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十四章 狐と狸の化かし合い

十四話 狐と狸の化かし合い その一

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 リンカーベル山を駆け抜ける一人のプレイヤー、オジョミは晴れやかな気分だった。目の上のたんこぶ、ハイニックがようやくくたばってくれたのだ。歌でも一曲、大声で歌い出したい気分だった。
 なぜ、あんなキチガイを仲間に迎え入れたのか、オジョミは全く理解できなかった。新リーダーのあの男も、ハイニックを追い出すようなことはしなかった。

 迎え入れるくせに、面倒をオジョミに押しつけられるのだから、たまったものではない。
 理由はオジョミの潜在能力がハイニックの潜在能力と相性がいいからだ。ハイニックの潜在能力を二倍にも三倍にも効果的にしてくれるのが、オジョミの潜在能力だった。

 しかし、潜在能力の相性がいいからといって、二人の性格やウマがあうとは限らない。
 オジョミはハイニックのことを仲間と思った事は一度もない。軽蔑すらしていた。
 あの下品でうるさい声は敵の反感を買うだけでなく、味方すら不愉快にさせるのだ。
 それに、あのムカつく声は、敵に居場所や潜在能力のヒントをわざわざ与えてしまっている。
 そのせいで援護しているオジョミまで危ない目に遭うのだから、たまったものではない。オジョミはハイニックには殺意しか感じなかった。

 オジョミはハイニックの位置がバレたとき、一度は助けたが、討伐隊がトラップから解放された瞬間、すぐに逃げることを選択した。
 ハイニックを助けるのが困難だと感じたからだ。それに命を賭けてハイニックを救いたいとは毛ほどもなかった。
 オジョミが逃げ出して数分後、レッドメールが届き、ハイニックの死を知った。

 ――ざまぁ! 永遠に死んでろ、キチガイが!

 オジョミはハイニックを心のなかで何度も罵倒し続けた。声を出せば、誰かに聞かれる可能性があるからだ。
 現在、オジョミは味方と合流する為に走っている。リンカーベル山は無法者達、『ビックタワー』によって支配している。
 討伐隊はハイニックを倒す事に夢中で、オジョミを追ってくる気配はない。安全に仲間と合流できる。
 そう思っていたのだが、

 ――警戒音だと!

 オジョミの頭の中で何の前触れもなく警戒音が鳴り響く。
 オジョミは立ち止まり、周りを見渡すと……。

「下かっ!」

 オジョミは後方に倒れるような勢いで下がった。
 その瞬間、立っていた場所から縄が飛び出してきた。この罠はハイニックがよく使うトラップだ。
 誰がこんなところに罠を仕掛けたのか? まさか、ハイニックが気まぐれで仕掛けた罠があったのか?
 だとしたら、どこまで迷惑なヤツなのか。死んでもなお、オジョミの足を引っ張るハイニックが忌々いまいましくてたまらない。
 オジョミは怒りを、木を蹴りつける事で晴らそうとしたが。

「やはり、見よう見まねではうまくいきませんね。あのトラップの成功率、よほど修練を積んだのでしょう。目的はともかく、執念は認めるべきなんでしょうね」

 その声はオジョミの頭上から聞こえてきた。
 聞いたことのない声だ。味方でも、ハイニックと戦っていた討伐隊のものでもない。
 では、誰の声なのか?
 オジョミは声のした方角を見上げると、木の枝に腰掛けていた人物がいた。
 ネルソンだ。

「それにしても、あなた、なかなか良い判断をしますね。仲間をおとりにして自分は逃げる。たいした決断です、私でもそうしますよ。ですが、残念ですね。そこまでして逃げてきたのに、あなたはここで死ぬのですから」

 立場が逆転された気分だった。
 先ほどはオジョミ達が討伐隊を待ち構え、狩る側の存在だった。しかし、今はオジョミが狩られる側になっていた。
 オジョミは歯ぎしりしながらネルソンを睨みつける。

 オジョミには二つ分からない事があった。
 一つは、なぜ、ネルソンはオジョミを待ち伏せすることが出来たのか?
 待ち伏せするには、オジョミがどこに逃げるのか、知っておく必要がある。どうして、ネルソンはオジョミの逃げるコースを知ることが出来たのか?
 そして、もう一つ、ここが一番の謎だ。
 なぜ、ネルソンは……オジョミを認識出来ているのか? 今のオジョミは誰にも認識されないはずなのに……。

「冥土の土産に教えて差し上げましょうか。私がなぜ、あなたを認知できているのか? 簡単なことですよ。私もあなたと同じく潜在能力を使って追跡したのです。あなたが移動している方向から退路を予測し、待ち伏せさせていただきました。テツさんには黙っていたのですが、私、初めから知っていたんです。敵は二人いたことを。トラップを仕掛けてきた痴人ちじんをあなたの潜在能力で討伐隊に認識出来ないように援護していたことも。私以外の人は全て騙せていましたよ」

 オジョミはあまりの驚きに言葉が出なかった。
 オジョミの潜在能力はプレイヤーに認識されなくなる能力、『ステルス』。
 視覚、聴覚、嗅覚だけでなく、索敵スキルにも引っかかることなく、隠れることが出来る能力である。
 触覚のみ通用するが、そもそも相手がどこにいるか分からない以上、触ることはほぼ不可能だろう。ソレイユがハイニックに攻撃できたのは、居場所を特定できたからだ。
 『ステルス』の効果は自分だけでなく、オジョミが指定した相手も効力を発揮できる。
 だからこそ、ハイニックの『パーフェクトトラップ』があそこまで猛威もういを振るうことができ、ジャック達はハイニックがどこにいるのか、頭を悩ませていたのだ。

 ちなみに、討伐隊を矢で攻撃していたのはオジョミだった。ハイニックの援護と護衛を兼ねて、逃げようとした討伐隊やソレイユを攻撃し続けた。
 オジョミの『ステルス』とハイニックの『パーフェクトトラップ』。これほど相性が良く、高い相乗効果を出せる組み合わせはなかっただろう。
 だからといって、ハイニックを相棒と呼べるわけもなく、オジョミはハイニックに利用価値を感じなくなった瞬間、切り捨てたのだが。

 オジョミは考える。
 この場をどうやって切り抜けるか?
 ネルソンはどういった方法でオジョミの『ステルス』を見破っているのかは分からない。
 ネルソンは潜在能力と言っていたが、それは本人がそう言っているだけで、嘘か本当かは判断できない。
 ただ、今もオジョミは『ステルス』を発動しているが、ネルソンは適当な場所に声を出しているのではない。
 ちゃんとオジョミに向かって語りかけてくるので、はったりではないはずだ。

 ならば、オジョミのやることは一つ。
 ここでネルソンを倒せば、追っ手をまけるだろう。つまり、ネルソンさえを倒せさえすれば、オジョミは逃げ切れるのだ。
 オジョミは手にした武器、クロスボウを握りしめる。
 ロングボウとは違う専用の矢を板ばねの力で弦を使い、発射する武器である。矢をロックしたまま、すぐに飛ばすことが出来るので、移動しながらでも攻撃しやすい。
 オジョミは一度、木の陰に隠れる。

たぬきなのはアンタだろ。俺の存在を伝えていなかったって事は、討伐隊と俺達をつぶし合いをさせる気、満々だったって事だろ? 俺よりもいい性格をしているぜ。どうだ? 俺達のチームに入る気はないか? あんたとなら気が合いそうだ」
「言ったはずです。あなたはここで死ぬと。討伐隊があの場を切り抜けた以上、私はテツさんと交わした契約を果たすまでです。それにテツさんはアナタのことも見抜いていましたし。でしたら……」

 ここで何か功績を挙げておきたい、それがネルソンの本音だ。
 テツは約束通り、契約を果たした。ネルソンでも無茶だと思っていた事を成し遂げたのだ。
 敵の位置だけを教えただけでは協力したとは言いがたいだろう。ハイニックのトラップを解除した後に援護すると約束していたのだから。
 そこで、ネルソンはオジョミの排除をテツに申し出た。討伐隊を安全に逃がすため、オジョミを倒し、援護すること。
 オジョミは自分だけでなく、他のプレイヤーもステルス化できる。
 このままオジョミを逃がしてしまうと、仕返しに仲間を連れてステルス化し、闇討ちされる危険性がある。
 もし、一人のときに複数の無法者達に奇襲にあったら、生き残る可能性はほぼ皆無だ。
 テツは二つ返事で了承した。
 だから……。

「あなたをここで殺します」

 その言葉が戦闘開始の合図となった。ネルソンは体を後ろに倒し、木の枝から落下し、木の陰に隠れた。オジョミの位置からではネルソンが見えない。しかし、それはネルソンも同じ事。

 ――俺相手にスニーキングで勝負するつもりか? 面白い!

 この勝負、有利なのはオジョミだ。そう自覚していた。
 このとき、オジョミは仲間を呼ぶという選択肢はなかった。これ以上失態を晒すわけにはいかなかったし、自分の得意なスニーキングで負けるわけにはいかない。
 それに、討伐隊は逃げることで手一杯で、ネルソンの援護に駆けつける仲間はいない……。

 ――いや、待て。もう一人いるのか?

 オジョミは内通者のメッセージを思い出していた。ハイニックがソレイユを捕縛しようとしたとき、内通者からメールが届いた。
 ハイニックは無視したが、オジョミは内容を確認していた。
 その内容とは、ジャックとテツ、レベッカ、ネルソンが何やら企んでいるとのことだった。
 レベッカとネルソンがなぜ、別行動していたのかは記載されていなかったが、奇襲の危険性ありと知らせてきたのだ。
 ネルソンがレベッカと二人で行動し、今もそうなら、敵は二人になる。レベッカは今もどこかで隠れている可能性が高い。

 ――ネルソンは自分を囮にして、レベッカが本命ってわけか。奇襲されれば少し厄介だな。だが、いくら気配を消していても、近づけば索敵スキルに引っかかるし、ここはおびき出すしかないな。

 少し危険だが、それでもオジョミ一人で十分対応できると確信していた。
 なぜなら、オジョミを見つけることが出来るのはネルソンだけだからだ。
 だから、レベッカはオジョミの『ステルス』の脅威になり得ない。
 ネルソンはオジョミがどこにいるのかレベッカに言葉で伝えようとすれば、オジョミにも聞こえるので、そこからすぐに逃げればいいし、チャットで知らせても、その間のタイムラグで動けば問題ないからだ。

 それならば、まずネルソンを仕留め、その後、レベッカを倒せばいい。最悪、ネルソンさえどうにかできれば、逃げることが可能なのだ。
 オジョミは、ネルソンがどういった方法で『ステルス』を看破しているかは分からないが、一つ理解できたことはある。
 それは……。

 ――ヤツの潜在能力は探索系で戦闘に特化していないってことだ。

 それならば、活路はあるとオジョミは考えていた。
 作戦として、まずオジョミは息を殺し、静かに相手の出方をうかがう。ネルソンとレベッカにプレッシャーを与えるためだ。
 ネルソン達は無法者達が奇襲をかけてきたことから、ここが敵地だと認識しているだろう。
 だとしたら、オジョミの仲間がこないか、ネルソン達は気が気でないはず。
 オジョミは仲間を呼ぶつもりはないが、そんなことネルソン達は知るよしもない。
 オジョミの仲間が来るかもしれない不安をネルソン達は捨てることは出来ないのだ。

 プレッシャーを与える事でネルソンとレベッカを引きずり出す。もちろん、傍観するつもりはオジョミにはなかった。
 オジョミは木の陰から出て、伏せた状態でクロスボウを構える。

 クロスボウ。
 弓の一種で、専用の矢を板ばねの力で弦により発射する遠距離型の武器だ。

 伏せた状態でクロスボウを構えるのは楽に体勢をとれたまま、狙い撃ちができるからだ。
 オジョミはネルソンが木の枝から落ちた場所を凝視する。ここからだとお互いの距離は五、六メートルほど。
 オジョミは二人とも近距離タイプだと内通者からは情報を得ている。
 クロスボウなら引き金を引くだけなので、ネルソンが木の陰から出てきた瞬間、先手をとれる。
 レベッカが近づいてきても、サポキャラが教えてくれるので奇襲にも対応できる。
 念の為、サポキャラにプレイヤーがいないか確認してもらったが、半径二メートル以内に敵の姿は確認できなかったとのこと。
 念には念を入れて『ステルス』は解除せず、遠距離攻撃や奇襲に備えてプレートアーマーで防御を固める。
 これがオジョミの方針だった。

 ――じれて姿を見せろ。狙い撃ちにしてやる。

 もし、この状況でネルソンが先手をとる方法があるとしたら、規格外の力である潜在能力だが、ネルソンに限ってはそれはないだろう。探索系の能力だからだ。
 レベッカの潜在能力は未だ不明の為、そこは気をつけなければならない。
 オジョミは油断なく、クロスボウを構え続ける。
 
 風の音が、葉擦れの音が、オジョミの耳に届く。ネルソンもレベッカもまだ動かない。オジョミも動かない。
 静寂の中、緊張感が高まっていく。
 面白くなりそうだ。そう、オジョミは感じていた。



 ネルソンは息を殺し、手にしたダガーを握りしめる。
 ダガーを敵の喉元に突き刺すには距離を詰めなければならない。そこがこの戦いのネックになるだろう。
 ネルソンの潜在能力、『マッピングサーチ』は、発動すると左目にマップが表示され、そのマップにプレイヤーやNPC、モンスター等がどこにいるか、把握できる。
 敵の位置を知ることはできるが、『マッピングサーチ』を使用したまま戦うには難しい。
 刻一刻と戦況が変わる戦いの場で、マップで相手の位置を確認していては、先に敵から攻撃されてしまうだろう。
 それに左目はマップが表示されているので、敵が右側から攻撃を仕掛けてくると反応が難しい。
 『マッピングサーチ』は戦闘前では効力が高いが、戦闘に入ると邪魔になってしまう。
 そもそも、敵を見つければ目視できるので、戦闘中に潜在能力を使う場面はないのだ。
 だが、今回の敵は目視できないので『マッピングサーチ』を使い続けないと相手の居場所が分からない。
 だから、ネルソンは目を閉じ……。

「アップデート、『スコープ』。ハート、ロック」

 次にネルソンが目を開けた瞬間、両目に映るのは青の世界だった。そして、ところどころに緑、黄、赤といった複数の色が混じっている。
 この景色こそ、ネルソンの新しい潜在能力、『スコープ』だ。
 『スコープ』は視界を変更させる能力で、赤外線、熱、光、音等で地形や相手を把握できる。それ以外にも望遠鏡の機能もついている、まさにセンサーの複合体だ。
 ネルソンは『スコープ』の種類を熱センサーに切り替える。
 そのセンサーでネルソンはオジョミの正確な位置をさぐった。
 人の形をした体温を探してみると……。

 ――いましたね。

 ネルソンはオジョミの位置を確認できた。
 オジョミの潜在能力は優秀で、本人の発する熱さえ感知させなかった。その為、ネルソンの瞳にはオジョミの熱の色が全く表示されないのだ。
 ただし、オジョミの体温が感知されないせいで、一カ所だけ空白が存在していた。
 その空白は人の形がはっきりと表示されている。認識出来ないが故の弊害がそこにあった。
 敵は伏せた状態で何かを構えている。
 あれは……。

 ――クロスボウ……ですか。

 完全に待ちの状態だ。ネルソンが動けば、オジョミは容赦なく矢を放ってくるだろう。
 ネルソンは考える。どう行動するべきかを。
 木に登って、枝から枝へ移動し、距離を詰めるべきか。それとも……。

 ネルソンはすぐさま作戦を立てる。現在、『スコープ』を使用しているため、『マッピングサーチ』が使えない。
 もし、オジョミが援軍を呼んでいた場合、ここに長居するのは得策ではない。短期決戦が望ましい。
 しかし、動けば敵はすかさず攻撃を仕掛けてくる。敵は矢を放てば、すぐさま移動し、距離をとるだろう。

 『スコープ』で敵の位置は常に把握できるが、問題は矢だ。
 『スコープ』から見える世界は色の世界の為、矢を放つ瞬間がわかりにくい。
 目視できればクロスボウから放たれた矢を回避できるかもしれないが、センサー越しでは反応が遅れる為、やはり回避は不可能だ。
 矢が当たれば、体がのけぞって一瞬体が動かなくなる。この隙に逃げられたら、また探す手間が発生する。
 もし、時間稼ぎされたら、ネルソンの負けは確定だ。
 この不利な状況を変えるには……。

 ――あれしかありませんね。

 ネルソンはダガーを強く握りしめる。
 オジョミの姿が消える能力は、相手に一撃与えれば効力を失う事をテツに確認済みだ。
 逆転の策を実行するには、オジョミの潜在能力を一度解除する必要がある。けれども、クロスボウを構えているオジョミに近づくのは至難の業。
 ネルソンは覚悟を決めた。活路を開くために、刺し違えてでもオジョミに一撃与えてみせると。
 ネルソンは仲間にプライベートチャットで作戦を伝えた。
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