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第10話 メリエス様、勘違いする

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「……あぁ、怖かった」


「お見事な演技でした、メリエス様」


門を通過して町に入ったメリエス様が小さな呟きに俺は称賛の言葉を贈ると、メリエス様はジト目で俺を睨んできた。


「お前なら私があんなことをせずともなんとでもできたのではないか?」


メリエス様は俺が可愛い妹キャラを演じるように指示したことを根に持っているようだった。

誰も損しないどころか種族を問わず全ての者が幸せになれる完璧な作戦だっただけに俺にはそれが理解できなかった。


「いいえ、あれ以外に方法はありませんでした。メリエス様も見たでしょう。あの男の目を。メリエス様の迫真の演技がなければ今頃我々は虜囚になり果てていたことでしょう」


まぁ多分妹でなくとも知り合いとか言えば適当に誤魔化せていた気もするが、アレが最善であった事は紛れもない事実なのである。

なぜなら俺の心は今こんなにも満たされているのだから。


(むふふ、可愛かったな。今後もあんな感じで接してくれると俺としては最高なのだが)


まぁとはいえ虜囚に成り果てるということはありえなかっただろう。

最悪の展開でも俺がメリエス様を抱えて逃げればいいのだから。

俺の手配書がベーンヘルクの町に配られる事にはなるだろうが、俺が本気を出せば四天王候補を勧誘するという目的だけに限れば問題なく行う事はできる。

だがそうなった場合、メリエス様を連れて歩くというのは困難になるためやはりこの道が正解だったのである。


(あくまで目的はメリエス様とのデートであって、四天王候補勧誘はついでだからな)


真なる目的を見失っては四天王筆頭として失格なのなのだから。

そんな俺の目的を知ってか知らずかメリエス様は思い出したようにビクッと体を震わせた。


「……まぁ確かにあの者の目は尋常ではなかったな。本気で狩られるかと思ったぞ」


恐らくは娘を持つ者としての迫力だったのだろうが、傍から見れば魔人と相対して決死の覚悟で戦いに挑む戦士のそれと大して変わらないように見えたので可愛い系魔王であるメリエス様が怯えてしまったのも無理はないだろう。


「というかいつまで手を繋いでおる。さっさと離さんか」


そう言ってメリエス様は俺と繋いでいた手を強引に振り払った。

少し残念に思いつつも、俺は先程まで手にあった感触を脳に刻み込んでおく。


「で、今更だがこのような町で一体どうやって候補とやらを見つけるのだ?」


メリエス様が聞きたいのはなぜ人間界の町に来たのかということだろう。

強大な力を持つ魔人を探すのなら魔界であって、人間界にはそもそも魔人はいない。——というのが恐らくメリエス様の主張だ。

だが、メリエス様は大きな思い違いを犯していた。

そもそも俺は一言も強大な魔人を四天王に迎えるなどとは言ってはいなかったのである。


「どうやってですか。まぁ普通に聞き込むのが良いでしょうね。あの者はあまり魔力が高くはないので自力で探すのは難しいですから」


「そういえば、剣士と言っておったな」


強大な魔人であれば魔力を頼りに魔力探知で探す事もできるが、魔力があまり高くないものだとそれもなかなか難しいものなのだ。

周りに人がいないのであればできなくもないが、このベーンヘルクはそれなりに栄えている町なので人もそれなりに多く、周囲の魔力に紛れるのでなおさらだ。

まぁ強大な魔人だったらだったで巧妙に魔力を抑える技術を持っているものも多いので一概には言えないのだが。


「それにしてもこのような所に隠れ住むとはなかなか変わった者のようだな」


「隠れ住んでなどおりませんが」


事実そうなので、俺はメリエス様にそう答えた。

むしろ、結構目立つ職業に就いていると言っていいはずだ。


「なに? そうなのか? まさかこの街を裏から支配しているとかそんな感じなのか?」


妄想力豊かなのは実に微笑ましいがまったくそんな事はない。

探せばそんな魔人もいるかもしれないが、少なくてもそのような事を行っている魔人を俺は知らない。


「どちらかというと町を守っている方ですかね。一般的に見れば」


「ふむふむ、なるほど。そう市民達に見せかけておるという訳じゃな。実に狡猾そうなやつじゃ。頼もしいではないか」


そんな魔人を自分の配下である四天王に加えれば百人力とメリエス様は期待に胸を膨らませているようである。


「狡猾というよりはどちらかというと素直な部類かと思いますが……。まぁとりあえず向かいましょうか?」


「ふふ、そうじゃな。早速向かうとしよう」


そうして、俺達は聞き込みを開始するべくわくわくに胸を膨らますメリエス様と共にある建物へと向かうのだった。
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