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十話
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「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございました」
あの後僕は警察や他の人に見付からないように、遠回りになるけど人通りの少ない道を選んでリハビリ施設に向かった。
どうやら、あのお医者さんが事前に連絡してくれていたみたいで、施設内の人は殆ど皆歓迎してくれた。歓迎は言い過ぎかもしれないけど。
それだけじゃなく、治すか否か、アンケートをとって結果も出してくれていたので、事はスムーズに済んだ。やっぱり、自力で治したい人や、得体の知れないものに頼りたくない人は居るもので、実際僕が光を使って治したのは施設全体の三分の一に届かない程の人数だった。
アンケートで治さないと言った人も、実際治る瞬間を目の当たりにして、自分も治したいと意見を変えた人もいた。逆に、光を怖がって取り止める人もいた。悪態をついてくる人もいた。
口は悪かったけど、言っている事は的を射ていた。
怪しいものに恐怖したり、警戒するのは当たり前だから、僕は態度含めてその意見をしっかり受け止める事にした。
確かに、僕の放つこの光が年月を経て、何らかの悪影響を及ぼす可能性は否定できないんだ。それに、医療等に関わる仕事をしている人の仕事を奪う事にも成り得る。これは忘れちゃいけない。
「服も、ありがとうございます」
「いやー。あんなに破れてて、最近のファッションは分からないな~、なんて思ってたら、まさか破れてるだけとは、驚いてしまいました。はははっ」
施設長は到着した僕の服が、片方の肩と背中がパッカリ開いていているのを見て、しばらく考えた後『楽器でもしてらっしゃるんですか?』なんて聞いてきた。初めは何の事か分からなかったけど、どうやらロックバンドがしてるようなファッションだと思ったらしく、周りの人も含めて皆で笑ってしまった。
施設の人が服を渡してくれて、お金を払おうとしたけど、元々以前入居していた人の忘れ物で処分に困っていたからと、無料で頂いた。
「初めにこの話を聞いた時は、根こそぎ治して、この施設を畳まなくてはいけないかと思いまして、ヒヤヒヤしましてな。断ろうか迷ったんです。でも、──病院の先生が、△△さんは相手の意思を無視して治すような事はしないと、教えてくれましてね」
「そうでしたか……」
良いように伝えてくれてたんだな。
自分だけの力じゃ進まない。やっぱり周りの人の協力が有ってこそだな……。
「では、お気をつけて」
「はい、さようなら」
この力は、良くも悪くも最後の手段にするのが良いのかもしれない。治療が間にあわない時、医療でどうしようもない病気や怪我を負っている時、お金が無い、もしくは医者がいない場所で、治せる人が必要な時。
いずれは検査や実験をして僕の力を解き明かさないとな。今後救える人が増えるかもしれない。そうなれば僕の出番は減るだろうけど、悲しむ人が減る方がずっと良い。それまでは、やり続けたい。
ああ、でも、捕まってしまったら、どうなるか分からないな……。でも……、弱気になっても何も変わらないな。どうなるかは、その時分かる。それまでは、できることをしよう。地味かもしれないけど、世界を股にかける事もない小さな世界だけど、アニメや映画でスーパーヒーローがすんなり受け入れられるみたいに、上手くはいかないけどさ。もしかしたらスーパーヒーローも陰で頑張ってるかもしれないな。しかも登場時の自分より強い巨悪と戦うんだ。違う方向かもしれないけど、きっと凄まじい苦労があるばすだ。
そうだ、弱気じゃダメだ。僕も頑張らないと。……絵本に出てきた良い魔法使いができなかった友達作りを、僕は成し遂げる。
少ないけど、期待を寄せてくれている人がいるんだから。
父さんからメールが届いていた。宗教の人は帰ったけど、警察を家の周りで何人も見かけているから、帰ってこない方がいいようだ。
母さんは家に帰る途中で警察に声をかけられ、僕の居場所を『知らない』と言ってもなかなか信じてもらえず苦労したとか。
〇〇さんとは連絡先を交換してない。けど、そもそも僕と面識のない人の家だし、友達だったとはいえ、つい今日まで交流が全く無かった相手に宿の世話までしてもらうわけにはいかない。
「近くにホテルか何かあるかな?」
スマートフォンの地図アプリで探すと、近くにホテルが有ったので自転車でそこを目指した。今日は特別寒いから、野宿なんて事は避けたい。
「マジか……」
着いてみると、警察が入り口で見張っていた。これじゃ、ここでは泊まれない。
気を取り直して、別の宿を目指す。が、そこでも警察が見張っていて、しかも開けた場所だったので、危うく見つかるところだった。
少し離れた場所にある、古い小さな旅館に向かった。幸い、暗くなっていることもあって、道中警察にも、他の人にも僕だとバレたり追われたりする事は無かった。
「ここは……。大丈夫そうかな」
入り口や駐車場をぐるっと回ってみても、警察が見張っている事は無かった。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
「遅いですけど……、まだ泊まれますか?」
「お食事はもうお出しできませんので、素泊まりになりますがよろしいでしょうか?」
「はい」
「一名様でお間違いないでしょうか?」
その時、ガラガラと扉が開く。
「夜分恐れ入ります。警察ですが、今少しお時間よろしいですか?」
「ご苦労様です。ですが、今お客様のご案内をしておりますので、少々お待ち下さい」
僕は、顔を見られないように極力振り向かないように心がけた。
「あー、すみませんね」
警察の一人が僕に声をかける。
「いえ……。大丈夫です。少し疲れているので、早く眠りたいですけど」
でも、振り向くわけにはいかない。指名手配されてる以上、下手に顔を見られれば即刻逮捕もあり得る。
「一応こちらも急いでおりますので、早めに対応して頂けるとたすかります」
二人か。入り口に立っているから押しのけるのも無理だ。一人だけなら、まだ不意をつけば行けないこともなさそうなんだけど……。こうなると正面切って逃げるのは難しいな。
「ではお客様、靴はそちらに置いてこちらのスリッパにお履き替え下さい」
靴箱は右後ろか……。それに入り口以外から逃げるなら、靴は確保しておきたい。
「ああ、いえ。……靴の底が少し剥がれちゃって、接着剤で引っ付けたいので、一旦部屋に持っていきます」
「接着剤はお持ちですか?」
「はい。カバンに入ってます。すみません、汚さないように気をつけますので……」
怪しまれては、無いかな?
「わかりました、ではお部屋にご案内します。こちらへどうぞ」
「はい」
「そこまで靴を履き潰すまで使い続けるなんて関心するよ。家の息子なんて、服とか靴とか買うのは良いけど、買って満足なのか殆どまともに使ってなくてね。かと言って捨てもしないから、もう家が衣類だらけですよ」
「そうですか、大変ですね」
少しだけ顔を向ける。全く頭を動かさないんじゃ、流石に怪しすぎる。それでも違和感はあるかもしれないけど。
「お疲れでしたね、すみません。ごゆっくり」
「はい。ありがとうございます」
ふぅ。何とか怪しまれずに済んだかな?
「こちらです。すぐに布団を敷きに参りますのでお待ち下さい。大浴場はまだ開いておりますので宜しかったらどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
良かった。一階の部屋だ。二階以上だったら、場合によっては袋のネズミになっちゃうからな。
僕が部屋に入ると、女将さんはうやうやしく一礼して扉を締めた。僕はそれを確認した後、カバンも靴も下ろさずに、扉に耳を当てた。
女将さんと警察の人が何か話をしているのは分かるけど、内容までは分からない。何分間か話した後会話が途切れた。
僕は思わず生唾を飲む。かすかな音だけど、こちらに足音が向かって来る。
僕も音をたてないように窓を開けておく。
『お客様ー。お布団を敷きに参りました。入ってもよろしいでしょうか?』
判っている。足音は複数あった。一人分の布団を敷くのに、何人も必要だろうか? 無いとは言い切れないけど、逃げた方が良い。
「今ちょっと着替えてるんで、少し待ってて下さい」
僕はカバンから宿泊代分のお金を出してテーブルに置いた。
窓の外を確認する。少し高さがあるけど、一階という事もあって、飛び降りるに問題なさそうだ。
『少しお話もあるのですが、まだお時間かかりますでしょうか?』
すみません。声に出せば無駄に怪しまれるから、心の中で謝っておく。相手からしたら違いは無いだろうけど。
そして僕は窓に腰掛けて靴を履き、外に飛び降りた。
間もなく部屋が開けられる音がした。
『逃げられた! お前は車の準備をしてくれ、俺はこのまま追いかける!』
『わかりました!』
僕は足を止めず駐輪場に向かい、その間に自転車の鍵をすぐに挿せるように準備する。
「待てー!」
警察が追いかけてくる。今は離れているけど僕より速くて、急がないと捕まってしまう。
自転車に辿り着いた。鍵を挿そうとするけど、焦ってなかなか挿さらない。
「あー、もう! 落ち着け……、落ち着け……!」
何度か試して、やっと鍵を開けられた。
「よし!」
僕は自転車を立ち漕ぎでスピードを上げる。
「待て! 待ちなさい!」
警察がすぐそこまで迫り、僕の進行方向を塞ぐ。が、横を間一髪ですり抜ける。腕が触れた瞬間は心臓が飛び出るかと思った。
僕は道路に出て全力で漕いだけど、間もなくパトカーが追ってきて見る見るうちに追い上げてきた。このままじゃ追い抜かれて進路を塞がれてしまう。自転車を置いたとしても、走るのは得意じゃないから、すぐに捕まるだろう。
一か八か、僕は道路から外れて、ガードレールの隙間から山の斜面に向かって突っ込んだ。そこは高低差があって、ガタンと大きな音を立てて約一メートル落下、その衝撃は足と腰を容赦なく虐めた。一瞬息が止まってバランスを崩しかけるけど、ここは坂道で自転車は健在。休む間もなく車輪が回る。暗くて自転車がどうなってるのか判らないけど、どうやらコンディションが悪いみたいだ。"ギィギィ"という音が鳴り止まない。
木の根っこや石に引っかかっているだけなのか、ホイールが変形しているのか分からないけど、始終車体と僕は跳ねていて、口を開けようものなら瞬く間に舌を噛んでしまう。
木の枝と葉っぱが手や顔を鞭打つ度に、ひとりでに涙と血が溢れてくる。
こうなったら贅沢は言えない。操縦できないながらも、最低限木に正面からぶつからないように舵をとった。
暫く下山していたら、少し先に月明かりが見えてきた。
やっと開放される。そう思った。
けど、そんな優しいものじゃない。山を越えた先には狭い車道が通っていた。僕はそこに投げ出された。でも、急に出たとしても止まれるわけない。そのままの勢いでまっすぐ進み、ガードレールに直撃して一回転。自転車は体と離されて大破し川に飛び込んで、かく言う僕は石や岩だらけの地面に背中から思い切り叩きつけられた。
僕は痛みのあまり気絶した。だけど、間もなく痛みで目が覚める。これ程最悪な目覚めはなかなかないはずだ。痛みが酷すぎて声もまともに出ない。歯を食いしばって唾液が垂れる。足が変な方向に向いていて何だか現実味がない。体の感覚が無い。いや、正確には痛みのせいで他の感覚が追いやられてしまって、自分がどんな状況か全く判らない。息をするのさえも苦しくて、何度も意識が飛びかける。腕がどこにあるのかわからないけど懸命に探す。勿論、腕がぷっつり切れているわけじゃない。ただ、何が何やら分からなくて、腕や手がどこにあるかの感覚を失ってしまっているだけ。
月明かりが僕を照らす。でも、目の前は白や黄色なんて優しい色出はなくて、暗い赤が無情にも染めていく。
何メートル落ちただろうか? 打ちどころが悪ければ即死だったかもしれない。カバンがクッションになって、頭を守っていたみたいだ。僕は運が良かった。良かったのか? こんな目に遭って? 無駄に思考する。じゃないと、さっきから睡魔が溢れてよくわからなくなる。
痛みに少し慣れて腕の感覚が戻ってくる。右腕が逆の方向に向いている。思い出してみると、さっき肘を石でぶつけていた。
左手は切り傷擦り傷があったけど、大した怪我も無く無事だった。
僕は不格好に深呼吸をして、左手を自分のお腹辺りに当てた。そして、もうひと呼吸して光を放つ。
足がくるり、くるりと回って元の位置に戻る。右手も、離れた骨がパズルをはめ込むみたいに引っ付いた。次第に呼吸ができるようになり、痛みも和らいでいく。視界が白んでいく。月が大きい。もうそろそろ満月かもしれない。
気づけば、怪我は完治していた。サイレンの音が聞こえるけど遠い。どうやらこちらには向かっていないみたいだ。
「自転車……」
そうだ。自転車はどこだ?
僕は周りを見回して探す。川に落ちた気がしたけど……。
「……あった」
けど、もう自転車と呼べる状態じゃなかった。今は無理だけど、新しいのを買って返そう。お詫びとお礼も兼ねて、良い自転車にしよう。……それが良い。
自転車を川に放置するわけにもいかない。貸してもらったものだし、申し訳無い。
僕ははまっていたのを川から引きずり出して端に寄せた。流石に壊れた自転車を運びながら逃げるなんて芸当は僕には無理なので、置いて行くことにした。
冬の川原で寝るのは自殺行為なので、下流に向かうことにした。そして暫く歩いて行くと河川敷のようになっていて、寂れた橋が架かっていた。
橋の近くに来てみるとボロボロの服をまとったおじいさんがいた。
「どうも……」
どうしよう、他を探そうか?
「なんじゃ、こんな夜更けに若者が。よう見たらボロボロの泥まみれやし、チンピラにでも襲われでもしたんか?」
「いえ。道路から川に落ちちゃいまして……。乗ってた自転車も大破したんで移動手段が無くなってしまったんですよ」
「ほうか。家は近くなんか?」
この人ならもしかするとこの辺で寝られそうな場所知ってるかな?
「いえ、今から歩きで帰るのは難しいです。なので、どこか凍死しない程度に暖かい場所があればな~って思ってたところなんです」
「住宅地やと通報されたり、文句言われたりするから難しいな。この前まで空き家か駅で寝てたんやけど、苦情多くて寝られんなってもたんや。別の橋も誰かしら使っとるしな。まあ、嫌やないんやったら、ここに寝てもええけどな」
知らない人と枕を並べるなんて、気まずくなりそうだな。贅沢は言えないんだけどさ。
「心配せんでも、根掘り葉掘り聞いたりせんわ。明日になったらどっか行くんやろ、じゃあお互いに石っころや思とったらええねん」
僕の事を知らないのか、知っててやってるのか判らないけど、ありがたい。
「ありがとうございます」
「兄ちゃんは、食いもんあるんか?」
「あー、どうだろ……」
僕が中身を確認すると、潰れていたもののおにぎりとサンドイッチは何とか食べられそうだった。さっき派手にカバンを下敷きにしたもんな、袋から飛び出してたり毛布の毛にまみれてたりしなくて良かった。
「何とか大丈夫そうでした」
「ふん。まあ、無い言われても持ってないけどな」
「ははっ。無事で良かったです」
「やな。そうや、兄ちゃんこれ使うたらええやろ」
「ダンボール?」
「そうや。流石に地面に直に寝るのは体が冷えるからな」
「一応毛布ありますけど……」
「じゃあ、寒さの心配はないな。ええやん」
「ありがとうございます」
よく見ると男性の下にもダンボールが敷いてあり、何枚も服を羽織っている。
「おやすみ」
そう言うと男性は僕とは逆に向いて、すぐに寝てしまった。
「おやすみなさい……」
僕もそれに倣ってダンボールを敷き、毛布をかぶって寝転んだ。
「ゴツゴツするな……」
でも、ダンボールのおかげで幾分かマシだった。そして、疲労が溜まっていたのか、目を瞑って気付けば眠りに落ちていた。
声が聞こえる。誰かが、話あっているような……。いくつもの足音も聞こえる。何だ?
「……騒がしいな」
薄目を開けて、周りを確認する。
「ん? おじいさんがいない……!」
しかもまだ辺りが暗い。スマートフォンを確認すると、一時過ぎだ。何かあったのか?
「そうだ」
声が聞こえた。僕が仰向けのまま頭と目を声と音が聞こえた方を向くと、笑いながら話すおじいさんと、警察が数人がいた。逃げないと……。
「まだ寝とるから、大丈夫や。……懸賞金、貰えるんやろ?」
「そうですね。まずは確保しない事には始まらないですけどね」
親切だと思ったのに……。初めからそのつもりだったのか、途中で気付いたのか知らないけど、本当に残念だ。
まだ話は続いているけど、いつこちらに向かってくるか分からない。僕は近くに落ちていた石を警察がいる場所の向こう側に投げた。
「なんだ?」
「誰か他にいるのか?」
「動物やろ、気にせんでええ。それより、はよあの兄ちゃん捕まえてぇな」
皆が石が落ちた方向に向いた。
──よし。僕はできるだけ音を立てずに毛布をしまい、立ち上がってカバンを背負うと、橋の死角に入りつつ進んだ。
でも、いくらか進んだ時に警察とおじさんに見付かってしまった。しょうがない。草木が茂ってる所に入れば影はあるけど音が出る上に走れないし、草木が少ない所だと走れるけど目に付きやすい。僕は後者を選んだ。
「まて!」
「またんかい!」
追いかけてくる。僕は川の堤防部分を登り、住宅地に向って走った。入り組んだ道をあえて進んで、姿が見えにくいようにする。
行き止まりに何度もぶつかりながらも逃げ続けると、ようやく警察も見失ってくれたようだった。でも、声は依然として近くで聞こえてて、気が気じゃない。
僕は失礼だと思いつつ、人様のお家の庭にお邪魔させてもらった。塀があるから、外からだと見えないようになっている。まあ、どう考えても不法侵入だ。見つかったら素直に謝ろう。
ボロボロの家だし、もしかしたら空き家の可能性もあるけど。
僕は息を殺し、姿勢を低くして声が離れるのを待つ。すると、
「ねえ……! 何してるの、かくれんぼ?」
ささやき声で背後から声をかけられた。まさか、幽霊?
「ひぃっ!?」
僕は誰かいるなんて思いもしなかったから、思わず悲鳴を上げてしまった。
「しぃー。静かにしないと、みつかっちゃうわ」
声の主は、おばあさんだった。心の底から驚いた。良かった、ちゃんと体があった。でも、それでも驚いた。そう、おばあさんが背後でしゃがんでいた。
「すみません。……もしかして、ここに住んでる方ですか?」
僕も囁き声で対応する。
「いいえ、違うわ。あなたが隠れるのが見えたから声をかけたの」
「そうですか。えっと、ここの家って誰か住んでるんですかね?」
「ん~? いいえ。今は誰も住んでないから、お友達と………、お友達と? ひみつ、ひみ? 何だったかしら?」
「秘密? 誰も住んでないんですよね……。じゃあ、秘密基地……、とか?」
「ああ、そうだわ! 秘密基地にしてつかってるのよ。いいでしょ?」
「ははは。秘密基地か、ロマンですね」
「こら! 静かにしないと鬼に見つかっちゃうって言ったでしょ」
「ああ、すみません」
でも、こんな真夜中におばあさんがひとりでいるなんて、どういう事だろう?
「おばあさんは、お散歩でもしてるんですか?」
「私、おばあさんなんかじゃないわ。だってまだ…………十歳だもの。ああ、分かったわ。ジョークね? 私はね、確かお母さんを探してるのよ」
「お母さん?」
「そう。優しいけど、躾には厳しいの。嫌になっちゃうわ。それで飛び出しちゃったんだけど、家に帰るといなくなっちゃったの。怒っちゃったのかしら?」
話し方からして、何かひっかかるな。このおばあさんの母親なら、そうとうなお歳になっているだろうし、下手に外に出ないと思うけどな。ああでも、元気なおじいさんおばあさんはいるから、決めつけはできないけど。
「もう一回お家に帰ってみたらどうですか? 夜に出歩くと危ないですし、もしかするとお母さんも帰ってきてるかもしれないですよ」
「そうね。お兄さん、それは名案だわ。あ、そうか、お夕食の買い出しに行ってただけかもしれないものね、きっと家にいるわよ。ありがとう、さようなら」
おばあさんはおもむろに立ち上がって、帰ろうとするけど、足元が覚束ずに転けそうになる。
「おっと!」
僕は咄嗟におばあさんを支えた。
「失礼。恥ずかしいわね、足が痺れているみたい」
暫くしゃがんでいたせいだな。
「家までおくりましょうか?」
「あら、いいのかしら? 殿方にエスコートしてもらうなんて、私嬉しいわ」
おばあさんはとても嬉しそうな顔をして、手をこちらに差し出した。僕は手をとって、腰を支えた。
「じゃあ、行きましょうか。お家はどちらですか?」
「ええ。あっちよ」
僕はおばあさんの指示のもと道を進んだ。あ、そう言えばいつの間にか、警察やおじいさんの声は遠くに離れていた。
「あれ、どっちかしら?」
暫く歩いていたらおばあさんが頬に手を当てて首をかしげた。
「道にまよったんですか?」
「ん? ええ。あら、私ったらお兄さんにエスコートしてもらうなんて、何か良い事でもしたかしら?」
忘れてしまったのか?
「夜遅いから、僕がお家まで送るって事になったんですよ」
「そうだっかかしら? あ、お母さんが家にいなくて、探してるところだったの。いかなくちゃ!」
「あ、えっと、お母さんはお家に戻ってるかもしれないから、一旦帰りましょう。もしかしたら、待ってくれてるかもしれないですよ」
「…………それもそうだわ。それはいいとして、あなた優しい人ね。ありがとう」
『うふふ』とおばあさんが笑う。
「いえいえ」
さっきは気づかなかったけど、袖に何か付いてるな。
「すみません、止まってもらっていいですか?」
「何かしら?」
袖に付いているものを確認したら、それは名前と住所が書いてある、うさぎの形のアップリケだった。
「うさぎ、好きなんですか?」
「ええ、そうよ! どうしてわかったのかしら?」
「ここにうさぎのアップリケが付いてたので……」
「ほんとね、これ可愛いわ。気に入っちゃった」
「そうですね。ああ、お家の場所、僕わかったんでそこまで案内しましょうか?」
「何で知ってるの? お兄さんは知り合いかしら?」
「このアップリケに書いてたんですよ、ほら」
「そうなのね? 暗くて全然気づかなかったわ。ありがとう」
「どうも」
僕は書いてある住所をスマートフォンに入力して、地図を出して確認した。
「では、こっちですよ」
「はーい」
そして、程なくして目的地に辿り着くと……。
「あれ? さっきの場所だな」
さっき僕が隠れてて、おばあさんに秘密基地と教えられた場所だった。改めて見ると雑草は生え放題、建物に使われる木の部分はささくれだって、窓ガラスも割れていたのかテープで補強されている。
「ここはどこかしら?」
あれ、ピンと来てない。ここじゃないのかな? 忘れているだけとか……?
「鍵はないですか? ポケットかどこかに」
「探してみるわ」
おばあさんがポケットに手を入れると、すぐに鍵を見つけて僕に渡してくれた。
「これかしら?」
「試してみますね?」
鍵穴に挿し込むと、少しひっかかりはしたものの奥までとどいた。古い鍵穴で開けるのに苦労したけど何とか開けることができた。
「おっ。開きましたよ」
「今日、ここにお泊りするのかしら? おじゃましまーす」
おばあさんが入ったのを見て、僕も入らせてもらう。もし家族が居るなら、外に出てしまっていた事を報告しないとダメだからな。
「おじゃまします。あれ……?」
凄く埃っぽいし、掃除されていないのか? 僕はスマートフォンの光をもとにして電気のスイッチを探す。
「あ~、これかな? 点いた」
人が通った形跡がある場所以外、目に見えるほどの茶黒いような埃が積もっていた。それだけじゃなくて、無造作にゴミも放置されていた。
「あら、こんなにゴミだらけなんて。誰の仕業かしら?」
「掃除しないとダメですね」
「ん……? あなた、誰? 何でここにいるのかしら?」
僕の声を聞くとおばあさんは振り向いて、急に僕に恐怖したような表情をとった。忘れてしまったのか……。あと、ここはおばあさんの家だし、そこに全く知らない人が入り込んだと思ってしまったのなら、そう思うのも仕方ない。でも、家族の人に何も言わずに立ち去ったら、またどこかへ行ってしまうかもしれない。そうなると、今度は事故や事件にあってしまう可能性がある。
「えっと、夜遅いからあなたをお家まで送り届けたんですよ。お家の人いますかね? 挨拶だけしたいんですけど」
「あら、そうだったかしら? 親切なお兄さんね。呼んでくるから待ってて」
そう言うと靴のまま中に入ろうとする。
「あ、靴のままですよ!」
「いっけない! 忘れるところだったわ」
今度こそおばあさんは靴を脱いで、中に入っていった。僕は外の風が入らないように扉だけ閉めて待つ事にした。
『おかーさーん、おかーさーん! おく、い、あ……。えっと……、お客様……。ああ、お母さんお客様よ、どこにいるのかしら?』
おばあさんが何度呼びかけても、家族の人というより、この家に誰かいる気配は全くしなかった。
「ごめんなさい。お母さんいないみたいだわ」
「みたいですね。どうしましょう?」
「困ったわ……。お客様をそのまま帰すのも悪いし。……またおこられちゃう」
ご厚意は嬉しいけど、ふとした時に他人が居て不安になったりしないだろうか?
「そうだ、お父さんはいないんですか? 親戚とか……」
「お父さんはね、忙しくてあんまり家に帰ってこないの……」
「そうでしたか。ごめんなさい」
「…………。あれ、あなたの用事はなんだったかしら?」
「えっと、お母さんにお話があっているんです」
お母さんと言っても、このおばあさんの娘さんとかだろうけど。
「そうだったわ。お客様泊まっていったらどうかしら?」
「そうですね、朝には会えるかもしれないですもんね」
ひとりにするのもかわいそうだ。
「ふふふ。そうね」
「おじゃまします」
僕は靴を脱いで中に入った。
「はい、どうぞ。あ、ごめんなさい!」
リビングに着いた時、ふいにおばあさんが思い出したように謝った。
「どうしたんですか?」
「私、お茶の淹れ方がわからないの……」
「……いいですよ、お気持ちだけで嬉しいです。ありがとうございます」
「優しいわね、助かるわ」
「いえいえ。そうだ、僕はどこに寝たらいいですか?」
「1階に客間があるから、そこを使ってちょうだい。布団は押入れにあるから、お手間だけど自分で敷いてくれるかしら?」
「わかりました」
「私は二階の部屋で眠るから、困ったら呼んでくれるかしら?」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
おばあさんは笑顔で二階に上がって行った。
僕はそれを確認した後、カバンにいくらか入れておいた、中くらいの大きさのゴミ袋を取り出して、家に散らばるゴミを拾い集めた。捨てるか残しておくかわからないものは拾い集めて、分かる場所に置いておいた。埃もできるだけ払って捨てておいた。泊めてもらうせめてものお礼だ。
それが終わるとおばあさんが上で困ってないか耳を澄ませてみた。
「大丈夫そうかな?」
僕は教えて貰った客間に向かい、テーブルを寄せた後、比較的埃のかぶってない下の方の布団を取り出して、部屋の真ん中に敷いた。
「服やばいな……」
また服全体がダメージジーンズみたいになっていた。そしてまた後ろ側。着替えてもすぐダメにするなら、もう気にしても仕方ない。そうだ、今は何時だ? 凄く疲れた気がする。
深夜…………もう四時前だ。もう、寝よう。僕は布団に入った。
起きたらおばあさんの家族の人に挨拶をして、お礼も言わないとな。それから、おばあさんの認知症……かな? を治すかどうかも聞いてみよう。おばあさん本人、もしくは家族の気持ちや意思が分からないまま勝手に治すのは自己満足だ。でも、認知症は治るのだろうか? 試して失敗してガッカリさせないだろうか? でも、やらないまま諦めるよりはマシかな……。
それから、近くの病院はどこだろう……? リハビリ施設だとか、認知症とかが治せるなら老人ホームみたいなのでもいいかもしれない。治せなくても足腰が弱っている人は治せるからな……。
できるだけ、やれることを……しないと……。
僕はいつの間にか、眠りについていた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
あの後僕は警察や他の人に見付からないように、遠回りになるけど人通りの少ない道を選んでリハビリ施設に向かった。
どうやら、あのお医者さんが事前に連絡してくれていたみたいで、施設内の人は殆ど皆歓迎してくれた。歓迎は言い過ぎかもしれないけど。
それだけじゃなく、治すか否か、アンケートをとって結果も出してくれていたので、事はスムーズに済んだ。やっぱり、自力で治したい人や、得体の知れないものに頼りたくない人は居るもので、実際僕が光を使って治したのは施設全体の三分の一に届かない程の人数だった。
アンケートで治さないと言った人も、実際治る瞬間を目の当たりにして、自分も治したいと意見を変えた人もいた。逆に、光を怖がって取り止める人もいた。悪態をついてくる人もいた。
口は悪かったけど、言っている事は的を射ていた。
怪しいものに恐怖したり、警戒するのは当たり前だから、僕は態度含めてその意見をしっかり受け止める事にした。
確かに、僕の放つこの光が年月を経て、何らかの悪影響を及ぼす可能性は否定できないんだ。それに、医療等に関わる仕事をしている人の仕事を奪う事にも成り得る。これは忘れちゃいけない。
「服も、ありがとうございます」
「いやー。あんなに破れてて、最近のファッションは分からないな~、なんて思ってたら、まさか破れてるだけとは、驚いてしまいました。はははっ」
施設長は到着した僕の服が、片方の肩と背中がパッカリ開いていているのを見て、しばらく考えた後『楽器でもしてらっしゃるんですか?』なんて聞いてきた。初めは何の事か分からなかったけど、どうやらロックバンドがしてるようなファッションだと思ったらしく、周りの人も含めて皆で笑ってしまった。
施設の人が服を渡してくれて、お金を払おうとしたけど、元々以前入居していた人の忘れ物で処分に困っていたからと、無料で頂いた。
「初めにこの話を聞いた時は、根こそぎ治して、この施設を畳まなくてはいけないかと思いまして、ヒヤヒヤしましてな。断ろうか迷ったんです。でも、──病院の先生が、△△さんは相手の意思を無視して治すような事はしないと、教えてくれましてね」
「そうでしたか……」
良いように伝えてくれてたんだな。
自分だけの力じゃ進まない。やっぱり周りの人の協力が有ってこそだな……。
「では、お気をつけて」
「はい、さようなら」
この力は、良くも悪くも最後の手段にするのが良いのかもしれない。治療が間にあわない時、医療でどうしようもない病気や怪我を負っている時、お金が無い、もしくは医者がいない場所で、治せる人が必要な時。
いずれは検査や実験をして僕の力を解き明かさないとな。今後救える人が増えるかもしれない。そうなれば僕の出番は減るだろうけど、悲しむ人が減る方がずっと良い。それまでは、やり続けたい。
ああ、でも、捕まってしまったら、どうなるか分からないな……。でも……、弱気になっても何も変わらないな。どうなるかは、その時分かる。それまでは、できることをしよう。地味かもしれないけど、世界を股にかける事もない小さな世界だけど、アニメや映画でスーパーヒーローがすんなり受け入れられるみたいに、上手くはいかないけどさ。もしかしたらスーパーヒーローも陰で頑張ってるかもしれないな。しかも登場時の自分より強い巨悪と戦うんだ。違う方向かもしれないけど、きっと凄まじい苦労があるばすだ。
そうだ、弱気じゃダメだ。僕も頑張らないと。……絵本に出てきた良い魔法使いができなかった友達作りを、僕は成し遂げる。
少ないけど、期待を寄せてくれている人がいるんだから。
父さんからメールが届いていた。宗教の人は帰ったけど、警察を家の周りで何人も見かけているから、帰ってこない方がいいようだ。
母さんは家に帰る途中で警察に声をかけられ、僕の居場所を『知らない』と言ってもなかなか信じてもらえず苦労したとか。
〇〇さんとは連絡先を交換してない。けど、そもそも僕と面識のない人の家だし、友達だったとはいえ、つい今日まで交流が全く無かった相手に宿の世話までしてもらうわけにはいかない。
「近くにホテルか何かあるかな?」
スマートフォンの地図アプリで探すと、近くにホテルが有ったので自転車でそこを目指した。今日は特別寒いから、野宿なんて事は避けたい。
「マジか……」
着いてみると、警察が入り口で見張っていた。これじゃ、ここでは泊まれない。
気を取り直して、別の宿を目指す。が、そこでも警察が見張っていて、しかも開けた場所だったので、危うく見つかるところだった。
少し離れた場所にある、古い小さな旅館に向かった。幸い、暗くなっていることもあって、道中警察にも、他の人にも僕だとバレたり追われたりする事は無かった。
「ここは……。大丈夫そうかな」
入り口や駐車場をぐるっと回ってみても、警察が見張っている事は無かった。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
「遅いですけど……、まだ泊まれますか?」
「お食事はもうお出しできませんので、素泊まりになりますがよろしいでしょうか?」
「はい」
「一名様でお間違いないでしょうか?」
その時、ガラガラと扉が開く。
「夜分恐れ入ります。警察ですが、今少しお時間よろしいですか?」
「ご苦労様です。ですが、今お客様のご案内をしておりますので、少々お待ち下さい」
僕は、顔を見られないように極力振り向かないように心がけた。
「あー、すみませんね」
警察の一人が僕に声をかける。
「いえ……。大丈夫です。少し疲れているので、早く眠りたいですけど」
でも、振り向くわけにはいかない。指名手配されてる以上、下手に顔を見られれば即刻逮捕もあり得る。
「一応こちらも急いでおりますので、早めに対応して頂けるとたすかります」
二人か。入り口に立っているから押しのけるのも無理だ。一人だけなら、まだ不意をつけば行けないこともなさそうなんだけど……。こうなると正面切って逃げるのは難しいな。
「ではお客様、靴はそちらに置いてこちらのスリッパにお履き替え下さい」
靴箱は右後ろか……。それに入り口以外から逃げるなら、靴は確保しておきたい。
「ああ、いえ。……靴の底が少し剥がれちゃって、接着剤で引っ付けたいので、一旦部屋に持っていきます」
「接着剤はお持ちですか?」
「はい。カバンに入ってます。すみません、汚さないように気をつけますので……」
怪しまれては、無いかな?
「わかりました、ではお部屋にご案内します。こちらへどうぞ」
「はい」
「そこまで靴を履き潰すまで使い続けるなんて関心するよ。家の息子なんて、服とか靴とか買うのは良いけど、買って満足なのか殆どまともに使ってなくてね。かと言って捨てもしないから、もう家が衣類だらけですよ」
「そうですか、大変ですね」
少しだけ顔を向ける。全く頭を動かさないんじゃ、流石に怪しすぎる。それでも違和感はあるかもしれないけど。
「お疲れでしたね、すみません。ごゆっくり」
「はい。ありがとうございます」
ふぅ。何とか怪しまれずに済んだかな?
「こちらです。すぐに布団を敷きに参りますのでお待ち下さい。大浴場はまだ開いておりますので宜しかったらどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
良かった。一階の部屋だ。二階以上だったら、場合によっては袋のネズミになっちゃうからな。
僕が部屋に入ると、女将さんはうやうやしく一礼して扉を締めた。僕はそれを確認した後、カバンも靴も下ろさずに、扉に耳を当てた。
女将さんと警察の人が何か話をしているのは分かるけど、内容までは分からない。何分間か話した後会話が途切れた。
僕は思わず生唾を飲む。かすかな音だけど、こちらに足音が向かって来る。
僕も音をたてないように窓を開けておく。
『お客様ー。お布団を敷きに参りました。入ってもよろしいでしょうか?』
判っている。足音は複数あった。一人分の布団を敷くのに、何人も必要だろうか? 無いとは言い切れないけど、逃げた方が良い。
「今ちょっと着替えてるんで、少し待ってて下さい」
僕はカバンから宿泊代分のお金を出してテーブルに置いた。
窓の外を確認する。少し高さがあるけど、一階という事もあって、飛び降りるに問題なさそうだ。
『少しお話もあるのですが、まだお時間かかりますでしょうか?』
すみません。声に出せば無駄に怪しまれるから、心の中で謝っておく。相手からしたら違いは無いだろうけど。
そして僕は窓に腰掛けて靴を履き、外に飛び降りた。
間もなく部屋が開けられる音がした。
『逃げられた! お前は車の準備をしてくれ、俺はこのまま追いかける!』
『わかりました!』
僕は足を止めず駐輪場に向かい、その間に自転車の鍵をすぐに挿せるように準備する。
「待てー!」
警察が追いかけてくる。今は離れているけど僕より速くて、急がないと捕まってしまう。
自転車に辿り着いた。鍵を挿そうとするけど、焦ってなかなか挿さらない。
「あー、もう! 落ち着け……、落ち着け……!」
何度か試して、やっと鍵を開けられた。
「よし!」
僕は自転車を立ち漕ぎでスピードを上げる。
「待て! 待ちなさい!」
警察がすぐそこまで迫り、僕の進行方向を塞ぐ。が、横を間一髪ですり抜ける。腕が触れた瞬間は心臓が飛び出るかと思った。
僕は道路に出て全力で漕いだけど、間もなくパトカーが追ってきて見る見るうちに追い上げてきた。このままじゃ追い抜かれて進路を塞がれてしまう。自転車を置いたとしても、走るのは得意じゃないから、すぐに捕まるだろう。
一か八か、僕は道路から外れて、ガードレールの隙間から山の斜面に向かって突っ込んだ。そこは高低差があって、ガタンと大きな音を立てて約一メートル落下、その衝撃は足と腰を容赦なく虐めた。一瞬息が止まってバランスを崩しかけるけど、ここは坂道で自転車は健在。休む間もなく車輪が回る。暗くて自転車がどうなってるのか判らないけど、どうやらコンディションが悪いみたいだ。"ギィギィ"という音が鳴り止まない。
木の根っこや石に引っかかっているだけなのか、ホイールが変形しているのか分からないけど、始終車体と僕は跳ねていて、口を開けようものなら瞬く間に舌を噛んでしまう。
木の枝と葉っぱが手や顔を鞭打つ度に、ひとりでに涙と血が溢れてくる。
こうなったら贅沢は言えない。操縦できないながらも、最低限木に正面からぶつからないように舵をとった。
暫く下山していたら、少し先に月明かりが見えてきた。
やっと開放される。そう思った。
けど、そんな優しいものじゃない。山を越えた先には狭い車道が通っていた。僕はそこに投げ出された。でも、急に出たとしても止まれるわけない。そのままの勢いでまっすぐ進み、ガードレールに直撃して一回転。自転車は体と離されて大破し川に飛び込んで、かく言う僕は石や岩だらけの地面に背中から思い切り叩きつけられた。
僕は痛みのあまり気絶した。だけど、間もなく痛みで目が覚める。これ程最悪な目覚めはなかなかないはずだ。痛みが酷すぎて声もまともに出ない。歯を食いしばって唾液が垂れる。足が変な方向に向いていて何だか現実味がない。体の感覚が無い。いや、正確には痛みのせいで他の感覚が追いやられてしまって、自分がどんな状況か全く判らない。息をするのさえも苦しくて、何度も意識が飛びかける。腕がどこにあるのかわからないけど懸命に探す。勿論、腕がぷっつり切れているわけじゃない。ただ、何が何やら分からなくて、腕や手がどこにあるかの感覚を失ってしまっているだけ。
月明かりが僕を照らす。でも、目の前は白や黄色なんて優しい色出はなくて、暗い赤が無情にも染めていく。
何メートル落ちただろうか? 打ちどころが悪ければ即死だったかもしれない。カバンがクッションになって、頭を守っていたみたいだ。僕は運が良かった。良かったのか? こんな目に遭って? 無駄に思考する。じゃないと、さっきから睡魔が溢れてよくわからなくなる。
痛みに少し慣れて腕の感覚が戻ってくる。右腕が逆の方向に向いている。思い出してみると、さっき肘を石でぶつけていた。
左手は切り傷擦り傷があったけど、大した怪我も無く無事だった。
僕は不格好に深呼吸をして、左手を自分のお腹辺りに当てた。そして、もうひと呼吸して光を放つ。
足がくるり、くるりと回って元の位置に戻る。右手も、離れた骨がパズルをはめ込むみたいに引っ付いた。次第に呼吸ができるようになり、痛みも和らいでいく。視界が白んでいく。月が大きい。もうそろそろ満月かもしれない。
気づけば、怪我は完治していた。サイレンの音が聞こえるけど遠い。どうやらこちらには向かっていないみたいだ。
「自転車……」
そうだ。自転車はどこだ?
僕は周りを見回して探す。川に落ちた気がしたけど……。
「……あった」
けど、もう自転車と呼べる状態じゃなかった。今は無理だけど、新しいのを買って返そう。お詫びとお礼も兼ねて、良い自転車にしよう。……それが良い。
自転車を川に放置するわけにもいかない。貸してもらったものだし、申し訳無い。
僕ははまっていたのを川から引きずり出して端に寄せた。流石に壊れた自転車を運びながら逃げるなんて芸当は僕には無理なので、置いて行くことにした。
冬の川原で寝るのは自殺行為なので、下流に向かうことにした。そして暫く歩いて行くと河川敷のようになっていて、寂れた橋が架かっていた。
橋の近くに来てみるとボロボロの服をまとったおじいさんがいた。
「どうも……」
どうしよう、他を探そうか?
「なんじゃ、こんな夜更けに若者が。よう見たらボロボロの泥まみれやし、チンピラにでも襲われでもしたんか?」
「いえ。道路から川に落ちちゃいまして……。乗ってた自転車も大破したんで移動手段が無くなってしまったんですよ」
「ほうか。家は近くなんか?」
この人ならもしかするとこの辺で寝られそうな場所知ってるかな?
「いえ、今から歩きで帰るのは難しいです。なので、どこか凍死しない程度に暖かい場所があればな~って思ってたところなんです」
「住宅地やと通報されたり、文句言われたりするから難しいな。この前まで空き家か駅で寝てたんやけど、苦情多くて寝られんなってもたんや。別の橋も誰かしら使っとるしな。まあ、嫌やないんやったら、ここに寝てもええけどな」
知らない人と枕を並べるなんて、気まずくなりそうだな。贅沢は言えないんだけどさ。
「心配せんでも、根掘り葉掘り聞いたりせんわ。明日になったらどっか行くんやろ、じゃあお互いに石っころや思とったらええねん」
僕の事を知らないのか、知っててやってるのか判らないけど、ありがたい。
「ありがとうございます」
「兄ちゃんは、食いもんあるんか?」
「あー、どうだろ……」
僕が中身を確認すると、潰れていたもののおにぎりとサンドイッチは何とか食べられそうだった。さっき派手にカバンを下敷きにしたもんな、袋から飛び出してたり毛布の毛にまみれてたりしなくて良かった。
「何とか大丈夫そうでした」
「ふん。まあ、無い言われても持ってないけどな」
「ははっ。無事で良かったです」
「やな。そうや、兄ちゃんこれ使うたらええやろ」
「ダンボール?」
「そうや。流石に地面に直に寝るのは体が冷えるからな」
「一応毛布ありますけど……」
「じゃあ、寒さの心配はないな。ええやん」
「ありがとうございます」
よく見ると男性の下にもダンボールが敷いてあり、何枚も服を羽織っている。
「おやすみ」
そう言うと男性は僕とは逆に向いて、すぐに寝てしまった。
「おやすみなさい……」
僕もそれに倣ってダンボールを敷き、毛布をかぶって寝転んだ。
「ゴツゴツするな……」
でも、ダンボールのおかげで幾分かマシだった。そして、疲労が溜まっていたのか、目を瞑って気付けば眠りに落ちていた。
声が聞こえる。誰かが、話あっているような……。いくつもの足音も聞こえる。何だ?
「……騒がしいな」
薄目を開けて、周りを確認する。
「ん? おじいさんがいない……!」
しかもまだ辺りが暗い。スマートフォンを確認すると、一時過ぎだ。何かあったのか?
「そうだ」
声が聞こえた。僕が仰向けのまま頭と目を声と音が聞こえた方を向くと、笑いながら話すおじいさんと、警察が数人がいた。逃げないと……。
「まだ寝とるから、大丈夫や。……懸賞金、貰えるんやろ?」
「そうですね。まずは確保しない事には始まらないですけどね」
親切だと思ったのに……。初めからそのつもりだったのか、途中で気付いたのか知らないけど、本当に残念だ。
まだ話は続いているけど、いつこちらに向かってくるか分からない。僕は近くに落ちていた石を警察がいる場所の向こう側に投げた。
「なんだ?」
「誰か他にいるのか?」
「動物やろ、気にせんでええ。それより、はよあの兄ちゃん捕まえてぇな」
皆が石が落ちた方向に向いた。
──よし。僕はできるだけ音を立てずに毛布をしまい、立ち上がってカバンを背負うと、橋の死角に入りつつ進んだ。
でも、いくらか進んだ時に警察とおじさんに見付かってしまった。しょうがない。草木が茂ってる所に入れば影はあるけど音が出る上に走れないし、草木が少ない所だと走れるけど目に付きやすい。僕は後者を選んだ。
「まて!」
「またんかい!」
追いかけてくる。僕は川の堤防部分を登り、住宅地に向って走った。入り組んだ道をあえて進んで、姿が見えにくいようにする。
行き止まりに何度もぶつかりながらも逃げ続けると、ようやく警察も見失ってくれたようだった。でも、声は依然として近くで聞こえてて、気が気じゃない。
僕は失礼だと思いつつ、人様のお家の庭にお邪魔させてもらった。塀があるから、外からだと見えないようになっている。まあ、どう考えても不法侵入だ。見つかったら素直に謝ろう。
ボロボロの家だし、もしかしたら空き家の可能性もあるけど。
僕は息を殺し、姿勢を低くして声が離れるのを待つ。すると、
「ねえ……! 何してるの、かくれんぼ?」
ささやき声で背後から声をかけられた。まさか、幽霊?
「ひぃっ!?」
僕は誰かいるなんて思いもしなかったから、思わず悲鳴を上げてしまった。
「しぃー。静かにしないと、みつかっちゃうわ」
声の主は、おばあさんだった。心の底から驚いた。良かった、ちゃんと体があった。でも、それでも驚いた。そう、おばあさんが背後でしゃがんでいた。
「すみません。……もしかして、ここに住んでる方ですか?」
僕も囁き声で対応する。
「いいえ、違うわ。あなたが隠れるのが見えたから声をかけたの」
「そうですか。えっと、ここの家って誰か住んでるんですかね?」
「ん~? いいえ。今は誰も住んでないから、お友達と………、お友達と? ひみつ、ひみ? 何だったかしら?」
「秘密? 誰も住んでないんですよね……。じゃあ、秘密基地……、とか?」
「ああ、そうだわ! 秘密基地にしてつかってるのよ。いいでしょ?」
「ははは。秘密基地か、ロマンですね」
「こら! 静かにしないと鬼に見つかっちゃうって言ったでしょ」
「ああ、すみません」
でも、こんな真夜中におばあさんがひとりでいるなんて、どういう事だろう?
「おばあさんは、お散歩でもしてるんですか?」
「私、おばあさんなんかじゃないわ。だってまだ…………十歳だもの。ああ、分かったわ。ジョークね? 私はね、確かお母さんを探してるのよ」
「お母さん?」
「そう。優しいけど、躾には厳しいの。嫌になっちゃうわ。それで飛び出しちゃったんだけど、家に帰るといなくなっちゃったの。怒っちゃったのかしら?」
話し方からして、何かひっかかるな。このおばあさんの母親なら、そうとうなお歳になっているだろうし、下手に外に出ないと思うけどな。ああでも、元気なおじいさんおばあさんはいるから、決めつけはできないけど。
「もう一回お家に帰ってみたらどうですか? 夜に出歩くと危ないですし、もしかするとお母さんも帰ってきてるかもしれないですよ」
「そうね。お兄さん、それは名案だわ。あ、そうか、お夕食の買い出しに行ってただけかもしれないものね、きっと家にいるわよ。ありがとう、さようなら」
おばあさんはおもむろに立ち上がって、帰ろうとするけど、足元が覚束ずに転けそうになる。
「おっと!」
僕は咄嗟におばあさんを支えた。
「失礼。恥ずかしいわね、足が痺れているみたい」
暫くしゃがんでいたせいだな。
「家までおくりましょうか?」
「あら、いいのかしら? 殿方にエスコートしてもらうなんて、私嬉しいわ」
おばあさんはとても嬉しそうな顔をして、手をこちらに差し出した。僕は手をとって、腰を支えた。
「じゃあ、行きましょうか。お家はどちらですか?」
「ええ。あっちよ」
僕はおばあさんの指示のもと道を進んだ。あ、そう言えばいつの間にか、警察やおじいさんの声は遠くに離れていた。
「あれ、どっちかしら?」
暫く歩いていたらおばあさんが頬に手を当てて首をかしげた。
「道にまよったんですか?」
「ん? ええ。あら、私ったらお兄さんにエスコートしてもらうなんて、何か良い事でもしたかしら?」
忘れてしまったのか?
「夜遅いから、僕がお家まで送るって事になったんですよ」
「そうだっかかしら? あ、お母さんが家にいなくて、探してるところだったの。いかなくちゃ!」
「あ、えっと、お母さんはお家に戻ってるかもしれないから、一旦帰りましょう。もしかしたら、待ってくれてるかもしれないですよ」
「…………それもそうだわ。それはいいとして、あなた優しい人ね。ありがとう」
『うふふ』とおばあさんが笑う。
「いえいえ」
さっきは気づかなかったけど、袖に何か付いてるな。
「すみません、止まってもらっていいですか?」
「何かしら?」
袖に付いているものを確認したら、それは名前と住所が書いてある、うさぎの形のアップリケだった。
「うさぎ、好きなんですか?」
「ええ、そうよ! どうしてわかったのかしら?」
「ここにうさぎのアップリケが付いてたので……」
「ほんとね、これ可愛いわ。気に入っちゃった」
「そうですね。ああ、お家の場所、僕わかったんでそこまで案内しましょうか?」
「何で知ってるの? お兄さんは知り合いかしら?」
「このアップリケに書いてたんですよ、ほら」
「そうなのね? 暗くて全然気づかなかったわ。ありがとう」
「どうも」
僕は書いてある住所をスマートフォンに入力して、地図を出して確認した。
「では、こっちですよ」
「はーい」
そして、程なくして目的地に辿り着くと……。
「あれ? さっきの場所だな」
さっき僕が隠れてて、おばあさんに秘密基地と教えられた場所だった。改めて見ると雑草は生え放題、建物に使われる木の部分はささくれだって、窓ガラスも割れていたのかテープで補強されている。
「ここはどこかしら?」
あれ、ピンと来てない。ここじゃないのかな? 忘れているだけとか……?
「鍵はないですか? ポケットかどこかに」
「探してみるわ」
おばあさんがポケットに手を入れると、すぐに鍵を見つけて僕に渡してくれた。
「これかしら?」
「試してみますね?」
鍵穴に挿し込むと、少しひっかかりはしたものの奥までとどいた。古い鍵穴で開けるのに苦労したけど何とか開けることができた。
「おっ。開きましたよ」
「今日、ここにお泊りするのかしら? おじゃましまーす」
おばあさんが入ったのを見て、僕も入らせてもらう。もし家族が居るなら、外に出てしまっていた事を報告しないとダメだからな。
「おじゃまします。あれ……?」
凄く埃っぽいし、掃除されていないのか? 僕はスマートフォンの光をもとにして電気のスイッチを探す。
「あ~、これかな? 点いた」
人が通った形跡がある場所以外、目に見えるほどの茶黒いような埃が積もっていた。それだけじゃなくて、無造作にゴミも放置されていた。
「あら、こんなにゴミだらけなんて。誰の仕業かしら?」
「掃除しないとダメですね」
「ん……? あなた、誰? 何でここにいるのかしら?」
僕の声を聞くとおばあさんは振り向いて、急に僕に恐怖したような表情をとった。忘れてしまったのか……。あと、ここはおばあさんの家だし、そこに全く知らない人が入り込んだと思ってしまったのなら、そう思うのも仕方ない。でも、家族の人に何も言わずに立ち去ったら、またどこかへ行ってしまうかもしれない。そうなると、今度は事故や事件にあってしまう可能性がある。
「えっと、夜遅いからあなたをお家まで送り届けたんですよ。お家の人いますかね? 挨拶だけしたいんですけど」
「あら、そうだったかしら? 親切なお兄さんね。呼んでくるから待ってて」
そう言うと靴のまま中に入ろうとする。
「あ、靴のままですよ!」
「いっけない! 忘れるところだったわ」
今度こそおばあさんは靴を脱いで、中に入っていった。僕は外の風が入らないように扉だけ閉めて待つ事にした。
『おかーさーん、おかーさーん! おく、い、あ……。えっと……、お客様……。ああ、お母さんお客様よ、どこにいるのかしら?』
おばあさんが何度呼びかけても、家族の人というより、この家に誰かいる気配は全くしなかった。
「ごめんなさい。お母さんいないみたいだわ」
「みたいですね。どうしましょう?」
「困ったわ……。お客様をそのまま帰すのも悪いし。……またおこられちゃう」
ご厚意は嬉しいけど、ふとした時に他人が居て不安になったりしないだろうか?
「そうだ、お父さんはいないんですか? 親戚とか……」
「お父さんはね、忙しくてあんまり家に帰ってこないの……」
「そうでしたか。ごめんなさい」
「…………。あれ、あなたの用事はなんだったかしら?」
「えっと、お母さんにお話があっているんです」
お母さんと言っても、このおばあさんの娘さんとかだろうけど。
「そうだったわ。お客様泊まっていったらどうかしら?」
「そうですね、朝には会えるかもしれないですもんね」
ひとりにするのもかわいそうだ。
「ふふふ。そうね」
「おじゃまします」
僕は靴を脱いで中に入った。
「はい、どうぞ。あ、ごめんなさい!」
リビングに着いた時、ふいにおばあさんが思い出したように謝った。
「どうしたんですか?」
「私、お茶の淹れ方がわからないの……」
「……いいですよ、お気持ちだけで嬉しいです。ありがとうございます」
「優しいわね、助かるわ」
「いえいえ。そうだ、僕はどこに寝たらいいですか?」
「1階に客間があるから、そこを使ってちょうだい。布団は押入れにあるから、お手間だけど自分で敷いてくれるかしら?」
「わかりました」
「私は二階の部屋で眠るから、困ったら呼んでくれるかしら?」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
おばあさんは笑顔で二階に上がって行った。
僕はそれを確認した後、カバンにいくらか入れておいた、中くらいの大きさのゴミ袋を取り出して、家に散らばるゴミを拾い集めた。捨てるか残しておくかわからないものは拾い集めて、分かる場所に置いておいた。埃もできるだけ払って捨てておいた。泊めてもらうせめてものお礼だ。
それが終わるとおばあさんが上で困ってないか耳を澄ませてみた。
「大丈夫そうかな?」
僕は教えて貰った客間に向かい、テーブルを寄せた後、比較的埃のかぶってない下の方の布団を取り出して、部屋の真ん中に敷いた。
「服やばいな……」
また服全体がダメージジーンズみたいになっていた。そしてまた後ろ側。着替えてもすぐダメにするなら、もう気にしても仕方ない。そうだ、今は何時だ? 凄く疲れた気がする。
深夜…………もう四時前だ。もう、寝よう。僕は布団に入った。
起きたらおばあさんの家族の人に挨拶をして、お礼も言わないとな。それから、おばあさんの認知症……かな? を治すかどうかも聞いてみよう。おばあさん本人、もしくは家族の気持ちや意思が分からないまま勝手に治すのは自己満足だ。でも、認知症は治るのだろうか? 試して失敗してガッカリさせないだろうか? でも、やらないまま諦めるよりはマシかな……。
それから、近くの病院はどこだろう……? リハビリ施設だとか、認知症とかが治せるなら老人ホームみたいなのでもいいかもしれない。治せなくても足腰が弱っている人は治せるからな……。
できるだけ、やれることを……しないと……。
僕はいつの間にか、眠りについていた。
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