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二十三章 宣戦布告
二十三話 宣戦布告 その五
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動画を見終わり、ジャックは重いため息をつく。
胸くそ悪い動画だった。何の希望もない、不快な悪意と絶望しか伝わってこない。
グリズリーは本当にこんな事を望んでいるのか?
ジャックは首を横に振る。
――違う……あんなのグリズリーじゃない。
「録画の準備が出来たけど……って何を見ていたんですか?」
「戸倉さん……」
録画の準備をしていた戸倉が戻ってきた。ジャックは戸倉にビックタワーの動画つについて話す。
戸倉はあからさまに顔をしかめた。
「本当に酷いですよね、あの動画。殺しを見世物にしている……許せない……」
戸倉はビックタワーの凶行に憤っているが、ジャックはそれ以上に戸倉達、アノア研究所に怒りを感じていた。
「……あの、戸倉さん。運営がNPCをシステムで保護しなかったから、あんな動画が出回るのでは? そもそも戸倉さん達はNPCをなんだと思っているんですか? プレイヤーのオモチャですか? それとも、世界観を出すための道具ですか?」
ジャックがとがめるように戸倉を睨みつける。
聞いておきたかった。
運営は何を思って、こんな仕様にしたのか?
前の大会はプレイヤーのみが純粋に腕を競った戦いだった。だが、今回は全く毛の色が違う。
NPCの命を弄ぶような作りに、ジャックは憤慨していた。そして、運営は何を考えて、この世界を作ったのか、問いただしたかった。
ジャックの真摯な怒りに、戸倉は……。
「……そうですね……そもそもNPCは……いえ、やめましょう。我々アノア研究所は期待しているのです。彼らを通して、あなた達プレイヤーが……個人的に私は……奇跡が起こることを願っているのです」
「奇跡を願う? それって……」
どういうことですか?
そう、ジャックは続けたかったが、戸倉はもう全てを話したと言わんばかりに話しを切り替え、録画について話し出した。
ジャックはこの『ソウル杯』がただのゲーム大会ではないと漠然と理解していた。
そして、とんでもないことに巻き込まれてしまったと思いつつも、今はグリズリー=ベアをどうにかすることに頭を切り替えた。
説明を受けた後、ジャックはソウルインするため、いつものようにSMTDに座り込む。
「今からソウルインしますと、最後にソウルアウトした場所ではなく、スタジオにソウルインします。そこにあなたをサポートする者がいますので、詳しいことは彼女に聞いてください」
「彼女?」
「では、ソウルインします」
戸倉はジャックの質問に答える前にジャックをソウルインさせた。
「ええっと……ここは?」
ジャックが目を開けると、そこはアレンバシルではなく、壁や地面が白い部屋にいた。広さはかなり広いとしかジャックには判断出来なかった。
全体が白なので、大きさが量りかねるのだ。
サポートしてくれる女性がいるとのことだったが……。
「ジャック、お待たせ~」
何もない空間から光の粒子が集まり、リリアンが現れた。リリアンはいつものノリでウインクしながら敬礼してくる。
ジャックはぽか~んと口を開けていた。
「り、リリアン? キミが僕のサポートをしてくれるの?」
「そうだよ~。ジャックのサポートは私しかいないっしょ!」
「確かにね……そんじゃあ、よろしく、リリアン!」
戸倉も粋なことをしてくれたものだとジャックは感謝していた。見知らぬ人やAIよりも、見慣れた相棒の方がやりやすい。
リリアンの背中にはリュックと肩紐のついた水筒を装備している。
この二点はジャックがエリンに頼んで作ってもらったものだ。
あのリュックにはクッキーが入っていて、お腹がすいたらリュックからクッキーを、水筒に水を飲食できるようになっていた。
リリアンは宙に舞い、両手を広げると、白い部屋があっという間に機材やパーテーションが現れ、鮮やかなスタジオが完成する。
流石はバーチャル空間だとジャックは感心していた。
「それじゃあ、ジャックはそのガラスの戸からスタジオの中に入って。私はこの調整室から指示するから」
「ラジャー」
ジャックはその場から動こうとしたが、その場に立ち止まってしまう。
「どうしたの、ジャック?」
「? いや、ちょっと違和感が……けど、大丈夫」
ジャックは自分の動きに違和感を覚えていた。
体の反応が若干遅いのだ。いつもは脳からの信号を即座に体に伝えて、現実と同じく動き回ることが出来るのだが、今は反応が少し鈍い。
いつもとは違うタイムラグが発生していた。
けれども、今は反応が鈍くても動けるので、ジャックはリリアンに指示された戸を開け、中に入った。
スタジオの中は密閉された空間で、ビデオカメラやビデオデッキ一体型カメラ、モニター、照明等、様々な機材が置いてあった。
ジャックは一体型カメラのレンズに顔を近づけ、中をのぞき込む。
「ジャック、聞こえる~?」
「聞こえるよ、リリアン!」
「大きな声を出さなくても聞こえるから大丈夫だよ~。床に印を出しておいたから、そこに立ってくれる?」
ジャックは床に視線を落とすと、赤いマークが床に現れた。ジャックはその位置に立つ。
「ジャックのタイミングで録画出来るから」
「うん……いつも、ありがとね、リリアン」
リリアンはニッカっと笑い、親指をたてた。ジャックも親指を立てる。
これから始めるスピーチは、今後のエンフォーサーとビックタワーとの対決に大きな影響を与える可能性が高い。
スピーチの内容はテツとムサシに相談し、三人で作り上げた。
皆の想いを背負い、ジャックはカメラに向かう。
グリズリーのあのスピーチを超える、インパクトがあって、視聴者の記憶に残る映像を配信できるのか?
「ジャック、緊張してない?」
「緊張? ありえないでしょ? 僕は雑誌の取材を受けたし、大勢の観客の前でボクシングしてるんだよ? 緊張なんてありえないし、逆に燃えるタイプだね、僕は」
「流石はジャック!」
ジャックはわくわくしていた。心臓はどきどきと高鳴り、高揚している。
久しぶりのメディアに、また世間に注目を浴びると思うと、いてもたってもいられない。
ジャックはリリアンにGOサインを出した。
胸くそ悪い動画だった。何の希望もない、不快な悪意と絶望しか伝わってこない。
グリズリーは本当にこんな事を望んでいるのか?
ジャックは首を横に振る。
――違う……あんなのグリズリーじゃない。
「録画の準備が出来たけど……って何を見ていたんですか?」
「戸倉さん……」
録画の準備をしていた戸倉が戻ってきた。ジャックは戸倉にビックタワーの動画つについて話す。
戸倉はあからさまに顔をしかめた。
「本当に酷いですよね、あの動画。殺しを見世物にしている……許せない……」
戸倉はビックタワーの凶行に憤っているが、ジャックはそれ以上に戸倉達、アノア研究所に怒りを感じていた。
「……あの、戸倉さん。運営がNPCをシステムで保護しなかったから、あんな動画が出回るのでは? そもそも戸倉さん達はNPCをなんだと思っているんですか? プレイヤーのオモチャですか? それとも、世界観を出すための道具ですか?」
ジャックがとがめるように戸倉を睨みつける。
聞いておきたかった。
運営は何を思って、こんな仕様にしたのか?
前の大会はプレイヤーのみが純粋に腕を競った戦いだった。だが、今回は全く毛の色が違う。
NPCの命を弄ぶような作りに、ジャックは憤慨していた。そして、運営は何を考えて、この世界を作ったのか、問いただしたかった。
ジャックの真摯な怒りに、戸倉は……。
「……そうですね……そもそもNPCは……いえ、やめましょう。我々アノア研究所は期待しているのです。彼らを通して、あなた達プレイヤーが……個人的に私は……奇跡が起こることを願っているのです」
「奇跡を願う? それって……」
どういうことですか?
そう、ジャックは続けたかったが、戸倉はもう全てを話したと言わんばかりに話しを切り替え、録画について話し出した。
ジャックはこの『ソウル杯』がただのゲーム大会ではないと漠然と理解していた。
そして、とんでもないことに巻き込まれてしまったと思いつつも、今はグリズリー=ベアをどうにかすることに頭を切り替えた。
説明を受けた後、ジャックはソウルインするため、いつものようにSMTDに座り込む。
「今からソウルインしますと、最後にソウルアウトした場所ではなく、スタジオにソウルインします。そこにあなたをサポートする者がいますので、詳しいことは彼女に聞いてください」
「彼女?」
「では、ソウルインします」
戸倉はジャックの質問に答える前にジャックをソウルインさせた。
「ええっと……ここは?」
ジャックが目を開けると、そこはアレンバシルではなく、壁や地面が白い部屋にいた。広さはかなり広いとしかジャックには判断出来なかった。
全体が白なので、大きさが量りかねるのだ。
サポートしてくれる女性がいるとのことだったが……。
「ジャック、お待たせ~」
何もない空間から光の粒子が集まり、リリアンが現れた。リリアンはいつものノリでウインクしながら敬礼してくる。
ジャックはぽか~んと口を開けていた。
「り、リリアン? キミが僕のサポートをしてくれるの?」
「そうだよ~。ジャックのサポートは私しかいないっしょ!」
「確かにね……そんじゃあ、よろしく、リリアン!」
戸倉も粋なことをしてくれたものだとジャックは感謝していた。見知らぬ人やAIよりも、見慣れた相棒の方がやりやすい。
リリアンの背中にはリュックと肩紐のついた水筒を装備している。
この二点はジャックがエリンに頼んで作ってもらったものだ。
あのリュックにはクッキーが入っていて、お腹がすいたらリュックからクッキーを、水筒に水を飲食できるようになっていた。
リリアンは宙に舞い、両手を広げると、白い部屋があっという間に機材やパーテーションが現れ、鮮やかなスタジオが完成する。
流石はバーチャル空間だとジャックは感心していた。
「それじゃあ、ジャックはそのガラスの戸からスタジオの中に入って。私はこの調整室から指示するから」
「ラジャー」
ジャックはその場から動こうとしたが、その場に立ち止まってしまう。
「どうしたの、ジャック?」
「? いや、ちょっと違和感が……けど、大丈夫」
ジャックは自分の動きに違和感を覚えていた。
体の反応が若干遅いのだ。いつもは脳からの信号を即座に体に伝えて、現実と同じく動き回ることが出来るのだが、今は反応が少し鈍い。
いつもとは違うタイムラグが発生していた。
けれども、今は反応が鈍くても動けるので、ジャックはリリアンに指示された戸を開け、中に入った。
スタジオの中は密閉された空間で、ビデオカメラやビデオデッキ一体型カメラ、モニター、照明等、様々な機材が置いてあった。
ジャックは一体型カメラのレンズに顔を近づけ、中をのぞき込む。
「ジャック、聞こえる~?」
「聞こえるよ、リリアン!」
「大きな声を出さなくても聞こえるから大丈夫だよ~。床に印を出しておいたから、そこに立ってくれる?」
ジャックは床に視線を落とすと、赤いマークが床に現れた。ジャックはその位置に立つ。
「ジャックのタイミングで録画出来るから」
「うん……いつも、ありがとね、リリアン」
リリアンはニッカっと笑い、親指をたてた。ジャックも親指を立てる。
これから始めるスピーチは、今後のエンフォーサーとビックタワーとの対決に大きな影響を与える可能性が高い。
スピーチの内容はテツとムサシに相談し、三人で作り上げた。
皆の想いを背負い、ジャックはカメラに向かう。
グリズリーのあのスピーチを超える、インパクトがあって、視聴者の記憶に残る映像を配信できるのか?
「ジャック、緊張してない?」
「緊張? ありえないでしょ? 僕は雑誌の取材を受けたし、大勢の観客の前でボクシングしてるんだよ? 緊張なんてありえないし、逆に燃えるタイプだね、僕は」
「流石はジャック!」
ジャックはわくわくしていた。心臓はどきどきと高鳴り、高揚している。
久しぶりのメディアに、また世間に注目を浴びると思うと、いてもたってもいられない。
ジャックはリリアンにGOサインを出した。
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