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十二章 激闘! 神の僕 スパイデー
十二話 激闘! 神の僕 スパイデー その七
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ジャックの行動に誰もが目を丸くしていた。これも何かの作戦か?
レベッカとネルソンの力になるためにジャックは駆けつけたと周りは思っていたが、一人だけこの異変を理解している者がいた。
「あのバカ……」
テツは舌打ちをする。ジャックの行動は暴走によるものだと見抜いていた。
止めに入ろうとするが、今は隊列を組むことが先決だ。バカの相手をしている場合ではない。
「AS! ボルシア! 急いでくれ!」
「? どうした?」
テツは隊列の指揮をしているASとボルシアに怒鳴る。
ASとボルシアは何事かと眉をひそめていた。
「ジャックが暴走している! もし、ジャックやレベッカ達に何かあったら、士気が下がる」
「トラブル発生か」
ASは指示をしつつ、冷静にジャックの動きに注視する。
ASは今まで様々な作戦を実行してきて分かったことは、トラブルはつきものだということだ。全てうまくいく方が稀である。
ASは取り乱さず、状況を把握することに専念した。
確かにテツの言うとおり、ここで死人が出ると取り戻した戦意がまた失われてしまう。
それでも、状況を把握せずに動いてしまったら、被害が大きくなる可能性が高い。それ故、ASは状況をしっかりと把握することに努めた。
ジャックは何の迷いもなく、畏怖もなくスパイデーに向かって真っ直ぐに突き進む。
スパイデーは走り寄ってくるジャックに狙いを定め、右前足を猛烈なスピードで振り下ろした。
「遅い!」
ジャックは思いっきり左に飛ぶ。左に飛ぶことで右前足の攻撃を回避しつつ、左前足から距離をかせぐ。
これで左前足がジャックに襲いかかっても、距離があるので回避しやすくなり、回避後はがら空きになったスパイデーの顔面に拳をたたき込む事ができる。
ジャックは自分が立てた計画はうまくいくと確信していた。自分の実力をネルソンに見せつけることが出来る、そう信じていた。
しかし……。
「バカ! そっちにいくな、ジャック!」
スパイデーの目玉がジャックを追尾したとき、スパイデーの視界に討伐隊が目に映った。
スパイデーを一斉攻撃するために、気づかれないようにASが配置していたアタッカー隊だ。
「全く、作戦を台無しにするつもりですか、彼は。レベッカさん!」
「……」
「レベッカさん!」
ネルソンは舌打ちをしつつ、呆けているレベッカの肩を揺らすが、レベッカは何の反応もかえってこない。ただ、ジャックを見つめている。
ネルソンは頭を抱えたい気分だった。
レベッカとネルソンが愚直に真っ正面からスパイデーに攻撃を仕掛けた事には意味があった。
スパイデーの注意を彼女達に引きつけ、討伐隊がスパイデーに気づかれず取り囲む為に行動していた。
それなのに、ジャックが勝手に動き回るせいで密かに陣形を組んでいた討伐隊はスパイデーに存在を気づかれてしまった。
スパイデーは威嚇するように討伐隊に対してどでかい声で咆哮する。
「気づかれたのなら仕方ねえ。アタッカー隊、突貫するぞ!」
「「「応!」」」
「待て! 勝手に行動するな!」
ASの制止を聞かず、アタッカー隊は一斉にスパイデーに襲いかかる。元々、スパイデーを囲って袋だたきにする予定だったのだ。今更後には引けない。
スパイデーは周りにいるアタッカー隊を足でなぎ払おうとするが、一度見た攻撃は対策済みと言いたげに、アタッカー隊は回避してみせた。
アタッカー隊は一斉にスパイデーの間接部に攻撃を集中させる。
彼らの狙いは間接部の破壊だ。
間接部の破壊が成功すれば、敵の動きが遅くなるはず。
そうなれば、スパイデーの攻撃速度も遅くなり回避しやすくなる。
全ての足の関節部を破壊することで、ダウンを奪える可能性があるとボルシアから説明を受けていた。
スパイデーからダウンを奪うことが出来れば、何の危険もなく、討伐隊は攻撃に集中できる為、スパイデーに勝つには全間接部破壊は必須条件となる。
「おい! やっぱり関節部が有効だ! 何度か攻撃したら変色してきたぞ! 毛の生えているところを狙え!」
「仲間の仇だ! くたばりやがれ!」
意気揚々と関節部を攻撃し続けるアタッカー隊に、スパイデーは全ての足の関節を伸ばし、背伸び状態になる。
そして、足を曲げた瞬間。
「げえっ! 何か煙が……げほげほ!」
関節部から紫の煙が一斉に吹き出し、アタッカー隊を襲った。
関節部は毛に覆われていた為、気づかなかったが、その肌にはいくつかの小さな穴があり、そこから煙が噴出されたのだ。
煙を浴びたアタッカー隊は何度も咳をしてむせかえっている。苦しげな表情を浮かべ、攻撃の手が止まり、棒立ち状態になっていた。
「足を止めるな! 攻撃が来るぞ!」
スパイデーは足をなぎはらい、アタッカー隊に攻撃を仕掛ける。
このままでは、無防備な状態でアタッカー隊はスパイデーの攻撃を受けてしまう。
「盾隊! アタッカー隊を護れ!」
「「「イエッサー!」」」
ASの指示に盾隊はアタッカー隊の前に立ち、盾を構え、スパイデーの攻撃を防ごうとするが、強力な攻撃に体が流されてしまう。だが、アタッカー隊を護ることは出来た。
スパイデーの攻撃を防いだ後、すぐさま、盾隊はアタッカー隊を後方へ連れ出す。アタッカー隊は未だに咳をこぼしていた。
スパイデーは追撃に入るが。
「ヘイヘイヘーーーイ! スパイデー! ボクサーの前でよそ見するなんて、自殺願望者なの? お望み通りどでかいの、たたき込んであげる!」
ジャックは怒りに身を任せ、思いっきりスパイデーの目に右ストレートを繰り出す。スパイデーは咄嗟に顔を上げ、牙で応戦する。
ジャックの拳はスパイデーの牙によって防がれるが、すぐさまジャックはステップを駆使し、スパイデーの目を攻撃できるポジションへ移動する。
怒りで我を忘れていても、練習で反復し、骨まで染みついた感覚がジャックを突き動かす。
ちょこまかと動き回るジャックに、スパイデーは苛立ちを積もらせていく。
自分よりも小さく、森の資源を奪取する罪人を目の前から消し去りたい。スパイデーの殺意がジャックに向けられる。
そして、実行に移した。
スパイデーは右前足を後ろにそらし、大きく振りかぶり、力を溜めた後、ジャックに目掛けて突き出す。
「危ない、ジャック! 何かヤバい!」
リリアンはジャックに危険を告げるが。
――大ぶりすぎ! 学習能力なさすぎでしょ、この蜘蛛は。
ジャックは必要最低限の動きでスパイデーの攻撃を躱そうとした。
大きく避ければ、先ほどのようにスパイデーの視界に討伐隊をさらしてしまうが、最小限ならジャックだけがその瞳に映るだろう。それなら、テツに文句を言われまい。
そして、レベッカにはジャックこそが隣に立つ資格があると……その実力があると証明できる。
ジャックはレベッカに認められることばかり考えてしまい、相棒のリリアンの言葉にも全く耳を貸さなくなった。
自分勝手な行動ではあったが、ジャックの判断は間違っていなかった。だが、目測が誤っていた。
そのせいでジャックは致命的なミスを犯してしまう。
ジャックはステップで襲いかかるスパイデーの右前足のすぐ横を通り過ぎようとした。
しかし、スパイデーの右足はジャックではなく、ジャックのすぐ前に叩きつけられた。スパイデーはジャックを攻撃したわけではなく、狙いは……。
「なっ!」
ジャックの足が止まってしまった。スパイデーの重量のある右前足の爪は地面をえぐり、土が宙に舞い上がった。
土しぶきがジャックに襲いかかる。
ただの土しぶきなら何の問題もなかった。防具を鍛えてきたジャックにとって、飛んでくる土や石はダメージにもならない。
だが、スパイデーの狙いはジャックの足を止めることだった。土しぶきはジャックの体全体に襲いかかり、その結果……。
「っ!」
ジャックの目に土が入り、盲目状態になってしまった。いきなり視界が暗くなり、ジャックの足は止まってしまう。
それはスパイデーを目の前にして一番やってはいけない行動だった。
「ジャック!」
「レベッカさん! いけません!」
レベッカはジャックを護る為、走り出す。しかし、その行動が更に事態を悪化させる。
スパイデーは大きく息を吸い、ジャック達に目掛けて吐き出した。
「うわぁ!」
「きゃ!」
スパイデーが吐き出した何かがジャックにぶつかり、そのまま後ろへと吹き飛ばされる。
その進行方向にいたレベッカを巻き込み、二人は木にぶつかり、地面に落ちた。
ジャックは顔を上げると、すぐそばにレベッカの顔があることに気づく。かなり密着した状態だが、そんなことよりも、最悪な事態になっていることに気づいてしまう。
それは……。
「ね、ねえ、蜘蛛ってさ……お尻から糸を出すんじゃなかったっけ?」
そう、スパイデーは口から糸を吐き出したのだ、
しかも、その糸は粘着力があり、レベッカとジャックは糸に絡まれたまま、動けない。
しかも、後方にあった木と地面に糸が張り付いてしまい、二人は移動できなくなってしまった。
体を動かしても、糸が邪魔をして動きを制御されている。
「ジャック! しっかりして!」
リリアンは必死に糸を引っ張るが、手のひらサイズのリリアンでは全く意味を成さなかった。
ジャックとレベッカは体を密着した状態で捕らわれてしまった。
これがラブコメなら、サービスシーンにもなるのだが、事はそんな生やさしいものではなかった。
スパイデーはその場で体を沈め、一気に大きく後ろに跳躍する。
「かいひぃいい!」
「うわぁあああああああ!」
ASはスパイデーの後ろに陣取っていた討伐隊に向かって叫ぶ。
スパイデーの後ろで奇襲をかけようとしたアタッカー隊は慌てて左右に別れた。
スパイデーが着地した瞬間、地面が揺れ、周りの木が大きく揺れる。着地地点にあった木はスパイデーの重みに潰され、地面になぎ倒された。
スパイデーの跳躍は、後ろで奇襲を掛けようとしていた討伐隊を警戒しての行動だと思われた。
だが、違った。
「なんだ、あれは……」
スパイデーの変化に、テツは息をのむ。
スパイデーの八つの目が青から紫、赤へと変色していく。それは信号のように青から赤へ、安全地帯から危険地帯へと変わっていくような感覚をテツは感じていた。
スパイデーの八つの目が血のように真っ赤に染まり、ジャックとレベッカを捕らえる。その瞬間。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
スパイデーはその巨体から想像できないほどの速さでジャック達に突っ込んできた。
ジャックは一瞬で気づかされる。
――これは死んだ……。
スパイデーは全力で突進し、そのままジャック達を轢き殺すつもりだ。
ジャック達には絡まった糸をほどく時間も、切る時間もなかった。つまり、完全につんだ。ゲームオーバーだ。
あっけない幕切れ。終焉。
ジャックの身勝手な行動のツケがここにきてまわってきたのだ。
ジャックは死を覚悟したが、すぐに目が覚める。レベッカがまだ、もがいているからだ。
「こんなところで終われない! 私にはまだ、やることがあるの!」
――そうだ、このままだとレベッカも死んでしまう。そんなこと、ダメだ!
ジャックとレベッカは必死にもがくが、糸は絡みつくだけでとれない。ジャックは体中汗だくになる。
自分が死ぬのはいい。自分の行動で招いたことだ。仕方ない。
けれど、レベッカを巻き込むのはダメだ。レベッカにはこの世界でやるべきことがあるはず。
最強を目指しているのか、それとも、賞金か……または……。
レベッカの戦う理由はいろいろと考えられるが、その邪魔をジャックはしてはいけなかった。足を引っ張るなど以ての外なのだ。
彼女はリザードマン戦でジャックに力を貸してくれた。命の恩人だ。それなのに、ジャックはどうすることもできない。
自分のせいでレベッカが死ぬ。
ようやく、ジャックは自分の行動がどれだけ無責任で身勝手な行動なのか、身をもって知った。しかし、全ては後の祭り。
スパイデーの突進はブレーキのきれた大型ダンプカーそのもの。止める術はない。ソウルで防御力を上げても、耐えきれないだろう。
レベッカは死を直前にして、ジャックに抱きついてきた。
「ごめん、ジャック。キミの言うとおりにしていれば……」
死ぬ間際さえもジャックのことを心配してくれているレベッカに、ジャックはいよいよ気が狂いそうになった。
命の恩人であるレベッカを助けたい。
けれども、ジャックは何も出来ない。悔しくて、情けなくて、発狂しそうになる。
その想いも、死の恐怖も、もうすぐ強制的に終わる。彼らの死をもって……。
ジャックがレベッカのために出来ること……それは。
ジャックはレベッカに馬乗りするように抱きつく。せめて、痛みを少しでも和らげるように……レベッカに襲いかかる痛みを少しでも肩代わり出来ますように……そう祈りながらジャックはレベッカをぎゅっと抱きしめた。
ジャックは目をつぶり、死を覚悟したとき。
「ジャック!」
ムサシの悲痛な声が聞こえる。
――これがこの世界で聞く、最後の声か……本当にごめん、みんな……レベッカ……。
ジャックはレベッカを強く、強く抱きしめた。
レベッカとネルソンの力になるためにジャックは駆けつけたと周りは思っていたが、一人だけこの異変を理解している者がいた。
「あのバカ……」
テツは舌打ちをする。ジャックの行動は暴走によるものだと見抜いていた。
止めに入ろうとするが、今は隊列を組むことが先決だ。バカの相手をしている場合ではない。
「AS! ボルシア! 急いでくれ!」
「? どうした?」
テツは隊列の指揮をしているASとボルシアに怒鳴る。
ASとボルシアは何事かと眉をひそめていた。
「ジャックが暴走している! もし、ジャックやレベッカ達に何かあったら、士気が下がる」
「トラブル発生か」
ASは指示をしつつ、冷静にジャックの動きに注視する。
ASは今まで様々な作戦を実行してきて分かったことは、トラブルはつきものだということだ。全てうまくいく方が稀である。
ASは取り乱さず、状況を把握することに専念した。
確かにテツの言うとおり、ここで死人が出ると取り戻した戦意がまた失われてしまう。
それでも、状況を把握せずに動いてしまったら、被害が大きくなる可能性が高い。それ故、ASは状況をしっかりと把握することに努めた。
ジャックは何の迷いもなく、畏怖もなくスパイデーに向かって真っ直ぐに突き進む。
スパイデーは走り寄ってくるジャックに狙いを定め、右前足を猛烈なスピードで振り下ろした。
「遅い!」
ジャックは思いっきり左に飛ぶ。左に飛ぶことで右前足の攻撃を回避しつつ、左前足から距離をかせぐ。
これで左前足がジャックに襲いかかっても、距離があるので回避しやすくなり、回避後はがら空きになったスパイデーの顔面に拳をたたき込む事ができる。
ジャックは自分が立てた計画はうまくいくと確信していた。自分の実力をネルソンに見せつけることが出来る、そう信じていた。
しかし……。
「バカ! そっちにいくな、ジャック!」
スパイデーの目玉がジャックを追尾したとき、スパイデーの視界に討伐隊が目に映った。
スパイデーを一斉攻撃するために、気づかれないようにASが配置していたアタッカー隊だ。
「全く、作戦を台無しにするつもりですか、彼は。レベッカさん!」
「……」
「レベッカさん!」
ネルソンは舌打ちをしつつ、呆けているレベッカの肩を揺らすが、レベッカは何の反応もかえってこない。ただ、ジャックを見つめている。
ネルソンは頭を抱えたい気分だった。
レベッカとネルソンが愚直に真っ正面からスパイデーに攻撃を仕掛けた事には意味があった。
スパイデーの注意を彼女達に引きつけ、討伐隊がスパイデーに気づかれず取り囲む為に行動していた。
それなのに、ジャックが勝手に動き回るせいで密かに陣形を組んでいた討伐隊はスパイデーに存在を気づかれてしまった。
スパイデーは威嚇するように討伐隊に対してどでかい声で咆哮する。
「気づかれたのなら仕方ねえ。アタッカー隊、突貫するぞ!」
「「「応!」」」
「待て! 勝手に行動するな!」
ASの制止を聞かず、アタッカー隊は一斉にスパイデーに襲いかかる。元々、スパイデーを囲って袋だたきにする予定だったのだ。今更後には引けない。
スパイデーは周りにいるアタッカー隊を足でなぎ払おうとするが、一度見た攻撃は対策済みと言いたげに、アタッカー隊は回避してみせた。
アタッカー隊は一斉にスパイデーの間接部に攻撃を集中させる。
彼らの狙いは間接部の破壊だ。
間接部の破壊が成功すれば、敵の動きが遅くなるはず。
そうなれば、スパイデーの攻撃速度も遅くなり回避しやすくなる。
全ての足の関節部を破壊することで、ダウンを奪える可能性があるとボルシアから説明を受けていた。
スパイデーからダウンを奪うことが出来れば、何の危険もなく、討伐隊は攻撃に集中できる為、スパイデーに勝つには全間接部破壊は必須条件となる。
「おい! やっぱり関節部が有効だ! 何度か攻撃したら変色してきたぞ! 毛の生えているところを狙え!」
「仲間の仇だ! くたばりやがれ!」
意気揚々と関節部を攻撃し続けるアタッカー隊に、スパイデーは全ての足の関節を伸ばし、背伸び状態になる。
そして、足を曲げた瞬間。
「げえっ! 何か煙が……げほげほ!」
関節部から紫の煙が一斉に吹き出し、アタッカー隊を襲った。
関節部は毛に覆われていた為、気づかなかったが、その肌にはいくつかの小さな穴があり、そこから煙が噴出されたのだ。
煙を浴びたアタッカー隊は何度も咳をしてむせかえっている。苦しげな表情を浮かべ、攻撃の手が止まり、棒立ち状態になっていた。
「足を止めるな! 攻撃が来るぞ!」
スパイデーは足をなぎはらい、アタッカー隊に攻撃を仕掛ける。
このままでは、無防備な状態でアタッカー隊はスパイデーの攻撃を受けてしまう。
「盾隊! アタッカー隊を護れ!」
「「「イエッサー!」」」
ASの指示に盾隊はアタッカー隊の前に立ち、盾を構え、スパイデーの攻撃を防ごうとするが、強力な攻撃に体が流されてしまう。だが、アタッカー隊を護ることは出来た。
スパイデーの攻撃を防いだ後、すぐさま、盾隊はアタッカー隊を後方へ連れ出す。アタッカー隊は未だに咳をこぼしていた。
スパイデーは追撃に入るが。
「ヘイヘイヘーーーイ! スパイデー! ボクサーの前でよそ見するなんて、自殺願望者なの? お望み通りどでかいの、たたき込んであげる!」
ジャックは怒りに身を任せ、思いっきりスパイデーの目に右ストレートを繰り出す。スパイデーは咄嗟に顔を上げ、牙で応戦する。
ジャックの拳はスパイデーの牙によって防がれるが、すぐさまジャックはステップを駆使し、スパイデーの目を攻撃できるポジションへ移動する。
怒りで我を忘れていても、練習で反復し、骨まで染みついた感覚がジャックを突き動かす。
ちょこまかと動き回るジャックに、スパイデーは苛立ちを積もらせていく。
自分よりも小さく、森の資源を奪取する罪人を目の前から消し去りたい。スパイデーの殺意がジャックに向けられる。
そして、実行に移した。
スパイデーは右前足を後ろにそらし、大きく振りかぶり、力を溜めた後、ジャックに目掛けて突き出す。
「危ない、ジャック! 何かヤバい!」
リリアンはジャックに危険を告げるが。
――大ぶりすぎ! 学習能力なさすぎでしょ、この蜘蛛は。
ジャックは必要最低限の動きでスパイデーの攻撃を躱そうとした。
大きく避ければ、先ほどのようにスパイデーの視界に討伐隊をさらしてしまうが、最小限ならジャックだけがその瞳に映るだろう。それなら、テツに文句を言われまい。
そして、レベッカにはジャックこそが隣に立つ資格があると……その実力があると証明できる。
ジャックはレベッカに認められることばかり考えてしまい、相棒のリリアンの言葉にも全く耳を貸さなくなった。
自分勝手な行動ではあったが、ジャックの判断は間違っていなかった。だが、目測が誤っていた。
そのせいでジャックは致命的なミスを犯してしまう。
ジャックはステップで襲いかかるスパイデーの右前足のすぐ横を通り過ぎようとした。
しかし、スパイデーの右足はジャックではなく、ジャックのすぐ前に叩きつけられた。スパイデーはジャックを攻撃したわけではなく、狙いは……。
「なっ!」
ジャックの足が止まってしまった。スパイデーの重量のある右前足の爪は地面をえぐり、土が宙に舞い上がった。
土しぶきがジャックに襲いかかる。
ただの土しぶきなら何の問題もなかった。防具を鍛えてきたジャックにとって、飛んでくる土や石はダメージにもならない。
だが、スパイデーの狙いはジャックの足を止めることだった。土しぶきはジャックの体全体に襲いかかり、その結果……。
「っ!」
ジャックの目に土が入り、盲目状態になってしまった。いきなり視界が暗くなり、ジャックの足は止まってしまう。
それはスパイデーを目の前にして一番やってはいけない行動だった。
「ジャック!」
「レベッカさん! いけません!」
レベッカはジャックを護る為、走り出す。しかし、その行動が更に事態を悪化させる。
スパイデーは大きく息を吸い、ジャック達に目掛けて吐き出した。
「うわぁ!」
「きゃ!」
スパイデーが吐き出した何かがジャックにぶつかり、そのまま後ろへと吹き飛ばされる。
その進行方向にいたレベッカを巻き込み、二人は木にぶつかり、地面に落ちた。
ジャックは顔を上げると、すぐそばにレベッカの顔があることに気づく。かなり密着した状態だが、そんなことよりも、最悪な事態になっていることに気づいてしまう。
それは……。
「ね、ねえ、蜘蛛ってさ……お尻から糸を出すんじゃなかったっけ?」
そう、スパイデーは口から糸を吐き出したのだ、
しかも、その糸は粘着力があり、レベッカとジャックは糸に絡まれたまま、動けない。
しかも、後方にあった木と地面に糸が張り付いてしまい、二人は移動できなくなってしまった。
体を動かしても、糸が邪魔をして動きを制御されている。
「ジャック! しっかりして!」
リリアンは必死に糸を引っ張るが、手のひらサイズのリリアンでは全く意味を成さなかった。
ジャックとレベッカは体を密着した状態で捕らわれてしまった。
これがラブコメなら、サービスシーンにもなるのだが、事はそんな生やさしいものではなかった。
スパイデーはその場で体を沈め、一気に大きく後ろに跳躍する。
「かいひぃいい!」
「うわぁあああああああ!」
ASはスパイデーの後ろに陣取っていた討伐隊に向かって叫ぶ。
スパイデーの後ろで奇襲をかけようとしたアタッカー隊は慌てて左右に別れた。
スパイデーが着地した瞬間、地面が揺れ、周りの木が大きく揺れる。着地地点にあった木はスパイデーの重みに潰され、地面になぎ倒された。
スパイデーの跳躍は、後ろで奇襲を掛けようとしていた討伐隊を警戒しての行動だと思われた。
だが、違った。
「なんだ、あれは……」
スパイデーの変化に、テツは息をのむ。
スパイデーの八つの目が青から紫、赤へと変色していく。それは信号のように青から赤へ、安全地帯から危険地帯へと変わっていくような感覚をテツは感じていた。
スパイデーの八つの目が血のように真っ赤に染まり、ジャックとレベッカを捕らえる。その瞬間。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
スパイデーはその巨体から想像できないほどの速さでジャック達に突っ込んできた。
ジャックは一瞬で気づかされる。
――これは死んだ……。
スパイデーは全力で突進し、そのままジャック達を轢き殺すつもりだ。
ジャック達には絡まった糸をほどく時間も、切る時間もなかった。つまり、完全につんだ。ゲームオーバーだ。
あっけない幕切れ。終焉。
ジャックの身勝手な行動のツケがここにきてまわってきたのだ。
ジャックは死を覚悟したが、すぐに目が覚める。レベッカがまだ、もがいているからだ。
「こんなところで終われない! 私にはまだ、やることがあるの!」
――そうだ、このままだとレベッカも死んでしまう。そんなこと、ダメだ!
ジャックとレベッカは必死にもがくが、糸は絡みつくだけでとれない。ジャックは体中汗だくになる。
自分が死ぬのはいい。自分の行動で招いたことだ。仕方ない。
けれど、レベッカを巻き込むのはダメだ。レベッカにはこの世界でやるべきことがあるはず。
最強を目指しているのか、それとも、賞金か……または……。
レベッカの戦う理由はいろいろと考えられるが、その邪魔をジャックはしてはいけなかった。足を引っ張るなど以ての外なのだ。
彼女はリザードマン戦でジャックに力を貸してくれた。命の恩人だ。それなのに、ジャックはどうすることもできない。
自分のせいでレベッカが死ぬ。
ようやく、ジャックは自分の行動がどれだけ無責任で身勝手な行動なのか、身をもって知った。しかし、全ては後の祭り。
スパイデーの突進はブレーキのきれた大型ダンプカーそのもの。止める術はない。ソウルで防御力を上げても、耐えきれないだろう。
レベッカは死を直前にして、ジャックに抱きついてきた。
「ごめん、ジャック。キミの言うとおりにしていれば……」
死ぬ間際さえもジャックのことを心配してくれているレベッカに、ジャックはいよいよ気が狂いそうになった。
命の恩人であるレベッカを助けたい。
けれども、ジャックは何も出来ない。悔しくて、情けなくて、発狂しそうになる。
その想いも、死の恐怖も、もうすぐ強制的に終わる。彼らの死をもって……。
ジャックがレベッカのために出来ること……それは。
ジャックはレベッカに馬乗りするように抱きつく。せめて、痛みを少しでも和らげるように……レベッカに襲いかかる痛みを少しでも肩代わり出来ますように……そう祈りながらジャックはレベッカをぎゅっと抱きしめた。
ジャックは目をつぶり、死を覚悟したとき。
「ジャック!」
ムサシの悲痛な声が聞こえる。
――これがこの世界で聞く、最後の声か……本当にごめん、みんな……レベッカ……。
ジャックはレベッカを強く、強く抱きしめた。
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