たいまぶ!

司条 圭

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第四章 森川厘 ~ローレライ討伐録~

第77話 呼び声

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「アアアァァァァアアア!!!」

「……行きます」

 お互いに跳躍し、真ん中でぶつかりあう。

 剣と剣が交錯し、再び鍔迫り合いとなる。
 獣のような呼吸をし、私を睨みつける森川先輩。
 そんな先輩の冷酷な眼を覗き込む。
 それだけでも恐怖に身を震わせてしまうような森川先輩に、私はゆっくり語りかけた。

「先輩…………先輩は言ってましたよね。弟さんの病気を、自分の力で治してあげるんだって。そう言ってましたよね。でも、悪魔になってしまったら、そんなことは出来ないですよ!」

「アァァァァ……」

 私の言葉は聞こえているのかどうか。
 ただ、わずかに反応はしているように思える。
 それに希望を託すように、私は声を掛け続ける。

「先輩、世界を変えるって言ってたじゃないですか。こんな馬鹿げた世界、変えてやるんだって」

 歯軋りのような音が聞こえる。
 髪に隠れて表情が見えないのが歯痒い。

「私も、そう思ったし、そう言える森川先輩はすごいと思いました。きっと森川先輩になら出来る。そうも思いました」

 全身が震えている。
 握る剣にも、その振動がハッキリと伝わっている。

 きっと、森川先輩も戦っているんだ。
 魔が蝕んでくる心と。

 それなら、ここで何とかするしかない。

 渾身の力を込めて、森川先輩に語りかける。

「あの言葉は嘘なんですか? 答えてください! 森川先輩っ!」

「アァァ……ァァァァァアアアアアッッ!!!」

 私から離れ、剣を落とし、両手で頭を掴み横に振り続けている。

 明らかに動揺している。
 確実に聞いてくれている。

 そして、戦ってくれている。
 森川先輩も、自分の中の悪魔と。

 それならば…………

 呼びかけていれば、きっと森川先輩も戻ってくれるかもしれない!

「森川先輩っ! 帰りましょう……私たちのところへ、そして弟さんのところへ!」

「オオオオァァァアァアアアアアァァアアア!!!!!」

 声にならない叫びをあげ、吶喊してくる。
 でも、それも今までのものと比べれば、とても弱々しいものだった。
 剣に入れる力も、さっきの5分の1にも満たない。

 剣の軌跡も読めているから、受け止めるのはたやすいことだった。

「厘さん……!」

「森川先輩……!」

「リンリン先輩……!」

 みんなの呼びかけに、なおも苦しい声を響かせる。

 でも、信じている。
 この苦しさの果てに、きっと森川先輩が元に戻るという未来を。
 私たちに出来ることは、こうして呼びかけることだけかもしれないけれど。
 たったそれだけだけど。

 きっと森川先輩は戻ってきてくれる。

 そう信じてる。





「へぇ。まだ悪魔になりたてだと、それなりに理性が働くんだね。それとも、厘ちゃんだからかな?」



 正に悪魔の囁きが響いた。
 真上にいる、ディアボロスの声が、私たちの声の中に混じる。

「仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっとだけ後押ししようかな?」

「邪魔はさせない!」

 剣を構え、ローレライ目指して跳躍する。
 だが、それはとても間に合わなかった。

「響け……カタストロフィー!」

 ローレライが歌い始めた途端、前回と同じように、身体に不調を来たしていく。
 あと少しで届いた剣も、自分の耳を塞ぐために両手を使わざるを得なくなり、落としてしまう。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 同時に、森川先輩の叫びが響き渡っていた。

 理性など吹っ飛んでいるようにしか思えない。
 獣と同じ叫び。
 森川先輩の、最後の理性が叫んでいるかのような、悲痛な叫び。

「やめ、ろ……」

 身体に染み込んでくる悪魔の歌。

 私は必死の抵抗をする。
 落ちている剣を何とか拾い上げ、それをローレライに投げつける。

 突き進む剣。
 歌っている間は周囲を気にすることが出来ないのか。
 ローレライは、何をするでもなく歌い続けている。

「……っ?!」

 剣は、見事ローレライを捉えた。

 直前に感づかれ、かすり傷程度になってしまったけれど、歌を止めることには成功した。
 どうやら、バリアも展開出来ないようだ。

「ちっ……やっぱり他のやつと違って結構動けるね、お姉ちゃん」

「やっぱりっていうことは、何か条件でもあるわけね」

「あら、聞きたい? それを聞くと、お姉ちゃんショックかなと思って、あえて言わないでおいたんだけど」

「今更どんなことを聞いても驚けない気がするわ」

「ふぅん……じゃあ教えてあげる」

 実際のところは、ショッキングなことだらけで、聞きたくも無かった。

 でも、今しなければならないことは、きっと時間稼ぎだ。
 あのお喋りな口を開かせることで、森川先輩が正気に戻る時間と、みんなが復帰するための時間を稼ぐ。
 そのくらいしか考え付かないでいた。

「カタストロフィーはね、カルマの汚れに応じて効力が変わってくるの。お姉ちゃんは、もう結構汚れちゃってるからね。だから、カタストロフィーを聞いても大丈夫なんだよ」

「えっ……」

 私のカルマが汚れている……?
 それはどういう意味なのだろうか。

「ふふ、悩んでるね。まあ、あとはお母さんにでも聞いてみるといいよ。あとは自ずと答えは出るはずだし」

 お母さんと言われて、思わずドキッとしてしまう。
 ローレライが言う人と、私が思い浮かべている人が同一人物であると思うと、気が気ではなかった。

「あ、あともう一つ。カタストロフィーは、悪魔たちの士気を鼓舞させる効果もあるから。今の厘ちゃんは、興奮してもう手がつけられないかもしれないね」

 そう言われて、森川先輩を見る。
 さっきまでの葛藤している様子が無くなっていた。

 私に殺意を剥き出しにし、衝動を抑えられないのか、剣をがむしゃらに振り回している。
 髪が前に垂れ、表情は見えないが、その両目に光る冷酷な視線は隠しきれていない。

「キィィィィィォォォォォオオオオオオオオ!!」

 咆哮。

 同時に私を目標に切り込んでくる。

 一瞬の油断。

 剣を出すのが僅かに遅れてしまう。
 このまま剣を出しても、力不足で弾き飛ばされる。
 間に合わなくとも出すしかない。
 反射的に剣を繰り出した。

 その瞬間。

 僅かな時間だけ、森川先輩の剣が止まった。
 そのおかげもあってか、何とか鍔迫り合いにまで持って行けた。

「…………せ、先輩?」

 最接近して、ようやく見ることが出来た森川先輩の表情。

 私は、面食らってしまう。

 頬を流れる涙。
 歯を思い切り食いしばり、眉間に皺を寄せる。

 こんな苦痛にまみれた表情は……

 今まで見たことが無かった。
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