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クリサンとグリズリーの冒険 前編
クリサンとグリズリーの冒険 その四
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誰がアホだ。
俺達は声のした方へ振り向くと、そこには長身の男がいた。グリズリーよりは一回り小さいが、それでも、強さは筋肉を見れば分かる。
グリズリーの筋肉がパワー型に特化したものなら、男の筋肉は敏捷性に特化している。
無駄な筋肉はなく、引き締まっていて、身長は百八十後半、背中にはローランと同じツーハンデッドソードを背負っていた。
それにしても、あの角刈り頭、今がどれほど重大な局面か分かっているのか?
男として生を全うできるか、オカマバーの就職コースかの二択なんだぞ。
後、どうでもいいが、プレイヤーがわんさかわいて出てくるな。異世界転生者かよって言いたくなる。異世界なだけに。違うか。
「なんだよ! 今、取り込み中なんだよ!」
「我が息子の生死がかかってるんだよ!」
「はかない人生だった……第二の人生はフィリピンパブだ……源氏名はサマンサにするか……」
「……お忙しいところ悪いんだが、お前らが探しているものはこの世界にはねえぞ。性犯罪防止の為にとってるんだと。サポキャラに訊いてみろよ」
「「「なぬ?」」」
俺はすぐさま、サポキャラに確認する。
『あの男の言う通りです。チュートリアルに説明がありましたが、聞いてなかったのですか?』
「はははっ」
俺達は安堵のため息をついた。やれやれだぜ。本当によかった……。
三人の男達はお互い抱き合い、息子の安否に心から喜んでいた。
俺は一人、離れたところでよかったねっと拍手している妄想を描いていた。決してぼっちではない。
そんな言い訳も、懸案事項も今ではどうでもいいのだが、新たな問題が発生する。
俺達の息子の恩人とも呼ぶべき角刈り頭は果たして敵か? それとも、味方か?
角切り頭は背中のツーハンデッドソードを抜く。
「俺も交ぜてくれよ。俺だって最強を目指している一人なんだ。いいだろ?」
どうやら神は俺を見捨てていなかったらしい。ちなみに俺は仏教なんだけどね。
とにかく、角刈り頭が参戦したことで、三人はまた、動揺している。
今しかない。もう一度、仕掛ける!
俺は三人のうち、一人に狙いを定める。距離が俺から近くて、角刈り頭に注意がいっている、あの男だ。
いくぜ!
俺はポーチから一シルバーを取り出し、握りしめたまま、地面を思いっきり蹴りつけ走り出す。三歩目でトップスピードにのり、相手との距離を縮める。
俺のダッシュに気づいた男が焦りながらも迎撃態勢をとろうとしている。体勢を整えるまでが勝負だ。
距離は三メートル。
俺のダガーはまだ射程外。相手の武器はロングスピア。
このままだと、相手の攻撃の方が俺に届く。
前に突き出すロングスピアを避けながら、前へ出るのは難しい。それならば、攻撃をする前にこちらが先に相手の懐に入り、ショートレンジで攻撃を仕掛けるしかない。
俺は左前に体を沈めるように移動する。当然、相手も俺を目で追ってくる。俺が相手の視界から消えるのは一瞬だけだ。
だが、問題ない。準備はすでに終わっている。
俺は左手を腰の隣で構え、相手の視界の端から一シルバーを親指で相手の顔目掛けて弾き飛ばす。
コインは男の顔面に当たり、少しだけのけぞる。今度は俺から一秒以上、視界から外れる。
俺はすぐさま真横に飛び、前に出る。今度は相手の斜め左から身をかがめながら走り寄る。
男はようやく視界が回復したが、男の顔の位置からでは俺の姿は捉えられない。
相手はコインをいきなりぶつけられ、焦っていた。
その状態で前を見ても、視界は狭く、俺がコインを投げた位置を集中的に見ようとするので、視界が普段よりも狭くなる。
そのせいで真逆の位置にいる俺を見つけることがすぐにできないでいた。
俺はダガーを逆手に握りしめ、勢いをつけたまま跳んだ。
相手もようやく俺を見つけるが、もう遅い。間合いはこちらの距離だ。
ダガーを斜め上の位置から力を溜めて、一気に相手の頸動脈に向けて振り下ろす。
振り下ろすことに躊躇してはならない。それは三流のやることだ。
獲物を前に手加減する理由などない。
血しぶきが舞った。俺の顔面に鮮血が飛びつき、相手は痛みで目を閉じ、大きく口を上げ、悲鳴を上げる。
まだ、終わりじゃないぜ。
現実では頸動脈を切れば、血液の供給が止まり、酸素の供給も絶たれるが、このアルカナ・ボンヤードでは、どうなるのか分からない。
だから、確実に殺す。
俺は相手の後ろに回り込み、足を引っかけ、自分ごと体を前に倒す。
うつ伏せになった相手を、俺は馬乗りの状態でダガーを素早く相手の出血している部分に当て、相手の頭を掴みながら後ろに引っ張り、ダガーを上下に動かし、傷口を広げる。
「が……がぁあああああああああああああああああ!」
相手の口から血がこぼれる。俺は痙攣して暴れる男の頭をしっかりととらえ、ダガーを更に首に食い込ませる。
「ダガーでお前の首を切り落とすことは出来ないだろうが、どこまで食い込むのか、試させてもらうぞ」
「や、やめぇろぉ……ごほっ!」
ダガーは首の皮をえぐり、肉を断ち、骨をゴリゴリと斬りつけていく。
フツウ、ここまですれば死ぬのだが、やはり、ここはゲームの世界だな。
漫画やアニメのように、あきらかにそれは出血死するでしょってキズでも生きているように、コイツもまだしぶとく生きている。
更に力を込めようとしたが……なんだ? 息が苦しくなってきた? 俺が攻撃しているのにか?
『クリサン、スタミナゲージがつきかけています。一度、距離をとって回復してください』
はあ? スタミナゲージだと? ふざけるな!
相手の方があきらかに死にかけているのに、こっちが先にバテるとかありえないだろうが。
だが、息苦しいのは確かだ。相手は二人いるし、一度離れるか。
俺はその場で飛び上がり、相手から距離をとる。呼吸を整え、スタミナゲージを回復させる。
俺はふと、グリズリーが急に三角締めを解除したことを思い出した。
なるほどな、スタミナゲージがつきかけたから、離れたわけか。しかも、片腕を失っていたので、余計にゲージの減りが早かったのかもな。
周囲を見渡すと、角刈り頭が敵の一人をツーハンデッドソードで腹を突き刺していた。
もう一人は恐怖のあまり、逃げ出したようだ。背中があんなに小さく見える。追っても無駄だろう。
俺の相手はひゅーひゅー声を漏らし、傷口を押さえながら、立ち上がった。
涙をこぼし、顔は真っ青で恐怖が張り付いている。完全に心が折れているな。
「た……たしゅけて……」
その一言が限界だった。何度も吐血を繰り返し、その場でうずくまった。
痛みと呼吸困難で地獄の苦しみを味わっているだろうが、それでも、生きようと必死にもがいている。
命乞いをし、生にしがみつく相手に、俺はダガーを逆手に持ち、大きく振りかぶり……。
「あばよ」
俺は瞬時に相手との距離を詰め、喉元にダガーを突き立てた。
血の噴水が飛び散り、相手は地面に倒れたまま、動かなくなった。
手にこびりついた血が乾きだしたのだが、気持ち悪い感触だな。それに、血腥い。
これが殺人……。
「よう。そっちも片がついたようだな」
「……」
角刈りの方も一人、プレイヤーを殺めたようだ。顔は少し青ざめているが、それでも、余裕がある。
それに対して、俺は……ダメだ。落ち込むわ……。
「なんだ? ショックを受けているのか?」
「ああっ……何も感じなかったんだ」
「何も?」
俺は頭をポリポリとかきながら、自分の素直な気持ちを話してみた。
「そうだ。人を殺しても、罪悪感とか、恐怖とか、そういうの? よく分からないんだけど、その、なに? なんともないんだよね。それがショックっていうか……」
「……」
俺の反応は人としてどうなんだろうな? 何も感じないのは、ここがゲームの世界だと割り切っているからか?
確かに、今、俺は名前も知らないプレイヤーを殺したが、現実で死ぬわけではない。
相手にトラウマを植え付けたかもしれないが、殺し合いしているんだ。それぐらいの覚悟はしてほしい。
こんなハズではなかったなんて、言い訳にもならない。
ただ、手にこびりつく血の感触が……血の臭いが……頭にこびりついているんだよな。きっと、現実で殺したら、今と同じ光景を目にすると思う。
けど、現実でも、俺は人を殺しても何も感じないのではないかと思うと……変な話しだけど寂しいって思うんだ。
俺の家族はきっと、殺人を犯したら罪の意識に苛むと思う。泣き叫ぶかもしれない。
想いが共感できないのって、仲間はずれにされたような気がして、寂しいって感じるわけで……。
あははっ……きっと、俺の考えはズレている。周りの人間が聞いたら、そこじゃないだろうってツッコまれるな。
でも、これが本心なんだ。
「あははっ、何言ってるんだろうな、俺は。あ~あ、後先考えずに派手にやったらから血で汚れちまった。今度からはもっと、綺麗に勝たなきゃな」
「お前……」
「なら、綺麗にするか?」
うおっ!
いつの間にか、俺の背後をとったグリズリーが俺を左手一本で脇に抱えている。俺が背中を許すなんて、迂闊だった。
先ほどの戦いよりも冷や汗が出てくるが、グリズリーがとった行動は俺を更に真っ青にさせる。
「いくぞ! ど~~~~ん!」
「うわぁあああああああああ!」
グリズリーは俺を抱え、そのまま海に飛び込んだ。人間二人分にしては、かなり沈んだ。いや、びっくりするくらい沈んだ。
俺は海面に出て、大きく息を吸う。顔面から突っこんだから、泣きそうだ。マジで痛かった。
もちろん、現実の方がかなり痛いのだが。
「何ばするんと、ぬしゃ!」
「おおっ、そいがわいん素ん態度か? そっちん方が自然じゃな」
コイツ、何がおかしいんだ? 耳元で大笑いしやがって。
手が切断されてるんだぞ。傷口からばい菌が入ってもしらねえからな。
海面から見上げる空はどこまでも青く、澄んでいた。
排気ガスやPM2.5といった汚れがまったくない、美しい青空を見上げると、自分の悩みがちっぽけのように思えて、バカバカしくなる。
だから、俺も笑うことにした。
不思議だった。
まだ一時間もたっていないが、それでも、一年分のエネルギーを使い切ったような気がする。
あの退屈で生ぬるい生活は大好きだが、この世界には現実では味わえない興奮があった。
まるで、子供の頃、近所を冒険したときのようなドキドキが止まらない。
見るもの全てが新鮮で、この道の先に何があるのか? 楽しみで仕方なかったガキの頃を思い出す。
成長するにつれて、自分の行動範囲が広がり、自分の住んでいる狭い街をあっという間に探検し尽くし、退屈を覚えるようになった。
冷めていた心が、溶岩にぶちこまれたように瞬間沸騰している。
楽しい。
そう思えたのは、俺の隣にいるグリズリーのおかげかもな。まあ、口が裂けてもそんなことは言えないが。
おおい、聞こえているか、この世界! 俺はやってきたぞ! 俺はここにいる! ここにいるんだ!
そう、心の中で叫んだんだ。この素晴らしく残酷な世界に俺がいることを知って欲しくて叫ぶんだ。
俺はこの世界を現実と捉え始めていた。
俺がグリズリーを引っ張り、ようやく埠頭に戻ってこれた。
我ながら面倒見がいい。こんな巨体を、しかも濡れている状態で運んでやったのだ。感謝状の一つくらいもらってもバチは当たらないと思う。
「ううぅ……腕がかいちゅうか、ヒリヒリしてしみる……痛か……」
「だったら飛び込むなよな……」
「ったく、磯くせえヤツらだな」
助太刀に入ってくれた男は迷惑そうに海から這い上がったグリズリーと俺を見て、眉をひそめている。
グリズリーを陸にあげるとき、手伝ってもらったので、この人もいい人なのだろう。
「じゃあ、俺はいくぜ。おい、グリズリーさんよ。腕が治ったなら、俺と勝負してくれよな……」
「治る? 治るんか、これ?」
確かに、斬り落とされた腕をくっつけるなんて、大変なこと……でもないのか? ここはゲームだし。
まさか、腕がないままプレイしなきゃならないわけは……ないよな?
『クリサン、切り取られた体の一部は一日過ぎた後、再度ソウルインすれば復活します』
「マジで! よかったな、グリズリー! その腕、一日過ぎて、その後にソウルインすれば治るんだって!」
「……そうと……治っとな……」
グリズリーは右腕をさすりながら、ほっとした表情を浮かべている。
だよな、始まったばかりなのに、いきなり右腕がなくなるのは絶望的だし。
なぜか俺までほっとしてしまった。
「そこんアンタ、名前を聞いてんよかか?」
グリズリーは去って行く男に名前を尋ねてた。男は振り返り……。
「俺の名か? 俺の名前はライザー。この大会の優勝者になる男だ」
か、かけぇえ……言い切ったよ、この人。
けど、ビックマウスをするヤツほど、大会始まって一週間そこいらで死んじゃうんだよな……どこかの森で。
「……だが、この後、彼の姿を見た者は誰もいない……」
「変なナレーション入れてるんじゃねえぞ!」
流石、最強を名乗るだけあって、地獄耳だ。関係ないか。
さて、今度こそおいとまするとしよう。
街中でもPVPが可能なら、どこに身を潜めればいいのやら。いっそ、船でも買って、一人大航海時代でもやろうかな。
陸を出て、船の上なら襲ってこないだろ。襲ってこないよね?
「ねえ、アンタ達! ちょっと、いい?」
やれやれ……プレイヤーとのエンカウント率高くねえ? ポケモ○トレイナーかよ。お前らは。
俺はうんざりしながら、振り向くと……おおう……そこには文字通りの美少女がいた。
長くて真っ直ぐな黒髪に、綺麗に整った目鼻立ち、くるっと大きい黒目に細長いまつげが縁取り、薄桃色の唇をゆるめ、笑顔を浮かべていた。
俺はこの美少女との出会いを運命だと感じた。
ただ、美女や美少女に会う度に運命を感じているので、やはり俺の運命は安売りしている、みたいなどこぞやのラノベみたいな事を思いつつ、腰にあるダガーに手を添える。
いつでも、斬りつけることが出来るように警戒を高める。
「よしやんせ。彼女に殺気はあいもはん」
お前はどこぞやの格闘家か! いや、格闘家なんだよな、うん。
確かに襲ってくる気配はないが、女は笑顔で男を刺すからな……。(偏見)
美少女は結局、俺達を襲うことはなかった。だが、俺の感じた安い運命は的中していた。なぜなら、彼女が発した言葉は……。
「単刀直入に言うわ。私とチームを組まない?」
これが俺とグリズリーと彼女……コスモスとの出会いだった。そして、運命の歯車が回り始める。
破滅へと向かって。
俺達は声のした方へ振り向くと、そこには長身の男がいた。グリズリーよりは一回り小さいが、それでも、強さは筋肉を見れば分かる。
グリズリーの筋肉がパワー型に特化したものなら、男の筋肉は敏捷性に特化している。
無駄な筋肉はなく、引き締まっていて、身長は百八十後半、背中にはローランと同じツーハンデッドソードを背負っていた。
それにしても、あの角刈り頭、今がどれほど重大な局面か分かっているのか?
男として生を全うできるか、オカマバーの就職コースかの二択なんだぞ。
後、どうでもいいが、プレイヤーがわんさかわいて出てくるな。異世界転生者かよって言いたくなる。異世界なだけに。違うか。
「なんだよ! 今、取り込み中なんだよ!」
「我が息子の生死がかかってるんだよ!」
「はかない人生だった……第二の人生はフィリピンパブだ……源氏名はサマンサにするか……」
「……お忙しいところ悪いんだが、お前らが探しているものはこの世界にはねえぞ。性犯罪防止の為にとってるんだと。サポキャラに訊いてみろよ」
「「「なぬ?」」」
俺はすぐさま、サポキャラに確認する。
『あの男の言う通りです。チュートリアルに説明がありましたが、聞いてなかったのですか?』
「はははっ」
俺達は安堵のため息をついた。やれやれだぜ。本当によかった……。
三人の男達はお互い抱き合い、息子の安否に心から喜んでいた。
俺は一人、離れたところでよかったねっと拍手している妄想を描いていた。決してぼっちではない。
そんな言い訳も、懸案事項も今ではどうでもいいのだが、新たな問題が発生する。
俺達の息子の恩人とも呼ぶべき角刈り頭は果たして敵か? それとも、味方か?
角切り頭は背中のツーハンデッドソードを抜く。
「俺も交ぜてくれよ。俺だって最強を目指している一人なんだ。いいだろ?」
どうやら神は俺を見捨てていなかったらしい。ちなみに俺は仏教なんだけどね。
とにかく、角刈り頭が参戦したことで、三人はまた、動揺している。
今しかない。もう一度、仕掛ける!
俺は三人のうち、一人に狙いを定める。距離が俺から近くて、角刈り頭に注意がいっている、あの男だ。
いくぜ!
俺はポーチから一シルバーを取り出し、握りしめたまま、地面を思いっきり蹴りつけ走り出す。三歩目でトップスピードにのり、相手との距離を縮める。
俺のダッシュに気づいた男が焦りながらも迎撃態勢をとろうとしている。体勢を整えるまでが勝負だ。
距離は三メートル。
俺のダガーはまだ射程外。相手の武器はロングスピア。
このままだと、相手の攻撃の方が俺に届く。
前に突き出すロングスピアを避けながら、前へ出るのは難しい。それならば、攻撃をする前にこちらが先に相手の懐に入り、ショートレンジで攻撃を仕掛けるしかない。
俺は左前に体を沈めるように移動する。当然、相手も俺を目で追ってくる。俺が相手の視界から消えるのは一瞬だけだ。
だが、問題ない。準備はすでに終わっている。
俺は左手を腰の隣で構え、相手の視界の端から一シルバーを親指で相手の顔目掛けて弾き飛ばす。
コインは男の顔面に当たり、少しだけのけぞる。今度は俺から一秒以上、視界から外れる。
俺はすぐさま真横に飛び、前に出る。今度は相手の斜め左から身をかがめながら走り寄る。
男はようやく視界が回復したが、男の顔の位置からでは俺の姿は捉えられない。
相手はコインをいきなりぶつけられ、焦っていた。
その状態で前を見ても、視界は狭く、俺がコインを投げた位置を集中的に見ようとするので、視界が普段よりも狭くなる。
そのせいで真逆の位置にいる俺を見つけることがすぐにできないでいた。
俺はダガーを逆手に握りしめ、勢いをつけたまま跳んだ。
相手もようやく俺を見つけるが、もう遅い。間合いはこちらの距離だ。
ダガーを斜め上の位置から力を溜めて、一気に相手の頸動脈に向けて振り下ろす。
振り下ろすことに躊躇してはならない。それは三流のやることだ。
獲物を前に手加減する理由などない。
血しぶきが舞った。俺の顔面に鮮血が飛びつき、相手は痛みで目を閉じ、大きく口を上げ、悲鳴を上げる。
まだ、終わりじゃないぜ。
現実では頸動脈を切れば、血液の供給が止まり、酸素の供給も絶たれるが、このアルカナ・ボンヤードでは、どうなるのか分からない。
だから、確実に殺す。
俺は相手の後ろに回り込み、足を引っかけ、自分ごと体を前に倒す。
うつ伏せになった相手を、俺は馬乗りの状態でダガーを素早く相手の出血している部分に当て、相手の頭を掴みながら後ろに引っ張り、ダガーを上下に動かし、傷口を広げる。
「が……がぁあああああああああああああああああ!」
相手の口から血がこぼれる。俺は痙攣して暴れる男の頭をしっかりととらえ、ダガーを更に首に食い込ませる。
「ダガーでお前の首を切り落とすことは出来ないだろうが、どこまで食い込むのか、試させてもらうぞ」
「や、やめぇろぉ……ごほっ!」
ダガーは首の皮をえぐり、肉を断ち、骨をゴリゴリと斬りつけていく。
フツウ、ここまですれば死ぬのだが、やはり、ここはゲームの世界だな。
漫画やアニメのように、あきらかにそれは出血死するでしょってキズでも生きているように、コイツもまだしぶとく生きている。
更に力を込めようとしたが……なんだ? 息が苦しくなってきた? 俺が攻撃しているのにか?
『クリサン、スタミナゲージがつきかけています。一度、距離をとって回復してください』
はあ? スタミナゲージだと? ふざけるな!
相手の方があきらかに死にかけているのに、こっちが先にバテるとかありえないだろうが。
だが、息苦しいのは確かだ。相手は二人いるし、一度離れるか。
俺はその場で飛び上がり、相手から距離をとる。呼吸を整え、スタミナゲージを回復させる。
俺はふと、グリズリーが急に三角締めを解除したことを思い出した。
なるほどな、スタミナゲージがつきかけたから、離れたわけか。しかも、片腕を失っていたので、余計にゲージの減りが早かったのかもな。
周囲を見渡すと、角刈り頭が敵の一人をツーハンデッドソードで腹を突き刺していた。
もう一人は恐怖のあまり、逃げ出したようだ。背中があんなに小さく見える。追っても無駄だろう。
俺の相手はひゅーひゅー声を漏らし、傷口を押さえながら、立ち上がった。
涙をこぼし、顔は真っ青で恐怖が張り付いている。完全に心が折れているな。
「た……たしゅけて……」
その一言が限界だった。何度も吐血を繰り返し、その場でうずくまった。
痛みと呼吸困難で地獄の苦しみを味わっているだろうが、それでも、生きようと必死にもがいている。
命乞いをし、生にしがみつく相手に、俺はダガーを逆手に持ち、大きく振りかぶり……。
「あばよ」
俺は瞬時に相手との距離を詰め、喉元にダガーを突き立てた。
血の噴水が飛び散り、相手は地面に倒れたまま、動かなくなった。
手にこびりついた血が乾きだしたのだが、気持ち悪い感触だな。それに、血腥い。
これが殺人……。
「よう。そっちも片がついたようだな」
「……」
角刈りの方も一人、プレイヤーを殺めたようだ。顔は少し青ざめているが、それでも、余裕がある。
それに対して、俺は……ダメだ。落ち込むわ……。
「なんだ? ショックを受けているのか?」
「ああっ……何も感じなかったんだ」
「何も?」
俺は頭をポリポリとかきながら、自分の素直な気持ちを話してみた。
「そうだ。人を殺しても、罪悪感とか、恐怖とか、そういうの? よく分からないんだけど、その、なに? なんともないんだよね。それがショックっていうか……」
「……」
俺の反応は人としてどうなんだろうな? 何も感じないのは、ここがゲームの世界だと割り切っているからか?
確かに、今、俺は名前も知らないプレイヤーを殺したが、現実で死ぬわけではない。
相手にトラウマを植え付けたかもしれないが、殺し合いしているんだ。それぐらいの覚悟はしてほしい。
こんなハズではなかったなんて、言い訳にもならない。
ただ、手にこびりつく血の感触が……血の臭いが……頭にこびりついているんだよな。きっと、現実で殺したら、今と同じ光景を目にすると思う。
けど、現実でも、俺は人を殺しても何も感じないのではないかと思うと……変な話しだけど寂しいって思うんだ。
俺の家族はきっと、殺人を犯したら罪の意識に苛むと思う。泣き叫ぶかもしれない。
想いが共感できないのって、仲間はずれにされたような気がして、寂しいって感じるわけで……。
あははっ……きっと、俺の考えはズレている。周りの人間が聞いたら、そこじゃないだろうってツッコまれるな。
でも、これが本心なんだ。
「あははっ、何言ってるんだろうな、俺は。あ~あ、後先考えずに派手にやったらから血で汚れちまった。今度からはもっと、綺麗に勝たなきゃな」
「お前……」
「なら、綺麗にするか?」
うおっ!
いつの間にか、俺の背後をとったグリズリーが俺を左手一本で脇に抱えている。俺が背中を許すなんて、迂闊だった。
先ほどの戦いよりも冷や汗が出てくるが、グリズリーがとった行動は俺を更に真っ青にさせる。
「いくぞ! ど~~~~ん!」
「うわぁあああああああああ!」
グリズリーは俺を抱え、そのまま海に飛び込んだ。人間二人分にしては、かなり沈んだ。いや、びっくりするくらい沈んだ。
俺は海面に出て、大きく息を吸う。顔面から突っこんだから、泣きそうだ。マジで痛かった。
もちろん、現実の方がかなり痛いのだが。
「何ばするんと、ぬしゃ!」
「おおっ、そいがわいん素ん態度か? そっちん方が自然じゃな」
コイツ、何がおかしいんだ? 耳元で大笑いしやがって。
手が切断されてるんだぞ。傷口からばい菌が入ってもしらねえからな。
海面から見上げる空はどこまでも青く、澄んでいた。
排気ガスやPM2.5といった汚れがまったくない、美しい青空を見上げると、自分の悩みがちっぽけのように思えて、バカバカしくなる。
だから、俺も笑うことにした。
不思議だった。
まだ一時間もたっていないが、それでも、一年分のエネルギーを使い切ったような気がする。
あの退屈で生ぬるい生活は大好きだが、この世界には現実では味わえない興奮があった。
まるで、子供の頃、近所を冒険したときのようなドキドキが止まらない。
見るもの全てが新鮮で、この道の先に何があるのか? 楽しみで仕方なかったガキの頃を思い出す。
成長するにつれて、自分の行動範囲が広がり、自分の住んでいる狭い街をあっという間に探検し尽くし、退屈を覚えるようになった。
冷めていた心が、溶岩にぶちこまれたように瞬間沸騰している。
楽しい。
そう思えたのは、俺の隣にいるグリズリーのおかげかもな。まあ、口が裂けてもそんなことは言えないが。
おおい、聞こえているか、この世界! 俺はやってきたぞ! 俺はここにいる! ここにいるんだ!
そう、心の中で叫んだんだ。この素晴らしく残酷な世界に俺がいることを知って欲しくて叫ぶんだ。
俺はこの世界を現実と捉え始めていた。
俺がグリズリーを引っ張り、ようやく埠頭に戻ってこれた。
我ながら面倒見がいい。こんな巨体を、しかも濡れている状態で運んでやったのだ。感謝状の一つくらいもらってもバチは当たらないと思う。
「ううぅ……腕がかいちゅうか、ヒリヒリしてしみる……痛か……」
「だったら飛び込むなよな……」
「ったく、磯くせえヤツらだな」
助太刀に入ってくれた男は迷惑そうに海から這い上がったグリズリーと俺を見て、眉をひそめている。
グリズリーを陸にあげるとき、手伝ってもらったので、この人もいい人なのだろう。
「じゃあ、俺はいくぜ。おい、グリズリーさんよ。腕が治ったなら、俺と勝負してくれよな……」
「治る? 治るんか、これ?」
確かに、斬り落とされた腕をくっつけるなんて、大変なこと……でもないのか? ここはゲームだし。
まさか、腕がないままプレイしなきゃならないわけは……ないよな?
『クリサン、切り取られた体の一部は一日過ぎた後、再度ソウルインすれば復活します』
「マジで! よかったな、グリズリー! その腕、一日過ぎて、その後にソウルインすれば治るんだって!」
「……そうと……治っとな……」
グリズリーは右腕をさすりながら、ほっとした表情を浮かべている。
だよな、始まったばかりなのに、いきなり右腕がなくなるのは絶望的だし。
なぜか俺までほっとしてしまった。
「そこんアンタ、名前を聞いてんよかか?」
グリズリーは去って行く男に名前を尋ねてた。男は振り返り……。
「俺の名か? 俺の名前はライザー。この大会の優勝者になる男だ」
か、かけぇえ……言い切ったよ、この人。
けど、ビックマウスをするヤツほど、大会始まって一週間そこいらで死んじゃうんだよな……どこかの森で。
「……だが、この後、彼の姿を見た者は誰もいない……」
「変なナレーション入れてるんじゃねえぞ!」
流石、最強を名乗るだけあって、地獄耳だ。関係ないか。
さて、今度こそおいとまするとしよう。
街中でもPVPが可能なら、どこに身を潜めればいいのやら。いっそ、船でも買って、一人大航海時代でもやろうかな。
陸を出て、船の上なら襲ってこないだろ。襲ってこないよね?
「ねえ、アンタ達! ちょっと、いい?」
やれやれ……プレイヤーとのエンカウント率高くねえ? ポケモ○トレイナーかよ。お前らは。
俺はうんざりしながら、振り向くと……おおう……そこには文字通りの美少女がいた。
長くて真っ直ぐな黒髪に、綺麗に整った目鼻立ち、くるっと大きい黒目に細長いまつげが縁取り、薄桃色の唇をゆるめ、笑顔を浮かべていた。
俺はこの美少女との出会いを運命だと感じた。
ただ、美女や美少女に会う度に運命を感じているので、やはり俺の運命は安売りしている、みたいなどこぞやのラノベみたいな事を思いつつ、腰にあるダガーに手を添える。
いつでも、斬りつけることが出来るように警戒を高める。
「よしやんせ。彼女に殺気はあいもはん」
お前はどこぞやの格闘家か! いや、格闘家なんだよな、うん。
確かに襲ってくる気配はないが、女は笑顔で男を刺すからな……。(偏見)
美少女は結局、俺達を襲うことはなかった。だが、俺の感じた安い運命は的中していた。なぜなら、彼女が発した言葉は……。
「単刀直入に言うわ。私とチームを組まない?」
これが俺とグリズリーと彼女……コスモスとの出会いだった。そして、運命の歯車が回り始める。
破滅へと向かって。
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