しまねことサヨ〜島と猫と、まったりスローライフ〜

川上とむ

文字の大きさ
15 / 39
第一章『しまねこと、春に拾った少女』

第15話『捨て猫と、テンメンジャン』

しおりを挟む
 ゴールデンウィークも終わり、島が日常を取り戻した頃。毎年決まって発生する事件がある。

 捨て猫だ。

 春に生まれた子猫を、心ない誰かが島に置いていくのだ。

 佐苗島さなえじまは猫の島とうたっていることもあり、こういうことが年に何度かある。

 そういう子たちを保護して、ゆくゆく去勢手術を施して島猫として迎え入れるのも、しまねこカフェの役目だったりする。

 ――猫島は猫の楽園ではないのだけどねぇ。

 かつて、ダンボールに入れられた子猫を前にしたおじーちゃんが、ため息まじりにそう呟いたことがある。

 その言葉は、今でもあたしの耳に残っていた。

「ぎゃー! 怖い怖い! 人間怖い!」

「何もしないから引っかかないで! 噛まないで! ココアも何か言ってあげてよ!」

「サヨは優しい人だから、噛まないよ」

「そうじゃなーい!」

 そして現在、しまねこカフェには三匹の子猫がいた。

 この子たちはおじーちゃんが朝の見回りのときに漁港で見つけたらしく、幸いなことに元気いっぱいだった。

 ちなみに、発見者のおじーちゃんはヒナと一緒に村長さんを呼びに行っていて、あたしは一人で子猫たちの相手をしていた。

「ほ、ほらほら、泣かないでー」

「うわーん! ママー!」

 ココアも手伝ってくれているけど、オス猫ということもあって対応に困っているようだ。

 ……猫の言葉がわかるあたしは、当然子猫たちの声もしっかりと聞こえるのだけど、聞いているだけで可哀想になる。

「はー、どこかに頼りになるメス猫はいないかしら。ねー、トリコさーん」

 ウッドデッキで我関せずといった様子のトリコさんに声をかけてみるも、一瞬しっぽを動かしただけで、どこかへ行ってしまった。どうやら助力は期待できそうにない。

 よく考えてみれば、それも当然だった。この島の猫たちは皆去勢手術済みなので、子育て経験がある猫などほとんどいないのだ。

「ほらほら、ミルクよー……って、ひっくり返されたぁー! 向こうの子は粗相してるー!」

「……大変そうだねぇ。小夜さよちゃん、大丈夫?」

 声がしたほうを見てみると、カフェの入口に丸めた毛布を持ったなっちゃんが立っていた。

「子猫を保護したって聞いたから、この毛布を床敷きに使ってもらおうかと思ったんだけど……間に合わなかったみたいだね」

 そう口にしながら、なんとも言えない顔で濡れた畳を見る。

「ありがとー。どのみち必要になると思うから、ありがたく使わせてもらうわねー」

 努めて笑顔で毛布を受け取ると、彼女はあたし越しに子猫たちを見ていた。

「せっかくだし、上がってく?」

「いいの? じゃあ、少しだけお邪魔しようかな」

 そう提案すると、なっちゃんは声をわずかに弾ませながら靴を脱ぎ、縁側を経由して和室へとやってくる。

「わー、ちっちゃくてふわふわ。やっぱり子猫ってかわいいよね」

 近くにいたキジ柄の子を優しく抱きかかえると、なっちゃんはとろけそうな笑みを浮かべた。

「……なんか、いいにおいする!」

 その腕の中に抱かれた子も、先程とは打って変わって大人しくなり、なっちゃんの手の甲をペロペロと舐めている。

 いい匂いとか、あんた男の子ね。もしくは、なっちゃんが魚の下ごしらえでも手伝ってきたのかしら。

「……やれやれ、ここはなかなか遠いね」

 そんなことを考えていると、ミミとハナの姉妹が窓から入ってきた。

「あれ? あんたたちがここに来るなんて珍しいわねー」

「ホントだー。普段は港にいるのにね。子猫の声が気になったのかなー?」

「……トリコさんに行けって言われた。捨てられてたってのは、あの子たちね」

 猫なで声のなっちゃんに対して、ハナは疲れたような声で言う。

 そして部屋の隅で暴れていたキジ白の子の元へと歩み寄り、その首根っこをくわえてひょいと持ち上げた。

「ナツミの膝に乗ってるキミも、こっちにおいでー」

「ぎゃー! なにするの!? 離してー!」

 一方のミミはキジ柄の子を捕まえると、ハナの元へずるずると引っ張っていく。

 やがて最後に残された子も、同じく連行されていった。

「……三匹ともよくお聞き。アンタたちは、捨てられたんだ。泣いても喚いても、ご主人や親がやってくることはない」

「でも安心してー。この島はそんな子たちも大歓迎だよー」

 ……なっちゃんがいるので猫たちと会話はできないけど、その後のミミとハナの会話を聞く限り、彼女たちは先輩猫として、子猫たちに島で生きていくための心得えを話しているようだった。

 ミミとハナもかつては捨て猫だったし、子猫たちにその経験を話すよう、トリコさんに言われたのかもしれない。

「おおー、今年も来たかぁ。新入りだなぁ」

 ……その時、村長さんがカフェにやってきた。その後ろにはおじーちゃんとヒナの姿も見える。

敏夫としおから話は聞いたぞぉ。まーたあの倉庫か。困ったもんだなぁ」

 ミミとハナによって集められた子猫たちの中から、一匹を抱きかかえながら村長さんが言う。

 島の港から東に進み、住宅地を抜けると漁港がある。

 その外れに古い倉庫が並んでいるのだけど、捨て猫は毎回ここで見つかる。

 近くに何軒か民家もあるものの、生け垣や塀で死角になっていて、住民も気づかないのだ。

「あの倉庫ってことは、この子たちを捨てた人はうちの民宿の前を通ったってことですよね。なんか嫌だなぁ」

 村長さんの言葉を聞いたなっちゃんが渋い顔で言った。

 彼女も無類の猫好きだし、もし現場に遭遇していたら、止めることができたかも……なんて考えているのだろうか。

夏海なつみちゃんもそんな顔しなさんな。今は捨てた連中のことより、この子たちのことを考えないとなぁ」

「なんだこいつー! 離せー! 離せー!」

 その腕にガジガジと噛みつく子猫を気にすることなく、村長さんは朗らかにそう言ったのだった。

  ◇

 ……話し合いの末、子猫たちはその場で村長さんの家に貰われていった。

 しまねこカフェやさくら荘で面倒を見る案も出たのだけど、どちらも接客業をしているということで、トイレのしつけができていない子猫を預かるのは大変だろう……と、村長さんに言われてしまったのだ。

 それを言われてしまうと、あたしたちはぐうの音も出なかった。

「また、いつでも様子を見に来てくれていいからなぁ」

 元々子猫たちが入っていたダンボール箱と、なっちゃんが持ってきてくれた毛布を手に、村長さんはしまねこカフェを後にしていく。

 その去り際、この子たちの名前は甜麺醤テンメンジャンだ……なんて声が聞こえた。

 テンメンジャンって、何かの調味料だったわよね。村長さん、本気なのかしら。

 そのネーミングセンスに一抹の不安を覚えながら、あたしはその背を見送ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...