碧の空

野部 悠愛

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碧の空2

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「ただいまぁ~。」
玄関を開けた母がいつもの調子で帰ってきた。
「おかえり。仕事お疲れ様。」
そう返事をすると、
「ホントにも~!何が『城川(しろかわ)さんならできるよね~。今日中にこの資料まとめて僕の机に出しといてね☆』よ!自分の仕事を押し付けないで欲しいわ!」
なんて、上司への愚痴をこぼす。
母は明るい人だ。
今だって愚痴をこぼしてはいるけれど、にこにこしているし声も明るい。
明るくて優しい美人な母は商店街でもおじさん達のアイドルみたいになっていて、みんな行くたびにおまけをたくさんくれる(その恩恵か僕が買い物に行った時もおまけをくれる)。
なんて、そんな話は置いといてとりあえず母の上着と鞄を貰って母の部屋まで持って行く。
リビングに降りると、母がテーブルについてじっとハンバーグを見ていて、
「美味しそうねぇ。早く食べたいわ~。」
なんて言ってくれるものだから嬉しくていそいそと席に着く。
いただきますって2人で手を合わせて食べ始めると母が頬に手を当てながら言った。
「ん~!!美味しい!仕事の疲れも吹っ飛ぶわぁ!!!」
「それは良かったよ。ポテトサラダも食べてみて、今日は自信あるんだ。」
「どれどれ、……美味しい~!」
美味しそうに食べてくれる母に嬉しくなって思わず頬が緩む。
幸せな夕飯の時間。
いつも母がのんびりと暖かくしてくれるから家の中はいつでも幸せで満ちている。

夕飯を終えると皿を洗うのは今日は母の仕事だ。
本当は仕事で疲れているはずだから風呂に入って直ちに休んで欲しいのに、
「夕飯の片付けは調理をした方じゃない人がやる」と言う家のルールがあるからと任せてくれなかった。

結局僕が先に風呂に入ってソファでのんびりしていた。
母は働き者だ。そんなところもまた人に好かれる理由のひとつだったりする。
まあ、上司に仕事を押し付けられる原因にもなっているようだけれど。

……1人でいると今日の空のことが頭を占めて泣きたいような苦しいような、そんな気持ちになった。
ぼーっとしているといつの間にか風呂から上がった母がホットココアを入れてくれていた。
「どうしたの?何かあった?」
そんなふうに優しく聞かれるものだからついつい今日のことを言いそうになるけれど、仕事で疲れているはずの母に泣き言をこぼすのは駄目な気がして飲み込んだ。
母はそんな僕にココアを勧めると黙って横に座って、何も聞かなかった。
ただ黙ってそばに居てくれることがひどく心地良い。
1口飲んだホットココアの甘さに包み込まれるような気がした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝、今日はいつもより早く目が覚めて、
いつもよりも気分がスッキリとしている気がした。
制服に着替えて、リビングに下りると、まだ早い時間だからか出勤前の母が珈琲を片手に朝食を食べていた。
「おはよぉ~。今日は大分はやいのねぇ。」
「おはよう。今日はなんだか目が覚めたんだ。」 
そんな会話をしながら席に着くと母が珈琲を入れてくれた。それを飲みながらトーストをかじる。それからバターの香りがふんわりとするスクランブルエッグを食べて香り高い珈琲を1口。
気分のせいかいつも以上に美味しく感じる朝食に頬が緩むのを感じながら食べ進める。

食べ終わると、母は仕事に向かった。
僕はまだ時間があるので朝食の片付けをしたあとものんびりと過ごした。

いつも起きている時間になって、
ふと、思い立っていつもより大分早く家を出た。
いつもより遠回りをして学校までの道を歩く。
今日の空は澄んでいて気持ち良くて大きく息を吸い込んだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

放課後、今日も僕はいつもの通りに病院に行く。 
でも今日は、いつもと違ってクラスの女子に呼び止められた。
「あ、あの!明日、土曜日でクラスの皆で中学最後の思い出作りに遊びに行くことになったんだけど、良かったら城川くんも、来れたりしないかなぁ……なんて、……ダメかな?」
少し頬が赤い女子に風邪でもひいたのかなと思いつつ、
えーっと、と僕は考える。
そもそも、クラスの人とはあまり関わったことも無いので名前も覚えて居ない人が大半だったりする。
「ごめんね、明日は忙しいから行けないや。皆で楽しんできて。」
まさか、みんなの名前も覚えて無いから行けないや。なんて言えるわけもないから当たり障りの無い言葉で断ってにこりと作り笑顔を貼り付ける。
すると女子が、そんなに急を要する用件だったのか走って去っていった。
こてりと首を傾げつつ、病院に行くことを思い出して教室から出た。

「空、今日は調子どう?」
いつものように話しかけながら空のベッドに近づく。
期待はしていなかったけれど、やっぱり今日も返事はなかった。
でも、いつもより顔色が良さそうな感じだったので体調は良いのだろう。
今日は空は一言も話さないので、僕は学校であったことを意味もなく、たくさん話した。
もしかしたら、僕は昨日みたいな空の希望のない言葉を聞きたくなかったのかもしれない。

最後に、珍しくクラスの女子に話しかけられて、遊びに誘われた話をすると、空はじっと僕の方を見て
「行けばよかったのに。」と独り言のように呟いた。
久しぶりに会話が出来そうな予感に嬉しく思いながら、
「だって、クラスの大半の人の名前も覚えて無いんだよ?行ったところでぼっちになるの確実だもん、行かないよ。」
と返した。
そしたら、空は黙ってしまって、
沈黙が病室を支配する。
お互いに無言のまま時間が流れて、
「今日はもう帰るね、また来るから。」
と言って病室を出た。

病院の外に出ると青い空が端からオレンジ色に染まってきていて、切り取って手元に残したいくらいに綺麗だった。

今日は一言だけど、空が返事を返してくれた。
その事が嬉しくて、家に帰る足がいつもより軽かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

家に帰ると、今日は定時であがれた様子の母が帰ってきていた。
「ただいま。」
「あら、おかえりぃ~。今日も空ちゃんのところに行っていたのね。………空ちゃんは元気そうだった?」
「うん。今日は調子が良さそうだったよ。」
「良かったわねぇ~。」
笑顔の母と少し話したあと、自分の部屋に行って、着替えたあと、ベッドに横になった。
何となく空のことを考える。
今日は一言だけ、話してくれて嬉しかったけれど、表情は少し暗かった気がした。
瞳はなんだか泣きそうな感じで揺れていた。
空が何を思って過ごしているのか、僕にはわからないけれど、笑っていて欲しいのに、いつだって辛そうで、空を笑わせることが出来ない自分にどうしようもなく苦しくなった。

「碧~!晩御飯出来たわよ~!!」
下から母の呼ぶ声がして、時計を見ると結構時間が経っていたことがわかって、慌てて返事をして急いでリビングへ向かった。
今日の晩御飯は鍋で大きな土鍋がふわふわと暖かい湯気をあげていた。

いただきますの声と共に食べ始めた鍋の具材は鳥肉と油揚げと豆腐と大根とネギだった。

油揚げは口に含むとジュワッと熱い出汁が出てきて身体が芯から温まる感じがした。
大根もほろほろで出汁が効いていて美味しかった。

はふはふと食べ進めて、食べ終わる頃にはお腹から全身が暖かくて眠たくなった。

食後は母が風呂に入っている間に洗い物をして、風呂に入った後はどうしようもなく眠たくていつもより早い時間だけれど眠りについた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ふわふわと宙に浮かぶような夢を見た。
ふんわりふかふかの雲の上で、空が座ってた。
「碧、も…わ………おい………て。」
何かを言っているようだけれど聞き取れなくて、
でも、空の顔は暗くて、夢の中でくらい笑ってくれたらいいのに、なんて思った。
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