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十四章 狐と狸の化かし合い

十四話 狐と狸の化かし合い その三

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 ――暖かい。

 ほどよいぬくもりと心地ここちいいゆりかごのような揺れに、ソレイユはゆっくりと目を開ける。
 ソレイユが覚えているのは、ジャックが敵を殴り飛ばし、何か語りかけてきたところまでだ。
 強制的にソウルアウトされ、ソレイユはすぐにソウルインしようとした。
 しかし、ソレイユの体調管理をしている広田にとめられてしまう。それでも、ソレイユは半ば強引にソウルインした。
 戦いは終わったのか? それとも……。
 周りには仲間である討伐隊はいたが、所詮は他人。信用できない。置き去りにされている可能性はある。
 自分の身は自分で守るべき。
 そう思っていたのだが……。

「……ここは」
「あっ、目が覚めた? おはよう、ソレイユ。本日はジャック飛脚便をご利用いただきありがとうございま~す。この便はカースルクーム直送便でございます。予報によりますと、進路の途中に、化蜘蛛、もしくは凶器を持った怖いお兄さん達がいますが、無敵のボディガード、ジャックさんが蹴散らしますので、お客様はおくつろぎになってごゆっくり陸路の旅をお楽しみくださいませ~」
「……かなり危険じゃない」

 そう口にしつつもソレイユはどこか安心していた。ジャックは言葉通り、ずっとソレイユをおぶって逃げてくれていたのだろう。
 ハイニックを倒したからといって、第二、第三の刺客が待ち構えていたり、無法者達が追いかけてくる可能性がある。
 アルカナ・ボンヤードは一度でもSPがゼロになれば、ソウル杯の参加権を失う。それを考えれば、仲間など見捨てて逃げるのが正しい選択だろう。
 しかし、ジャックは同じチームというだけで、ソレイユをおぶり、護ってくれている。それが嬉しくもあり、辛いとソレイユは感じていた。

 ソレイユの世界は周り全てが敵で、仲間など不要な存在だ。
 ソレイユに近づいてくる者は、利用しようとする者、盲目的に崇拝すうはいする者、そんな人間ばかりだった。
 ソレイユと対等に肩を並べる者は誰もいなかった。ソレイユを助けようとする者もいなかった。
 ソレイユ自身、それでよかった。他人など信じるに値しないし、人に頼るのは弱さだ。それに何度も裏切られてきた。
 それ故、誰にも期待はしていない。

 けれども、ソレイユはジャックに何度も助けられている。初めてのことだった。
 ジャックと最初に出会ったとき、ソレイユはジャックに襲いかかったにもかかわらず、衛兵から助けてくれた。
 ジャックのスカウトを断ったのに、盗賊に襲われて傷ついたソレイユを、ジャックは護ってくれた。一緒に戦ってくれた。
 仲間の反対を押し切り、アミルキシアの森でリザードマンに遭遇したとき、ジャックは果敢かかんにも立ち向かってくれた。

 しかし、それは打算があっての行動だった。だから、ソレイユはジャックから離れた。無視した。冷たい態度を取った。

 それなのに、ジャックは変わらずソレイユのことを護ってくれる。ハイニックのトラップからジャックは身をていしてソレイユをかばってくれた。
 ソレイユがハイニックに辱めを受けるのを阻止してくれた。

 ――どうして、キミはいつも私を助けてくれるの?

 ソレイユには理解できなかった。分からない事が不安で、せつなくて、胸が痛む。
 この胸の痛みをソレイユは知らない。知らなかった。

「ねえ、ソレイユ……ごめんね。キミのこと、利用しようとしていた。いや、利用していた。それなのに、ソレイユは僕が危なくなったとき、いつも助けてくれた。でも、それが心苦しかったんだ。僕はソレイユを傷つけてばかりなのに……恩を返せていない。キミのこと、傷つけるつもりなんてなかったのに……」

 かつての相棒であるリリアンを探すため、ジャックはソレイユを利用した。本当は話しておきたかった。
 けれども、手がかりを失うのが怖くて……ソレイユに嫌われるのが嫌で話せなかった。
 ソレイユは利用さていたことに怒り、口も利いてくれなかった。

 だけど、ジャックが衛兵に捕まりそうになったとき、スパイデーの糸で身動きがとれなかったとき、スパイデーに押しつぶされそうになったとき、いつも彼女はジャックを助けてくれた。
 それが嬉しくて、涙が出そうになったときもあった。
 
 ソレイユはリリアンではない。でも、リリアンはソレイユのような人であって欲しい。
 優しくて、気高くて、強くて、美しくて……。
 けれども、もし、ソレイユがリリアンなら、ジャックは彼女の隣に立てるような立派な人間じゃない。釣り合わない。
 ソレイユに似合う人はジャックよりも格好良くて、強くて、頭がよくて、気遣いの出来るイケメンだろう。
 そう考えるだけで、ジャックは胸が痛むのだ。
 そんな弱い自分から逃げるように、ジャックはソレイユに話しかける。

「都合がいいとは思ってる。でも、もし、よかったら……仲直りしてください」

 ジャックは自分が本当に卑怯だと思う。ソレイユを背負っていれば、彼女の顔色をうかがわずに済む。ようはビビっていたのだ。
 否定されるのが怖い。拒絶されるのが恐ろしい。
 自己中心的なのは分かっている。でも、それでも……。
 ジャックの提案にソレイユは……。

「……疲れたわ」
「えっ?」
「キミを無視するのが疲れたって言ったの。次に目が覚めたときは……普通に話しかけてきて。私もそうするから……」

 ソレイユの答えにジャックは……。

「いやぉほぉおおおおおお! やったぁあああ! やったぁあああああ! ほぉおおおおおお!」
「よかったね、ジャック!」

 ――揺らさないで、バカ……。

 大はしゃぎするジャックに、ソレイユは恥ずかしくなる。大げさすぎるのだ。
 自分なんかと話して何が楽しいのだろう。何が嬉しいのだろう。また、言いようのない胸の痛みにソレイユは耐えていた。
 ソレイユは認めていた。
 ジャックの話は大抵、子供じみていて呆れさせられるが、ふいに想像の遙か斜めをいく事もしでかすので、ソレイユもつい軽口を叩いてしまうことがある。
 ジャックのペースに乗せられてしまい、人と会話する楽しさを思い出してしまったのだ。

 それは久しぶりの感覚で心の奥が暖かくなり、ぬるま湯のような心地よさがあるが、人に甘えるのは弱さだとソレイユは知っている。
 誰かに頼ったところで裏切られるのがオチだ。ジャックだって裏切ったのだ。
 そもそも、人は誰かのために生きているわけではない。自分の為に生きているのだ。当然の結果なのだ。
 経験則からソレイユは誰にも頼ろうとしなかった。どんな障害も一人で乗り越えてこそ、自分らしさを保つことが出来る。
 誰にも媚びず、自分が正しいと思った事を貫き通す。それがソレイユ=オーブなのだ。
 それを崩そうとするジャックの存在が……優しさがソレイユには辛かった。

 ――でも……今だけ……。
 
 ソレイユはジャックに体を預け、目を閉じた。
 ジャックの息づかいが、まるで子守歌のように聞こえる。
 世界は厳しくて残酷だから、常に勝者でなければならない。毎日が戦いだ。
 でも、今は束の間の休息をとってもいいのかもしれない。
 ソレイユは次の戦いまで体を休めることにした。



「ソレイユ?」

 ジャックはソレイユに声を掛けるが、返事は返ってこなかった。ただ、ウトウトと首が動いているだけだ。
 リリアンが口に人差し指を当て、シーとジャックに声を掛けてくる。ジャックは了解と言いたげに頷いた。
 ジャックの足取りは軽かった。自分の背中には護るべき存在がいる。誰かを護っていられる事が、ジャックに勇気と罪悪感を与えていた。
 リンカーベル山を抜け、もうすぐカースルクームにたどり着く。生き残ることが出来たと実感がわいてくる。

 一人なら不安で立ち止まっていたのかもしれない。でも、護る相手がいることで、ジャックの中に正義感と勇気がわいてきて、足に力が入るのだ。
 それに、仲直り出来た。気分は最高だ。
 ジャックは仲間であるソレイユを護っている。それが誇らしくもあったが、護れなかった者もいた。スパイデー戦で死者が出てしまったのだ。

 今日こそは仲間を失わず、みんなで生き残ってみせる。
 それはジャックがこのスパイデー討伐戦で一番果たすべき課題だった。しかし、現実はどうだ。
 スパイデーに先制され、戦う前から仲間を失う結果になった。
 もっと早く、スパイデーの奇襲に気づいていれば……レベッカだけでなく、逃げ遅れた仲間も助けていれば、誰も死なずに済んだのではないか?
 

 レベッカやソレイユは助けたのに、どうして俺は助けてくれなかった?


 死者の嘆きが聞こえてきそうで、ジャックは胸が押しつぶされそうになる。自分はできる事をした。あれは仕方なかったんだ。
 そう言い訳することしか出来なかった。

 これではリザードマン戦のときと同じだ。
 しかも、ネルソンへのヤキモチから、ジャックは勝手な行動に出てしまい、レベッカやムサシ達を危険にさらしてしまった。とんだ大失態だ。

 ――こんなはずではなかった……自信はあったのに……。

 リザードマン戦の反省をかし、まずボルシアからスパイデーの情報を集めた。
 新たな力、ソウルパワーを自在に使えるよう鍛練を重ねた。仲間達と別れた後も、ジャックは一人、ボクシングスタイルを磨き上げた。

 敵を知り己を知れば百戦殆からず。
 それを実行したつもりだった。
 過ちは繰り返さない。リザードマン戦より、自分は確実に強くなっている。今度こそ仲間を護ってみせる。
 そう自分を忌ましめて、強くなったはずなのに、結果はリザードマン戦と変わらなかった。弱いままだった。
 ジャックの脳裏にトレーナーの言葉が蘇る。


「お前は弱くなった。ボクサーとしてのお前はもう死んだ。もう二度と、あの頃の力を取り戻すことはないだろう。それに今のお前はボクサーとして一番大切なものが欠けている。あきらめろ」


 その言葉はジャックにとって死刑宣告だった。
 リザードマン戦を終えた次の日、ジャックはかつての自分を取り戻すため、以前通っていたジムのトレーナーに連絡をとった。
 これから先、実力のある敵が増えていくことをジャックは痛感していた。今までの格闘技で培った財産けいけんでなんとか誤魔化してきたが、それも限界だった。

 今のジャックは、全盛期に比べるとかなり弱くなっている。
 ボクシングの練習を止め、怠惰に過ごしてきたツケがここにきて回ってきたのだ。
 幸い、ジャックがソウル杯に参加している建物から、一駅離れたところに通っていたジムがあった。
 ジャックはトレーナーの都合に合わせてに会いに行き、特訓を申し出たが、相手にすらされなかった。そして、言われてしまったのだ。

 あきらめろと。

 確かに、トレーナーの言葉を無視して、ボクシングから身を引いたのはジャックだ。
 それでも、かつての相棒ともいえる存在なのに、トレーナーに無下にされたことは、弱いと言われたことよりもショックだった。

 自業自得。
 そう分かっていても、納得出来ずに、ジャックはずっとモヤモヤしていた。
 そんな理由から、ジャックは伝道師のレックのような腕力自慢の相手ではなく、強敵のスパイデー戦に挑む事で、強くなった自分を証明するつもりだった。
 しかし、結果は皮肉にも何も成長していないことが露見されただけだった。

 ――どうすればいい? やはり、僕はもう強くなれないのか……。

 ジャックは思う。

 どうすれば、自分の理想の力を手にする事が出来るのだろうか? 
 どれだけ、強くなれば失わずに済むのだろうか?
 自分に言い訳しなくて済むのだろうか?

 きっと、この想いは誰にも話せない。それは弱さだ。この世界で一番必要のないものだ。
 だから、ジャックは心で泣くことにした。

 ――次こそは……今度こそは……みんなを護ってみせる。

 何度も何度も自分の無力さに苛むことになっても、この想いだけはずっと胸に抱えて生きていくべきだとジャックは強く思った。
 日は西に傾いていく。
 アレンバシルの空に地球が淡く光り輝き、二人を優しく見守っていた。



「村長! 討伐隊が帰ってきました!」

 夕刻、カースルクームの住人の一人が討伐隊の帰りを知らせる声をあげた。その一声で、住人は期待と不安を胸に、討伐隊を迎えに行く。
 カースルクームの住人は村の入り口から入ってきた討伐隊の姿を見て呆然としてしまう。
 討伐隊の防具、体はほこりと土で汚れ、全員は気落ちした表情でうつむいていた。勝利の余韻よいんなどどこにもない。
 その姿を見て、カースルクームの住人は理解した。
 命からがら逃げてきたのだと。つまり、スパイデーの討伐は失敗したのだと。

「おおおっ……みなさん、よくご無事で。おい、討伐隊のみなさんに布を!」

 村長は討伐隊を労うように迎え入れた。
 討伐隊はため息をつく。それは、ようやく安全地帯まで逃げることが出来たことへの安堵のため息か、成果を上げることが出来ず、失望したため息なのか。
 ただ、カースルクームの住人が分かるのは、討伐隊はかなりの疲労を抱えていることだった。
 子供達も茶化すことなく、不安げな表情で討伐隊を見つめている。
 ASが村長に申し訳なさそうに結果を報告する。

「申し訳ない」
「いいのです。さぞや、大変だったでしょう。今は生還できたことを喜びましょう。私どもも無理なお願いをしてしまい、申し訳ございませんでした。気にしないでください」

 クエストは失敗。
 仲間を三人失い、何も結果を残せなかった。その現実が討伐隊に重くのしかかる。心身共打ちのめされた気分だった。

「ボルシア、今日はもう解散でいいか? みんな、疲れているし、休ませるべきだろ?」

 テツの提案にボルシアは頷く。
 ボルシアは討伐隊に向けて頭を下げた。

「みんな、残念な結果になってしまい、申し訳ない。スパイデー討伐ばかりに目が向いて、無法者達の対策を怠ったことが最大の敗因だ。今日はゆっくりと休んで欲しい。後日、またスパイデーの討伐について話し合おう」

 誰も返事はしなかった。
 ボルシアはああ言っているが、再び集まるのは何人くらいなのかとASは考えていた。半分集まれば御の字だろう。
 しかし、数は目に見えて減る。その状態でスパイデーと無法者達を相手に出来るのか?

「AS殿! 今日は飲みましょう! 反省会を兼ねて」
「勝っても勝たなくても飲む気満々だろうが。分かっているな?」
「ミールは三杯までだろ? そうと決まれば行こうぜ」

 グローザとヴィーフリは肩を並べ、意気揚々と宿屋へ向かう。ASは肩をすくめ、二人の後を追う。
 グローザとヴィーフリはすでに気持ちを切り替えていた。勝利は時の運、常勝ではない。負けるときもある。
 その負けをいつまでも引きずらず、次の戦いに備える。それこそが戦いを生き残る術だと彼らは身をもって知っているのだ。
 ただし、負けは負けなので気を引き締める為に、彼らはアルコールを制限している。次の戦いで勝利の美酒を浴びるように飲むために。
 三人は宿屋で何を食べようか考えていると。

「AS。すまないが、話がある。付き合ってくれ」

 テツがASを呼び止めた。テツの真剣な表情に、三人は嫌な顔ひとつせずに、気を引き締める。

「分かった。どこにいけばいい?」
「……少し待ってくれ。討伐隊が解散した後に話したい」

 ASは何も言わずに同意する。
 討伐隊は重い足取りで解散し、各々別行動をとる。ある者はそのままソウルアウトし、ある者は自身の強化のため、狩りに出かける。
 ボルシアは村の外に出て、街道を歩いていった。

「お疲れ、ジャック」
「お疲れ様です、ジャックさん」
「お疲れ、レベッカ、ネルソン」

 レベッカとネルソンはジャックにねぎらいの言葉をかける。二人が並んでいる姿に、ジャックは胸が痛むが、黙っていることにした。
 嫉妬して手にしたものといえば、苦い失敗だけだからだ。

「はい、ネルソン。これ」
「ありがとうございます、ジャックさん。ん? これは……」
「僕の気持ちだよ。二人には迷惑を掛けたから」

 ジャックはネルソンと契約した報酬を少しだけ上乗せして渡した。
 ネルソンはふわっとした笑みでジャックに手を差しのばす。ジャックはその手を、パチンとはたいた。
 嫉妬はしないと決めていたが、それはそれだ。やはり、ネルソンは気に入らない。
 イケメンがレベッカの隣にいるのは許せないのだ。
 
「ジャック! いい加減にしなさいよ! ネルソンに謝って!」
「……ヤダ」

 ジャックはぷいっと横を向く。
 レベッカはカンカンになってジャックに怒鳴るが、ジャックはそっぽを向き、意地でもレベッカと顔を合わせようとしない。
 その態度に更にレベッカはキレる。

 レベッカの態度はジャックを更に意固地にさせる行為であると本人は全く気づいていなかった。
 ジャックにとって、自分の嫁かもしれない女性が自分よりもイケメンな男を贔屓ひいきしているのだから、怒って当然だ。
 レベッカにしてみれば、自分の一番の親友に失礼な態度をとったジャックが許せない。
 二人の気持ちは当然のことだが……。

「ねえ、ジャック、レベッカとネルソンに謝りなよ」
「なんで、リリアンまであっちの味方なの! 僕のサポキャラでしょ!」

 リリアンまでネルソンの肩を持ったことに、ジャックは怒鳴ってしまう。
 リリアンは悲しげな顔をしながらも、主の勘違いを指摘する。

「だって、ネルソンは女の子なんだもん」
「はぁ? ネルソンが女の子? ありえないよ! あんなイケメンが女の子だなんて……」

 パチン!

 レベッカはジャックに平手打ちし、ジャックはようやく、レベッカの方を見る。
 レベッカは烈火のごとく激怒していた。

「謝りなさい! ネルソンに謝りなさい!」
「ご、ごめんなさい!」

 ジャックは反射的に腰を九十度に曲げてネルソンに謝罪した。
 ジャックは改めてネルソンの顔をガン見する。シミ一つない綺麗な顔。確かに美少女……。

「やっぱり、信じられない! だって、めちゃくちゃイケメンじゃん! ずるいよ! 男装しているし! 分かりっこない!」
「「……」」

 ジャックが本気で嫉妬してる姿を見て、レベッカは呆然としていて、ネルソンは呆れていた。
 ネルソンの性別は女だ。
 確かにイケメンに見えなくはないが、麗人といった方がしっくりくる。ドレスに着替えれば、化ける類いの美人だ。
 ジャックの勘違いは、女性との接触が極端に少ないことからくる知識不足からだった。

 さて、レベッカはあきれ果てているが、ネルソンは複雑な気分だった。
 ジャックは決してネルソンをけなしているわけではない。だからこそ、女性扱いされなかったことに腹がたつし、ジャックらしいとも納得してしまうのだ。

「あ、あれ? もしかして、僕がネルソンと初めて出会ったとき、男と勘違いしたから殺そうとしたの?」

 ジャックがクロスロードでネルソンと出会ったとき、ジャックはネルソンをいい男とだと表現した。
 それ以降、ネルソンの機嫌が悪かったことにジャックは不思議に思っていたのだが、ようやく理解した。
 そういえばとジャックは思い出す。リリアンはそのことに気づき、ジャックに謝罪するように進言していたのだ。

「……あれは演技ですから。仲間になってほしかったのは本当です」
「ほ、本当にごめんなさい! これ、あげるから許して」
「ああぁ! それ! 私のおやつ! もう、ジャック!」

 リリアンはぷんぷん怒ってジャックに抗議するが……。

「ごめんね、リリアン。忠告してくれたのに無視しちゃって。リリアンにはもっとおいしいおやつをご馳走するから許して」

 ジャックはリリアンにも深く頭を下げた。

「ううっ……私のおやつ~……でも、おいしいおやつをくれるなら……いいのかな?」

 悩むリリアンに、ネルソンは急に不機嫌になり、ジャックに背を向ける。
 ジャックはもう一度ネルソンの背中に向かって謝罪した。
 それと……。

「あっ……ご、ごめん、レベッカ。僕、とんでもない勘違いしてしまって……キミの親友をキズつけちゃって……」

 ジャックはレベッカに謝罪する。レベッカは見てしまった。
 ジャックは謝罪しているが、頬が緩んでいた。きっと、ライバルがいなくなったことへの安堵から無意識に出てしまったのだろう。
 レベッカはくすぐったい気持ちになりながらも、それを仮面に隠し、平然ぶって伝える。

「……分かってくれたのならいいから。それにあれは嫉妬だし」
「嫉妬?」
「私が言えるのはここまで。今度会うまでにはちゃんと仲直りしてね。ああ見えて、ネルソンって乙女だから」
「レベッカ!」

 ネルソンに怒鳴られ、レベッカはジャックに手を振り、去って行った。

「ねえ、ジャック。呼び止めなくていいの? 確かめたいことがあるんでしょ?」

 リリアンの問いに、ジャックは笑顔で答えた。

「うん。二人にはすぐに会えるから。それに焦らずにいこうって決めたから」

 もし、レベッカがリリアンなら、彼女から名乗り出るのを待とうとジャックは思うことにした。
 ジャックは自分の気持ちばかり優先してきた。彼女の気持ちを全く考えていなかったせいで、レベッカに迷惑を掛けた。
 リリアンの事が大切なら、見守ることも必要なのでは。ジャックは今回の件でそのことを学んだ。
 そして、ネルソンに大変失礼な態度をとってしまったことを今度こそちゃんと謝ろうとジャックは決意していた。
 リリアンはジャックの肩に座り、木の実をかじりながら、ジャックの横顔をそっとのぞき見る。
 ジャックの顔が少しだけ大人びて見えた。ジャックの小さな成長に、リリアンは嬉しそうに微笑んでいる。

「お疲れ、ムサシ」
「お疲れさま、ソレイユ、エリン」

 ムサシ達に声を掛けてきたのは、カークとレンだった。

「お疲れ、カーク。お互い生き残れたな」
「全くだ、ムサシ。とりあえず、飲まないか?」
「アンタ……よく飲む気になれるわね」
「だからだろ? 明日を元気に生きるために、がっつり食べて、飲むこと。これが俺の生き様なんだよ」

 カークの持論にレンは呆れてはいるが、納得出来るところもあった。生きていくには沢山のエネルギーが必要になる。
 失敗することもあれば、成功することだってある。その繰り返しこそが人生だ。
 ならば、今日の失敗は、明日の成功で挽回すればいい。気持ちを切り替える為にカークは飲むのだろう。

「そうね。よし! 今日は自家製のお酒を……」
「はははっ、俺は飲みたいんだ。死にたいんじゃない」
「はははっ……カーク、冗談がうまいんだから」
「お前の冗談は死ぬほど不味いんだよ」

 本気で嫌がるカークに、笑顔で自作のお酒をすすめるレン。ジャックは常々思っていたのだが、レンの食事はどこまで不味いのか?
 ジャックは一度、ソレイユの作ったご飯でソウルアウトしたことがある。ソレイユは高級食材を料理しようとしたとき、料理スキルの熟練度が足りなくて、失敗したのだ。
 あまりの味に脳天が吹き飛ぶほどの衝撃を受けたが、あれくらいの味なのだろうか?

「カーク。悪いがちょっと待ってくれ。大事な話がある」
「話?」
「おい、ムサシ、ジャック! いつまでぼけっとしてやがる! お前がいないと話が始まらないだろうが!」

 テツに怒鳴られ、ジャックとムサシは慌ててテツの元へ走って行った。
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