とか病人を治すんです。そしたら、もしかすると良い魔法使いも助けられるかもしれないでしょ?」
「それがさっき言ってたいい考えね」
「うん」
「私、△△くんが捕まってしまったら、助けられるように頑張ります。何ができるか今はわからないですけど、何とかしますから、最後まで諦めないでください」
「はい。ありがとうございます」
「僕も手伝います」
「ありがとう」
意志は固まった。後は実行に移すだけだ。
「今日はこれからどうするんですか?」
「いつその時が来るか分からないからもう出ますよ。時間が惜しい」
「移動はどうするの?」
「あー、スクーター家か。車は小回り効かないもんな……」
「僕の自転車使いますか?」
「良いの?」
「うん。僕、あんまりお手伝いできないし、今は自転車も乗れないんで、大丈夫です」
僕は一応〇〇に目を向けた。
「少し小さいかもしれないですけど、良いですか? 私はバイクも自転車も持ってないですし、貸せるものが無くて……」
「ありがとうございます。まあ、小さいのはサドルを上げたら大丈夫でしょ」
僕は男の子に向き直って言った。
「必ず返すから。もし壊してしまったら、新しいの買うからね。約束する」
「はい」
それから僕は男の子から鍵を受け取り、タイヤの調子を確認して、サドルを上げた後、車からバッグを取り出して家の前に移動した。
「じゃ、いってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「うん」
「気を付けて、無理はしないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「あの……」
「なに?」
「△△さん、今友達っているんですか?」
「あー、どうだろ? 昔は君のお母さんとよく遊んでたけど……」
「……そうなの?」
男の子が〇〇に訊く。
「うん。そう。お母さんは今でも友達と思ってるけどな」
「そうですか。それは良かった。友達じゃないと言われたら、悲しいですもんね」
「そっか。他には?」
「いないかな」
「えっと、じゃあ僕が二人目の友達になります」
「はは。ありがとう」
「あの……、普通に話しても良いですか?」
「普通に? 敬語じゃなく、って事?」
「はい」
「うん、良いよ」
「ありがとうござ……。ありがとう、△△さん。ええっと、良い魔法使いは友達が一人だけだったんだ。だからね、△△さんは友達二人になったから、大丈夫」
「そっか、そうだね」
「うん。……いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
僕は子ども向けアニメの絵柄の入った自転車に跨がった。そして三人に手を振ってペダルを漕いだ。
自転車はやっぱり少し低いけど、風はとても気持ちよかった。
酷い人は確実にいるけど、良い人も沢山いる。
何をするか、何をしたらいいか、僕一人だとフワフワしてまとまらなかったかもしれない。でも、あの家に行って良かった。
スーパーヒーローでは無いかもしれないけど、人に寄り添える人であろうと、僕は決心できたから……。
「お茶とジュースしか無いですけど、どうしますか?」
「私はお茶がいいかな?」
母は迷わずにお茶を選んだ。
「あー、何ジュースですか?」
夏場はお茶が飲みたくなるけど、冬はあまり飲みたくならないんだよな。コーヒーは季節関係なく飲むんだけど……。コーヒーは依存性があるって聞いたことあるけど、本当だろうか? ふと思ったんだけど依存症はどうすれば治るんだろう? それを摂取してる時に光を当てたら治るかな。でも、元からコーヒー好きだし、好きなものが減るのは何だか悲しいから、コーヒーについては治す気はないけどね。まあ、他の依存症なら治せるかもしれないし、試してみるのもいいかもしれない。
「りんごジュースとオレンジジュースがあります」
そういや、子どもってりんごジュース好きな子多い気がするな。商店で働いてる時、ちびっこが欲しがるジュースってだいたいりんごだった。
かく言う僕は小さい頃からオレンジジュースの方が好きだったし、他のジュースの方が好きな子もいるけど。
酸味も強くないし、甘みもしっかりしてて、スッキリ飲めるから人気があるのかな。
「じゃあ、オレンジで」
「はい」
〇〇さんはそれを聞いて飲み物を用意する為にキッチンへと向かった。僕たちはテーブルに着いて無言で待つ。
しかし、思いもよらない時に〇〇さんの『ありがとう』を貰って、感極まって腰が抜けるかと思った。踏ん張ったけど。
でも、〇〇さんの居る場所へ向かうと決めた時、いや、父の口から名前が出た時には決めていた気がするな。
僕は〇〇さんの事を、小さい頃の名残で心の中で呼び捨てにしていたけど、改めて会うと面影は有っても全然雰囲気も顔つきも違って、呼び捨てになんてできなくなってしまった。年月を感じて、懐かしいような、寂しいような、虚しいような気持ちになる。でも、どうやら悪い気はしない。
「はい、どうぞ」
〇〇さんが飲み物をテーブルに並べた。
「ありがとうございます」
「ありがとうね」
〇〇さんも椅子に座る。
「あの、お邪魔して良かったんですか?」
「家主は今仕事で出ていますが、大丈夫ですよ。私の父と△△くんのお父さんの共通の友達ですし、私自身も小さい頃からお世話になっている人です。あと、私と息子の恩人でもある△△くんを門前払いなんてできませんよ」
「そうですか」
「〇〇ちゃん、あれから嫌がらせは大丈夫?」
何を話したら良いか悩んでいたら、母が先に口を開いた。
「ここに来てからは無いですね」
「前はやっぱり酷かったんですか?」
「はい……。窓を割られたり、ゴミを投げ入れられたり、物を盗まれたり、酷い事を書いた紙を至る所に貼られたり……」
「でも、募金詐欺で、しかも裏も取れていないのに、何でそれ程まで酷くなったんですかね?」
〇〇さんは少し顔を下に向けて話した。
「額が大きかったのもあると思います。でも……、言い方悪いと思いますけど、公共の電波を使って、しかも皆の同情を誘ってお金を集めたから、余計に酷くなったんだと思います」
「詳しく訊いても良いですか?」
「はい。……最初は入院費くらい集まれば良いと思って募金活動を始めたんです。植物状態から目覚める症例は殆どありませんから……。それくらいなら、怪我の治療費は相手方から頂いたお金と、私は考えたくはありませんでしたけど、夫が万が一だからと私を説得してかけておいてくれた保険で、何とかなりました。受け取らずに済むならそれが良かったですけど、夫はその万が一を引いてしまった……。
息子も生きてさえいてくれたらと初めは思っていましたけど、私達の事を知った方が、海外で植物状態の人を治したっていう脳神経外科医の人がいるって教えてくれまして、少しでも良くなるならと藁にも縋る思いで調べていきました。
その後丁度、募金活動しているのをたまたま知ったテレビ局から、番組に出ませんか? って連絡が来まして、我が子を治せるチャンスだと思って承諾しました。そして番組でその人の治療を受けたいと言ったら、皆が協力してくれてどんどんお金が貯まりました。海外ですから治療費も手術後の入院費も馬鹿にできない額だったんですけど、芸能人の方や政治家の方までお金を出してくれて何とかなったんです」
〇〇さんはお茶を一口飲んで喉を潤した。
「私はすぐに向かいたかったんですけど、息子の怪我がもう少し治って体力が戻らないと、治療は受けられないとの事でしたので、それを待ってたんです」
「もしかして、そこで僕が治したんですか? それなら、余計なお世話だったんじゃ……。申し訳ありません」
「いえ。怪我の治りも遅く、日に日に弱っていってて、息子は助かる気が無いかもしれない。って、お医者さんが言ってたんです。そんな状態で負担の大きい手術をしたら、まず失敗するし助からないとも。だから、いつ治療を受けられるかも全然わかりませんでした」
「助かる気が無いって?」
「多分、事故による精神的ショックが大きかったんだと思います」
「そうですか……。あ、そう言えば、えっと、息子さんの病室に有った花は萎れてましたけど、何日も会えてなかったんですか?」
「はい、そうですね。声をかけても反応はありませんでしたし、お医者さんも殆どお手上げでしたから、お恥ずかしいですけど、私も精神的にやられてしまって……。何日も眠れず、不安定になって、"いっそ死んでいく命なら、私が楽にしてあげた方が良いんじゃないか? そして、息子を殺した後自分も死のう"って、考えが何度もよぎるようになりました。そこで、あの病院のお医者さんが精神科医を勧めてくれたんです。普通なら自分は正常だと主張して拒否するかもしれないんですけど、私、あの時凄く自信かあったんです」
「自信ですか?」
「はい。自分は冷静だ、自分は正しい判断ができる、自分は誰かに何かを言われた所で意見を変えたりしない。って。だからこそ、それを証明する為に紹介してもらった精神科医に通う事になりました。今なら判るんですけど、正常じゃないから精神科を勧められたんですよね。だから私が心中するって言ったら少し驚いた顔されて、入院させられました」
「他に誰か頼る人はいなかったんですか?」
「頼れば助けてくれる人は何人もいると思います。現に今助けて貰ってますし。でもその時は、同情するだけで私の本当の気持ちを分かってくれる人なんか、誰もいないと心の底から確信していましたので……」
「そこまで追い詰められてたんですね……」
「そこで嘘みたいな事が起きたんです」
「息子さんの事ね?」
母は事情を既に聞いていたのか、疑問符はつけているけど尋ねている様子では無かった。
「はい。入院してから何日経ったか分かりません。いつもの通り病室で天井を眺めていたら、お見舞いが来たって看護師さんが言ったんです。『私は誰にも会いたく無いから、追い返して下さい』って言ったんですけど、息子が会いに来たって言うんです。耳を疑いました。とうとう死んじゃって、私の知らない間に葬式でもして、お骨として来たんだと思いました。つらくて、悲しくて、最期に一緒に居てあげられなかったとやりきれなくて、俯いていたら、『お母さん、お母さん』って呼ぶ声が聞こえたんです。涙で前が霞んでましたし、下を見てましたから、私にもお迎えが来たのかな? と想いました。でも、すぐに息子が私にハグをしてくれたんです。温かかった。そこで私は幽霊でも幻でもない体のある、本物の息子なんだって」
その後自殺を選んだ未来を知ってるから複雑な気分だけど、〇〇さんの顔を見ると、少なくともその瞬間は幸せが存在したんだと知って、僕は少しだけ嬉しかった。
「その後、ですかね? 詐欺だと言われたのは」
「はい。息子の怪我は全部治っていて、数値も全て正常。入院する必要も無いから退院できて、お義母さんが連れて来てくれたんです。私も原因が解消されたので精神が安定しまして、通院は必要ですけど退院できました。それで、息子とゆっくり過ごそうと一緒に帰ったら、カメラとかマイクを持った人が沢山居て、家の玄関前を塞いでいたんです。事情は分かりませんでしたけど、面倒事に巻き込まれたく無かったので裏口から入ろうと遠回りしました。そこで入ろうとドアノブに手をかけた瞬間、庭で隠れていた人が飛び出してきて、大きな声で誰かを呼びながら、私の手を掴みました。凄く恐かったですけど、息子は守らなきゃと思って、その人が目を離した隙に家に避難させました。間もなく玄関前に居た人達も裏口に到着しまして、私は質問攻めにされて、そこで何が起きてるのか理解したんです。確かに奇跡的な事が起きたわけですから、気になるのは分かります。ですから、自分の分かる範囲で答えました」
「動画見ましたけど、しつこく聞かれたんですか?」
「はい。私の体調も万全とは言い難い状態でしたし、同じ様な事を何度も聞かれたり、心無い事を何度も言われたりして、恐くて恐くて、止めて下さいとか、息子と一緒にいたいとか言っても聞いてもらえなかったんです」
「酷いね……」
「一時間以上質問攻めにされて、ようやく開放されました。これで楽になると思ったら、次の日から徐々に嫌がらせが増えました。テレビとかでも悪者扱いしてる所が多くて……。あ、勿論、中立の立場で判断してくれたり、誹謗中傷から庇ってくれる人もいました。でも、初めて見ました……。窓ガラスを割られて投げ入れられた物……。何だと思います?」
僕は少し考えた。
「ゴミ……ですか? でも、初めてですもんね」
昔聞いた事あるもので衝撃的なのは……。
「動物の死体とか……?」
ニュースで聞いた時、凄く衝撃的だった。人を困らせる為だけに、簡単に命を奪う人がこの世に存在するなんて、その時は信じられなかった。酷い人間が存在するのは知識として知っていたけど、現代に、しかも同じ国にいるとなれば話は別だ。正直に言えば知りたくは無かった。
「違います。それもありましたけど……」
「そうですか……」
「正解と言うのも嫌ですけど、火炎瓶です」
「え……?! 大丈夫だったんですか?」
火炎瓶は寝耳に水だ。
「幸い割れずに済みましたので、火事にはなりませんでした。でも、連日のこんな仕打ちに辛くなってしまって、自殺を考えたんです。近くに住む義実家に息子を預けて、少しでも高い建物を探して町を回りました。でも、あまり高い建物は無かったので、オートロックが無いアパートを選びました。上から見ると高いですけど、死ねるかはわかりませんでした。飛び降りは下手をすれば、大怪我をして苦しいだけで死ねないなんて聞いた事がありましたし、恐くて長い間下を眺めていました」
「そうですか」
「夕方頃でしたかね? 下を眺める私に、後ろから誰か話して来たんです。引き止められてたら、きっと反発してすぐに飛び降りてたと思います。でも、『辛いなら死ねば良い』とか、『背中を押してあげます』とか、『────さんもそれを望んでる』なんて言われて、怖気づいてしまって。でも、その人は近寄ってきて、何を思ったのか私は、逃げたい気持ちでいっぱいになってしまって、何も考えられなかったんでしょうね、押しのけるとかできたと思うんですけど、階段へ続く道にはその人がいたので通れないと判断して、私は手摺りをよじ登って飛び降りました」
「え……? それって、自殺というより殆ど他殺じゃないですか……。警察には言ったんですか?」
「いえ。あの人は手を下してないですし、女性って事以外憶えていないですし、後で確認しても、もういませんでしたからね。それに、〇〇くんが治してくれた後、私、追いかけたんです。息子と離れ過ぎるわけにもいかないんで、結局見つけられなかったんですけど。まあ、言った所で無傷ですから相手にもしてくれないですよ、きっと」
「恐いですね。ああ、息子さんは大丈夫ですか?」
「呼びましょうか?」
「ああ、はい」
〇〇さんが息子を呼んだ。すると『はーい』と返事が聞こえて、別の部屋から男の子が出て来た。筋肉が衰えて上手く歩けないのか、杖を支えにしてゆっくりと歩いている。
「こんにちは」
男の子が僕たちの姿を見ると、会釈をして挨拶をくれた。それに僕と母は同じ言葉で返す。
「えっと……、△△さん、ですか?」
「そうですよ。会うのはこれで三回目になるかな」
「はい……? えっと、お母さんと僕を助けてくれて、ありがとうございました」
杖で体を支えているから不安定だけど、その子は深く頭を下げてお礼を言ってくれた。嬉しい気持ちは大きいけど、さっきの話を聞いているから素直には喜べない。
疑問符が付いたのは、一度目はこの子がまともに目覚める前に僕が去ったから、記憶が曖昧なんだろう。
「良かれと思って助けたけど、そのせいで辛い思いをさせちゃったね。ごめんなさい」
僕は椅子から立ち上がって、しっかり頭を下げた。〇〇さんには先に謝ったけど、この子にもちゃんと謝らなければならない。間接的とは言え、この子の母親の命を奪ってしまっていたかもしれないんだ。
「えっと、いや、大丈夫です……? お母さんを助けてくれたのは△△さんだけです。ひどい人はいっぱいですけど、△△がいて僕は良かったなと思います」
「……そう。ありがとう」
僕は頭を上げることができた。
「あの、あの光ってたのは何ですか? ゲームの魔法みたいなやつです」
「立ってるの疲れるでしょ、座ったら?」
〇〇さんが男の子に座るよう促す。
「あ、うん。ありがと」
椅子を引いて貰って、慎重に男の子は椅子に座った。それを見届けて、僕も再び椅子に座った。
「正直、僕にもわからない。でも、昔君のお母さんが怪我をした時に使えるようになったんだ。それから怪我してる人とか、病気の人をこっそり治してたんだ。まあ、大きな病気とか怪我してる人は、他人が近づけない所に居る事が多かったから、殆どは軽いものだけどさ。あと、光とは関係ないけど、困ってる人がいたら人助けはするようにはしてるかな」
「おー……! すごい、良い魔法使いみたいにってこと?」
「いい魔法使い?」
「うん。あー、絵本に出てくる魔法です」
どんな本だろうか?
「ああ、えっと…………。これです」
〇〇さんは本棚から一つの絵本を取り出した。そこには一人の魔法使いが描かれている。
「ちょっと中を見て良いですか?」
「どうぞ」
良い魔法使いは普段は魔法使いと知られないように薬屋をしていた。でも、薬ではどうにもならない病気の人がいた。そんな人を良い魔法使いは夜な夜な魔法で治していた。正体がバレないように、暗い夜に、夜色のローブと帽子、それに仮面をつけて。でも、ある日お友達が急な病気で倒れてしまう。夜まで待とうにも、仮面等を取りに帰ろうにも、そんな時間は無いくらい辛そうだ。正体が知られるか友達を見捨てる。どちらかを選ばなければならない。良い魔法使いは迷う事なく、友達を助けた。
その後友達には感謝されるが、魔法を恐れた人達に村を追い出されてしまう。良い事をしていたと言っても、かつて悪い魔法使いが村を荒らした事もあり信じてもらえない。そして、とうとう良い魔法使いは処刑される事になる。確かに魔法は、その村の人にとっては恐怖の対象で、存在するだけでまた苦しむ原因になる。だから、逃げる事なく、処刑されるのを受け入れたんだ。でも、友達は救いたかった。魔法使いだと知っても優しい友達を。そして、良い魔法は友達に被害を広げない為に、最期に嘘をついた。
『そいつは友達なんかでは無い。富を得る為に、近づき、騙しただけだ』
友達が否定しましたが、良い魔法使いは、
『魔法で今も操っているが、そのうち正常に戻るだろう。もはや処刑されると決まった以上、操る必要もない。開放してやる』
良い魔法使いは火に炙られ、灰になった。友達はとてもとても悲しんで、せめての弔いにとに灰を埋め、植物の種を植えた。
すると、そこからとても大きな木が生えた。その木はいくつもの病気や怪我に効く実が成り、村の人達を支えていった。
それから何年も何十年も経った時、あの魔法は良い魔法だと村の人達は気付けたんだ。もう気付いた時には遅かった。後悔する人も多かった。でも、魔法使いは誰も恨んでいないと、良い魔法使いの友達は皆に教えた。何故わかるのか? 生前良い魔法使いが教えてくれ、大きな木が証明してくれたから。村の人はかつて自分達が追い詰めてしまった良い魔法使いに、後悔と、感謝と、自分達が同じ過ちを繰り返さないと誓った事を伝える為に像を建てた。そして、像には良い魔法使いの最期の言葉を記した。
『皆怖がって周りが見えていないだけなんだ。だから責めたりしない。私は村の皆が大好きで、今も変わらない。もし、生まれ変わる事が出来るなら、私はまた皆の役にたちたい。ありがとう皆、ありがとう友よ、また会える時まで』
「読み終えた。いいお話だけど、なんだか切ないな」
「あ、ごめんなさい。でも僕このお話好きなんです」
「ん? 謝らなくていいよ。でも、この魔法使いは助かる事できなかったのかな?」
当然の疑問だ。僕がこの良い魔法使いみたいなら……。☓☓教が好き勝手して、死人も出てしまって、指名手配されてる以上、僕も処刑される可能性は十分あるから。
「…………うーん。友達をいっぱいつくるとか?」
「友達か……」
「どうかしたの?」
一人で考える僕を見て、母が尋ねた。
「いい考えかもしれないな。って」
「僕、ただ〇〇さん達に会いたいと思って来たのもあるんですけど、やっぱり気持ちの整理とか、今後どうしたいか、どうすれば良いか、きっかけも欲しかったんだと思うんです」
「その答えが出たんですか?」
〇〇さんが言った。
「はい。僕、指名手配されてるのしってますか?」
「ああ、見ました。宗教団体が警察署を爆破したとかで、亡くなった人もいるんですよね? それって、△△くんが命令した事になってるみたいですけど、そんなの何かの間違いですよね?」
「たまたまその宗教の人と会って、その偉い人と話をしたんです。その時に皆に認められる様に手を打つを言われまして。危なそうなら匿ってくれるとも言ってましたね。やり方は教えてくれなかったんですけど、結果がこれです」
「酷い。利用されたって事ですか?」
「ですね。☓☓教って、芸能人の人も入ってるって聞きますし、大丈夫かな? って思ったんですけどね……。でも、まだ当人から話を聞いたわけじゃないんで、結論は出せないですけど」
「……気を付けてくださいね」
「はい。それで、その宗教の人と話してるわけですから、声を録音されてる可能性もあります。で、その建物にもお邪魔してるんで、全く無関係とは証明できないんです。だから捕まったら、何事もなく外に出るのは難しいでしょうね。ま、逃げるだけなら、もしかすると行けるかもしれないなーって思ったんですけど、無理ですね。何の解決にもなりません。多分、あの人達は僕が表に立たないと満足しない。だから、僕が隠れる時間が長ければ長い程、被害も増えます。怪我しなくていい人や、死ななくていい命が奪われるんです。
だから次の犯行予告が来たら、その場所にいる人達を助けに行くつもりです。……できれば未然に防ぎたいですけど。僕が止めようとしてると知ったら、次に何をするか分からなくなって防ぎようも無くなってしまいます。でも、未然に防げなくとも、最小限に抑える事はできる。それで、本拠地かは知らないですけど、拠点となる場所の一つは知ってますから、どうせ捕まるならその場所を警察の人に明かして、被害が新たに出てしまうのを防ぎます」
「それで、良いんですか?」
「何がですか?」
「もし関わりが否定できなかったら、首謀者の一人だと思われます。否定しようにも裏切ったとしか思われないかもしれません。そうなると、詐欺師だとかテロリストだとか人殺しだとか、色々な罪で裁かれる事になります。言いたくないですけど、死刑になる可能性は十分にありますよ」
「はい、分かってます。あ、ちゃんと〇〇さんは無罪だと言っておきますよ。その点は心配しないで下さい」
「そうじゃないです! △△くんは悪くないのに、裁かれるんですよ? 無罪なんですから、逃げても罪はないでしょ? 私達も今はこんな状態ですけど、皆も嫌がらせに飽きたらきっと元に戻ります。だから、簡単に死を受け入れないで……」
「簡単には受け入れないですよ」
「友達を増やす……んですか?」
男の子が頬に手を置いて言う。
「そう。次に爆破されるのがいつかはわからないですけど、場所は何となくわかります。だから、いざとなったら駆けつけられるようにしておいて、それまで人助けをするんです。今までは判らないようにしてたんですけど、これからは僕だと判るように。正体の判らないヒーローじゃなくて、格好つけずに、一人の人間として怪我人とか病人を治すんです。そしたら、もしかすると良い魔法使いも助けられるかもしれないでしょ?」
「それがさっき言ってたいい考えね」
「うん」
「私、△△くんが捕まってしまったら、助けられるように頑張ります。何ができるか今はわからないですけど、何とかしますから、最後まで諦めないでください」
「はい。ありがとうございます」
「僕も手伝います」
「ありがとう」
意志は固まった。後は実行に移すだけだ。
「今日はこれからどうするんですか?」
「いつその時が来るか分からないからもう出ますよ。時間が惜しい」
「移動はどうするの?」
「あー、スクーター家か。車は小回り効かないもんな……」
「僕の自転車使いますか?」
「良いの?」
「うん。僕、あんまりお手伝いできないし、今は自転車も乗れないんで、大丈夫です」
僕は一応〇〇に目を向けた。
「少し小さいかもしれないですけど、良いですか? 私はバイクも自転車も持ってないですし、貸せるものが無くて……」
「ありがとうございます。まあ、小さいのはサドルを上げたら大丈夫でしょ」
僕は男の子に向き直って言った。
「必ず返すから。もし壊してしまったら、新しいの買うからね。約束する」
「はい」
それから僕は男の子から鍵を受け取り、タイヤの調子を確認して、サドルを上げた後、車からバッグを取り出して家の前に移動した。
「じゃ、いってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「うん」
「気を付けて、無理はしないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「あの……」
「なに?」
「△△さん、今友達っているんですか?」
「あー、どうだろ? 昔は君のお母さんとよく遊んでたけど……」
「……そうなの?」
男の子が〇〇に訊く。
「うん。そう。お母さんは今でも友達と思ってるけどな」
「そうですか。それは良かった。友達じゃないと言われたら、悲しいですもんね」
「そっか。他には?」
「いないかな」
「えっと、じゃあ僕が二人目の友達になります」
「はは。ありがとう」
「あの……、普通に話しても良いですか?」
「普通に? 敬語じゃなく、って事?」
「はい」
「うん、良いよ」
「ありがとうござ……。ありがとう、△△さん。ええっと、良い魔法使いは友達が一人だけだったんだ。だからね、△△さんは友達二人になったから、大丈夫」
「そっか、そうだね」
「うん。……いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
僕は子ども向けアニメの絵柄の入った自転車に跨がった。そして三人に手を振ってペダルを漕いだ。
自転車はやっぱり少し低いけど、風はとても気持ちよかった。
酷い人は確実にいるけど、良い人も沢山いる。
何をするか、何をしたらいいか、僕一人だとフワフワしてまとまらなかったかもしれない。でも、あの家に行って良かった。
スーパーヒーローでは無いかもしれないけど、人に寄り添える人であろうと、僕は決心できたから……。
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