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十三章 屈辱! パーフェクトトラップ

十三話 屈辱! パーフェクトトラップ その一

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 謎の声と共に、空から矢の雨が討伐隊の背中目掛けて降り注いでくる。

「盾隊! 構え!」

 ASは予測していたかのように、すぐさま盾隊に指示を出す。
 盾隊は味方の背中をかばうようにして盾を構え、陣形を取る。
 盾隊の近くにいたプレイヤーは盾でかばう事が出来たが、盾隊から離れた場所にいたプレイヤーは自力で回避する。
 攻撃は討伐隊に当たらなかったが、スパイデーには直撃してしまう。
 矢の攻撃は開戦の狼煙となり、黒いマントに身を包んだ人影が討伐隊に襲いかかった。

「慌てるな! 迎え撃て!」

 ASはスパイデーよりも、襲撃者達の応戦を選択する。
 だが、いきなりの対人戦は討伐隊にとって心の準備が出来ておらず、後手に回ってしまう。
 襲撃者達の攻撃に、討伐隊は防ぐことが精一杯で、その場に足止めされてしまう。
 その隙に何人かの襲撃者が討伐隊の横を通り抜け、スパイデーに襲いかかる。襲撃者の狙いは討伐隊だけでなく、スパイデーも含まれていた。
 襲撃者はスパイデーに躊躇することなく、恐れることもなく、冷静に隊形をとり、攻撃を繰り出す姿を見て、ASは理解した。

 この襲撃者達こそ、村長達が言っていた無法者だと。

 ASは舌打ちをする。無法者達の襲撃は予測できていた。だからこそ、早くスパイデーを討伐しておきたかった。
 しかし、一瞬の隙を突かれ、完全に無法者達のペースになっている。無法者達は躊躇なく討伐隊に攻撃を仕掛けてくるが、討伐隊はいきなりの殺し合いに浮き足立っていた。
 無法者達はその隙を逃さず、討伐隊に牙を向ける。

「おらおら! 亀のように丸くなってるんじゃねえよ! それでも男か、こら!」

 無法者の挑発に、討伐隊は更に体が丸まり、防御に徹する。
 無法者の一人が大ぶりの攻撃を仕掛けたとき。

「だあらぁ!」
「がはっ!」
「調子のってるんじゃねえぞ、こら!」

 テツは怒鳴りながら無法者達を斬りつける。テツには無法者達を殺す事になんの躊躇ちゅうちょもなかった。逆に、横取りされてぶち殺してやりたい気分だった。

「さて、こちらも反撃開始といこうぜ、ヴィーフリ」
「いちいち口にするな。行動で示せ」

 グローザとヴィーフリは二人で一人を攻撃する。グローザがまず敵の体勢を崩し、ヴィーフリは投げ技で相手を地面に倒す。
 グローザはすかさず倒れた敵相手に追い打ちを掛けた。

「て、てめえ! 卑怯だぞ!」
「卑怯? 褒め言葉か?」
「正々堂々と戦えというのか? 反吐が出る」

 グローザとヴィーフリは機械のようにただ黙々と無法者を駆逐していく。
 テツとグローザ、ヴィーフリが大暴れしていることで無法者達の視線は三人に集中している。
 その隙を逃さず、カークは無法者達の背中を容赦なく斬りつけた。

「くっ! やりやがったな!」
「喧嘩売ってきたのはお前らだろうが! ぶっ殺すぞ!」

 襲いかかる無法者にカークはまず足を狙い、下段攻撃で相手を転ばせると同時に、追い打ちを掛け、息の根を止めるまで攻撃の手を緩めない。

「ちっ! まずはあの四人を殺せ!」
「「「応!」」」

 無法者達が四人を囲むように陣形を取るが。

「聞けぇ、諸君! まずは武器を握りしめろ! そして、思い出せ! ここは戦場だ! 敵は殺せ! 味方を護れ! 躊躇するな! 我々は負けない! 殲滅するぞ!」
「「「応!」」

 ASは討伐隊に短い言葉で活を入れ、奮起させる。彼らもようやく気持ちを切り替えることが出来たようだ。
 ASは保険をかけていた。対人戦にめっぽう強いプレイヤー、カーク、ヴィーフリ、グローザ達を温存させていた。奇襲をうけてもいいように。
 その甲斐あってか、なんとか戦線を維持できているが、次々に現れる無法者達にASは決断を迫られていた。
 無法者達をこのまま迎え撃ったままスパイデーを討伐するか、それとも撤退するべきか。

「よっしゃ! スパイデー、討ち取ったり!」

 ――ここまでか……。

 討伐隊の安全を優先させた為、スパイデーに襲いかかる無法者達には手が回らなかった。その結果、スパイデーは無法者達に討ち取られてしまった。
 無法者達がスパイデーの周りを固めているため、スパイデーからスピナーの宝玉を採取できない。
 それは任務失敗を意味していた。
 ASは気持ちをすぐに切り替える。

「全員、撤退!」
「ちょ、ちょっと待って!」

 ASの指示にボルシアは異を唱える。

「目の前にスピナーの宝玉はあるんだよ! ここは強引にでもいくべきだろ! みんな、くやしいよな!」

 確かに、仲間を失い、命を賭けて戦ってようやくスパイデーを討伐できたのだ。ここで逃げたら全てが無駄になる。
 ボルシアと同じように思っているプレイヤーは何人かいるだろう。
 ASはそんな悩みを打ち消すかのように怒鳴る。

「ここは命を張るところではない! 我々の目的は予選を突破することだ! 敵の数や手の内が分からない以上、戦うべきではない! ここで倒れるようなことがあれば、それこそ無駄死にだ! 再度命令する! 生きろ!」

 ASの生きろという言葉に、討伐隊は未練を捨て、撤退に入る。撤退ルートはスパイデー討伐前に指示があった為、迷わず逃げることが出来る。
 そのルートを使って、討伐隊はすぐさま無法者達に背を向け、走り出す。

「逃がすかよ!」
「いかせるか!」

 逃げる討伐隊を無法者達が追いかけよとするが、ムサシが立ち塞がる。
 襲い来る無法者達に、ムサシは何も恐れてはいなかった。恐れがあるとしたら、仲間が殺されることだ。
 スパイデーの奇襲ですでに死者が出ている。これ以上、仲間を失うわけにはいかない。
 ムサシのソウルメイトからじわじわとソウルの粒子があふれ出す。ムサシの心に反応するかのようにソウルの粒子は増えていく。

「いい気合いだな、ムサシ」
「カークは楽しそうだな」

 ムサシとテツはお互い笑い合う。殺し合いが始まろうとしているのに、二人に焦りも気負いもなかった。

「化物相手には不覚を取って活躍が出来なかったが、対人なら負ける気はしねえ。それにこっちの方が楽だろ?」
「だな」

 二人の意見に、テツはやれやれと肩をすくめてみせる。

「死ぬなよ、お前ら」
「お前もな、テツ」
「しっかりお勤めしてこいよ」

 テツはすぐにこの場から去る。
 テツはASから逃走中に何かあったときのトラブル対処方法をレクチャーされているので、皆を導かなければならない。
 テツが抜けてしまっても、無法者達に立ち向かうのはムサシとカークだけではなかった。

「ようやく体が温まってきたよな、ヴィーフリ」
「俺の足を引っ張るなよ、グローザ」
「二人とも、役割は分かっているな。しんがりだぞ? 仲間が逃げ切る時間を稼げばいい」

 AS、ヴィーフリ、グローザもこの場に残り、無法者の足止めに参加する。他にも討伐隊から二名がしんがりを務める。
 合計七人の戦士が無法者達を迎え撃たんと立ち塞がる。まるで七人の侍のようだ。
 これは撤退時、仲間を護る為にとられた作戦だ。戦争や戦で一番命の危険があるのは撤退時だ。
 敵に背中を向けているので、無防備な状態で攻撃を受けてしまう。しんがりは仲間の被害を抑えるため、逃がすために存在する。

 ただ、しんがりは仲間が逃げ切るまで孤軍奮闘し、持ち場を離れることが出来ない為、死を前提とし、兵法とは言えない無茶な行為を指し示す。

「さて、楽しい楽しい鬼ごっこだ。カウントはお前達の命が消えるまで。頑張って時間稼ぎしてくれよ~」

 無法者達はムサシ達を嘲笑っているが、ASは肩をすくめ、軽く体をほぐす。

「お前達の思惑通りにいけばいいのだがな。現実なら、お前達の勝ちかもな。だが、ここはゲームの世界だ。戦力差など覆すことが容易に出来ると証明してやろう。我が潜在能力でな」
「せ、潜在能力でだと?」

 無法者達は警戒心を強める。
 ASの言葉がはったりとは到底思えない。そんな雰囲気が彼女にはあった。
 戦力差を簡単にひっくり返す潜在能力とは何か?
 ただ、撤退するといった選択は無法者達にはない。

 無法者達とムサシ達の戦いが始まろうとしたとき、奇妙な行動に出た者がいた。
 ジャックだ。

「ちょっと待った!」

 ジャックは無法者達に向かって、突っ込んだ。
 無法者達はジャックが攻撃を仕掛けてくると思ったが、違った。ジャックは無法者達から離れた場所にある木に登り、枝から枝へと移動し、スパイデーの背中に着陸する。
 ジャックはゆっくりと体を起こし、無法者達を見下ろした。

「はろ~、皆さん。ないすとぅみーちゅ~でいいのかな? 僕の名はジャック。座右の銘は『横殴り反対』。よろしこ~」

 ジャックの脳天気で場違いな挨拶に、無法者は口を開け、呆然としている。
 このふざけた挨拶は何を意味するのか? スパイデーの周りには無法者が十人いる。この人数相手にジャックは喧嘩を売っているのだろうか?

「あのバカは何をしているんだ?」
「さあな」

 ASの怒気を含んだ質問にムサシはニヤけながら返事をする。他のメンバーもジャックの行動が何を意味するのか、疑問を持たれていた。
 無法者達から一人、前に出る者がいた。
 この集団のリーダーであるジョーンズはジャックに呼びかける。

「キミは逃げなくていいのか? それとも、ここにいる十人相手に勝つ算段があるのかな?」
「ないよ」

 ジャックはあっけからんに言い放つ。勝てないと言っておきながら、この余裕はどこからくるのか?
 ジョーンズは顔に出さないよう、警戒を強める。

「そんなに怖がらないでよ。僕はただ宣戦布告に来ただけだから」
「宣戦布告だと?」

 ジャックは両手を組み、胸を張って言い放つ。

「そう。だって、せっかく命がけでスパイデーを討伐したのに横やり入れられたら怒るのは当然でしょ?」
「ご苦労様だな!」
「お前達が頑張って追い詰めたスパイデーは、俺達が遠慮なく戦利品をいただいてやるよ!」

 無法者はジャックをあざけるようにヤジを飛ばす。ジャックはむかっとした顔で言い返す。

「次こそはこうはいかないから。必ずキミたちを出し抜いてみせる。これは宣言じゃなくて予言だから」

 ジャックの負け惜しみに無法者達はバカにしたように笑い出す。そんなジャックの姿を見て、ASだけでなくヴィーフリも苦々しい顔つきになる。
 ジャックの行動は子供じみていて、醜態としか言いようがない。はっきりいって邪魔だ。士気を下げる効果でしかない。
 それなのに……。

「いいぞ! もっとやれ!」
「おい、ジャック! さっさと引っ込め! 俺達の楽しみを邪魔するんじゃねえぞ!」

 ムサシとカークは楽しそうにジャックにヤジを飛ばす。ASとヴィーフリは真面目にやれと言いたげにムサシ達を睨んでくる。
 ムサシは苦笑いを、カークはただ笑っていた。
 ジャックは無法者達にバカにされながらも茶番を続け、一通り強がった後、来たときと同じルートで逃げ出した。

「おいおい、あの猿。何しに来やがったんだ?」
「ただのバカだろ? 負け惜しみもあそこまでくれば立派なものだ。逃げた先に地獄が待っているとも知らないでな」
「……確かにな」

 ――本当にそうなのか?

 ジャックのマヌケな行動にただ一人、ジョーンズだけが眉をひそめていた。
 特にジャックは不審な動きをしていない。ただ、ジョーンズ達を卑怯だなんだと吠えていただけだ。
 なのにどうしてか、ジャックの行動が気になってしかたない。

「ジョーンズ! さっさとアイツらを排除するぞ! 早い者勝ちだからな!」
「……ああっ」

 ジョーンズは頭を切り替え、しんがりで残ったムサシ達を倒す算段をつけていた。



 ジャックは一人、先行している仲間達の元へと走り続ける。後ろを振り返らずに、ただひたすら走り続けた。

「リリアン! 追っ手は?」
「いない! ムサシ達が頑張ってくれているおかげだね!」

 ――おかしい。

 確かにムサシ達は強い。しかし、人数はあきらかに無法者達の方が多かった。その全てを足止めできたとは思えない。
 何人か追撃者が来てもおかしくないはずだ。
 無法者達の目的は、スパイデーのみだったのか?
 それにしては人数が多かった。スパイデーだけでなく、討伐隊も殲滅可能な戦力だった。それなのに、無法者達は簡単に討伐隊を逃しすぎだ。
 うまくいっているのに、不安が押し寄せてくる。

 ――何かある。

 追っ手が来ないことを聞いて、ジャックが感じたのは安堵よりも不安だった。

 ――無法者が追いかけてこないのは追いかける必要がないから? だとしたら……。

「みんなが危ない! 急ぐよ、リリアン!」
「了解!」

 ジャックは速度をあげ、追いつこうとした。
 そのとき。

「ジャック! テツからメッセージがきてる!」
「どんな内容!」
「『来るな』。それだけ!」

 ――やっぱり、不味いことが起きているんだ。

 ジャックの予感は的中していた。
 しかし、疑問が残る。
 撤退している討伐隊はテツだけでなく、ソレイユやエリン、レベッカ、ネルソンといった強者が揃っている。そうそう遅れはとらないはずだ。
 だが、来るな、そうメッセージを送ってきたってことはかなり危険だということだ。

「ジャック、どうしよう~? これって……」
「助けに行く」
「えっ?」

 ジャックは何の迷いもなく、即答した。

「テツは僕がスパイデーの糸に捕まったとき、命を賭けて助けてくれた。だから、今度は僕がテツを助ける!」

 ジャックとレベッカはスパイデーの糸に絡まって身動きがとれなかったとき、みんなが体を張って助けてくれた。
 ならば、ここで仲間を見捨てる選択肢はありえない。次はジャックがみんなを助ける番なのだ。

「……うん! 頑張ろうね!」

 ジャックは迷わず走り続ける。
 索敵スキルの警報が頭の中でどんどん強くなっていく。

 強敵がいる。

 この先に何が待ち受けるのか? 未知の戦いにジャックは闘志を燃やしていた。
 そして……。

 ――見えてきたけど……あ、あれ?

 ジャックは思わず足を止める。ジャックが想像していたものとはかけ離れていたからだ。
 ジャックのいる場所から前方に、広場のような空間があった。
 そこにはなぜか、先に逃げていた討伐隊が走り回っている。広場から出るわけでもなく、その場を無造作に走り回っていた。

 あんなところで討伐隊は何をしているのか? なぜ、リンカーベル山を下りないのか? 広場にとどまっているのか?

 討伐隊の動きに、ジャックは眉をひそめ、不思議に思っていると、一輪の風が吹き抜けた。
 木の枝から葉っぱが舞い降り、そのうちの一枚がプレイヤーの顔にぶつかる。
 驚いたプレイヤーは足を止め、立ち止まった。
 次の瞬間!

「なっ!」

 目の前の光景にジャックは大きく目を見開き、驚きで開いた口がふさがらなかった。
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