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エピローグ 二人のコキア
エピローグ 二人のコキア その二
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――気づいてくれたんだ……。
ジャックはごくりと息をのむ。願いは叶った。待ちに待った時が来た。でも、緊張して手が震える。
ジャックは手に汗を感じながら、メッセージを送る。
『うん。リリアンには気づいてほしかったから、名前にコキアを入れたんだ。気づいてくれてうれしいよ』
『あんな分かりやすい信号だから分かるよ。私ならすぐに気づく
から。どの世界でも変わらないね、カシアスは』
普通に会話できている。それが嬉しくもあり、切なくもある。ジャックは心の中でリリアンに問いかける。
――ねえ、リリアン。どうして、僕達は仲良しなのに別れることになったの? リリアンは寂しくなかったの?
教えて欲しい。
ジャックは勇気を出して、リリアンに聞こうとしたのだが。
『それに見たよ、ジャックの活躍。格好良かったよ』
ジャックの手が止まる。
リリアンは見たのだろうか? ジャックが人を殺したところを。ウォー・ハンマーを何度も相手の頭に振り下ろし、殺めた場面を。
ジャックは急に自信がなくなった。自分は本当にリリアンの隣にいる価値があるのかと……。
人殺しの自分が……。
――違う!
ジャックは何度も頭を振る。あれはゲームだ。本当に人が死ぬわけではない。
それでも、感覚が消えてくれないのだ。あの生々しい手応えと血の臭い……手を何度も洗っても、体を洗っても消えてくれないのだ。
気がつくと、ジャックの指は動き出し、メッセージを入力していた。
『僕ね、リリアン。今日、プレイヤーを倒したんだ! あの僕が、だよ。ずっとPKされ続けてきて、結局、リリアンがいなかったら『アトレンティア』では誰にも勝つことが出来なかった最弱の僕がだよ! すごいでしょ! どこかのラノベの主人公かってツッコミたくなるよね! でも、ちょっとだけ苦戦しちゃってさ。それでね』
『無理しなくていいよ。辛かったでしょ。私の前では無理しなくていいから』
リリアンのメッセージでジャックの指が止まる。視界が涙でにじみ、ジャックはボイスチャットに切り替え、自分の気持ちを吐き出した。
『怖かったよ怖くて怖くて眠れないんだまだあの感覚が手に残っているんだねえリリアン僕は人殺しなのかな許されるのかなリリアンは怖くないのねえ答えてよリリアン』
句読点を入れることすら忘れ、ジャックはリリアンに不安をぶつけた。
ジャックは自分が最低な人間だと自覚しながらも、それでも、リリアンに助けを求めた。
結局ジャックは意地を張る相手がいなくなれば、一人になると、罪悪感で押しつぶされそうになるのだ。
みんなと一緒にいたときはまだ一人じゃないって思えて我慢できた。だが、限界だった。
きっと、リリアンはお見通しだったのかもしれない。人に頼ってばかりのジャックには、この『ソウル杯』で勝ち進めないことを。
だから、リリアンはジャックに悩みを告げず、一人でこの過酷な世界に身を投じたのだ。ジャックはつくづく自分の弱さにあきれ果ててしまう。
前のネトゲでは上級者のリリアンに頼りっきりだった。リリアンに任せておけば安心だし、一人で遊んでも面白くない。誰かと一緒に遊ぶことで楽しみを見いだしていた。
そんな生ぬるいプレイをしてきたツケがここにきてやってきた。ここは仲良しこよしで楽しめる世界ではないのだ。
ソレイユのように、一人でも強敵に立ち向かえる強さを兼ね備えた者こそが生き残れる世界だったのだ。
リリアンを救うつもりが逆に救いを求めるなんて、ジャックは自分がどれだけ愚かなのか自覚してしまう。
そんな自分がリリアンの隣にいたいだなんて笑い話にもならない。忠犬よろしく後ろをついて行くほうがお似合いだ。
そう自覚していても、リリアンなら絶対に自分を肯定してくれる、そんな確信がジャックにはあった。
いつものように、リリアンはジャックを慰めてくれる、それを期待してしまったのだ。
ジャックは祈りながら、リリアンの裁決を下すのを待った。その時間は、ジャックにとって長く長く感じていた。うまく息が吸えず、あえぐような息苦しさを感じてしまう。
リリアンの回答は……。
『ごめんね、ジャック。私のせいでキミを傷つけてしまって。キミが私を追いかけてこなければ、こんなに苦しむこともなかったのに。私のせいで、私のせいで』
リリアンのメッセージは悔恨に満ちたメッセージが並んでいく。ジャックはたまらず、目をそらした。
メッセージは続いているが、ジャックは直視できなかった。
――バカか、僕は! どうして……どうして、僕は……。
気がつくと、ジャックは涙をこぼしていた。ジャックの弱さがリリアンを傷つけてしまったのだ。
自分の事ばかり考え、感情に身を任せた結果がこれだ。愚かすぎて形容する言葉すら思いつかないほど、自分のバカさかげんにジャックは怒りを感じていた。
リリアンだって、きっと傷ついているはずだ。『ソウル杯』が始まって一週間ほど時間が過ぎている。リリアンもきっと、PVPを体験している。
もしかすると、リリアンもプレイヤーを殺し、悩んでいたのかもしれない。
なのに、ジャックはそんなことも思いつかず、リリアンに自分の気持ちを押しつけている。
こんなに格好悪いことはあるだろうか、と自分を蔑む。
ジャックは乱暴に涙をぬぐい、自分の顔を二、三回思いっきり両手でパンパンと叩く。気合いを入れ直し、今もメッセージでジャックに謝罪するリリアンにメッセージを送る。
心を込めて、リリアンに謝罪とお礼を伝えるために。
『リリアン、キミが好きだ』
リリアンのメッセージがぴたっと止まる。
ジャックは自分の気持ちを正直に伝える。
『僕、頑張るよ。リリアンに出会えるまで、誰にも負けない。だから、リリアン。もしも、また会えたら』
――会えたら……リリアンと出会えたなら……僕は。
『また一緒に遊ぼう』
きっと、気の利いた男なら愛の言葉をすらすらとを語ることが出来るのだろうが、女性と付き合ったことがないジャックはただ、本心を告げる。
また、あの仲のよかった頃に戻りたい。ずっと、一緒にいたい。ジャックが心の底から願った想いだった。
リリアンから返事がない。ジャックは不安になり、急に冷や水を浴びせられた気分になる。
やはり、リリアンは男で、男から好きと言われたことにおぞましいと思っているのだろうか。
どうしようかと頭をかかえ、ジャックは部屋中をうろうろとしていたら、メッセージが表示された。
ジャックは慌てて液晶画面にへばりつく。
『一つ条件がある』
『条件?』
『私を見つけて。そしたら、全て話すから』
「いっやっほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ジャックはそのメッセージを見た瞬間、ロックンローラーのように飛び上がった。
両手を天井に向けて突き出し、雄叫びを上げた。
『OKOK! 絶対に見つけるから! 待っててね、リリアン!』
『気が早いでしょうに』
きっと、リリアンは呆れているかもしれないが、ジャックは嬉しくて、嬉しくて、気持ちが抑えきれなかった。
リリアンに否定されなかった。受け入れてもらえた。
そのことが嬉しくてたまらない。
ほんの少し前までは、プレイヤーを殺してしまった、リリアンに否定されたらどうしようと悩んでいたが、一瞬にして吹き飛んだ。
ジャックは思わず立ち上がったまま、ジャブとストレートを放つ。機嫌のいい証拠だった。
『ジャック。立場が逆転して、私がプレイヤーを殺したら、ジャックは私の事、許してくれた?』
ジャックは深く考えず、すぐさま即答する。
『許すに決まっているじゃん。僕はリリアンの婿だよ。どんなことがあっても、僕はリリアンの味方だから』
ジャックのメッセージには何の偽りもなかった。誰よりも、リリアンの事を想っていたい。これだけは言い切れる。
ジャックの回答に、リリアンはまるでフリーズしたかのように、返事が来ない。少し不安になり、ジャックがメッセージを飛ばそうとしたとき、
『セリフがくさいから』
などと、言われてしまった。
『ひどいよ!』
『でも、元気出た。ありがとう』
『そう?』
『うん。それより、一緒にカシアスが奮闘している動画、見ようよ。解説、ヨロ!』
『任せてよ!』
ジャックはリリアンに、今日一日で自分がどれだけ大変な目にあったのか、猛烈にアピールする。その姿は、まるで母親に自分の事を自慢する子供のようであった。
ジャックは改めて実感する。リリアンは特別なのだと。
リリアン以外の人に褒められたり、相づちを打たれても嬉しいとは思うが、胸が騒ぎ出すような気持ちにはなれなかった。
でも、リリアンに褒められるだけで胸の奥が熱くなり、相づちを打たれると話を聞いてくれたことが嬉しくて、ずっと話したくなる。
ジャックは現実の女の子と話しても、会話なんて続かなくて、すぐに気まずい気持ちになる。
けれど、リリアンとなら会話が続く。この事実から、リリアンはやはり男ではないか?
そう思うジャックだったが、そんなことは些細なことだと切り捨てた。
今は、もう二度と取り戻せないと思っていたリリアンとの時間を楽しんでいたかった。
『それでさ、この戦いのときは』
ジャックはずっと書き込みをしているが、リリアンから返事がこない。最初は黙って話を聞いてくれていると思っていたが、時計を見て、ジャックは申し訳ない気持ちになってしまう。
『ごめん。もう朝の五時だね』
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。気が付けば四時間近く、リリアンとチャットをしていた。こんなに夜遅くまで付き合ってもらったら、寝落ちしても不思議ではない時間だ。
ジャックは急に気持ちが冷めていく。リリアンに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
リリアンだって激戦を繰り広げて疲れているだろうに遅くまで付き合わせてしまった。
ジャックももうすぐ、アルカナ・ボンヤードにソウルインする時間が迫っていた。
集合時間は朝の九時だが、それまでにソウルメイトの強化をしておかなければならない。時間は限りがあるので、少しでも時間を無駄にできないのだ。
でも、話を切り上げたくない。ずっとこのままでいたい。そうジャックは思い始めていた。しかし、
『そうね。もう終わりにしましょう』
その一言で、ジャックは急に不安になる。せっかく会えたのに、また別れてしまうのか? 寂しくて仕方ない。
『もしかして、寂しい?』
『寂しい』
返事がない。もしかして、呆れられているのだろうか? そう思うと、余計にジャックは不安になってしまう。自分の事ばかり考えて、相手のことを考えていない。それが相棒と言えるのか?
リリアンから何の返事もない。
もしかして、リリアンを傷つけたのか? それとも、怒らせてしまったのか?
ジャックは不安で泣きそうにある。
『それなら一緒にいてよ』
ジャックは愛おしさに胸がいっぱいになる。会いたい。現実世界でリリアンに会いたい。
でも、それは許されるのだろうか? もし、リリアンが男だったら? それはショックだろうが、それでも、リリアンと仲良くなりたい。
ジャックは決意する。現実で会おうと。
文字を入力しようとする前に。
『ごめん、うそ。何を言っているんだろうね。私から離れていったのに、恥知らずな発言、本当にごめん。それに、カシアスも私もソウル杯があるでしょ? なら、まずは生き残れるよう頑張らないと。変なことを言ってごめんね』
『頑張るから。僕は絶対にリリアンに会いに行くから』
もう、迷いはなかった。激戦を乗り越え、遅くまでリリアンとチャットした後でも、ジャックのやる気は衰えるところか、みなぎっていた。
どんな試練だって乗り越えてみせる。ジャックはそう決意した。
『私も負けないから。必ず会おうね』
『OK』
リリアンが退室していった、ジャックは椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。
ジャックの胸の中にあふれんばかりの幸福感が駆け巡っている。最高だ。一度手放してしまった幸福を、取り戻せたのだ。
幸福感と満足感に浸っていると、液晶の画面から動画がまだ流れていた。
ジャックとライザー達の戦いだ。
今は一人でもジャックとコリーの死闘を客観的に見ることが出来た。
ジャックにはプレイヤーを殺める恐怖心は薄れていた。完全ではないが、それでも戦えるところまでは持ち直していた。
ジャックは動画を見ていて、ふと疑問を感じた。
――そういえば、リリアンはどうして、僕の名字がコキアだって分かったんだろう?
動画にはキャラ名が出ていたが、名字は表示されていなかった。
ジャックの疑問はしばらく動画を見て、分かった、動画ではなく、解説のところにキャラ名がフルネイムで表示されていたのだ。
ジャックはレベッカの名字を確認した。
レベッカ=コキア。
ジャックは息が止まるかと思った。レベッカの名字はコキアだったのだ。
これは何を意味するのか? やはり、レベッカはリリアンなのか? それなら、どうして、リリアンはそのことを教えてくれないのか?
ジャックは思い悩んでいると、解説にある単語を見つけてしまう。それは……。
ネルソン=コキア。
ジャックは心臓が止まるかと思った。
――なぜ、ネルソンの名字がコキアなんだ?
ジャックを含め、三人のコキア。これは何を意味しているのか?
この偶然の一致は、これから先のジャックの冒険に多大な影響を与えることを、ジャックは心のどこかで予感していた。
-To be continued-
ジャックはごくりと息をのむ。願いは叶った。待ちに待った時が来た。でも、緊張して手が震える。
ジャックは手に汗を感じながら、メッセージを送る。
『うん。リリアンには気づいてほしかったから、名前にコキアを入れたんだ。気づいてくれてうれしいよ』
『あんな分かりやすい信号だから分かるよ。私ならすぐに気づく
から。どの世界でも変わらないね、カシアスは』
普通に会話できている。それが嬉しくもあり、切なくもある。ジャックは心の中でリリアンに問いかける。
――ねえ、リリアン。どうして、僕達は仲良しなのに別れることになったの? リリアンは寂しくなかったの?
教えて欲しい。
ジャックは勇気を出して、リリアンに聞こうとしたのだが。
『それに見たよ、ジャックの活躍。格好良かったよ』
ジャックの手が止まる。
リリアンは見たのだろうか? ジャックが人を殺したところを。ウォー・ハンマーを何度も相手の頭に振り下ろし、殺めた場面を。
ジャックは急に自信がなくなった。自分は本当にリリアンの隣にいる価値があるのかと……。
人殺しの自分が……。
――違う!
ジャックは何度も頭を振る。あれはゲームだ。本当に人が死ぬわけではない。
それでも、感覚が消えてくれないのだ。あの生々しい手応えと血の臭い……手を何度も洗っても、体を洗っても消えてくれないのだ。
気がつくと、ジャックの指は動き出し、メッセージを入力していた。
『僕ね、リリアン。今日、プレイヤーを倒したんだ! あの僕が、だよ。ずっとPKされ続けてきて、結局、リリアンがいなかったら『アトレンティア』では誰にも勝つことが出来なかった最弱の僕がだよ! すごいでしょ! どこかのラノベの主人公かってツッコミたくなるよね! でも、ちょっとだけ苦戦しちゃってさ。それでね』
『無理しなくていいよ。辛かったでしょ。私の前では無理しなくていいから』
リリアンのメッセージでジャックの指が止まる。視界が涙でにじみ、ジャックはボイスチャットに切り替え、自分の気持ちを吐き出した。
『怖かったよ怖くて怖くて眠れないんだまだあの感覚が手に残っているんだねえリリアン僕は人殺しなのかな許されるのかなリリアンは怖くないのねえ答えてよリリアン』
句読点を入れることすら忘れ、ジャックはリリアンに不安をぶつけた。
ジャックは自分が最低な人間だと自覚しながらも、それでも、リリアンに助けを求めた。
結局ジャックは意地を張る相手がいなくなれば、一人になると、罪悪感で押しつぶされそうになるのだ。
みんなと一緒にいたときはまだ一人じゃないって思えて我慢できた。だが、限界だった。
きっと、リリアンはお見通しだったのかもしれない。人に頼ってばかりのジャックには、この『ソウル杯』で勝ち進めないことを。
だから、リリアンはジャックに悩みを告げず、一人でこの過酷な世界に身を投じたのだ。ジャックはつくづく自分の弱さにあきれ果ててしまう。
前のネトゲでは上級者のリリアンに頼りっきりだった。リリアンに任せておけば安心だし、一人で遊んでも面白くない。誰かと一緒に遊ぶことで楽しみを見いだしていた。
そんな生ぬるいプレイをしてきたツケがここにきてやってきた。ここは仲良しこよしで楽しめる世界ではないのだ。
ソレイユのように、一人でも強敵に立ち向かえる強さを兼ね備えた者こそが生き残れる世界だったのだ。
リリアンを救うつもりが逆に救いを求めるなんて、ジャックは自分がどれだけ愚かなのか自覚してしまう。
そんな自分がリリアンの隣にいたいだなんて笑い話にもならない。忠犬よろしく後ろをついて行くほうがお似合いだ。
そう自覚していても、リリアンなら絶対に自分を肯定してくれる、そんな確信がジャックにはあった。
いつものように、リリアンはジャックを慰めてくれる、それを期待してしまったのだ。
ジャックは祈りながら、リリアンの裁決を下すのを待った。その時間は、ジャックにとって長く長く感じていた。うまく息が吸えず、あえぐような息苦しさを感じてしまう。
リリアンの回答は……。
『ごめんね、ジャック。私のせいでキミを傷つけてしまって。キミが私を追いかけてこなければ、こんなに苦しむこともなかったのに。私のせいで、私のせいで』
リリアンのメッセージは悔恨に満ちたメッセージが並んでいく。ジャックはたまらず、目をそらした。
メッセージは続いているが、ジャックは直視できなかった。
――バカか、僕は! どうして……どうして、僕は……。
気がつくと、ジャックは涙をこぼしていた。ジャックの弱さがリリアンを傷つけてしまったのだ。
自分の事ばかり考え、感情に身を任せた結果がこれだ。愚かすぎて形容する言葉すら思いつかないほど、自分のバカさかげんにジャックは怒りを感じていた。
リリアンだって、きっと傷ついているはずだ。『ソウル杯』が始まって一週間ほど時間が過ぎている。リリアンもきっと、PVPを体験している。
もしかすると、リリアンもプレイヤーを殺し、悩んでいたのかもしれない。
なのに、ジャックはそんなことも思いつかず、リリアンに自分の気持ちを押しつけている。
こんなに格好悪いことはあるだろうか、と自分を蔑む。
ジャックは乱暴に涙をぬぐい、自分の顔を二、三回思いっきり両手でパンパンと叩く。気合いを入れ直し、今もメッセージでジャックに謝罪するリリアンにメッセージを送る。
心を込めて、リリアンに謝罪とお礼を伝えるために。
『リリアン、キミが好きだ』
リリアンのメッセージがぴたっと止まる。
ジャックは自分の気持ちを正直に伝える。
『僕、頑張るよ。リリアンに出会えるまで、誰にも負けない。だから、リリアン。もしも、また会えたら』
――会えたら……リリアンと出会えたなら……僕は。
『また一緒に遊ぼう』
きっと、気の利いた男なら愛の言葉をすらすらとを語ることが出来るのだろうが、女性と付き合ったことがないジャックはただ、本心を告げる。
また、あの仲のよかった頃に戻りたい。ずっと、一緒にいたい。ジャックが心の底から願った想いだった。
リリアンから返事がない。ジャックは不安になり、急に冷や水を浴びせられた気分になる。
やはり、リリアンは男で、男から好きと言われたことにおぞましいと思っているのだろうか。
どうしようかと頭をかかえ、ジャックは部屋中をうろうろとしていたら、メッセージが表示された。
ジャックは慌てて液晶画面にへばりつく。
『一つ条件がある』
『条件?』
『私を見つけて。そしたら、全て話すから』
「いっやっほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ジャックはそのメッセージを見た瞬間、ロックンローラーのように飛び上がった。
両手を天井に向けて突き出し、雄叫びを上げた。
『OKOK! 絶対に見つけるから! 待っててね、リリアン!』
『気が早いでしょうに』
きっと、リリアンは呆れているかもしれないが、ジャックは嬉しくて、嬉しくて、気持ちが抑えきれなかった。
リリアンに否定されなかった。受け入れてもらえた。
そのことが嬉しくてたまらない。
ほんの少し前までは、プレイヤーを殺してしまった、リリアンに否定されたらどうしようと悩んでいたが、一瞬にして吹き飛んだ。
ジャックは思わず立ち上がったまま、ジャブとストレートを放つ。機嫌のいい証拠だった。
『ジャック。立場が逆転して、私がプレイヤーを殺したら、ジャックは私の事、許してくれた?』
ジャックは深く考えず、すぐさま即答する。
『許すに決まっているじゃん。僕はリリアンの婿だよ。どんなことがあっても、僕はリリアンの味方だから』
ジャックのメッセージには何の偽りもなかった。誰よりも、リリアンの事を想っていたい。これだけは言い切れる。
ジャックの回答に、リリアンはまるでフリーズしたかのように、返事が来ない。少し不安になり、ジャックがメッセージを飛ばそうとしたとき、
『セリフがくさいから』
などと、言われてしまった。
『ひどいよ!』
『でも、元気出た。ありがとう』
『そう?』
『うん。それより、一緒にカシアスが奮闘している動画、見ようよ。解説、ヨロ!』
『任せてよ!』
ジャックはリリアンに、今日一日で自分がどれだけ大変な目にあったのか、猛烈にアピールする。その姿は、まるで母親に自分の事を自慢する子供のようであった。
ジャックは改めて実感する。リリアンは特別なのだと。
リリアン以外の人に褒められたり、相づちを打たれても嬉しいとは思うが、胸が騒ぎ出すような気持ちにはなれなかった。
でも、リリアンに褒められるだけで胸の奥が熱くなり、相づちを打たれると話を聞いてくれたことが嬉しくて、ずっと話したくなる。
ジャックは現実の女の子と話しても、会話なんて続かなくて、すぐに気まずい気持ちになる。
けれど、リリアンとなら会話が続く。この事実から、リリアンはやはり男ではないか?
そう思うジャックだったが、そんなことは些細なことだと切り捨てた。
今は、もう二度と取り戻せないと思っていたリリアンとの時間を楽しんでいたかった。
『それでさ、この戦いのときは』
ジャックはずっと書き込みをしているが、リリアンから返事がこない。最初は黙って話を聞いてくれていると思っていたが、時計を見て、ジャックは申し訳ない気持ちになってしまう。
『ごめん。もう朝の五時だね』
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。気が付けば四時間近く、リリアンとチャットをしていた。こんなに夜遅くまで付き合ってもらったら、寝落ちしても不思議ではない時間だ。
ジャックは急に気持ちが冷めていく。リリアンに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
リリアンだって激戦を繰り広げて疲れているだろうに遅くまで付き合わせてしまった。
ジャックももうすぐ、アルカナ・ボンヤードにソウルインする時間が迫っていた。
集合時間は朝の九時だが、それまでにソウルメイトの強化をしておかなければならない。時間は限りがあるので、少しでも時間を無駄にできないのだ。
でも、話を切り上げたくない。ずっとこのままでいたい。そうジャックは思い始めていた。しかし、
『そうね。もう終わりにしましょう』
その一言で、ジャックは急に不安になる。せっかく会えたのに、また別れてしまうのか? 寂しくて仕方ない。
『もしかして、寂しい?』
『寂しい』
返事がない。もしかして、呆れられているのだろうか? そう思うと、余計にジャックは不安になってしまう。自分の事ばかり考えて、相手のことを考えていない。それが相棒と言えるのか?
リリアンから何の返事もない。
もしかして、リリアンを傷つけたのか? それとも、怒らせてしまったのか?
ジャックは不安で泣きそうにある。
『それなら一緒にいてよ』
ジャックは愛おしさに胸がいっぱいになる。会いたい。現実世界でリリアンに会いたい。
でも、それは許されるのだろうか? もし、リリアンが男だったら? それはショックだろうが、それでも、リリアンと仲良くなりたい。
ジャックは決意する。現実で会おうと。
文字を入力しようとする前に。
『ごめん、うそ。何を言っているんだろうね。私から離れていったのに、恥知らずな発言、本当にごめん。それに、カシアスも私もソウル杯があるでしょ? なら、まずは生き残れるよう頑張らないと。変なことを言ってごめんね』
『頑張るから。僕は絶対にリリアンに会いに行くから』
もう、迷いはなかった。激戦を乗り越え、遅くまでリリアンとチャットした後でも、ジャックのやる気は衰えるところか、みなぎっていた。
どんな試練だって乗り越えてみせる。ジャックはそう決意した。
『私も負けないから。必ず会おうね』
『OK』
リリアンが退室していった、ジャックは椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。
ジャックの胸の中にあふれんばかりの幸福感が駆け巡っている。最高だ。一度手放してしまった幸福を、取り戻せたのだ。
幸福感と満足感に浸っていると、液晶の画面から動画がまだ流れていた。
ジャックとライザー達の戦いだ。
今は一人でもジャックとコリーの死闘を客観的に見ることが出来た。
ジャックにはプレイヤーを殺める恐怖心は薄れていた。完全ではないが、それでも戦えるところまでは持ち直していた。
ジャックは動画を見ていて、ふと疑問を感じた。
――そういえば、リリアンはどうして、僕の名字がコキアだって分かったんだろう?
動画にはキャラ名が出ていたが、名字は表示されていなかった。
ジャックの疑問はしばらく動画を見て、分かった、動画ではなく、解説のところにキャラ名がフルネイムで表示されていたのだ。
ジャックはレベッカの名字を確認した。
レベッカ=コキア。
ジャックは息が止まるかと思った。レベッカの名字はコキアだったのだ。
これは何を意味するのか? やはり、レベッカはリリアンなのか? それなら、どうして、リリアンはそのことを教えてくれないのか?
ジャックは思い悩んでいると、解説にある単語を見つけてしまう。それは……。
ネルソン=コキア。
ジャックは心臓が止まるかと思った。
――なぜ、ネルソンの名字がコキアなんだ?
ジャックを含め、三人のコキア。これは何を意味しているのか?
この偶然の一致は、これから先のジャックの冒険に多大な影響を与えることを、ジャックは心のどこかで予感していた。
-To be continued-
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