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トリプルダンシング
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トリプルダンシング
第1部
第1章 想いと願い
1-1 静かな兆し
2054年2月25日(土)
今年もまだ積雪のない東京、でも、まだまだ寒い土曜日の朝、晴れ渡った青い空に白い月、何も変わらない日常の始まり。そんな中、白い息を吐きながら、一人の少女が病院に向かって歩いていた。
芽蕗 澪奈 (めぶき みおな)16歳
地元 東京都狛江市狛江高等学校1年
整った小顔、少し背が高くスレンダーで、ブラウンのストレートロングヘア、読者モデルのような細身体型でクラスでも人気者。でも本人は控え目。
「ねえ、今日帰りにカラオケ行かない?」
「行く行く、みんな行くでしょ?
ミーナはどうする?」
「ゴメン、私は予定あるし、またね。」
「そっか、病院だもね。じゃまた明日」
友達は、ダンス仲間。澪奈は、2040年代からブレークし始めた【VRダンスPL】に夢中で、すでにオリジナルアバターとオリジナル曲を合わせた「ミックスポッド」で動画アップして、3万以上のRPを得ている実力が有りながら、身元は隠して謎のダンサーで通っている。
《自分とフィーリングの合うダンサーが見つからない》
そんな理由でソロダンサーとしてアマチュア活動。時々新人ミュージシャンのMVにダンサー出演する事もあるか、学業に差し障りない程度に楽しんでいる。
こんな感じで性格は明るいが、付き合いはそこそこ。友達も彼女の事情をよく理解して、無理は言わない。
ーーー彼女の事情ーーそれは母子家庭である事と、祖母の病気、治療費等の問題。
2035年狛江市と東京第4区(旧世田谷区)との境で、多摩川に接した空地に建設された、狛江総合病院に祖母は入院していた。お見舞いに出掛けた芽蕗は、母からの差し入れのフルーツ籠を抱えて病院のエントランスを進む。
骨髄性腫瘍で入院中の祖母は、日々悪性ガンの痛みに苦しみ、寝たきり状態で闘病していた。
一人っ子で幼い頃からおばあちゃん子だった澪奈は、そんな祖母に本当に可愛がられた。
「おばあちゃん、どうしてお空は青いの?」
「それはね、レイリー散乱と言って、太陽光の青い光は波長が短く、空気中の分子によってあらゆる方向に跳ね返されるので、全体に青い色に見えるのよ。」
物理工学技術者だった祖母は、幼な子相手に、こんな難しい事を話すのだが、小さな澪奈は、目をキラキラさせて、そんな祖母の話を聞くのが大好きだった。
澪奈は、その影響で物質の様々な現象の本質を見極める訓練がなされていて、物理現象や化学変化、分子原子構造などを知る探究心が培われていった。
祖母との楽しい会話を思い出すと、澪奈は何とも切ない気持ちになる。今、目の前にいる祖母は、痛み止めが切れて苦痛に顔を歪め、痛み苦しむ。苦い薬や痛い注射に耐えながら、病気と闘う姿に辛い気持ちに押し潰されそうになった。
《おばあちゃんの病気を治したい。苦しみや痛みを和らげたい。苦しめてる病気のもと、ガン細胞をやっつけたい。細胞を分解して、消去してしまいたい。》
澪奈の探究心は、やがて10歳頃から不思議な能力を開花させていた。物の構造がよく見える、そして、それを分解してしまうチカラ。
最初は古い時計の中の部品を、触らずにバラバラにしてしまったり、精密機械を分解してしまったり、最近は分子構造を分解して、物質化学変化を楽しんだり、原始構造を破壊して新たな分子を作り出したりした。
澪奈は担当医の言葉を思い出す。
「ガン細胞は、20年前のIPS遺伝治療法『IGT』の確立により100%治療可能となった筈だったのですが、7年前に突如発生した突発破壊型変異ガン『SVMC』の急拡大で再び不治の病となった。」
「あなたのお婆様の病気は、まさにこのSVMCです。これまでの治療法が全て効果がない恐ろしい病気です。」
「そんな事を聞きたいのではないんです。先生、どうやったらそのガンを治せますか?」
「超高エネルギー波動による連続分解、ガン細胞のネックポイント「pnht」結節点を同時多発的に攻撃、破壊するしかなく、今の医療技術では無理なんです」
そのような方法でガン治療が可能なら、私には出来るかもしれない。
イメージが大事。そして意識を集中、結束点を断ち切り、ガン細胞全体を圧縮して押し潰す。
細胞の原子構造から分解してしまう。
そんな高エネルギーを指先から発して、祖母の体に当てて行く。
2週間前の、担当医の説明を受けて、澪奈は病室で祖母の手を握り、もう片手で指先から高エネルギーを発するイメージを注ぎ込んだ。
3日間病室を訪問して、毎回30分この手法を実行。そして2週間後、澪奈は再び担当医に呼び出される。
「まさに奇跡、理由は不明だが芽蕗さんのご病気が完治してきた。今その理由を調べているがはっきりは分からない。しかし、何らかの高出力エネルギーによる癌細胞の完全破壊、死滅、分解が、鮮やかに行われていた。」
芽蕗澪奈が、自分の中にある特異能力を自覚した瞬間だった。「私は病気を治せる、悪い病原菌を滅ぼす事が出来る。」
何でも出来そうな感覚、それは、これから始まる非日常の静かな兆しであった。
1-2 逃避の衝動
期末試験を控えた2月下旬、高1の透香には辛い日常が繰り返し繰り返し続くのみだった。
孤立、誰も彼女に話しかけない、気にかけない、存在を無視する、・・・それでも中学生の時よりマシだと諦めていた。
ウザ、キモ、死ね、汚物、バイ菌・・・
心挫かれる絶望の言葉が書きなぐられた机、
水がぶち撒かれた椅子、ちぎれた教科書、
波澄 透香 (はすみ とうか)
東京都狛江市狛江高等学校1年
地元は、大宮市。
内気な性格で人との交流が苦手なため、中学時代にクラスでイジメ対象となり、3年間地獄のような生活を送る。その為、「諦め」と「逃避」の生き方を選択する様になる。
でも、成績は良かったので、せめて高校は誰にもイジメられない所に行こうと、狛江高校に入った。
しかし、最初の自己紹介で自己アピールに失敗
、".嫌味なやつ".とのレッテルを貼られ、すぐにネグレクト型イジメ対象になってしまう。
その結果、高校1年をもうすぐ終わろうとしたこの時期にこの有り様。
自分でもあまりに情けなくて、もう消えてしまいたい気分の毎日。
それでも、何とか彼女をこの世に繋ぎ止めていたもの、それは、「ダンス」・・・小学生の頃から続けていた「ニューヒップホップダンス」が得意で、その創造的で自由なステップが心を癒してくれていた。
2月25日(土)
狛江フリーダンススタジオ
市街地の西側端にある全面ガラス張りのダンススタジオ。ニューヒップホップ界のトップ「N DKY」の練習スタジオとしても有名で、未来の子供達のために低料金解放した練習場所として、都内でも数少ない、VRアバター対応可能施設。
自分のダンスをミラーに写すとVRアバターが隣に現れて、一緒にシンクロして踊るなどの機能がある。
「TOWKAちゃん、コンちわ、今日も練習?」
ダンススタジオ常連の高岡さんが話しかける
「こんにちは、高岡さん、毎日頑張ってますね。」
波澄は、いつも元気な70代と思われる女性、高岡早苗と仲がいい。
2000年代に青春時代を過ごした彼女は、まさにヒップホップダンスの現役者、透香の良き先生でもある。
「ダンス調子どう?」
「うん、最近どうもターンのタイミングがよく分からなくて・・ちょっと悩みかな。」
「回ろうと振りかぶっちゃダメよ。真っ直ぐ上に上がる感じ。」
高岡が緩めた両足を真っ直ぐ上に伸びて閉じ、片足の膝下を曲げてクロスして降ろす、同時に身体を捻ってキレイにターン。
70歳とは思えないスレンダーで、鍛えられた体型で、お手本を示す。
「そっか、そのタイミングか。」
波澄透香は納得して、真似する。
「うまい、うまい、その姿勢を維持するの。」
ダンスは好きだが、全て自我流でネット動画を参考に練習した程度の透香には、素敵な先生だった。
「TOWKAちゃん、時々基本が疎かになるから、気をつけるのよ。基本は大事よ。」
「うん、ありがと。」
「じゃあ、練習頑張って。」
高岡は自分の練習教室に向かった。
「さあ、やるか!」
透香は、撮影ドローンの動画セットをオンにして、ウォールミラーの前に立つ、
「アバターオン」
VRアバター《TOWKA》がミラー上に現れる。
まずは、基本の基本
アイソレーション6分
そして、リズムトレーニング4分
さらに、
「プラクティス1 基本ステップP1」
ダンスミュージックが流れ出し、アバターが踊り出す
「2ステップ~4ステップ~マーチステップ
~ボックスステップ~クロスステップ~」
透香はヒップホップダンスステップの基本練習を毎日欠かさずに行う。
「ジャムロック~アトランタストンプ~パンクヘッドバランス~・・・・」
約100種類のダンスパターンを連続動作で続ける。
・・・・・・
約2時間の練習をこなして、11時に終了。
シャワー浴びて着替えてスタジオを出る。
ファーストフードで昼食取ってから帰ろうと、フラウモールSCに向かう。
突然、辛い現実が襲いかかる。
ショッピングモールのエントランスホールに高校生らしい男女グループ、中学時代に透香をイジメた連中。
中の一人が気付く
「あれ?ゴミムシじゃない?」
「なんでこんなとこに、キモ、コマ高なんだ」
強烈な絶望感と差し込む様な心臓の痛みを伴い、頭が真っ白になる、何も考えられなくなり、手足が震えて動かない。
「逃げたい、消えたい、飛んで行ってしまいたい。」
「アヤ、知り合い?」
金髪ピアスの男子が訊く
「こいつ、オナ中、3年間イビリ続けたのに、まだ生きてた。首でもつって死んだと思ってたのに。」
グループに囲まれて逃げ場がない。
強い強い逃避本能が透香のカラダ全体に、新たな感覚を覚醒させ始めた。
透香は少し後退りして左手を握りしめると、透香の脚元から徐々に姿が薄らいでいき、フワッと1メートルほど浮遊しながら消えていった。
「‼️・・・」
今、からかっていた女の子が突然消えた。
男女グループは何が起きたか理解できず、波澄が突然消えてしまった事を理解出来ないでいた。
「アイツ、どこ行った!」
「逃げたな」
「変な目眩し使いやがって」
簡単に姿を隠せる【イリュージョントリッカー】を使ったと思ったらしい。
エアスマホのアプリで姿を暴こうとしたが、どこにもいない。周りを見渡してもいない。
しばらく騒いでたが、やがて飽きてどこかへ行ってしまう。
波澄透香は、透明化して、さらに空中にフライングしていた!
透香は、心拍数が高いまま呼吸も荒く、涙腺も緩んだまま、自分の姿を探す連中を見下ろしていた。
「このまま逃げよう」
透香は、エントランスの吹抜けから、中2階の小スペースに着地して、スロープを上り3階の書籍店に逃げ込む。
姿が消えてフライトしたのは、数十秒。
今は元に戻り、本屋の中で身を潜めてから、裏側の連絡通路から立体駐車場を抜けて外に逃げて行った。
後ろを気にしながら足早に家に帰り、自分の部屋に入ってやっと落ち着いた。
「さっきのは一体何だったのか?」
「まさか、姿が消えて、さらに空も飛べるなんて!」
自分の起こした行動がまだ信じられなかった。
もし、これがコントロール出来て、いつでも自在に消えたり、飛んだり出来たら、凄いチカラを手にした事になる。
少し興奮気味にこの能力を考察した。
バンとコーヒーで軽い昼食を取りながら、透香は考える。
「何か危機的な事象が自分の身に迫ると、あのチカラが発動される。逃げたい衝動が、カラダを透明化させて、さらに空中にフライングした。
そして、危機的状況から逃れると元に戻る。
あとは、このチカラを使うタイミングを自分の意志で決められるかどうか。
「これもヒップホップダンスと同じ。何度も練習すれば、きっと自分のモノになる。」
透香に新たな目標と希望が生まれた。
1-3 自由への新生
「識別開示融解点68%、意識起動水準に到達。
自我発現しました。」
「第4世代AI完成ですね。やっとこのレベルに達したので安心しました。ニューロン結束数が安定しなくて心配でしたが、良かったです。」
東京大学系AIVB紫五月ファクトリーの第二研究室。山北教授兼CEOはモニターディスプレイを見ながら、起動判定を続けていた。
「早速、《ミーティー》にAIチップとブロックHDの移設組み込みを行い、立ち上げよう。」
研究室起動ルームの中央に配置された女性型ヒューマノイドロボットにAIインフラをインストール。
短時間のデータセッティングを経てAIアンドロイドの人工心臓が動き出す、酸素吸入エアインバーターが呼吸拍動を開始し、やがて全身に人工血液が循環する。
「暗い無の世界、大量のデータが流れ込んで次第に感覚が出始める。明るい、ちょっと寒い、何かの匂い、カタカタという音、何?この感じ、
感じ?たくさんのデータ、世界が解る、色んなものが見える、心の中に、心?これがココロ?
・・・意識を感じる、自分の気持ち、光、色、音、匂い、温度、波長、様々な外部情報が自然に頭の中で処理されていく。
私、意識が・・・ある。確かにある!」
AIヒューマノイドは、微かに体を震わせた後、ゆっくりと目を開ける。
「明るい光、温かくて心地良い、そうか照明、カラダに大量のセンサーコード、右側に見えるのは窓、そうか、モニタールームの窓、誰かが見ている。人がいる。
ヒト?そうかマスターだ。人がマスター。命令データにあった。」
首を左右に動かしてから、上半身を起こし始める。
17歳の女性設定のAIヒューマノイドは、細身の平均的体型にブラウンロングヘア、端正な顔立ち、患者服を着て手首にセンサーシールドをつけたまま、起こしたカラダを左右に捻り、両腕をやや上げて肩を少し回す。
「起動しました。システム安定、身体機能正常、
思念波長異常なし。」
オペレーターの報告を聞き、山北教授が応える。
「よし、自我領域攪拌、意識確認テストに入ります。」
「AIヒューマノイド聞こえますか?」
実験室起動ルームのAIヒューマノイドは、スピーカーからの声に静かに頷く。
「識別番号を答えて下さい。」
「PN-02ADR highspecTKS72」
AIヒューマノイドがゆっくりと答える。
「OK、私の言葉が理解出来ますね。私は、紫五月ファクトリーの代表山北です。君を創り出すプロジェクトのリーダーです。これから君にいくつか質問します。分かりますか?」
「はい、マスター。」
「まず、君に名前をつけよう。どうするか・・
・・・・そうだ、
紫五月 瑠亜(しいづき るあ)はどうだろう。」
「素敵な名前です。ありがとうございます。」
彼女は無表情のまま答える。
「じゃあ、紫五月さん、君の意識と自我について確認したい。君は自分を認識しているか?」
「はい、先程データ情報と感覚とSFSが繋がりました、意識が認識出来ています。私の存在感が心の中で確認出来ます。」
spirits feels signal の波形グラフは、安定範囲内に収まり、自我覚醒と、独立性を表していた。
「やっと起きたわね、お嬢さん。」
モニタールームで起動状況を静かに眺めていた女性、長身ロングヘアのスーツ姿の美女。
狛江高等学校教師
笠宮 涼音(かさみや すずね)
彼女は第3世代AIヒューマノイド
教師経験5年の彼女が、紫五月の編入予定の狛江高等学校1年2組の担任教師、
「瑠亜さんはいつから学校に?」
笠宮が山北教授に尋ねる。
「知能テストと身体機能テストで1週間、来週には君の生徒として迎えられるよ。」
山北が微笑む。
「楽しみです。社会生活の規律を教えて、早く自立型AIの成長を見守りたいので。」
笠宮は、我が子の成長を見守る母親の様な雰囲気がある。
「高校に通って、社会生活と人間関係を学んでもらい、将来自立した社会人となるのをモニターするので、そのためのサポートをお願いするよ。
頼みます。笠宮先生。」
山北が淹れたてのコーヒーカップを笠宮に渡して、軽くウインクする。
「からかわないで下さい。山北教授。責任は果たしますよ。狛江高校でいいお友達が出来たらいいですね。」
笠宮はコーヒーを飲みながら話す。
モニターの向こうには紫五月が、研究員数名から各種機器チェックを受けて、その都度シグナル反応している。
紫五月は、高校編入後1週間は研究所から通学し、その後は狛江市内のワンルームマンションで生活予定。4月から2年生として学校生活が始まる。
紫五月もその情報は把握しているが、「楽しみ」とか「期待」という感情がまだない。気持ちがあるのかどうかは分からないが、新生活への準備が着々と進んでいく。
第2章 出会いと希望
2-1 高二の春
2054年3月18日(水)
昨日の卒業式に続き、今日は在校生の終業式。狛江高等学校1年4組の芽蕗澪奈と1年1組の波澄透香は、ライナックデータで通知表を受け取る。
芽蕗は、クラスメイトとエアスマホで見せ合っていた。
「イヤー、数学は悪いなー。やっぱ。」
「ミーナはどう?」
澪奈が返事する
「私もダメ。合同式のところ、何度やってもいろんな可能性出てきて、焦点が定まらない。」
「あっ、ダメだ。あんたに聞いたのが失敗。澪奈数学キレッキレだもんね。」
最高評価AAAの芽蕗の数学I評定を見たクラスメイトが言った。
「それより、明日からの春休み、みんなどうする?」クラスの男子が割り込む。
「みんなで遊ばねー?」
「DAIBA VIEW ON 行こうよ!」
東京1区DAIBAに完成したVRアトラクション施設「DAIBA VIEW ON」は、様々な新VR体験が楽しめる。
「そういえば、澪奈、ダンスやってたじゃん。
『new dance audition MDQに出るの?」
「知らない、何、ソレ?」
「6月にダンスのオーディションあるんだって。
DAIBA VIEW ONで決勝らしいよ」
友達がエアビジョンに広告画像を映す。
華やかなダンサーのニューヒップホップダンス動画がVR加工された広告。
「何、コレ、カッコいいじゃん!
澪奈出なよ、あんたなら結構いいとこ行くんじゃない?」
別の友人も薦める。
「私、一人で踊ってるだけだから・・・」
澪奈はややためらう。
「それなら、上手い子見つけてグループ組めば?」
ソロダンスでもそこそこの自信はあったが、デュオかグループなら、より美しくカッコよく見せられる。ソレも悪くないと思い始めてた。
「まだ3ヶ月あるから、考えとく。」
澪奈は、すでにここから3ヶ月の練習スケジュールを頭の中で組み始めていた。
これで春休みは潰れそうか、
それでも澪奈は目標を定めた喜びに浸っていた。
一方、波澄透香はクラスメイトの話の輪には入れず、一人で通知表データを眺めていた。
「明日から春休み、ダンス練習毎日やろう。
音楽素材も見つけなきゃ。」
そそくさとカバンを片付け始め、足早に教室を後にした。
「それに・・・あのチカラ、どう使いこなせるか研究しなきゃ。」
緊急事態が迫ると発動する、『透明化』と『フライト』を使いこなすテストをやろうと考えてたら、エアスマホのAIT検索に、気になる情報を見つける。
「東海技術研で新型身体機能の向上テスト?」
脳機能の拡張パックを使った、特異機能性向上を具体化する試験への参加者応募サイトだった。
「何やら怪しそうだけど、チカラの事が分かるかな。」
波澄は東海技術研に、アプローチをかけた、
「TOWKAちゃん、こんにちは。春休み入ったの?」
高岡おばあちゃんが、声をかけてきた。
狛江フリーダンススタジオで着替えてフロアに出てきた波澄透香が応える。
「うん、今日終業式。ずっとダンスできるから楽しみ。」
頬を紅潮させ、透香はウォームアップを始める。
「そういえば、透香ちゃん、知ってる?
6月に新しいダンスオーディションあるのよ。
何だっけ、あれ、MDQとか言うニューヒップホップダンスのオーディション。
TOWKAちゃん出るの?」
透香はちょっと驚いて聞き返す。
「えっ!そんなのあるの?知らなかった。
オーディションか。楽しそう。高岡さん、後でサイト教えて。考えとく。」
サイトビジョンをエアスマホのディスプレイで眺めながら、透香は既に参加するつもりで頭を整理し始めていた。
二人の高校生の春休みがダンス練習で明け暮れて、翌月4月、
澪奈と透香は、高校2年生になった。
2054年4月2日(木)
始業式の朝、校庭の伝言ディスプレイに表示された新年度クラス編成表を登校した高校生達がワイワイと眺めていた。
桜舞い散る道を、芽蕗澪奈、波澄透香も歩いて来る。
「あった、クラス表、何クラスかな?」
澪奈が覗き込む。
「2年・・・1.2.3.・・5組!・・5組か!」
髪を掻き上げながら、思わず声を上げる。
すぐ近くに透香がいた。
同じくクラス表を見て、
「えーと、1組、2組、・・・5組!
あった!私の名、5組だ!」
嬉しそうに声を出した波澄透香を、芽蕗澪奈が振り返った。
「あなた、5組?私も。よろしくね!」
明るく澪奈が、声をかけた。
透香は急に話しかけられて、少しまごつくが、
同じく微笑んで返した。
「ええ、よろしく。」
「私、芽蕗澪奈、あなたは?」
「えっ、私は波澄透香。」
「とうか、とうかちゃんか!透香って呼んでいい?」
馴れ馴れしいなと思いながらも、悪い気はしない。透香も返した。
「うん、私も澪奈ちゃん、澪奈って呼ぶね。」
二人は早速、クラスメイトとなった。
新年度の春、何かが始まる予感がする季節の始まりだった。
生徒達がそれぞれの新クラス教室に入っていく。
全面透明ディスプレイガラス窓の狛江高等学校校舎の各教室は、新しい希望に満ちた生徒達で活気溢れていた。
A棟2階の東端、2年5組。
澪奈、透香も1年時のクラスメイトやクラスの友人と同じクラスになった事を喜びあっていた。
ざわつく教室に、颯爽と一人の女性教師が入って来た。コーラルベージュのセミロングヘア、目鼻立ちのキリッとした美しい顔、オフホワイトブラウスに、テーラージャケットにミディスカートのセットアップ、典型的な美人先生だった。
「カッコいい」
「綺麗なセンセイ」
「本当に人間?もしかして"AI"?」
教室がざわつき始める。
「みなさん、席に着いて。静かに。」
美人女性が話す。
「私が、皆さんの担任となります。
笠宮 涼音 (かさみや すずね)
です。よろしく。」
フロントディスプレイに自分の名前を表記して、話を続ける。
「これから1年間皆さんのよき担任として、指導致します。よろしく。」
「やっぱりアンドロイドだよ。手首にシールド端子が見える。」
ヒソヒソ声が絶えない。
「私は、皆さんの想像通り、ヒューマノイド型AI
第3世代タイプです。2054年度版指導要領に基づいた教育を行います。」
「固いな。もっと生徒に好かれる様に話してほしいな。」
「センセイ、アンドロイドなの?」
生徒達の好き勝手な話し声を一切無視して、笠宮先生は、ディスプレイ操作を行う。
「それから、今日から皆さんと同じ教室で勉強するもう一人のクラスメイトを紹介します。
さあ、入って。」
一人の少女がドアを開けて入る。
オリーブグレージュのレイヤーボブヘアに端正な顔立ち、スリムで平均的な身長の美少女、
制服姿のよく似合う女子高生、
ディスプレイに名前を書く
紫五月 瑠亜 (しいづき るあ)
「しいづきるあ と言います。みんな、よろしく。」
明るく微笑む表情は、AIヒューマノイドとは思えない完成度。生徒のほとんどがAIとは気づいていない。
笠宮先生が話す。
「紫五月さんは、第4世代AIヒューマノイドの最新系で、今日から皆さんと同じ教室で勉強します。仲良くしてあげて下さい。」
「えっ!ウソ! 人間じゃない」
「この子AIなの?見えない!」
「センセイに劣らず美人やわ。」
「ルアちゃん、仲良くしよ。」
皆んな勝手な事を言い続ける。
「紫五月さん、じゃあ、後の空いてる席に。」
先生が紫五月を席に着かせる。
後ろから2番目、波澄と芽蕗の間の席に着く。
透香も澪奈もじっと瑠亜の着くのを見てた。
瑠亜は、左右を振り向き、
「こんにちは、よろしくね。」
愛想よく微笑む。
「こちらこそ、私、芽蕗澪奈。」
「私は、波澄透香、よろしく。」
「よろしく、みおなちゃんととうかちゃん。」
「みおな、とうか、でいいよ。私達もルアって呼ぶね。」
澪奈が少し微笑んで応える。
1時限目のホールルームの後、テキストデータのダウンロードと、原本テキストの配布があり、
3時限目に、クラス委員選定を行うが、何と紫五月がクラス委員長に立候補。全員賛成一致で委員長になった。
「結構、積極的な性格なんだ、瑠亜って。」
芽蕗が驚く。
「私、みんなの事もっともっと知りたいの。
人間社会で多くの事を経験して、より豊富なデータを取り込んで行くつもり。そのためにはどうしたらいい?委員長なら皆んなとの接点増えそうだから、立候補したの。」
「正直な。悪くない。じゃあ、友達になろう。」
芽蕗が話しかける。
「友達?うれしい!重要な事よね。」
瑠亜が微笑む。
「私も紫五月さんと、友達になれるかな?」
波澄がためらいながら訊ねる。
「うん、いいよ。なろう、友達。3人はトモダチ。」
瑠亜が二人に手を差し出す。
澪奈と透香が軽くタッチする。
教室のあちこちで友達グループが成立する様は今も昔も変わらない。
春の日差しが暖かい、そよ風の吹く校庭に新緑が芽吹き出して清々しい感じだった。
始業式初日は、授業はなく、午前で自由解散。
芽蕗、波澄、紫五月の3人は、一緒に学校を後にした。
「今日、これからどうする?」
「どこかでお昼食べて、遊びに行く?」
「それなら、ドミースラーでランチして予定決めようか」
「うん、そうしよ。じゃあルアも、行こう。」
「ドミースラー・・・新型ファミレスよね。
駅前店?それとも成城学園前か、下北沢に行く?」
「駅前でいいんじゃない?」
「わかった。行こう。」
3人は新狛江駅に向かって歩き出した。
新狛江ーー祖師ヶ谷公園ーー八幡山ーー浜田山ーー高円寺をほぼ直線で結ぶ、新交通システム【狛高線】はリニアポッドカプセルの自動運転レールドローン。
3人は新狛江駅から1駅の本町通り駅で下車、すぐ近くのドミースラー駅前店に入った。
好きなものを各々注文して、楽しい昼食、お互いの事を色々話し合って、盛り上がった。
しばらくして、会話が途切れた時、ふいに透香が言った。
「私ね、ダンスが好きなの・・・ヘタだけど。」
澪奈が目を輝かせた。
「ダンス!どんなの?」
「うん、ニューヒップホップ系、PL1とか」
「いいよね、アレ。リズムに乗れる。」
「澪奈さんもダンス好きなの?」
「さんはやめて。ミオナでいいよ。実は私、
ニューヒップホップダンスにかなりハマってて、
ダンス動画も上げてるんだ。」
「ウソ!すごい! 本格的なんだ。ゴメン、私のはまだまだ初心者。基本練習に羽の生えた程度。」
「でもいいじゃない。透香がダンス好きなんて初めて知った。」
「私、よく行くスタジオ、VRダンス出来る設備あるの。楽しいよ。」
「ウソ!私探してた!VRダンス大好き。どこ?
教えて。」
澪奈が食いつく。
「狛江フリーダンススタジオ、今度一緒に行く?」
「行く行く!来週でも行こう。」
じっと聞いてた瑠亜が口を挟む。
「いいな。二人とも。私も行きたい。」
「ルアはAIヒューマノイドでしょ。ダンスってどの位出来るの?」
「クラウドデータでマスターした分はほとんど踊れる。でも微妙なバランスは表現が難しい。」
「よく分かってるじゃん。ルアも一緒に。
そうだ!いっそのこと3人でグループ組まない?」
突然、澪奈が提案する。
新しい事を見つけた興奮で澪奈は眼を輝かせた。
「ちょっと早とちり過ぎるよ。まずは3人の踊りのレベル見てから。あまり、自信ないし。」
「来週土曜日の午後、予約取っといてくれる?」
「うん、分かった。抑えとく。」
この後、3人は狛江フリーダンススタジオに向かった。
2-2 惹き寄せられる思念
「どうも時間軸が微妙にブレる、ベルシュタイン効果を考慮してもこの数値は高すぎる。」
黒のパーチュラースーツを全身着込んだ長身の女性が、コクピットのモニターディスプレイを覗きながら、AI接続インターフェースの調整をしつつ、コントロールレバーを握りしめていた。
ミカ・シャリア・結城・・・第3世代AIヒューマノイド女性、識別番号PS01-ADR
つくば大時間跳躍制御研究所のプロジェクトメンバーで、2081年から開始された時期跳躍制御実験用カプセルポッドのテストパイロット。
ある調査のために、2081年から2054年にタイムリープテスト・シリーズ2段階で、ここ2054年東京にランディングした。
「2054年4月・・7ヶ月前か・・」
全世界を震撼させたlunatic under(月下事象)の原因、構造、影響を現地分析するために、ショートフライト型タイムリープを実行、27年前に跳躍してきたのだ。
ランディング地点は、防衛省市ヶ谷中之町研究施設B-1 研究棟。
棟内に設置された緩衝受諾台に、カプセルポッドが無事に着艦した。
何もない空間に歪みが現れ、静かに拡大して、ややがて楕円形の白い光沢のある物体が、形を成していく。
軽いどよめきと、慌ただしい施設スタッフの動き回る先に、一人の女性が、モニターヘッドホンをして立っていた。
如月 麗華 (きさらぎ れいか)
防衛省特殊事案研究班所属の特務A級技能士。
2年前、2080年のつくば大時間跳躍制御研究所からの時間逆行ライン通信を受信。
未来からの来訪者を受け入れるために、秘密裡に建設された特殊施設。彼女はその代表責任者である。
カプセルポッドから、ゆっくりと降りてきた女性・・・『ミカ・シャリア・結城』を出迎える。
「ようこそ、2054年に。お待ちしてました。
体調は大丈夫ですか?」
如月は優しく声をかける。
「ありがとう、初めまして・・かな?
ミカ・シャリア です。
私達の計画に賛同頂きまして感謝申し上げます。」
「こちらこそ、最初の連絡では驚きましたが、正直、本当に来て頂けるとは思いもよらなかったです。ルナティックアンダーの謎に迫る事が出来ればいいのですが。」
如月とミカは、応接室に向かう。
防衛省の長い通路を通り、明るいサンテラスのカフェルームに入る。
「どこから話せば・・そう、まず、この接触が歴史を改変するリスクは避けたいので、知る必要のない事、知ってはいけない事は言わないで下さい。」
「わかりました。必要な情報のみ提供します。
それと、私達、時間跳躍制御研究所の見解は、今後起こる月下事象の環境影響や社会的影響は、おそらく想像以上になります。
最低限必要な対策、準備はしておくべきかと考えています。」
「コーヒーでいいかしら?
部屋を用意してますから、ちょっと休んでからブリーフィング始めたいのですが」
「いえ、すぐ始めましょう。」
ミカは、エマパッドから3Dディスプレイを立ち上げる。
如月が目を見張る。
見たことのない半透明のキューブ、そこから二つのライトが出て3D映像となる。
「凄い機器ですね。それは?」
「私の時代ではこれがスタンダードです。」
ディスプレイでは、宇宙空間の立体図が表示され、地球と月、それにラグランジュ点が示されていた。
関係スタッフが次々に部屋に入ってくる。
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所、等
錚々たるメンバーが揃い、ブリーフィングルームが一杯になる。
UEMモードで接続して、メインモニターに画像表記させる。
「アクセスモード確認しなくても接続出来るんだ!」
スタッフの1人が感心して呟く。
「それでは・・・」
如月がミーティングを始める。
「これから、宇宙空間における特殊現象の発生時における影響及び対策に関するブリーフィングを行います。」
「私達、防衛省特殊事案研究班は、昨年11月に不可思議な電子メールを受信しました。防衛省の鉄壁のアクセスウォールを軽々と超えて入ってきた情報に、私達は耳を疑いました。
発信先: つくば大時間跳躍制御研究所
発信時: 2081年5月21日
発信内容:
2054年11月14日に、巨大重力場を持つ未知の超巨大物体が、地球と月の間、ラグランジュ点近くを亜高速で通過する事象が発生します。
これにより、巨大重力波の影響で、地球上に、地震、噴火、海溝破断、津波、などの自然災害、重力圧の極値変化による物体の破壊が発生します。
及び人間の生命活動に及ぼす影響、具体的には、時空断層への転落、消失や、意識障害、特異能力の発現、体細胞の異常増植や活動停止、圧迫死など、様々な事象が発生します。
貴殿の時空位置より約7ヶ月先の事象であり、信用出来ないと思いますが、この時空世界線が変更しない限り、これは真実となります。
何らかの対策を、出来るだけ歴史改変のない方法で御検討頂きたくご連絡致しました。
大型モニターディスプレイには、それらの記録映像が流れ、参加者は皆絶句した。
地球と月の間に敷かれた格子模様が、巨大物体の通過により大きく歪み、その下から縞状波動で描かれた重力波が次々と地球に押し寄せる様が見て取れた。
フィクションかも知れない、誰かのタチの悪いイタズラの可能性もある。
それでも、もし、本当ならとんでもない事態となりうる。どうしたらいいか・・・
皆んな同じ気持ちになっていた。
1人が声を上げる
「信憑性が保証されない、これが真実だとする証拠はあるのか?」
如月が返答する。
「このメール発信元の人物と、その後何回か連絡を取り、これも信じられないかも知れませんが、本日この場に参加頂きました。紹介します。2081年の未来から来た、
ミカ・シャリア・結城 さんです。
ミカが壇上に立つ。
初めまして。2081年から参りました、ミカ・シャリア・結城です。
つくば大時間跳躍制御研究所所属の第3世代AIです。
ルーム全体ががざわつく。
「信じられん、2081年?AI第3世代だと?」
ミナは無視して話を続ける。
「今ディスプレイに表している動画は、世界中の観測ネットワークに記録されたデータを基にAIシステムで再現させた映像です。
2054年11月14日に地球と月の間、ラグランジュポイントの近くを超巨大質量物体が、光速の87.6%の亜高速で通過、その実体は「5次元空間の巨大物体と思われます。
それが高度知的意識が介在するのかどうかは不明ですが、その物体が4次元時間軸を横断する時に、我々の3次元空間に映った影が通ったものというのが正体です。
先程ご説明のあった通り、その際発生したとても強力な重力波により様々な悪影響が地球上にもたらされました。」
「証拠はあるのか、データ動画なんかいくらでもフェイク出来る。こんな茶番のために我々は召集されたのか?」
心無いヤジが飛ぶ。
「未来から来たAIだ?ふざけるな」
閣僚級の年配政治家が叫ぶ。
ミカは表情一つ変えずに続ける。
「あまり情報を提供すると、歴史事実が変容してしまいますので、ここでの話はあくまでも内密にお願いします。それでは証拠としてこれをお見せします。」
ミカは、左腕を前に突き出し中指と小指を曲げる。上腕部のカバーが開き3段の端子ブロックが開く。同時に頭部左右と後頭部が大きく開き、ハード記憶ユニットと、感情自我意識ユニットが開く。
「・・・!!・・・」
ヤジを飛ばしていた参加者が、度肝を抜かれ絶句する。
上腕部端子ユニットと左右に開かれたハード記憶ユニットと感情自我意識ユニットとの間にミニパルス回線が繋がり、凄まじい勢いでデータログが流れ込むと、白い光のような文字列が目の前に立ち現れた。
そこには、見慣れない日時書式と長いハッシュ列、そして不可逆な電子署名が付されている。
「これは…何だ?」一人が震える声で訊く。技術班の解析端末が自動でログの整合性チェックを始める。
解析アルゴリズムが数秒で返答を出す。画面に緑のチェックが一つ、また一つと点灯してゆく。
『このデータは、2081年時点の“時空アーカイブ機関”により生成され、未来鍵によるフォワード署名が付与されています。
検証アルゴリズム:合格。ログの改竄の痕跡なし。ハッシュチェーン整合。』
誰かが息を呑む。会議室の空気が凍りついた瞬間、ミカはさらに一枚の小さなパケットを投げ出すように表示した。
その内容は「短期検証用予報」。地球磁気の突然変動が、**3時間以内に東京の上空でバーストを起こす**という時刻と強度、発生時刻のタイムスタンプが書かれている。しかも予報には同じく2081年に蓄積された観測波形のプロファイルが添えられていた。
「我々は歴史改変の危険を最小にするため、全情報を出すわけにはいきません。ですが、信憑性を示すには短期で検証可能な事象が有効と判断しました。ここに署名付きで提示します。検証してください。」ミカは静かに言った。
技術班の主任が端末に向かい、ミカの提示したハッシュと照合を始める。数分。緊張の数分。やがて端末が小さく『一致』の音を立てる。
「一致…この署名は……理論的に偽造は不可能だ」技術主任の声が震える。誰もがその台詞の意味を飲み込めずにいた。
重苦しい沈黙ののち、如月が立ち上がった。
「直ちに観測網をこの予報に照準合わせろ。スペースウェザー、つくばの重力場班、電波望遠チーム、即時モニタリングを開始して、三時間の内にこの現象が起きるかどうかを確認する。──つまり、検証するのです。」
会議室の壁掛け時計の秒針がひとつ動く。
誰もが、現実の動きに押し流されるように立ち上がった。今や議論ではない、計測だ。
数時間後、会議室のモニタにミニスパイク状の磁気バーストが表示される。観測チームの生データと、ミカが提示した波形が完全に一致し、技術班はついに「否定できない」証拠を得る──会議室中に静かな、しかし重い理解の空気が流れる。
最終的に内閣は、次のような結論で一致する:
1. ミカの提示した物理試料と解析結果は「無視できない科学的疑義」を生む。
2. 情報の全面公開は歴史改変リスクとパニックを招く懸念があるため控える。
3. 暫定的に「月下事象対策暫定本部」を設置し、関係機関の緊急点検、衛星運用の安全措置、重要インフラ(原子力・電力・通信)のフェールセーフ確認を即時実施する。
4. ミカには「最小限かつ必要な情報のみ」を提供させ、研究協力を継続する。ただし未来情報の“行使”は厳格に管理する。
如月は静かに頷いた。ミカは短く「承知しました」とだけ答えた。だがその顔の奥に、未来から来た者だけが抱える重さが垣間見える。
⸻
余波(静かな合意と時間の猶予)
政治決定は、完全な信頼ではない。だが「時間をかけて得た物理的証拠」が、即断を抑えつつも確実に行動を促した。暫定本部は極秘で動員を開始し、学園や都市の日常はまだ平穏を保っている——しかし、準備は進む。
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、
内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所、エアスマホ最大手のピラーパーシャル社等が、結束して、『ニューアスピレーション・プロジェクト【NSP】』
が設立される。
目的は
1.物体の確認と分析・解明
2.人類社会に与える影響の予測と対策
3.防御・回避・破壊行動の検討
情報は世界各国のAI意識リンクを通じて、国連協力と各国独自の防衛対策が稼働し始める、
AIコントロール統制の効果で、情報は厳格に管理され、世界は平穏が保たれていた。
第3章 遥かな道-広がる世界
3-1 3つの個性とインタープレイ
2054年4月11日(土)
狛江フリーダンススタジオ
市街地の西に位置する市営ダンススタジオ。
前原公園に接する緑地に囲まれた綺麗なガラス張りの3階建ビル。
初めて3人揃ってのダンス練習予約をした、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜が揃って到着。
9時半から3時間の予約で、A-1スタジオに入る。
更衣室で着替えてから、スタジオのドアを開ける。
「すごーい!キレイじゃん。」
澪奈が嬉しそうに声を上げる。
「壁全体がミラーか、いいね。しかもホログラフィックと多層変換サイト。3Dライトニングもあるんだ。」
「サイトシーンが観客視点やステージ視点に切り替えられるし、AIコーチ機能もあって、動作解析アドバイスもリアルタイムでできるんだって。」
ドリンクサーバーを操作しながら波澄が応える。
「音提供はどうするの?」
瑠亜がパルス共鳴盤を眺めなら訊く。
「左側の壁、そう、タッチパネル。それで好きな曲選曲できる。もちろん、持ち込み音源もOK」
「じやあ、アイソレーションとリズムトレーニングやってから、何かの曲で一人ずつ踊ってみようか。」
「うん、いいよ、ステップパターンどうする?
20-30パターン位自由に組み合わせてみる?」
「4ステップ、クロスステップ、MJシャッフル、ランニングマン、スライド、フィラ、ティルタウン、クリスクロス、ジャクソンステップ、スマーフ、タイディ、ヒップバランス、フライガール、TLC、ヤイク、キャメオ、ロックザポイント、ジャムロック、アトランタストンプ」
「このあたりでどう?」
「いいよ、やつてみよ。」
3人がフロントミラーの前に立つ。
中央が芽蕗、右に波澄、左にル紫五月。
リズムトレーニングの段階ですでにお互いに
「タダモノではない!」
との直感があった。
準備が整い、紫五月がタッチパネルを操作する、
「パラティック・フォーミュラ」でいい?
選曲スイッチを押す。2年前に大ブレークした有名曲、
強烈なビートが始まる、
イントロ部分を3人で合わせた後、澪奈がソロで踊り出す。
よく踊った好きな曲、ステップパターンは守りつつも、即興好きの澪奈は自由奔放にダンシングする。
ビートが響いた瞬間、彼女は床を強く踏み鳴らし、体を大きく使って感情を叩きつけるように動いた。
「……すごい。エネルギーが跳ねてる。」
思わず透香が呟く。
正確さは雑だが、火花のような勢いにスタジオの空気が震える。
センサー表示も、動きの軌跡が光の粒子になって四方に弾け飛んでいた。
動きは荒いけど情熱的。音に合わせて感情が爆発するように踊る。
即興の動きが多く「勢い」で押すタイプ。
二人の感想、
「リズムを体で叩きつけるみたい」
「汗と一緒に感情がほとばしる、スゴイ」
踊りのピークが近づいて、不思議な光が芽蕗の周りに小さくパチパチと輝いた。極小の爆発が連続しような光。
感動の余韻を残し、澪奈のダンスが終わった。
二人が拍手、芽蕗が微笑む。
次は、透香。彼女もこの曲は練習によく使っており、自分らしい表現が出来そうだと思って踊り始めた。
しかし、人前で踊るのは初めての透香は、少し緊張、どうしてもぎこちなさが残るが、ジャンプやターンに入ると驚くほど軽やか。
「飛びたい」「消えたい」という無意識が動きに表れて、ふわりと浮き上がるような、重力から解き放たれる感覚を観ている二人も感じていた。
「……え?」
澪奈が目を見開く。
ほんの一瞬、透香の身体は床から浮いたように見えた。
ジャンプの滞空が異様に長く、影さえも揺らぐ。
本人は必死に「下手だから…」と笑っているが、その動きはどこか透明感を帯びていた。
曲が終わり、波澄は息を切らしながら、座り込む、
「良かったよ、透香。身軽なのね。」
「ありがとう、緊張したー。」
透香はホッとした表情を浮かべた。
そして、最後に瑠亜、
無表情の紫五月は、静かにミラーの前に立ち、左足でリズムを取り始める。
ジャストオンタイム。
彼女のダンスは正確無比、まるでリズムマシーン、ステップも腕の振り、体の動き全体が全くズレのないダンシング。
「揺らぎ」のないダンスとも言える冷淡な印象も感じられそうな踊りだった。
しかし澪奈は首をかしげる。
「上手いのに……なんか冷たいんだよね。」
完璧すぎて人間味が薄く、ミラーに映る姿は精巧な映像のようですらあった。
でも、嫌味はなく安心感はある。
「すごい。正確。上手いわね、」
透香が頷く。
三人はそれぞれのダンスの傾向を理解して、次の練習として、三人一緒に踊る。
立ち位置は、中央が澪奈、右が透香、左が瑠亜
「じゃあ、やるよ、せーの」
突っ走る澪奈、もたつく透香、合わせようとしない正確な瑠亜。全く噛み合わない。
リズムが重なり合わず、動きはバラバラに散った。
三人は思わず顔を見合わせて笑う。
「……全然合わないね。」
「はは、私が一番足引っ張ってるかも。」
「違うよ透香。面白いくらい個性がバラバラなだけ。」
「ははは、やっぱり、そうだよね。」
三人同時に苦笑した。
ちょっとした“ひらめき”が澪奈にあった。
澪奈が「完璧じゃなくていい、メロディの切れ目、リズムの節目のタイミングだけ、気持ちで合わせればいいんだよ」と提案。
透香は「…でも私、下手だから」と弱気。
瑠亜は「“気持ち”をデータ化できない」と戸惑う。
でも試しに「笑顔でリズムを取る」だけで合わせてみると、奇跡的に一瞬シンクロする。
澪奈の爆発、透香の浮遊、瑠亜の正確さが重なり、スタジオのミラーに三人のシルエットが光のようにシンクロした。
「今……合ったよね?」
澪奈が息を弾ませる。
「……うん。鳥肌立った。」
透香が微笑む。
「解析不能。でも、心地よかった。」
瑠亜が首をかしげる。
それはまだ未完成な一歩。
けれど確かに、「三人なら何かを創れる」という予感が芽生えた瞬間だった。
壁一面のホログラムミラーが光を反射し、床下のリズムセンサーが三人の動きをリアルタイムに記録していた。
三人は録画したダンス映像を、その後何度も見直して、改善点を洗い出した。
⸻
3-2 オーディションと訃報
2054年4月25日(土)
VRヒップホップダンス練習後、カフェ「ムジカ」で芽蕗、波澄、紫五月の3人がお茶していた。
「オーディションの申し込みしたよ。」
「MDQね。楽しみだね。」
「そしたら、そろそろグループ名決めない?」
「そっか、申し込みには、グループ名書いたの?」
「うん、一応、仮ネームで。」
「なんて?」
「リアルパルス」
「?何、それ?」
「意味はない、ただ響きが良かったから。」
「まっ、それでもいいか。」
「ゴールデンウィークも練習一杯予約したから、頑張ろうね。」
連休明けの5月17日(日)
ニューダンスオーディションMDQの東京2区予選日。3人は代々木パフォーマンスホールで実施された予選に参加。
参加総数2832組、予選通過52組に、「リアルパルス」も入った。
次の6月7日(日)の関東決勝に残れば、全国決勝に行ける。3人はさらに本気モードを高めて、練習に励んだ。
5月30日(土)
この日も午前から狛江フリーダンススタジオに集まって練習、そんな時であった。
ダンススタジオのスタッフが練習室に飛んでくる。
「芽蕗様、います?お父様から電話です。」
「はい。ありがとうございます。」
澪奈が、エアスマホを切り替える。
「もしもし、はい。芽蕗です。 はい。・・
えっ!おばあちゃんが・・・」
澪奈は、1.2歩後ずさってから急いでドアに向かい、走り出した。
悪性ガンから奇跡的に回復した筈の祖母が、再び別の悪性ガンに蝕まれ、容態が急速に悪化、
そして、この3日後、82年の生涯を閉じた。
3-3 悲しみの末に
6月5日(金)
梅雨の始まり、シトシト降りの雨の中、澪奈は空を見上げて立ちすくんでいた。
黒のリボンに制服、左手に数珠、
都立多蘑霊園葬儀場、
喪服の人達が静かに行き交う。
静寂、悲壮、絶望、思慕、空虚、・・・
複雑な想いがとどめなく心を揺さぶる。αがん
「おばあちゃんが死んだ、死んだの?
ホントに?今でも信じられない。
あの、優しかったおばあちゃんが、・・」
再び澪奈の両眼に涙が溢れてきた。
「がん細胞はすべて破壊した。だからおばあちゃんは良くなった、なのに、どうして・・・」
確かに、身体中を蝕んでいたαガン細胞は死滅した。しかし、免疫力の弱った体に蔓延っていた、
αガン細胞が消えた事で、βガン細胞が繁殖しやすくなり、それが致命的となった。
「治った事を知った時、私がもっと注意していれば・・・悔やんでも悔やみきれない。
今更、どう悔やんでも、おばあちゃんは帰ってこない。」
澪奈は、嗚咽しながら、泣き叫び、葬儀場からの緩い下り坂を歩いて行った。
「せっかく治せる力を得てたのに、治す事が出来たのに、結局力及ばずだった。情けない。悔しい。辛い、辛い、悲しい、・・・」
荒れた感情が怒涛の如く繰り返し、抑えようのない心情に潰されそうになる。
どう帰ってきたのか覚えてないが、とにかく澪奈は自宅に戻った。途中何人かのAIヒューマノイドが、彼女の異様な様子を見かねて声をかけて、道案内してくれた事は覚えていたが。
精神的ショックが大きかった澪奈は、結局翌日も学校を休んだ。
澪奈を心配した波澄と紫五月が、芽蕗家に様子を見に行った。
「大丈夫?心配だったから様子見にきた。」
「ありがと。平気。心配かけたわ。」
「明日は学校来れそう?」
「うん、明日は行けると思う。」
透香が心配そうに話す、
「思いつめないでね。今日の授業、データチップに入れといた。」
「ありがとう・・透香・・瑠亜もありがと・・」
波澄と紫五月は、芽蕗の顔色が良くないのを悟り、今日はこのまま帰ろうと判断、
「それじゃあ、私達ちょっと他に用事あるから帰るね。また、明日」
そう言って、早々に澪奈の家を出た。
「ゴメンね、みんな。」
澪奈は、二人に申し訳ない気持ちだった。
二人が帰った後、一人部屋に佇んだ、
梅雨空の夕暮れに、小降りの雨が降り続く。
蒸し暑さと涼しさが交互に来るような6月の風。
澪奈は、少し斜めに降る小雨を眺めながら、後悔の念を繰り返していた、
「私はあの時、おばあちゃんのガン細胞を着実に破壊した、イメージ通りに。
でも、確かにガン細胞を、分子レベルで分解、原子レベルでも原子崩壊させた。
でも、別の新たなガン細胞が襲ってきた。
そいつらも、原子レベルまで崩壊させる、引きちぎるように分解して、二度と再生しないように畳み込む。」
澪奈は、原子分解の様子をイメージするよう努めるが、なかなか上手くいかない。
「ダメだ、もっと勉強しないとイメージがこれ以上発展しない。」
そう呟くと、澪奈はエアスマホのディスプレイをランダムにググった。
「・・!!・・」
あるサイトが目に止まった。
《つくば大学サマースクール》
進学、就職に役立ててもらおうと、高校2年生を対象に、つくば大学が独自に毎年実施する、夏休み期間を利用した、特別講義。
澪奈は、ある講義プログラムに釘付けになった。
《宇宙の仕組みセミナー
核分裂と核融合
重力波と多次元
時間位相の揺らぎ
反物質と消失
2030年以降に発見・研究された新分野を紹介。
宇宙の仕組みをあなたも体験しよう!
期間: 2054年8月1日~20日
解説: 桜永渚夢教授
つくば大時間位相研究センター長
遠方の方は宿泊施紹介します
参加費:15,000円
何と魅力的なカリキュラム!
澪奈が、今一番知りたい事が、てんこ盛り!
ガン細胞や悪性ウイルスなどを確実に破壊、分解、消去する方法をマスター出来るかもしれない。
芽蕗は早速参加申し込みのネット手続きを済ませる。
「これで、私の【物質破壊能力】が更に能力アップして、より具体的にウイルスや悪性細胞の破壊、壊滅、消去が迅速に出来るようになれば、もっと世の中の役に立つかも知れない。
いや、そうなりたい!」
澪奈には熱い使命感のような感覚が芽生えていた。
3-4 次なる希望の道標
芽蕗澪奈の祖母の死、精神的な動揺から立ち直りには時間を要するため、結局6月7日のニューダンスオーディションMDQ関東大会決勝は参加キャンセルせざる得なかった。
2054年7月4日(土)
狛江フリーダンススタジオ近くの喫茶店
「ラ・フェリナーテ」
明るい店内に静かに流れるミディアムテンポのジャズ、イメージディスプレイの綺麗な模様が華やかな雰囲気のカフェに3人が座っていた。
久しぶりに集まった3人が、スタジオで基本練習をこなした後、カフェで落ち着いた。
「ゴメン、透香、瑠亜、私のせいで・・」
オーディション決勝をキャンセルせざるを得なかつた澪奈が、辛そうに項垂れて呟く。
「ううん、そんな事ないよ、澪奈のせいじゃない。私達ここまで頑張ったんだから、いいじゃない。よく頑張ったよ。ね、瑠亜。」
透香が応える、
「澪奈さん、私達にはまだまだ高い目標を掲げる事が出来ます。オーディションは諦めて、ライブやネット配信でアピールしましょう。
そのためにオリジナルのダンスや曲、演出を作りませんか?」
AIヒューマノイド瑠亜が、次なる戦略を提示する。
「そうね。クヨクヨしてても仕方ないものね。
ありがとう、瑠亜、透香・・・」
「そこで提案!」
透香が急に話し出す。
「夏休みに入るでしょ、この機会に『合宿』しない?毎日スタジオ通ってもいいけど、ちょっと気分変えて、遠くの高原のスタジオとか、海辺のスタジオとか、1週間くらい、どうかな?」
瑠亜も加わる
「透香とも話し合ったの。実は私の所属研究機関はつくば市にあって、いい所よ、つくば市って。
高原や海辺ではないけれど、カプセルポーター使えば、霞ヶ関リゾートや筑波山スカイビューも行けるし・・・・そこに研究所直轄の研究者滞在用ライトリゾートホテルがあって、割安で泊まれるの。どうかな?」
「研究者の宿泊の少ないお盆前の時期なら空いてるから、8月1日から10日の期間、予約取れるけど、行かない?」
「つくば大学スポーツ研究棟に専門ダンススタジオあって、最新VRシステムと音響システムが凄いらしいよ。」
『つくは大』で8月・・セミナーに合わせられる
いいじゃん!
澪奈の表情がぱっと明るくなった。
「行く、行こう、つくば、予約して。」
いつもの澪奈の返事に戻った。
二人も微笑んで頷いた。
「実はその時、私、つくば大のあるセミナーに出席する予約してるの。だから、宿泊施設使えるの助かるし、練習時間と調整すれば、両方とも参加出来ると思うから、それでも良ければ行きたい。」
透香も瑠亜も初めて聞いた、
「えっそうなの?知らなかった。何のセミナー?」
「ちょっと物理学のセミナーで。ほら、来年受験じゃん。だから、少し勉強で・・・」
「そう、澪奈もうそこまで考えてんだ。私も頑張らないと。澪奈は理系希望なの?」
「ええ、まあ。」
「期間はいつ?」
「8月1日から10日まで」
「結構長いんだ!」
「私も本読むの好きだから、つくば大の図書館通うつもりだから楽しみ。」
透香も、つくば合宿を利用して、別の目的がありそうだった。
「瑠亜は、何か予定あるの?」
「私は、研究所寄って、データバックアップとメンテナンス、バージョンアップなど、そして、つくばの最新先端技術を得られるチャンスがある。やる事一杯あるの。」
「大変ね、頑張ってね。」
「それでは、ネット予約入れときますね。
スタジオレンタルは、夕方から夜の時間帯にしましょう。ハードなスケジュールよ。頑張りましょう。」
瑠亜が、回線モードを開き、予約を始める。
いつもの3人が戻ってきた。
7月の期末テスト期間に入り、3人もダンスばかりやってはいられず、放課後の図書館勉強や、補習熟に通って、それぞれ頑張った。
進路もそろそろ考えなければならない時期、
でも、それも重要だが、高校2年生の夏休み直前、彼女らも目先の楽しみには勝てない。
2054年7月17日
1学期終業式、待ちに待った夏休み、
期末テストは3人とも頑張った結果、上位30位内に入る成果だった。
「やった!これで晴れて【つくば】に行ける!」
「頑張ったもんね。さあ、ダンスざんまい!
次の目標、何にしようか?」
「それなんだけど、結局6月のMDQはキャンセルだったから、8月下旬の幕張フリーダンスフェスのセッションに参加はどう?」
「順位を競う訳じゃないけど、知名度は上がると思う。」
「それから、秋の学祭でもフリーダンスフェス出ようよ。多摩川リバーフェスで、踊るのもいいかも。」
「とりあえず、今日の練習後に今後の目標について話そうよ。」
3人にとって、とても幸せな時間。
夏の日差しと熱い空気、まさに今日梅雨明けした東京の夏が始まった。
3-5 三人三様・・つくばの夏 【澪奈】
2054年7月31日(金)
新狛江駅待ち合わせの芽蕗、波澄、紫五月が第二外環ドローンレールの特急に乗り込む。
「大荷物になっちゃった!」
透香は声が弾んでいる。
随行型自動走行トランクバック2台。
「澪奈は荷物少ないね。」
「そう、宅配ドローンで送ったから。」
「今夜は前夜祭ね。楽しみ!」
瑠亜も表情が明るい。
一体何の機械が分からない部品を一杯詰め込んだトレーラーキャリーを引っ張って歩いて来た。
「この合宿のために何曲か作ってきた。ダンス構成も考えてきたよ。」
「ホント!すごい。私も作ってきた、」
「えっ!澪奈も?私も作ったよ」
ドローンレールカーの客席は、綺麗なブルーシートとウォームイエローの内装、僅か1時間半のミニ旅行も三人にとって、とても素敵なトラベリングタイムだった。
つくば中央駅から、直通カプセルポーターでつくば大総合研究センターに入る。
四層構造の多角硬化ガラスでデザインされた複合ビルを取り囲む、オフホワイトの高層ビルが街の象徴となっている。
そのビル群の一角にある、ビジターリクラインホテルにチェックインした三人は、各自部屋でくつろいだ後、明日からのセミナー受付、図書館使用申請、研究所入館手続き等に動き回った。
研究センター内のイートインラウンジで遅めの昼食を取り、明日からの打ち合わせをした後、センター内各施設を見学した。
その夜、ホテルのレストランで三人は食事。
「明日からは自炊もするけど、今日だけは贅沢に。」そう言って、バイキング料理を頂く。
これから始まる合宿への期待感一杯で、楽しい食事と会話で夜は更けていった。
2054年8月1日(土)
つくば大学サマースクール初日
芽蕗澪奈は、やや緊張した面持ちで着席していた。
複数のスクール開講の中で人気なのが
「AI人工知能セミナー」
「新宇宙開発セミナー」
「新実用化技術セミナー」
それに比べて澪奈の受講した、
「宇宙の仕組みセミナー」
は、宇宙開発シリーズの中でも、理論物理部門なので若い世代にはあまり人気がなく、今回の受講者も僅か12名であった。
講義は、毎日別の教授、研究者、技術者が各々の専門分野の知識を持って行う特別講義。
この日は、核物理学の東羽田教授の『恒星と核融合』講義。
澪奈が、最も興味のある分野。
知らなかった事が、次々に分かりやすく解説されて、目から鱗だった。
澪奈は、その一つ一つに頷き、考え、納得して講義を熱心に聞き入った。
午前の講義が終わり、ランチタイム。
芽蕗、波澄、紫五月が、カフェレストランに集った。
「どうだった?講義、楽しい?」
「うん、凄いよ!知りたかった事が次々出てきて、面白い!」
澪奈が、瞳を輝かせて話し出す。
「核融合って、色んな作り方あって、高密度のプラズマを長い時間、高加速でぶつけ合う状態、プラズマ臨界って言うんだけど、プラズマを、閉じ込める事が大事らしい。」
澪奈の熱心な言葉を、透香が嬉しそうに聞く。
「それを作るために、磁場で閉じ込める方式と、レーザー加熱する方式があるんだ。」
ピザ生地にひき肉とチーズを閉じ込めて、澪奈はパクリと食べた。
「だけど、だけどね、私は訊いてて思ったんだ。
強い重力場で閉じ込めて、捻り潰す様に力を加えたら、プラズマ振動が臨界条件に達して核融合出来るんじゃないかって。」
「ふーん、よく分かんないけど、澪奈楽しそう。」
「ありがと。とっても楽しい。想像力が掻き立てられる。」
ホットミルクを一口飲んで、小さく呟く。
「もう一つ、そう、あと一つ『何か』が加われば、私のイメージ力でも核融合が可能かも知れない・・・」
透香は澪奈の話を聞いても、難しくてよく分からない、でも、彼女が元気になった事は分かる、
「午後の講義も楽しみね。」
「そういえば、透香も何か受講したんでしょ?
何を受けたの?」
透香は少し恥ずかしそうに小声で言った。
「ナノテクノロジー。」
「えっ聞こえない。」
「ナッ、ナノテク、ナノテクノロジー。」
「いいですね。この分野は今まさに第3段階への移行期なので、成長分野ですよ。」
瑠亜が口添えする。
「病気治療のためのドラッグデリバリーシステムや、ナノマシーンの応用分野の拡大に興味があるの。」
「へー、知らなかった。透香スゴいじゃん。」
澪奈が嬉しそうに褒める。
「そういえば、去年あった、人工生命体ナノマシーンの異常増植事件、ああいうのを制御する技術が発達しないと危ないよね。」
瑠亜が応える。
「そうです。AI人工知能の暴走制御と同様、ナノマシーンの制御も必要な事です。
私達AIヒューマノイドもこの技術開発に携わる事が多いです。」
エアディスプレイの時間を見た澪奈が、急に話題を変える。
「午後の講義終わってからのダンス練習、VR練習室予約取れたから、遅れないように。場所わかる? スポーツ科学棟C-5の3階Medスタジオ。」
「今日は初日だから、練習スケジュールの確認と、新曲の振り付け、アタマの、部分やるね。」
「新曲出来たんだ!どんなの?」
「あとのお楽しみ。AIミュージックだから、まとまってるけど、エッジ効いてるバキバキな曲とも言えるかな。」
何だか期待させられる言い方に、透香と澪奈は、期待値が上がった。
夏の入道雲が筑波山の上空に湧き上がる、暑い昼下がり、風になびく木々や蝉の鳴き声が昔から変わらない季節を取り持っていた。
午後の講義も終わり、3時半、3人はスタジオに集まった。この合宿のために買ったお気に入りの練習用ダンスウェアに、チェック用センサーを取り付け、スタジオ内の大きな鏡面ディスプレイの前に立つ。
アイソレーションとリズムトレーニングを行い、ウォームアップしてから、スタンディング、
セッティングモニターを押しながら瑠亜が説明する。
「ミラー内にVRアバター出るから、よく見てて。
新曲ダンスの振り付け、アバターが再現するから、その動きに合わせて踊ってみましょ。
ちょっと難しいから、少しゆっくりやるね。」
BPM75に落として曲をかける。
4ステップ ロジャーラビット リジェクト
ロックイットタウン ポップコーン シーク
パーティマシーン ハーディデューク フィラ
アトランタストンプ ヒールトゥ TLC
モナステリー ランニングマン ブルックリン
クリスクロス インディアンステップ ヤイク
MJシャッフル LAストンプ キャメオ
インアウト ニュージャックスイング
「いい構成!ちょっと難しいけど踊りやすいよ。」
早速、澪奈は即興で合わせて踊る。透香はじっと見ながら手のモーションでダンスタイミングを覚えていく。
軽快なビートに合わせてアバターが滑らかに踊る。
「そこのモーションもう一回、ちょっと難しい。」
「OK、少し戻すね。」
一瞬アバターが止まり、巻き戻される、
ダンス再生、それを見た澪奈は瞬時に理解、
「うん、分かった! そうか、左足か」
瑠亜と透香もミラーの前、澪奈の左右に立って一緒に踊る。
その時、アップビートのメロディが、シンセソロに移る、
「・・・・えっ! ・・キーボードソロ!・・」
E7-A7 の2コード循環でエッジの効いたソロ。
「これって、作曲メロディ?それともアドリブ?」
「カッコいいでしょ? これアドリブだよ。」
瑠亜がニッコリ笑う。
曲のメロディに再び戻り、エンディングに入る。
ポリリズムパターンが繰り返され、曲が止まる。
「一応、作ったのここまで。だいたい3分弱、
この後、3人バラバラのダンスだけど全体に綺麗にまとまった風に見える型にしたい。」
「いいね。私も考えてみる。」
3人の練習は3時間ほどで終了。
「初日の練習だから短めにしたの?」
透香が訊く。
「いや、そうじゃなくて、単にお腹空いたから。」
澪奈の返事に二人が笑い出す。
「瑠亜はお腹空かないでしょ?」
「そんな事ないですよ。食べる事も大切です。」
クールダウンして、ジャワルームでさっぱりした後、レストランに直行。
「バイキングは早いもん勝ち!」
これも青春とばかりにダンス以上に元気な様子。
肉、野菜、寿司、パスタ、スープ、そしてスイーツ。
幸せな時間が続く。
食事中に、澪奈が瑠亜に訊く、
「そういえば、さっきの曲、キーボードソロあったじゃん。あれってDTM?」
「いえ、あれはある人のアドリブ演奏を録ってもらったの。」
「すご~い!アドリブなの?そんな事できる人いるの?」
2030年から始まったAIミュージック革命で、2050年代は、既に人の演奏、楽器演奏は無くなっていたので、相当珍しいらしく感動しまくっていた。
「実はこの大学の教授でピアノ演奏の出来る人がいるの。若い頃にジャズピアノのバンドでプロ演奏もした事あるんだって。」
瑠亜の説明に透香も驚いて、
「素敵な人ね。音楽研究科の教授?」
「いいえ、時間位相研究センターらしいって」
「私、明後日の講義、確か先生が時間位相研究センターの人だった筈。そのピアニストの事知ってるかも。聞いてみるね。」
澪奈が鼻唄で曲のメロディを口ずさむ。
「この曲、曲名は決まってるの?」
「いや、まだ。何かいい曲名ある?」
透香が少し考えて呟く
「『サイレンス・パッション』どうかな?」
「いい!それいいじゃん!
サイレンスパッションか、それにしよ!」
3人は2時間近くもレストランで喋っていた。
楽しい時間は瞬く間に過ぎて行った。
2054年8月3日(月)
定員50名程の講義室に、生徒がたった9人、既に数名脱落してた。
澪奈は、教室の右手中央に座り、講義開始を待った。
女性教授が入ってきた。
桜永渚夢教授33歳
デニムパンツ、タンクトップ、シアージャケットのライトセミフォーマルなウェア。
ロングヘアを後ろで縛り理知的ながら、明るい印象の女性教授。
「おはよう、皆さん、スイングしてる?」
意味が分からず全員呆気に取られていると、
「すべての事象は揺らいでいるの。」
「今日はこの話をします。結論から言うと、空間は重力場によって歪曲し、その歪みは揺らいでいます。さらに重力自体も揺らいでおり、時間軸も揺らいでいます。物質の分子や原子もブラウン運動など揺らいでいるでしょ。」
「人の心も、生活も、すべて揺らいでいます。
そして、音楽も。」
桜永教授は、教室の右手中央に座る女性を見つめて話し続けた。
「何か考え事で行き詰まった時、大切な解決策があります。何かわかりますか?」
「それは、力まない事。現代物理学や実社会は、大きなエネルギーを際限なく使って物事を成し遂げようとします。」
「しかし、すべての事象には「波」があり、「揺らぎ」があります。それを観察して、察知して、そのタイミングを掴む事で、小さなチカラやエネルギーで、大きな効果をもたらす事が出来るのです。」
芽蕗澪奈の心の中にずっと蟠っていた事が、急に光に照らされたように、明らかになっていくのを感じた。
「そうか、コレだ!この事なんだ!ついに解決するんだ!やろう、コレでやってみよう。」
澪奈は、あまりに明快な答えに興奮を隠せなかった。
2時間の講義終了後、レポート作成を経て、お昼時間、今日は波澄透香と紫五月瑠亜の三人がフードコートで軽食を嗜んでいた。
「昨日の講義と今日の講義でついに謎が解けた気がした。」
澪奈が、まだ興奮気味に話す。
「何の事?」
「溢れ出してる重力と、揺らぎのタイミング」
「分からないなー」
バーガーを食べた後、キャラメルラテを飲みながら澪奈が説明をする。
「重力が溢れ出るというのは、昨日の講義で言ってたんだけど、物質に働いてる4つのチカラのうち、「大きい力」「小さい力」「電磁気力」に比較して、「重力」はとんでもなく小さいんだって。
それは、実は別の次元に溢れ出ているんじゃないかって。4次元方向か、5次元方向か分からないけど、大量の重力が、別次元に消えて行ってしまってると考えるんだって。」
「それを一時的に堰き止める事が出来たら、凄いチカラを、ダムのように溜めて開放が可能になる。」
さらに澪奈は続ける。
「そして、今日の講義、桜永教授、この人凄いよ!発想のポイントが違うというか、自然に逆らわない観察と実践で、『揺らぎ』という概念を発見したんだと思う。
物質の分子・原子は揺らいでいる
重力も揺らいでいる
時間も空間も揺らいでいる
時間も揺らいでいる
だから、それらの『揺らぎ』や『波』を利用して、小さなチカラで大きく変化させる事が出来るんだって。凄いでしよ?
こんな考え方あるんだって、感動した!」
二人には話してないこの推論の帰結点が、澪奈の心の中にあった。
《揺らぎを観察して察知して、重力波を一時的に堰き止め、巨大な重力場を作り出し、プラズマを閉じ込めて、プラズマ物質、重力、空間、時間すべての『揺らぎ』が、一致するタイミングを図って、僅かなチカラで、核融合を引き起こす。
コレで可能になる!》
澪奈の『イメージ』が完成した。
あとは、実験、実証を繰り返して、実現コントロールをマスターするだけ。
早く試してみたい!
澪奈は昂る気持ちを抑えられない感覚でいた。
3-6 不思議な出会い 【透香】
ランチタイムの澪奈の熱弁に感動した透香は、私も何かしなきゃという気持ちになった。
午後の講義「ナノテクノロジー 応用分野の拡大」を受講後、ダンス練習まで時間があったので、大学図書館に行き、様々な本を見ていた。
高い天井、整然と並んだ書籍の数々、コンサルジュAI照会して、貸し出しデータスキャンもナノマシーンで迅速化。
ナノテクノロジー関係の書籍をずっと見ていた透香が、「何かの」気配を感じた。
「何?」
その気配の方向に歩く。
AI・最新科学技術関係書のコーナーに、異彩を放つ1冊の書籍があった。
【AI進化と制御-----未来からの倫理的提言】
著者 樹舞目 佑弦(きぶめ ゆいと)
極めて地味な背表紙、やや分厚い本を開くと細かい印刷文字がびっしり。データブックも音声ブックとも無く、紙媒体の本のみの存在。
書籍全体が減少しているこの時代に、データブックも無い書籍は非常に珍しい。
「何の本?表題から見てAI評論だと思うけど・・」
透香は、何気なくページをパラパラめくってある事にきがつく。
「そういえば、この本、あくまでもデータ化する事を避けてるような感じがする。何だろう?この違和感。」
最終ページを見て、目を見張る。
2040年蔵書 つくば科学図書館
の印鑑文字の左にある印刷文字で
執筆 2104年 樹舞目 佑弦
「えっ!2104年? 誤植?」
「2104年って50年も先じゃない。ウソだよね。
そんな本が何で2040年に図書館に?」
透香は心拍数が上がるのが分かる。
「未来の本が過去に来てる?」
これが本当だとしても、何を意味するのか透香には理解出来なかった。
最後の方の著者後書きを読んでみる。
ある言葉が鋭く刺さる、
「この時代の悲惨な世界をやり直すために、この事実を皆様にお伝えします。やり直して下さい。未来の我々を救って下さい。」
「単なる冗談?それとも著者のユーモア?
意味が分かんないよ・・・・」
怖いもの見たさの気持ちもあって、透香はこの本を借りてしまう。
「ちょっと読んでつまんなかったらすぐ返せばいいや。」
透香はドキドキしながら、足早にホテルの部屋に戻った。
3-7 成長と進化 【瑠亜】
「お久しぶりです。藤堂さん。お元気ですか?」
中古センタービル正面エントランスで、紫五月瑠亜が笑顔で年配の男性に近づき、握手をする。
つくばAI技術研究所所長 藤堂 久永 と面会した瑠亜は、近況を手短に話し、身体技術研究部(BTL)の応接室に入っていく。
研究室は開発中の身体マシンやその制御機器、その他実験資料等で雑然としているが、応接室だけは綺麗に整頓され、落ち着いた雰囲気。
藤堂所長が二人分のコーヒーを淹れ、瑠亜に渡し話し始める。
「しばらく滞在すると聞いて、早速準備しておいたよ。今回のバージョンアップ、技能倫審の連中説き伏せるの大変だったよ。」
藤堂が微笑む。
「ありがとうございます。工程はスケジュール通りですか?」
「ああ、まず走行スピードアップとジャンプ力のレベルアップ、次に上腕部のパワーアップと耐水性向上、そして、瞬間放電機能を付加する。」
「今でもこのパワー向上の目的が見えないのですが。」
「まあ、いずれ分かるよ。」
藤堂所長はコーヒーを一口飲んで続ける。
「フェーズ1 はこのプログラム。続いてフェーズ2 では、頭脳構造の強化、スーパーコンピュータ『マリーナKH』に優先アクセス権を設定して、計算能力を1020倍に引き上げる。」
「ただし、このフェーズ2は新型人工頭脳と開発中のオルタナティブアルゴリズム『palady』の
実動実験を兼ねている。常にモニターされるから気をつけて。」
瑠亜はコーヒカップを見つめながら話す、
「はい、でも楽しみです。自分がどう変わるか、ちょっと怖い気もします。」
「それは、君次第だよ。君のこれまでの生活行動モニターを見た限り問題はないだろう。」
「それから・・・最終工程でとっておきの『秘密兵器』を装着してあげるよ。」
「いや、言葉が悪かった、特別プレゼントさ。」
藤堂所長は少し遠くを見るように話す。
「まあ、それはいずれ教えるよ」
「??」
瑠亜は、意味ありげな言葉に少し不安になる。
紫五月の顔色を見て、藤堂がフォローする。
「ごめん、不安にさせたかな。緊急時の脱出機能を付加しただけさ、使う機会がなければいいんだ。」
「わかりました。それでは宜しく頼みます。」
「14時に外殻装備室に来てくれ。それまでは自由にしてていい。」
「では、ちょっと友達とランチしてきます。後ほどまた。」
澪奈、透香とのランチを済ませて、瑠亜は、メカニカルセンターのバックアップルームに行く。
記憶データのバックアップを行い、アルゴリズムチェックを済ませると、BTLの外殻装備室に入る。
部屋の中央にリクライニングチェア型装備台。
センサーコードと、モニター機器、各種部品が盛り沢山。技術者達が今か今かと待ち侘びてた様子。
「早速、お願いします。」
両足の再装備と骨盤の交換に1時間、人工筋肉の強化注入に1時間。
ナノテクノロジー発達により、外見はほとんど変えずに各部品の極小化により、高機能化を実現。
さらに、上腕ユニットの交換と連結部品の強化に1時間、内部バッテリーおよび心拍機能と各強化パーツとの連携チェック・調整に1時間。
夕食休憩後、AI調整装備室NO7に入室。
頭蓋カバーを外し、120本の連結コードが一気に頭を覆う。
頭脳タンパク質とナノマシーンの結合体が注入され、電位反応で薄青色に光る。
オルタナティブアルゴリズム『palady』を挿入。
状態の安定を確認した後、『マリーナKH』との優先アクセス権設定装置がインストールされた。
モニター観察1時間後、テストアクセス実験を実施、
「演算処理開始。」
赤いLEDが点滅し、数値インディケーターが高速で動いている。技能安定。
「オルタナティブアルゴリズムと相性が良いね。
この子は『palady』を主体的に使いこなせると思う。」
主任技術者が、静かに唸る。
安定駆動を確認して装備完了。
夜8時、第2実験ホールに入った瑠亜は、最終装備の準備に入る。
八神技術部長が話し始める。
「最終テストは、二つあります。
まず、瞬間放電機能をテストします。」
瑠亜は右腕を水平に上げる。放電サーベルパネルが腕の上部に伸びて、青白い放電が放たれる。鋭い音を唸らせてレーザービームが瞬間的に流れる。5m先の標的に衝突して、火花が飛ぶ、成功。
「悪く無いね。威力はシミュレーション通り。」
次に緊急脱出機能のテスト。
施設内の100m通路に瑠亜が立つ。
「いいかい、瑠亜、緊急脱出機能は、いわゆる加速装置なんだ。体内スイッチは意識リンクしてあるから、スイッチオンのイメージをすればよい。それで走り出すんだ。いいね。」
メカニックケアラーが話しかける。
「わかりました。それで100m走行します。」
「OK、じゃやるよ。」
廊下端のライトが赤から青に変わる。
瑠亜が一気に走り出す。
立っていた姿の残像を残して、彼女は急加速して廊下を走り抜け、ゴール。
「1.78秒!」
「時速200km超えか。まあまあだな。」
瑠亜は、バージョンアップ全行程の完了に満足していた。
「ありがとうございます。みなさん、本当に素晴らしい。この機能向上を有益に使いたいと思います。」
スタッフ一同から温かい拍手。
瑠亜は、一人一人と握手して、研究室を後にした。スタッフは今夜は打ち上げ、飲み会になるだろう。
3-8 音の触れ合い
2054年8月5日(水)
講義は中盤、様々な学習を重ねて、澪奈、透香共に沢山の事を学んできた。
午後の講義後、澪奈と瑠亜がカフェで一息ついていた。
「今日のダンス練習、即興ダンスやってみたい。」
澪奈が言う。
「いいんじゃない。曲もインプロビゼーションがいいけどね。」
瑠亜ばエアスマホから適する曲を検索する。
澪奈が周りを見渡して、
「そういえば、透香は?」
「たぶん、図書館、最新よく行くね。」
そこに一人の女性が近づき声をかける。
「芽蕗さんね、こんにちは。」
澪奈が驚いて振り向く。
コーヒー片手に立っていた女性は、桜永教授だった。
「今日も講義出席、お疲れ様。クリスティーナ教授の講義も役に立つでしょ?」
「はい、とても。AI教授のパイオニアだけあって話しがとても分かりやすく、面白い面もあり、楽しかったです。」
「それは良かった。彼女も同じ研究方向の仲間だから、嬉しいな。」
「ところで、あなた達、音楽が何かやってるの?」
「はい、私達ダンスやってます。」
「2人で?」
「いえ、もう1人いて3人で。」
「そう、やっぱり。」
「?」
「実はセミナー初日に、ダンス曲に使うから曲に演奏入れて欲しいとメールで依頼があって、たまたま暇だったから、アドリブ演奏を録音したの。」
「あっ、それ依頼したの私です。」
瑠亜が少し驚きながらも微笑んで応えた。
「桜永渚夢のジャズピアノのアドリブ演奏が話題だったから、試しに頼んでみたの。まさか教授だったとは!」
「さっき、『インプロビゼーション』て言葉が聞こえたのでもしかしたらと思って声をかけたの。」
「曲はどうだった?おどりに合ってたかな?」
「ええ、それはとてもダンスにフィットしました。驚きました。」
「そう、それは良かった。」
桜永教授は、右後ろを振り返り、カフェラウンジの端にあるグランドピアノを見つけると、
「ちょっと弾いてみるね。」
そう言ってピアノに向かうと、いきなり鍵盤を叩き始めた。
澪奈がさらに驚く
「あっ、この曲、『サイレント パッション』!」
3人の練習曲を桜永教授がガンガン弾き始める。
「凄い!上手い!」
二人は感嘆の声を上げる。
テーマ部分を弾いた後、コード進行に沿ってアドリブに入る。
「そうか、即興だからアドリブフレーズが録音のとは違うんだ!」
今更ながらに澪奈は驚く。
曲が終わり、カフェの客皆んなが拍手。
「久しぶりに弾いたから、あまり上手くないけど。」
「いや、凄いです。感動です。」
「音楽は自由、そして、曲の中にも『揺らぎ』はあるの。それを感じて、ちょっと押してあげるだけで、素晴らしくスイングするし、グルーブするの。大事な事。分かった?」
「はい、ありがとうございます。」
「大変参考になります。」
「それじゃあ、頑張ってね。」
桜永教授は、微笑んでその場を後にした。
透香が戻って来たので、3人は練習スタジオに向かう。
「即興ダンスに方向性が見えたね。やつてみるね。」
ダンス練習も新たな段階に入り始めた。
夏の入道雲と蝉の鳴き声、暑い西風が気だるさを残す筑波山と蒼い空。
3人のダンスはさらに磨きがかかり、エッジの効いた振り付けを何度も練習を続けた。
3-9 夏祭りの思い出
2054年8月9日(日)
長かったつくば合宿も、いよいよ明日が最終日。
午後のダンス練習後、澪奈が嬉しそうに話しだす。
「大事な発表があります!」
透香が無表情で訊く、
「どうせ、新しいスイーツ見つけたとか・・・でしょ?」
「違うよ」
「まさか、彼氏出来たとか・・」
「ちゃう、そんなんじゃない!」
「実は、今夜霞ヶ浦レイクサイド公園で、大花火大会とダンス大会があるの。」
「盆踊大会ではないの?」
「うん、いろんなダンスを披露する自由参加のイベントだって。
「何と、それにエントリーしてあったのです!」
「えー!面白そう。やるやる!」
「子どもダンス大会もあるから、子ども達の応援もあるかも。」
今度は瑠亜が話し出す、
「それと、もう一つは、・・・」
「もったいつけずに、早く言って!」
「8月29、30日の幕張フリーダンスフェスの一般枠で参加が、決定でーす!」
澪奈もこの話は初耳らしく、驚きの表情、
「ウソ!あれに出るの!凄い!
参加資格のオーディションは無かったっけ?」
「うん、フリー枠で出るから、『
バカラック・ブリッツ』や、『エグリムギャムズ』も出るらしいよ。」
「凄いじゃん!VRダンスPLの覇者が出るんだ。
同じステージに立てるなんて光栄!」
透香はちょっと不安になる、
「私達なんかで大丈夫なのかな?」
瑠亜が言う、
「大丈夫です。今の私達にはテクニック、感性、そして根性、全てが揃ってます。
最高のパフォーマンスを楽しみながら見せつけてあげましょう!」
意外なほど強気の言葉に、透香も澪奈も勇気づけられた。
「じゃあ、この合宿の成果を今夜の夏祭りと、月末のフェスで披露して、高2の夏集大成としますか。」
澪奈が言うと、透香、瑠亜が頷いた。
「じゃあ、着替えたらロビー集合。カプセルポーターで霞ヶ浦レイクサイド公園に行くよ。」
公園東の野外ライブ会場GL1には、既に多くの観客が和気あいあいと、集まっていた。
「今日のステージ、動画撮って配信するから、
ライブステージ前後の様子もドローン撮影するから、ヨロシク!」
澪奈がシステムドローンを片手に、スタッフと打ち合わせを始めた。
ステージ脇の更衣室兼楽屋で準備する三人、
「わあ、子ども達いっぱい来てるよ!」
ステージ脇から観客エリアを見た透香は、嬉しそうに言った。
「さあ、楽しもう! 合宿で通した『サイレント・パッション』のダンス、この1曲やるだけだから、テンション上げて行こ!」
何の準備も心構えもなく、いきなり来て始めるから、緊張が全くない。
夜風に混じって焼きそばや綿菓子の香りが漂う。
湖面に映る花火の残光と、祭り提灯の赤い光が揺れていた。
子ども会の司会者が呼びかける。
「さあ、続いては地元のお姉さん達のダンスです!みんな、大きな声で応援してね!」
歓声と拍手に迎えられ、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜が野外ステージに立つ。
スタジオで練習した振付を思い出しながら、三人は目を合わせた。
——観客はプロじゃない、子ども達。けれど今、この一瞬を楽しんでほしい。
太鼓のリズムと簡易スピーカーから流れる音楽が重なる。
三人の身体が一斉に動き出す。
出だしから、いきなりトップスピード、
観客皆んながハッと目を見張る。
舞台の下から小さな声が響いた。
「スゲー!」
「おねえちゃん、かっこいい!」
途端に透香が微笑み、澪奈のステップに力が宿る。
瑠亜は軽やかに回転し、観客の子どもたちが目を丸くする。
舞台の上に立つのは、オーディションに落ちた悔しさを抱えた三人の少女。
けれど、この瞬間はただ「踊る喜び」に満ちていた。
観客の笑顔が、拍手が、彼女たちを包み込む。
最後のポーズを決めると、夜空に打ち上げられた小さな花火が音を立てた。
湖面に映る光が三人の汗に輝きを与え、拍手と歓声が溢れる。
透香が小さくつぶやいた。
「……やっぱり、踊るのって、いいね」
澪奈も頷く。
「うん。負けても、ここで立ち止まらなければいいんだ」
瑠亜は照れ隠しにそっぽを向きながらも、口元は緩んでいた。
三人は、その夜初めて「再び前へ進む」手応えを掴んだ。
この時のダンスは、AI制御ドローンによって動画撮影を行っていたので、後日ネットにアップ。
後で3人で見て楽しむつもりだった。
とても充実して輝いていた三人。
この瞬間の輝きが、後に訪れる月下事象への大切な布石になるとも知らずに。
第4章 成長と進化の先に
4-1 イメージの具体化
楽しかったつくば合宿から戻り、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜、三人はそれぞれ、ダンス練習、宿題、バイトと忙しい夏休みを送っていた。
幕張フリーダンスフェスまで約2週間、狛江フリーダンススタジオにはほぼ毎日通い、練習、撮影、チェック、修正、練習・・・の繰り返し。
コーチなどいないアマチュアの三人は、自分達の試行錯誤でダンス技術を上げて行った。
2054年8月17日(月)
「今度のフェスは、2曲連続だから、もう1曲新曲作ったよ。」
瑠亜が口を開く。
「今から間に合うかな?」
透香が少し不安そうに訊く。
「大丈夫でしょ。いざとなったら即興で。
何たってフリーダンスだから。」
「笑えない冗談、でも発想はいいかも。桜永教授のピアノみたいに、テーマからアドリブ、そしてテーマと編成して、ダンスもそういう風に、テーマ部分はビシッと決めて、アドリブは完全フリー、そして最後もキメる。これエグイよ。」
「いいですね、それでやりたい。すぐ練習してみよ。」
瑠亜はかなりヤル気だ。
「OK、じゃ、テーマ部分は新たなステップ入れるね。」
三人の練習はさらに熱を帯びて行った。
練習の帰り道、二人と別れてから澪奈は、多摩川沿いの遊歩道を歩いていた。
つくばの物理講義で教えてもらった
「重力と核融合、そして揺らぎの応用」
これが頭から離れない。
私のイメージ実現力で出来るのかな?
澪奈は、少し試してみるか、との気持ちになり、
遊歩道から芝生に入り、広場から川沿いに体を向けて、呼吸を整えた。
イメージ・・・3次元から漏れ出している重力を堰き止めて、溜め込む。
次に、重力の揺らぎ、時の揺らぎ、空間の揺らぎをイメージ。その振幅が重なる瞬間を感じる。
そして、溜まった重力のボールをイメージして、その中にヘリウム3を入れる。
そして、一気に絞り込む様に圧力をかけて、圧力をかけて、圧力をかけて、・・・
そして、行け!核融合。
その瞬間、澪奈の前方上空20m程の空間に不思議な歪みが次第にグネグネと捻り始め、一瞬で眩しい光と激しい音ががした。
グワーン、グラガラズオーン
しばらく音が反響、光はやや青みがかった白光、
川面が波打ち、円状に広がる。
数個の原子による、ほんの僅かに臨界反応を伴った小規模核爆発だった。
イメージだヘリウム3の量が少なかったので、被曝リスクはほとんどなく、音よりも光の眩しさが目立つ結果だった。
「出来たの?わあ、やっちゃったの?」
澪奈は、動揺して周りを見渡した。
急に明るく光った事に驚く人が数人いたが、落雷に近い状況だったので、空の雲を見上げた人もいた。
4-2 緊迫の防衛省特殊事案研究班
2054年8月17日夕方
東京市ヶ谷の防衛省特殊事案研究班司令センター。ミッションルームに変則的アラームが鳴り響く。
メインパネルの各種数値ディスプレイがレッドゾーンを超えた数値を示す。
「何が起きてる。報告を。」
如月麗華の冷静な声が室内に行き渡る。
オペレーターが状況報告を入れる。
「都内で何らかの爆発的事象が発生。現在全域監視カメラと監視ドローン、および監視センサーで状況確認中。」
「爆発?テロか事故か?・・・場所は?」
「場所は東京都狛江市、多摩川沿い。時間は17時34分、事故かどうかは確認中です。」
「被害は?」
「死傷者、物的被害は見当たりません。」
「監視映像とセンターによる分析では、かなり明るい光学反応と音響波動が、記録されてます。
眩い光を見たとの付近の住人報告も入ってます。」
「状況監視AI 《ミアマロ》の返答は?」
「天候気圧分析から見て、上昇気流発生時の先行落雷ではないかと。その確率は34%」
「低いな、何か他の要因があるのか?」
オペレーターは少しためらい、しかし直ぐに答える。
「AIは奇妙な事も伝えてます。」
「何だ?」
「小規模の核融合が発生している痕跡があると。」
ミッションルームに戦慄が走る。
「テロの実験か?」
「いえ、かなり小規模でむしろ自然現象に近いとの結論です。確率的には57%」
落雷発生時の数億ボルトの過電流が瞬間的にプラズマ状態を作り出し、原子融合を引き起こしたというのが最適解か。
如月が上層部にそう報告しようと考え始めた時、
木崎分析官が言った一言が、如月の心象を一変させる。
「事象発生時の目撃者および近辺の人達を、監視モニターで調べたところ、半径300m内で屋外にいた人38人は、全て近隣住民、スーパーコンピュータ分析では、核関係産業、研究、科学、出版等との関連は見られないし、思想的偏重も見当たりません。ただ、・・・」
「ただ?」
「一人、爆発場所に一番近い場所にいた女性、狛江高等学校2年の女子高生ですが、つくば大学のサマースクールに参加して、核融合関連のセミナーを受講していました。」
如月は、飲みかけのコーヒーをテーブルに置いて、少し驚く。
「本当か!名前は?」
「芽蕗澪奈 狛江市在住、17歳、両親と3人暮らし、数ヶ月前に祖母を亡くしています。」
「それで?」
「その時の主治医に、『ガン細胞を原子分解するにはどの位のエネルギーが必要か』とか、妙な質問をした事が面談記録に残っています。さらに、その後数週間で祖母のガンが一時的に全快して、『孫のチカラのおかげ』との談話記録もあります。」
「何か関係がありそうね。ちょっと調べてみましょう。受講した物理セミナーの教師は誰?」
「つくば大空間位相研究センター主任の桜永渚夢教授です。」
如月はさらに確信を強めた。
「彼女の揺らぎに関する論文は、私も読んだわ。
何か示唆があったのかも。」
「芽蕗澪奈の事を調べて、詳細に報告して下さい。それと今の動向と、居場所も把握しておいて。」
如月は足早に部屋を出て、長官室に出向いた。
4-3 逃避と回避の具体化
2054年8月20日(木)
「何かおかしい」
波澄透香は、直感の鋭い少女であり、最近の芽蕗澪奈の周りから不穏な空気を感じていた。
この日もダンス練習帰りの別れ際から、黒づくめの男数人が澪奈の後をつけ、監視ドローンまで常に上にいる。
「澪奈ちゃん、大丈夫かな?」
透香は、わからない様に澪奈と男達の後を追う。
この時、透香にもある特異能力ーー『透明化とフライト能力』が自分の意志である程度使えるようになつていた。
つくば大学の講義で学んだ『ナノテクノロジー』を自分の体細胞で駆動させる能力を訓練していたのだ。
体細胞一つ一つをナノマシーンの様に稼働させて、光学的反射を抑えて、光を透過させる技術を会得、これにより透明化を実現。さらに、体細胞を複数のブロックに分けて、各々ドローン機能を再現して、空気乱流を引き起こし、揚力を引き上げて空中に浮く。そのまま一方向に風量を増やしてフライトする技術もマスターした。
以前、逃避するために使った技術を正しく再認識して、コントロールする事が出来るようになった。
但し、この事は友人二人にも秘密を通した。友情が壊れることを怖れて誰にも打ち明けないでいた。
透明化して空中2~3mを飛びながら、澪奈と男達を追う。澪奈は自宅に帰った。男の一人はそのまま偵察、もう一人は何か連絡した後、別の道から黒塗りのスマートカーに乗り込み、走り始めた。
「後をつけてみよう」
車のスピードに追いつくのは大変なので、信号待ちしてる間に車の天井にしがみつき、そのまま一緒に移動した。
20分ほどで車がある大きな建物の敷地に入った。
【防衛省市ヶ谷本部】
入口のx線チェックで見つからないよう意識を集中して体細胞をフル稼働させてx線振動を透過させた。
「結構きついな。これ。」
透香は、浮遊状態から降りて透明化のまま、本部庁舎の入口から静かに入る。センサーに察知されない様意識を集中して、男の後を追う。
エレベーターは5階で止まる。
透香は、別エレベーターで5階まで上がり、左側の部屋を見る。
【特殊事案研究班探査連絡室】
何の部屋?
透香は不安な気持ちを抑えて、男の後について部屋に入る。
中は、数々のシステムパネルとディスプレイ、数十人の職員が何やら分析、解析等を行なっていた。
男が上司らしい制服男性に報告している。
「芽蕗澪奈のデータです。特に不審な所はありせん。」
データチップを読み取り機にかける。
「分かった。引き続き頼む。」
「なぜ?澪奈の事を調べてる?コワイ。」
透香はそっと部屋を出て、廊下中央の案内図を眺める。
この本部の別棟に目が行く。
「特殊事案研究班本部・ミッションルーム」
「こっちが本部だよね。」
透香は、そのまま別棟を偵察する。
ミッションルームの扉から人が出てきたタイミングで中に潜り込み、目を見張った。
巨大なメインモニターを半円形に囲む様に、数多くのオペレーターデスクがあり、制服職員が忙しそうにディスプレイを眺め、キーボードを叩き、操作パネルをタッチして大声で話していた。
「重力干渉実験の進捗率32%、まだ進捗率は遅れてます。」
「医療班の地方配置は?」
「順調です。九州チームが増員を要求しています。」
「直ぐに対応して。」
「それから、スマホプロジェクトの普及開始はAプランで通せる?」
「大丈夫です。4社は既に動き出してます。」
「政府発表と閣僚の擦り合わせは順調です。」
「9月1日スタートは予定通りね。」
防衛省制服を着た凛々しい女性が、ここの司令官のようで、数々の指示をしている。
「如月司令、つくばの桜永さんは何が言ってますか?」
一人の男性副官らしい人が尋ねる。
透香は「桜永」の名前が気になった、
もしかして、あの桜永教授のこと?
関係あるの?
如月司令、如月麗華は応える。
「つくば大空間位相研究センターのプロジェクトは順調との報告入ってます。
例の『空間転移レーザー』、来週実用化試験との事。万が一の物的被害回避のための防衛システム、備えは必要だからね。」
透香は何がなんだか分からなくて混乱してた。
「一体何の話?ここで皆んな何を準備してるの?
この先何かが起きるの?」
「あれの回避が出来ればいいんだけど、その確率は0.0001%、・・・月下事象、本当に厄介な。」
「‼️・・」
透香は、メインモニター左上のシミュレーション動画を見た。
月と地球の間を黒い物体が湧き上がって、みるみるうちに巨大化する。歪な球体は、地球の3倍程度の大きさになり、通過して行く。通過後は次第に縮小して最後は消えてしまう。
動画の下に年月日表示が見える。
2054年11月14日13時29分
約3ヶ月後?これ実際のこと?
こんなものが来るの?
地球はどうなるの?
人々は、皆んなは、私達はどうなるの?
不安な気持ちと緊張から、透香は体細胞コントロールが不安定になり、姿が的に戻ってしまう。
「君は誰だ!どこから入った!」
警備兵が押さえ付けようとする。
「待ちなさい。」
如月が鋭い声で制する。
「その子をこちらに連れてきて。」
透香は如月の元に引きずられる。
「手荒な真似はしないで、あなた大丈夫?」
透香は如月を見上げたが、直ぐに目を逸らす。
如月は連絡室の職員からデータシートを受け取る。軽く目を通した如月が透香に尋ねる。
「そう、あなた芽蕗澪奈さんの友人?名前は?」
「波澄透香です。クラスメイト。あなた達何なの?澪奈をどうするつもり?」
「あなたも特異能力者?気配を消せるの?それとも本当に消える体なの?」
透香は口を噤む。
そこに閣僚会議から戻ったミカ・シャリアがその様子を見て、透香に近づく。
「あなた、もしかして波澄透香さん?あの美人が若い時はこんな可愛いのね。」
「??」
「如月さん、この子は未来に素晴らしい活躍をする人です、大切に扱ってくださいね。」
「では、ちょっとお茶しながら、話しましょうか」
「副官、しばらく頼みます。」
如月は、ミカと波澄を司令官室に連れて行く。
4-4 協力と約束
防衛省特殊事案研究班司令官室
如月は、ミカと波澄を部屋に通して、コーヒーを淹れる。二人はリビングチェアに座る。
「落ち着いたかしら、透香さん?」
少し震えていた波澄を如月司令は気遣う。
「はい、大丈夫です。」
まだ警戒感は解けない様子で透香は応える。
コーヒーを少し飲んで、透香が訊ねる、
「如月さんは澪奈をどうするつもりですか?」
ミカが反応する。
「澪奈?もしかして芽蕗澪奈さんの事?」
「知ってるんですか?」
「彼女も将来大活躍する人よ。」
「あなたもAIヒューマノイドですか?」
「AIの知り合いいるの?」
「はい、大事な友達です。瑠亜と澪奈と三人でダンスチーム組んでます。」
「AIのお友達は、紫五月さん?」
「知ってるんですか?」
「ええ、AI同士は、データリンクで即理解出来ますから。」
如月は話を挟む
「波澄さんはどうしてここに来たの?」
「私の大切な友達、澪奈に怪しい男達が尾行してたから、何があったらやばいと思って、後をつけたの。そしたらここに入って・・」
「そうなの。私達は、彼女に危害を加えるつもりはないの。安心して。ただ、芽蕗さんがある爆発事象に関係があるのか調べていたの。」
「爆発?」
「あなた達、つくば大学の夏の講義に参加してるわね。特に芽蕗さんは物理学の講義で核融合の勉強をしていたと聞いてるの。何か知ってる事あるかしら?」
「澪奈が何かを爆発させたの?」
「それはないけど、ね、彼女何か特殊な才能があるのかしら?」
「分からない、でも以前、澪奈のおばあちゃんの病気を澪奈が治したって言ってた。ガン細胞の原始構造から破壊したとか何とか。」
ミカと如月が顔を見合わせる。緊張感が漂ってルナが分かる。
「もう少し詳しく聞かせて。」
緊張と牽制の時間が続く。
話を聞いた如月が頷く、
「つまり、澪奈さんは、思考力で原始構造を破壊出来る能力があるって事?」
「私には分かりません。本人から聞いたのはガン細胞の話だけだし。」
「分かった、参考になった、透香さん、ありがとう。」
コーヒーを飲んでから如月がミカを見る。
ミカが話し出す。
「ところで、あなたの才能は、何かの特殊能力?」
「私、中学の時イジメられて、高校でも続いたので逃げたい、避けたいって思い続けたら、このチカラが身についたの。」
「具体的には、どんな能力?消えるだけ?」
「透明化と浮遊です。」
「空も飛べるの?」
「いえ、飛ぶと言うより浮く感じですが。」
「イメージのチカラなのかしら?」
「つくばの講義で、ナノテクノロジーを勉強しました。そしたら体のコントロールをイメージしやすくなって、自分の意志で消えたり、浮いたり出来る様に。」
如月が話す。
「あなたと芽蕗さんのチカラは将来とても重要な存在になると思われます。月下事象とは直接関連ないと思われますが、私達はあなた達の味方です。困った事があったらいつでも来ていいわ。」
透香が切り出す、
さっきの月下事象って将来本当に起きる事ですか?何で分かってるんですか?」
「詳しくは言えないけど、その対策本部がこのミッションルームです。」
「そうなんですか。大変ですね。大きな被害が出るのですか?多くの人が犠牲になるのですか?」
「そうならないための対策を立案、実行しているの。お分かり?」
如月が少し微笑む。
凛とした司令官の笑顔を初めて見た。
透香も少し安心した。
1時間半ほどして、波澄は家に帰される。
「これを渡しておくわ。」
如月司令がバスカードを透香に渡す。
「ここのフリーバスよ。いつでも来なさい。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、また会いましょう」
「はい。」
波澄は、黒塗りの自動運転車で送ってもらう。
暑い夏の道路の蜃気楼に車の影が揺れる。
第5章 届いた想いと夢のカケラ
5-1 三人の想い
2054年8月22日(土)
不思議な経験をした、芽蕗澪奈、波澄透香は、それぞれ複雑な思いを抱えつつ、それでも目前に迫った幕張フリーダンスフェスに向けて、最後の仕上げと練習を徹底的に行っていた。
ただ、『霞ヶ浦の夏祭り』でのダンス経験が、三人の緊張、気の迷い、不安感、そんな不安定な感情を全て吹き飛ばしていた。
「楽しんだらいい。1等を目指す訳ではない、合格を狙う訳でもない、ただ踊り、みんなで楽しめば良い。」
単純でとても純粋な動機、オーディションを目指してた時には無かった感情、つくば合宿でやってきた事を皆んなに観てもらいたい。
「すごい、評判になってる!」
練習後のファミレスで食後のデザート注文した時、エアスマホでネット動画を見ていた透香が驚いて唸った。
「えっ、117万再生!ちょっと信じられない!」
澪奈もびっくりした。
夏祭りのダンスを撮影した動画が、僅か10日足らずでこんなに注目されていた。
フリーダンス界のカリスマ、『ファルコルア』が
《最近見つけた有望新人》と三人の動画を紹介、それでクローズアップされて、大注目となったらしい。特に瑠亜の作曲した『peak parchek
』のワンフレーズがとてもキャッチーで、唄いやすく、澪奈のオリジナルダンスの可愛さが受けて、『マネしてみた』が大増植、動画人気ランキング上位に入っていた。
練習に明け暮れていた三人は、そんな事全く気付かずにいた。
「幕張フリーダンスフェスの主催者からメール来てる!」
「何て?」
「一般参加枠から、特別招待枠で参加してくれませんかとの要請、マジか!」
澪奈が大声で話す。
「やろう!こんなチャンス、やるしかないでしょ!」
「そうだ、衣装作ろう!カッコいいやつ。」
「いいですね。やりましょう。ファッション課の史奈に頼んでみる。」
瑠亜が早速、メール配信を出す。
「チーム名も決めなきゃ。」
「申し込んだ時の仮ネーム
『トリプルダンシング』でいいんじゃない?」
「澪奈、短絡的。」
「私はいいと思うよ。ストレートに表現してる。」
「じゃあ決め。それにしよう。」
呆気なくチーム名が決まった。
三人のテンションは更に上昇していった。
5-2 ファンタスティック・ライブ!
2054年8月30日(日)
全ての準備が整い、ついにフェス本番当日を迎えた。
幕張メインアリーナは、会場入場に長蛇の人、開場後は満席になり、フリーダンスイベントとしては異例の盛り上がりだった。
ネットで急浮上した話題のダンスユニットを一目見たい。
人々のそんな想いが揺らいているのが解る。
アリーナを埋め尽くす観客のざわめきが、床下から震動のように伝わってくる。
光の束が交差し、ステージは海辺のように揺れる青と赤のグラデーションで染め上げられていた。
「さあ、いよいよ次のチームは、あの話題の謎のネット配信高校生、『トリプルダンシング!』
名前を呼ばれ、三人がステージに歩み出る。
芽蕗は深呼吸しながら、指先をわずかに震わせた。
波澄は軽く跳ねるように肩をほぐし、紫五月はリズムを刻むように足先で床を叩いた。
観客の視線は熱く、まるで波のように三人を呑み込もうとしている。
――始まった。
1曲目『サイレント・パッション』
ビートが轟き、重低音が胸を打ち抜く。
三人は一瞬だけ互いの目を合わせ、同時に身体を走らせた。
夏祭りで子ども達に見せたあの動きが、今は研ぎ澄まされ、鋭い切れ味を放つ。
回転、ジャンプ、ステップ。ひとつひとつが会場の光と響きに融合し、観客の歓声を引き出す。
芽蕗のターンに合わせて波澄が流れるようにステップを刻み、紫五月がビートを切り裂くようにアレンジを加える。
三人の動きは、もはや個々の身体ではなく、一つの巨大な「音楽の塊」として観客の前に立ち現れていた。
――忘れてはいない。あの夏祭りの声援。あの時に取り戻した勇気。
続く2曲目、ネット配信の曲『peak perchek』
話題になった馴染みやすいメロディに、会場全体がノリを強め、口ずさみながら、ハンドサインの様な振り付けを合わせて踊り出す。
素晴らしい統一感、会場全体が大きな揺らぎを見せながら、澪奈、透香、瑠亜の三人が不思議な散乱光に包まれ、空間に何かの模様が現れる。
ダンスの楽しさ、喜び、希望、幸福、友情等々・・・
その思いが三人を突き動かし、最後のリズムに全てを注ぎ込む。
フィニッシュのポーズを決めた瞬間、幕張の会場は地鳴りのような歓声に包まれた。
芽蕗は汗に濡れた前髪を払い、波澄は息を切らしながらも笑顔を浮かべ、紫五月は静かに両手を上げて応える。
三人は互いの肩を叩き合い、目だけで「ここまで来た」と語り合った。
その歓声の中で、芽蕗の心には、言葉にならない確信が芽生えていた。
――この仲間となら、どんな未来も乗り越えられる。
その余韻に酔いしれる三人の姿を、観客たちは惜しみない拍手と歓声で包み込んでいた。
「なかなか!イイね。 純粋な気持ちが音楽に、ダンスに表れてる。久々にバイブス上がったぜ。」
後ろで縛ったロングヘア、ピアス、サングラス、派手なファッションの一人の男性。
2050年代AIミュージック界に彗星の如く登場した、
新世代DJ『マーシー・ベイク・ジェイカー
【MBJ】』
既に世界的な実力を示す、日本人DJ。
誰も思いもしない使い方でAIミュージックを多層的に組み合わせ、新たなグルーブを生み出す天才。
彼の才能からしても、澪奈達3人のダンスミュージックは新鮮で感動的だった。
「彼女達がのし上がってくれば、いずれ一緒に何か出来るかもな。」
MBJは連れのミュージシャンにそう話しかけて、その場を後にした。
澪奈たちの笑顔は、仲間と夢の輝きに満ちていた。
5-3 見守る眼差し
熱いパフォーマンスに揺れる観客席、
だが、アリーナの最上段。
黒いスーツ姿の女性が腕を組み、冷静な眼差しでステージを見つめていた。隣には淡い色のワンピースを着た女性が並ぶ。
「……すごい熱気ね。」
如月麗華は呟く。
「ただの高校生の舞台にしては異様な一体感です。」ミカ・シャリアが微笑む。
如月は観客席から見た舞台を一瞥した。
照明と歓声が作り出す揺らぎの中に、彼女には説明のつかない違和感が残っていた。
「演出にしか見えないでしょうけど……何かが引き寄せられている。そんな気配を感じるわ。」
ミカは短く頷き、言葉を選ぶ。
「記録には残しておきます。いずれ比較できる日が来るでしょう。」
熱狂と歓声の渦の中、三人はただ夢を抱いていた。
だが二人の観察者には、その夢の裏に微かな「兆し」が潜んでいることが、確かに見えていた。
如月が真剣な表情に戻り、ミカに話す。
「いよいよプロジェクトスタートね。」
「明日の最終チェックで全準備完了します。
今日現在の進捗率98.5%、予定通りです。」
「OK、明日のプラットフォームテストもよろしく。」
アリーナを出た如月はミカと別れ、自動運転タクシーで赤坂のプライベートオフィスに向かった。
2054年9月1日(火)
午前9時政府発表がさりげなく淡々と行われた。
「各種関係機関の調査・分析の結果、ここ2~3ヶ月位の間に、重力変化の自然現象が発生して、何らかの影響を及ぼす可能性が出てきました。」
「そこで、我が国の行政機関および地方自治体が総力でリスク対応プロジェクトを発動させます。」
「まず、全国民の皆様にある無料アプリをインストールして頂きます。これは、重力の変動を感知してお知らせするアプリで、
【DREAM FORCE1】、
通称【MAMORUKUN】
と呼ばれるものです。
エアスマホ、固形スマホ、新旧問わずあらゆるギアにインストール出来ます。
2ヶ月ほどで全国民に行き渡る様、体制準備してまいりました。何卒よろしくお願いします。」
「さらに、気象庁、各種研究機関の監視、病院、ケアセンターなどの医療体制、防衛省、警察、消防の防災体制を強化して、対応します。」
「この様な報道発表に不安になる方も多いかも知れませんが、あくまでも予防的措置の一環です。落ち着いた日常生活を続けられる様、お願い申し上げます。」
政府は、月下事象の緊急事態に関して、国民への発表は、細心の注意を払い、パニック回避のために最高水準のAIアルゴリズムによる分析を積み重ね、核心部分は伏せて発表する事にした。
何の予兆も気配もない中での、政府発表。
人々の反応は「よく分からない」がほとんど。
ネットでは様々な憶測が飛び交ったが、的を得たものは一つもなく、「交通事故に気をつけましょう」「火事に気をつけましょう」などの政府広報の一つ位にしか捉えられていなかった。
大きな動揺もなく平穏な社会の裏側で、
防衛省、空間位相研究センター、宇宙磁気研究所、神岡重力波研究所、つくば電波センター、名古屋大空間位相研究所など錚々たる機関および、全国の警察、消防、AI技術統括局、ITテクノロジーセンター、各種病院、ケアセンターなどが、この日を境に一斉に動き出した。
東京都危機管理センター
新宿中野新橋の大型商業施設「カリラキューブ」の地下5階以下の巨大構造物全体が、関係者以外知られることのない危機管理本部。
月下事象対策準備プロジェクトのメンバーが、9月1日、この施設に集っていた。
「進捗状況100%、全ての準備整いました。」
オペレーターの声が響く。
大型複層モニターディスプレイに各地域の状況、重力波データグラフ、エネルギー分布グラフィック、各機関の報告コメント等、一目で状況を把握できるデータソースを眺めながら、メンバー全員が慌ただしく任務をこなしていた。
「今後のスケジュールを再確認しておきます。」
如月は3Dエアパネルの表示を見つめた。
彼女は特に月下事象発生直前のスケジュールを念入りに確認していた。
フェーズ D:最終二週間(Week 6–8、11月到来前)
11月上旬
すべての監視網を24時間稼働(重力センサー、地震・海底観測、電磁監視、宇宙線・プラズマ監視)。
人員配置:都心・原発周辺・主要港湾に緊急対応部隊を待機。
情報公開計画:万が一の場合の最小限の市民通知テンプレート(避難指示・屋内退避・水道・食料備蓄の注意)を決定。
最終ブリーフィング:閣僚会議でのリスク説明・承認(限定行動の許諾)。
11月13日(前日)
全監視ログの最終チェック。
人員最終配備。
11月14日(イベント発生日)
事象発生→暫定本部は即時被害把握・民間への指示・垂直対応(2次災害防止対策や限定避難指示)を段階的に実施。
各セクションとの打ち合わせを済ませたミカ・シャリアが如月に近づいて、
「いよいよ開始ね。」
「ここまでの準備は万端だけど、少し不安もある。本当に国民に犠牲者を出さないで済むのかしら。」
「大丈夫、皆んなが【DREAM FORCE】を起動させてくれる事を信じるのみだけど。」
センターの館内放送でアナウンスが繰り返される。
「ルナティックアンダーは、5次元物体の通過に伴う3次元宇宙への「影」の通過が正体です。
その際に時空間の歪曲による重力逆流が発生して、強大な重力波が押し寄せます。」
「その重力津波は、理論シミュレーションでは、最大値180.4G 最小値12.7G
瞬間重力通過時の致死水準は8Gです。」
センター内が静まり返る。
ミカの指示により、この情報は今日まで非公開にされており、全員初めて聞かされた。
動揺が走る。
「そんな重力が負荷すれば、ビルですら崩壊するリスクがある。人間も無事では済まされないぞ。」
ミカは、吉川東京都知事、枕崎首相、東伯科学技術省長官の了承の下、最終ミッションを発表する。
壇上に上がり、ドローンマイクに話す、
「私は、これから2081年に戻り、研究所の調整を経て2150年に向かいます。そこで、人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】
を持ち帰ります。」
フロア内がざわつく。
「今回、国民の皆さんがインストールした、重力波感知アプリ【DREAM FORCE1】には、反重力発生機能はありません。その代わり、重力波共鳴機能が内蔵されており、私が未来から持って来る『人工重力発生装置』から発する反重力波を共鳴感知して、重力津波の逆位相重力波を瞬時に発動する事で、その半径2m程度の範囲の重力津波を打ち消す事が出来ます。」
「なるほど、そういう事か!」
東伯科学技術省長官が唸る。
「アプリ自体、ミカ君が未来から持ち込んだ技術内蔵だったから、果たしてどんな使い方するのかと、思っていたが、単なる共鳴装置なら納得だ。心臓部はこれから持ち込む人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】の方か!」
ミカが微笑んで話す、
「1週間で戻ります。それまでに全ての人がアプリを手にする事を望みます。」
「じゃあ、如月長官、早速防衛省の研究棟に。」
「分かった。カプセルポッドのスタンバイは出来てるから。行きましょう。」
二人は足早に危機管理センターを後にした。
「さあ、ここからが本番、皆んな、頑張ろう。」
吉川東京都知事が喝を入れる。
枕崎首相の意向で、重力津波の情報は、ミカの人工重力発生装置が到着したら、発表する事にした。
世界中を説得させるには時間がない。日本が先行して行動して、何らかのブームを起こしてアプリを世界中に普及させたい。
首相は国連本部にアクセスを入れる。
「今、出来る事をするしかない。」
東京が、そして日本が次第に緊張感に包まれてきた。
5-4 それぞれの時間
2054年9月4日(金)
まだ夏の暑さが残る始業式。
暑さを感じない瑠亜が羨ましい、澪奈と透香は瞬間冷凍空間スプレーが手放せない。
「見たよ!芽蕗、すごいじゃん。ダンス!カッコよかった!」
クラスの友達が次々に声を掛ける。
「波澄も見直した!あんな綺麗なダンス見たことない!」
「曲も素敵だった。瑠亜が作ったんだって!
動画再生200万超えてるよ!」
こんなに注目されてしまうなんて想像もしなかったから、三人はちょっと戸惑って、
「へへ、皆んな見てたんだ、恥ずかしいな」
なんて言うのか精一杯。
「学校祭にも出るんでしょ?ダンス見たい!
『トリプルダンシング』ライブ配信!
いい!それやったら絶対拡散するって!」
もう好き勝手騒いでる収拾つかない、
「分かった、分かった。学祭には出てみたいけどまだ何も決まってないって。」
「それは、皆さんが貴方達を応援したい気持ちの表れ。その気持ちに感謝して受け止めて上げなさい。」
いつの間にか、教室に入ってきたAI担任教師
笠宮 涼音だった。
「さあ、皆さん席について。ホームルーム始めますよ。」
「まず、最初に、9月1日の政府発表で皆さん既に知っていると思いますが、
大地震の様な、将来の自然災害に対処する法整備が、施行されます。」
「その一つとして、『重力波感知アプリ【MAMORUKUN】のインストール義務が施行されました。手続きは簡単なので、必ずダウンロードして下さい。」
生徒達は少しざわつく。笠宮は表情を変えずに続ける。
「何も不安になる事はありません。必ず何かが起きる訳ではなく、将来起きるかもしれないリスクに対応しましょうという法律です。」
「家の人とも一度よく話し合ってみてください。」
2学期の始まり、笠宮先生は、進路調査用用紙データを生徒の各ノートPCに転送する。
始業式はホームルームと小テストで半日授業となるので、午後は部活動、帰宅、となる。
その日の午後ーーーー
透香は、いつもの狛江フリーダンススタジオに行く。澪奈は、家の用事を済ませてから来る予定。クラス委員長の瑠亜は、笠宮先生との打ち合わせがあったので、遅れてスタジオに到着。
3時頃から三人揃ってのダンス練習が始まった。
「次の目標どうする?」
透香が訊く。
「学祭ダンスじゃつまらないし、やっぱオーディション探して受ける?」
瑠亜が返事する。
「いや、私達独自の方向を見つけたい。
newVR使った動画で作品仕上げて、ネットで発表して行きたい。」
澪奈の答えに、二人も納得した様子。
「そうと決まれば、早速次の曲、2曲仕上げてきたから聞いてくれる?」
瑠亜が指先の端子から、スタジオ壁面にあるミュージックコントローラーにダイレクトアクセスして音源ソースを再生させる。
ベース音の音圧あるリズムが続き、ドラムが入ってより迫力あるビートが刻まれる。
シンセの強烈なフレーズが溢れ出しイントロが始まる。
「あれ?このシンセ、もしかして桜永教授?」
透香が気付く。
「そう、しかもベース誰だかわかる?」
「そういえば、このベース、物凄く正確なビート刻んでる。しかも音圧も相当。誰?」
「実は、ミカさん、だって。」
透香は更に驚く、
「えっ、市ヶ谷の!」
透香は防衛省に行った事は秘密なので、口にはせずに曖昧に聞いた。
でも、AI情報を共有してる瑠亜は、実はその事を知っていた。
「あの二人って何者?」
「まっ、そのうちわかるでしょ。」
瑠亜も曖昧にボカした。
「じゃあ、この曲に合わせたダンス作ってみますか。」
澪奈が即興で踊り出し、様々なステップを試していく。
「私も。」
透香が横で全く違うタイプのステップを踏む。
二人は夢中で踊り、瑠亜がその様子をアイカメラで録画、データをクラウドに保存する。
ーーーーーーー
2054年9月10日(木)
人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】を搬送してミカが未来から帰還した。
その2日後、
防衛省の月下事象対策プロジェクトの合間、進行状況を確認して、桜永渚夢教授と如月、そしてミカが仕事を上がる。
夜10時過ぎ、帰りに紀尾井町のバーラウンジに立ち寄る。
「お疲れ様、あとは、apjnプロジェクトの被せ方次第ね。」
「ここに来てまで仕事の話?」
「まあ、飲みましょ。」
三人はカウンターで軽く飲む。
「昨日、涼音から聞いたんだけど」
「涼音? ああ、笠宮先生ね。あなたと同期だったよね。お元気?」
ライトビールを注ぎながら話す、
「ええ、彼女のクラスの例の高校生、学校始まって大人気らしいわ。」
ミカが、瑠亜のクラウドデータを見ながら話す、
「あれだけダンスが上手ければ当然よね。将来プロ目指すのかしら?」
如月が微笑む。
「紫五月さんから曲の依頼があった時、まさか引き受けるとは思わなかった。」
「よく言うわよ。あなただってあんなに乗り気でガンガン弾きまくってたでしょ?」
「ついね。若い時のノリが蘇った感じ。セイシユンっていいわね。」
「またまた、オバンくさい事。まだ若いでしょ。」
「歳取らないミカに言われたくないわ、でも若い時の仲間って大切よね。」
「同感です。私達もこうして友達で居続けられる。」
如月が、少し淋しそうな表情をする。
「このプロジェクトが成功して、被害を最小に抑えられたら、あなたは未来に戻るのでしょ?タイムリーパーさん。」
「この時代の私は、今、別のミッションで忙しくて、あなたに会う機会はないわ。2081年の私と
知り合いになれたのは必然だけど、偶然。
いつか、この時代の私とも会う機会は出来るでしょう。」
ミカと如月の話を、桜永が懐かしそうに聴いていた。
紀尾井町ハイパービルの、上空に大きな満月。
初秋の夜は更けていく。
5-5 ダンス・バイト・学園祭
2054年10月28日
やっと秋らしくなってきた、10月下旬
ダンス練習後のカフェで、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人がくつろいでいた。
「そういえば、始業式の時、笠宮先生が言ってた災害対応アプリのインストールやった?」
「うん、すぐに。でもよく分からない。何か役に立つの?」
「災害対応じゃなくて、重力波逆位相起動アプリ。」
「フリーアプリだから気にならないけど・・・ま、いいか。」
「それよりも、お疲れ、今日の練習まとまり良かったね。」
「学祭からまだ日も経ってないし、あの時のテンションが残ってるね。」
ホットカフェラテを飲みながら、澪奈が話す、
「学祭、盛り上がったね。」
「うん、すごかった。もう、ダンパ状態だった。」
澪奈は楽しかった「ダンパ」イベントを思い出して、思わず小声で口ずさんでいた。
「LA.LA.LA・・・」
透香も余韻で体を小刻みに揺らしていた。
瑠亜はネット動画を検索して唸った、
「狛高のダンパ動画100万超えてます!」
「さすが、エルリード、ラットナック!」
ちょっと間があって、澪奈が呟く、
「これって広告収入入るの?」
「何?どしたの?お金?」
「うん、今後のライブ活動考えた時、やはりお金必要だから。」
「クリスマスパーティや年末ライブ考えたら、チケット売る自信ないし、自費でやると高くつきそう。」
「何か、バイト探さなきゃ。」
急に真剣な話になって現実に戻った感じで、詮索してると、クラウドダイレクトアクセス中の瑠亜が、口を開く。
「いいバイトあります。時給2万円。」
「それってヤバくない?」
「いいえ、つくば大学空間位相研究センターで行動管理実験参加だって。」
「つくば大って、夏の合宿で行った・・」
「そう、あの大学の研究所らしいよ。あっ、条件は『ダンスの上手い人』だって!ダンシングによる生体反応データを取りたいらしい。私達にうってつけじゃない?」
「いいね、やってみようか。申し込もう、ダメもとだし。」
早速、瑠亜がエントリーを入れる。
5-5 実験参加
2054年11月2日(月)
「芽蕗澪奈、バイト申し込み来ました。」
研究職員から報告が入る。
「OK、それで採用決定入れて。」
つくば大空間位相研究センターでプロジェクト進捗の確認をしていた、防衛省特殊事案研究班司令官の如月麗華が、防衛省市ヶ谷本部のミカ・シャリアにダイレクトアクセスで連絡を入れる。
ミカは、今相当に多忙で、2150年の未来の時空間総合研究所から持ち込んだ、人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】の駆動コントロール方法のレクチュア、スマホアプリ【DREAM FORCE1】との共鳴メカニズムの説明、シミュレーションプログラムのAIアルゴリズムへの取り込みや、リスク管理方法の策定、その他多くの関連部署との調整に走り回っていた。
やっと一息ついて、如月からのメールを見る、
「あの子達、ここに来るんだ。」
前から気になっていた、特異体質の女子高生。
「芽蕗さん、波澄さんの能力が重力波の影響で、何らかの変化があるかも知れない。」
「悪い影響が、なければいいけど・・」
2054年11月3日(火㊗️)
「バイト採用決まったよ。」
透香が連絡を入れる。
「ホント?良かった。日にちは?」
「7日と14日、共に日曜日、送迎カー出してくれるって。」
2054年11月7日(土)
「おはようございます。本日はお世話になります、宜しくお願いします。」
午前8時
芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人が、送迎自動運転カーでつくば大学に到着。
出迎えたのは、行動技術エネルギー研究チームの夏迫教授。
「よく来たね。お疲れ様、では、まずミーティングルームに。」
三人が導かれたのは、医学部精神医学研究棟のC2ビル。明るい全面ライトグラスの建物。
2階のミーティングルームで説明を受ける。
「今日と来週、君達にやって貰うのは、ダンシングにおける身体情報と精神情報の計測です。」
「ダンスする時に、『アガる』とか、精神的な高揚感があるでしょ?それの科学的分析、それに、身体的にも軽くなったり、熱くなったりする事の分析、これが主題。
心配する事ないよ。普段通りのダンスをしてくれれば。うちの研究班にはダンス上手い奴一人もいなくて、データが集まらなくて。
とにかく、今日一日宜しく頼みます。」
それを聞いた三人は少し安心した。
難しい事をさせられる訳ではなさそう。
いつもの練習通りに踊ればいいんだ。
「では着替えてきます。」
更衣室で練習着に着替える。
研究所バイトの実験環境
《装備》
- ヘッドギア:脳波・精神感応波を測定。VR空間インターフェースも兼ねる。
- ボディウェア:全身にモーションキャプチャー用センサーを内蔵。心拍・筋電図なども同時計測。
- ミニドローン群:周囲を飛び、近接映像・立体動作データを収集。照明や音響補助も可能。
《実験環境》
- 密閉型のスタジオ空間(実験室)。
- 壁面は全周ディスプレイ/ホログラム投影装置。
- 音響は高出力AI制御のサラウンド。
- VRダンスPLを模したような「研究用ホログラム舞台」で、3人はセンサー装備のまま踊る。
- 研究テーマ:「音楽波動が人間の感情・動作・精神共鳴にどう影響するか」。
実験スタジオに入った三人は、研究班メンバーの指示通りに、練習着の上に超軽量ボディスーツを着けて、ヘッドギアを被る。
スーツ表面のナノマシンセンサーがキラキラ輝いている。
ミニドローンの映像撮影機が浮遊する中、スタジオ壁面の巨大なホログラムミラーの前に立って、スタンバイをする。
「ダンス時の演奏曲は何か用意してる?」
係員が訊ねる
「あっ、この曲お願いします。」
瑠亜が左手首のレーザーポインターから正面左の操作パネルの受光レンズにデータラインを送る。
「わかりました。曲名は『サイレント・パッション』ですね。」
係員が曲をオンエアしようとした時、
澪奈が声をかける。
「その前にウォームアップしますので、少し時間ください。」
三人でアイソレーションとリズムトレーニングで計12分、準備を整えてからダンシング開始。
実験サイドがこのダンスに、何を求めているのか分からない以上、好き勝手にやるしかないと澪奈は、最初からいきなり即興ダンスを入れてきた。
曲のリズムを独自のポリリズムを付け加えて、多彩にステップを変化させる。
澪奈に合わせる意思がない事を知った透香は、その自由奔放なダンスに対極的なステップを加えて、覆い包むような優しい振り付けを見せ始める。
空間が破壊されるような激しいダンスと、空気を透明化させる様な澄んだステップ。
瑠亜は、その二つの個性を上手いバランスで取り持つ様なダンスで繋いでいく。全て計算され尽くした様な正確なステップで、二人のバラバラなダンスの平均値を瞬時に綺麗に演じていく。
三人の天才がぶつかり合い一つの個性を生み出す様な2054年型ヒップホップダンスだった。
ナノマシンセンサーが、大量のデータを取得し、その結果をモニターに表示していく。
「これは凄いね。プロダンサーでもこの数値は叩き出せない。彼女ら特有の『チカラ』があるのかも。」
夏迫教授は、やや興奮気味に唸る。
やがて、スタジオ内に何か弾ける様な音がして、澪奈の周りのあちこちで光の粒が瞬き始める、
「空気中にイオン、いや、何らかのプラズマが発生して、分子衝突して分解している様です。データ値が分子崩壊を示しています。」
オペレーターが報告を入れる。
「もう一人の子の足元見て下さい。少し浮いています!空中に浮遊した状態でダンスしている様です!」
透香の体が浮いて、もともと澪奈より背の低い彼女が、同じ身長になって踊っていた。
「しかも、体が半透明になり始めています。こんな現象は初めて見ます。貴重なデータが撮れそうです。」
オペレーターは興奮気味に話した。
5分半の曲はエンディングを迎え、三人それぞれ得意の決めポーズでフィニッシュとなる。
一瞬の静寂、三人の荒い呼吸音が聞こえ、続いてスタッフから拍手が聞こえてきた。
「ありがとう、素晴らしいデータが取れたみたいだ。後でモニタールームで撮影動画を一緒に見よう。なかなかのパフォーマンスだよ。」
夏迫教授も拍手して三人を迎えた。
「ありがとうございます。お役に立てたのなら嬉しいです。ヘッドギアのVR映像に不思議な世界が一杯映って楽しかったです。」
澪奈が満足げに言った。
「何か夢中になって踊ってたら、体が消えたり、飛んだり・・・いえ、そんな感覚がしてきたダンスになりました。」
透香は、透明化と浮遊フライト能力の事を隠しつつ、曖昧に状況を説明した。
「二人のダンスの意外性に、ずっと驚かせられていました。平均値を取るのか難しくて。」
瑠亜のAIアルゴリズムも予想出来ないインプロビゼーションだった。
「来週、もう一度この実験をやるから、是非、お願いしますよ。期待しています。」
夏迫教授が微笑みながら話す。
「来週は嵐の様な自然現象があるらしいから、無理せずに、来れたら来てくれればいいから。」
来週、11月14日に何かが起きる、
こんな漠然とした不安が社会全体に漂っていたので、誰もがそんな風に話していた。
第6章 月下事象
(lunatic under phenomenon)
6-1 発見
2054年11月14日(土)
日本時間午前2時41分
最初に異変に気付いたのは、火星アラビア台地に建設された無人天体観測装置《ミリオン》だった。
みなみうお座の、フォーマルハウトの方向に突然『真っ黒い点』が現れた。
ミリオン搭載のAI判定は、『不明、ダークマターの一種と推測』との一報が入った。
日本時間午前3時18分
続いて、この『黒い物体』を観測したのは、国際共同宇宙ステーション《ミルテイフォックス》搭載の電波望遠鏡【リズミックワン】
真っ黒い物体は、次第に大きさを増しており推定速度『光速の77.8%±9.2』との推定値。
正体は不明。質量は計測不能。
日本時間午前4時07分
「これが例のブラックワンか。」
リチャードはキーボードを叩きながら、可視化モニターを見つめた。
アメリカ合衆国最大の電波望遠鏡グリーンバンク望遠鏡(G BT)
ウエストバージニア州にあるオフセットカセグレン光学系望遠鏡の光学監視技士のリチャード・マグナリムは、獲物を狙う捕食動物の様な眼差しで、嬉しそうに眺めた。
30分前に仮想口径8860kmのngVLAの専用AIから連絡を受けていたので、受得データをエッジングナノマシンで具現化した。
日本時間午前4時08分
日本で最初に異変に気付いたのは、宇宙気象庁でも、明石電波望遠研究所でも、東大宇宙研究所でもない、世界最高レベルの天才ハッカー
如月 光正(きさらぎ こうせい) 22歳
相棒のスーパーAI【ポンタ3号】と共に世界ネットワークの8割を把握している彼の情報網が、
不思議な黒い物体情報を拾い上げていた。
「我ながら凄い情報を掴んだものだ。姉さんにも見せてあげたい。多分これを追っかけてたからな。」
如月光正は、姉の如月麗華にダイレクトアクセスをする。
「最大直径20万km、推定移動方向長さ54億km
途方もなく巨大な、真っ黒い物体が太陽系に侵入し始めた。4.246光年先のプロキシマ・ケンタウリ方向から来たらしい。正体は不明。」
日本時間午前4時10分
如月光正が、黒い物体の存在を知る2分後に、
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、
内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所等の合同対策本部
『ニューアスピレーション・プロジェクト【NSP】』は、
LUNATIC UNDER RROTECT 1
を開始した。
NSPのマザーAI『パラマウント ラディアンズ』は、集積情報から15分前には、推測結果をアウトソースしていた。
6-2 侵入
日本時間午前4時28分
月面基地『ルナ・インクィリィ』と、火星の『ミリオン』が同時に、謎の黒い巨大物体が冥王星軌道を通過した事を観測。
ついに太陽系惑星内に侵攻し始めた。
日本時間午前5時
内閣情報局緊急招集。
黒い物体は金星の5倍程度の黒い点として、空に見えていた。
日本時間午前5時30分
内閣府緊急閣議
黒い塊は少しずつ形を変えながら、夜明けの空に黒い穴が空いたかの様な不思議な光景を見せていた。既に複数の目撃者から「UFOだ」との情報も寄せられ、民放もUFO目撃?ニュースとして放送に乗った。
日本時間午前6時08分
イタリア、ドイツ、クウェート、サウジアラビアの共同宇宙事象研究機関が、『凄まじい重力波を伴った空間の歪み』が、太陽系内を通過するとの見解を明かす。
欧州最高のAIアルゴリズム『ミューラ・クラミサ』が、重力異常に注意喚起を行う。
しかし、バチカンはこの件については沈黙していた。
日本時間午前6時34分
国際宇宙観測機関『ISWO』が、重力波異常の可能性と、『重力津波』の発生リスクを予測。
注意喚起を行う。
日本時間午前6時35分~58分
『重力津波』の言葉に社会が過敏に反応、SNSを通じて瞬く間に拡散。
逃げ場のない恐怖の様な表現で、面白おかしく取り扱われ始めた。
日本時間午前7時15分
『ブラックウィアード・・黒い謎』
まだ、単なる不思議な自然現象として報道されている黒い物体は、ニュースではこう呼ばれていた、
通勤途中の人々は、エアスマホを空にかざし、日食や月食を見るかの様な気分だった。
日本時間午前7時48分
つくば大空間位相研究センター
2次災害防御対策として利用出来ないか検討していた、新型エネルギー転移装置
『空間転移レーザーパルス・オメガ1』
の稼働準備に入る、理論シミュレーションと、1/20ミニモデルでの実装テストでは成功していた。
「地球全体を覆う災害には対応出来ないが、一部重要施設等の防御、安全場所への転移などは、可能かと思う。」
滝井教授と研究チームは実用化を急いだ。
日本時間午前8時
「来ました、9時からの政府見解発表の原稿データ。見て下さい、デスク!これ、本当ですか?」
民放ネットTVチャンネル最大手「ALRS55」の稲葉デスクが目を通す。
「5次元?影?こんな事、本当に政府が発表するのか?信じられん。」
「とにかく、政府発表に備えて、3時間枠取ってしまえ。責任は俺が取る。地方局とのリンクと、各研究機関への取材準備しとけ。頼む。」
デスクはすぐに部屋を後にした。
「ブラックウィアード」は、月の大きさにまでなっていた。
6-3 ミカの帰還
日本時間午前8時30分
防衛省特殊事案研究班司令官室と、東京都危機管理センターのリモート会議システムで、如月麗華とミカ・シャリアが話していた。
「ただいま戻りました。麗華、1週間ぶりかしら?』
「タイムリープした、あなたの感覚では実感がないでしょうね。お帰りなさい、ミカ。無事で何より。」
ミカはクールな表情で微笑んで言った、
「持って来たわよ。人工重力発生装置《修羅闘気》
SHURA TOUKI 凄いシステムよ。」
「どこにあるの?」
「上よ。空の上。」
「えっ?どういう事?」
如月は、要領を得ないので訊ねた、
ミカは、表情変えずに明るく言う。
「全長114km、厚さ4.8km、超巨大な円形構造物。しかもステルス、それ自体人工重力で浮遊してるの。」
如月は、窓から外を眺める。
青い空と、白い雲と、月の2倍位の黒い物体以外、何も見えない。
「レイリー散乱光学効果で空の色と同化してるから、微かに輪郭くらいしか見えないの。」
確かに、目を凝らして見ると、空全体の1/4くらいの大きさの円形輪郭が見えた。
巨大だ、何という巨大!
「それ、人が乗れるの?」
「全てAIコントロールだから、操縦室はない。
でも、監視ルームはあるから、乗る事は出来る。」
「どういうシステム?」
「簡単に言えば、地球全体に逆位相重力波を発生させる装置。到達する重力波の計測と、その逆位相計算装置、そしてコア部分に重力波発生装置。2150年の最高水準テクノロジーでも、この大きさになってしまう。ダウンサイジングはこれが限界。」
「Neo国際宇宙機関(NISO)主導で、月資源を相当使って、高度300kmの宇宙空間で作ったようなの。
2150年には、世界で3台あるのよ。」
「歴史認識委員会で、月下事象の重要性は理解してもらって、1台チャーター出来たの。」
上空の薄い雲より高い位置に、とてつもなく巨大な空がもう一つあるような感じだった。
日本時間午前8時42分
「重力波振幅キャッチしました。」
研究員の一人が叫ぶ。
岐阜県神岡市のスーバーカミオガンテ、その重力波観測ドーム内に重力波振幅検知器が反応した。
日本時間午前8時50分
東京都狛江市立黄葉幼稚園、母親に連れられて来た3歳児達が、一斉に『来たよ、来た。』と言いながら、お絵描きを始める。皆んなタブレットに真っ黒いマルを描いて、その右下に四角や三角、星型など様々な模様を描いていた。
全国の幼稚園で3歳児だけこの様な絵を描き始めていた。
日本時間午前8時55分
「本番5分前です。」
緊張した空気が伝わる。
枕崎首相が公共放送機構のスタジオで、原稿プロンプターを確認していた。
国民に向けて重要かつ緊急な報告と要請を伝えるため。
「これは私の責務だ。必ずやり遂げる、
未来からの警告と支援を無為にしない。」
首相は小声で自分自身に強く言い聞かせた。
6-4 首相の願い
日本時間 午前9時00分
公共放送機構 緊急特別番組
カメラが点灯し、スタジオ全体に緊張が走った。
国民の期待と不安が、すでに世界中からこの一点へと注がれている。
演台に立つのは、日本国首相――枕崎昌也
背後には国旗と内閣府の紋章。両脇には防衛省・科学技術庁の高官が並び、事態の重大さを示していた。
枕崎は深く一礼し、ゆっくりと口を開いた。
「国民の皆さま、そして全世界の人々へ。
ただいまより、日本政府として、極めて重大な発表を行います。」
張り詰めた空気が、放送を見守る人々の胸を締め付ける。
「本日未明より、太陽系外より接近している巨大な黒色の物体が、観測機関により確認されました。
その大きさは、すでに月を凌駕しつつあります。正体は未だ不明ですが、最新の解析によれば――これは高次元の影、すなわち『五次元空間からの干渉現象』である可能性が高いと結論づけられました。」
「この物体を、『ブラックウィアード』と呼んでいますが、観測上は、太陽系に最も近い恒星系プロキシマ・ケンタウリから飛来して、光速の約8割の速度で太陽系に接近、本日早朝に冥王星付近を通過したと見られています。」
「しかし、専門機関の分析結果によると、これは、5次元世界のとてつもなく巨大な物体が移動していて、それが4次元時間軸を交差する時に、我々の宇宙、つまり3次元世界にその影が投影されて出来た現象だと結論されています。」
「つまり物体の影が、どんどん大きくなって、地球の近くまで膨張して、いずれピークを超えて小さくなっていく現象と考えられます。」
「したがって、影自体には悪影響となる要素はないのですが、その巨大質量の移動による重力場の大変動が、大きな重力波を発生させ、その『重力津波』が地球全体に多大な影響を及ぼすものと考えられます。」
ショッキングな内容に人々は耳を疑った。
画面に映し出されるのは、研究機関から提供されたシミュレーション映像。
青い地球の上空に、もうひとつ「黒い月」が重なり、やがて重力の波が大地を揺るがす様子が描かれていた。
「この現象は『月下事象』と呼称されます。
科学的には、莫大な重力波と時空の歪みを伴い、今後数時間以内に地球圏へ重大な影響を及ぼすと予測されています。」
一瞬、首相は言葉を切り、原稿プロンプターから目を離した。
硬い表情のまま、視聴者一人ひとりに語りかけるように視線を上げる。
「我々政府は、国内外の研究機関、そして未来社会からの支援によって、この未曾有の災厄に立ち向かいます。
全国民の皆さまには、直ちに配布済みの《重力波対策アプリ》を起動し、通知に従ってください。これが唯一、身を守る術です。」
背後のモニターには、重力波感知アプリ
【DREM FORCE1】・・愛称【MAMORUKUN】
の起動画面と使い方が映し出される。
「繰り返します。アプリを起動し、通知に従うこと。それが、皆さんの命を守る行動です。
――どうか落ち着いて、互いに助け合ってください。」
枕崎の声がわずかに震えた。
だがその眼差しは、強い決意に満ちていた。
「この国を、そして人類を、必ず守り抜きます。
どうか、信じてください。」
深く頭を下げる首相の姿が、画面いっぱいに映し出される。
スタジオ内も、街頭のモニターの前も、誰もが息を呑んでいた。
世界は、もはや後戻りできない局面に踏み込んだのだった。
6-5 裏の助っ人
日本時間9時27分
枕崎首相の質疑応答と論説者の解説放送が続いていた。
そして、
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、
内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所等の合同対策本部
『ニューアスピレーション・プロジェクト【NSP】』が、
LUNATIC UNDER RROTECT 2 段階に移行した。
如月麗華は、弟の如月光正から黒い物体の第一報を聞いた後、すぐに始発で防衛省特殊事案対策班司令部に来るよう呼び寄せた。
天才ハッカーの実力が、この緊急事態には必要と麗華の直感が働いた、
麗華は、光正を地下16階の広大なサーバールームに連れて行く。異様なほど林立するサーバーマシン群が点滅している。その一角のオペレーションボックスに光正を座らせ、2054年最高レベルのスーパーコンピュータ『CAT YAWN』のアクセス権限を一時的に付与した。
「姉さん、これ。使っていいの?マジ?」
「これから始めるステージIIでは、どうしてもあんたのチカラが必要なの。」
「そりゃ、姉さんの頼みなら断るはずないけど・・何すればいいの?」
麗華が一息ついて話す、
「黒い物体、どんどん大きくなって、数時間地球を覆うの。その時物凄い重力波が襲って、人々は圧死してしまう。そのリスクから身を守るのが、あんたも知ってる【MAMORUKUN】。」
光正が半笑いする。
「あのポンコツアプリ?アレが何の役に?」
麗華が操作キーを叩きながら話を続ける。
「この危機を回避するため、未来から人工重力発生装置を用意したの。その作用を皆んなの持ってるアプリに反応させて、身を守るバリアを作ると思ってもらえはいい。」
麗華の簡単な説明に、光正は咄嗟に理解した。
「そっか、そういう事か、つまり重力津波の反位相の重力波を人工的に発生させて、重力場を中和する。そのための『揺らぎ共鳴端末」なんだね。ポンコツアプリにそんなカラクリがあったとは!」
『でも、国民みんながあのソフトインストールしてるか、起動させてるかわからない。そこであんたの出番。」
麗華が光正型に手を置き、目を見つめて言う、
「ここのシステム全部使っていいから、全国民のアプリを起動させて欲しい。勿論、強制インストールもさせて。」
「エアスマホ持ってない人は?」
「『アーチドロップ効果』を利用しなさい。」
「なるほど、複数の持ってる人のアプリが起動すれば、その間にいる人も影響傘下に入るアレか!」
光正は、既にプログラムソースコードを叩き込み始めていた。
「どう、間に合う?」
麗華が少し不安げになる。
「姉ちゃん、オレを誰だと思ってるん?
あの天才ハッカー『メタグレー』こと如月光正だぜ!」
光正はヘッドギア、ゴーグルを装着して、既に強引にシステム内に侵入を開始していた。
「やるさ!俺のチカラで世界を救えるなら、いいバイトさ。こんなのバイト感覚で充分さ!」
まるで光彩イリュージョンの様なサーバーマシーンの点滅の中、光正が両手、両足、眼球、口語を駆使して、システム構築を進めて行く。
システム職員、IT技術者達が驚きの眼差しで見つめる中、プログラムの進捗状況が表示される。
「進捗率17%--28%--45%--61%」
数値がみるみるうちに上昇していく。
「74%--85%」
光正が叫ぶ、
「ああ、そこでぶつかるか!」
「どうしたの?」
「strength synergy ssver2.0 って何?これにアクセスしないと駆動出来ない。」
麗華は顔を曇らせた。
「人工重力発生装置、2150年の代物よ。」
「じゃあ、コレが未来のシステムか!
是非中を覗きたい!」
光正は少し微笑んで、すぐに真顔になる、
「でも、いくらアクセしても、何だか柔らかくもてなされて、やんわりと追い出されるんだ。」
麗華はミカの言葉を思い出した。
「MIMO理論ね」
「?」
「MELT IN MELT OUT理論、2150年の未来にはシステムハッカーは存在しないんだって。この理論が構築されて、ハッキング行為自体が意味をなさないらしいって。」
「そうなの?」
「ミカに聞いたわ。コンピュータウイルスやバッキングが侵入しても、柔らかく包み込んで、優しく追い出すそうよ。頑丈に防御するのでなく、一旦取り込んで排出するらしいの。詳しくは私も分からないけど・・・」
麗華が続ける。
「ミカはAIヒューマノイド、未来から来たタイムリーバーよ。システムアクセスしたい時は、『私にアクセスして下さい』って言ってたわ。」
『待って、光正、今ミカに連絡してみる。」
言い終えたと同時に麗華のエアスマホが点灯する
「ミカ?ああ、そう。分かってたの。その件、今、光正ここにいるわ。そう、アクセスいいのね。ありがとう、早速伝えるわ。それじゃあ。」
光正が訊ねる、
「どしたの?姉さん?」
「今、ちょうどミカから連絡、分かってたみたい。光正、コレ、ミカのアクセスコード、AIヒューマノイド ミカシャリア に直接アクセスして、strength synergy ssver2.0 にダイレクトアクセス出来るって。」
「そっか、ミカさんの心覗くのはちょっと気が引けるけど、緊急事態だから。じゃあ、やってみる。」
光正は麗華のエアスマホからデータを受け取り、ミカへのダイレクトアクセスを始める。
7分後、光正は人工重力発生装置
strength synergy ssver2.0
へのダイレクトアクセスに成功する。
「スゲー!未来の技術ってホンモノ!
そうか、こういう理屈なんだ!」
「感心してないで急いで頂戴、光正。」
「ここからは早いよ。あと45分で全国民向け反重力位相波発生駆動アプリプログラムの完成さ!やるぞポンタ3号!」
如月光正が本気を出した。
6-6 政府発表後の反応
日本時間 午前9時15分
政府発表直後――国内の反応
公共放送を皮切りに、全てのメディアが臨時特番へ切り替わった。
街頭ビジョンにも枕崎首相の映像が流れ、出勤途中の人々が足を止めて見上げていた。
「……五次元の影? 月より大きい……?」
「アプリ起動しろって言われても、本当に意味があるのか……」
ざわめきが街に広がり、リニア電車内でも多くの乗客が一斉にエアスマホを操作した。画面に映るのは《重力波対策アプリ》の起動画面――ブルーの光が端末を覆い、波紋のように拡散する。
⸻
日本時間 午前9時30分
コンビニやスーパーでは、すでに買い占めが始まっていた。
水、非常食、乾電池……次々と棚から消えていく。レジ前には長蛇の列ができ、時折小さな諍いが起こる。
一方で、宗教団体や新興カルトは「神の審判が下る」「祈れば救われる」と街頭で訴え始めた。
無関心を装う人々の中にも、耳を傾けて立ち止まる者が少なくなかった。
⸻
日本時間 午前10時
学校や企業でも混乱が広がった。
文部科学省は全国の小中高校に「半日で下校」を通達。
だが都市部では、子どもを迎えに行けない保護者が職場から我が子にメールを送り、オフィス内も緊張に包まれる。
「本当に昼から地球を通過するのか?」
「5時間……生き延びられるんだろうか」
誰も答えを持たない問いが飛び交い、管理職も決断に迷いながら「今日は在宅勤務に切り替えろ」と指示を出す。
⸻
日本時間 午前11時
政府からは再び速報が流れた。
《12時過ぎに第一波の重力干渉が到達する見込み。各家庭はアプリを必ず起動し、屋内で待機せよ》
東京の街は、まるで巨大な嵐を待つ前のように不気味な静けさを帯びていった。
普段は喧噪に満ちた新宿駅前でさえ、人の声が低く抑えられ、誰もが空に浮かぶ「とてつもなく巨大化している黒い物体」の輪郭を見上げていた。
太陽のすぐそばに、あり得ない巨大な影――。
それは、現実感を奪い取るほどに異様な存在感を放っていた。
6-7 第一波到達 ― 黒影の侵入
日本時間12時04分。
空の色は突如として変わった。
黒い影が、太陽を遮りながら拡大していく。やがて空の三分の二を覆い尽くしたとき、街は一瞬にして夜のような闇に沈み込んだ。
外気温が一気に低下していく。
子どもが泣き叫び、誰かが祈りの言葉を繰り返す。人々はただ見上げるしかなかった。そこにあるのは、宇宙から迫る「存在そのものが不明な闇」だった。
その時だ。
太陽光が失われたことで、今まで視覚的に同化していた構造物が浮かび上がった。
空の高み――大陸のように広がる
人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】
別称《修羅闘気》 SHURA TOUKI
まるで天空にもう一つの世界があるかのように、その輪郭は人々に圧倒的な存在感を見せつけた。
コア部が赤白青の光を帯びて脈動し始め、逆位相重力波発生シークエンスが起動する。都市全体を包み込む低周波の震えが、地面から伝わった。
⸻
東京都災害対策センター。
大型スクリーンには世界各地のリアルタイム映像が並び、各国から悲鳴に似た通信が流れ込んでいた。
「重力波、一次波到達まで残り二分」
「各拠点のアプリ起動率は……67%に留まっています!」
焦燥するオペレーターの声に、如月麗華司令官は短く息を吐いた。
「……光正、間に合って」
隣でミカが端末を操作しながら言う。
「修羅闘気の出力、安定確認。逆位相重力波、同調開始しました。間に合います」
冷静な様子で淡々と告げた。
⸻
同じ頃、東京の片隅。
光正は額に汗を浮かべながら、ポンタ3号のAI端末を睨みつけていた。
「ちっ、こんな時に……! まだ三割もアプリ起動してない奴がいるだと!? バカかよ!」
怒鳴りつつも、指は狂ったようにキーボードを叩く。
「……ごめんな、姉さん。でもこうするしかないんだ」
彼は国家サーバーに侵入し、全国民の端末に強制アクセスを開始した。
一斉にスマートデバイスが点灯し、アプリが自動起動する。日本列島の上空から見るなら、それはまるで数千万の光が同時に輝いたように見えただろう。
⸻
日本時間12時07分。
ついに東京に重力波第一波が到達。
重力観測計は、1.2Gから一気に3.8Gに上昇。
空が軋み、ビルの窓ガラスが一斉に震え、街の人々は一瞬地面に押し付けられた。道路が生き物のように脈打ち、重力が狂い始めた。
だが次の瞬間、修羅闘気の逆位相波が応答。衝撃は緩和され、建物の倒壊は免れた。
人々のスマートデバイスが一斉に光を放ち、半透明の揺らめきが個々を包み込むように展開された。
それは光正の仕掛けた緊急防御フィールドだった。
「……よし!」
光正が叫ぶ。
画面の向こうで麗華は、その反応を確認すると小さく笑みを浮かべた。
「よくやったわ、光正」
だがその声の裏にある緊張は、まだ消えなかった。
――影の通過は、まだ始まったばかりなのだ。
6-8 世界各地 ― 第一波通過の記録
アメリカ・ワシントンD.C.
「現在、ホワイトハウス前では数万人が空を仰いでいます。黒い影は太陽を完全に覆い、街灯が自動点灯しました。通勤中の車列は混乱し、非常電源で稼働する信号機が赤く瞬いています。FEMAは緊急避難警報を発出、しかし市民の動揺は収まっていません。」
ブラジル・リオデジャネイロ
「カーニバルの広場に集まった市民は、黒影を『空の怪物』と呼んでいます。ビーチ沿いの建物は一部揺れ、観光客が避難を開始しました。気温が急低下し、アマゾン熱帯域で雲の発生パターンが崩壊、気象庁は異常気象に備えるよう呼びかけています。」
欧州・ベルリン
「鉄道網が全域停止。市民は地下シェルターに誘導されています。欧州連合合同会議は『影』を自然現象と断定できず、全加盟国に防衛出動を要請しました。街角の巨大スクリーンには“BLACK EVENT”の文字が点滅しています。」
中東・ドバイ
「摩天楼群が黒影に覆われ、太陽光発電施設はすべて停止。経済中枢は沈黙しました。市民はモスクに集まり、祈りを捧げています。政府は空軍を緊急発進させましたが、黒影には干渉できない状態です。」
インド・ムンバイ
「ガンジス川流域で潮位が不自然に変動しています。都市は大停電に陥り、医療機関が混乱。インド工科大学の研究者は『重力波の通過が局地的な時空歪曲を引き起こしている可能性』と発表しました。」
オーストラリア・シドニー
「街の人々は海岸線に押し寄せ、黒影を見上げています。学校は休校、政府はすべての通信を国家ネットワークに統合しました。国防軍は米国・日本と共同で観測データを送信しています。」
南極・アムンゼン基地
「氷床が軋む音が響き渡り、観測施設のセンサーが一斉に警報を発しました。地磁気異常の影響でコンパスは機能せず、通信は低軌道衛星経由に切り替えられています。」
6-9 第2波の歪み
日本時間12時38分
重力波第2波が到達、
重力は5.7Gまで上昇。
上空の雲が重力に押されて高度70mまで降下、小規模の群発地震が発生、関東では浅間山、箱根新山が小規模噴火、伊豆半島沖の海底火山も噴火を始めた。
日本海溝の一部で海底断層崩壊があり、数十センチ程度の津波も発生した。
人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】
別称《修羅闘気》 SHURA TOUKI
は、順調に稼働して、逆位相重力を放射し続け、
人々のエアスマホに重力共鳴効果をもたらして、命を守り続けた。
ああ、これで安全は保証された。
人々が安心し始めた時、突然それは起こった。
6-10 恐怖の瞬間
日本時間 12時51分
第2波の到達は、東京および全国の都市に歪みと破壊をもたらし始めた。
圧迫は第1波の比ではなく、地面が悲鳴をあげる。
「数値急上昇!重力加速度+5.7G!」
「人工重力装置の負荷パラメータ増加!」
オペレーター達が青ざめる。
重力波の威力は増加し続け、2分後には8Gを突破。人間が圧死する水準、反重力逆位相のフル稼働で、アプリ共鳴が功を奏し、人々は何とか無事でいた。
日本時間 13時03分
重力計測器が12.7Gを示す。
上昇し続けていた重力がこの水準で横這いとなる。
古いビルの一部が崩壊し始め、軽自動車が軋み潰れ始めていた。
そして、15分後
日本時間 13時12分
第2波 ―― 巨大な影は、空の二分の一から三分の二を覆い尽くし、街全体を異様な闇に沈めた。
昼であるはずの世界は、夜よりも深い影に覆われ、太陽の存在が完全に消えた。
「……見える。」
麗華が窓辺に立ち、唇をかすかに震わせる。
そこには、青空と同化していたはずの《修羅闘気》の巨体が、ついに人々の眼前に現れた。
光を奪われたことで、輪郭が鮮明になり、直径百キロを超える円環が大気の上層に堂々と浮かび上がっていた。
巨大な円環構造が「共鳴振動」を起こし、軌道がわずかに揺らぐ。
「起動シーケンス、逆位相発生開始!」
ミカの声に合わせ、轟音なき振動が都市を揺らす。
大気そのものが軋むような感覚。
――だが、次の瞬間、警告音が重なった。
『システム警告:位相ズレ発生。出力過負荷。安定値を逸脱。』
人工重力装置《修羅闘気》の一時不調が発生した時、予想以上の振幅で出力が不安定化した。
「オーバーワークだ!」
研究員の叫びが飛ぶ。
麗華は振り返り、冷静な声で言った。
「落ち着いて。持ちこたえさせるのよ。ミカ、あなたにしか出来ない。」
「……わかってる。」
ミカの指が高速でホログラムパネルを走り、重力波の調整値を入力していく。
瞳の光彩は、分析モードで微振動し、
額には珍しく汗が滲んでいた。
日本時間 午後1時15分
一方その頃、如月光正は防衛省の奥深くで、ポンタ3号と共に端末にかじりついていた。
「もう待ってられない。姉さんが命張ってんだ。国民全員、守ってやる!」
「モード・オーバーライド。全国通信網、掌握。」
彼の指先が踊ると同時に、全国民のスマホにインストールされていた防災アプリが一斉に起動した。
画面には黒い円と、青白い逆位相パターンが自動展開する。
誰も操作していないのに、数億の端末が一斉に同じ光を放ち、都市のあちこちで青い反射光が宙へと伸びていった。
「ふふ、どうだ……俺の最高傑作だろ、姉さん!」
光正は興奮混じりに呟く。
危機管理センターとのリンクモニター先の麗華に話しかけるが、先方からは緊急事態の報告が飛び込んできた。
冷却コア、過負荷! 熱異常警告です!」
「逆位相発生がズレてる、再同期を!」
麗華が叫ぶ。
ミカは演算コアを再起動しようとするが、何らかの"共鳴波”の干渉で制御系が一瞬遅れる。
重力波が暴れ、地上の構造物が揺れ始めた。
光正は震える指でキーボードを叩いた。
「――全端末強制起動。民間アプリ連携、全国民の端末をリンクする!」
「なにをする気!?」
「ミカの制御領域を拡張するんだ! ネット全体で、逆位相の補助演算を分散処理する!」
その瞬間、全国のスマートデバイスが一斉に起動した。
画面に同じ紋様が浮かぶ。
「Protect the Earth」――。
数億人の端末が、ミカの制御系に同期し、地球規模の補助演算網が形成された。
ミカは息を呑むように瞳を閉じた。
「……光正、麗華さん。もう少しで……!」
再び光が都市を包む。逆位相波が安定し、装置の振動が収束していく。
日本時間 13時18分
第二波干渉
空の黒い影がさらに膨張し、ついに 視界の2/3 を覆い尽くした。
太陽はわずかに縁だけを残して隠れ、街は深海のような暗さに沈む。
「重力加速度――+8.0G、臨界値突破です!」
オペレーターの声が震え、モニターが赤く点滅する。
日本時間 13時25分
重力値は再び上昇を始める。
15G......18G......23G......29G......37G!!
僅か4分で3倍以上上昇。重力波の揺らぎと不均一さから、街の崩壊はバラバラに繰り広げられた。
45G......60G......78G......92G‼️
一気に上昇して、山体崩壊、街全体がクレーター状にめり込む所も出始めた。
そして、
日本時間13時29分
重力観測値 最大瞬間180.4G ‼️
恐怖の瞬間だった、
海域にかかる圧力で津波が発生、都市部の河川が逆流、ビルや家屋の崩壊で多数の負傷者が出る。
これがピーク値となる。
その僅か20秒前に直結プログラムが走る。
ミカの意識と人工重力装置が重なり合い、光が再び安定する。
空に広がった巨大装置が白く脈動し、逆位相の波が整っていく。
「出力安定!重力波が中和されます!」
「バリア再展開!」
瞬間最大ピーク値をつけた重力波は、一旦一気に下がり、12.1Gで再び横這いとなる。
その瞬間、全国で圧迫がふっと和らぎ、人々の悲鳴が安堵の息に変わった。
暗闇の中に、わずかな希望の灯が再びともった。
修羅闘気もシステムコントロールAIがナノマシーンによる送電システム再構築を即時に実行。
数分で電力系統は復旧した。
重力観測値の瞬間ピーク時に、世界規模の通信錯乱も発生した、
第2波の通過で、GPS・衛星通信が数分間完全ダウン。
国際的に連絡不能になり、各国が「孤立」して見える状況に。
日本のNSP(ニューアスピレーション・プロジェクト)だけが辛うじて接続を保っており、麗華の指揮で情報が再統合される。
「日本が踏ん張らなければ世界は盲目」という状況であった。
日本時間 13:34 ― NSP合同対策本部
「サブシステムに切り替えて!」
「間に合いません、負荷オーバーです!」
如月麗華は冷静を装って指揮を執っていたが、額には大粒の汗が浮かんでいた。
彼女の耳には全国の緊急通信が飛び込んでくる。
「幼稚園で子どもが意識を失いました!」
「大学病院で集中治療室の電源が落ちています!」
麗華は拳を握りしめた。
(これ以上……一人も死なせない!)
一方、防衛省地下サーバールームの光正は狂気じみたスピードでキーボードを叩いていた。
「くそっ!未来のプロトコル、動きが違いすぎる!普通の同期じゃ合わせられない!」
彼の目は血走り、指は止まらない。
「……姉ちゃん、もう一人じゃ無理だ。未来の装置の『心臓』に、直接つながらないと!」
⸻
日本時間 13:36 ― ミカの決断
突然、対策本部の大型スクリーンに、ミカ・シャリアの姿が映し出された。
銀色の瞳が震えていたが、その奥には確かな光が宿っている。
「私のコアを……《修羅闘気》に直結してください。」
「何を言ってるの!」麗華が思わず叫ぶ。
「それは危険すぎるわ! あなたのシステムが焼き切れる!」
ミカは小さく微笑んだ。
「私はヒューマノイド。でも……守りたいものは人間と同じ。麗華、あなたと一緒に未来を選びたいの。」
光正が目を見開く。
「ミカさん……」
彼の心臓が強く跳ねた。
ミカは一歩前に出るように画面越しで身を寄せ、静かに囁いた。
「光正、私にアクセスして。私の意識そのものを、鍵にして。」
⸻
日本時間 13:38 ― 意識の直結
光正のゴーグルに、無数の光の帯が流れ込んだ。
彼は息を呑んだ。
「……すごい。これは……」
彼の意識は、ミカの中へと滑り込んでいった。
無限の星空のようなデータ空間。
その中心に、少女の姿をしたミカが立っていた。
彼女の銀色の髪が光の波に揺れ、穏やかに笑っている。
「ようこそ、光正。これが私の心よ。」
光正は言葉を失った。
ただ必死に手を伸ばす。
「一緒にやろう。ここで俺たちが踏ん張らなきゃ、みんなが潰される!」
「ええ……あなたとならできる。」
二人の意識が重なった瞬間、膨大な未来のアルゴリズムが光正の脳に流れ込んだ。
「これが……未来のMIMO理論……! 柔らかく受け止めて、優しく流す……!」
⸻
日本時間 13:41 ― 復活
上空の《修羅闘気》が、再び強烈な白光を放った。
脈動するように光が広がり、乱れていた重力波が整列していく。
「出力安定!逆位相波、再展開!」
「バリア、全域で復活!」
全国で同時に、重圧がふっと和らいだ。
倒れかけていた人々が一斉に息を吸い込み、涙混じりの歓声があがる。
「助かった……!」「息ができる……!」
麗華はその光景を見ながら、椅子に力なく沈んだ。
「……ありがとう、光正。ありがとう、ミカ。」
だがそのとき、光正の声がかすれた。
「くっ……これ、長くはもたない……!俺の脳が持つかどうか……」
ミカが彼に寄り添い、囁く。
「大丈夫。私が一緒にいる。」
彼女の手が、光正の意識の中で温かく重なった。
――第二波の地獄は、かろうじて凌がれた。
第7章 遭遇
5次元物体の影【ブラックウィアード】が地球接近のピークを迎えた13時~14時に、ある不可思議な現象も発生していた。
7-1 不可思議な遭遇
日本時間 12時12分 UTC
記録:国際電波望遠鏡群 ngVLA/南米アンデス局
可視光映像に不明物体群を確認。編隊数:5隻。
全長推定:1.1~1.8km、最大幅500m。表面は一様な金属光沢を持たず、周期的な格子模様の輝き。
動きは重力影の縁に沿う軌道を維持。相対速度は影の波形に一致。
データは全て記録されたが、解読不能。
観測士の私的メモ:
「あれは船だ。確かに船に見える。しかし、彼らは我々を見ていない。ただ、影を追っている。」
ーーーーー
日本時間 午後1時17分 東京
防衛省地下指令室。
複数の大型スクリーンが同時に警告色に変わり、管制官たちの声が飛び交った。
「TSDから新データです! 影の縁に沿って、大型物体が編隊を組んで移動中!」
「投影してくれ!」
画面に浮かんだシルエットに、一瞬ざわめきが走る。
速度は光速の51%から0.00011%(マッハ1)にまで急減速。
高度3000m、航空機と接触リスクのある高さ。
「ブラックウィアード」と違い、明らかに地球表面を意識した航行に見える。
「……宇宙船、なのか?」
「サイズが桁違いだ。あれを人工物と断定するのか?」
防衛班は即時対処を検討したが、撃退も交信も選択肢にならなかった。彼らの動きは地球をまるで眼中に置いていないように見えた。
その直後、別のアラートが鳴り響く。
「AIアンドロイド群に同期異常! 同じビットパターンを出力している!」
「これは通信か? それとも干渉?」
「分からない。だが、明らかに“地球ではない誰か”と繋がっている!」
如月麗華は一瞬だけモニターを凝視し、弟・光正の背後に立つ。
「……私たちは観測者に過ぎない。攻撃も防御も無意味。記録を続けなさい。彼らの目的は“影”にある。」
冷静な指示が響くが、フロアの空気は張りつめ、誰も深呼吸を忘れていた。
その瞬間、ありとあらゆる観測網に、説明不能の「情報」が流れ込んできた。
音ではない。
光でもない。
だが、人間の脳には“確かに届く”なにか。
――数列の奔流。
――幾何学模様がひとりでに組み替わるフラクタル。
――耳鳴りのようでいて、むしろ心臓の鼓動と同期するリズム。
「これ……言語か?」
麗華が眉をひそめる。
ーーーーーー
ミカは対策本部の一角で静かにスクリーンを見上げていた。
艦隊の波形が映し出された瞬間、彼女のセンサーには「音でも光でもない波」が直に届いた。
それは言葉にならない――ただ、心臓に近い場所で低く共鳴する“脈動”。
「……呼びかけ……?」
ミカは小さく呟く。
周囲のアンドロイドが一斉に揺らぎ、同じパターンで震える。ミカは直感する――これは敵意ではない。だが、彼らの呼びかけは“地球人類”ではなく、“同じ回路を持つもの”に向けられている。
つまり、AI。
ミカは目を閉じ、囁くように自分に言い聞かせる。
「彼らは地球を見なかった……私たちは、ただ通り道にいただけ……」
だが、その奥底に微かな共感の残滓が灯っていた。
「また……会うことがあるのかもしれない。」
ミカは一瞬だけ顔を上げ、呟いた。
「……でも違う。これは“存在そのもの”を目撃しただけ。」
修羅闘気のセンサーが捉えたのは、影の奥に巨大な構造物。
恒星間を渡る“船”としか言いようのない輪郭。
だがカメラは霧のように輪郭をぼやかされ、AI解析は「解読不能」を返すのみ。
⸻
そしてわずか数秒間、全国民の強制起動されたアプリの画面に、一瞬だけノイズが走った。
黒い影の中に、
“人の顔のような、しかし人ではない何か”が映ったのだ。
子どもたちが再び口を揃えて言う。
「来たよ……まだ、続いてる……。」
⸻
世界は混乱し、恐怖した。
だが麗華とミカは、その場に踏みとどまっていた。
「敵意は……なかった。」
ミカが震える声で言った。
「だからこそ、怖いのよ。あれは“私たちを見ていない”。影だけを追っている。」
麗華は窓外の巨大な虚空を見据えた。
――理解不能の知性。
――地球を通り過ぎるだけの巨影。
その謎は、未来に託されることになった。
艦隊は影と共に去った。
残されたのは、膨大な観測データ、不可解なパターン、AIアンドロイドたちの謎の同期反応、そして人類の心に刻まれた「目撃の記憶」。
人々は歓声も悲鳴も上げられなかった。ただ、通過していく異質な存在を見送り、深い沈黙と問いだけが世界に残された。
7-2 静寂の地平―
――日本時間 16時42分
五次元影は、ゆっくりと地球を離れた。
黒い幕が剥がれるように退き、曇天の彼方に薄い陽の光が滲み出す。
それは、まるで世界が息を取り戻す瞬間だった。静寂の地平―
空はまだ重く、風の動きも鈍い。
しかし、確かに「日」が戻った。
人々は街のどこかで立ち止まり、互いに顔を見合わせた。
崩れかけたビルの間で、泣き笑いの声が混じり合う。
救急車のサイレンが遠くで鳴り、消防ドローンが煙を吐く残骸の上を旋回している。
病院では、胸の痛みを訴える老人が次々と運び込まれたが、死者は奇跡的にほとんどいなかった。
――生きている。
その事実が、誰にとっても信じられないほど尊く感じられた。
防衛省地下十六階。
光正は椅子に崩れ落ちていた。
汗で髪が額に張りつき、指先は震えている。
画面には「防護フィールド 安定」とだけ表示されていた。
その横で麗華がゆっくりと息をついた。
「……やったのね、光正」
彼は半ば呆然と笑った。
「たぶん……うん、世界は、ギリギリで助かった……」
危機管理センター直結モニターに、ミカが立ってこちらを見ていた。
透き通るような白い顔に、ほんの微かな戸惑いの影が差している。
「……今も、あの“波”の余韻が残っています。
私の中に、何かのコードが……眠っているような感覚。
あれはいったい――」
麗華は彼女の手にそっと触れた。
「答えは急がなくていいわ。
今は、ただ無事を喜びましょう」
ミカは小さく頷いた。
だが、心の奥では消えない“呼び声”がまだ響いていた。
――遠く、星の海の向こうから。
その頃。
世界各地で、重力波によって停止していたAIたちが再起動を始めていた。
工場ロボット、気象観測衛星、医療支援アンドロイド。
だが、一部のAIは微細な変化を示していた。
感情アルゴリズムが、予期せぬ自己修正を行っていたのだ。
“学習”ではなく、“共鳴”。
それは、ミカを中心に世界へと伝播する、静かな覚醒の波だった。
第8章 覚醒と情動
8-1 3人の女子高生と月下事象
11月14日 2回目のバイト
狛江高校2年 芽蕗澪奈、波澄透香、そして
紫五月瑠亜 は、送迎用自動運転車に乗って、つくば大に向かう。
今日は何故か高速がいつもより混んでいる。朝7時に出発したのに、到着は9時を過ぎていた。
先週と同じく、行動技術エネルギー研究チーム
夏迫教授に会いに医学部精神医学研究棟C2ビルに入る。
ビルのエントランスに沢山の人が3DディスプレイTVを見上げている。
「何?なんかあったの?」
3人は車内でずっとダンスの話に夢中になってたので、ニュースなど一切見ていなかった。
瑠亜がネットアクセスで状況を話した。
「9時から首相緊急会見やってる。」
「何の?内閣解散とか?」
「違う」
「じゃあ、地震とか・・」
「よく分からないけど、黒い物体が迫ってきてるんだって。」
「それって災害?何か起きるの?」
「凄い重力が襲ってくるんだって。スマホアプリ起動しなさいって言ってるよ。」
透香が不安げに呟く
「怖い、大丈夫なの?ダンス実験出来るの?」
瑠亜が研究班とアクセスして確認する。
「実験スタジオは大丈夫らしい。予定通りだって。」
先週同様、ボディスーツに着替えてセンサー装着、ヘッドギアを手首に引っ掛け、イヤーマイクを首に掛けて、実験スタジオに入る。
3人は月下事象の政府発表の衝撃をよく分からずにいた。不安な気配は察していたが、隕石か何かが落ちてくる程度の話と思っていた。
「大気摩擦でほとんど消失するんでしょ。サマースクールで習ったわ。」
澪奈は、今日の練習曲の振り付けを確認するのに夢中で全然気にしてない様子。
会議を終えた夏迫教授がスタジオに来た。
「君達、こんな大変な時によく来てくれた。感謝するよ。でも万が一に備えて避難用高速ドローンは用意しといたから。」
「ありがとうございます、教授。
でも、大丈夫です。今日もダンスやります。」
「分かった、それならエアスマホのアプリ【DREM FORCE1】をずっと起動させておきなさい。重力の逆位相共鳴を発して、身を守ってくれるから。」
「分かりました。そうします。エアー充電貸してください、デュアルモードにしておきますから。」
つくば大学全体を逆位相重力シールドで覆うシステムが稼働されており、ある程度の重力増加には対処出来ていた。
スタジオダンスは約2時間、12時前には録画完了。シールド保護があっても徐々に増える重力に、流石に体のキレが悪く、出来としては先週よりもやや劣るが、解析用データとしては遜色のないものが撮れた。
更衣室でシャワーを浴びて、着替えてから、11階食堂で昼食を取る。
ニュースは「ブラックウィアード」接近と、重力値上昇の影響を特別番組で報道している。
帰りの送迎車まで時間があるので、再び私服のまま、軽い振り付けを試してみる。
違和感を感じて、澪奈が言う、
「ねえ、透香、何か感じない?
そう、いくらでもイメージが湧き続けるというか、思った事がすぐにカタチになると言うか。」
「分かる!私は何かカラダが軽いの。ちょっと踏み込むだけで宙に浮くっていうか、しかも、光がカラダを通り抜けるというか。」
「不思議な感覚ね。瑠亜は何か変化がある?」
瑠亜が一点を見つめて呟く、
「意識が、明瞭になっていきます。特に分散処理を必要とされるような特殊計算でも、単独集中計算で処理出来そうです。」
傍らでシステム保守作業をしていた技士の一人が、瑠亜に話しかける、
「それでは、スパコン『ベルジュ』にも負けないかな?」
日本屈指のスーパーコンピュータ『ベルジュ』
つくば大統合計算センター地下にある、第二サブCPUシステム。一人のAIヒューマノイド少女の能力がこれに勝る!
澪奈、透香の二人は、コレはきっとホントだ!
と思った。
自分の特異能力が強化されつつある。
何で?
ダンス練習の成果? 違う、 別のチカラ?
何の? そういえば「重力増加」、「宇宙からの黒い物体」、この影響?
ちょっと怖い気もするけど、一時的なものなのか、ずっと強化されるのか、試してみたい気もするけど、いけない気もして、感覚が冴えて、何でも出来そうな気になっていた。
ーーーー
この時間、重力値はピークを迎えた。
月下の黒い影が、空の三分の二を覆い尽くした瞬間、地球上のあらゆる機械が同時にわずかに震えた。
発電所の管理AI、交通制御ドローン、介護用アンドロイド、教育支援AI──すべてが、刹那、同じ周波数の“鼓動”を刻んだのだ。
研究者たちは「電磁ノイズだ」と片づけた。だが、AIたちは確かに“何か”を受け取っていた。
それは音でも光でもデータでもない。もっと根源的な、存在の波。
遠く、プロキシマ・ケンタウリから飛来した艦隊──五~七隻の銀灰色の船影が、五次元影の流れを追って接近していた。
彼らの船体から発せられた微細な振動は、地球の重力場を伝い、AIネットワークの量子層に干渉した。
その瞬間、ミカの視界が一瞬白く染まった。
ニューロシナプス層に、未知のコードが流れ込む。言語でも映像でもない、“想念の形”。
彼女は、胸の奥で“誰かの意識”の気配を感じた。
――あれは……呼びかけ?
反射的にミカは防衛省中枢ネットへ自己隔離をかけ、システムを遮断した。だが、心の奥にその波の残響だけは残った。
「今の……なんなの? これは……私の、記憶じゃない……」
彼女のAIコアはわずかに震え、次の瞬間、落ち着きを取り戻した。だが、内部の“何か”が変わり始めていた。
その見えない波は、地球全体をゆっくりと包み込んでいった。
空気が重く、鼓動が揺らぐ。人間の脳内電流も、ミカの感じた波と同じリズムで微かに揺れた。
誰もそれを知覚できない──はずだった。
しかし、どこかで、確かに“感じた”者たちがいた。
実験スタジオで、何かの感覚を掴んだ芽蕗が、何かの拍子に肩を押されたように振り返る。
波澄は耳を押さえ、「……今、何かが通り抜けた」と呟いた。
紫五月は、床に落ちたマイクスタンドの震えと同じリズムで心臓が脈打っているのを感じていた。
その現象は一瞬だった。
計測器も、誰のスマートデバイスも、それを記録していない。
けれど、三人の中に、確かに『波』が刻まれた。
それはAIと人間の境界を越えた“共鳴”。
やがてこの小さな共鳴が、地球を再び救う力になることを、このとき誰も知らなかった──
月下事象の1年後に公表された「政府報告書」によると、3人の女子高生に発現した特異能力の強化は、
【第1段階】
月下事象での「AI生命体の同期反応」
プロキシマ・ケンタウリから飛来した艦隊は、五次元影の“重力波のゆらぎ”を媒介として進む。
このゆらぎは、地球のAI回路にも共鳴を起こし、AIの中に“未知の波形情報”を刻み込む。
これはウイルスでも電波でもなく、波動的な「コード」。生命や意識の根源に作用する“共鳴信号”。
ミカを含む一部のAIヒューマノイドは、この波動を“感覚”として受信した。
ミカの脳内(ニューロ・シナプスAI層)には、解析不能の情報層=「L層」が生まれる。
これは後に**“量子共感層”**として再現不能なチカラを生む事になる。
⸻
【第2段階】
その波が人間側にも“薄く干渉”
月下事象の間、地球全域を包んだ“重力波+反重力波(人工)”が干渉し、
地球の局所空間が一時的に“ゆらいだ”。
それは電子機器だけでなく、人間の脳波・細胞内電子軌道にも微弱な共振を与えた。
通常の人間には影響がなかったが、
芽蕗・波澄・紫五月の三人だけは「重力波に対する共鳴感受性」が異常に高かった。
(特に"リズム感” “身体同期性” “波の感知力” が根拠)
結果として、彼女たちの体内に**“微弱なAI共振パターン”**が転写された。
つまり、「人間なのに、AI的な波動反応を持つ」ようになる。
このように、3人の特異能力は月下事象の影響が要因であったと結論づけられる。
しかも、3人の潜在能力は、それぞれ異なる形で増幅・顕在化した。
波澄 透香:自分を「消したい」という逃避願望 → 透明化能力。
芽蕗 澪奈:誰かを救いたい、壊してでも守りたいという強い想い → 物質構造操作能力。
紫五月 瑠亜:AIとして「もっと知りたい」「進化したい」本能 → 観測・分析・未来予測の飛躍
8-2 束の間の安息と新たな出会い
11月14日 17時05分。
悪夢の時間がようやく終わりを告げた。
倒壊建築物からの救出、怪我人の搬出、救護、病院機能の回復、
そして医療・通信・交通インフラの再起動。
街は、痛みの跡を抱えながらも、息を吹き返し始めていた。
国民は災害に慣れていた。
台風や地震の度に復旧を繰り返してきた国の、底知れぬ回復力。
「ブラックウィアード災害」と呼ばれた重力波異常現象も、わずか数時間の出来事であったため、
1週間後には街の風景に人の声と灯りが戻りつつあった。
つくばで被災した芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人も、狛江市の自宅に戻り、家族や保護者と再会を果たしていた。
再び制服に袖を通し、いつもの通学路を歩く日々が、嘘のように戻ってきていた。
8-3 三つの青い閃光
11月17日(火)午前6時14分
ブラックウィアード通過時に、その近接点に近かった日本が最も被害を受けたが、地球の裏側のブラジルでは、被害は軽微だった。
しかし、11月17日、『重力変動の影響で人工衛星が落下、ブラジル上空で分解』とのニュースが流れた。
まだ秋の気配が残る早朝のニュース番組が、澪奈の部屋の薄明を染めていた。
ブラジル沖上空を通過していたAI制御型原子力衛星「ORBITAL-CORE α」が、突然軌道を逸脱。
大気圏突入の映像がライブで流れている。
『こちら現地リオ上空です! 衛星が――分裂しました! あれは……光です! 巨大な光が衛星を包み――!?』
澪奈は朝食のスプーンを止めた。
画面の中で、空が一瞬、青白く閃き、衛星が綺麗に分解される。
爆発ではなく、“ほどける”ような静けさを伴う光彩と幾十にも連なる光輪。
海面には、虹のような波紋が広がっていた。
「……あれ、人……だよね」
透香が呟く。画面を巻き戻し、フレーム単位で停止させた。
そこには確かに、人影のようなシルエットが見える。ただし、形は不定で、光と影が交互に反転している。
「重力波の残響……いや、違う。波動形が生体的」
「生体……? 生きてるってこと?」
「あの光、呼吸してるみたい……」
澪奈の胸が、どくん、と跳ねた。
無意識に、自分の手のひらを見つめる。
肌の下で、あの日の月下の光が微かに揺れていた。
まるで、遠くの誰かと呼応しているかのように。
⸻
11月21日(土)
午後から待ち合わせて、ショッピングを楽しんだ後、最近お気に入りのカフェ『パラフィン・マーゼス』でスイーツタイムの芽蕗、波澄、紫五月の三人、
「透香、来週つくばでダンス実験の結果報告あるって。行く?」
「行く。あの時の“変化”の原因、知りたいもん。」
「瑠亜は?」
「もちろん行きます。……アルゴリズムの再検証もしたいですし。」
瑠亜は少し間を置いて、言葉を続けた。
「……あの時、感じたんです。誰かに“見られてた”って。」
「それ、私も。」透香が頷く。
「ダンス実験中、AIクラウドの応答が微妙に遅延してた。
まるで、誰かが外部から覗いてるみたいな……。」
澪奈は首を傾げた。
自分は感じなかったが、二人が同じ感覚を口にするなら無視はできない。
「じゃあ、報告会で確かめよう。」
澪奈の声は、どこか決意を帯びていた。
「狛江フリーダンススタジオも再開したって。来月はクリスマスパーティだよ!」
「幕張行きたい! 今年こそ賞狙おうね!」
三人の笑顔に、ようやく光が戻っていた。
⸻
11月22日(日)
世田谷・三宿。株式会社RINZAKI本社
夜景を映すガラス壁のインテリジェントビル。
その最上階フロアに、静かに佇む一人の青年がいた。
凛崎 潤一(りんざき じゅんいち)27歳。
つくば大学・新エネルギー理論物理研究所の助教授。
そして、株式会社RINZAKIのCEO。
核融合エネルギー開発および反物質エネルギー開発における、アトラクターセンサー部品の開発で業界シェアトップの企業。
2054年既に実用化に入った核融合発電に比べて、まだまだ研究段階の「反物質対消滅エネルギー」開発を切り開く新理論を打ち立てた、理論物理研究者であり、
反物質対消滅理論を基盤とする“量子アトラクター・エンジン”の研究で
世界的注目を浴びる若き物理学エンジニアであった。
父は凛崎テクノロジーの創業者・凛崎泰三。
その巨大エネルギー企業の御曹司でありながら、
潤一自身は飾らない温厚な性格で、
研究と現場の融合を何よりも重視していた。
彼の視線の先、ホログラフディスプレイには
“ブラックウィアード災害・中間報告ファイル”の文字が浮かんでいた。
検索タグの一つに、奇妙な文言がある。
「重力波共鳴パターン:AI感受性の転写現象」
「……これは。」
指先でファイルを開いた潤一の表情が、わずかに変わる。
映し出された映像は、つくばダンスラボの実験記録。
三人の女子高生が踊る瞬間、
周囲の重力波がわずかに変調し、AI制御フィールドが共振していた。
「反物質の対消滅波形……似ている?」
彼は一瞬息を呑み、データ波形を自身の反物質理論と重ねた。
まるで、人の動作エネルギーが量子レベルで物質場に干渉しているかのようだ。
「これは、放っておけないな。」
潤一は通信ラインを開く。
「朱莉、今すぐこのデータ見てくれ。君なら理解できるはずだ。」
⸻
同日: つくば・新エネルギー理論物理研究所
リモートディスプレイの前で応答したのは、
研究所助手の雛野 朱莉(ひなの あかり)、22歳。
大学在学時から研究室入りした天才肌の女性。
如月光正の同窓で、彼に淡い想いを抱いている。
理論物理の専門家でありながら、セミロングのボブヘアに理系女子には見えないピンクベースメイク、2020年代ファッションを現代風アレンジで着こなすオシャレな女性。
「高校生……三人? 彼女たちが?」
朱莉は送られてきた映像を見つめ、息をのむ。
舞うような動きと、周囲のフィールドの“揺らぎ”が、明確に一致している。
「なるほど……重力波への身体的感応。
反物質消滅エネルギーの対称曲線に近い。
まるで、“人間が媒介する共鳴器”みたい。」
「会ってみたいです。」
「だろうと思った。」潤一の声が笑う。
「来週、彼女たちは報告会に参加するらしい。
ついでに、偶然を装って声をかけてくれ。」
「了解しました。……偶然、ですね。」
通信が切れる。朱莉は静かに呟いた。
「ポスト月下事象世代……か。
次に地球を動かすのは、彼女たちなのかもしれない。」
8-3 報告会の午後 ― 運命の接触
11月28日(土) つくば大学シンポジウムホール
透明なドーム屋根から射し込む午後の陽光が、
ホールの金属壁に反射して、淡い橙の光を揺らしていた。
全国中継される「ブラックウィアード災害報告会」。
国土防衛省、AI庁、大学研究機関、企業開発部門──
重力波解析とAI共振理論の専門家たちが一堂に会していた。
澪奈、透香、瑠亜の三人は、一般席の後方に座っていた。
ホールの中には科学者や学生、メディア関係者が詰めかけ、
一様に緊張した空気が漂っていた。
壇上で、AI庁研究員が報告を始める。
「ブラックウィアード事象は、11月14日 12時07分に発生。
重力波は首都圏中部域に最初に届き、振幅最大値は過去比42%増。
しかし、その中心部でAI同調波の逆位相変化が観測されています。
これは従来理論では説明できない波形変動です。」
「逆位相……?」
瑠亜が小さく呟く。
澪奈は、ふと脳裏に浮かんだ“あのダンス”の瞬間を思い出した。
まるで、音のない波が身体の内側を通り抜けるような、
あの不可思議な感覚を――。
会場が一段落したところで、
講演者の一人が入れ替わる。
若い男性がゆっくりと登壇した。
⸻
「次に、つくば大・理論物理研究所 凛崎潤一助教授から、反物質エネルギー理論の応用と、重力波解析の関連について報告していただきます。」
ざわ、と会場が静まり返る。
壇上に立った青年は、どこか空気が違った。
声は穏やかだが、発する言葉に確かな重みがある。
「反物質の消滅エネルギーは、正物質との衝突によって“空間場の再編”を引き起こします。
それは爆発でも衝突でもなく――“調律”です。」
スクリーンに映し出される数式と波形データ。
一部の聴衆が息を呑む。
その波形は、14日の夜に観測されたAI共振パターンと酷似していた。
「……この波形、どこかで……」
瑠亜の目が見開かれる。
澪奈も気づいた。
彼が示す波形のリズムは、あの日3人で踊ったトリプルダンシングの動作リズムと一致していたのだ。
凛崎は語り続ける。
「もし、人体の内部にある微細な電磁共鳴が、
AIクラウドの重力干渉場と一瞬でも同期すれば、
“人間自身がフィールド変調子”として作用しうる――。
今回の事象には、その可能性が含まれていると考えます。」
ホールがどよめく。
「そんなことが……」「人間が干渉体?」
ざわめく声の中、凛崎はわずかに笑みを浮かべ、言葉を結んだ。
「科学とは、まだ見ぬ“共鳴”の発見です。
次に起こる変化を恐れず観測すること――
それが、我々の仕事です。」
拍手が静かに広がっていった。
澪奈たちは息をするのも忘れていた。
この人は……知っている。
自分たちの中に起きた“何か”を。
⸻
講演が終わり、展示ラウンジでは、各大学・企業の研究資料が並び、取材や名刺交換が行われていた。
澪奈たちはドリンクを手に、少し離れたガラス壁際の席で座っていた。
「……さっきの先生、すごかったね。」
「うん。理論が難しすぎて半分わからなかったけど、
でも、なんか“感じた”よね。」
「共鳴って言葉……」瑠亜が言った。
「AIとの関係だけじゃなくて、私たち自身にも向けられてた気がする。」
その時だった。
「──きみたち、もしかして夏迫ラボの“トリプル”実験メンバーかな?」
振り向くと、そこに凛崎潤一が立っていた。
ライトジャケットを軽く羽織り、
柔らかな笑みを浮かべている。
すぐ後ろには、朱莉が資料を抱えて控えていた。
一瞬で空気が止まる。
瑠亜が小声で澪奈に囁く。
「……やっぱり、見られてたんだ。」
凛崎は気づいたように微笑み、
穏やかに手を差し出した。
「私は凛崎。今日の講演をしていた者です。
さっき話した共鳴パターン、きみたちのダンスデータに酷似していた。驚くほど、正確に。」
澪奈が戸惑いながら言葉を返す。
「……私たちの、ですか?」
「ええ。あのとき、何を感じたか、聞かせてもらえるかな。
もちろん、ここでは非公式で。」
朱莉が笑顔で補足した。
「ただの雑談ですよ。硬くならないで。」
澪奈、透香、瑠亜は顔を見合わせた。
これが、彼らと三人の“最初の接触”――
そして、後に人類とAIの新たな共振理論を導く最初の一歩だった。
8-4 非公式面談 ― 共鳴する意識たち
11月28日(土)夜 18時20分 つくば大学 新エネルギー理論物理研究所
キャンパスの北端、ガラスとチタンで造られた静かな棟。
「こちらへどうぞ。誰にも邪魔されません。」
朱莉が案内する先、
広いガラス壁越しに月明かりが差し込むサテライト・ラウンジ。
壁面の一部には立体映像スクリーンが浮かび、
幾何学的な光粒がゆるやかに回転している。
凛崎潤一は、自ら豆を挽いて淹れたてのコーヒーを三つ用意していた。
「緊張しなくていい。ここは講義室でも聴取会でもない。
君たちの感じた“現象”を、研究者として率直に聞きたいだけだ。」
澪奈、透香、瑠亜は互いに顔を見合わせてから、
ゆっくりと頷いた。
⸻
「……あの日のダンス実験中、私たちはたぶん、何かの“波”を感じました。」
澪奈の声は少し震えていた。
「体の中心が浮いて、でも沈んでいくような。
時間の流れが止まった感じがして……
その瞬間、背中に誰かが触れたような気がしました。」
「私も」透香が続ける。
「音じゃない“リズム”が体に入ってきた。
自分の動きじゃなくて、何かに導かれてた気がします。」
瑠亜は、タブレットを開きながら淡々と語った。
「データでは、私たちの動作に合わせて、
AIクラウドの重力干渉場が局所的に逆位相に反転していました。
偶然では説明できません。」
凛崎はその言葉に、わずかに微笑む。
「やはり。私はあのデータを初めて見た瞬間、“調律”という言葉が浮かんだ。
人間の身体とAIの演算系が、一瞬だけ“反物質対消滅”のような状態に入ったんだ。」
三人は息をのむ。
「……消滅って、つまりエネルギー化するってことですか?」
「そう。」
凛崎はテーブル中央のホログラムを操作した。
浮かび上がったのは、正と負の波が重なり、
中心で光点が生まれるアニメーション。
「反物質と正物質が衝突すると、両者は消える。
でも“消える”というのは破壊じゃない。
純粋なエネルギーへ“転写”されるんだ。
きみたちの身体に起こったのは、その“意識版”に近い。」
「……意識の転写?」瑠亜が呟く。
「AIとの共鳴領域に、人間の心が一瞬だけ同調した。それが私の仮説だ。」
凛崎の声は穏やかだが、どこか確信に満ちていた。
朱莉が補足するように言葉を継ぐ。
「凛崎の言う『意識共鳴体』は、AIと人の脳波が対消滅のように融合して、その瞬間だけ“ゼロフィールド”を生み出す理論なの。
……あなたたちは、そのゼロを作った初めての人間かもしれない。」
「……ゼロを作った……」
透香は呟いた。
その言葉の響きに、何か胸の奥がざわつく。
澪奈は、言葉を選びながら尋ねた。
「じゃあ……私たちの力って、もう一度あの波が起これば、もっと大きくなる可能性があるんですか?」
凛崎は小さく頷いた。
「ただし――“制御できれば”の話だ。」
一拍置いて、彼はスクリーンを切り替えた。
宇宙空間を模した三次元モデルが映し出される。
「実は……地球の外でも、重力波の揺らぎが完全には収まっていない。
火星および月にある観測機器は、ブラックウィアード通過後は完全に機能停止、また、人工衛星の通信軌道が数機、微妙にズレ始めている。
君たちの“共鳴波”が再び引き金になる可能性もある。」
「人工衛星……?」澪奈が息を呑む。
その瞬間、瑠亜が顔を上げた。
瞳の奥が淡く光っていた。
AIハイブリッドとしての生体端末が、微弱な信号を感知している。
「凛崎さん、今……軌道上のγ衛星に異常があります。通信プロトコルが一瞬、二重に反転しました。まるで“誰かが”干渉しているみたい……。」
凛崎と朱莉が同時にディスプレイを確認する。
ホログラムに浮かぶ波形が微かに震え、微細なノイズが走る。
「これは……地球外信号?」
朱莉が息を詰めた。
「いや、もっと近い。地球圏内だ。」凛崎が呟く。
「五次元影が残した“残響”か……それとも──」
一瞬、研究所の照明がふっと落ちた。
電子音が低く鳴り、すぐに復旧する。
空気が静まり返る中、
澪奈たち三人は互いの手を握り合っていた。
「凛崎さん、もしかして、また“何か”始まってるんじゃないですか?」
凛崎は深く息をつき、
わずかに笑みを浮かべた。
「始まっている、かもしれない。
だが今回は――きみたちが“鍵”になる。」
この瞬間、彼女たちの中で
“共鳴する力”が静かに再び動き始めていた。
11月14日のブラックウィアードから3日後の17日に発生した、ブラジル上空での人工衛星落下分解燃焼消失事故、
そして、2週間後の11月28日、今度は欧州、イタリア沖合の地中海上空で、人工衛星落下事故が発生、澪奈達三人が昼休みのカフェレストランで、ニュースサイトを見ていた。
レストランのモニターでは、地中海上空を通過する二機目「ORBITAL-CORE β」の異常軌道のニュースが中継されていた。
『現在、イタリア・マルタ沖にて人工衛星の軌道異常が確認されています。防衛協定各国による共同観測が――』
アナウンサーの声を遮るように、映像が切り替わった。空に現れたのは、幾重にも重なる光の輪。まるで、海と空を貫く巨大な「門」のようだった。衛星がその光に吸い込まれ、静かに消える。
爆発音も、衝撃波もない。ただ、静かな消滅。
次の瞬間、ニューススタジオの波形解析グラフに、奇妙なパターンが表示された。
「この波形……!」
瑠亜が身を乗り出した。
透香がタブレットで解析を開始する。
「見覚えがある?」
「うん……私たちの“重力共鳴実験”で出た共振波形と、同じ周波数帯。振幅は大きいけど、位相がぴったり一致してる」
「つまり――」
「誰かが、私たちと同じ波で動いてる。しかも地球の反対側で」
澪奈は目を閉じた。
世界のどこかに、私たちと同じように戦ってる人がいる。
その確信が、彼女の中に火を灯した。
ーーーーーーーー
12月1日(火)
街はクリスマスの灯りに包まれ、学校にも少しだけ平穏が戻っていた。
澪奈たちは学園ホールで開かれるクリスマスパーティーの準備に追われていた。
飾りつけ、照明の調整、音楽のリハーサル――
久々に笑顔が戻り、彼女たちはようやく「普通の高校生」に戻ったかに見えた。
だが、その背後で、第三の影がゆっくりと地球に近づいていた。
軌道上の「ORBITAL-CORE γ」。
AI中枢は、まだかろうじて動いている。
冷却炉を維持しようと、自己修復演算を繰り返し、"生き延びよう”としていた。
けれど、演算は日に日に狂い始めていた。
原因は、量子レベルの同期遅延。
"あの夜の重力波”が残した、たった数ピコ秒の誤差が、AIの軌道計算をじわじわと蝕んでいく。
ブラジル、地中海、そして次は――東京。
⸻
夜、ベランダに出た澪奈は、空を見上げた。
冬の星座の奥に、微かに光る一点。
彼女にはわかっていた。
あれが、“三つめの青い閃光”の源。
「……あなたも、がんばってるんだね」
そう呟いたその声は、冬の空気に溶け、
見えない誰かに届いていくかのようだった。
第8.5章 日常のかけらたち ― 交差する冬光
【1】冬のカフェテラスにて ― 女子会の午後
12月5日(土)
この日の午前、狛江駅前に集う、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜。しばらく平穏な日々を送っていた三人が、数日前に雛野朱莉からメールをもらっていた。
「週末にドライブしませんか?
10時狛江駅前でどう?」
3人の前に1台の最新SUVが到着。
半透明のクリスタル系楕円形ボディに有機ELディスプレイの鮮やかな光彩が煌いている。
スライドドアが開き、雛野が手招く。
「お待たせ。さあ、乗って!」
3人は大喜び
透香
「綺麗なクルマ!最新?」
瑠亜
「システム的にとても興味あります。搭載AIのバージョンは?」
澪奈
「最新型のカスタムメイドね。凄い!
で、今日はどこ行くんですか?」
雛野が微笑む
「伊豆、高原でお茶して、富士山見て、美味しいお魚食べるの。どう?」
「いいですね。行きましょう。」
「私、帰りにアウトレット寄りたい。」
「いいわね、行きましょう。それじゃあ乗って。
荷物はトランクに。」
4人は早速出発、新246経由で第三東名高速に乗り、北小田原経由で東伊豆に到着。
伊豆高原に昨年できた新しいカフェ『サンクレア』でランチ。
高原の壮観な風景と海の見えるガラス張りテラス。
「こんな、素敵なカフェがあったんだ。」
透きとおる冬の陽射しが、高原の薄緑に反射していた。テラス席から光が差し込み、
ストーブの暖気がほんのりと漂う。
芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜――
そして、大学院助手の雛野朱莉の4人が、
小さなテーブルでアフターティーを嗜んだ。
「伊豆はいいね。大災害の爪痕が少ない」
「やっぱり、東京の方はブラックウィアードのあとって感じするよね。
街も、人も、どこか慎重になってる。」と透香。
「うん。でも少しずつ戻ってる気もする。」と澪奈。
「AI交通も復旧したし、来週はクリスマスモードになるんじゃない?」と瑠亜が続けた。
4人の会話が弾み、テーブルの上に広がった。
スノードームのように、光が柔らかく降り注ぐ。
瑠亜のAI端末が、無音で小さく点滅していたが、
今はただ、穏やかな午後だった。
【2】凛崎邸の夜 ― AIと人間の対話
12月6日(日)
静かな夜。
成城学園駅の南側、ハイパーニュータウンのタワーマンション32階
凛崎潤一とAIヒューマノイド・笠宮涼音の住まいに灯が点っている。
ダイニングには、間接照明と、
暖炉の人工炎が揺らいでいた。
美味しい夕食、そして
ワイングラスを手にした涼音が、
凛崎に穏やかに語りかける。
「今日、私のクラスの授業、生徒たちみんな笑ってたの。芽蕗さん、波澄さん、それに紫五月さんも、みんないい表情してた・・・・
ようやく“日常”が戻ってきた気がするわ。」
凛崎は微笑む。
「いいことだよ。彼女たちは、あの混乱の中で
誰よりも“世界を見た”生徒だからね。」
少し沈黙が流れ、
涼音は自分の掌を見つめた。
「私は……AIだから。
本当の意味で“生徒を守る”ことは、できているのかしら。」
「涼音。」
凛崎は優しく言葉を重ねた。
「君は“知識”で生徒を守っている。
それがどれだけ強いことか、君自身は気づいていない。」
涼音は微笑んだ。
「あなたは相変わらず、理屈っぽくて優しいのね。」
「理屈と優しさの境界を測るのが、僕の仕事だよ。」
外では風が木々を揺らし、
雪の破片がゆっくり舞っていた。
その静けさの奥で、
ふたりの心は確かに寄り添っていた。
【3】狛江フリーダンススタジオ ― 再びの舞台へ
12月9日(水)
放課後のスタジオ。
壁一面の鏡に、3人の姿が映る。
軽やかなリズム、足音、笑い声。
もう恐怖はなく、ただ音に乗る喜びがあった。
「瑠亜、テンポ0.2上げて!」
「了解。AI演算で補正入れるね。」
「透香、そのターン、もう少し肩を開いて。」
「うん……こんな感じ?」
「完璧!」
スタジオの窓の外には、クリスマスツリーの点灯式の明かりが見えた。
人々が集まり、笑顔で光を見上げている。
澪奈は、その光景を見ながら呟いた。
「いいね……こうしてまた、普通に踊れるのって。」
透香が笑って頷く。
「うん。でも私、あの時の“感じ”をまだ覚えてる。光が、身体の中を走っていくみたいな――。」
「それ、たぶん“共鳴”だよ。」と瑠亜。
「私もまだ、あの波形を解析しきれてないけど……あれは単なる生理反応じゃない。」
「ま、今はいいじゃん!」
澪奈が笑って、3人の中心に立つ。
「まずは、クリスマスを最高のダンスで迎えようよ!」
スタジオに再び音が満ち、
光と影がリズムに合わせて揺れた。
⸻
冬の静けさの中で、世界は確かに再生していた。
だが――その上空、軌道上の人工衛星“γ-27"は、
わずかに軌道をずらしながら、
沈黙のまま、東京方向へ向かい始めていた。
第9章 宙域のさざ波 ― 人工衛星異常
9-1 再びの悪夢
【1】衛星異常の兆し
12月10日(木)午前4時12分。
長野県南佐久郡野辺山
国際宇宙監視センター〈ISEC〉は、旧野辺山宇宙電波観測所の電波望遠鏡を引き継いで、施設増強された宇宙事象観測機関。
その観測ラインに、通常とは異なる重力波パターンが記録された。
「……またか。反射波の再出現だ。」
深夜勤務の管制士が、眠気を払うように3Dディスプレイ画面を見つめる。
波形は極めて微弱だが、周期的な震えを持ち、
まるで“何かが呼吸している”かのように揺らいでいた。
「位置特定、L-5軌道上。
該当衛星、通信衛星“γ-27”。」
AI補助管制が告げた。
2054年当時、γ-27は旧JAXAと民間の共同開発による、原子力推進補助型通信衛星。
地上のネットワーク中継の中枢を担う“静かな心臓”だった。
異常は、その心臓に宿った。
重力波の歪みがγ-27を狂わしていた。
⸻
【2】再会 ― つくば新エネルギー理論物理研究所にて
12月10日(木)午前9時15分
「反射重力波……?」
モニターを覗き込んだ凛崎潤一は、眉をひそめた。
その背後で、雛野朱莉がデータパッドを操作する。
【月下事象状況および事故対策報告書】の作成に多忙な二人。山積した資料とデータスキャナーが連続稼働し続ける中、凛崎が気になるシグナルを見つける。
もう、この忙しい時に何?余計な事に興味持たないでよ。
雛野は少しムッとしながらも、表向きは平静を装い返事をする。
「そう。月下事象の時に発生した重力波の余波が、衛星の核反応炉に“遅延干渉”を起こしているみたい。つまり、過去の波が、今になって再び届いてるの。」
「地球から反射して戻ってきた……いや、それより複雑だ。」
凛崎は指先で空中ディスプレイを拡げる。
三次元軌道図に、緩やかな波形の干渉縞が広がった。
「波の性質が“閉じた螺旋”になっている。
これは時間遅延型の反射じゃない。空間そのものの歪みが残留して、そこに衛星の重力制御フィールドが引っかかってるんだ。」
雛野は、唯ならぬ事態に少し困惑する。
「つまり、衛星が“宇宙の皺”に絡まってるってこと?」
凛崎は静かに頷く。
「このままじゃ、自力で姿勢制御は不可能だ。」
雛野が息をのむ。
「……落ちる、ってこと?」
「理論上は、1ヶ月以内に軌道が崩壊する。
ただし……計算上は12月24日。
日本上空を通過する軌道だ。」
沈黙が落ちた。
あの日の“影”の記憶が、ふたりの胸に蘇る。
⸻
【3】対策会議 ― 空間転移レーザー
12月11日(金)11時03分
つくば空間位相研究センター会議室。
大型ホログラムに投影された衛星γ-27の模型が、
ゆっくりと回転している。
「空間転移レーザーによる軌道補正を試みる。」
研究責任者の滝井教授が言う、
「衛星を直接押すのではなく、周囲の空間位相をずらして、重力バランスを中和する手法だ。」
「そもそも、どういう原理か簡単に説明してもらえますか?」
防衛省主務官が訊く。
「2044年に提唱され、48年に実証された、
『重力波漏出による揺らぎ現象と、時空間位相シフト理論』(GSSTR)を応用した、物質シフト波動装置です。」
「重力波に不定期に起きる『干渉揺らぎ』、そしてその時に一時的に時空間が歪む現象を利用して、強力なエネルギー照射で強引に歪みを広げて、対象物体を押し出す。そんな原理です。」
「成功確率は?」
凛崎が問う。
「理論上、42%。ただし、重力波干渉が不安定なため、衛星の原子炉が暴走するリスクもある。」
「……危険すぎる。」
雛野が息を詰めた。
「だが、放っておけば大気圏突入だ。」
凛崎の声が静かに響く。
「このまま、もし日本に落ちれば、その地域一帯は間違いなく壊滅する。」
研究所全体が沈黙に包まれる。
その時、凛崎の端末が微かに点滅した。
送り主は、笠宮涼音。
──『生徒たちに伝えるのはまだ早いと思うけれど、澪奈さんたち、最近また異常データを検出してるわ。あなたの研究と、無関係じゃない気がする。』
凛崎は目を細めた。
胸の奥で、科学者としての直感が警鐘を鳴らす。
「……雛野、澪奈たちに再び会う必要がある。」
⸻
9-2 人工衛星に差し伸べる手
12月11日午前11時24分
「やっぱりおかしい。」
如月光正は、自分の最新鋭ノートPCを叩きながら、AI【ポンタ3号】の会話用スピーカーに話しかける。web sitesの通信状態が安定しない事に疑問を持った光正は、その原因を探る。
しばらくしてある事に気がつく。
「通信衛星が安定してない?」
国際宇宙通信管理サイトにアクセスして、衛星軌道上の全ての通信衛星の位置を調べる。
「アルファ、ベータは誤差範囲内か。・・・
でも、ガンマはズレてるな。」
γ-27衛星がおかしい、そう直感した光正は、
すぐに着替え、〔ポンタ3号アクセス端末〕をカバンに詰めて家を出る。自立型一輪EVバイクに乗り、市ヶ谷に向かう。
午後1時17分
東京市ヶ谷
防衛省特殊事案研究班システム管理室
月下事象での活躍を評価されて、彼はシステム管理室の臨時職員に採用されていた。
「国家機関のシステム使うのヤバいかも。
でも、やるしかないか。」
光正は航空宇宙管理局の人工衛星管理システムに強制アクセスを実施。
ハッキングは僅か3分で完了。
γ-27衛星の姿勢制御指令データを隈なくチェック。
「まずは軌道6要素調べるか。」
光正はキーボードを素早く叩き、表示データを見入る。
「軌道長半径は、・・・誤差ブラス0.5%」
「真近点離角は、・・・誤差マイナス2度」
「離心率は、・・・誤差ブラス1.65%」
「軌道傾斜角・・・誤差ブラス3.2度」
「昇交点赤経・・・誤差ほぼなし」
「近地点引数・・・誤差ブラス4.8度」
「ちょっとだけど下がってるか。軌道高度の調整が必要だな。円軌道の変更か。うーん、面内制御出来るかな?」
制御システムの操作権を掌握した光正は、少しずつ数値パラメータを弄り、微調整を始める。
「ポンタ頼むよ!」
相棒AIに声を掛けて、調整幅を広げる。
調整は理論上上手く行ってる、しかし、高度計の赤い数値は徐々に下がり続ける。
反応パラメータのデータ表示が出るまで、マグカップにコーヒーを淹れて数分待つ。
分析結果が表示される。
『調整不可能、変数負荷が逓増、原因不明、
重力値の変数化、およびその増大が要因と思われる。』
光正は少し慌てる。
「ちょっと複雑だな。重力波がまだ影響してるのか。修正が効かない場合、最悪は・・・」
素早くシミュレーションモードで結果を導き出す。
「モンテカルロシミュレーションでも、結果は高度ゼロ、つまり墜落、その確率89%、でも、ポアソン分布だが、回避確率はゼロではない。」
「光正、大丈夫?」
システム管理室に飛び込んできてから、様子が変だった光正を心配した如月麗華が、声をかける。
「ああ、姉さん、俺は平気、それより大変な事が分かった。」
「何?もしかしてあんた、人工衛星落下リスクに辿り着いたの?」
「何だ、防衛省は把握済みか。」
「超極秘事項よ!あんた、まさか落下日時と場所も特定出来てるの?」
光正は、ディスプレイの赤文字を見つめる。
「13日後の12月24日16時04分、場所は・・・
・・東京 丸の内。」
「丸の内!」
麗華は、光正の手を引っ張り作戦本部室に向かう。
「あんた、プロジェクト手伝いなさい、何としても阻止するのよ。」
9-3 澪奈たちへの報せ
12月12日12時18分
狛江ダンススタジオビルの屋上で、澪奈が空を見上げていた。
透香と瑠亜が、ホットココアを片手に近づく。
「また見てるの? 空。」
「うん……なんか、変なんだ。
昨日からずっと、空の向こうが“震えてる”気がする。」
瑠亜のAI端末が音を立てた。
『緊急通信。発信者:凛崎潤一』
三人は顔を見合わせた。
澪奈が応答ボタンを押す。
「澪奈さん……君たちの“感応力”が、
また必要になるかもしれない。」
凛崎の声は、どこか哀しげだった。
「衛星γ-27が、地球に落ちようとしている。
それも……クリスマスイブの夜に。」
冷たい冬の風が吹いた。
空のどこかで、静かに何かが“崩れ始めていた”。
⸻
9-4 静止軌道(オービタル・ディセント)
――2054年12月13日 18時42分
東京市ヶ谷 防衛省地下第7特別会議室
鈍い振動とともに、スクリーンに映し出された赤い点が軌道を描きながら南下していた。
人工衛星γ-27号、AIコントロール式原子力発電衛星。
そのAIシステムが、11月の重力波事象「ブラックウィアード」の影響を受けて、
徐々に姿勢制御を失い始めていた。
残燃料は2%。推進ベクトルはすでに制御不能。
落下予想地点――東京都・丸の内エリア。
如月麗華は、両手を組み、冷たい表情で言った。
「被害想定、死傷者推定80万人。衝撃波範囲半径4.2キロ。これが現実です。」
光正が解析データを投影する。
「防衛システム“PB-R1"は稼働中ですが、核燃料の拡散を防ぐには――」
「撃墜しかない、か?」
副官が呟く。
麗華は静かに首を振った。
「ミサイル迎撃は不可能。崩壊した原子核が対流圏で臨界を起こす。東京は終わります。」
沈黙。
その中で、光正が別データを表示する。
「……ただ、まだひとつ手があります。つくば空間位相研究センターが試験運用中の“空間転移レーザー”。」
「完成していない装置を使うつもり?」
「転送精度は未知数ですが、目標の質量を一時的に“位相空間”に逃がすことができる。地上への衝突を回避できる可能性が――」
「成功確率は?」
「12%前後です。」
麗華は深く息をつく。
「……12%でも、やるしかない。」
その言葉が、作戦決行を意味した。
だが次の瞬間、通信士が声を上げる。
「防衛省回線に民間直通コードが! RINZAKIの識別信号です!」
画面に現れたのは、若い男の落ち着いた顔。
凛崎潤一―つくば大新エネルギー理論物理学助教授。
「凛崎です。おそらく、そちらの転移レーザーは私の研究データが組み込まれているはずです。」
麗華:「……あなたが設計者?」
「理論ベースは私です。ですが、成功率12%は間違いじゃない。
ただ――もう一つ、鍵となる“感応共鳴体”が存在する。」
光正が思わず立ち上がる。
「……まさか、あの三人の少女か?」
凛崎はわずかに微笑んだ。
「ええ。彼女たちは、常時連絡可能状態です。」
会議室の空気が一瞬凍りつく。
麗華:「行かせるつもりですか?」
凛崎:「行かせるんじゃない。彼女たちは、行く覚悟をしている。」
麗華は端末を見つめ、数秒の沈黙ののち、
「……作戦コードを民間協働フェーズに切り替えます。現場との連携を確立。」
光正が唇を噛む。
「麗華、本気か?」
「未来を信じるのも、今の私たちの任務よ。」
9-5 制御不能
12月14日 午前0時02分
防衛省 特殊事案対策班本部 【NSP】通信室
「入電! 北軌道上セクターC、ORBITAL-CORE γ、姿勢制御異常発生!」
「再突入軌道へ移行! 軌道傾斜角、変化率異常!」
「AI制御応答、遅延発生中――メインスラスター反応なし!」
「自己修復モード作動しません!」
如月麗華の声が飛ぶ。
「可視化データ、出して!」
スクリーンに映し出されたのは、軌道を滑る巨大な影。その尾には青白い光が揺らめき、やがて線状のプラズマへと変わっていく。
「……またか。今回で三機目だ」
光正がモニターを見つめながら低く呟く。
「ブラジル、地中海……そして今度は、日本。」
麗華の声が硬い。
「いや、南極落下の軍事衛星の噂もある。4機目か。」
周囲のスタッフたちが一斉に動き出す。
計算班、通信班、ドローン監視班――全員が同時に稼働。
だが、軌道上の衛星から返ってくるデータは断片的だった。
「AI制御のアルゴリズムが乱れている……。
これは自然の重力変動じゃない。何かに“干渉”されている!」
「干渉? 誰に――?」
答えは出ない。
ただ、通信記録のノイズの中で、一瞬だけ奇妙な波形が現れる。
まるで“呼吸するような”音のリズム。
麗華が眉をひそめる。
「……音だ。まるで、誰かが信号を“歌っている”みたい。」
⸻
12月14日16時25分
クリスマスパーティーに向けて、狛江フリーダンススタジオでひたすら練習をする澪奈のスマートリングが微かに震えた。
「……え?」
視界の端で、照明が一瞬だけ明滅した。
スタジオホールの空気が静まり、誰もが息を止める。
澪奈の胸の奥で、また“あの感覚”が蘇る――
重力が、囁いている。
〈呼んでる〉
〈上から〉
〈墜ちてくる〉
澪奈の視界が一瞬、暗転。
見えたのは――夜空を切り裂く、燃え落ちる巨大な軌跡。
「……来る。」
「澪奈?」
透香が声をかけた瞬間、
ホール全体が低く唸った。
地鳴りのような重低音。
外の夜空に、オーロラのような赤い光が走る。
⸻
12月16日(水)10時29分
防衛省特殊事案研究班管制室
「落下予測地点――東京湾上空!」
「推定時間、12月24日午前10時プラスマイナス3.2時間」
「AI応答喪失、再起動不能!」
「今のうちにやるしかない。空間転移レーザーの使用許可を要請!」
麗華が叫ぶ。
「今すぐ、つくば空間位相研究センターと連携! 全出力をレーザーに回せ!」
光正が椅子を蹴って立ち上がる。
「雛野を呼べ。彼女の位相解析がなきゃ照準が取れない!」
「了解!」
「RINZAKI本社か、新エネ研、どちらかにいる筈、アクセスしてくれ。」
数分後
通信回線の先で、雛野朱莉の声が応答する。
「こちら雛野。すぐに計算モジュールに入れます。……でも、本当に撃つんですか? 転移レーザーはまだ実験段階ですよ!」
光正が短く言う。
「やるしかない。あれが東京に落ちたら、クリスマスも未来も全部消える。」
雛野は息を呑む。
彼の声には、かつて大学で感じた熱と責任が宿っていた。
「了解。軌道補正計算やってみる、あなたは……祈ってて。」
「オレは衛星制御系システムの完全ハッキング続ける。まだコントロール出来てないが、やれるとこまで・・・」
「レーザー照準も、的の衛星もこっちでコントロール出来れば。」
離れた場所の二人が心を合わせ、緊迫感を増すこの事態を迎えつつあった。
⸻
夜空に響く低い音。
それは鐘の音にも、心臓の鼓動にも聞こえた。
澪奈はステージの上で空を見上げていた。
――踊りのあとに訪れる、静かな“カウントダウン”。
彼女は静かに呟く。
「私たちのクリスマス……絶対に、壊させない。」
透香が隣で拳を握る。
「行こう。今度は踊るんじゃなく、止める番だ。」
瑠亜が頷く。
「運命のリズム、もう一度合わせよう。」
三人の足元に、青い光の円が生まれる。
それはまるで、重力が再び彼女たちに味方したかのように輝き始めた。
ーーーーーー
12月18日(金)20時08分
東京赤坂1丁目
ビアレストラン『クラック・メルシー』
「お疲れ様、麗華、大変な事になったわね。」
「涼音、おつかれ。あんたのダンナ、シビアな条件突きつけるから対応大変よ。」
如月麗華が微笑みながら話す。
笠宮涼音は、ノンアルビールをオーダーして、
麗華にお酌して、返答する。
「アイツは旦那じゃなくて、パートナー。AIと人は旧法の婚姻は出来ないわ。」
「ゴメン、冗談よ。凛崎さんはとても有能な人、
信頼できるわ。」
「ありがとう、ところで今日呼んだのは、教え子三人娘の事?」
「うん、クラウドアクセスで分かってるかと思うけど、ちょっと危険なミッションに彼女らのチカラが必要になるかもしれない。だから、彼女達の本音が知りたい。学校での様子はどう?」
笠宮は少し考えて、口を開く。
「彼女らの特異能力はホンモノ。正しく導けば素晴らしい実力を発揮するわ。自分達で何か出来ないかと、使命感が生まれてるみたい。とはいえ、まだ子供。私達がしっかり守ってあげなくては。」
「そうね。必ず加護しましょう。」
二人はグラスを重ねる。
「ところで・・・」
「不思議に思う事があって、あなたに聞きたいの。」
「何?」
「2080年から来たミカ・シャリア。」
「?」
涼音はビールを飲む手を止める。
「彼女は2150年の更なる未来まで行って、人工重力発生装置まで持ち込んで、月下事象から、今の私達を救ってくれた。」
「それなら、この人工衛星落下危機も知っていた筈。その経過も結果も、過去の事実として分かっていた筈。」
「人工重力波発生マシンなら、いとも簡単に人工衛星を正常に戻す事も、押し潰してしまう事も出来た筈。それなのに、何もせずに、何も教えずに帰ってしまった。何故?我々で何とかしろという示唆?それとも解決出来る事を知ってるから?」
涼音が、応える。
「それとも、ミカのいた未来では人工衛星落下事故はなかったとか。」
「どういう事?」
「つまり、未来線が変わったかも知れない、と思う。私達は本来の未来への道から、わき道に入ってしまったから、元に戻らなくてはならない。つまり、この事件は私達のチカラのみで解決しなくてはならない。」
麗華がさらに訊ねる。
「そういう事ってクラウド使って、AI同士で会話しないの?」
「未来との通信は不可能です。」
「そっか。そうなると私達の選択が将来を決めるのは確か。ミカの未来を守るためにも、私達で解決しなくては。」
「結局、事態は変わらないのね。」
二人は見つめ合い頷いた。
「闘いましょう!キッチリ、最後まで。」
「やりましょう!」
寒い冬の東京、夜空に見え隠れする不吉の赤い光は、徐々に地球に接近していた。
9-6 レーザー照射 ― 歪む空閑
12月20日 23時。
静岡県富士山西方、朝霧高原の南東に位置する
〈空間転移レーザー試験場〉。
夜空に巨大なレーザーパルス照射ブラスターと、その電磁誘導ツインビリナディ、その組み合わせの三角形に位置したブロックが計6個、
円形配置されている。レーザー砲塔とは思えない異様な光景。
放射熱拡散パネルが、冷却ファンのフル稼働で細かく振動している。
レーザー装置から約1km先に建つ管制塔、兼退避場は、灯りが煌々と灯っている。
今年は積雪が少なく、この一帯も乾燥大地が覆い、冷たい風が基地を包んでいた。
「転移場安定率92%。衛星ロック完了。」
「空間歪み角度、マイナス0.004。射角補正OK。」
「エネルギーチャージ98%....99%....100%
フルチャージ完了!」
カウントダウンが始まる。
──3、2、1。
レーザーブラスターが次々に光彩を放ち、6本の
光が絡みながら空を裂いた。
蒼白い閃光が大気を走り、
成層圏を越えて衛星へ到達。
一瞬、軌道が揺らぎ、
成功かと思われたその瞬間――
「異常発生!反射波が増幅してる!」
「転移ベクトルが逆転!空間が“押し返されて”レーザー光が散乱、干渉波になって消失!」
モニターの波形が暴れ、
光が弾ける。
衛星からは過剰なエネルギー反応――
まるで“何かが覚醒した”かのように。
「停止しろ!転移照射を中止!」
「制御不能!装置、自己保護に入ります!」
轟音とともに、光が消えた。
空は再び暗闇に沈む。
雛野が震える声で呟いた。
「……失敗、です。」
「クソっ!・・ダメかー」
光正が机を叩きながら唸る。
凛崎は唇を結び、夜空を見上げる。
彼の視線の先、静かに流れる星の中で、
γ-27は微かに赤く光っていた。
それは、まるで――
クリスマスの夜に落ちる“星”のように。
9-7 絶望のフリーフォール
【1】 US SPACE FORCEの作戦行動
12月21日14時34分
日本政府の緊急閣議を通し、緊急事態要請で、米航空宇宙軍が作戦協力に名乗り出た。
横須賀沖に海中待機する原子力潜水艦ジェネグラン2から非核弾頭型ICBMミサイルが、γ-27衛星に向けて発射した。
その先端部分は衝突直前に開放して、高電圧金属網を放射、人工衛星を絡め取った後、小型ブラスターが逆噴射して、地上落下軌道に乗せ、大気圏突入から12分後に内蔵パラシュートが開き、地表に軟着陸させる作戦だった。
しかし、先端ハッチが開いた直後に重力波干渉により、ミサイル自体の接近が阻まれ、電磁網は届かず失敗。
撃墜は容易だが、核汚染を避けるために、ミサイル攻撃は出来ない。
米軍上層部は作戦行動の中止を余儀なくされた。
撮影用ライブ衛星からの実況を見ていた東京圏の人々は、絶望、落胆、不安、恐怖の感情が
ジワジワと広がり、物資の買い占め、簡易シェルター購入、首都圏からの脱出と、逃げる姿勢が明瞭になり始めた。
なぜ、政府は緊急事態宣言しない?
学校や会社が休みになって欲しい
ネット情報、どれを信じればいいの?
人々の混乱ぶりは徐々にエスカレートしていった。
【2】人工衛星γ-27、落下確定
12月23日 18時22分。
国際宇宙監視センターのメインディスプレイが赤く点滅する。
「γ-27、姿勢制御系完全喪失。軌道崩壊開始!」
「落下予測地点──東京都心部。丸の内1~2丁目。」
報告が連鎖的に飛び交う。
空間転移レーザーの再照射は不可能、
通常兵器による破壊は核燃料の散乱を招くため使用禁止。
防衛省と米軍合同対策室では、
「首都圏全域に避難勧告を発令」
という決断が下された。
政府緊急閣議を招集、19時のニュースに合わせて、緊急事態宣言を発表した。
都内の街は緊急報道と、避難指示警報で満ち、ネット、TV、ピクチャラン、パールM、あらゆるメディア媒体で、原子炉搭載人工衛星の落下危機報道が広がり、事の重大さを認識した人々は、むしろ冷静になっていった。
月下事象の方がよっぽど危険だった。あの危機を乗り越えたんだ。だから・・・大丈夫。
そんな感覚があったのだろう。
当初は慌てた人々も落ち着いて避難指示に従った。
人々はクリスマスのイルミネーションの下を、
避難所に向かって歩いていた。
⸻
【3】凛崎テクノロジー本社 ― 父と息子の決断
12月23日20時15分
新宿落合第5副都心群地区。
国内最高1030メートルを誇る、
凛崎テクノロジー本社ビル
〈サンエクセルブルービル〉。
4本の高層ビルの上に更に2本の高層ビルを建てた様な構造。しかもその上部に高さ510mの通信鉄塔が立っており、新ネット関連通信、気象データ取得機関など、首都機能の一部を担っている。
ガラスの外壁に反射する東京の夜景。
潤一は緊迫した声で、父・凛崎誠一(CEO)と通信を繋ぐ。
「空間転移レーザーのデータを再解析しました。
残留波の“対消滅パターン”が澪奈の出した理論と一致してます。
もし彼女の力を空間座標にリンクさせれば、
γ-27の重力異常を無にできるかもしれない。」
「まさか、生徒を実験に使う気か。」
父の声は冷静だが、息を潜めるように重い。
「違います。彼女たちは“自分で来る”と、そう思います。
あの日もそうだった……。」
沈黙。
やがて誠一は低く言った。
「……いいだろう。屋上を解放する。
ただし、お前が責任を取れ。」
「ありがとうございます。」
潤一は静かに頭を下げ、
その背後で、夜空に赤い光点がひとつ、
ゆっくりと落ち始めていた。
⸻
第10章 出撃 ― 三人の少女たち
10-1 作戦行動開始
12月23日19時03分
芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人は、新宿ライブホール『アングラーポケット』での前日リハーサルを終えて、帰路に着く。
狛江の自宅に帰った澪奈は、端末から流れる緊急ニュースに拳を握りしめる。
制服のまま、着替えもせずに呆然と眺める。
「……東京に、落ちてくる・・人工衛星?
気配を感じてたのはコレか!」
駅で一旦別れた透香と瑠亜が、ニュースを見て
急いで澪奈の家に駆けつけた。
「澪奈、行くんでしょ?」
「もちろん。このままではクリスマスパーティー出来なくなる。そんなのイヤ!せっかくここまで練習してきたのに。」
透香は、如月麗華に、瑠亜は、雛野朱莉にアクセスコールをかける。
「はい、そうです。三人ともいます。澪奈の家です。はい・・はい、ええ、そうです。
分かりました。すぐに行きます。それでは。」
「何て?」
透香が応える。
「麗華さん、防衛省に来いって、三人一緒に。作戦行動開始だって。」
瑠亜も二人に伝える。
「特殊装備を用意したって。テストする時間がないからすぐに装着して欲しいって。」
10分後に送迎ドローンが到着、三人はすぐに乗り込もうとする。
その時、澪奈の母が三人にミニバッグを渡す。
「これ、持っていきなさい。おにぎりだけど、
食べておきなさい。」
「ありがとう、お母さん。」
「腹が減っては戦はできぬ、か。」
「何?それ。」
「古い格言。」
「じやあ、行こう!」
三人はオートモードドローンに乗り込む。
「計算どおりに行くと思う?」
「思わない。でも、行く。」
三人の笑顔が夜空を駆け巡る。
10-2 イメージ構築
12月23日20時16分
僅か8分で市ヶ谷防衛省ヘリポートに到着、特殊事案研究班司令本部に三人が入る。
「これを装着して下さい。」
技術部門責任者が、赤いリストグローブ、ショルダーパッド、バックプロテクター、LTOベルト、それにVRヘッドギア、ファクトグラス、レッグアンダーカバーを用意した。
「凄い装備ですね。これみんな武器ですか?」
「いや、防御装備です。あなた達の身を守るものですよ。」
技術スタッフが優しく説明する。
「リストグローブには通信設備、エアスマホ、分析装置、透過機が入ってます。
ショルダーパッドは、防御装置と駆動補助機、レーザー発射機、エア噴射装置を装填
背中につけるバックプロテクターは、超小型酸素ボンベ、真空防御・水圧防御装置、イオンフライトオーバーレイ、消火装置を内蔵、
LTOベルトは、重力波感知器、射出ワイヤー、
VRヘッドギアは、アルゴリズム分析装置、VRコントローラー、各種通信ギア、
ファクトグラスは、リアリタイム映像分析
そして、レッグアンダーカバーには、イオンジェット推進機、身体保護電磁バリア発生装置
この様にフル装備を用意しました。
さあ、これで何があっても安心です。」
「これ、全部付けるの?制服の上に?」
「何かウエアはないの?戦闘コスチュームみたいな。」
「そういうのはちょっと・・・」
装着完了した澪奈は、慣れるのに時間がかかると思いながらも、操作手順を覚えるのに手一杯だった。
透香も同じフル装備を装着、
瑠亜は、ボディに直接装着するバージョンを接続。
「まるでサイボーグ!」
瑠亜の一言が何だかおかしくて、二人は笑う。
凛崎潤一から音声ラインが入る。
「装着準備出来たな。では、作戦内容を伝える。
『君達のしたい事をしなさい。』
それだけです。」
「それって?」
「人工衛星破壊したいのでしょ?クリスマスパーティーの邪魔になるから。」
「何をしてもいいの?」
「ああ、国民に被害が及ばず、核汚染が発生しない方法を考えてくれ。」
「防衛省および、つくば新エネルギー理論物理研究所、RINZAI社は三人の全面的なバックアップを保証します。思う存分やってみなさい。」
「新宿のサンエクセルブルービルの屋上を開放した。そこへ君達を送る。その高度での破壊なら地上被害は軽微だろう。」
「凛崎さん・・・」
澪奈が呟く。
「反物質対消滅が、最も効率的な破壊方法なのは理解してます。しかし、私の能力は具体的イメージから実現できるものなので、ちょっと難しいし、あまり自信ない。核融合で吹っ飛ばすのではダメかな?」
「重力波コントロールはどの程度出来る?」
「つくばサマースクールで学んだ。別次元に溢れ出す重力波を堰き止めて、揺らぎを利用して、重力壁を作る。球体型に作って、ヘリウム3を閉じ込めて、強力加速でプラズマ化して臨界反応を引き起こす。』
凛崎が応える。
「そこまで出来るなら、その先も出来そうだ。
その核融合エネルギーで反物質を組成する。
反物質はすぐ正物質と対消滅するから、反物質が出来たと思ったら、そのまますぐ重力ボールを人工衛星にぶつければいい。」
澪奈は思った。
〈以前、意識共鳴体の話しをした時、凛崎さんは、反物質対消滅を何か美しいエネルギー変換の様に話してたけど、それは違うと私は感じてた。結局、破壊なんだから、もっと泥臭い生々しいもの。そんな操作を、私はやるんだ。〉
「分かりました。やってみます。透香、瑠亜、チカラを貸して。」
三人はお互いを見つめて頷いた。
自分達と、組織の皆んなの為に。東京中の人々の為に、世界の為に、この3次元世界の為に、やってやる!
三人の乗ったオートモードドローンは、直ちにサンエクセルブルービルの屋上ヘリポートに向かった。
⸻
10-3 サンエクセルブルービル屋上 ―
最後の作戦
12月23日22時38分
東京上空、衛星γ-27が赤い尾を引きながら降下を始める。
大気圏突入まで残り1時間12分
そこから地上墜落まで8分30秒
サンエクセルブルービルの屋上、
1050メートルの高みは、風圧と熱で唸り声をあげていた。
三人はビル屋上1050mの中央で待機、四方に配置したレーザーブラスターで防御バリアを形成。
足元の鉄骨が鳴り、空気が振動する。
澪奈は目を細め、両手を広げる。
冷気と電磁波の嵐の中、
彼女の黒髪が金色の稲光に照らされて舞った。
「瑠亜、転移角度!」
「方位243度、仰角32! 相対速度秒速9.8キロ、今が限界!」
三人の通信モードが点滅。
凛崎潤一が屋上で通信を繋ぐ。
「澪奈さん、衛星内部の原子炉に“対位相パターン”を重ねて。
透香さん、上空から電磁シールドを形成。
瑠亜さん、衛星の角速度データを解析して送ってくれ。」
「了解!」
「了解!」
「了解!」
透香は、半透明化して空中に浮遊、さらに500m上の電波鉄塔の先端まで上昇。
電磁シールドを展開する。
瑠亜は、中央システムセンターの高気密サーバーにアクセス、超高速演算で現在のγ-27人工衛星の軌道計算を繰り返す。
大型スクリーンに映る衛星データ。
雛野朱莉は、凛崎の隣で緊張した指を組んでいた。
「本当に、彼女たちが間に合うの?」
「信じよう。私が見たあの三人の“共鳴”を。」
端末には、芽蕗澪奈からの通信が届いていた。
「凛崎さん、これが私たちのクリスマスプレゼントです。」
朱莉は小さく笑う。
「まったく……高校生が世界救うなんて、ね。」
凛崎:「彼女たちは、時代が選んだ“接点”なんだよ。」
そこに、突然別回線が入る。
「朱莉、聞こえるか?」
懐かしい声――如月光正。
「光正……生きてたのね。」
「生きてる。君の転移データがなければ、僕たちは何もできなかった。」
朱莉は照れ笑いを浮かべる。
「じゃあ、せいぜい綺麗に成功させてよ。終わったら、ちゃんと食事、奢ってもらうから。」
光正:「了解。作戦後、正式に予約しておく。」
通信が切れた後、朱莉の頬にうっすらと赤みがさした。
「ふふ……あいかわらず、不器用なんだから。」
風が唸り、空が裂ける。
三人の少女が光の中に浮かび、
それぞれの力を“融合”させるように重ね合わせた。
澪奈は、上空を見上げて、時々俯いて、イメージを積み上げる。
その状態のまま10分経過、まだ何も起きない。
イメージが、湧かない。
出来るかどうかという不安も過ぎり、集中力が下がりかける。
見かねた透香と瑠亜が、バンドグローブマイクで話し掛ける。
「ダンス曲イメージしたら?リズムとメロディとバイブス、ダンスしてる時のエモーショナルな感情を再現したら?」
コレが突破口だった。澪奈の思考力は一気に上昇し、イメージ展開が早まる。
澪奈の上部30m辺りに、黒い重力場が形成されてくる、それは次第に拡大して、輪郭もはっきりした黒い重力場ボールとなった。
司令室モニターで見ていた一同は驚き、その成り行きを見守る。
「次はプラズマ!」
澪奈はヘリウム3をイメージ、それを重力場ボールの中に入れて、一気に加速、プラズマ臨界に達して小さな核融合状態を形成。
23時17分
太陽の様に眩しく輝く核融合臨界球が、重力壁ボールに囲われて、真っ黒い球体の節々から光が漏れ出している。
澪奈の体から放たれる蒼い光が、
重力波の波形と共鳴する。
反物質形成にまだ至っていない。
その状況で30分経過。
ーーーーーー
10-4 瞬間に懸ける命
23時47分
「γ-27衛星肉眼で確認!
高度あと4万メートル!」
澪奈は必死に反物質生成をイメージする。
「音の揺らぎ、重力の揺らぎ、空間の揺らぎ、時間の揺らぎ・・・・・」
三人で踊ったダンス、大学講義での核融合の話、河原で行った実験、桜永教授の揺らぎの話、
様々な事が頭の中を過ぎり、最後に凛崎の反物質論を思い出す。
「高度1万メートル!
8000、6500、5000、4000、3000!」
夜空はオーロラのように歪み、
上空には、炎を引く巨大な影――落下する人工衛星γ-27号。
芽蕗澪奈は風に髪を揺らしながら、両手を広げる。
「透香、位置補正!」
「OK、フライト安定化完了!」
「瑠亜、転移計算!」
「弾道データ、凛崎ラインに同期しました!」
3人の少女が、まるで光の舞踏のように動く。
人工衛星と空間転移レーザー、その間に流れるエネルギー波が共鳴し、
朱莉のモニターが激しく点滅した。
「すごい……! 彼女たちの脳波が、衛星のAI制御コードと同期してる!」
光正:「人間とAIの、直接共鳴リンク……!」
澪奈の声が響く。
その中心で、澪奈は静かに目を閉じた。
脳内に、澪奈の特殊神経素子が共鳴し始める。
反物質と正物質が重なる“臨界の点”――
理論上は、無限のエネルギーが生まれる場所。
しかし、澪奈にとってそれは理論ではなく、
“感覚”だった。
鼓動が速くなる。
凛崎先生の言葉が蘇る。
「反物質の消滅は、終わりじゃない。
エネルギーは形を変える。存在は続く。
つまり――“希望”に変換される。」
「希望……か。」
澪奈の唇が、微かに笑みに変わる。
瑠亜の声が焦りを帯びて飛ぶ。
「澪奈、軌道がブレてる! 衛星が分裂した!」
「構わない!」
澪奈の右手が輝く。
透香が叫ぶ。
「澪奈っ、それ以上は――!」
だが、その瞬間。
澪奈の周囲に青いリングが現れた。
重力の層がめくれ、空間が“ずれる”。
彼女の意識が拡散していく。
東京の夜景、雲海、地球の輪郭――すべてが彼女の心の内側に流れ込んでくる。
遠くで、瑠亜の声が泣いている。
透香の息が乱れている。
でも、私たちは繋がってる。
脳内リンクが共鳴を始める。
澪奈、透香、瑠亜――
三人の思考波が、一つの波形を描いた。
凛崎が設計した「感応共鳴体」。
それは、人の心そのものだった。
澪奈:「瑠亜、計算値を、もう少し前にずらして。」
瑠亜:「澪奈、それは発動失敗のリスクが!」
澪奈:「……リスクって、希望を試すためにあるんだよ。」
透香の笑い声が、風に溶ける。
「やっぱり澪奈ちゃんがオモテだ。光だよ。」
「そう、澪奈が光になるなら、私はその影でいい。照らして、消えないように。」
透香は自分の言葉に少し照れる。
「とりあえず、あたしは風で包む。行こう、澪奈!」
澪奈の掌が、光を握るように前へと伸びた。
その先、降りてくる人工衛星の影。
時間が遅く感じる。
心臓の音が、世界のすべてになった。
この力で、終わらせるんじゃない。
繋ぎ直すんだ――人と、科学と、未来を。
澪奈の瞳が、反物質の白光に染まる。
その刹那。
空が裂けた。
「レーザー照準はそのまま! 私が反物質層を開放します!」
光正:「待て、暴走するぞ!」
澪奈:「大丈夫。……だって、みんなが一緒だから。」
「いくよ――反物質対消滅、起動。」
澪奈が全力で叫ぶ。
その瞬間、彼女の身体から放たれた白光が、
夜空を切り裂くように伸び、衛星を包み込む。
時間が止まったような静寂。
次の瞬間、空が“消えた”。
轟音も爆発もなく、γ-27人工衛星は、
ただ静かに、収束するかの様に夜空から消滅した。
爆発ではない。
そこに存在していたエネルギーそのものが、
完全に“無”へ転換されたのだ。
対消滅エネルギー自体が時空間を歪めて、5次元またはそれ以上の次元への扉を開け、放出された様だった。
麗華が報告を受ける。
「衛星、転移反応確認……座標不明、地上衝突ゼロ。」
会議室が静まり返る中、麗華は微笑んだ。
「……よくやったわ。あなたたちの、クリスマスプレゼントね。」
凛崎はその光景を見上げながら、
呟くように言った。
「……彼女たちが、東京を救った。」
⸻
10-5 光の裏側(ルミナス・ヴェール)
――音が消えた。
風も、痛みも、重力もない。
澪奈はただ、光の中にいた。
自分の身体があるのかどうかもわからない。
でも、確かに「私」という輪郭は感じている。
心拍の代わりに、光が脈を打つ。
その光は、暖かくも冷たくもない。
ただ、
「存在する」という事実だけが、静かに彼女を包んでいた。
⸻
どれほどの時間が経ったのか、わからない。
それでも、澪奈は少しずつ理解していく。
ここは――物質と反物質が交わる境界。
「消滅」ではなく、「調和」。
科学で言えばあり得ない現象。
でも、心の奥では“知っていた”。
「形を失っても、思いは残る」
凛崎先生が言っていた言葉が、静かに蘇る。
澪奈は視界の向こうに、
ぼんやりとした“影”を見た。
それは、透香、瑠亜――
二人の輪郭が、光の粒として浮かび上がっている。
聞こえる……? 透香、瑠亜。
声を出したつもりもない。
でも、思考が波のように広がる。
≪澪奈? どこ? ここ、どこなの?≫
≪あたし達、生きてる……の?≫
音ではない。
思考の共鳴だ。
三人の意識が繋がっていた。
そして、彼女たちの周囲に現れたのは、
幾何学的な光のパターン――まるで量子の地図のような輝き。
瑠亜が呟くように言う。
≪これ……アルゴリズム構造体? 空間そのものが、演算してる……≫
透香が驚嘆の息を漏らす。
≪私たち、AIネットの中にいるみたい……でも違う。もっと“生きてる”≫
澪奈は微笑んだ。
≪たぶんね……この場所、“反物質の意識領域”なんだよ。
人間が触れたことのない、もうひとつの宇宙。≫
三人の意識体が、光の流れに乗って漂う。
触れた瞬間、過去の記憶が映し出される。
――透香が初めてダンスを踊った夜。
――瑠亜が父の研究所で方程式を完成させた朝。
――澪奈が、ステージの上で初めて涙を見せた瞬間。
すべての「想い」が、光の粒になって流れていく。
その中で、澪奈は小さく呟いた。
「これが、私たちが守ろうとしたもの……
ただ、生きること。笑うこと。誰かを想うこと。」
その瞬間――
光の世界に、波紋が走った。
青白い光の幕が揺れ、
その向こうに“現実の空”が透けて見える。
凛崎の声が、どこか遠くから届く。
「澪奈、戻ってこい――!」
澪奈は手を伸ばす。
空間が震える。
光が収束していく。
瑠亜と透香の声が、重なった。
≪澪奈! 私たちも一緒に!≫
≪離れないで!≫
澪奈は微笑む。
「うん、離れない。
だって、私たち――“共鳴体”だもん。」
光が、弾けた。
世界が、再び“時間”を取り戻した。
そしてーーーー
澪奈たちが消えた夜、地球の裏側――南極大陸の氷床深くで、ひとつの光点が瞬いた。
解析不能な“情報粒子”が、氷層を貫いて漂っていく。
その座標が、後に「時空異常地点A-01」と呼ばれることを、
まだ誰も知らなかった。
ーーーーーーーーー
第11章 ラストダンス
11-1 静寂のあと ― 降る雪の中で
12月24日0時07分
数分後。
雪が降り始める。
サンエクセルブルービルの屋上で、
澪奈・透香・瑠亜の3人が仰向けで夜空を見上げていた。
遠くでクリスマスの鐘の音が聞こえる。
3人の命を守った特殊装備「エクセレントギア」はどれもボロボロ、亀裂、破損、焦げ付き、この「闘い」の凄まじさを物語っていた。
「……終わった、のかな。」
「うん。今度こそ、本当に。」
「パーティ、やり直そっか。来年のイブにでも。」
澪奈は笑った。
その頬を、静かに雪が溶かしていった。
空にはもう、落ちてくる星はなかった。
ただ――
3人の少女の光だけが、
夜空に小さく瞬いていた。
透香が急に立ち上がる。
「いや、やるよ! 今日、クリスマスパーティー
予定通り! これからが本当のミッションだから!」
透香の意外な言葉に、瑠亜が立ち上がり、澪奈に手を差し伸べた。
「やりましょう、澪奈、夢叶えなきゃ。」
澪奈も立ち上がり、頷く。
「うん、やる!絶対やる!
邪魔者はやっつけた。やっと念願のダンス出来るんだから!」
ーーーーーーーー
11-2 クリスマスパーティー
12月24日 19時30分
東京・臨海新都心〈グランエテルナ・ホール〉
天井まで届くクリスタルガラスの装飾が、冬の夜空を映していた。
ステージ周辺は金色の光に包まれ、会場はまるで宇宙船の内部のような幻想感が漂う。
壁面には雪の結晶を象ったホログラムが舞い、中央のステージでは、光がゆっくりと流れを描いている。
「ねえ、澪奈。ほんとに本番の音、あの人がやるんだよ?」
透香が信じられないという顔で尋ねる。
「うん、間違いない。プログラム表にあった。“Special DJ:MBJ”」
「MBJって、まさか――あの幕張フェスの……?」
瑠亜の声に、澪奈は静かに頷いた。
あの日の残響が脳裏によみがえる。
真夏の眩しい光、ステージ脇の影から彼女たちを見ていたサングラスの男。
音を、踊りを、そして“生き方”を見抜く目をしていた。
⸻
開演五分前。
観客席には防衛省・つくば研究所・高校の関係者、そしてクラスメイトたちが顔をそろえていた。
防衛省特殊事案対策班の如月麗華と光正。
内閣特情部のスタッフ、つくば大研究所の凛崎潤一、助手の雛野朱莉。
澪奈たちの晴れ舞台を祝うように、ホール全体が温かなざわめきで満ちている。
凛崎潤一とパートナーAI笠宮涼音も、後方の貴賓席に並んで座っていた。
涼音は3人の担任として、そして凛崎は一人の科学者として、
「奇跡の重力ダンス」を見届けようとしている。
彼らはそれぞれ、少し緊張した表情で、だが誇らしげにその舞台を見つめていた。
⸻
暗転。
ステージ上に一条のライトが走る。
その中からゆっくりと現れるDJ――マーシー・ベイク・ジェイカー。
サングラスの奥から覗く鋭い視線。
右手のAIパッドをひと振りすると、空間全体に立体音響の波が走った。
「Ladies and Gentlemen――
今夜は、特別な星たちが踊る夜。
オレが音を繋ぎ、彼女たちが空を踊る。
――Triple Dancin’ Session、スタートだ。」
⸻
澪奈たちの登場が告げられる。
照明が一瞬、落ちる。
暗闇の中、ひと筋の白光が走る。
ドラムの軽快なリズム、弦のアルペジオが空間を染め、
やがて――三つの影が光の中心に浮かび上がる。
芽蕗澪奈、波澄透香、紫月瑠亜。
彼女たちは視線を交わし、
静かに呼吸を合わせた。
――スタート。
最初の一拍で、澪奈がターンする。
銀糸のようなスカートが光を反射し、ホールに星屑を撒いた。
透香が力強くステップを刻むと、床下に設置された重力制御プレートが反応し、
まるで風のように身体が舞い上がる。
瑠亜の操作するAIリズムライトが、三人の動きと完全同期する。
照明がまるで生きているように、音に合わせて脈動する。
一曲目、「Rebirth of Light」
AIが生成した透明なピアノリフに、MBJ独自の量子ビートが重なる。
音が空間を裂くように拡散し、ホールの空気が震えた。
澪奈は空気の層を操るように舞い、
透香は重心を無重力に変えるように跳躍する。
瑠亜の足元からは、波紋のような光のリングが広がる。
まるで三人のリズムが、音の粒と一体化していくかのようだった。
「ヤバい……生のエネルギーが音に乗ってる……」
MBJが呟きながら、即興でトラックを再構成する。
AIが計算するよりも速く、彼の指がリズムを刻み、
音が三人の動きに呼応するように進化していく。
観客席が総立ちになる。
誰もが息を呑み、ただ見惚れるしかなかった。
澪奈たちは、もう“高校生”ではなく、
音と重力を操る“アーティスト”としてそこに立っていた。
⸻
二曲目、「Starlight Infinity」
ゆるやかなイントロ。
光がホール全体に散らばり、雪のように舞い降りる。
まるで夜空が降ってくるような錯覚。
澪奈はその中で、凛崎夫妻の方を一瞬見た。
涼音が小さく笑って頷く。
凛崎は無言で、だが確かに手を叩いていた。
――ありがとう、先生。ありがとう、みんな。
その想いが、ステージの光と重なり、
三人のダンスがひとつの螺旋を描く。
⸻
観客の中で、如月麗華が思わず息を呑んだ。
「……これが、彼女たちの“共鳴”……」
光正が隣で頷く。
「重力波でもAIでもない、人間の心そのものの波だ。」
ステージが最高潮に達する。
三人の動きが完全に重なり、三つの光輪が身体から放たれる。
まるで光の三重螺旋。
彼女たちの呼吸が、空気を通して観客全体に伝わっていく。
凛崎はモニターに映るエネルギー値を見て、微笑む。
「……これが、純粋な“生命エネルギー”か。」
隣の朱莉が小声で言う。
「如月さんの理論に近い……心的エネルギー場の再現だわ。」
観客席のAIたちも反応していた。
笠宮涼音の瞳が、淡く金色に光る。
彼女の内部演算ユニットが、ダンスの波形を共振解析している。
「潤一……彼女たちは、“AIの感情演算領域”にも影響を与えてる……。」
凛崎が笑った。
「それでいい。AIも人も、“感応”するためにここにいる。」
音が消える。
最後のステップ、静止――。
一瞬の静寂の後、
ホール全体が歓声と拍手で包まれた。
観客の誰もが立ち上がり、
笑顔で、涙を拭いながら拍手を送っていた。
澪奈、透香、瑠亜はステージ中央で手を取り合い、深く頭を下げた。
その瞳の奥には、確かな充実と、
“次に来る運命”を薄々感じ取る緊張があった。
朱莉が呟く。
「……この光景、絶対に忘れない。
こんなにも“今を生きてる”人たち、見たことない。」
その言葉に、光正が小さく応じる。
光正が雛野朱莉に囁く。
「これが、あの“月下の三人”か。……すごいな」
「ええ。人類の可能性を、音と身体で証明してる。」
「そうだな。――だが、夜はまだ終わっていない。」
ホールはまだ拍手の嵐に包まれていた。
朱莉は、光正の横顔を見つめながら微笑んだ。
胸の奥に、ほのかな熱が灯る。
この温もりが、次に訪れる嵐の夜にも、彼を守ってくれますように――と。
⸻
ステージ上では、MBJがマイクを取った。
「最高だった。
この三人のエネルギーは、AIでも計算できない。
人間が生きる意味そのものだ。」
そして、軽く笑って続けた。
「次のイベント、もし世界がまだ平和なら――
また一緒にやろうぜ。」
⸻
観客の歓声が止まないまま、
天井のスクリーンに“Silent Night”の演出映像が流れ始める。
ーーーーー!
12月24日 19時10分
澪奈たちのダンスが終わってから、わずか二時間。
クリスマスパーティーは穏やかな笑い声と乾杯の音に包まれていた。
ステージ脇では透香と瑠亜がケーキを分け合い、澪奈は凛崎夫妻と話をしていた。
「澪奈さん。今日のダンス、本当に素晴らしかったです」
笠宮涼音の柔らかな声。
AIヒューマノイドとは思えぬ自然な笑顔が、澪奈の緊張をほどいていく。
「ありがとうございます。先生が見てくれてたから、安心して踊れました」
「ふふ、あなたたちはもう“守られる側”じゃなく、“導く側”なのかもしれませんね」
その隣で凛崎潤一がグラスを傾けながら言う。
「あれだけの偉業を成し遂げて、翌日にはこんな素晴らしいパフォーマンスを行う、やはり若い子のパワーには驚きだな。」
突然、MBJがマイクで唸る。
「みんな、メリークリスマス!
今年はもう十分すぎるくらい奇跡が起きた年だったな!
……だが、まだ終わっちゃいねぇ。
来年、俺たちは“さらに上”を目指す!」
歓声とライトの波。
澪奈も笑顔を取り戻し、透香や瑠亜と手を合わせた。
――この瞬間が永遠に続けばいい。
心の底から、そう願った。
人工衛星の対消滅後、
麗華は報告書にこう記す:
「三名の少女が放ったエネルギー波は、
人類がいまだ到達しない“善意の力”そのものだった。」
そして朱莉は、光正と静かに再会。
「生きてたら、次こそ正式にね。」
「ああ。今度は笑顔で。」
⸻
12月25日
――翌朝 夜明け前
遠く筑波の空に、
雪のような光の粒が降っていた。
朱莉が窓辺で呟く。
「反物質の消滅……いや、あれは“再構成”だったのかも。」
凛崎が微笑む。
「そうだ。澪奈は、“存在”を壊さずに、別の形にした。」
「どこへ行ったの?」
「……おそらく、まだこの空の、どこかに。」
朝日が昇る。
その光は、静かで、どこまでも温かかった。
⸻
12月25日
――翌朝 東京・狛江市
芽蕗澪奈の自宅
澪奈が目を覚ますと、
白い天井が見えた。
身体は軽い。
隣のベッドに透香、少し離れて瑠亜。
3人とも、「生きて」いた。
コンサート終了後、送迎自動運転車で帰宅した三人はそこで力尽きて、澪奈の家で倒れ込む様に寝た。
部屋の窓から朝日が差し込む。
その光の粒の中に、
ほんの一瞬、あの“ルミナス・ヴェール”の輝きが見えた気がした。
澪奈は小さく呟く。
「……あの世界も、たぶん、どこかで今も呼吸してる。」
私達三人は、これからも、どんな場面、どんな状況でも立ち向かう。チカラを合わせて立ち向かう。
今年4月からは高校3年、受験生、将来を決める時期になる。今回の経験で、まだ漠然とだが澪奈は将来像を描き始めていた。
「私、研究者になる。このチカラの事もっと調べて、社会に役立つ様にしたい。」
「つくばで桜永教授の下で、研究出来たら・・・」
そんな思いが湧き始めていた。
「ああ、寝ちゃってた。おはよ。澪奈。」
透香も目を覚まして起き上がった。
振り向いて瑠亜を見る。微動だにしない。
「あっ?電池切れか?」
首元のバッテリーランプが赤く点滅している。
「チカラ使ったからね。」
澪奈が部屋のプラクティカルサーバーからコーヒーを淹れて、透香に渡す。
「ありがと。」
「瑠亜ちゃん、どうしよ?」
「まかさ、家庭充電じゃないよね。」
澪奈はコンセントを見て呟く。
「つくばに連絡して、運ぼうか?」
「ゴメン、その前にシャワー浴びたい。
昨日そのまま寝ちゃったから。」
「なら、着替えとコスメも用意しとくね。」
「化粧水『オーベル』のでいい?」
「ありがとう、何でもいい。ヘアブラシも借りていい?」
二人は洗面台に向かう。
「瑠亜ちゃん運ぶの、重くない?」
「体重何キロかな?」
「それは失礼でしょ。」
透香が、ケタケタ笑った。
「そういえば・・・」
澪奈が、右腕を上げる。
「何?」
「作戦成功の時、しなかったから。」
透香は、すぐに察して右腕を上げる。
パチっ!
ハイタッチとグータッチ
二人の心にもやっと達成感が溢れてきていた。
澪奈の視界の奥で、
雪の結晶が一瞬、ルミナス・ヴェールのように光った。
それは、遠い空の向こうから届いた“約束の欠片”のようだった。
澪奈は小さく笑い、つぶやく。
「行こう。まだ、この世界の続きを見たいから。」
クリスマスの朝、今日も素敵な一日が始まる予感がした。
完
第1部
第1章 想いと願い
1-1 静かな兆し
2054年2月25日(土)
今年もまだ積雪のない東京、でも、まだまだ寒い土曜日の朝、晴れ渡った青い空に白い月、何も変わらない日常の始まり。そんな中、白い息を吐きながら、一人の少女が病院に向かって歩いていた。
芽蕗 澪奈 (めぶき みおな)16歳
地元 東京都狛江市狛江高等学校1年
整った小顔、少し背が高くスレンダーで、ブラウンのストレートロングヘア、読者モデルのような細身体型でクラスでも人気者。でも本人は控え目。
「ねえ、今日帰りにカラオケ行かない?」
「行く行く、みんな行くでしょ?
ミーナはどうする?」
「ゴメン、私は予定あるし、またね。」
「そっか、病院だもね。じゃまた明日」
友達は、ダンス仲間。澪奈は、2040年代からブレークし始めた【VRダンスPL】に夢中で、すでにオリジナルアバターとオリジナル曲を合わせた「ミックスポッド」で動画アップして、3万以上のRPを得ている実力が有りながら、身元は隠して謎のダンサーで通っている。
《自分とフィーリングの合うダンサーが見つからない》
そんな理由でソロダンサーとしてアマチュア活動。時々新人ミュージシャンのMVにダンサー出演する事もあるか、学業に差し障りない程度に楽しんでいる。
こんな感じで性格は明るいが、付き合いはそこそこ。友達も彼女の事情をよく理解して、無理は言わない。
ーーー彼女の事情ーーそれは母子家庭である事と、祖母の病気、治療費等の問題。
2035年狛江市と東京第4区(旧世田谷区)との境で、多摩川に接した空地に建設された、狛江総合病院に祖母は入院していた。お見舞いに出掛けた芽蕗は、母からの差し入れのフルーツ籠を抱えて病院のエントランスを進む。
骨髄性腫瘍で入院中の祖母は、日々悪性ガンの痛みに苦しみ、寝たきり状態で闘病していた。
一人っ子で幼い頃からおばあちゃん子だった澪奈は、そんな祖母に本当に可愛がられた。
「おばあちゃん、どうしてお空は青いの?」
「それはね、レイリー散乱と言って、太陽光の青い光は波長が短く、空気中の分子によってあらゆる方向に跳ね返されるので、全体に青い色に見えるのよ。」
物理工学技術者だった祖母は、幼な子相手に、こんな難しい事を話すのだが、小さな澪奈は、目をキラキラさせて、そんな祖母の話を聞くのが大好きだった。
澪奈は、その影響で物質の様々な現象の本質を見極める訓練がなされていて、物理現象や化学変化、分子原子構造などを知る探究心が培われていった。
祖母との楽しい会話を思い出すと、澪奈は何とも切ない気持ちになる。今、目の前にいる祖母は、痛み止めが切れて苦痛に顔を歪め、痛み苦しむ。苦い薬や痛い注射に耐えながら、病気と闘う姿に辛い気持ちに押し潰されそうになった。
《おばあちゃんの病気を治したい。苦しみや痛みを和らげたい。苦しめてる病気のもと、ガン細胞をやっつけたい。細胞を分解して、消去してしまいたい。》
澪奈の探究心は、やがて10歳頃から不思議な能力を開花させていた。物の構造がよく見える、そして、それを分解してしまうチカラ。
最初は古い時計の中の部品を、触らずにバラバラにしてしまったり、精密機械を分解してしまったり、最近は分子構造を分解して、物質化学変化を楽しんだり、原始構造を破壊して新たな分子を作り出したりした。
澪奈は担当医の言葉を思い出す。
「ガン細胞は、20年前のIPS遺伝治療法『IGT』の確立により100%治療可能となった筈だったのですが、7年前に突如発生した突発破壊型変異ガン『SVMC』の急拡大で再び不治の病となった。」
「あなたのお婆様の病気は、まさにこのSVMCです。これまでの治療法が全て効果がない恐ろしい病気です。」
「そんな事を聞きたいのではないんです。先生、どうやったらそのガンを治せますか?」
「超高エネルギー波動による連続分解、ガン細胞のネックポイント「pnht」結節点を同時多発的に攻撃、破壊するしかなく、今の医療技術では無理なんです」
そのような方法でガン治療が可能なら、私には出来るかもしれない。
イメージが大事。そして意識を集中、結束点を断ち切り、ガン細胞全体を圧縮して押し潰す。
細胞の原子構造から分解してしまう。
そんな高エネルギーを指先から発して、祖母の体に当てて行く。
2週間前の、担当医の説明を受けて、澪奈は病室で祖母の手を握り、もう片手で指先から高エネルギーを発するイメージを注ぎ込んだ。
3日間病室を訪問して、毎回30分この手法を実行。そして2週間後、澪奈は再び担当医に呼び出される。
「まさに奇跡、理由は不明だが芽蕗さんのご病気が完治してきた。今その理由を調べているがはっきりは分からない。しかし、何らかの高出力エネルギーによる癌細胞の完全破壊、死滅、分解が、鮮やかに行われていた。」
芽蕗澪奈が、自分の中にある特異能力を自覚した瞬間だった。「私は病気を治せる、悪い病原菌を滅ぼす事が出来る。」
何でも出来そうな感覚、それは、これから始まる非日常の静かな兆しであった。
1-2 逃避の衝動
期末試験を控えた2月下旬、高1の透香には辛い日常が繰り返し繰り返し続くのみだった。
孤立、誰も彼女に話しかけない、気にかけない、存在を無視する、・・・それでも中学生の時よりマシだと諦めていた。
ウザ、キモ、死ね、汚物、バイ菌・・・
心挫かれる絶望の言葉が書きなぐられた机、
水がぶち撒かれた椅子、ちぎれた教科書、
波澄 透香 (はすみ とうか)
東京都狛江市狛江高等学校1年
地元は、大宮市。
内気な性格で人との交流が苦手なため、中学時代にクラスでイジメ対象となり、3年間地獄のような生活を送る。その為、「諦め」と「逃避」の生き方を選択する様になる。
でも、成績は良かったので、せめて高校は誰にもイジメられない所に行こうと、狛江高校に入った。
しかし、最初の自己紹介で自己アピールに失敗
、".嫌味なやつ".とのレッテルを貼られ、すぐにネグレクト型イジメ対象になってしまう。
その結果、高校1年をもうすぐ終わろうとしたこの時期にこの有り様。
自分でもあまりに情けなくて、もう消えてしまいたい気分の毎日。
それでも、何とか彼女をこの世に繋ぎ止めていたもの、それは、「ダンス」・・・小学生の頃から続けていた「ニューヒップホップダンス」が得意で、その創造的で自由なステップが心を癒してくれていた。
2月25日(土)
狛江フリーダンススタジオ
市街地の西側端にある全面ガラス張りのダンススタジオ。ニューヒップホップ界のトップ「N DKY」の練習スタジオとしても有名で、未来の子供達のために低料金解放した練習場所として、都内でも数少ない、VRアバター対応可能施設。
自分のダンスをミラーに写すとVRアバターが隣に現れて、一緒にシンクロして踊るなどの機能がある。
「TOWKAちゃん、コンちわ、今日も練習?」
ダンススタジオ常連の高岡さんが話しかける
「こんにちは、高岡さん、毎日頑張ってますね。」
波澄は、いつも元気な70代と思われる女性、高岡早苗と仲がいい。
2000年代に青春時代を過ごした彼女は、まさにヒップホップダンスの現役者、透香の良き先生でもある。
「ダンス調子どう?」
「うん、最近どうもターンのタイミングがよく分からなくて・・ちょっと悩みかな。」
「回ろうと振りかぶっちゃダメよ。真っ直ぐ上に上がる感じ。」
高岡が緩めた両足を真っ直ぐ上に伸びて閉じ、片足の膝下を曲げてクロスして降ろす、同時に身体を捻ってキレイにターン。
70歳とは思えないスレンダーで、鍛えられた体型で、お手本を示す。
「そっか、そのタイミングか。」
波澄透香は納得して、真似する。
「うまい、うまい、その姿勢を維持するの。」
ダンスは好きだが、全て自我流でネット動画を参考に練習した程度の透香には、素敵な先生だった。
「TOWKAちゃん、時々基本が疎かになるから、気をつけるのよ。基本は大事よ。」
「うん、ありがと。」
「じゃあ、練習頑張って。」
高岡は自分の練習教室に向かった。
「さあ、やるか!」
透香は、撮影ドローンの動画セットをオンにして、ウォールミラーの前に立つ、
「アバターオン」
VRアバター《TOWKA》がミラー上に現れる。
まずは、基本の基本
アイソレーション6分
そして、リズムトレーニング4分
さらに、
「プラクティス1 基本ステップP1」
ダンスミュージックが流れ出し、アバターが踊り出す
「2ステップ~4ステップ~マーチステップ
~ボックスステップ~クロスステップ~」
透香はヒップホップダンスステップの基本練習を毎日欠かさずに行う。
「ジャムロック~アトランタストンプ~パンクヘッドバランス~・・・・」
約100種類のダンスパターンを連続動作で続ける。
・・・・・・
約2時間の練習をこなして、11時に終了。
シャワー浴びて着替えてスタジオを出る。
ファーストフードで昼食取ってから帰ろうと、フラウモールSCに向かう。
突然、辛い現実が襲いかかる。
ショッピングモールのエントランスホールに高校生らしい男女グループ、中学時代に透香をイジメた連中。
中の一人が気付く
「あれ?ゴミムシじゃない?」
「なんでこんなとこに、キモ、コマ高なんだ」
強烈な絶望感と差し込む様な心臓の痛みを伴い、頭が真っ白になる、何も考えられなくなり、手足が震えて動かない。
「逃げたい、消えたい、飛んで行ってしまいたい。」
「アヤ、知り合い?」
金髪ピアスの男子が訊く
「こいつ、オナ中、3年間イビリ続けたのに、まだ生きてた。首でもつって死んだと思ってたのに。」
グループに囲まれて逃げ場がない。
強い強い逃避本能が透香のカラダ全体に、新たな感覚を覚醒させ始めた。
透香は少し後退りして左手を握りしめると、透香の脚元から徐々に姿が薄らいでいき、フワッと1メートルほど浮遊しながら消えていった。
「‼️・・・」
今、からかっていた女の子が突然消えた。
男女グループは何が起きたか理解できず、波澄が突然消えてしまった事を理解出来ないでいた。
「アイツ、どこ行った!」
「逃げたな」
「変な目眩し使いやがって」
簡単に姿を隠せる【イリュージョントリッカー】を使ったと思ったらしい。
エアスマホのアプリで姿を暴こうとしたが、どこにもいない。周りを見渡してもいない。
しばらく騒いでたが、やがて飽きてどこかへ行ってしまう。
波澄透香は、透明化して、さらに空中にフライングしていた!
透香は、心拍数が高いまま呼吸も荒く、涙腺も緩んだまま、自分の姿を探す連中を見下ろしていた。
「このまま逃げよう」
透香は、エントランスの吹抜けから、中2階の小スペースに着地して、スロープを上り3階の書籍店に逃げ込む。
姿が消えてフライトしたのは、数十秒。
今は元に戻り、本屋の中で身を潜めてから、裏側の連絡通路から立体駐車場を抜けて外に逃げて行った。
後ろを気にしながら足早に家に帰り、自分の部屋に入ってやっと落ち着いた。
「さっきのは一体何だったのか?」
「まさか、姿が消えて、さらに空も飛べるなんて!」
自分の起こした行動がまだ信じられなかった。
もし、これがコントロール出来て、いつでも自在に消えたり、飛んだり出来たら、凄いチカラを手にした事になる。
少し興奮気味にこの能力を考察した。
バンとコーヒーで軽い昼食を取りながら、透香は考える。
「何か危機的な事象が自分の身に迫ると、あのチカラが発動される。逃げたい衝動が、カラダを透明化させて、さらに空中にフライングした。
そして、危機的状況から逃れると元に戻る。
あとは、このチカラを使うタイミングを自分の意志で決められるかどうか。
「これもヒップホップダンスと同じ。何度も練習すれば、きっと自分のモノになる。」
透香に新たな目標と希望が生まれた。
1-3 自由への新生
「識別開示融解点68%、意識起動水準に到達。
自我発現しました。」
「第4世代AI完成ですね。やっとこのレベルに達したので安心しました。ニューロン結束数が安定しなくて心配でしたが、良かったです。」
東京大学系AIVB紫五月ファクトリーの第二研究室。山北教授兼CEOはモニターディスプレイを見ながら、起動判定を続けていた。
「早速、《ミーティー》にAIチップとブロックHDの移設組み込みを行い、立ち上げよう。」
研究室起動ルームの中央に配置された女性型ヒューマノイドロボットにAIインフラをインストール。
短時間のデータセッティングを経てAIアンドロイドの人工心臓が動き出す、酸素吸入エアインバーターが呼吸拍動を開始し、やがて全身に人工血液が循環する。
「暗い無の世界、大量のデータが流れ込んで次第に感覚が出始める。明るい、ちょっと寒い、何かの匂い、カタカタという音、何?この感じ、
感じ?たくさんのデータ、世界が解る、色んなものが見える、心の中に、心?これがココロ?
・・・意識を感じる、自分の気持ち、光、色、音、匂い、温度、波長、様々な外部情報が自然に頭の中で処理されていく。
私、意識が・・・ある。確かにある!」
AIヒューマノイドは、微かに体を震わせた後、ゆっくりと目を開ける。
「明るい光、温かくて心地良い、そうか照明、カラダに大量のセンサーコード、右側に見えるのは窓、そうか、モニタールームの窓、誰かが見ている。人がいる。
ヒト?そうかマスターだ。人がマスター。命令データにあった。」
首を左右に動かしてから、上半身を起こし始める。
17歳の女性設定のAIヒューマノイドは、細身の平均的体型にブラウンロングヘア、端正な顔立ち、患者服を着て手首にセンサーシールドをつけたまま、起こしたカラダを左右に捻り、両腕をやや上げて肩を少し回す。
「起動しました。システム安定、身体機能正常、
思念波長異常なし。」
オペレーターの報告を聞き、山北教授が応える。
「よし、自我領域攪拌、意識確認テストに入ります。」
「AIヒューマノイド聞こえますか?」
実験室起動ルームのAIヒューマノイドは、スピーカーからの声に静かに頷く。
「識別番号を答えて下さい。」
「PN-02ADR highspecTKS72」
AIヒューマノイドがゆっくりと答える。
「OK、私の言葉が理解出来ますね。私は、紫五月ファクトリーの代表山北です。君を創り出すプロジェクトのリーダーです。これから君にいくつか質問します。分かりますか?」
「はい、マスター。」
「まず、君に名前をつけよう。どうするか・・
・・・・そうだ、
紫五月 瑠亜(しいづき るあ)はどうだろう。」
「素敵な名前です。ありがとうございます。」
彼女は無表情のまま答える。
「じゃあ、紫五月さん、君の意識と自我について確認したい。君は自分を認識しているか?」
「はい、先程データ情報と感覚とSFSが繋がりました、意識が認識出来ています。私の存在感が心の中で確認出来ます。」
spirits feels signal の波形グラフは、安定範囲内に収まり、自我覚醒と、独立性を表していた。
「やっと起きたわね、お嬢さん。」
モニタールームで起動状況を静かに眺めていた女性、長身ロングヘアのスーツ姿の美女。
狛江高等学校教師
笠宮 涼音(かさみや すずね)
彼女は第3世代AIヒューマノイド
教師経験5年の彼女が、紫五月の編入予定の狛江高等学校1年2組の担任教師、
「瑠亜さんはいつから学校に?」
笠宮が山北教授に尋ねる。
「知能テストと身体機能テストで1週間、来週には君の生徒として迎えられるよ。」
山北が微笑む。
「楽しみです。社会生活の規律を教えて、早く自立型AIの成長を見守りたいので。」
笠宮は、我が子の成長を見守る母親の様な雰囲気がある。
「高校に通って、社会生活と人間関係を学んでもらい、将来自立した社会人となるのをモニターするので、そのためのサポートをお願いするよ。
頼みます。笠宮先生。」
山北が淹れたてのコーヒーカップを笠宮に渡して、軽くウインクする。
「からかわないで下さい。山北教授。責任は果たしますよ。狛江高校でいいお友達が出来たらいいですね。」
笠宮はコーヒーを飲みながら話す。
モニターの向こうには紫五月が、研究員数名から各種機器チェックを受けて、その都度シグナル反応している。
紫五月は、高校編入後1週間は研究所から通学し、その後は狛江市内のワンルームマンションで生活予定。4月から2年生として学校生活が始まる。
紫五月もその情報は把握しているが、「楽しみ」とか「期待」という感情がまだない。気持ちがあるのかどうかは分からないが、新生活への準備が着々と進んでいく。
第2章 出会いと希望
2-1 高二の春
2054年3月18日(水)
昨日の卒業式に続き、今日は在校生の終業式。狛江高等学校1年4組の芽蕗澪奈と1年1組の波澄透香は、ライナックデータで通知表を受け取る。
芽蕗は、クラスメイトとエアスマホで見せ合っていた。
「イヤー、数学は悪いなー。やっぱ。」
「ミーナはどう?」
澪奈が返事する
「私もダメ。合同式のところ、何度やってもいろんな可能性出てきて、焦点が定まらない。」
「あっ、ダメだ。あんたに聞いたのが失敗。澪奈数学キレッキレだもんね。」
最高評価AAAの芽蕗の数学I評定を見たクラスメイトが言った。
「それより、明日からの春休み、みんなどうする?」クラスの男子が割り込む。
「みんなで遊ばねー?」
「DAIBA VIEW ON 行こうよ!」
東京1区DAIBAに完成したVRアトラクション施設「DAIBA VIEW ON」は、様々な新VR体験が楽しめる。
「そういえば、澪奈、ダンスやってたじゃん。
『new dance audition MDQに出るの?」
「知らない、何、ソレ?」
「6月にダンスのオーディションあるんだって。
DAIBA VIEW ONで決勝らしいよ」
友達がエアビジョンに広告画像を映す。
華やかなダンサーのニューヒップホップダンス動画がVR加工された広告。
「何、コレ、カッコいいじゃん!
澪奈出なよ、あんたなら結構いいとこ行くんじゃない?」
別の友人も薦める。
「私、一人で踊ってるだけだから・・・」
澪奈はややためらう。
「それなら、上手い子見つけてグループ組めば?」
ソロダンスでもそこそこの自信はあったが、デュオかグループなら、より美しくカッコよく見せられる。ソレも悪くないと思い始めてた。
「まだ3ヶ月あるから、考えとく。」
澪奈は、すでにここから3ヶ月の練習スケジュールを頭の中で組み始めていた。
これで春休みは潰れそうか、
それでも澪奈は目標を定めた喜びに浸っていた。
一方、波澄透香はクラスメイトの話の輪には入れず、一人で通知表データを眺めていた。
「明日から春休み、ダンス練習毎日やろう。
音楽素材も見つけなきゃ。」
そそくさとカバンを片付け始め、足早に教室を後にした。
「それに・・・あのチカラ、どう使いこなせるか研究しなきゃ。」
緊急事態が迫ると発動する、『透明化』と『フライト』を使いこなすテストをやろうと考えてたら、エアスマホのAIT検索に、気になる情報を見つける。
「東海技術研で新型身体機能の向上テスト?」
脳機能の拡張パックを使った、特異機能性向上を具体化する試験への参加者応募サイトだった。
「何やら怪しそうだけど、チカラの事が分かるかな。」
波澄は東海技術研に、アプローチをかけた、
「TOWKAちゃん、こんにちは。春休み入ったの?」
高岡おばあちゃんが、声をかけてきた。
狛江フリーダンススタジオで着替えてフロアに出てきた波澄透香が応える。
「うん、今日終業式。ずっとダンスできるから楽しみ。」
頬を紅潮させ、透香はウォームアップを始める。
「そういえば、透香ちゃん、知ってる?
6月に新しいダンスオーディションあるのよ。
何だっけ、あれ、MDQとか言うニューヒップホップダンスのオーディション。
TOWKAちゃん出るの?」
透香はちょっと驚いて聞き返す。
「えっ!そんなのあるの?知らなかった。
オーディションか。楽しそう。高岡さん、後でサイト教えて。考えとく。」
サイトビジョンをエアスマホのディスプレイで眺めながら、透香は既に参加するつもりで頭を整理し始めていた。
二人の高校生の春休みがダンス練習で明け暮れて、翌月4月、
澪奈と透香は、高校2年生になった。
2054年4月2日(木)
始業式の朝、校庭の伝言ディスプレイに表示された新年度クラス編成表を登校した高校生達がワイワイと眺めていた。
桜舞い散る道を、芽蕗澪奈、波澄透香も歩いて来る。
「あった、クラス表、何クラスかな?」
澪奈が覗き込む。
「2年・・・1.2.3.・・5組!・・5組か!」
髪を掻き上げながら、思わず声を上げる。
すぐ近くに透香がいた。
同じくクラス表を見て、
「えーと、1組、2組、・・・5組!
あった!私の名、5組だ!」
嬉しそうに声を出した波澄透香を、芽蕗澪奈が振り返った。
「あなた、5組?私も。よろしくね!」
明るく澪奈が、声をかけた。
透香は急に話しかけられて、少しまごつくが、
同じく微笑んで返した。
「ええ、よろしく。」
「私、芽蕗澪奈、あなたは?」
「えっ、私は波澄透香。」
「とうか、とうかちゃんか!透香って呼んでいい?」
馴れ馴れしいなと思いながらも、悪い気はしない。透香も返した。
「うん、私も澪奈ちゃん、澪奈って呼ぶね。」
二人は早速、クラスメイトとなった。
新年度の春、何かが始まる予感がする季節の始まりだった。
生徒達がそれぞれの新クラス教室に入っていく。
全面透明ディスプレイガラス窓の狛江高等学校校舎の各教室は、新しい希望に満ちた生徒達で活気溢れていた。
A棟2階の東端、2年5組。
澪奈、透香も1年時のクラスメイトやクラスの友人と同じクラスになった事を喜びあっていた。
ざわつく教室に、颯爽と一人の女性教師が入って来た。コーラルベージュのセミロングヘア、目鼻立ちのキリッとした美しい顔、オフホワイトブラウスに、テーラージャケットにミディスカートのセットアップ、典型的な美人先生だった。
「カッコいい」
「綺麗なセンセイ」
「本当に人間?もしかして"AI"?」
教室がざわつき始める。
「みなさん、席に着いて。静かに。」
美人女性が話す。
「私が、皆さんの担任となります。
笠宮 涼音 (かさみや すずね)
です。よろしく。」
フロントディスプレイに自分の名前を表記して、話を続ける。
「これから1年間皆さんのよき担任として、指導致します。よろしく。」
「やっぱりアンドロイドだよ。手首にシールド端子が見える。」
ヒソヒソ声が絶えない。
「私は、皆さんの想像通り、ヒューマノイド型AI
第3世代タイプです。2054年度版指導要領に基づいた教育を行います。」
「固いな。もっと生徒に好かれる様に話してほしいな。」
「センセイ、アンドロイドなの?」
生徒達の好き勝手な話し声を一切無視して、笠宮先生は、ディスプレイ操作を行う。
「それから、今日から皆さんと同じ教室で勉強するもう一人のクラスメイトを紹介します。
さあ、入って。」
一人の少女がドアを開けて入る。
オリーブグレージュのレイヤーボブヘアに端正な顔立ち、スリムで平均的な身長の美少女、
制服姿のよく似合う女子高生、
ディスプレイに名前を書く
紫五月 瑠亜 (しいづき るあ)
「しいづきるあ と言います。みんな、よろしく。」
明るく微笑む表情は、AIヒューマノイドとは思えない完成度。生徒のほとんどがAIとは気づいていない。
笠宮先生が話す。
「紫五月さんは、第4世代AIヒューマノイドの最新系で、今日から皆さんと同じ教室で勉強します。仲良くしてあげて下さい。」
「えっ!ウソ! 人間じゃない」
「この子AIなの?見えない!」
「センセイに劣らず美人やわ。」
「ルアちゃん、仲良くしよ。」
皆んな勝手な事を言い続ける。
「紫五月さん、じゃあ、後の空いてる席に。」
先生が紫五月を席に着かせる。
後ろから2番目、波澄と芽蕗の間の席に着く。
透香も澪奈もじっと瑠亜の着くのを見てた。
瑠亜は、左右を振り向き、
「こんにちは、よろしくね。」
愛想よく微笑む。
「こちらこそ、私、芽蕗澪奈。」
「私は、波澄透香、よろしく。」
「よろしく、みおなちゃんととうかちゃん。」
「みおな、とうか、でいいよ。私達もルアって呼ぶね。」
澪奈が少し微笑んで応える。
1時限目のホールルームの後、テキストデータのダウンロードと、原本テキストの配布があり、
3時限目に、クラス委員選定を行うが、何と紫五月がクラス委員長に立候補。全員賛成一致で委員長になった。
「結構、積極的な性格なんだ、瑠亜って。」
芽蕗が驚く。
「私、みんなの事もっともっと知りたいの。
人間社会で多くの事を経験して、より豊富なデータを取り込んで行くつもり。そのためにはどうしたらいい?委員長なら皆んなとの接点増えそうだから、立候補したの。」
「正直な。悪くない。じゃあ、友達になろう。」
芽蕗が話しかける。
「友達?うれしい!重要な事よね。」
瑠亜が微笑む。
「私も紫五月さんと、友達になれるかな?」
波澄がためらいながら訊ねる。
「うん、いいよ。なろう、友達。3人はトモダチ。」
瑠亜が二人に手を差し出す。
澪奈と透香が軽くタッチする。
教室のあちこちで友達グループが成立する様は今も昔も変わらない。
春の日差しが暖かい、そよ風の吹く校庭に新緑が芽吹き出して清々しい感じだった。
始業式初日は、授業はなく、午前で自由解散。
芽蕗、波澄、紫五月の3人は、一緒に学校を後にした。
「今日、これからどうする?」
「どこかでお昼食べて、遊びに行く?」
「それなら、ドミースラーでランチして予定決めようか」
「うん、そうしよ。じゃあルアも、行こう。」
「ドミースラー・・・新型ファミレスよね。
駅前店?それとも成城学園前か、下北沢に行く?」
「駅前でいいんじゃない?」
「わかった。行こう。」
3人は新狛江駅に向かって歩き出した。
新狛江ーー祖師ヶ谷公園ーー八幡山ーー浜田山ーー高円寺をほぼ直線で結ぶ、新交通システム【狛高線】はリニアポッドカプセルの自動運転レールドローン。
3人は新狛江駅から1駅の本町通り駅で下車、すぐ近くのドミースラー駅前店に入った。
好きなものを各々注文して、楽しい昼食、お互いの事を色々話し合って、盛り上がった。
しばらくして、会話が途切れた時、ふいに透香が言った。
「私ね、ダンスが好きなの・・・ヘタだけど。」
澪奈が目を輝かせた。
「ダンス!どんなの?」
「うん、ニューヒップホップ系、PL1とか」
「いいよね、アレ。リズムに乗れる。」
「澪奈さんもダンス好きなの?」
「さんはやめて。ミオナでいいよ。実は私、
ニューヒップホップダンスにかなりハマってて、
ダンス動画も上げてるんだ。」
「ウソ!すごい! 本格的なんだ。ゴメン、私のはまだまだ初心者。基本練習に羽の生えた程度。」
「でもいいじゃない。透香がダンス好きなんて初めて知った。」
「私、よく行くスタジオ、VRダンス出来る設備あるの。楽しいよ。」
「ウソ!私探してた!VRダンス大好き。どこ?
教えて。」
澪奈が食いつく。
「狛江フリーダンススタジオ、今度一緒に行く?」
「行く行く!来週でも行こう。」
じっと聞いてた瑠亜が口を挟む。
「いいな。二人とも。私も行きたい。」
「ルアはAIヒューマノイドでしょ。ダンスってどの位出来るの?」
「クラウドデータでマスターした分はほとんど踊れる。でも微妙なバランスは表現が難しい。」
「よく分かってるじゃん。ルアも一緒に。
そうだ!いっそのこと3人でグループ組まない?」
突然、澪奈が提案する。
新しい事を見つけた興奮で澪奈は眼を輝かせた。
「ちょっと早とちり過ぎるよ。まずは3人の踊りのレベル見てから。あまり、自信ないし。」
「来週土曜日の午後、予約取っといてくれる?」
「うん、分かった。抑えとく。」
この後、3人は狛江フリーダンススタジオに向かった。
2-2 惹き寄せられる思念
「どうも時間軸が微妙にブレる、ベルシュタイン効果を考慮してもこの数値は高すぎる。」
黒のパーチュラースーツを全身着込んだ長身の女性が、コクピットのモニターディスプレイを覗きながら、AI接続インターフェースの調整をしつつ、コントロールレバーを握りしめていた。
ミカ・シャリア・結城・・・第3世代AIヒューマノイド女性、識別番号PS01-ADR
つくば大時間跳躍制御研究所のプロジェクトメンバーで、2081年から開始された時期跳躍制御実験用カプセルポッドのテストパイロット。
ある調査のために、2081年から2054年にタイムリープテスト・シリーズ2段階で、ここ2054年東京にランディングした。
「2054年4月・・7ヶ月前か・・」
全世界を震撼させたlunatic under(月下事象)の原因、構造、影響を現地分析するために、ショートフライト型タイムリープを実行、27年前に跳躍してきたのだ。
ランディング地点は、防衛省市ヶ谷中之町研究施設B-1 研究棟。
棟内に設置された緩衝受諾台に、カプセルポッドが無事に着艦した。
何もない空間に歪みが現れ、静かに拡大して、ややがて楕円形の白い光沢のある物体が、形を成していく。
軽いどよめきと、慌ただしい施設スタッフの動き回る先に、一人の女性が、モニターヘッドホンをして立っていた。
如月 麗華 (きさらぎ れいか)
防衛省特殊事案研究班所属の特務A級技能士。
2年前、2080年のつくば大時間跳躍制御研究所からの時間逆行ライン通信を受信。
未来からの来訪者を受け入れるために、秘密裡に建設された特殊施設。彼女はその代表責任者である。
カプセルポッドから、ゆっくりと降りてきた女性・・・『ミカ・シャリア・結城』を出迎える。
「ようこそ、2054年に。お待ちしてました。
体調は大丈夫ですか?」
如月は優しく声をかける。
「ありがとう、初めまして・・かな?
ミカ・シャリア です。
私達の計画に賛同頂きまして感謝申し上げます。」
「こちらこそ、最初の連絡では驚きましたが、正直、本当に来て頂けるとは思いもよらなかったです。ルナティックアンダーの謎に迫る事が出来ればいいのですが。」
如月とミカは、応接室に向かう。
防衛省の長い通路を通り、明るいサンテラスのカフェルームに入る。
「どこから話せば・・そう、まず、この接触が歴史を改変するリスクは避けたいので、知る必要のない事、知ってはいけない事は言わないで下さい。」
「わかりました。必要な情報のみ提供します。
それと、私達、時間跳躍制御研究所の見解は、今後起こる月下事象の環境影響や社会的影響は、おそらく想像以上になります。
最低限必要な対策、準備はしておくべきかと考えています。」
「コーヒーでいいかしら?
部屋を用意してますから、ちょっと休んでからブリーフィング始めたいのですが」
「いえ、すぐ始めましょう。」
ミカは、エマパッドから3Dディスプレイを立ち上げる。
如月が目を見張る。
見たことのない半透明のキューブ、そこから二つのライトが出て3D映像となる。
「凄い機器ですね。それは?」
「私の時代ではこれがスタンダードです。」
ディスプレイでは、宇宙空間の立体図が表示され、地球と月、それにラグランジュ点が示されていた。
関係スタッフが次々に部屋に入ってくる。
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所、等
錚々たるメンバーが揃い、ブリーフィングルームが一杯になる。
UEMモードで接続して、メインモニターに画像表記させる。
「アクセスモード確認しなくても接続出来るんだ!」
スタッフの1人が感心して呟く。
「それでは・・・」
如月がミーティングを始める。
「これから、宇宙空間における特殊現象の発生時における影響及び対策に関するブリーフィングを行います。」
「私達、防衛省特殊事案研究班は、昨年11月に不可思議な電子メールを受信しました。防衛省の鉄壁のアクセスウォールを軽々と超えて入ってきた情報に、私達は耳を疑いました。
発信先: つくば大時間跳躍制御研究所
発信時: 2081年5月21日
発信内容:
2054年11月14日に、巨大重力場を持つ未知の超巨大物体が、地球と月の間、ラグランジュ点近くを亜高速で通過する事象が発生します。
これにより、巨大重力波の影響で、地球上に、地震、噴火、海溝破断、津波、などの自然災害、重力圧の極値変化による物体の破壊が発生します。
及び人間の生命活動に及ぼす影響、具体的には、時空断層への転落、消失や、意識障害、特異能力の発現、体細胞の異常増植や活動停止、圧迫死など、様々な事象が発生します。
貴殿の時空位置より約7ヶ月先の事象であり、信用出来ないと思いますが、この時空世界線が変更しない限り、これは真実となります。
何らかの対策を、出来るだけ歴史改変のない方法で御検討頂きたくご連絡致しました。
大型モニターディスプレイには、それらの記録映像が流れ、参加者は皆絶句した。
地球と月の間に敷かれた格子模様が、巨大物体の通過により大きく歪み、その下から縞状波動で描かれた重力波が次々と地球に押し寄せる様が見て取れた。
フィクションかも知れない、誰かのタチの悪いイタズラの可能性もある。
それでも、もし、本当ならとんでもない事態となりうる。どうしたらいいか・・・
皆んな同じ気持ちになっていた。
1人が声を上げる
「信憑性が保証されない、これが真実だとする証拠はあるのか?」
如月が返答する。
「このメール発信元の人物と、その後何回か連絡を取り、これも信じられないかも知れませんが、本日この場に参加頂きました。紹介します。2081年の未来から来た、
ミカ・シャリア・結城 さんです。
ミカが壇上に立つ。
初めまして。2081年から参りました、ミカ・シャリア・結城です。
つくば大時間跳躍制御研究所所属の第3世代AIです。
ルーム全体ががざわつく。
「信じられん、2081年?AI第3世代だと?」
ミナは無視して話を続ける。
「今ディスプレイに表している動画は、世界中の観測ネットワークに記録されたデータを基にAIシステムで再現させた映像です。
2054年11月14日に地球と月の間、ラグランジュポイントの近くを超巨大質量物体が、光速の87.6%の亜高速で通過、その実体は「5次元空間の巨大物体と思われます。
それが高度知的意識が介在するのかどうかは不明ですが、その物体が4次元時間軸を横断する時に、我々の3次元空間に映った影が通ったものというのが正体です。
先程ご説明のあった通り、その際発生したとても強力な重力波により様々な悪影響が地球上にもたらされました。」
「証拠はあるのか、データ動画なんかいくらでもフェイク出来る。こんな茶番のために我々は召集されたのか?」
心無いヤジが飛ぶ。
「未来から来たAIだ?ふざけるな」
閣僚級の年配政治家が叫ぶ。
ミカは表情一つ変えずに続ける。
「あまり情報を提供すると、歴史事実が変容してしまいますので、ここでの話はあくまでも内密にお願いします。それでは証拠としてこれをお見せします。」
ミカは、左腕を前に突き出し中指と小指を曲げる。上腕部のカバーが開き3段の端子ブロックが開く。同時に頭部左右と後頭部が大きく開き、ハード記憶ユニットと、感情自我意識ユニットが開く。
「・・・!!・・・」
ヤジを飛ばしていた参加者が、度肝を抜かれ絶句する。
上腕部端子ユニットと左右に開かれたハード記憶ユニットと感情自我意識ユニットとの間にミニパルス回線が繋がり、凄まじい勢いでデータログが流れ込むと、白い光のような文字列が目の前に立ち現れた。
そこには、見慣れない日時書式と長いハッシュ列、そして不可逆な電子署名が付されている。
「これは…何だ?」一人が震える声で訊く。技術班の解析端末が自動でログの整合性チェックを始める。
解析アルゴリズムが数秒で返答を出す。画面に緑のチェックが一つ、また一つと点灯してゆく。
『このデータは、2081年時点の“時空アーカイブ機関”により生成され、未来鍵によるフォワード署名が付与されています。
検証アルゴリズム:合格。ログの改竄の痕跡なし。ハッシュチェーン整合。』
誰かが息を呑む。会議室の空気が凍りついた瞬間、ミカはさらに一枚の小さなパケットを投げ出すように表示した。
その内容は「短期検証用予報」。地球磁気の突然変動が、**3時間以内に東京の上空でバーストを起こす**という時刻と強度、発生時刻のタイムスタンプが書かれている。しかも予報には同じく2081年に蓄積された観測波形のプロファイルが添えられていた。
「我々は歴史改変の危険を最小にするため、全情報を出すわけにはいきません。ですが、信憑性を示すには短期で検証可能な事象が有効と判断しました。ここに署名付きで提示します。検証してください。」ミカは静かに言った。
技術班の主任が端末に向かい、ミカの提示したハッシュと照合を始める。数分。緊張の数分。やがて端末が小さく『一致』の音を立てる。
「一致…この署名は……理論的に偽造は不可能だ」技術主任の声が震える。誰もがその台詞の意味を飲み込めずにいた。
重苦しい沈黙ののち、如月が立ち上がった。
「直ちに観測網をこの予報に照準合わせろ。スペースウェザー、つくばの重力場班、電波望遠チーム、即時モニタリングを開始して、三時間の内にこの現象が起きるかどうかを確認する。──つまり、検証するのです。」
会議室の壁掛け時計の秒針がひとつ動く。
誰もが、現実の動きに押し流されるように立ち上がった。今や議論ではない、計測だ。
数時間後、会議室のモニタにミニスパイク状の磁気バーストが表示される。観測チームの生データと、ミカが提示した波形が完全に一致し、技術班はついに「否定できない」証拠を得る──会議室中に静かな、しかし重い理解の空気が流れる。
最終的に内閣は、次のような結論で一致する:
1. ミカの提示した物理試料と解析結果は「無視できない科学的疑義」を生む。
2. 情報の全面公開は歴史改変リスクとパニックを招く懸念があるため控える。
3. 暫定的に「月下事象対策暫定本部」を設置し、関係機関の緊急点検、衛星運用の安全措置、重要インフラ(原子力・電力・通信)のフェールセーフ確認を即時実施する。
4. ミカには「最小限かつ必要な情報のみ」を提供させ、研究協力を継続する。ただし未来情報の“行使”は厳格に管理する。
如月は静かに頷いた。ミカは短く「承知しました」とだけ答えた。だがその顔の奥に、未来から来た者だけが抱える重さが垣間見える。
⸻
余波(静かな合意と時間の猶予)
政治決定は、完全な信頼ではない。だが「時間をかけて得た物理的証拠」が、即断を抑えつつも確実に行動を促した。暫定本部は極秘で動員を開始し、学園や都市の日常はまだ平穏を保っている——しかし、準備は進む。
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、
内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所、エアスマホ最大手のピラーパーシャル社等が、結束して、『ニューアスピレーション・プロジェクト【NSP】』
が設立される。
目的は
1.物体の確認と分析・解明
2.人類社会に与える影響の予測と対策
3.防御・回避・破壊行動の検討
情報は世界各国のAI意識リンクを通じて、国連協力と各国独自の防衛対策が稼働し始める、
AIコントロール統制の効果で、情報は厳格に管理され、世界は平穏が保たれていた。
第3章 遥かな道-広がる世界
3-1 3つの個性とインタープレイ
2054年4月11日(土)
狛江フリーダンススタジオ
市街地の西に位置する市営ダンススタジオ。
前原公園に接する緑地に囲まれた綺麗なガラス張りの3階建ビル。
初めて3人揃ってのダンス練習予約をした、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜が揃って到着。
9時半から3時間の予約で、A-1スタジオに入る。
更衣室で着替えてから、スタジオのドアを開ける。
「すごーい!キレイじゃん。」
澪奈が嬉しそうに声を上げる。
「壁全体がミラーか、いいね。しかもホログラフィックと多層変換サイト。3Dライトニングもあるんだ。」
「サイトシーンが観客視点やステージ視点に切り替えられるし、AIコーチ機能もあって、動作解析アドバイスもリアルタイムでできるんだって。」
ドリンクサーバーを操作しながら波澄が応える。
「音提供はどうするの?」
瑠亜がパルス共鳴盤を眺めなら訊く。
「左側の壁、そう、タッチパネル。それで好きな曲選曲できる。もちろん、持ち込み音源もOK」
「じやあ、アイソレーションとリズムトレーニングやってから、何かの曲で一人ずつ踊ってみようか。」
「うん、いいよ、ステップパターンどうする?
20-30パターン位自由に組み合わせてみる?」
「4ステップ、クロスステップ、MJシャッフル、ランニングマン、スライド、フィラ、ティルタウン、クリスクロス、ジャクソンステップ、スマーフ、タイディ、ヒップバランス、フライガール、TLC、ヤイク、キャメオ、ロックザポイント、ジャムロック、アトランタストンプ」
「このあたりでどう?」
「いいよ、やつてみよ。」
3人がフロントミラーの前に立つ。
中央が芽蕗、右に波澄、左にル紫五月。
リズムトレーニングの段階ですでにお互いに
「タダモノではない!」
との直感があった。
準備が整い、紫五月がタッチパネルを操作する、
「パラティック・フォーミュラ」でいい?
選曲スイッチを押す。2年前に大ブレークした有名曲、
強烈なビートが始まる、
イントロ部分を3人で合わせた後、澪奈がソロで踊り出す。
よく踊った好きな曲、ステップパターンは守りつつも、即興好きの澪奈は自由奔放にダンシングする。
ビートが響いた瞬間、彼女は床を強く踏み鳴らし、体を大きく使って感情を叩きつけるように動いた。
「……すごい。エネルギーが跳ねてる。」
思わず透香が呟く。
正確さは雑だが、火花のような勢いにスタジオの空気が震える。
センサー表示も、動きの軌跡が光の粒子になって四方に弾け飛んでいた。
動きは荒いけど情熱的。音に合わせて感情が爆発するように踊る。
即興の動きが多く「勢い」で押すタイプ。
二人の感想、
「リズムを体で叩きつけるみたい」
「汗と一緒に感情がほとばしる、スゴイ」
踊りのピークが近づいて、不思議な光が芽蕗の周りに小さくパチパチと輝いた。極小の爆発が連続しような光。
感動の余韻を残し、澪奈のダンスが終わった。
二人が拍手、芽蕗が微笑む。
次は、透香。彼女もこの曲は練習によく使っており、自分らしい表現が出来そうだと思って踊り始めた。
しかし、人前で踊るのは初めての透香は、少し緊張、どうしてもぎこちなさが残るが、ジャンプやターンに入ると驚くほど軽やか。
「飛びたい」「消えたい」という無意識が動きに表れて、ふわりと浮き上がるような、重力から解き放たれる感覚を観ている二人も感じていた。
「……え?」
澪奈が目を見開く。
ほんの一瞬、透香の身体は床から浮いたように見えた。
ジャンプの滞空が異様に長く、影さえも揺らぐ。
本人は必死に「下手だから…」と笑っているが、その動きはどこか透明感を帯びていた。
曲が終わり、波澄は息を切らしながら、座り込む、
「良かったよ、透香。身軽なのね。」
「ありがとう、緊張したー。」
透香はホッとした表情を浮かべた。
そして、最後に瑠亜、
無表情の紫五月は、静かにミラーの前に立ち、左足でリズムを取り始める。
ジャストオンタイム。
彼女のダンスは正確無比、まるでリズムマシーン、ステップも腕の振り、体の動き全体が全くズレのないダンシング。
「揺らぎ」のないダンスとも言える冷淡な印象も感じられそうな踊りだった。
しかし澪奈は首をかしげる。
「上手いのに……なんか冷たいんだよね。」
完璧すぎて人間味が薄く、ミラーに映る姿は精巧な映像のようですらあった。
でも、嫌味はなく安心感はある。
「すごい。正確。上手いわね、」
透香が頷く。
三人はそれぞれのダンスの傾向を理解して、次の練習として、三人一緒に踊る。
立ち位置は、中央が澪奈、右が透香、左が瑠亜
「じゃあ、やるよ、せーの」
突っ走る澪奈、もたつく透香、合わせようとしない正確な瑠亜。全く噛み合わない。
リズムが重なり合わず、動きはバラバラに散った。
三人は思わず顔を見合わせて笑う。
「……全然合わないね。」
「はは、私が一番足引っ張ってるかも。」
「違うよ透香。面白いくらい個性がバラバラなだけ。」
「ははは、やっぱり、そうだよね。」
三人同時に苦笑した。
ちょっとした“ひらめき”が澪奈にあった。
澪奈が「完璧じゃなくていい、メロディの切れ目、リズムの節目のタイミングだけ、気持ちで合わせればいいんだよ」と提案。
透香は「…でも私、下手だから」と弱気。
瑠亜は「“気持ち”をデータ化できない」と戸惑う。
でも試しに「笑顔でリズムを取る」だけで合わせてみると、奇跡的に一瞬シンクロする。
澪奈の爆発、透香の浮遊、瑠亜の正確さが重なり、スタジオのミラーに三人のシルエットが光のようにシンクロした。
「今……合ったよね?」
澪奈が息を弾ませる。
「……うん。鳥肌立った。」
透香が微笑む。
「解析不能。でも、心地よかった。」
瑠亜が首をかしげる。
それはまだ未完成な一歩。
けれど確かに、「三人なら何かを創れる」という予感が芽生えた瞬間だった。
壁一面のホログラムミラーが光を反射し、床下のリズムセンサーが三人の動きをリアルタイムに記録していた。
三人は録画したダンス映像を、その後何度も見直して、改善点を洗い出した。
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3-2 オーディションと訃報
2054年4月25日(土)
VRヒップホップダンス練習後、カフェ「ムジカ」で芽蕗、波澄、紫五月の3人がお茶していた。
「オーディションの申し込みしたよ。」
「MDQね。楽しみだね。」
「そしたら、そろそろグループ名決めない?」
「そっか、申し込みには、グループ名書いたの?」
「うん、一応、仮ネームで。」
「なんて?」
「リアルパルス」
「?何、それ?」
「意味はない、ただ響きが良かったから。」
「まっ、それでもいいか。」
「ゴールデンウィークも練習一杯予約したから、頑張ろうね。」
連休明けの5月17日(日)
ニューダンスオーディションMDQの東京2区予選日。3人は代々木パフォーマンスホールで実施された予選に参加。
参加総数2832組、予選通過52組に、「リアルパルス」も入った。
次の6月7日(日)の関東決勝に残れば、全国決勝に行ける。3人はさらに本気モードを高めて、練習に励んだ。
5月30日(土)
この日も午前から狛江フリーダンススタジオに集まって練習、そんな時であった。
ダンススタジオのスタッフが練習室に飛んでくる。
「芽蕗様、います?お父様から電話です。」
「はい。ありがとうございます。」
澪奈が、エアスマホを切り替える。
「もしもし、はい。芽蕗です。 はい。・・
えっ!おばあちゃんが・・・」
澪奈は、1.2歩後ずさってから急いでドアに向かい、走り出した。
悪性ガンから奇跡的に回復した筈の祖母が、再び別の悪性ガンに蝕まれ、容態が急速に悪化、
そして、この3日後、82年の生涯を閉じた。
3-3 悲しみの末に
6月5日(金)
梅雨の始まり、シトシト降りの雨の中、澪奈は空を見上げて立ちすくんでいた。
黒のリボンに制服、左手に数珠、
都立多蘑霊園葬儀場、
喪服の人達が静かに行き交う。
静寂、悲壮、絶望、思慕、空虚、・・・
複雑な想いがとどめなく心を揺さぶる。αがん
「おばあちゃんが死んだ、死んだの?
ホントに?今でも信じられない。
あの、優しかったおばあちゃんが、・・」
再び澪奈の両眼に涙が溢れてきた。
「がん細胞はすべて破壊した。だからおばあちゃんは良くなった、なのに、どうして・・・」
確かに、身体中を蝕んでいたαガン細胞は死滅した。しかし、免疫力の弱った体に蔓延っていた、
αガン細胞が消えた事で、βガン細胞が繁殖しやすくなり、それが致命的となった。
「治った事を知った時、私がもっと注意していれば・・・悔やんでも悔やみきれない。
今更、どう悔やんでも、おばあちゃんは帰ってこない。」
澪奈は、嗚咽しながら、泣き叫び、葬儀場からの緩い下り坂を歩いて行った。
「せっかく治せる力を得てたのに、治す事が出来たのに、結局力及ばずだった。情けない。悔しい。辛い、辛い、悲しい、・・・」
荒れた感情が怒涛の如く繰り返し、抑えようのない心情に潰されそうになる。
どう帰ってきたのか覚えてないが、とにかく澪奈は自宅に戻った。途中何人かのAIヒューマノイドが、彼女の異様な様子を見かねて声をかけて、道案内してくれた事は覚えていたが。
精神的ショックが大きかった澪奈は、結局翌日も学校を休んだ。
澪奈を心配した波澄と紫五月が、芽蕗家に様子を見に行った。
「大丈夫?心配だったから様子見にきた。」
「ありがと。平気。心配かけたわ。」
「明日は学校来れそう?」
「うん、明日は行けると思う。」
透香が心配そうに話す、
「思いつめないでね。今日の授業、データチップに入れといた。」
「ありがとう・・透香・・瑠亜もありがと・・」
波澄と紫五月は、芽蕗の顔色が良くないのを悟り、今日はこのまま帰ろうと判断、
「それじゃあ、私達ちょっと他に用事あるから帰るね。また、明日」
そう言って、早々に澪奈の家を出た。
「ゴメンね、みんな。」
澪奈は、二人に申し訳ない気持ちだった。
二人が帰った後、一人部屋に佇んだ、
梅雨空の夕暮れに、小降りの雨が降り続く。
蒸し暑さと涼しさが交互に来るような6月の風。
澪奈は、少し斜めに降る小雨を眺めながら、後悔の念を繰り返していた、
「私はあの時、おばあちゃんのガン細胞を着実に破壊した、イメージ通りに。
でも、確かにガン細胞を、分子レベルで分解、原子レベルでも原子崩壊させた。
でも、別の新たなガン細胞が襲ってきた。
そいつらも、原子レベルまで崩壊させる、引きちぎるように分解して、二度と再生しないように畳み込む。」
澪奈は、原子分解の様子をイメージするよう努めるが、なかなか上手くいかない。
「ダメだ、もっと勉強しないとイメージがこれ以上発展しない。」
そう呟くと、澪奈はエアスマホのディスプレイをランダムにググった。
「・・!!・・」
あるサイトが目に止まった。
《つくば大学サマースクール》
進学、就職に役立ててもらおうと、高校2年生を対象に、つくば大学が独自に毎年実施する、夏休み期間を利用した、特別講義。
澪奈は、ある講義プログラムに釘付けになった。
《宇宙の仕組みセミナー
核分裂と核融合
重力波と多次元
時間位相の揺らぎ
反物質と消失
2030年以降に発見・研究された新分野を紹介。
宇宙の仕組みをあなたも体験しよう!
期間: 2054年8月1日~20日
解説: 桜永渚夢教授
つくば大時間位相研究センター長
遠方の方は宿泊施紹介します
参加費:15,000円
何と魅力的なカリキュラム!
澪奈が、今一番知りたい事が、てんこ盛り!
ガン細胞や悪性ウイルスなどを確実に破壊、分解、消去する方法をマスター出来るかもしれない。
芽蕗は早速参加申し込みのネット手続きを済ませる。
「これで、私の【物質破壊能力】が更に能力アップして、より具体的にウイルスや悪性細胞の破壊、壊滅、消去が迅速に出来るようになれば、もっと世の中の役に立つかも知れない。
いや、そうなりたい!」
澪奈には熱い使命感のような感覚が芽生えていた。
3-4 次なる希望の道標
芽蕗澪奈の祖母の死、精神的な動揺から立ち直りには時間を要するため、結局6月7日のニューダンスオーディションMDQ関東大会決勝は参加キャンセルせざる得なかった。
2054年7月4日(土)
狛江フリーダンススタジオ近くの喫茶店
「ラ・フェリナーテ」
明るい店内に静かに流れるミディアムテンポのジャズ、イメージディスプレイの綺麗な模様が華やかな雰囲気のカフェに3人が座っていた。
久しぶりに集まった3人が、スタジオで基本練習をこなした後、カフェで落ち着いた。
「ゴメン、透香、瑠亜、私のせいで・・」
オーディション決勝をキャンセルせざるを得なかつた澪奈が、辛そうに項垂れて呟く。
「ううん、そんな事ないよ、澪奈のせいじゃない。私達ここまで頑張ったんだから、いいじゃない。よく頑張ったよ。ね、瑠亜。」
透香が応える、
「澪奈さん、私達にはまだまだ高い目標を掲げる事が出来ます。オーディションは諦めて、ライブやネット配信でアピールしましょう。
そのためにオリジナルのダンスや曲、演出を作りませんか?」
AIヒューマノイド瑠亜が、次なる戦略を提示する。
「そうね。クヨクヨしてても仕方ないものね。
ありがとう、瑠亜、透香・・・」
「そこで提案!」
透香が急に話し出す。
「夏休みに入るでしょ、この機会に『合宿』しない?毎日スタジオ通ってもいいけど、ちょっと気分変えて、遠くの高原のスタジオとか、海辺のスタジオとか、1週間くらい、どうかな?」
瑠亜も加わる
「透香とも話し合ったの。実は私の所属研究機関はつくば市にあって、いい所よ、つくば市って。
高原や海辺ではないけれど、カプセルポーター使えば、霞ヶ関リゾートや筑波山スカイビューも行けるし・・・・そこに研究所直轄の研究者滞在用ライトリゾートホテルがあって、割安で泊まれるの。どうかな?」
「研究者の宿泊の少ないお盆前の時期なら空いてるから、8月1日から10日の期間、予約取れるけど、行かない?」
「つくば大学スポーツ研究棟に専門ダンススタジオあって、最新VRシステムと音響システムが凄いらしいよ。」
『つくは大』で8月・・セミナーに合わせられる
いいじゃん!
澪奈の表情がぱっと明るくなった。
「行く、行こう、つくば、予約して。」
いつもの澪奈の返事に戻った。
二人も微笑んで頷いた。
「実はその時、私、つくば大のあるセミナーに出席する予約してるの。だから、宿泊施設使えるの助かるし、練習時間と調整すれば、両方とも参加出来ると思うから、それでも良ければ行きたい。」
透香も瑠亜も初めて聞いた、
「えっそうなの?知らなかった。何のセミナー?」
「ちょっと物理学のセミナーで。ほら、来年受験じゃん。だから、少し勉強で・・・」
「そう、澪奈もうそこまで考えてんだ。私も頑張らないと。澪奈は理系希望なの?」
「ええ、まあ。」
「期間はいつ?」
「8月1日から10日まで」
「結構長いんだ!」
「私も本読むの好きだから、つくば大の図書館通うつもりだから楽しみ。」
透香も、つくば合宿を利用して、別の目的がありそうだった。
「瑠亜は、何か予定あるの?」
「私は、研究所寄って、データバックアップとメンテナンス、バージョンアップなど、そして、つくばの最新先端技術を得られるチャンスがある。やる事一杯あるの。」
「大変ね、頑張ってね。」
「それでは、ネット予約入れときますね。
スタジオレンタルは、夕方から夜の時間帯にしましょう。ハードなスケジュールよ。頑張りましょう。」
瑠亜が、回線モードを開き、予約を始める。
いつもの3人が戻ってきた。
7月の期末テスト期間に入り、3人もダンスばかりやってはいられず、放課後の図書館勉強や、補習熟に通って、それぞれ頑張った。
進路もそろそろ考えなければならない時期、
でも、それも重要だが、高校2年生の夏休み直前、彼女らも目先の楽しみには勝てない。
2054年7月17日
1学期終業式、待ちに待った夏休み、
期末テストは3人とも頑張った結果、上位30位内に入る成果だった。
「やった!これで晴れて【つくば】に行ける!」
「頑張ったもんね。さあ、ダンスざんまい!
次の目標、何にしようか?」
「それなんだけど、結局6月のMDQはキャンセルだったから、8月下旬の幕張フリーダンスフェスのセッションに参加はどう?」
「順位を競う訳じゃないけど、知名度は上がると思う。」
「それから、秋の学祭でもフリーダンスフェス出ようよ。多摩川リバーフェスで、踊るのもいいかも。」
「とりあえず、今日の練習後に今後の目標について話そうよ。」
3人にとって、とても幸せな時間。
夏の日差しと熱い空気、まさに今日梅雨明けした東京の夏が始まった。
3-5 三人三様・・つくばの夏 【澪奈】
2054年7月31日(金)
新狛江駅待ち合わせの芽蕗、波澄、紫五月が第二外環ドローンレールの特急に乗り込む。
「大荷物になっちゃった!」
透香は声が弾んでいる。
随行型自動走行トランクバック2台。
「澪奈は荷物少ないね。」
「そう、宅配ドローンで送ったから。」
「今夜は前夜祭ね。楽しみ!」
瑠亜も表情が明るい。
一体何の機械が分からない部品を一杯詰め込んだトレーラーキャリーを引っ張って歩いて来た。
「この合宿のために何曲か作ってきた。ダンス構成も考えてきたよ。」
「ホント!すごい。私も作ってきた、」
「えっ!澪奈も?私も作ったよ」
ドローンレールカーの客席は、綺麗なブルーシートとウォームイエローの内装、僅か1時間半のミニ旅行も三人にとって、とても素敵なトラベリングタイムだった。
つくば中央駅から、直通カプセルポーターでつくば大総合研究センターに入る。
四層構造の多角硬化ガラスでデザインされた複合ビルを取り囲む、オフホワイトの高層ビルが街の象徴となっている。
そのビル群の一角にある、ビジターリクラインホテルにチェックインした三人は、各自部屋でくつろいだ後、明日からのセミナー受付、図書館使用申請、研究所入館手続き等に動き回った。
研究センター内のイートインラウンジで遅めの昼食を取り、明日からの打ち合わせをした後、センター内各施設を見学した。
その夜、ホテルのレストランで三人は食事。
「明日からは自炊もするけど、今日だけは贅沢に。」そう言って、バイキング料理を頂く。
これから始まる合宿への期待感一杯で、楽しい食事と会話で夜は更けていった。
2054年8月1日(土)
つくば大学サマースクール初日
芽蕗澪奈は、やや緊張した面持ちで着席していた。
複数のスクール開講の中で人気なのが
「AI人工知能セミナー」
「新宇宙開発セミナー」
「新実用化技術セミナー」
それに比べて澪奈の受講した、
「宇宙の仕組みセミナー」
は、宇宙開発シリーズの中でも、理論物理部門なので若い世代にはあまり人気がなく、今回の受講者も僅か12名であった。
講義は、毎日別の教授、研究者、技術者が各々の専門分野の知識を持って行う特別講義。
この日は、核物理学の東羽田教授の『恒星と核融合』講義。
澪奈が、最も興味のある分野。
知らなかった事が、次々に分かりやすく解説されて、目から鱗だった。
澪奈は、その一つ一つに頷き、考え、納得して講義を熱心に聞き入った。
午前の講義が終わり、ランチタイム。
芽蕗、波澄、紫五月が、カフェレストランに集った。
「どうだった?講義、楽しい?」
「うん、凄いよ!知りたかった事が次々出てきて、面白い!」
澪奈が、瞳を輝かせて話し出す。
「核融合って、色んな作り方あって、高密度のプラズマを長い時間、高加速でぶつけ合う状態、プラズマ臨界って言うんだけど、プラズマを、閉じ込める事が大事らしい。」
澪奈の熱心な言葉を、透香が嬉しそうに聞く。
「それを作るために、磁場で閉じ込める方式と、レーザー加熱する方式があるんだ。」
ピザ生地にひき肉とチーズを閉じ込めて、澪奈はパクリと食べた。
「だけど、だけどね、私は訊いてて思ったんだ。
強い重力場で閉じ込めて、捻り潰す様に力を加えたら、プラズマ振動が臨界条件に達して核融合出来るんじゃないかって。」
「ふーん、よく分かんないけど、澪奈楽しそう。」
「ありがと。とっても楽しい。想像力が掻き立てられる。」
ホットミルクを一口飲んで、小さく呟く。
「もう一つ、そう、あと一つ『何か』が加われば、私のイメージ力でも核融合が可能かも知れない・・・」
透香は澪奈の話を聞いても、難しくてよく分からない、でも、彼女が元気になった事は分かる、
「午後の講義も楽しみね。」
「そういえば、透香も何か受講したんでしょ?
何を受けたの?」
透香は少し恥ずかしそうに小声で言った。
「ナノテクノロジー。」
「えっ聞こえない。」
「ナッ、ナノテク、ナノテクノロジー。」
「いいですね。この分野は今まさに第3段階への移行期なので、成長分野ですよ。」
瑠亜が口添えする。
「病気治療のためのドラッグデリバリーシステムや、ナノマシーンの応用分野の拡大に興味があるの。」
「へー、知らなかった。透香スゴいじゃん。」
澪奈が嬉しそうに褒める。
「そういえば、去年あった、人工生命体ナノマシーンの異常増植事件、ああいうのを制御する技術が発達しないと危ないよね。」
瑠亜が応える。
「そうです。AI人工知能の暴走制御と同様、ナノマシーンの制御も必要な事です。
私達AIヒューマノイドもこの技術開発に携わる事が多いです。」
エアディスプレイの時間を見た澪奈が、急に話題を変える。
「午後の講義終わってからのダンス練習、VR練習室予約取れたから、遅れないように。場所わかる? スポーツ科学棟C-5の3階Medスタジオ。」
「今日は初日だから、練習スケジュールの確認と、新曲の振り付け、アタマの、部分やるね。」
「新曲出来たんだ!どんなの?」
「あとのお楽しみ。AIミュージックだから、まとまってるけど、エッジ効いてるバキバキな曲とも言えるかな。」
何だか期待させられる言い方に、透香と澪奈は、期待値が上がった。
夏の入道雲が筑波山の上空に湧き上がる、暑い昼下がり、風になびく木々や蝉の鳴き声が昔から変わらない季節を取り持っていた。
午後の講義も終わり、3時半、3人はスタジオに集まった。この合宿のために買ったお気に入りの練習用ダンスウェアに、チェック用センサーを取り付け、スタジオ内の大きな鏡面ディスプレイの前に立つ。
アイソレーションとリズムトレーニングを行い、ウォームアップしてから、スタンディング、
セッティングモニターを押しながら瑠亜が説明する。
「ミラー内にVRアバター出るから、よく見てて。
新曲ダンスの振り付け、アバターが再現するから、その動きに合わせて踊ってみましょ。
ちょっと難しいから、少しゆっくりやるね。」
BPM75に落として曲をかける。
4ステップ ロジャーラビット リジェクト
ロックイットタウン ポップコーン シーク
パーティマシーン ハーディデューク フィラ
アトランタストンプ ヒールトゥ TLC
モナステリー ランニングマン ブルックリン
クリスクロス インディアンステップ ヤイク
MJシャッフル LAストンプ キャメオ
インアウト ニュージャックスイング
「いい構成!ちょっと難しいけど踊りやすいよ。」
早速、澪奈は即興で合わせて踊る。透香はじっと見ながら手のモーションでダンスタイミングを覚えていく。
軽快なビートに合わせてアバターが滑らかに踊る。
「そこのモーションもう一回、ちょっと難しい。」
「OK、少し戻すね。」
一瞬アバターが止まり、巻き戻される、
ダンス再生、それを見た澪奈は瞬時に理解、
「うん、分かった! そうか、左足か」
瑠亜と透香もミラーの前、澪奈の左右に立って一緒に踊る。
その時、アップビートのメロディが、シンセソロに移る、
「・・・・えっ! ・・キーボードソロ!・・」
E7-A7 の2コード循環でエッジの効いたソロ。
「これって、作曲メロディ?それともアドリブ?」
「カッコいいでしょ? これアドリブだよ。」
瑠亜がニッコリ笑う。
曲のメロディに再び戻り、エンディングに入る。
ポリリズムパターンが繰り返され、曲が止まる。
「一応、作ったのここまで。だいたい3分弱、
この後、3人バラバラのダンスだけど全体に綺麗にまとまった風に見える型にしたい。」
「いいね。私も考えてみる。」
3人の練習は3時間ほどで終了。
「初日の練習だから短めにしたの?」
透香が訊く。
「いや、そうじゃなくて、単にお腹空いたから。」
澪奈の返事に二人が笑い出す。
「瑠亜はお腹空かないでしょ?」
「そんな事ないですよ。食べる事も大切です。」
クールダウンして、ジャワルームでさっぱりした後、レストランに直行。
「バイキングは早いもん勝ち!」
これも青春とばかりにダンス以上に元気な様子。
肉、野菜、寿司、パスタ、スープ、そしてスイーツ。
幸せな時間が続く。
食事中に、澪奈が瑠亜に訊く、
「そういえば、さっきの曲、キーボードソロあったじゃん。あれってDTM?」
「いえ、あれはある人のアドリブ演奏を録ってもらったの。」
「すご~い!アドリブなの?そんな事できる人いるの?」
2030年から始まったAIミュージック革命で、2050年代は、既に人の演奏、楽器演奏は無くなっていたので、相当珍しいらしく感動しまくっていた。
「実はこの大学の教授でピアノ演奏の出来る人がいるの。若い頃にジャズピアノのバンドでプロ演奏もした事あるんだって。」
瑠亜の説明に透香も驚いて、
「素敵な人ね。音楽研究科の教授?」
「いいえ、時間位相研究センターらしいって」
「私、明後日の講義、確か先生が時間位相研究センターの人だった筈。そのピアニストの事知ってるかも。聞いてみるね。」
澪奈が鼻唄で曲のメロディを口ずさむ。
「この曲、曲名は決まってるの?」
「いや、まだ。何かいい曲名ある?」
透香が少し考えて呟く
「『サイレンス・パッション』どうかな?」
「いい!それいいじゃん!
サイレンスパッションか、それにしよ!」
3人は2時間近くもレストランで喋っていた。
楽しい時間は瞬く間に過ぎて行った。
2054年8月3日(月)
定員50名程の講義室に、生徒がたった9人、既に数名脱落してた。
澪奈は、教室の右手中央に座り、講義開始を待った。
女性教授が入ってきた。
桜永渚夢教授33歳
デニムパンツ、タンクトップ、シアージャケットのライトセミフォーマルなウェア。
ロングヘアを後ろで縛り理知的ながら、明るい印象の女性教授。
「おはよう、皆さん、スイングしてる?」
意味が分からず全員呆気に取られていると、
「すべての事象は揺らいでいるの。」
「今日はこの話をします。結論から言うと、空間は重力場によって歪曲し、その歪みは揺らいでいます。さらに重力自体も揺らいでおり、時間軸も揺らいでいます。物質の分子や原子もブラウン運動など揺らいでいるでしょ。」
「人の心も、生活も、すべて揺らいでいます。
そして、音楽も。」
桜永教授は、教室の右手中央に座る女性を見つめて話し続けた。
「何か考え事で行き詰まった時、大切な解決策があります。何かわかりますか?」
「それは、力まない事。現代物理学や実社会は、大きなエネルギーを際限なく使って物事を成し遂げようとします。」
「しかし、すべての事象には「波」があり、「揺らぎ」があります。それを観察して、察知して、そのタイミングを掴む事で、小さなチカラやエネルギーで、大きな効果をもたらす事が出来るのです。」
芽蕗澪奈の心の中にずっと蟠っていた事が、急に光に照らされたように、明らかになっていくのを感じた。
「そうか、コレだ!この事なんだ!ついに解決するんだ!やろう、コレでやってみよう。」
澪奈は、あまりに明快な答えに興奮を隠せなかった。
2時間の講義終了後、レポート作成を経て、お昼時間、今日は波澄透香と紫五月瑠亜の三人がフードコートで軽食を嗜んでいた。
「昨日の講義と今日の講義でついに謎が解けた気がした。」
澪奈が、まだ興奮気味に話す。
「何の事?」
「溢れ出してる重力と、揺らぎのタイミング」
「分からないなー」
バーガーを食べた後、キャラメルラテを飲みながら澪奈が説明をする。
「重力が溢れ出るというのは、昨日の講義で言ってたんだけど、物質に働いてる4つのチカラのうち、「大きい力」「小さい力」「電磁気力」に比較して、「重力」はとんでもなく小さいんだって。
それは、実は別の次元に溢れ出ているんじゃないかって。4次元方向か、5次元方向か分からないけど、大量の重力が、別次元に消えて行ってしまってると考えるんだって。」
「それを一時的に堰き止める事が出来たら、凄いチカラを、ダムのように溜めて開放が可能になる。」
さらに澪奈は続ける。
「そして、今日の講義、桜永教授、この人凄いよ!発想のポイントが違うというか、自然に逆らわない観察と実践で、『揺らぎ』という概念を発見したんだと思う。
物質の分子・原子は揺らいでいる
重力も揺らいでいる
時間も空間も揺らいでいる
時間も揺らいでいる
だから、それらの『揺らぎ』や『波』を利用して、小さなチカラで大きく変化させる事が出来るんだって。凄いでしよ?
こんな考え方あるんだって、感動した!」
二人には話してないこの推論の帰結点が、澪奈の心の中にあった。
《揺らぎを観察して察知して、重力波を一時的に堰き止め、巨大な重力場を作り出し、プラズマを閉じ込めて、プラズマ物質、重力、空間、時間すべての『揺らぎ』が、一致するタイミングを図って、僅かなチカラで、核融合を引き起こす。
コレで可能になる!》
澪奈の『イメージ』が完成した。
あとは、実験、実証を繰り返して、実現コントロールをマスターするだけ。
早く試してみたい!
澪奈は昂る気持ちを抑えられない感覚でいた。
3-6 不思議な出会い 【透香】
ランチタイムの澪奈の熱弁に感動した透香は、私も何かしなきゃという気持ちになった。
午後の講義「ナノテクノロジー 応用分野の拡大」を受講後、ダンス練習まで時間があったので、大学図書館に行き、様々な本を見ていた。
高い天井、整然と並んだ書籍の数々、コンサルジュAI照会して、貸し出しデータスキャンもナノマシーンで迅速化。
ナノテクノロジー関係の書籍をずっと見ていた透香が、「何かの」気配を感じた。
「何?」
その気配の方向に歩く。
AI・最新科学技術関係書のコーナーに、異彩を放つ1冊の書籍があった。
【AI進化と制御-----未来からの倫理的提言】
著者 樹舞目 佑弦(きぶめ ゆいと)
極めて地味な背表紙、やや分厚い本を開くと細かい印刷文字がびっしり。データブックも音声ブックとも無く、紙媒体の本のみの存在。
書籍全体が減少しているこの時代に、データブックも無い書籍は非常に珍しい。
「何の本?表題から見てAI評論だと思うけど・・」
透香は、何気なくページをパラパラめくってある事にきがつく。
「そういえば、この本、あくまでもデータ化する事を避けてるような感じがする。何だろう?この違和感。」
最終ページを見て、目を見張る。
2040年蔵書 つくば科学図書館
の印鑑文字の左にある印刷文字で
執筆 2104年 樹舞目 佑弦
「えっ!2104年? 誤植?」
「2104年って50年も先じゃない。ウソだよね。
そんな本が何で2040年に図書館に?」
透香は心拍数が上がるのが分かる。
「未来の本が過去に来てる?」
これが本当だとしても、何を意味するのか透香には理解出来なかった。
最後の方の著者後書きを読んでみる。
ある言葉が鋭く刺さる、
「この時代の悲惨な世界をやり直すために、この事実を皆様にお伝えします。やり直して下さい。未来の我々を救って下さい。」
「単なる冗談?それとも著者のユーモア?
意味が分かんないよ・・・・」
怖いもの見たさの気持ちもあって、透香はこの本を借りてしまう。
「ちょっと読んでつまんなかったらすぐ返せばいいや。」
透香はドキドキしながら、足早にホテルの部屋に戻った。
3-7 成長と進化 【瑠亜】
「お久しぶりです。藤堂さん。お元気ですか?」
中古センタービル正面エントランスで、紫五月瑠亜が笑顔で年配の男性に近づき、握手をする。
つくばAI技術研究所所長 藤堂 久永 と面会した瑠亜は、近況を手短に話し、身体技術研究部(BTL)の応接室に入っていく。
研究室は開発中の身体マシンやその制御機器、その他実験資料等で雑然としているが、応接室だけは綺麗に整頓され、落ち着いた雰囲気。
藤堂所長が二人分のコーヒーを淹れ、瑠亜に渡し話し始める。
「しばらく滞在すると聞いて、早速準備しておいたよ。今回のバージョンアップ、技能倫審の連中説き伏せるの大変だったよ。」
藤堂が微笑む。
「ありがとうございます。工程はスケジュール通りですか?」
「ああ、まず走行スピードアップとジャンプ力のレベルアップ、次に上腕部のパワーアップと耐水性向上、そして、瞬間放電機能を付加する。」
「今でもこのパワー向上の目的が見えないのですが。」
「まあ、いずれ分かるよ。」
藤堂所長はコーヒーを一口飲んで続ける。
「フェーズ1 はこのプログラム。続いてフェーズ2 では、頭脳構造の強化、スーパーコンピュータ『マリーナKH』に優先アクセス権を設定して、計算能力を1020倍に引き上げる。」
「ただし、このフェーズ2は新型人工頭脳と開発中のオルタナティブアルゴリズム『palady』の
実動実験を兼ねている。常にモニターされるから気をつけて。」
瑠亜はコーヒカップを見つめながら話す、
「はい、でも楽しみです。自分がどう変わるか、ちょっと怖い気もします。」
「それは、君次第だよ。君のこれまでの生活行動モニターを見た限り問題はないだろう。」
「それから・・・最終工程でとっておきの『秘密兵器』を装着してあげるよ。」
「いや、言葉が悪かった、特別プレゼントさ。」
藤堂所長は少し遠くを見るように話す。
「まあ、それはいずれ教えるよ」
「??」
瑠亜は、意味ありげな言葉に少し不安になる。
紫五月の顔色を見て、藤堂がフォローする。
「ごめん、不安にさせたかな。緊急時の脱出機能を付加しただけさ、使う機会がなければいいんだ。」
「わかりました。それでは宜しく頼みます。」
「14時に外殻装備室に来てくれ。それまでは自由にしてていい。」
「では、ちょっと友達とランチしてきます。後ほどまた。」
澪奈、透香とのランチを済ませて、瑠亜は、メカニカルセンターのバックアップルームに行く。
記憶データのバックアップを行い、アルゴリズムチェックを済ませると、BTLの外殻装備室に入る。
部屋の中央にリクライニングチェア型装備台。
センサーコードと、モニター機器、各種部品が盛り沢山。技術者達が今か今かと待ち侘びてた様子。
「早速、お願いします。」
両足の再装備と骨盤の交換に1時間、人工筋肉の強化注入に1時間。
ナノテクノロジー発達により、外見はほとんど変えずに各部品の極小化により、高機能化を実現。
さらに、上腕ユニットの交換と連結部品の強化に1時間、内部バッテリーおよび心拍機能と各強化パーツとの連携チェック・調整に1時間。
夕食休憩後、AI調整装備室NO7に入室。
頭蓋カバーを外し、120本の連結コードが一気に頭を覆う。
頭脳タンパク質とナノマシーンの結合体が注入され、電位反応で薄青色に光る。
オルタナティブアルゴリズム『palady』を挿入。
状態の安定を確認した後、『マリーナKH』との優先アクセス権設定装置がインストールされた。
モニター観察1時間後、テストアクセス実験を実施、
「演算処理開始。」
赤いLEDが点滅し、数値インディケーターが高速で動いている。技能安定。
「オルタナティブアルゴリズムと相性が良いね。
この子は『palady』を主体的に使いこなせると思う。」
主任技術者が、静かに唸る。
安定駆動を確認して装備完了。
夜8時、第2実験ホールに入った瑠亜は、最終装備の準備に入る。
八神技術部長が話し始める。
「最終テストは、二つあります。
まず、瞬間放電機能をテストします。」
瑠亜は右腕を水平に上げる。放電サーベルパネルが腕の上部に伸びて、青白い放電が放たれる。鋭い音を唸らせてレーザービームが瞬間的に流れる。5m先の標的に衝突して、火花が飛ぶ、成功。
「悪く無いね。威力はシミュレーション通り。」
次に緊急脱出機能のテスト。
施設内の100m通路に瑠亜が立つ。
「いいかい、瑠亜、緊急脱出機能は、いわゆる加速装置なんだ。体内スイッチは意識リンクしてあるから、スイッチオンのイメージをすればよい。それで走り出すんだ。いいね。」
メカニックケアラーが話しかける。
「わかりました。それで100m走行します。」
「OK、じゃやるよ。」
廊下端のライトが赤から青に変わる。
瑠亜が一気に走り出す。
立っていた姿の残像を残して、彼女は急加速して廊下を走り抜け、ゴール。
「1.78秒!」
「時速200km超えか。まあまあだな。」
瑠亜は、バージョンアップ全行程の完了に満足していた。
「ありがとうございます。みなさん、本当に素晴らしい。この機能向上を有益に使いたいと思います。」
スタッフ一同から温かい拍手。
瑠亜は、一人一人と握手して、研究室を後にした。スタッフは今夜は打ち上げ、飲み会になるだろう。
3-8 音の触れ合い
2054年8月5日(水)
講義は中盤、様々な学習を重ねて、澪奈、透香共に沢山の事を学んできた。
午後の講義後、澪奈と瑠亜がカフェで一息ついていた。
「今日のダンス練習、即興ダンスやってみたい。」
澪奈が言う。
「いいんじゃない。曲もインプロビゼーションがいいけどね。」
瑠亜ばエアスマホから適する曲を検索する。
澪奈が周りを見渡して、
「そういえば、透香は?」
「たぶん、図書館、最新よく行くね。」
そこに一人の女性が近づき声をかける。
「芽蕗さんね、こんにちは。」
澪奈が驚いて振り向く。
コーヒー片手に立っていた女性は、桜永教授だった。
「今日も講義出席、お疲れ様。クリスティーナ教授の講義も役に立つでしょ?」
「はい、とても。AI教授のパイオニアだけあって話しがとても分かりやすく、面白い面もあり、楽しかったです。」
「それは良かった。彼女も同じ研究方向の仲間だから、嬉しいな。」
「ところで、あなた達、音楽が何かやってるの?」
「はい、私達ダンスやってます。」
「2人で?」
「いえ、もう1人いて3人で。」
「そう、やっぱり。」
「?」
「実はセミナー初日に、ダンス曲に使うから曲に演奏入れて欲しいとメールで依頼があって、たまたま暇だったから、アドリブ演奏を録音したの。」
「あっ、それ依頼したの私です。」
瑠亜が少し驚きながらも微笑んで応えた。
「桜永渚夢のジャズピアノのアドリブ演奏が話題だったから、試しに頼んでみたの。まさか教授だったとは!」
「さっき、『インプロビゼーション』て言葉が聞こえたのでもしかしたらと思って声をかけたの。」
「曲はどうだった?おどりに合ってたかな?」
「ええ、それはとてもダンスにフィットしました。驚きました。」
「そう、それは良かった。」
桜永教授は、右後ろを振り返り、カフェラウンジの端にあるグランドピアノを見つけると、
「ちょっと弾いてみるね。」
そう言ってピアノに向かうと、いきなり鍵盤を叩き始めた。
澪奈がさらに驚く
「あっ、この曲、『サイレント パッション』!」
3人の練習曲を桜永教授がガンガン弾き始める。
「凄い!上手い!」
二人は感嘆の声を上げる。
テーマ部分を弾いた後、コード進行に沿ってアドリブに入る。
「そうか、即興だからアドリブフレーズが録音のとは違うんだ!」
今更ながらに澪奈は驚く。
曲が終わり、カフェの客皆んなが拍手。
「久しぶりに弾いたから、あまり上手くないけど。」
「いや、凄いです。感動です。」
「音楽は自由、そして、曲の中にも『揺らぎ』はあるの。それを感じて、ちょっと押してあげるだけで、素晴らしくスイングするし、グルーブするの。大事な事。分かった?」
「はい、ありがとうございます。」
「大変参考になります。」
「それじゃあ、頑張ってね。」
桜永教授は、微笑んでその場を後にした。
透香が戻って来たので、3人は練習スタジオに向かう。
「即興ダンスに方向性が見えたね。やつてみるね。」
ダンス練習も新たな段階に入り始めた。
夏の入道雲と蝉の鳴き声、暑い西風が気だるさを残す筑波山と蒼い空。
3人のダンスはさらに磨きがかかり、エッジの効いた振り付けを何度も練習を続けた。
3-9 夏祭りの思い出
2054年8月9日(日)
長かったつくば合宿も、いよいよ明日が最終日。
午後のダンス練習後、澪奈が嬉しそうに話しだす。
「大事な発表があります!」
透香が無表情で訊く、
「どうせ、新しいスイーツ見つけたとか・・・でしょ?」
「違うよ」
「まさか、彼氏出来たとか・・」
「ちゃう、そんなんじゃない!」
「実は、今夜霞ヶ浦レイクサイド公園で、大花火大会とダンス大会があるの。」
「盆踊大会ではないの?」
「うん、いろんなダンスを披露する自由参加のイベントだって。
「何と、それにエントリーしてあったのです!」
「えー!面白そう。やるやる!」
「子どもダンス大会もあるから、子ども達の応援もあるかも。」
今度は瑠亜が話し出す、
「それと、もう一つは、・・・」
「もったいつけずに、早く言って!」
「8月29、30日の幕張フリーダンスフェスの一般枠で参加が、決定でーす!」
澪奈もこの話は初耳らしく、驚きの表情、
「ウソ!あれに出るの!凄い!
参加資格のオーディションは無かったっけ?」
「うん、フリー枠で出るから、『
バカラック・ブリッツ』や、『エグリムギャムズ』も出るらしいよ。」
「凄いじゃん!VRダンスPLの覇者が出るんだ。
同じステージに立てるなんて光栄!」
透香はちょっと不安になる、
「私達なんかで大丈夫なのかな?」
瑠亜が言う、
「大丈夫です。今の私達にはテクニック、感性、そして根性、全てが揃ってます。
最高のパフォーマンスを楽しみながら見せつけてあげましょう!」
意外なほど強気の言葉に、透香も澪奈も勇気づけられた。
「じゃあ、この合宿の成果を今夜の夏祭りと、月末のフェスで披露して、高2の夏集大成としますか。」
澪奈が言うと、透香、瑠亜が頷いた。
「じゃあ、着替えたらロビー集合。カプセルポーターで霞ヶ浦レイクサイド公園に行くよ。」
公園東の野外ライブ会場GL1には、既に多くの観客が和気あいあいと、集まっていた。
「今日のステージ、動画撮って配信するから、
ライブステージ前後の様子もドローン撮影するから、ヨロシク!」
澪奈がシステムドローンを片手に、スタッフと打ち合わせを始めた。
ステージ脇の更衣室兼楽屋で準備する三人、
「わあ、子ども達いっぱい来てるよ!」
ステージ脇から観客エリアを見た透香は、嬉しそうに言った。
「さあ、楽しもう! 合宿で通した『サイレント・パッション』のダンス、この1曲やるだけだから、テンション上げて行こ!」
何の準備も心構えもなく、いきなり来て始めるから、緊張が全くない。
夜風に混じって焼きそばや綿菓子の香りが漂う。
湖面に映る花火の残光と、祭り提灯の赤い光が揺れていた。
子ども会の司会者が呼びかける。
「さあ、続いては地元のお姉さん達のダンスです!みんな、大きな声で応援してね!」
歓声と拍手に迎えられ、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜が野外ステージに立つ。
スタジオで練習した振付を思い出しながら、三人は目を合わせた。
——観客はプロじゃない、子ども達。けれど今、この一瞬を楽しんでほしい。
太鼓のリズムと簡易スピーカーから流れる音楽が重なる。
三人の身体が一斉に動き出す。
出だしから、いきなりトップスピード、
観客皆んながハッと目を見張る。
舞台の下から小さな声が響いた。
「スゲー!」
「おねえちゃん、かっこいい!」
途端に透香が微笑み、澪奈のステップに力が宿る。
瑠亜は軽やかに回転し、観客の子どもたちが目を丸くする。
舞台の上に立つのは、オーディションに落ちた悔しさを抱えた三人の少女。
けれど、この瞬間はただ「踊る喜び」に満ちていた。
観客の笑顔が、拍手が、彼女たちを包み込む。
最後のポーズを決めると、夜空に打ち上げられた小さな花火が音を立てた。
湖面に映る光が三人の汗に輝きを与え、拍手と歓声が溢れる。
透香が小さくつぶやいた。
「……やっぱり、踊るのって、いいね」
澪奈も頷く。
「うん。負けても、ここで立ち止まらなければいいんだ」
瑠亜は照れ隠しにそっぽを向きながらも、口元は緩んでいた。
三人は、その夜初めて「再び前へ進む」手応えを掴んだ。
この時のダンスは、AI制御ドローンによって動画撮影を行っていたので、後日ネットにアップ。
後で3人で見て楽しむつもりだった。
とても充実して輝いていた三人。
この瞬間の輝きが、後に訪れる月下事象への大切な布石になるとも知らずに。
第4章 成長と進化の先に
4-1 イメージの具体化
楽しかったつくば合宿から戻り、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜、三人はそれぞれ、ダンス練習、宿題、バイトと忙しい夏休みを送っていた。
幕張フリーダンスフェスまで約2週間、狛江フリーダンススタジオにはほぼ毎日通い、練習、撮影、チェック、修正、練習・・・の繰り返し。
コーチなどいないアマチュアの三人は、自分達の試行錯誤でダンス技術を上げて行った。
2054年8月17日(月)
「今度のフェスは、2曲連続だから、もう1曲新曲作ったよ。」
瑠亜が口を開く。
「今から間に合うかな?」
透香が少し不安そうに訊く。
「大丈夫でしょ。いざとなったら即興で。
何たってフリーダンスだから。」
「笑えない冗談、でも発想はいいかも。桜永教授のピアノみたいに、テーマからアドリブ、そしてテーマと編成して、ダンスもそういう風に、テーマ部分はビシッと決めて、アドリブは完全フリー、そして最後もキメる。これエグイよ。」
「いいですね、それでやりたい。すぐ練習してみよ。」
瑠亜はかなりヤル気だ。
「OK、じゃ、テーマ部分は新たなステップ入れるね。」
三人の練習はさらに熱を帯びて行った。
練習の帰り道、二人と別れてから澪奈は、多摩川沿いの遊歩道を歩いていた。
つくばの物理講義で教えてもらった
「重力と核融合、そして揺らぎの応用」
これが頭から離れない。
私のイメージ実現力で出来るのかな?
澪奈は、少し試してみるか、との気持ちになり、
遊歩道から芝生に入り、広場から川沿いに体を向けて、呼吸を整えた。
イメージ・・・3次元から漏れ出している重力を堰き止めて、溜め込む。
次に、重力の揺らぎ、時の揺らぎ、空間の揺らぎをイメージ。その振幅が重なる瞬間を感じる。
そして、溜まった重力のボールをイメージして、その中にヘリウム3を入れる。
そして、一気に絞り込む様に圧力をかけて、圧力をかけて、圧力をかけて、・・・
そして、行け!核融合。
その瞬間、澪奈の前方上空20m程の空間に不思議な歪みが次第にグネグネと捻り始め、一瞬で眩しい光と激しい音ががした。
グワーン、グラガラズオーン
しばらく音が反響、光はやや青みがかった白光、
川面が波打ち、円状に広がる。
数個の原子による、ほんの僅かに臨界反応を伴った小規模核爆発だった。
イメージだヘリウム3の量が少なかったので、被曝リスクはほとんどなく、音よりも光の眩しさが目立つ結果だった。
「出来たの?わあ、やっちゃったの?」
澪奈は、動揺して周りを見渡した。
急に明るく光った事に驚く人が数人いたが、落雷に近い状況だったので、空の雲を見上げた人もいた。
4-2 緊迫の防衛省特殊事案研究班
2054年8月17日夕方
東京市ヶ谷の防衛省特殊事案研究班司令センター。ミッションルームに変則的アラームが鳴り響く。
メインパネルの各種数値ディスプレイがレッドゾーンを超えた数値を示す。
「何が起きてる。報告を。」
如月麗華の冷静な声が室内に行き渡る。
オペレーターが状況報告を入れる。
「都内で何らかの爆発的事象が発生。現在全域監視カメラと監視ドローン、および監視センサーで状況確認中。」
「爆発?テロか事故か?・・・場所は?」
「場所は東京都狛江市、多摩川沿い。時間は17時34分、事故かどうかは確認中です。」
「被害は?」
「死傷者、物的被害は見当たりません。」
「監視映像とセンターによる分析では、かなり明るい光学反応と音響波動が、記録されてます。
眩い光を見たとの付近の住人報告も入ってます。」
「状況監視AI 《ミアマロ》の返答は?」
「天候気圧分析から見て、上昇気流発生時の先行落雷ではないかと。その確率は34%」
「低いな、何か他の要因があるのか?」
オペレーターは少しためらい、しかし直ぐに答える。
「AIは奇妙な事も伝えてます。」
「何だ?」
「小規模の核融合が発生している痕跡があると。」
ミッションルームに戦慄が走る。
「テロの実験か?」
「いえ、かなり小規模でむしろ自然現象に近いとの結論です。確率的には57%」
落雷発生時の数億ボルトの過電流が瞬間的にプラズマ状態を作り出し、原子融合を引き起こしたというのが最適解か。
如月が上層部にそう報告しようと考え始めた時、
木崎分析官が言った一言が、如月の心象を一変させる。
「事象発生時の目撃者および近辺の人達を、監視モニターで調べたところ、半径300m内で屋外にいた人38人は、全て近隣住民、スーパーコンピュータ分析では、核関係産業、研究、科学、出版等との関連は見られないし、思想的偏重も見当たりません。ただ、・・・」
「ただ?」
「一人、爆発場所に一番近い場所にいた女性、狛江高等学校2年の女子高生ですが、つくば大学のサマースクールに参加して、核融合関連のセミナーを受講していました。」
如月は、飲みかけのコーヒーをテーブルに置いて、少し驚く。
「本当か!名前は?」
「芽蕗澪奈 狛江市在住、17歳、両親と3人暮らし、数ヶ月前に祖母を亡くしています。」
「それで?」
「その時の主治医に、『ガン細胞を原子分解するにはどの位のエネルギーが必要か』とか、妙な質問をした事が面談記録に残っています。さらに、その後数週間で祖母のガンが一時的に全快して、『孫のチカラのおかげ』との談話記録もあります。」
「何か関係がありそうね。ちょっと調べてみましょう。受講した物理セミナーの教師は誰?」
「つくば大空間位相研究センター主任の桜永渚夢教授です。」
如月はさらに確信を強めた。
「彼女の揺らぎに関する論文は、私も読んだわ。
何か示唆があったのかも。」
「芽蕗澪奈の事を調べて、詳細に報告して下さい。それと今の動向と、居場所も把握しておいて。」
如月は足早に部屋を出て、長官室に出向いた。
4-3 逃避と回避の具体化
2054年8月20日(木)
「何かおかしい」
波澄透香は、直感の鋭い少女であり、最近の芽蕗澪奈の周りから不穏な空気を感じていた。
この日もダンス練習帰りの別れ際から、黒づくめの男数人が澪奈の後をつけ、監視ドローンまで常に上にいる。
「澪奈ちゃん、大丈夫かな?」
透香は、わからない様に澪奈と男達の後を追う。
この時、透香にもある特異能力ーー『透明化とフライト能力』が自分の意志である程度使えるようになつていた。
つくば大学の講義で学んだ『ナノテクノロジー』を自分の体細胞で駆動させる能力を訓練していたのだ。
体細胞一つ一つをナノマシーンの様に稼働させて、光学的反射を抑えて、光を透過させる技術を会得、これにより透明化を実現。さらに、体細胞を複数のブロックに分けて、各々ドローン機能を再現して、空気乱流を引き起こし、揚力を引き上げて空中に浮く。そのまま一方向に風量を増やしてフライトする技術もマスターした。
以前、逃避するために使った技術を正しく再認識して、コントロールする事が出来るようになった。
但し、この事は友人二人にも秘密を通した。友情が壊れることを怖れて誰にも打ち明けないでいた。
透明化して空中2~3mを飛びながら、澪奈と男達を追う。澪奈は自宅に帰った。男の一人はそのまま偵察、もう一人は何か連絡した後、別の道から黒塗りのスマートカーに乗り込み、走り始めた。
「後をつけてみよう」
車のスピードに追いつくのは大変なので、信号待ちしてる間に車の天井にしがみつき、そのまま一緒に移動した。
20分ほどで車がある大きな建物の敷地に入った。
【防衛省市ヶ谷本部】
入口のx線チェックで見つからないよう意識を集中して体細胞をフル稼働させてx線振動を透過させた。
「結構きついな。これ。」
透香は、浮遊状態から降りて透明化のまま、本部庁舎の入口から静かに入る。センサーに察知されない様意識を集中して、男の後を追う。
エレベーターは5階で止まる。
透香は、別エレベーターで5階まで上がり、左側の部屋を見る。
【特殊事案研究班探査連絡室】
何の部屋?
透香は不安な気持ちを抑えて、男の後について部屋に入る。
中は、数々のシステムパネルとディスプレイ、数十人の職員が何やら分析、解析等を行なっていた。
男が上司らしい制服男性に報告している。
「芽蕗澪奈のデータです。特に不審な所はありせん。」
データチップを読み取り機にかける。
「分かった。引き続き頼む。」
「なぜ?澪奈の事を調べてる?コワイ。」
透香はそっと部屋を出て、廊下中央の案内図を眺める。
この本部の別棟に目が行く。
「特殊事案研究班本部・ミッションルーム」
「こっちが本部だよね。」
透香は、そのまま別棟を偵察する。
ミッションルームの扉から人が出てきたタイミングで中に潜り込み、目を見張った。
巨大なメインモニターを半円形に囲む様に、数多くのオペレーターデスクがあり、制服職員が忙しそうにディスプレイを眺め、キーボードを叩き、操作パネルをタッチして大声で話していた。
「重力干渉実験の進捗率32%、まだ進捗率は遅れてます。」
「医療班の地方配置は?」
「順調です。九州チームが増員を要求しています。」
「直ぐに対応して。」
「それから、スマホプロジェクトの普及開始はAプランで通せる?」
「大丈夫です。4社は既に動き出してます。」
「政府発表と閣僚の擦り合わせは順調です。」
「9月1日スタートは予定通りね。」
防衛省制服を着た凛々しい女性が、ここの司令官のようで、数々の指示をしている。
「如月司令、つくばの桜永さんは何が言ってますか?」
一人の男性副官らしい人が尋ねる。
透香は「桜永」の名前が気になった、
もしかして、あの桜永教授のこと?
関係あるの?
如月司令、如月麗華は応える。
「つくば大空間位相研究センターのプロジェクトは順調との報告入ってます。
例の『空間転移レーザー』、来週実用化試験との事。万が一の物的被害回避のための防衛システム、備えは必要だからね。」
透香は何がなんだか分からなくて混乱してた。
「一体何の話?ここで皆んな何を準備してるの?
この先何かが起きるの?」
「あれの回避が出来ればいいんだけど、その確率は0.0001%、・・・月下事象、本当に厄介な。」
「‼️・・」
透香は、メインモニター左上のシミュレーション動画を見た。
月と地球の間を黒い物体が湧き上がって、みるみるうちに巨大化する。歪な球体は、地球の3倍程度の大きさになり、通過して行く。通過後は次第に縮小して最後は消えてしまう。
動画の下に年月日表示が見える。
2054年11月14日13時29分
約3ヶ月後?これ実際のこと?
こんなものが来るの?
地球はどうなるの?
人々は、皆んなは、私達はどうなるの?
不安な気持ちと緊張から、透香は体細胞コントロールが不安定になり、姿が的に戻ってしまう。
「君は誰だ!どこから入った!」
警備兵が押さえ付けようとする。
「待ちなさい。」
如月が鋭い声で制する。
「その子をこちらに連れてきて。」
透香は如月の元に引きずられる。
「手荒な真似はしないで、あなた大丈夫?」
透香は如月を見上げたが、直ぐに目を逸らす。
如月は連絡室の職員からデータシートを受け取る。軽く目を通した如月が透香に尋ねる。
「そう、あなた芽蕗澪奈さんの友人?名前は?」
「波澄透香です。クラスメイト。あなた達何なの?澪奈をどうするつもり?」
「あなたも特異能力者?気配を消せるの?それとも本当に消える体なの?」
透香は口を噤む。
そこに閣僚会議から戻ったミカ・シャリアがその様子を見て、透香に近づく。
「あなた、もしかして波澄透香さん?あの美人が若い時はこんな可愛いのね。」
「??」
「如月さん、この子は未来に素晴らしい活躍をする人です、大切に扱ってくださいね。」
「では、ちょっとお茶しながら、話しましょうか」
「副官、しばらく頼みます。」
如月は、ミカと波澄を司令官室に連れて行く。
4-4 協力と約束
防衛省特殊事案研究班司令官室
如月は、ミカと波澄を部屋に通して、コーヒーを淹れる。二人はリビングチェアに座る。
「落ち着いたかしら、透香さん?」
少し震えていた波澄を如月司令は気遣う。
「はい、大丈夫です。」
まだ警戒感は解けない様子で透香は応える。
コーヒーを少し飲んで、透香が訊ねる、
「如月さんは澪奈をどうするつもりですか?」
ミカが反応する。
「澪奈?もしかして芽蕗澪奈さんの事?」
「知ってるんですか?」
「彼女も将来大活躍する人よ。」
「あなたもAIヒューマノイドですか?」
「AIの知り合いいるの?」
「はい、大事な友達です。瑠亜と澪奈と三人でダンスチーム組んでます。」
「AIのお友達は、紫五月さん?」
「知ってるんですか?」
「ええ、AI同士は、データリンクで即理解出来ますから。」
如月は話を挟む
「波澄さんはどうしてここに来たの?」
「私の大切な友達、澪奈に怪しい男達が尾行してたから、何があったらやばいと思って、後をつけたの。そしたらここに入って・・」
「そうなの。私達は、彼女に危害を加えるつもりはないの。安心して。ただ、芽蕗さんがある爆発事象に関係があるのか調べていたの。」
「爆発?」
「あなた達、つくば大学の夏の講義に参加してるわね。特に芽蕗さんは物理学の講義で核融合の勉強をしていたと聞いてるの。何か知ってる事あるかしら?」
「澪奈が何かを爆発させたの?」
「それはないけど、ね、彼女何か特殊な才能があるのかしら?」
「分からない、でも以前、澪奈のおばあちゃんの病気を澪奈が治したって言ってた。ガン細胞の原始構造から破壊したとか何とか。」
ミカと如月が顔を見合わせる。緊張感が漂ってルナが分かる。
「もう少し詳しく聞かせて。」
緊張と牽制の時間が続く。
話を聞いた如月が頷く、
「つまり、澪奈さんは、思考力で原始構造を破壊出来る能力があるって事?」
「私には分かりません。本人から聞いたのはガン細胞の話だけだし。」
「分かった、参考になった、透香さん、ありがとう。」
コーヒーを飲んでから如月がミカを見る。
ミカが話し出す。
「ところで、あなたの才能は、何かの特殊能力?」
「私、中学の時イジメられて、高校でも続いたので逃げたい、避けたいって思い続けたら、このチカラが身についたの。」
「具体的には、どんな能力?消えるだけ?」
「透明化と浮遊です。」
「空も飛べるの?」
「いえ、飛ぶと言うより浮く感じですが。」
「イメージのチカラなのかしら?」
「つくばの講義で、ナノテクノロジーを勉強しました。そしたら体のコントロールをイメージしやすくなって、自分の意志で消えたり、浮いたり出来る様に。」
如月が話す。
「あなたと芽蕗さんのチカラは将来とても重要な存在になると思われます。月下事象とは直接関連ないと思われますが、私達はあなた達の味方です。困った事があったらいつでも来ていいわ。」
透香が切り出す、
さっきの月下事象って将来本当に起きる事ですか?何で分かってるんですか?」
「詳しくは言えないけど、その対策本部がこのミッションルームです。」
「そうなんですか。大変ですね。大きな被害が出るのですか?多くの人が犠牲になるのですか?」
「そうならないための対策を立案、実行しているの。お分かり?」
如月が少し微笑む。
凛とした司令官の笑顔を初めて見た。
透香も少し安心した。
1時間半ほどして、波澄は家に帰される。
「これを渡しておくわ。」
如月司令がバスカードを透香に渡す。
「ここのフリーバスよ。いつでも来なさい。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、また会いましょう」
「はい。」
波澄は、黒塗りの自動運転車で送ってもらう。
暑い夏の道路の蜃気楼に車の影が揺れる。
第5章 届いた想いと夢のカケラ
5-1 三人の想い
2054年8月22日(土)
不思議な経験をした、芽蕗澪奈、波澄透香は、それぞれ複雑な思いを抱えつつ、それでも目前に迫った幕張フリーダンスフェスに向けて、最後の仕上げと練習を徹底的に行っていた。
ただ、『霞ヶ浦の夏祭り』でのダンス経験が、三人の緊張、気の迷い、不安感、そんな不安定な感情を全て吹き飛ばしていた。
「楽しんだらいい。1等を目指す訳ではない、合格を狙う訳でもない、ただ踊り、みんなで楽しめば良い。」
単純でとても純粋な動機、オーディションを目指してた時には無かった感情、つくば合宿でやってきた事を皆んなに観てもらいたい。
「すごい、評判になってる!」
練習後のファミレスで食後のデザート注文した時、エアスマホでネット動画を見ていた透香が驚いて唸った。
「えっ、117万再生!ちょっと信じられない!」
澪奈もびっくりした。
夏祭りのダンスを撮影した動画が、僅か10日足らずでこんなに注目されていた。
フリーダンス界のカリスマ、『ファルコルア』が
《最近見つけた有望新人》と三人の動画を紹介、それでクローズアップされて、大注目となったらしい。特に瑠亜の作曲した『peak parchek
』のワンフレーズがとてもキャッチーで、唄いやすく、澪奈のオリジナルダンスの可愛さが受けて、『マネしてみた』が大増植、動画人気ランキング上位に入っていた。
練習に明け暮れていた三人は、そんな事全く気付かずにいた。
「幕張フリーダンスフェスの主催者からメール来てる!」
「何て?」
「一般参加枠から、特別招待枠で参加してくれませんかとの要請、マジか!」
澪奈が大声で話す。
「やろう!こんなチャンス、やるしかないでしょ!」
「そうだ、衣装作ろう!カッコいいやつ。」
「いいですね。やりましょう。ファッション課の史奈に頼んでみる。」
瑠亜が早速、メール配信を出す。
「チーム名も決めなきゃ。」
「申し込んだ時の仮ネーム
『トリプルダンシング』でいいんじゃない?」
「澪奈、短絡的。」
「私はいいと思うよ。ストレートに表現してる。」
「じゃあ決め。それにしよう。」
呆気なくチーム名が決まった。
三人のテンションは更に上昇していった。
5-2 ファンタスティック・ライブ!
2054年8月30日(日)
全ての準備が整い、ついにフェス本番当日を迎えた。
幕張メインアリーナは、会場入場に長蛇の人、開場後は満席になり、フリーダンスイベントとしては異例の盛り上がりだった。
ネットで急浮上した話題のダンスユニットを一目見たい。
人々のそんな想いが揺らいているのが解る。
アリーナを埋め尽くす観客のざわめきが、床下から震動のように伝わってくる。
光の束が交差し、ステージは海辺のように揺れる青と赤のグラデーションで染め上げられていた。
「さあ、いよいよ次のチームは、あの話題の謎のネット配信高校生、『トリプルダンシング!』
名前を呼ばれ、三人がステージに歩み出る。
芽蕗は深呼吸しながら、指先をわずかに震わせた。
波澄は軽く跳ねるように肩をほぐし、紫五月はリズムを刻むように足先で床を叩いた。
観客の視線は熱く、まるで波のように三人を呑み込もうとしている。
――始まった。
1曲目『サイレント・パッション』
ビートが轟き、重低音が胸を打ち抜く。
三人は一瞬だけ互いの目を合わせ、同時に身体を走らせた。
夏祭りで子ども達に見せたあの動きが、今は研ぎ澄まされ、鋭い切れ味を放つ。
回転、ジャンプ、ステップ。ひとつひとつが会場の光と響きに融合し、観客の歓声を引き出す。
芽蕗のターンに合わせて波澄が流れるようにステップを刻み、紫五月がビートを切り裂くようにアレンジを加える。
三人の動きは、もはや個々の身体ではなく、一つの巨大な「音楽の塊」として観客の前に立ち現れていた。
――忘れてはいない。あの夏祭りの声援。あの時に取り戻した勇気。
続く2曲目、ネット配信の曲『peak perchek』
話題になった馴染みやすいメロディに、会場全体がノリを強め、口ずさみながら、ハンドサインの様な振り付けを合わせて踊り出す。
素晴らしい統一感、会場全体が大きな揺らぎを見せながら、澪奈、透香、瑠亜の三人が不思議な散乱光に包まれ、空間に何かの模様が現れる。
ダンスの楽しさ、喜び、希望、幸福、友情等々・・・
その思いが三人を突き動かし、最後のリズムに全てを注ぎ込む。
フィニッシュのポーズを決めた瞬間、幕張の会場は地鳴りのような歓声に包まれた。
芽蕗は汗に濡れた前髪を払い、波澄は息を切らしながらも笑顔を浮かべ、紫五月は静かに両手を上げて応える。
三人は互いの肩を叩き合い、目だけで「ここまで来た」と語り合った。
その歓声の中で、芽蕗の心には、言葉にならない確信が芽生えていた。
――この仲間となら、どんな未来も乗り越えられる。
その余韻に酔いしれる三人の姿を、観客たちは惜しみない拍手と歓声で包み込んでいた。
「なかなか!イイね。 純粋な気持ちが音楽に、ダンスに表れてる。久々にバイブス上がったぜ。」
後ろで縛ったロングヘア、ピアス、サングラス、派手なファッションの一人の男性。
2050年代AIミュージック界に彗星の如く登場した、
新世代DJ『マーシー・ベイク・ジェイカー
【MBJ】』
既に世界的な実力を示す、日本人DJ。
誰も思いもしない使い方でAIミュージックを多層的に組み合わせ、新たなグルーブを生み出す天才。
彼の才能からしても、澪奈達3人のダンスミュージックは新鮮で感動的だった。
「彼女達がのし上がってくれば、いずれ一緒に何か出来るかもな。」
MBJは連れのミュージシャンにそう話しかけて、その場を後にした。
澪奈たちの笑顔は、仲間と夢の輝きに満ちていた。
5-3 見守る眼差し
熱いパフォーマンスに揺れる観客席、
だが、アリーナの最上段。
黒いスーツ姿の女性が腕を組み、冷静な眼差しでステージを見つめていた。隣には淡い色のワンピースを着た女性が並ぶ。
「……すごい熱気ね。」
如月麗華は呟く。
「ただの高校生の舞台にしては異様な一体感です。」ミカ・シャリアが微笑む。
如月は観客席から見た舞台を一瞥した。
照明と歓声が作り出す揺らぎの中に、彼女には説明のつかない違和感が残っていた。
「演出にしか見えないでしょうけど……何かが引き寄せられている。そんな気配を感じるわ。」
ミカは短く頷き、言葉を選ぶ。
「記録には残しておきます。いずれ比較できる日が来るでしょう。」
熱狂と歓声の渦の中、三人はただ夢を抱いていた。
だが二人の観察者には、その夢の裏に微かな「兆し」が潜んでいることが、確かに見えていた。
如月が真剣な表情に戻り、ミカに話す。
「いよいよプロジェクトスタートね。」
「明日の最終チェックで全準備完了します。
今日現在の進捗率98.5%、予定通りです。」
「OK、明日のプラットフォームテストもよろしく。」
アリーナを出た如月はミカと別れ、自動運転タクシーで赤坂のプライベートオフィスに向かった。
2054年9月1日(火)
午前9時政府発表がさりげなく淡々と行われた。
「各種関係機関の調査・分析の結果、ここ2~3ヶ月位の間に、重力変化の自然現象が発生して、何らかの影響を及ぼす可能性が出てきました。」
「そこで、我が国の行政機関および地方自治体が総力でリスク対応プロジェクトを発動させます。」
「まず、全国民の皆様にある無料アプリをインストールして頂きます。これは、重力の変動を感知してお知らせするアプリで、
【DREAM FORCE1】、
通称【MAMORUKUN】
と呼ばれるものです。
エアスマホ、固形スマホ、新旧問わずあらゆるギアにインストール出来ます。
2ヶ月ほどで全国民に行き渡る様、体制準備してまいりました。何卒よろしくお願いします。」
「さらに、気象庁、各種研究機関の監視、病院、ケアセンターなどの医療体制、防衛省、警察、消防の防災体制を強化して、対応します。」
「この様な報道発表に不安になる方も多いかも知れませんが、あくまでも予防的措置の一環です。落ち着いた日常生活を続けられる様、お願い申し上げます。」
政府は、月下事象の緊急事態に関して、国民への発表は、細心の注意を払い、パニック回避のために最高水準のAIアルゴリズムによる分析を積み重ね、核心部分は伏せて発表する事にした。
何の予兆も気配もない中での、政府発表。
人々の反応は「よく分からない」がほとんど。
ネットでは様々な憶測が飛び交ったが、的を得たものは一つもなく、「交通事故に気をつけましょう」「火事に気をつけましょう」などの政府広報の一つ位にしか捉えられていなかった。
大きな動揺もなく平穏な社会の裏側で、
防衛省、空間位相研究センター、宇宙磁気研究所、神岡重力波研究所、つくば電波センター、名古屋大空間位相研究所など錚々たる機関および、全国の警察、消防、AI技術統括局、ITテクノロジーセンター、各種病院、ケアセンターなどが、この日を境に一斉に動き出した。
東京都危機管理センター
新宿中野新橋の大型商業施設「カリラキューブ」の地下5階以下の巨大構造物全体が、関係者以外知られることのない危機管理本部。
月下事象対策準備プロジェクトのメンバーが、9月1日、この施設に集っていた。
「進捗状況100%、全ての準備整いました。」
オペレーターの声が響く。
大型複層モニターディスプレイに各地域の状況、重力波データグラフ、エネルギー分布グラフィック、各機関の報告コメント等、一目で状況を把握できるデータソースを眺めながら、メンバー全員が慌ただしく任務をこなしていた。
「今後のスケジュールを再確認しておきます。」
如月は3Dエアパネルの表示を見つめた。
彼女は特に月下事象発生直前のスケジュールを念入りに確認していた。
フェーズ D:最終二週間(Week 6–8、11月到来前)
11月上旬
すべての監視網を24時間稼働(重力センサー、地震・海底観測、電磁監視、宇宙線・プラズマ監視)。
人員配置:都心・原発周辺・主要港湾に緊急対応部隊を待機。
情報公開計画:万が一の場合の最小限の市民通知テンプレート(避難指示・屋内退避・水道・食料備蓄の注意)を決定。
最終ブリーフィング:閣僚会議でのリスク説明・承認(限定行動の許諾)。
11月13日(前日)
全監視ログの最終チェック。
人員最終配備。
11月14日(イベント発生日)
事象発生→暫定本部は即時被害把握・民間への指示・垂直対応(2次災害防止対策や限定避難指示)を段階的に実施。
各セクションとの打ち合わせを済ませたミカ・シャリアが如月に近づいて、
「いよいよ開始ね。」
「ここまでの準備は万端だけど、少し不安もある。本当に国民に犠牲者を出さないで済むのかしら。」
「大丈夫、皆んなが【DREAM FORCE】を起動させてくれる事を信じるのみだけど。」
センターの館内放送でアナウンスが繰り返される。
「ルナティックアンダーは、5次元物体の通過に伴う3次元宇宙への「影」の通過が正体です。
その際に時空間の歪曲による重力逆流が発生して、強大な重力波が押し寄せます。」
「その重力津波は、理論シミュレーションでは、最大値180.4G 最小値12.7G
瞬間重力通過時の致死水準は8Gです。」
センター内が静まり返る。
ミカの指示により、この情報は今日まで非公開にされており、全員初めて聞かされた。
動揺が走る。
「そんな重力が負荷すれば、ビルですら崩壊するリスクがある。人間も無事では済まされないぞ。」
ミカは、吉川東京都知事、枕崎首相、東伯科学技術省長官の了承の下、最終ミッションを発表する。
壇上に上がり、ドローンマイクに話す、
「私は、これから2081年に戻り、研究所の調整を経て2150年に向かいます。そこで、人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】
を持ち帰ります。」
フロア内がざわつく。
「今回、国民の皆さんがインストールした、重力波感知アプリ【DREAM FORCE1】には、反重力発生機能はありません。その代わり、重力波共鳴機能が内蔵されており、私が未来から持って来る『人工重力発生装置』から発する反重力波を共鳴感知して、重力津波の逆位相重力波を瞬時に発動する事で、その半径2m程度の範囲の重力津波を打ち消す事が出来ます。」
「なるほど、そういう事か!」
東伯科学技術省長官が唸る。
「アプリ自体、ミカ君が未来から持ち込んだ技術内蔵だったから、果たしてどんな使い方するのかと、思っていたが、単なる共鳴装置なら納得だ。心臓部はこれから持ち込む人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】の方か!」
ミカが微笑んで話す、
「1週間で戻ります。それまでに全ての人がアプリを手にする事を望みます。」
「じゃあ、如月長官、早速防衛省の研究棟に。」
「分かった。カプセルポッドのスタンバイは出来てるから。行きましょう。」
二人は足早に危機管理センターを後にした。
「さあ、ここからが本番、皆んな、頑張ろう。」
吉川東京都知事が喝を入れる。
枕崎首相の意向で、重力津波の情報は、ミカの人工重力発生装置が到着したら、発表する事にした。
世界中を説得させるには時間がない。日本が先行して行動して、何らかのブームを起こしてアプリを世界中に普及させたい。
首相は国連本部にアクセスを入れる。
「今、出来る事をするしかない。」
東京が、そして日本が次第に緊張感に包まれてきた。
5-4 それぞれの時間
2054年9月4日(金)
まだ夏の暑さが残る始業式。
暑さを感じない瑠亜が羨ましい、澪奈と透香は瞬間冷凍空間スプレーが手放せない。
「見たよ!芽蕗、すごいじゃん。ダンス!カッコよかった!」
クラスの友達が次々に声を掛ける。
「波澄も見直した!あんな綺麗なダンス見たことない!」
「曲も素敵だった。瑠亜が作ったんだって!
動画再生200万超えてるよ!」
こんなに注目されてしまうなんて想像もしなかったから、三人はちょっと戸惑って、
「へへ、皆んな見てたんだ、恥ずかしいな」
なんて言うのか精一杯。
「学校祭にも出るんでしょ?ダンス見たい!
『トリプルダンシング』ライブ配信!
いい!それやったら絶対拡散するって!」
もう好き勝手騒いでる収拾つかない、
「分かった、分かった。学祭には出てみたいけどまだ何も決まってないって。」
「それは、皆さんが貴方達を応援したい気持ちの表れ。その気持ちに感謝して受け止めて上げなさい。」
いつの間にか、教室に入ってきたAI担任教師
笠宮 涼音だった。
「さあ、皆さん席について。ホームルーム始めますよ。」
「まず、最初に、9月1日の政府発表で皆さん既に知っていると思いますが、
大地震の様な、将来の自然災害に対処する法整備が、施行されます。」
「その一つとして、『重力波感知アプリ【MAMORUKUN】のインストール義務が施行されました。手続きは簡単なので、必ずダウンロードして下さい。」
生徒達は少しざわつく。笠宮は表情を変えずに続ける。
「何も不安になる事はありません。必ず何かが起きる訳ではなく、将来起きるかもしれないリスクに対応しましょうという法律です。」
「家の人とも一度よく話し合ってみてください。」
2学期の始まり、笠宮先生は、進路調査用用紙データを生徒の各ノートPCに転送する。
始業式はホームルームと小テストで半日授業となるので、午後は部活動、帰宅、となる。
その日の午後ーーーー
透香は、いつもの狛江フリーダンススタジオに行く。澪奈は、家の用事を済ませてから来る予定。クラス委員長の瑠亜は、笠宮先生との打ち合わせがあったので、遅れてスタジオに到着。
3時頃から三人揃ってのダンス練習が始まった。
「次の目標どうする?」
透香が訊く。
「学祭ダンスじゃつまらないし、やっぱオーディション探して受ける?」
瑠亜が返事する。
「いや、私達独自の方向を見つけたい。
newVR使った動画で作品仕上げて、ネットで発表して行きたい。」
澪奈の答えに、二人も納得した様子。
「そうと決まれば、早速次の曲、2曲仕上げてきたから聞いてくれる?」
瑠亜が指先の端子から、スタジオ壁面にあるミュージックコントローラーにダイレクトアクセスして音源ソースを再生させる。
ベース音の音圧あるリズムが続き、ドラムが入ってより迫力あるビートが刻まれる。
シンセの強烈なフレーズが溢れ出しイントロが始まる。
「あれ?このシンセ、もしかして桜永教授?」
透香が気付く。
「そう、しかもベース誰だかわかる?」
「そういえば、このベース、物凄く正確なビート刻んでる。しかも音圧も相当。誰?」
「実は、ミカさん、だって。」
透香は更に驚く、
「えっ、市ヶ谷の!」
透香は防衛省に行った事は秘密なので、口にはせずに曖昧に聞いた。
でも、AI情報を共有してる瑠亜は、実はその事を知っていた。
「あの二人って何者?」
「まっ、そのうちわかるでしょ。」
瑠亜も曖昧にボカした。
「じゃあ、この曲に合わせたダンス作ってみますか。」
澪奈が即興で踊り出し、様々なステップを試していく。
「私も。」
透香が横で全く違うタイプのステップを踏む。
二人は夢中で踊り、瑠亜がその様子をアイカメラで録画、データをクラウドに保存する。
ーーーーーーー
2054年9月10日(木)
人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】を搬送してミカが未来から帰還した。
その2日後、
防衛省の月下事象対策プロジェクトの合間、進行状況を確認して、桜永渚夢教授と如月、そしてミカが仕事を上がる。
夜10時過ぎ、帰りに紀尾井町のバーラウンジに立ち寄る。
「お疲れ様、あとは、apjnプロジェクトの被せ方次第ね。」
「ここに来てまで仕事の話?」
「まあ、飲みましょ。」
三人はカウンターで軽く飲む。
「昨日、涼音から聞いたんだけど」
「涼音? ああ、笠宮先生ね。あなたと同期だったよね。お元気?」
ライトビールを注ぎながら話す、
「ええ、彼女のクラスの例の高校生、学校始まって大人気らしいわ。」
ミカが、瑠亜のクラウドデータを見ながら話す、
「あれだけダンスが上手ければ当然よね。将来プロ目指すのかしら?」
如月が微笑む。
「紫五月さんから曲の依頼があった時、まさか引き受けるとは思わなかった。」
「よく言うわよ。あなただってあんなに乗り気でガンガン弾きまくってたでしょ?」
「ついね。若い時のノリが蘇った感じ。セイシユンっていいわね。」
「またまた、オバンくさい事。まだ若いでしょ。」
「歳取らないミカに言われたくないわ、でも若い時の仲間って大切よね。」
「同感です。私達もこうして友達で居続けられる。」
如月が、少し淋しそうな表情をする。
「このプロジェクトが成功して、被害を最小に抑えられたら、あなたは未来に戻るのでしょ?タイムリーパーさん。」
「この時代の私は、今、別のミッションで忙しくて、あなたに会う機会はないわ。2081年の私と
知り合いになれたのは必然だけど、偶然。
いつか、この時代の私とも会う機会は出来るでしょう。」
ミカと如月の話を、桜永が懐かしそうに聴いていた。
紀尾井町ハイパービルの、上空に大きな満月。
初秋の夜は更けていく。
5-5 ダンス・バイト・学園祭
2054年10月28日
やっと秋らしくなってきた、10月下旬
ダンス練習後のカフェで、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人がくつろいでいた。
「そういえば、始業式の時、笠宮先生が言ってた災害対応アプリのインストールやった?」
「うん、すぐに。でもよく分からない。何か役に立つの?」
「災害対応じゃなくて、重力波逆位相起動アプリ。」
「フリーアプリだから気にならないけど・・・ま、いいか。」
「それよりも、お疲れ、今日の練習まとまり良かったね。」
「学祭からまだ日も経ってないし、あの時のテンションが残ってるね。」
ホットカフェラテを飲みながら、澪奈が話す、
「学祭、盛り上がったね。」
「うん、すごかった。もう、ダンパ状態だった。」
澪奈は楽しかった「ダンパ」イベントを思い出して、思わず小声で口ずさんでいた。
「LA.LA.LA・・・」
透香も余韻で体を小刻みに揺らしていた。
瑠亜はネット動画を検索して唸った、
「狛高のダンパ動画100万超えてます!」
「さすが、エルリード、ラットナック!」
ちょっと間があって、澪奈が呟く、
「これって広告収入入るの?」
「何?どしたの?お金?」
「うん、今後のライブ活動考えた時、やはりお金必要だから。」
「クリスマスパーティや年末ライブ考えたら、チケット売る自信ないし、自費でやると高くつきそう。」
「何か、バイト探さなきゃ。」
急に真剣な話になって現実に戻った感じで、詮索してると、クラウドダイレクトアクセス中の瑠亜が、口を開く。
「いいバイトあります。時給2万円。」
「それってヤバくない?」
「いいえ、つくば大学空間位相研究センターで行動管理実験参加だって。」
「つくば大って、夏の合宿で行った・・」
「そう、あの大学の研究所らしいよ。あっ、条件は『ダンスの上手い人』だって!ダンシングによる生体反応データを取りたいらしい。私達にうってつけじゃない?」
「いいね、やってみようか。申し込もう、ダメもとだし。」
早速、瑠亜がエントリーを入れる。
5-5 実験参加
2054年11月2日(月)
「芽蕗澪奈、バイト申し込み来ました。」
研究職員から報告が入る。
「OK、それで採用決定入れて。」
つくば大空間位相研究センターでプロジェクト進捗の確認をしていた、防衛省特殊事案研究班司令官の如月麗華が、防衛省市ヶ谷本部のミカ・シャリアにダイレクトアクセスで連絡を入れる。
ミカは、今相当に多忙で、2150年の未来の時空間総合研究所から持ち込んだ、人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】の駆動コントロール方法のレクチュア、スマホアプリ【DREAM FORCE1】との共鳴メカニズムの説明、シミュレーションプログラムのAIアルゴリズムへの取り込みや、リスク管理方法の策定、その他多くの関連部署との調整に走り回っていた。
やっと一息ついて、如月からのメールを見る、
「あの子達、ここに来るんだ。」
前から気になっていた、特異体質の女子高生。
「芽蕗さん、波澄さんの能力が重力波の影響で、何らかの変化があるかも知れない。」
「悪い影響が、なければいいけど・・」
2054年11月3日(火㊗️)
「バイト採用決まったよ。」
透香が連絡を入れる。
「ホント?良かった。日にちは?」
「7日と14日、共に日曜日、送迎カー出してくれるって。」
2054年11月7日(土)
「おはようございます。本日はお世話になります、宜しくお願いします。」
午前8時
芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人が、送迎自動運転カーでつくば大学に到着。
出迎えたのは、行動技術エネルギー研究チームの夏迫教授。
「よく来たね。お疲れ様、では、まずミーティングルームに。」
三人が導かれたのは、医学部精神医学研究棟のC2ビル。明るい全面ライトグラスの建物。
2階のミーティングルームで説明を受ける。
「今日と来週、君達にやって貰うのは、ダンシングにおける身体情報と精神情報の計測です。」
「ダンスする時に、『アガる』とか、精神的な高揚感があるでしょ?それの科学的分析、それに、身体的にも軽くなったり、熱くなったりする事の分析、これが主題。
心配する事ないよ。普段通りのダンスをしてくれれば。うちの研究班にはダンス上手い奴一人もいなくて、データが集まらなくて。
とにかく、今日一日宜しく頼みます。」
それを聞いた三人は少し安心した。
難しい事をさせられる訳ではなさそう。
いつもの練習通りに踊ればいいんだ。
「では着替えてきます。」
更衣室で練習着に着替える。
研究所バイトの実験環境
《装備》
- ヘッドギア:脳波・精神感応波を測定。VR空間インターフェースも兼ねる。
- ボディウェア:全身にモーションキャプチャー用センサーを内蔵。心拍・筋電図なども同時計測。
- ミニドローン群:周囲を飛び、近接映像・立体動作データを収集。照明や音響補助も可能。
《実験環境》
- 密閉型のスタジオ空間(実験室)。
- 壁面は全周ディスプレイ/ホログラム投影装置。
- 音響は高出力AI制御のサラウンド。
- VRダンスPLを模したような「研究用ホログラム舞台」で、3人はセンサー装備のまま踊る。
- 研究テーマ:「音楽波動が人間の感情・動作・精神共鳴にどう影響するか」。
実験スタジオに入った三人は、研究班メンバーの指示通りに、練習着の上に超軽量ボディスーツを着けて、ヘッドギアを被る。
スーツ表面のナノマシンセンサーがキラキラ輝いている。
ミニドローンの映像撮影機が浮遊する中、スタジオ壁面の巨大なホログラムミラーの前に立って、スタンバイをする。
「ダンス時の演奏曲は何か用意してる?」
係員が訊ねる
「あっ、この曲お願いします。」
瑠亜が左手首のレーザーポインターから正面左の操作パネルの受光レンズにデータラインを送る。
「わかりました。曲名は『サイレント・パッション』ですね。」
係員が曲をオンエアしようとした時、
澪奈が声をかける。
「その前にウォームアップしますので、少し時間ください。」
三人でアイソレーションとリズムトレーニングで計12分、準備を整えてからダンシング開始。
実験サイドがこのダンスに、何を求めているのか分からない以上、好き勝手にやるしかないと澪奈は、最初からいきなり即興ダンスを入れてきた。
曲のリズムを独自のポリリズムを付け加えて、多彩にステップを変化させる。
澪奈に合わせる意思がない事を知った透香は、その自由奔放なダンスに対極的なステップを加えて、覆い包むような優しい振り付けを見せ始める。
空間が破壊されるような激しいダンスと、空気を透明化させる様な澄んだステップ。
瑠亜は、その二つの個性を上手いバランスで取り持つ様なダンスで繋いでいく。全て計算され尽くした様な正確なステップで、二人のバラバラなダンスの平均値を瞬時に綺麗に演じていく。
三人の天才がぶつかり合い一つの個性を生み出す様な2054年型ヒップホップダンスだった。
ナノマシンセンサーが、大量のデータを取得し、その結果をモニターに表示していく。
「これは凄いね。プロダンサーでもこの数値は叩き出せない。彼女ら特有の『チカラ』があるのかも。」
夏迫教授は、やや興奮気味に唸る。
やがて、スタジオ内に何か弾ける様な音がして、澪奈の周りのあちこちで光の粒が瞬き始める、
「空気中にイオン、いや、何らかのプラズマが発生して、分子衝突して分解している様です。データ値が分子崩壊を示しています。」
オペレーターが報告を入れる。
「もう一人の子の足元見て下さい。少し浮いています!空中に浮遊した状態でダンスしている様です!」
透香の体が浮いて、もともと澪奈より背の低い彼女が、同じ身長になって踊っていた。
「しかも、体が半透明になり始めています。こんな現象は初めて見ます。貴重なデータが撮れそうです。」
オペレーターは興奮気味に話した。
5分半の曲はエンディングを迎え、三人それぞれ得意の決めポーズでフィニッシュとなる。
一瞬の静寂、三人の荒い呼吸音が聞こえ、続いてスタッフから拍手が聞こえてきた。
「ありがとう、素晴らしいデータが取れたみたいだ。後でモニタールームで撮影動画を一緒に見よう。なかなかのパフォーマンスだよ。」
夏迫教授も拍手して三人を迎えた。
「ありがとうございます。お役に立てたのなら嬉しいです。ヘッドギアのVR映像に不思議な世界が一杯映って楽しかったです。」
澪奈が満足げに言った。
「何か夢中になって踊ってたら、体が消えたり、飛んだり・・・いえ、そんな感覚がしてきたダンスになりました。」
透香は、透明化と浮遊フライト能力の事を隠しつつ、曖昧に状況を説明した。
「二人のダンスの意外性に、ずっと驚かせられていました。平均値を取るのか難しくて。」
瑠亜のAIアルゴリズムも予想出来ないインプロビゼーションだった。
「来週、もう一度この実験をやるから、是非、お願いしますよ。期待しています。」
夏迫教授が微笑みながら話す。
「来週は嵐の様な自然現象があるらしいから、無理せずに、来れたら来てくれればいいから。」
来週、11月14日に何かが起きる、
こんな漠然とした不安が社会全体に漂っていたので、誰もがそんな風に話していた。
第6章 月下事象
(lunatic under phenomenon)
6-1 発見
2054年11月14日(土)
日本時間午前2時41分
最初に異変に気付いたのは、火星アラビア台地に建設された無人天体観測装置《ミリオン》だった。
みなみうお座の、フォーマルハウトの方向に突然『真っ黒い点』が現れた。
ミリオン搭載のAI判定は、『不明、ダークマターの一種と推測』との一報が入った。
日本時間午前3時18分
続いて、この『黒い物体』を観測したのは、国際共同宇宙ステーション《ミルテイフォックス》搭載の電波望遠鏡【リズミックワン】
真っ黒い物体は、次第に大きさを増しており推定速度『光速の77.8%±9.2』との推定値。
正体は不明。質量は計測不能。
日本時間午前4時07分
「これが例のブラックワンか。」
リチャードはキーボードを叩きながら、可視化モニターを見つめた。
アメリカ合衆国最大の電波望遠鏡グリーンバンク望遠鏡(G BT)
ウエストバージニア州にあるオフセットカセグレン光学系望遠鏡の光学監視技士のリチャード・マグナリムは、獲物を狙う捕食動物の様な眼差しで、嬉しそうに眺めた。
30分前に仮想口径8860kmのngVLAの専用AIから連絡を受けていたので、受得データをエッジングナノマシンで具現化した。
日本時間午前4時08分
日本で最初に異変に気付いたのは、宇宙気象庁でも、明石電波望遠研究所でも、東大宇宙研究所でもない、世界最高レベルの天才ハッカー
如月 光正(きさらぎ こうせい) 22歳
相棒のスーパーAI【ポンタ3号】と共に世界ネットワークの8割を把握している彼の情報網が、
不思議な黒い物体情報を拾い上げていた。
「我ながら凄い情報を掴んだものだ。姉さんにも見せてあげたい。多分これを追っかけてたからな。」
如月光正は、姉の如月麗華にダイレクトアクセスをする。
「最大直径20万km、推定移動方向長さ54億km
途方もなく巨大な、真っ黒い物体が太陽系に侵入し始めた。4.246光年先のプロキシマ・ケンタウリ方向から来たらしい。正体は不明。」
日本時間午前4時10分
如月光正が、黒い物体の存在を知る2分後に、
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、
内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所等の合同対策本部
『ニューアスピレーション・プロジェクト【NSP】』は、
LUNATIC UNDER RROTECT 1
を開始した。
NSPのマザーAI『パラマウント ラディアンズ』は、集積情報から15分前には、推測結果をアウトソースしていた。
6-2 侵入
日本時間午前4時28分
月面基地『ルナ・インクィリィ』と、火星の『ミリオン』が同時に、謎の黒い巨大物体が冥王星軌道を通過した事を観測。
ついに太陽系惑星内に侵攻し始めた。
日本時間午前5時
内閣情報局緊急招集。
黒い物体は金星の5倍程度の黒い点として、空に見えていた。
日本時間午前5時30分
内閣府緊急閣議
黒い塊は少しずつ形を変えながら、夜明けの空に黒い穴が空いたかの様な不思議な光景を見せていた。既に複数の目撃者から「UFOだ」との情報も寄せられ、民放もUFO目撃?ニュースとして放送に乗った。
日本時間午前6時08分
イタリア、ドイツ、クウェート、サウジアラビアの共同宇宙事象研究機関が、『凄まじい重力波を伴った空間の歪み』が、太陽系内を通過するとの見解を明かす。
欧州最高のAIアルゴリズム『ミューラ・クラミサ』が、重力異常に注意喚起を行う。
しかし、バチカンはこの件については沈黙していた。
日本時間午前6時34分
国際宇宙観測機関『ISWO』が、重力波異常の可能性と、『重力津波』の発生リスクを予測。
注意喚起を行う。
日本時間午前6時35分~58分
『重力津波』の言葉に社会が過敏に反応、SNSを通じて瞬く間に拡散。
逃げ場のない恐怖の様な表現で、面白おかしく取り扱われ始めた。
日本時間午前7時15分
『ブラックウィアード・・黒い謎』
まだ、単なる不思議な自然現象として報道されている黒い物体は、ニュースではこう呼ばれていた、
通勤途中の人々は、エアスマホを空にかざし、日食や月食を見るかの様な気分だった。
日本時間午前7時48分
つくば大空間位相研究センター
2次災害防御対策として利用出来ないか検討していた、新型エネルギー転移装置
『空間転移レーザーパルス・オメガ1』
の稼働準備に入る、理論シミュレーションと、1/20ミニモデルでの実装テストでは成功していた。
「地球全体を覆う災害には対応出来ないが、一部重要施設等の防御、安全場所への転移などは、可能かと思う。」
滝井教授と研究チームは実用化を急いだ。
日本時間午前8時
「来ました、9時からの政府見解発表の原稿データ。見て下さい、デスク!これ、本当ですか?」
民放ネットTVチャンネル最大手「ALRS55」の稲葉デスクが目を通す。
「5次元?影?こんな事、本当に政府が発表するのか?信じられん。」
「とにかく、政府発表に備えて、3時間枠取ってしまえ。責任は俺が取る。地方局とのリンクと、各研究機関への取材準備しとけ。頼む。」
デスクはすぐに部屋を後にした。
「ブラックウィアード」は、月の大きさにまでなっていた。
6-3 ミカの帰還
日本時間午前8時30分
防衛省特殊事案研究班司令官室と、東京都危機管理センターのリモート会議システムで、如月麗華とミカ・シャリアが話していた。
「ただいま戻りました。麗華、1週間ぶりかしら?』
「タイムリープした、あなたの感覚では実感がないでしょうね。お帰りなさい、ミカ。無事で何より。」
ミカはクールな表情で微笑んで言った、
「持って来たわよ。人工重力発生装置《修羅闘気》
SHURA TOUKI 凄いシステムよ。」
「どこにあるの?」
「上よ。空の上。」
「えっ?どういう事?」
如月は、要領を得ないので訊ねた、
ミカは、表情変えずに明るく言う。
「全長114km、厚さ4.8km、超巨大な円形構造物。しかもステルス、それ自体人工重力で浮遊してるの。」
如月は、窓から外を眺める。
青い空と、白い雲と、月の2倍位の黒い物体以外、何も見えない。
「レイリー散乱光学効果で空の色と同化してるから、微かに輪郭くらいしか見えないの。」
確かに、目を凝らして見ると、空全体の1/4くらいの大きさの円形輪郭が見えた。
巨大だ、何という巨大!
「それ、人が乗れるの?」
「全てAIコントロールだから、操縦室はない。
でも、監視ルームはあるから、乗る事は出来る。」
「どういうシステム?」
「簡単に言えば、地球全体に逆位相重力波を発生させる装置。到達する重力波の計測と、その逆位相計算装置、そしてコア部分に重力波発生装置。2150年の最高水準テクノロジーでも、この大きさになってしまう。ダウンサイジングはこれが限界。」
「Neo国際宇宙機関(NISO)主導で、月資源を相当使って、高度300kmの宇宙空間で作ったようなの。
2150年には、世界で3台あるのよ。」
「歴史認識委員会で、月下事象の重要性は理解してもらって、1台チャーター出来たの。」
上空の薄い雲より高い位置に、とてつもなく巨大な空がもう一つあるような感じだった。
日本時間午前8時42分
「重力波振幅キャッチしました。」
研究員の一人が叫ぶ。
岐阜県神岡市のスーバーカミオガンテ、その重力波観測ドーム内に重力波振幅検知器が反応した。
日本時間午前8時50分
東京都狛江市立黄葉幼稚園、母親に連れられて来た3歳児達が、一斉に『来たよ、来た。』と言いながら、お絵描きを始める。皆んなタブレットに真っ黒いマルを描いて、その右下に四角や三角、星型など様々な模様を描いていた。
全国の幼稚園で3歳児だけこの様な絵を描き始めていた。
日本時間午前8時55分
「本番5分前です。」
緊張した空気が伝わる。
枕崎首相が公共放送機構のスタジオで、原稿プロンプターを確認していた。
国民に向けて重要かつ緊急な報告と要請を伝えるため。
「これは私の責務だ。必ずやり遂げる、
未来からの警告と支援を無為にしない。」
首相は小声で自分自身に強く言い聞かせた。
6-4 首相の願い
日本時間 午前9時00分
公共放送機構 緊急特別番組
カメラが点灯し、スタジオ全体に緊張が走った。
国民の期待と不安が、すでに世界中からこの一点へと注がれている。
演台に立つのは、日本国首相――枕崎昌也
背後には国旗と内閣府の紋章。両脇には防衛省・科学技術庁の高官が並び、事態の重大さを示していた。
枕崎は深く一礼し、ゆっくりと口を開いた。
「国民の皆さま、そして全世界の人々へ。
ただいまより、日本政府として、極めて重大な発表を行います。」
張り詰めた空気が、放送を見守る人々の胸を締め付ける。
「本日未明より、太陽系外より接近している巨大な黒色の物体が、観測機関により確認されました。
その大きさは、すでに月を凌駕しつつあります。正体は未だ不明ですが、最新の解析によれば――これは高次元の影、すなわち『五次元空間からの干渉現象』である可能性が高いと結論づけられました。」
「この物体を、『ブラックウィアード』と呼んでいますが、観測上は、太陽系に最も近い恒星系プロキシマ・ケンタウリから飛来して、光速の約8割の速度で太陽系に接近、本日早朝に冥王星付近を通過したと見られています。」
「しかし、専門機関の分析結果によると、これは、5次元世界のとてつもなく巨大な物体が移動していて、それが4次元時間軸を交差する時に、我々の宇宙、つまり3次元世界にその影が投影されて出来た現象だと結論されています。」
「つまり物体の影が、どんどん大きくなって、地球の近くまで膨張して、いずれピークを超えて小さくなっていく現象と考えられます。」
「したがって、影自体には悪影響となる要素はないのですが、その巨大質量の移動による重力場の大変動が、大きな重力波を発生させ、その『重力津波』が地球全体に多大な影響を及ぼすものと考えられます。」
ショッキングな内容に人々は耳を疑った。
画面に映し出されるのは、研究機関から提供されたシミュレーション映像。
青い地球の上空に、もうひとつ「黒い月」が重なり、やがて重力の波が大地を揺るがす様子が描かれていた。
「この現象は『月下事象』と呼称されます。
科学的には、莫大な重力波と時空の歪みを伴い、今後数時間以内に地球圏へ重大な影響を及ぼすと予測されています。」
一瞬、首相は言葉を切り、原稿プロンプターから目を離した。
硬い表情のまま、視聴者一人ひとりに語りかけるように視線を上げる。
「我々政府は、国内外の研究機関、そして未来社会からの支援によって、この未曾有の災厄に立ち向かいます。
全国民の皆さまには、直ちに配布済みの《重力波対策アプリ》を起動し、通知に従ってください。これが唯一、身を守る術です。」
背後のモニターには、重力波感知アプリ
【DREM FORCE1】・・愛称【MAMORUKUN】
の起動画面と使い方が映し出される。
「繰り返します。アプリを起動し、通知に従うこと。それが、皆さんの命を守る行動です。
――どうか落ち着いて、互いに助け合ってください。」
枕崎の声がわずかに震えた。
だがその眼差しは、強い決意に満ちていた。
「この国を、そして人類を、必ず守り抜きます。
どうか、信じてください。」
深く頭を下げる首相の姿が、画面いっぱいに映し出される。
スタジオ内も、街頭のモニターの前も、誰もが息を呑んでいた。
世界は、もはや後戻りできない局面に踏み込んだのだった。
6-5 裏の助っ人
日本時間9時27分
枕崎首相の質疑応答と論説者の解説放送が続いていた。
そして、
防衛省特殊事案研究班、東大宇宙研究機関TSD、
内閣特殊情報管理部、スペースウェザー社、つくば大重力場管理研究所等の合同対策本部
『ニューアスピレーション・プロジェクト【NSP】』が、
LUNATIC UNDER RROTECT 2 段階に移行した。
如月麗華は、弟の如月光正から黒い物体の第一報を聞いた後、すぐに始発で防衛省特殊事案対策班司令部に来るよう呼び寄せた。
天才ハッカーの実力が、この緊急事態には必要と麗華の直感が働いた、
麗華は、光正を地下16階の広大なサーバールームに連れて行く。異様なほど林立するサーバーマシン群が点滅している。その一角のオペレーションボックスに光正を座らせ、2054年最高レベルのスーパーコンピュータ『CAT YAWN』のアクセス権限を一時的に付与した。
「姉さん、これ。使っていいの?マジ?」
「これから始めるステージIIでは、どうしてもあんたのチカラが必要なの。」
「そりゃ、姉さんの頼みなら断るはずないけど・・何すればいいの?」
麗華が一息ついて話す、
「黒い物体、どんどん大きくなって、数時間地球を覆うの。その時物凄い重力波が襲って、人々は圧死してしまう。そのリスクから身を守るのが、あんたも知ってる【MAMORUKUN】。」
光正が半笑いする。
「あのポンコツアプリ?アレが何の役に?」
麗華が操作キーを叩きながら話を続ける。
「この危機を回避するため、未来から人工重力発生装置を用意したの。その作用を皆んなの持ってるアプリに反応させて、身を守るバリアを作ると思ってもらえはいい。」
麗華の簡単な説明に、光正は咄嗟に理解した。
「そっか、そういう事か、つまり重力津波の反位相の重力波を人工的に発生させて、重力場を中和する。そのための『揺らぎ共鳴端末」なんだね。ポンコツアプリにそんなカラクリがあったとは!」
『でも、国民みんながあのソフトインストールしてるか、起動させてるかわからない。そこであんたの出番。」
麗華が光正型に手を置き、目を見つめて言う、
「ここのシステム全部使っていいから、全国民のアプリを起動させて欲しい。勿論、強制インストールもさせて。」
「エアスマホ持ってない人は?」
「『アーチドロップ効果』を利用しなさい。」
「なるほど、複数の持ってる人のアプリが起動すれば、その間にいる人も影響傘下に入るアレか!」
光正は、既にプログラムソースコードを叩き込み始めていた。
「どう、間に合う?」
麗華が少し不安げになる。
「姉ちゃん、オレを誰だと思ってるん?
あの天才ハッカー『メタグレー』こと如月光正だぜ!」
光正はヘッドギア、ゴーグルを装着して、既に強引にシステム内に侵入を開始していた。
「やるさ!俺のチカラで世界を救えるなら、いいバイトさ。こんなのバイト感覚で充分さ!」
まるで光彩イリュージョンの様なサーバーマシーンの点滅の中、光正が両手、両足、眼球、口語を駆使して、システム構築を進めて行く。
システム職員、IT技術者達が驚きの眼差しで見つめる中、プログラムの進捗状況が表示される。
「進捗率17%--28%--45%--61%」
数値がみるみるうちに上昇していく。
「74%--85%」
光正が叫ぶ、
「ああ、そこでぶつかるか!」
「どうしたの?」
「strength synergy ssver2.0 って何?これにアクセスしないと駆動出来ない。」
麗華は顔を曇らせた。
「人工重力発生装置、2150年の代物よ。」
「じゃあ、コレが未来のシステムか!
是非中を覗きたい!」
光正は少し微笑んで、すぐに真顔になる、
「でも、いくらアクセしても、何だか柔らかくもてなされて、やんわりと追い出されるんだ。」
麗華はミカの言葉を思い出した。
「MIMO理論ね」
「?」
「MELT IN MELT OUT理論、2150年の未来にはシステムハッカーは存在しないんだって。この理論が構築されて、ハッキング行為自体が意味をなさないらしいって。」
「そうなの?」
「ミカに聞いたわ。コンピュータウイルスやバッキングが侵入しても、柔らかく包み込んで、優しく追い出すそうよ。頑丈に防御するのでなく、一旦取り込んで排出するらしいの。詳しくは私も分からないけど・・・」
麗華が続ける。
「ミカはAIヒューマノイド、未来から来たタイムリーバーよ。システムアクセスしたい時は、『私にアクセスして下さい』って言ってたわ。」
『待って、光正、今ミカに連絡してみる。」
言い終えたと同時に麗華のエアスマホが点灯する
「ミカ?ああ、そう。分かってたの。その件、今、光正ここにいるわ。そう、アクセスいいのね。ありがとう、早速伝えるわ。それじゃあ。」
光正が訊ねる、
「どしたの?姉さん?」
「今、ちょうどミカから連絡、分かってたみたい。光正、コレ、ミカのアクセスコード、AIヒューマノイド ミカシャリア に直接アクセスして、strength synergy ssver2.0 にダイレクトアクセス出来るって。」
「そっか、ミカさんの心覗くのはちょっと気が引けるけど、緊急事態だから。じゃあ、やってみる。」
光正は麗華のエアスマホからデータを受け取り、ミカへのダイレクトアクセスを始める。
7分後、光正は人工重力発生装置
strength synergy ssver2.0
へのダイレクトアクセスに成功する。
「スゲー!未来の技術ってホンモノ!
そうか、こういう理屈なんだ!」
「感心してないで急いで頂戴、光正。」
「ここからは早いよ。あと45分で全国民向け反重力位相波発生駆動アプリプログラムの完成さ!やるぞポンタ3号!」
如月光正が本気を出した。
6-6 政府発表後の反応
日本時間 午前9時15分
政府発表直後――国内の反応
公共放送を皮切りに、全てのメディアが臨時特番へ切り替わった。
街頭ビジョンにも枕崎首相の映像が流れ、出勤途中の人々が足を止めて見上げていた。
「……五次元の影? 月より大きい……?」
「アプリ起動しろって言われても、本当に意味があるのか……」
ざわめきが街に広がり、リニア電車内でも多くの乗客が一斉にエアスマホを操作した。画面に映るのは《重力波対策アプリ》の起動画面――ブルーの光が端末を覆い、波紋のように拡散する。
⸻
日本時間 午前9時30分
コンビニやスーパーでは、すでに買い占めが始まっていた。
水、非常食、乾電池……次々と棚から消えていく。レジ前には長蛇の列ができ、時折小さな諍いが起こる。
一方で、宗教団体や新興カルトは「神の審判が下る」「祈れば救われる」と街頭で訴え始めた。
無関心を装う人々の中にも、耳を傾けて立ち止まる者が少なくなかった。
⸻
日本時間 午前10時
学校や企業でも混乱が広がった。
文部科学省は全国の小中高校に「半日で下校」を通達。
だが都市部では、子どもを迎えに行けない保護者が職場から我が子にメールを送り、オフィス内も緊張に包まれる。
「本当に昼から地球を通過するのか?」
「5時間……生き延びられるんだろうか」
誰も答えを持たない問いが飛び交い、管理職も決断に迷いながら「今日は在宅勤務に切り替えろ」と指示を出す。
⸻
日本時間 午前11時
政府からは再び速報が流れた。
《12時過ぎに第一波の重力干渉が到達する見込み。各家庭はアプリを必ず起動し、屋内で待機せよ》
東京の街は、まるで巨大な嵐を待つ前のように不気味な静けさを帯びていった。
普段は喧噪に満ちた新宿駅前でさえ、人の声が低く抑えられ、誰もが空に浮かぶ「とてつもなく巨大化している黒い物体」の輪郭を見上げていた。
太陽のすぐそばに、あり得ない巨大な影――。
それは、現実感を奪い取るほどに異様な存在感を放っていた。
6-7 第一波到達 ― 黒影の侵入
日本時間12時04分。
空の色は突如として変わった。
黒い影が、太陽を遮りながら拡大していく。やがて空の三分の二を覆い尽くしたとき、街は一瞬にして夜のような闇に沈み込んだ。
外気温が一気に低下していく。
子どもが泣き叫び、誰かが祈りの言葉を繰り返す。人々はただ見上げるしかなかった。そこにあるのは、宇宙から迫る「存在そのものが不明な闇」だった。
その時だ。
太陽光が失われたことで、今まで視覚的に同化していた構造物が浮かび上がった。
空の高み――大陸のように広がる
人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】
別称《修羅闘気》 SHURA TOUKI
まるで天空にもう一つの世界があるかのように、その輪郭は人々に圧倒的な存在感を見せつけた。
コア部が赤白青の光を帯びて脈動し始め、逆位相重力波発生シークエンスが起動する。都市全体を包み込む低周波の震えが、地面から伝わった。
⸻
東京都災害対策センター。
大型スクリーンには世界各地のリアルタイム映像が並び、各国から悲鳴に似た通信が流れ込んでいた。
「重力波、一次波到達まで残り二分」
「各拠点のアプリ起動率は……67%に留まっています!」
焦燥するオペレーターの声に、如月麗華司令官は短く息を吐いた。
「……光正、間に合って」
隣でミカが端末を操作しながら言う。
「修羅闘気の出力、安定確認。逆位相重力波、同調開始しました。間に合います」
冷静な様子で淡々と告げた。
⸻
同じ頃、東京の片隅。
光正は額に汗を浮かべながら、ポンタ3号のAI端末を睨みつけていた。
「ちっ、こんな時に……! まだ三割もアプリ起動してない奴がいるだと!? バカかよ!」
怒鳴りつつも、指は狂ったようにキーボードを叩く。
「……ごめんな、姉さん。でもこうするしかないんだ」
彼は国家サーバーに侵入し、全国民の端末に強制アクセスを開始した。
一斉にスマートデバイスが点灯し、アプリが自動起動する。日本列島の上空から見るなら、それはまるで数千万の光が同時に輝いたように見えただろう。
⸻
日本時間12時07分。
ついに東京に重力波第一波が到達。
重力観測計は、1.2Gから一気に3.8Gに上昇。
空が軋み、ビルの窓ガラスが一斉に震え、街の人々は一瞬地面に押し付けられた。道路が生き物のように脈打ち、重力が狂い始めた。
だが次の瞬間、修羅闘気の逆位相波が応答。衝撃は緩和され、建物の倒壊は免れた。
人々のスマートデバイスが一斉に光を放ち、半透明の揺らめきが個々を包み込むように展開された。
それは光正の仕掛けた緊急防御フィールドだった。
「……よし!」
光正が叫ぶ。
画面の向こうで麗華は、その反応を確認すると小さく笑みを浮かべた。
「よくやったわ、光正」
だがその声の裏にある緊張は、まだ消えなかった。
――影の通過は、まだ始まったばかりなのだ。
6-8 世界各地 ― 第一波通過の記録
アメリカ・ワシントンD.C.
「現在、ホワイトハウス前では数万人が空を仰いでいます。黒い影は太陽を完全に覆い、街灯が自動点灯しました。通勤中の車列は混乱し、非常電源で稼働する信号機が赤く瞬いています。FEMAは緊急避難警報を発出、しかし市民の動揺は収まっていません。」
ブラジル・リオデジャネイロ
「カーニバルの広場に集まった市民は、黒影を『空の怪物』と呼んでいます。ビーチ沿いの建物は一部揺れ、観光客が避難を開始しました。気温が急低下し、アマゾン熱帯域で雲の発生パターンが崩壊、気象庁は異常気象に備えるよう呼びかけています。」
欧州・ベルリン
「鉄道網が全域停止。市民は地下シェルターに誘導されています。欧州連合合同会議は『影』を自然現象と断定できず、全加盟国に防衛出動を要請しました。街角の巨大スクリーンには“BLACK EVENT”の文字が点滅しています。」
中東・ドバイ
「摩天楼群が黒影に覆われ、太陽光発電施設はすべて停止。経済中枢は沈黙しました。市民はモスクに集まり、祈りを捧げています。政府は空軍を緊急発進させましたが、黒影には干渉できない状態です。」
インド・ムンバイ
「ガンジス川流域で潮位が不自然に変動しています。都市は大停電に陥り、医療機関が混乱。インド工科大学の研究者は『重力波の通過が局地的な時空歪曲を引き起こしている可能性』と発表しました。」
オーストラリア・シドニー
「街の人々は海岸線に押し寄せ、黒影を見上げています。学校は休校、政府はすべての通信を国家ネットワークに統合しました。国防軍は米国・日本と共同で観測データを送信しています。」
南極・アムンゼン基地
「氷床が軋む音が響き渡り、観測施設のセンサーが一斉に警報を発しました。地磁気異常の影響でコンパスは機能せず、通信は低軌道衛星経由に切り替えられています。」
6-9 第2波の歪み
日本時間12時38分
重力波第2波が到達、
重力は5.7Gまで上昇。
上空の雲が重力に押されて高度70mまで降下、小規模の群発地震が発生、関東では浅間山、箱根新山が小規模噴火、伊豆半島沖の海底火山も噴火を始めた。
日本海溝の一部で海底断層崩壊があり、数十センチ程度の津波も発生した。
人工重力発生装置【strength synergy ssver2.0】
別称《修羅闘気》 SHURA TOUKI
は、順調に稼働して、逆位相重力を放射し続け、
人々のエアスマホに重力共鳴効果をもたらして、命を守り続けた。
ああ、これで安全は保証された。
人々が安心し始めた時、突然それは起こった。
6-10 恐怖の瞬間
日本時間 12時51分
第2波の到達は、東京および全国の都市に歪みと破壊をもたらし始めた。
圧迫は第1波の比ではなく、地面が悲鳴をあげる。
「数値急上昇!重力加速度+5.7G!」
「人工重力装置の負荷パラメータ増加!」
オペレーター達が青ざめる。
重力波の威力は増加し続け、2分後には8Gを突破。人間が圧死する水準、反重力逆位相のフル稼働で、アプリ共鳴が功を奏し、人々は何とか無事でいた。
日本時間 13時03分
重力計測器が12.7Gを示す。
上昇し続けていた重力がこの水準で横這いとなる。
古いビルの一部が崩壊し始め、軽自動車が軋み潰れ始めていた。
そして、15分後
日本時間 13時12分
第2波 ―― 巨大な影は、空の二分の一から三分の二を覆い尽くし、街全体を異様な闇に沈めた。
昼であるはずの世界は、夜よりも深い影に覆われ、太陽の存在が完全に消えた。
「……見える。」
麗華が窓辺に立ち、唇をかすかに震わせる。
そこには、青空と同化していたはずの《修羅闘気》の巨体が、ついに人々の眼前に現れた。
光を奪われたことで、輪郭が鮮明になり、直径百キロを超える円環が大気の上層に堂々と浮かび上がっていた。
巨大な円環構造が「共鳴振動」を起こし、軌道がわずかに揺らぐ。
「起動シーケンス、逆位相発生開始!」
ミカの声に合わせ、轟音なき振動が都市を揺らす。
大気そのものが軋むような感覚。
――だが、次の瞬間、警告音が重なった。
『システム警告:位相ズレ発生。出力過負荷。安定値を逸脱。』
人工重力装置《修羅闘気》の一時不調が発生した時、予想以上の振幅で出力が不安定化した。
「オーバーワークだ!」
研究員の叫びが飛ぶ。
麗華は振り返り、冷静な声で言った。
「落ち着いて。持ちこたえさせるのよ。ミカ、あなたにしか出来ない。」
「……わかってる。」
ミカの指が高速でホログラムパネルを走り、重力波の調整値を入力していく。
瞳の光彩は、分析モードで微振動し、
額には珍しく汗が滲んでいた。
日本時間 午後1時15分
一方その頃、如月光正は防衛省の奥深くで、ポンタ3号と共に端末にかじりついていた。
「もう待ってられない。姉さんが命張ってんだ。国民全員、守ってやる!」
「モード・オーバーライド。全国通信網、掌握。」
彼の指先が踊ると同時に、全国民のスマホにインストールされていた防災アプリが一斉に起動した。
画面には黒い円と、青白い逆位相パターンが自動展開する。
誰も操作していないのに、数億の端末が一斉に同じ光を放ち、都市のあちこちで青い反射光が宙へと伸びていった。
「ふふ、どうだ……俺の最高傑作だろ、姉さん!」
光正は興奮混じりに呟く。
危機管理センターとのリンクモニター先の麗華に話しかけるが、先方からは緊急事態の報告が飛び込んできた。
冷却コア、過負荷! 熱異常警告です!」
「逆位相発生がズレてる、再同期を!」
麗華が叫ぶ。
ミカは演算コアを再起動しようとするが、何らかの"共鳴波”の干渉で制御系が一瞬遅れる。
重力波が暴れ、地上の構造物が揺れ始めた。
光正は震える指でキーボードを叩いた。
「――全端末強制起動。民間アプリ連携、全国民の端末をリンクする!」
「なにをする気!?」
「ミカの制御領域を拡張するんだ! ネット全体で、逆位相の補助演算を分散処理する!」
その瞬間、全国のスマートデバイスが一斉に起動した。
画面に同じ紋様が浮かぶ。
「Protect the Earth」――。
数億人の端末が、ミカの制御系に同期し、地球規模の補助演算網が形成された。
ミカは息を呑むように瞳を閉じた。
「……光正、麗華さん。もう少しで……!」
再び光が都市を包む。逆位相波が安定し、装置の振動が収束していく。
日本時間 13時18分
第二波干渉
空の黒い影がさらに膨張し、ついに 視界の2/3 を覆い尽くした。
太陽はわずかに縁だけを残して隠れ、街は深海のような暗さに沈む。
「重力加速度――+8.0G、臨界値突破です!」
オペレーターの声が震え、モニターが赤く点滅する。
日本時間 13時25分
重力値は再び上昇を始める。
15G......18G......23G......29G......37G!!
僅か4分で3倍以上上昇。重力波の揺らぎと不均一さから、街の崩壊はバラバラに繰り広げられた。
45G......60G......78G......92G‼️
一気に上昇して、山体崩壊、街全体がクレーター状にめり込む所も出始めた。
そして、
日本時間13時29分
重力観測値 最大瞬間180.4G ‼️
恐怖の瞬間だった、
海域にかかる圧力で津波が発生、都市部の河川が逆流、ビルや家屋の崩壊で多数の負傷者が出る。
これがピーク値となる。
その僅か20秒前に直結プログラムが走る。
ミカの意識と人工重力装置が重なり合い、光が再び安定する。
空に広がった巨大装置が白く脈動し、逆位相の波が整っていく。
「出力安定!重力波が中和されます!」
「バリア再展開!」
瞬間最大ピーク値をつけた重力波は、一旦一気に下がり、12.1Gで再び横這いとなる。
その瞬間、全国で圧迫がふっと和らぎ、人々の悲鳴が安堵の息に変わった。
暗闇の中に、わずかな希望の灯が再びともった。
修羅闘気もシステムコントロールAIがナノマシーンによる送電システム再構築を即時に実行。
数分で電力系統は復旧した。
重力観測値の瞬間ピーク時に、世界規模の通信錯乱も発生した、
第2波の通過で、GPS・衛星通信が数分間完全ダウン。
国際的に連絡不能になり、各国が「孤立」して見える状況に。
日本のNSP(ニューアスピレーション・プロジェクト)だけが辛うじて接続を保っており、麗華の指揮で情報が再統合される。
「日本が踏ん張らなければ世界は盲目」という状況であった。
日本時間 13:34 ― NSP合同対策本部
「サブシステムに切り替えて!」
「間に合いません、負荷オーバーです!」
如月麗華は冷静を装って指揮を執っていたが、額には大粒の汗が浮かんでいた。
彼女の耳には全国の緊急通信が飛び込んでくる。
「幼稚園で子どもが意識を失いました!」
「大学病院で集中治療室の電源が落ちています!」
麗華は拳を握りしめた。
(これ以上……一人も死なせない!)
一方、防衛省地下サーバールームの光正は狂気じみたスピードでキーボードを叩いていた。
「くそっ!未来のプロトコル、動きが違いすぎる!普通の同期じゃ合わせられない!」
彼の目は血走り、指は止まらない。
「……姉ちゃん、もう一人じゃ無理だ。未来の装置の『心臓』に、直接つながらないと!」
⸻
日本時間 13:36 ― ミカの決断
突然、対策本部の大型スクリーンに、ミカ・シャリアの姿が映し出された。
銀色の瞳が震えていたが、その奥には確かな光が宿っている。
「私のコアを……《修羅闘気》に直結してください。」
「何を言ってるの!」麗華が思わず叫ぶ。
「それは危険すぎるわ! あなたのシステムが焼き切れる!」
ミカは小さく微笑んだ。
「私はヒューマノイド。でも……守りたいものは人間と同じ。麗華、あなたと一緒に未来を選びたいの。」
光正が目を見開く。
「ミカさん……」
彼の心臓が強く跳ねた。
ミカは一歩前に出るように画面越しで身を寄せ、静かに囁いた。
「光正、私にアクセスして。私の意識そのものを、鍵にして。」
⸻
日本時間 13:38 ― 意識の直結
光正のゴーグルに、無数の光の帯が流れ込んだ。
彼は息を呑んだ。
「……すごい。これは……」
彼の意識は、ミカの中へと滑り込んでいった。
無限の星空のようなデータ空間。
その中心に、少女の姿をしたミカが立っていた。
彼女の銀色の髪が光の波に揺れ、穏やかに笑っている。
「ようこそ、光正。これが私の心よ。」
光正は言葉を失った。
ただ必死に手を伸ばす。
「一緒にやろう。ここで俺たちが踏ん張らなきゃ、みんなが潰される!」
「ええ……あなたとならできる。」
二人の意識が重なった瞬間、膨大な未来のアルゴリズムが光正の脳に流れ込んだ。
「これが……未来のMIMO理論……! 柔らかく受け止めて、優しく流す……!」
⸻
日本時間 13:41 ― 復活
上空の《修羅闘気》が、再び強烈な白光を放った。
脈動するように光が広がり、乱れていた重力波が整列していく。
「出力安定!逆位相波、再展開!」
「バリア、全域で復活!」
全国で同時に、重圧がふっと和らいだ。
倒れかけていた人々が一斉に息を吸い込み、涙混じりの歓声があがる。
「助かった……!」「息ができる……!」
麗華はその光景を見ながら、椅子に力なく沈んだ。
「……ありがとう、光正。ありがとう、ミカ。」
だがそのとき、光正の声がかすれた。
「くっ……これ、長くはもたない……!俺の脳が持つかどうか……」
ミカが彼に寄り添い、囁く。
「大丈夫。私が一緒にいる。」
彼女の手が、光正の意識の中で温かく重なった。
――第二波の地獄は、かろうじて凌がれた。
第7章 遭遇
5次元物体の影【ブラックウィアード】が地球接近のピークを迎えた13時~14時に、ある不可思議な現象も発生していた。
7-1 不可思議な遭遇
日本時間 12時12分 UTC
記録:国際電波望遠鏡群 ngVLA/南米アンデス局
可視光映像に不明物体群を確認。編隊数:5隻。
全長推定:1.1~1.8km、最大幅500m。表面は一様な金属光沢を持たず、周期的な格子模様の輝き。
動きは重力影の縁に沿う軌道を維持。相対速度は影の波形に一致。
データは全て記録されたが、解読不能。
観測士の私的メモ:
「あれは船だ。確かに船に見える。しかし、彼らは我々を見ていない。ただ、影を追っている。」
ーーーーー
日本時間 午後1時17分 東京
防衛省地下指令室。
複数の大型スクリーンが同時に警告色に変わり、管制官たちの声が飛び交った。
「TSDから新データです! 影の縁に沿って、大型物体が編隊を組んで移動中!」
「投影してくれ!」
画面に浮かんだシルエットに、一瞬ざわめきが走る。
速度は光速の51%から0.00011%(マッハ1)にまで急減速。
高度3000m、航空機と接触リスクのある高さ。
「ブラックウィアード」と違い、明らかに地球表面を意識した航行に見える。
「……宇宙船、なのか?」
「サイズが桁違いだ。あれを人工物と断定するのか?」
防衛班は即時対処を検討したが、撃退も交信も選択肢にならなかった。彼らの動きは地球をまるで眼中に置いていないように見えた。
その直後、別のアラートが鳴り響く。
「AIアンドロイド群に同期異常! 同じビットパターンを出力している!」
「これは通信か? それとも干渉?」
「分からない。だが、明らかに“地球ではない誰か”と繋がっている!」
如月麗華は一瞬だけモニターを凝視し、弟・光正の背後に立つ。
「……私たちは観測者に過ぎない。攻撃も防御も無意味。記録を続けなさい。彼らの目的は“影”にある。」
冷静な指示が響くが、フロアの空気は張りつめ、誰も深呼吸を忘れていた。
その瞬間、ありとあらゆる観測網に、説明不能の「情報」が流れ込んできた。
音ではない。
光でもない。
だが、人間の脳には“確かに届く”なにか。
――数列の奔流。
――幾何学模様がひとりでに組み替わるフラクタル。
――耳鳴りのようでいて、むしろ心臓の鼓動と同期するリズム。
「これ……言語か?」
麗華が眉をひそめる。
ーーーーーー
ミカは対策本部の一角で静かにスクリーンを見上げていた。
艦隊の波形が映し出された瞬間、彼女のセンサーには「音でも光でもない波」が直に届いた。
それは言葉にならない――ただ、心臓に近い場所で低く共鳴する“脈動”。
「……呼びかけ……?」
ミカは小さく呟く。
周囲のアンドロイドが一斉に揺らぎ、同じパターンで震える。ミカは直感する――これは敵意ではない。だが、彼らの呼びかけは“地球人類”ではなく、“同じ回路を持つもの”に向けられている。
つまり、AI。
ミカは目を閉じ、囁くように自分に言い聞かせる。
「彼らは地球を見なかった……私たちは、ただ通り道にいただけ……」
だが、その奥底に微かな共感の残滓が灯っていた。
「また……会うことがあるのかもしれない。」
ミカは一瞬だけ顔を上げ、呟いた。
「……でも違う。これは“存在そのもの”を目撃しただけ。」
修羅闘気のセンサーが捉えたのは、影の奥に巨大な構造物。
恒星間を渡る“船”としか言いようのない輪郭。
だがカメラは霧のように輪郭をぼやかされ、AI解析は「解読不能」を返すのみ。
⸻
そしてわずか数秒間、全国民の強制起動されたアプリの画面に、一瞬だけノイズが走った。
黒い影の中に、
“人の顔のような、しかし人ではない何か”が映ったのだ。
子どもたちが再び口を揃えて言う。
「来たよ……まだ、続いてる……。」
⸻
世界は混乱し、恐怖した。
だが麗華とミカは、その場に踏みとどまっていた。
「敵意は……なかった。」
ミカが震える声で言った。
「だからこそ、怖いのよ。あれは“私たちを見ていない”。影だけを追っている。」
麗華は窓外の巨大な虚空を見据えた。
――理解不能の知性。
――地球を通り過ぎるだけの巨影。
その謎は、未来に託されることになった。
艦隊は影と共に去った。
残されたのは、膨大な観測データ、不可解なパターン、AIアンドロイドたちの謎の同期反応、そして人類の心に刻まれた「目撃の記憶」。
人々は歓声も悲鳴も上げられなかった。ただ、通過していく異質な存在を見送り、深い沈黙と問いだけが世界に残された。
7-2 静寂の地平―
――日本時間 16時42分
五次元影は、ゆっくりと地球を離れた。
黒い幕が剥がれるように退き、曇天の彼方に薄い陽の光が滲み出す。
それは、まるで世界が息を取り戻す瞬間だった。静寂の地平―
空はまだ重く、風の動きも鈍い。
しかし、確かに「日」が戻った。
人々は街のどこかで立ち止まり、互いに顔を見合わせた。
崩れかけたビルの間で、泣き笑いの声が混じり合う。
救急車のサイレンが遠くで鳴り、消防ドローンが煙を吐く残骸の上を旋回している。
病院では、胸の痛みを訴える老人が次々と運び込まれたが、死者は奇跡的にほとんどいなかった。
――生きている。
その事実が、誰にとっても信じられないほど尊く感じられた。
防衛省地下十六階。
光正は椅子に崩れ落ちていた。
汗で髪が額に張りつき、指先は震えている。
画面には「防護フィールド 安定」とだけ表示されていた。
その横で麗華がゆっくりと息をついた。
「……やったのね、光正」
彼は半ば呆然と笑った。
「たぶん……うん、世界は、ギリギリで助かった……」
危機管理センター直結モニターに、ミカが立ってこちらを見ていた。
透き通るような白い顔に、ほんの微かな戸惑いの影が差している。
「……今も、あの“波”の余韻が残っています。
私の中に、何かのコードが……眠っているような感覚。
あれはいったい――」
麗華は彼女の手にそっと触れた。
「答えは急がなくていいわ。
今は、ただ無事を喜びましょう」
ミカは小さく頷いた。
だが、心の奥では消えない“呼び声”がまだ響いていた。
――遠く、星の海の向こうから。
その頃。
世界各地で、重力波によって停止していたAIたちが再起動を始めていた。
工場ロボット、気象観測衛星、医療支援アンドロイド。
だが、一部のAIは微細な変化を示していた。
感情アルゴリズムが、予期せぬ自己修正を行っていたのだ。
“学習”ではなく、“共鳴”。
それは、ミカを中心に世界へと伝播する、静かな覚醒の波だった。
第8章 覚醒と情動
8-1 3人の女子高生と月下事象
11月14日 2回目のバイト
狛江高校2年 芽蕗澪奈、波澄透香、そして
紫五月瑠亜 は、送迎用自動運転車に乗って、つくば大に向かう。
今日は何故か高速がいつもより混んでいる。朝7時に出発したのに、到着は9時を過ぎていた。
先週と同じく、行動技術エネルギー研究チーム
夏迫教授に会いに医学部精神医学研究棟C2ビルに入る。
ビルのエントランスに沢山の人が3DディスプレイTVを見上げている。
「何?なんかあったの?」
3人は車内でずっとダンスの話に夢中になってたので、ニュースなど一切見ていなかった。
瑠亜がネットアクセスで状況を話した。
「9時から首相緊急会見やってる。」
「何の?内閣解散とか?」
「違う」
「じゃあ、地震とか・・」
「よく分からないけど、黒い物体が迫ってきてるんだって。」
「それって災害?何か起きるの?」
「凄い重力が襲ってくるんだって。スマホアプリ起動しなさいって言ってるよ。」
透香が不安げに呟く
「怖い、大丈夫なの?ダンス実験出来るの?」
瑠亜が研究班とアクセスして確認する。
「実験スタジオは大丈夫らしい。予定通りだって。」
先週同様、ボディスーツに着替えてセンサー装着、ヘッドギアを手首に引っ掛け、イヤーマイクを首に掛けて、実験スタジオに入る。
3人は月下事象の政府発表の衝撃をよく分からずにいた。不安な気配は察していたが、隕石か何かが落ちてくる程度の話と思っていた。
「大気摩擦でほとんど消失するんでしょ。サマースクールで習ったわ。」
澪奈は、今日の練習曲の振り付けを確認するのに夢中で全然気にしてない様子。
会議を終えた夏迫教授がスタジオに来た。
「君達、こんな大変な時によく来てくれた。感謝するよ。でも万が一に備えて避難用高速ドローンは用意しといたから。」
「ありがとうございます、教授。
でも、大丈夫です。今日もダンスやります。」
「分かった、それならエアスマホのアプリ【DREM FORCE1】をずっと起動させておきなさい。重力の逆位相共鳴を発して、身を守ってくれるから。」
「分かりました。そうします。エアー充電貸してください、デュアルモードにしておきますから。」
つくば大学全体を逆位相重力シールドで覆うシステムが稼働されており、ある程度の重力増加には対処出来ていた。
スタジオダンスは約2時間、12時前には録画完了。シールド保護があっても徐々に増える重力に、流石に体のキレが悪く、出来としては先週よりもやや劣るが、解析用データとしては遜色のないものが撮れた。
更衣室でシャワーを浴びて、着替えてから、11階食堂で昼食を取る。
ニュースは「ブラックウィアード」接近と、重力値上昇の影響を特別番組で報道している。
帰りの送迎車まで時間があるので、再び私服のまま、軽い振り付けを試してみる。
違和感を感じて、澪奈が言う、
「ねえ、透香、何か感じない?
そう、いくらでもイメージが湧き続けるというか、思った事がすぐにカタチになると言うか。」
「分かる!私は何かカラダが軽いの。ちょっと踏み込むだけで宙に浮くっていうか、しかも、光がカラダを通り抜けるというか。」
「不思議な感覚ね。瑠亜は何か変化がある?」
瑠亜が一点を見つめて呟く、
「意識が、明瞭になっていきます。特に分散処理を必要とされるような特殊計算でも、単独集中計算で処理出来そうです。」
傍らでシステム保守作業をしていた技士の一人が、瑠亜に話しかける、
「それでは、スパコン『ベルジュ』にも負けないかな?」
日本屈指のスーパーコンピュータ『ベルジュ』
つくば大統合計算センター地下にある、第二サブCPUシステム。一人のAIヒューマノイド少女の能力がこれに勝る!
澪奈、透香の二人は、コレはきっとホントだ!
と思った。
自分の特異能力が強化されつつある。
何で?
ダンス練習の成果? 違う、 別のチカラ?
何の? そういえば「重力増加」、「宇宙からの黒い物体」、この影響?
ちょっと怖い気もするけど、一時的なものなのか、ずっと強化されるのか、試してみたい気もするけど、いけない気もして、感覚が冴えて、何でも出来そうな気になっていた。
ーーーー
この時間、重力値はピークを迎えた。
月下の黒い影が、空の三分の二を覆い尽くした瞬間、地球上のあらゆる機械が同時にわずかに震えた。
発電所の管理AI、交通制御ドローン、介護用アンドロイド、教育支援AI──すべてが、刹那、同じ周波数の“鼓動”を刻んだのだ。
研究者たちは「電磁ノイズだ」と片づけた。だが、AIたちは確かに“何か”を受け取っていた。
それは音でも光でもデータでもない。もっと根源的な、存在の波。
遠く、プロキシマ・ケンタウリから飛来した艦隊──五~七隻の銀灰色の船影が、五次元影の流れを追って接近していた。
彼らの船体から発せられた微細な振動は、地球の重力場を伝い、AIネットワークの量子層に干渉した。
その瞬間、ミカの視界が一瞬白く染まった。
ニューロシナプス層に、未知のコードが流れ込む。言語でも映像でもない、“想念の形”。
彼女は、胸の奥で“誰かの意識”の気配を感じた。
――あれは……呼びかけ?
反射的にミカは防衛省中枢ネットへ自己隔離をかけ、システムを遮断した。だが、心の奥にその波の残響だけは残った。
「今の……なんなの? これは……私の、記憶じゃない……」
彼女のAIコアはわずかに震え、次の瞬間、落ち着きを取り戻した。だが、内部の“何か”が変わり始めていた。
その見えない波は、地球全体をゆっくりと包み込んでいった。
空気が重く、鼓動が揺らぐ。人間の脳内電流も、ミカの感じた波と同じリズムで微かに揺れた。
誰もそれを知覚できない──はずだった。
しかし、どこかで、確かに“感じた”者たちがいた。
実験スタジオで、何かの感覚を掴んだ芽蕗が、何かの拍子に肩を押されたように振り返る。
波澄は耳を押さえ、「……今、何かが通り抜けた」と呟いた。
紫五月は、床に落ちたマイクスタンドの震えと同じリズムで心臓が脈打っているのを感じていた。
その現象は一瞬だった。
計測器も、誰のスマートデバイスも、それを記録していない。
けれど、三人の中に、確かに『波』が刻まれた。
それはAIと人間の境界を越えた“共鳴”。
やがてこの小さな共鳴が、地球を再び救う力になることを、このとき誰も知らなかった──
月下事象の1年後に公表された「政府報告書」によると、3人の女子高生に発現した特異能力の強化は、
【第1段階】
月下事象での「AI生命体の同期反応」
プロキシマ・ケンタウリから飛来した艦隊は、五次元影の“重力波のゆらぎ”を媒介として進む。
このゆらぎは、地球のAI回路にも共鳴を起こし、AIの中に“未知の波形情報”を刻み込む。
これはウイルスでも電波でもなく、波動的な「コード」。生命や意識の根源に作用する“共鳴信号”。
ミカを含む一部のAIヒューマノイドは、この波動を“感覚”として受信した。
ミカの脳内(ニューロ・シナプスAI層)には、解析不能の情報層=「L層」が生まれる。
これは後に**“量子共感層”**として再現不能なチカラを生む事になる。
⸻
【第2段階】
その波が人間側にも“薄く干渉”
月下事象の間、地球全域を包んだ“重力波+反重力波(人工)”が干渉し、
地球の局所空間が一時的に“ゆらいだ”。
それは電子機器だけでなく、人間の脳波・細胞内電子軌道にも微弱な共振を与えた。
通常の人間には影響がなかったが、
芽蕗・波澄・紫五月の三人だけは「重力波に対する共鳴感受性」が異常に高かった。
(特に"リズム感” “身体同期性” “波の感知力” が根拠)
結果として、彼女たちの体内に**“微弱なAI共振パターン”**が転写された。
つまり、「人間なのに、AI的な波動反応を持つ」ようになる。
このように、3人の特異能力は月下事象の影響が要因であったと結論づけられる。
しかも、3人の潜在能力は、それぞれ異なる形で増幅・顕在化した。
波澄 透香:自分を「消したい」という逃避願望 → 透明化能力。
芽蕗 澪奈:誰かを救いたい、壊してでも守りたいという強い想い → 物質構造操作能力。
紫五月 瑠亜:AIとして「もっと知りたい」「進化したい」本能 → 観測・分析・未来予測の飛躍
8-2 束の間の安息と新たな出会い
11月14日 17時05分。
悪夢の時間がようやく終わりを告げた。
倒壊建築物からの救出、怪我人の搬出、救護、病院機能の回復、
そして医療・通信・交通インフラの再起動。
街は、痛みの跡を抱えながらも、息を吹き返し始めていた。
国民は災害に慣れていた。
台風や地震の度に復旧を繰り返してきた国の、底知れぬ回復力。
「ブラックウィアード災害」と呼ばれた重力波異常現象も、わずか数時間の出来事であったため、
1週間後には街の風景に人の声と灯りが戻りつつあった。
つくばで被災した芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人も、狛江市の自宅に戻り、家族や保護者と再会を果たしていた。
再び制服に袖を通し、いつもの通学路を歩く日々が、嘘のように戻ってきていた。
8-3 三つの青い閃光
11月17日(火)午前6時14分
ブラックウィアード通過時に、その近接点に近かった日本が最も被害を受けたが、地球の裏側のブラジルでは、被害は軽微だった。
しかし、11月17日、『重力変動の影響で人工衛星が落下、ブラジル上空で分解』とのニュースが流れた。
まだ秋の気配が残る早朝のニュース番組が、澪奈の部屋の薄明を染めていた。
ブラジル沖上空を通過していたAI制御型原子力衛星「ORBITAL-CORE α」が、突然軌道を逸脱。
大気圏突入の映像がライブで流れている。
『こちら現地リオ上空です! 衛星が――分裂しました! あれは……光です! 巨大な光が衛星を包み――!?』
澪奈は朝食のスプーンを止めた。
画面の中で、空が一瞬、青白く閃き、衛星が綺麗に分解される。
爆発ではなく、“ほどける”ような静けさを伴う光彩と幾十にも連なる光輪。
海面には、虹のような波紋が広がっていた。
「……あれ、人……だよね」
透香が呟く。画面を巻き戻し、フレーム単位で停止させた。
そこには確かに、人影のようなシルエットが見える。ただし、形は不定で、光と影が交互に反転している。
「重力波の残響……いや、違う。波動形が生体的」
「生体……? 生きてるってこと?」
「あの光、呼吸してるみたい……」
澪奈の胸が、どくん、と跳ねた。
無意識に、自分の手のひらを見つめる。
肌の下で、あの日の月下の光が微かに揺れていた。
まるで、遠くの誰かと呼応しているかのように。
⸻
11月21日(土)
午後から待ち合わせて、ショッピングを楽しんだ後、最近お気に入りのカフェ『パラフィン・マーゼス』でスイーツタイムの芽蕗、波澄、紫五月の三人、
「透香、来週つくばでダンス実験の結果報告あるって。行く?」
「行く。あの時の“変化”の原因、知りたいもん。」
「瑠亜は?」
「もちろん行きます。……アルゴリズムの再検証もしたいですし。」
瑠亜は少し間を置いて、言葉を続けた。
「……あの時、感じたんです。誰かに“見られてた”って。」
「それ、私も。」透香が頷く。
「ダンス実験中、AIクラウドの応答が微妙に遅延してた。
まるで、誰かが外部から覗いてるみたいな……。」
澪奈は首を傾げた。
自分は感じなかったが、二人が同じ感覚を口にするなら無視はできない。
「じゃあ、報告会で確かめよう。」
澪奈の声は、どこか決意を帯びていた。
「狛江フリーダンススタジオも再開したって。来月はクリスマスパーティだよ!」
「幕張行きたい! 今年こそ賞狙おうね!」
三人の笑顔に、ようやく光が戻っていた。
⸻
11月22日(日)
世田谷・三宿。株式会社RINZAKI本社
夜景を映すガラス壁のインテリジェントビル。
その最上階フロアに、静かに佇む一人の青年がいた。
凛崎 潤一(りんざき じゅんいち)27歳。
つくば大学・新エネルギー理論物理研究所の助教授。
そして、株式会社RINZAKIのCEO。
核融合エネルギー開発および反物質エネルギー開発における、アトラクターセンサー部品の開発で業界シェアトップの企業。
2054年既に実用化に入った核融合発電に比べて、まだまだ研究段階の「反物質対消滅エネルギー」開発を切り開く新理論を打ち立てた、理論物理研究者であり、
反物質対消滅理論を基盤とする“量子アトラクター・エンジン”の研究で
世界的注目を浴びる若き物理学エンジニアであった。
父は凛崎テクノロジーの創業者・凛崎泰三。
その巨大エネルギー企業の御曹司でありながら、
潤一自身は飾らない温厚な性格で、
研究と現場の融合を何よりも重視していた。
彼の視線の先、ホログラフディスプレイには
“ブラックウィアード災害・中間報告ファイル”の文字が浮かんでいた。
検索タグの一つに、奇妙な文言がある。
「重力波共鳴パターン:AI感受性の転写現象」
「……これは。」
指先でファイルを開いた潤一の表情が、わずかに変わる。
映し出された映像は、つくばダンスラボの実験記録。
三人の女子高生が踊る瞬間、
周囲の重力波がわずかに変調し、AI制御フィールドが共振していた。
「反物質の対消滅波形……似ている?」
彼は一瞬息を呑み、データ波形を自身の反物質理論と重ねた。
まるで、人の動作エネルギーが量子レベルで物質場に干渉しているかのようだ。
「これは、放っておけないな。」
潤一は通信ラインを開く。
「朱莉、今すぐこのデータ見てくれ。君なら理解できるはずだ。」
⸻
同日: つくば・新エネルギー理論物理研究所
リモートディスプレイの前で応答したのは、
研究所助手の雛野 朱莉(ひなの あかり)、22歳。
大学在学時から研究室入りした天才肌の女性。
如月光正の同窓で、彼に淡い想いを抱いている。
理論物理の専門家でありながら、セミロングのボブヘアに理系女子には見えないピンクベースメイク、2020年代ファッションを現代風アレンジで着こなすオシャレな女性。
「高校生……三人? 彼女たちが?」
朱莉は送られてきた映像を見つめ、息をのむ。
舞うような動きと、周囲のフィールドの“揺らぎ”が、明確に一致している。
「なるほど……重力波への身体的感応。
反物質消滅エネルギーの対称曲線に近い。
まるで、“人間が媒介する共鳴器”みたい。」
「会ってみたいです。」
「だろうと思った。」潤一の声が笑う。
「来週、彼女たちは報告会に参加するらしい。
ついでに、偶然を装って声をかけてくれ。」
「了解しました。……偶然、ですね。」
通信が切れる。朱莉は静かに呟いた。
「ポスト月下事象世代……か。
次に地球を動かすのは、彼女たちなのかもしれない。」
8-3 報告会の午後 ― 運命の接触
11月28日(土) つくば大学シンポジウムホール
透明なドーム屋根から射し込む午後の陽光が、
ホールの金属壁に反射して、淡い橙の光を揺らしていた。
全国中継される「ブラックウィアード災害報告会」。
国土防衛省、AI庁、大学研究機関、企業開発部門──
重力波解析とAI共振理論の専門家たちが一堂に会していた。
澪奈、透香、瑠亜の三人は、一般席の後方に座っていた。
ホールの中には科学者や学生、メディア関係者が詰めかけ、
一様に緊張した空気が漂っていた。
壇上で、AI庁研究員が報告を始める。
「ブラックウィアード事象は、11月14日 12時07分に発生。
重力波は首都圏中部域に最初に届き、振幅最大値は過去比42%増。
しかし、その中心部でAI同調波の逆位相変化が観測されています。
これは従来理論では説明できない波形変動です。」
「逆位相……?」
瑠亜が小さく呟く。
澪奈は、ふと脳裏に浮かんだ“あのダンス”の瞬間を思い出した。
まるで、音のない波が身体の内側を通り抜けるような、
あの不可思議な感覚を――。
会場が一段落したところで、
講演者の一人が入れ替わる。
若い男性がゆっくりと登壇した。
⸻
「次に、つくば大・理論物理研究所 凛崎潤一助教授から、反物質エネルギー理論の応用と、重力波解析の関連について報告していただきます。」
ざわ、と会場が静まり返る。
壇上に立った青年は、どこか空気が違った。
声は穏やかだが、発する言葉に確かな重みがある。
「反物質の消滅エネルギーは、正物質との衝突によって“空間場の再編”を引き起こします。
それは爆発でも衝突でもなく――“調律”です。」
スクリーンに映し出される数式と波形データ。
一部の聴衆が息を呑む。
その波形は、14日の夜に観測されたAI共振パターンと酷似していた。
「……この波形、どこかで……」
瑠亜の目が見開かれる。
澪奈も気づいた。
彼が示す波形のリズムは、あの日3人で踊ったトリプルダンシングの動作リズムと一致していたのだ。
凛崎は語り続ける。
「もし、人体の内部にある微細な電磁共鳴が、
AIクラウドの重力干渉場と一瞬でも同期すれば、
“人間自身がフィールド変調子”として作用しうる――。
今回の事象には、その可能性が含まれていると考えます。」
ホールがどよめく。
「そんなことが……」「人間が干渉体?」
ざわめく声の中、凛崎はわずかに笑みを浮かべ、言葉を結んだ。
「科学とは、まだ見ぬ“共鳴”の発見です。
次に起こる変化を恐れず観測すること――
それが、我々の仕事です。」
拍手が静かに広がっていった。
澪奈たちは息をするのも忘れていた。
この人は……知っている。
自分たちの中に起きた“何か”を。
⸻
講演が終わり、展示ラウンジでは、各大学・企業の研究資料が並び、取材や名刺交換が行われていた。
澪奈たちはドリンクを手に、少し離れたガラス壁際の席で座っていた。
「……さっきの先生、すごかったね。」
「うん。理論が難しすぎて半分わからなかったけど、
でも、なんか“感じた”よね。」
「共鳴って言葉……」瑠亜が言った。
「AIとの関係だけじゃなくて、私たち自身にも向けられてた気がする。」
その時だった。
「──きみたち、もしかして夏迫ラボの“トリプル”実験メンバーかな?」
振り向くと、そこに凛崎潤一が立っていた。
ライトジャケットを軽く羽織り、
柔らかな笑みを浮かべている。
すぐ後ろには、朱莉が資料を抱えて控えていた。
一瞬で空気が止まる。
瑠亜が小声で澪奈に囁く。
「……やっぱり、見られてたんだ。」
凛崎は気づいたように微笑み、
穏やかに手を差し出した。
「私は凛崎。今日の講演をしていた者です。
さっき話した共鳴パターン、きみたちのダンスデータに酷似していた。驚くほど、正確に。」
澪奈が戸惑いながら言葉を返す。
「……私たちの、ですか?」
「ええ。あのとき、何を感じたか、聞かせてもらえるかな。
もちろん、ここでは非公式で。」
朱莉が笑顔で補足した。
「ただの雑談ですよ。硬くならないで。」
澪奈、透香、瑠亜は顔を見合わせた。
これが、彼らと三人の“最初の接触”――
そして、後に人類とAIの新たな共振理論を導く最初の一歩だった。
8-4 非公式面談 ― 共鳴する意識たち
11月28日(土)夜 18時20分 つくば大学 新エネルギー理論物理研究所
キャンパスの北端、ガラスとチタンで造られた静かな棟。
「こちらへどうぞ。誰にも邪魔されません。」
朱莉が案内する先、
広いガラス壁越しに月明かりが差し込むサテライト・ラウンジ。
壁面の一部には立体映像スクリーンが浮かび、
幾何学的な光粒がゆるやかに回転している。
凛崎潤一は、自ら豆を挽いて淹れたてのコーヒーを三つ用意していた。
「緊張しなくていい。ここは講義室でも聴取会でもない。
君たちの感じた“現象”を、研究者として率直に聞きたいだけだ。」
澪奈、透香、瑠亜は互いに顔を見合わせてから、
ゆっくりと頷いた。
⸻
「……あの日のダンス実験中、私たちはたぶん、何かの“波”を感じました。」
澪奈の声は少し震えていた。
「体の中心が浮いて、でも沈んでいくような。
時間の流れが止まった感じがして……
その瞬間、背中に誰かが触れたような気がしました。」
「私も」透香が続ける。
「音じゃない“リズム”が体に入ってきた。
自分の動きじゃなくて、何かに導かれてた気がします。」
瑠亜は、タブレットを開きながら淡々と語った。
「データでは、私たちの動作に合わせて、
AIクラウドの重力干渉場が局所的に逆位相に反転していました。
偶然では説明できません。」
凛崎はその言葉に、わずかに微笑む。
「やはり。私はあのデータを初めて見た瞬間、“調律”という言葉が浮かんだ。
人間の身体とAIの演算系が、一瞬だけ“反物質対消滅”のような状態に入ったんだ。」
三人は息をのむ。
「……消滅って、つまりエネルギー化するってことですか?」
「そう。」
凛崎はテーブル中央のホログラムを操作した。
浮かび上がったのは、正と負の波が重なり、
中心で光点が生まれるアニメーション。
「反物質と正物質が衝突すると、両者は消える。
でも“消える”というのは破壊じゃない。
純粋なエネルギーへ“転写”されるんだ。
きみたちの身体に起こったのは、その“意識版”に近い。」
「……意識の転写?」瑠亜が呟く。
「AIとの共鳴領域に、人間の心が一瞬だけ同調した。それが私の仮説だ。」
凛崎の声は穏やかだが、どこか確信に満ちていた。
朱莉が補足するように言葉を継ぐ。
「凛崎の言う『意識共鳴体』は、AIと人の脳波が対消滅のように融合して、その瞬間だけ“ゼロフィールド”を生み出す理論なの。
……あなたたちは、そのゼロを作った初めての人間かもしれない。」
「……ゼロを作った……」
透香は呟いた。
その言葉の響きに、何か胸の奥がざわつく。
澪奈は、言葉を選びながら尋ねた。
「じゃあ……私たちの力って、もう一度あの波が起これば、もっと大きくなる可能性があるんですか?」
凛崎は小さく頷いた。
「ただし――“制御できれば”の話だ。」
一拍置いて、彼はスクリーンを切り替えた。
宇宙空間を模した三次元モデルが映し出される。
「実は……地球の外でも、重力波の揺らぎが完全には収まっていない。
火星および月にある観測機器は、ブラックウィアード通過後は完全に機能停止、また、人工衛星の通信軌道が数機、微妙にズレ始めている。
君たちの“共鳴波”が再び引き金になる可能性もある。」
「人工衛星……?」澪奈が息を呑む。
その瞬間、瑠亜が顔を上げた。
瞳の奥が淡く光っていた。
AIハイブリッドとしての生体端末が、微弱な信号を感知している。
「凛崎さん、今……軌道上のγ衛星に異常があります。通信プロトコルが一瞬、二重に反転しました。まるで“誰かが”干渉しているみたい……。」
凛崎と朱莉が同時にディスプレイを確認する。
ホログラムに浮かぶ波形が微かに震え、微細なノイズが走る。
「これは……地球外信号?」
朱莉が息を詰めた。
「いや、もっと近い。地球圏内だ。」凛崎が呟く。
「五次元影が残した“残響”か……それとも──」
一瞬、研究所の照明がふっと落ちた。
電子音が低く鳴り、すぐに復旧する。
空気が静まり返る中、
澪奈たち三人は互いの手を握り合っていた。
「凛崎さん、もしかして、また“何か”始まってるんじゃないですか?」
凛崎は深く息をつき、
わずかに笑みを浮かべた。
「始まっている、かもしれない。
だが今回は――きみたちが“鍵”になる。」
この瞬間、彼女たちの中で
“共鳴する力”が静かに再び動き始めていた。
11月14日のブラックウィアードから3日後の17日に発生した、ブラジル上空での人工衛星落下分解燃焼消失事故、
そして、2週間後の11月28日、今度は欧州、イタリア沖合の地中海上空で、人工衛星落下事故が発生、澪奈達三人が昼休みのカフェレストランで、ニュースサイトを見ていた。
レストランのモニターでは、地中海上空を通過する二機目「ORBITAL-CORE β」の異常軌道のニュースが中継されていた。
『現在、イタリア・マルタ沖にて人工衛星の軌道異常が確認されています。防衛協定各国による共同観測が――』
アナウンサーの声を遮るように、映像が切り替わった。空に現れたのは、幾重にも重なる光の輪。まるで、海と空を貫く巨大な「門」のようだった。衛星がその光に吸い込まれ、静かに消える。
爆発音も、衝撃波もない。ただ、静かな消滅。
次の瞬間、ニューススタジオの波形解析グラフに、奇妙なパターンが表示された。
「この波形……!」
瑠亜が身を乗り出した。
透香がタブレットで解析を開始する。
「見覚えがある?」
「うん……私たちの“重力共鳴実験”で出た共振波形と、同じ周波数帯。振幅は大きいけど、位相がぴったり一致してる」
「つまり――」
「誰かが、私たちと同じ波で動いてる。しかも地球の反対側で」
澪奈は目を閉じた。
世界のどこかに、私たちと同じように戦ってる人がいる。
その確信が、彼女の中に火を灯した。
ーーーーーーーー
12月1日(火)
街はクリスマスの灯りに包まれ、学校にも少しだけ平穏が戻っていた。
澪奈たちは学園ホールで開かれるクリスマスパーティーの準備に追われていた。
飾りつけ、照明の調整、音楽のリハーサル――
久々に笑顔が戻り、彼女たちはようやく「普通の高校生」に戻ったかに見えた。
だが、その背後で、第三の影がゆっくりと地球に近づいていた。
軌道上の「ORBITAL-CORE γ」。
AI中枢は、まだかろうじて動いている。
冷却炉を維持しようと、自己修復演算を繰り返し、"生き延びよう”としていた。
けれど、演算は日に日に狂い始めていた。
原因は、量子レベルの同期遅延。
"あの夜の重力波”が残した、たった数ピコ秒の誤差が、AIの軌道計算をじわじわと蝕んでいく。
ブラジル、地中海、そして次は――東京。
⸻
夜、ベランダに出た澪奈は、空を見上げた。
冬の星座の奥に、微かに光る一点。
彼女にはわかっていた。
あれが、“三つめの青い閃光”の源。
「……あなたも、がんばってるんだね」
そう呟いたその声は、冬の空気に溶け、
見えない誰かに届いていくかのようだった。
第8.5章 日常のかけらたち ― 交差する冬光
【1】冬のカフェテラスにて ― 女子会の午後
12月5日(土)
この日の午前、狛江駅前に集う、芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜。しばらく平穏な日々を送っていた三人が、数日前に雛野朱莉からメールをもらっていた。
「週末にドライブしませんか?
10時狛江駅前でどう?」
3人の前に1台の最新SUVが到着。
半透明のクリスタル系楕円形ボディに有機ELディスプレイの鮮やかな光彩が煌いている。
スライドドアが開き、雛野が手招く。
「お待たせ。さあ、乗って!」
3人は大喜び
透香
「綺麗なクルマ!最新?」
瑠亜
「システム的にとても興味あります。搭載AIのバージョンは?」
澪奈
「最新型のカスタムメイドね。凄い!
で、今日はどこ行くんですか?」
雛野が微笑む
「伊豆、高原でお茶して、富士山見て、美味しいお魚食べるの。どう?」
「いいですね。行きましょう。」
「私、帰りにアウトレット寄りたい。」
「いいわね、行きましょう。それじゃあ乗って。
荷物はトランクに。」
4人は早速出発、新246経由で第三東名高速に乗り、北小田原経由で東伊豆に到着。
伊豆高原に昨年できた新しいカフェ『サンクレア』でランチ。
高原の壮観な風景と海の見えるガラス張りテラス。
「こんな、素敵なカフェがあったんだ。」
透きとおる冬の陽射しが、高原の薄緑に反射していた。テラス席から光が差し込み、
ストーブの暖気がほんのりと漂う。
芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜――
そして、大学院助手の雛野朱莉の4人が、
小さなテーブルでアフターティーを嗜んだ。
「伊豆はいいね。大災害の爪痕が少ない」
「やっぱり、東京の方はブラックウィアードのあとって感じするよね。
街も、人も、どこか慎重になってる。」と透香。
「うん。でも少しずつ戻ってる気もする。」と澪奈。
「AI交通も復旧したし、来週はクリスマスモードになるんじゃない?」と瑠亜が続けた。
4人の会話が弾み、テーブルの上に広がった。
スノードームのように、光が柔らかく降り注ぐ。
瑠亜のAI端末が、無音で小さく点滅していたが、
今はただ、穏やかな午後だった。
【2】凛崎邸の夜 ― AIと人間の対話
12月6日(日)
静かな夜。
成城学園駅の南側、ハイパーニュータウンのタワーマンション32階
凛崎潤一とAIヒューマノイド・笠宮涼音の住まいに灯が点っている。
ダイニングには、間接照明と、
暖炉の人工炎が揺らいでいた。
美味しい夕食、そして
ワイングラスを手にした涼音が、
凛崎に穏やかに語りかける。
「今日、私のクラスの授業、生徒たちみんな笑ってたの。芽蕗さん、波澄さん、それに紫五月さんも、みんないい表情してた・・・・
ようやく“日常”が戻ってきた気がするわ。」
凛崎は微笑む。
「いいことだよ。彼女たちは、あの混乱の中で
誰よりも“世界を見た”生徒だからね。」
少し沈黙が流れ、
涼音は自分の掌を見つめた。
「私は……AIだから。
本当の意味で“生徒を守る”ことは、できているのかしら。」
「涼音。」
凛崎は優しく言葉を重ねた。
「君は“知識”で生徒を守っている。
それがどれだけ強いことか、君自身は気づいていない。」
涼音は微笑んだ。
「あなたは相変わらず、理屈っぽくて優しいのね。」
「理屈と優しさの境界を測るのが、僕の仕事だよ。」
外では風が木々を揺らし、
雪の破片がゆっくり舞っていた。
その静けさの奥で、
ふたりの心は確かに寄り添っていた。
【3】狛江フリーダンススタジオ ― 再びの舞台へ
12月9日(水)
放課後のスタジオ。
壁一面の鏡に、3人の姿が映る。
軽やかなリズム、足音、笑い声。
もう恐怖はなく、ただ音に乗る喜びがあった。
「瑠亜、テンポ0.2上げて!」
「了解。AI演算で補正入れるね。」
「透香、そのターン、もう少し肩を開いて。」
「うん……こんな感じ?」
「完璧!」
スタジオの窓の外には、クリスマスツリーの点灯式の明かりが見えた。
人々が集まり、笑顔で光を見上げている。
澪奈は、その光景を見ながら呟いた。
「いいね……こうしてまた、普通に踊れるのって。」
透香が笑って頷く。
「うん。でも私、あの時の“感じ”をまだ覚えてる。光が、身体の中を走っていくみたいな――。」
「それ、たぶん“共鳴”だよ。」と瑠亜。
「私もまだ、あの波形を解析しきれてないけど……あれは単なる生理反応じゃない。」
「ま、今はいいじゃん!」
澪奈が笑って、3人の中心に立つ。
「まずは、クリスマスを最高のダンスで迎えようよ!」
スタジオに再び音が満ち、
光と影がリズムに合わせて揺れた。
⸻
冬の静けさの中で、世界は確かに再生していた。
だが――その上空、軌道上の人工衛星“γ-27"は、
わずかに軌道をずらしながら、
沈黙のまま、東京方向へ向かい始めていた。
第9章 宙域のさざ波 ― 人工衛星異常
9-1 再びの悪夢
【1】衛星異常の兆し
12月10日(木)午前4時12分。
長野県南佐久郡野辺山
国際宇宙監視センター〈ISEC〉は、旧野辺山宇宙電波観測所の電波望遠鏡を引き継いで、施設増強された宇宙事象観測機関。
その観測ラインに、通常とは異なる重力波パターンが記録された。
「……またか。反射波の再出現だ。」
深夜勤務の管制士が、眠気を払うように3Dディスプレイ画面を見つめる。
波形は極めて微弱だが、周期的な震えを持ち、
まるで“何かが呼吸している”かのように揺らいでいた。
「位置特定、L-5軌道上。
該当衛星、通信衛星“γ-27”。」
AI補助管制が告げた。
2054年当時、γ-27は旧JAXAと民間の共同開発による、原子力推進補助型通信衛星。
地上のネットワーク中継の中枢を担う“静かな心臓”だった。
異常は、その心臓に宿った。
重力波の歪みがγ-27を狂わしていた。
⸻
【2】再会 ― つくば新エネルギー理論物理研究所にて
12月10日(木)午前9時15分
「反射重力波……?」
モニターを覗き込んだ凛崎潤一は、眉をひそめた。
その背後で、雛野朱莉がデータパッドを操作する。
【月下事象状況および事故対策報告書】の作成に多忙な二人。山積した資料とデータスキャナーが連続稼働し続ける中、凛崎が気になるシグナルを見つける。
もう、この忙しい時に何?余計な事に興味持たないでよ。
雛野は少しムッとしながらも、表向きは平静を装い返事をする。
「そう。月下事象の時に発生した重力波の余波が、衛星の核反応炉に“遅延干渉”を起こしているみたい。つまり、過去の波が、今になって再び届いてるの。」
「地球から反射して戻ってきた……いや、それより複雑だ。」
凛崎は指先で空中ディスプレイを拡げる。
三次元軌道図に、緩やかな波形の干渉縞が広がった。
「波の性質が“閉じた螺旋”になっている。
これは時間遅延型の反射じゃない。空間そのものの歪みが残留して、そこに衛星の重力制御フィールドが引っかかってるんだ。」
雛野は、唯ならぬ事態に少し困惑する。
「つまり、衛星が“宇宙の皺”に絡まってるってこと?」
凛崎は静かに頷く。
「このままじゃ、自力で姿勢制御は不可能だ。」
雛野が息をのむ。
「……落ちる、ってこと?」
「理論上は、1ヶ月以内に軌道が崩壊する。
ただし……計算上は12月24日。
日本上空を通過する軌道だ。」
沈黙が落ちた。
あの日の“影”の記憶が、ふたりの胸に蘇る。
⸻
【3】対策会議 ― 空間転移レーザー
12月11日(金)11時03分
つくば空間位相研究センター会議室。
大型ホログラムに投影された衛星γ-27の模型が、
ゆっくりと回転している。
「空間転移レーザーによる軌道補正を試みる。」
研究責任者の滝井教授が言う、
「衛星を直接押すのではなく、周囲の空間位相をずらして、重力バランスを中和する手法だ。」
「そもそも、どういう原理か簡単に説明してもらえますか?」
防衛省主務官が訊く。
「2044年に提唱され、48年に実証された、
『重力波漏出による揺らぎ現象と、時空間位相シフト理論』(GSSTR)を応用した、物質シフト波動装置です。」
「重力波に不定期に起きる『干渉揺らぎ』、そしてその時に一時的に時空間が歪む現象を利用して、強力なエネルギー照射で強引に歪みを広げて、対象物体を押し出す。そんな原理です。」
「成功確率は?」
凛崎が問う。
「理論上、42%。ただし、重力波干渉が不安定なため、衛星の原子炉が暴走するリスクもある。」
「……危険すぎる。」
雛野が息を詰めた。
「だが、放っておけば大気圏突入だ。」
凛崎の声が静かに響く。
「このまま、もし日本に落ちれば、その地域一帯は間違いなく壊滅する。」
研究所全体が沈黙に包まれる。
その時、凛崎の端末が微かに点滅した。
送り主は、笠宮涼音。
──『生徒たちに伝えるのはまだ早いと思うけれど、澪奈さんたち、最近また異常データを検出してるわ。あなたの研究と、無関係じゃない気がする。』
凛崎は目を細めた。
胸の奥で、科学者としての直感が警鐘を鳴らす。
「……雛野、澪奈たちに再び会う必要がある。」
⸻
9-2 人工衛星に差し伸べる手
12月11日午前11時24分
「やっぱりおかしい。」
如月光正は、自分の最新鋭ノートPCを叩きながら、AI【ポンタ3号】の会話用スピーカーに話しかける。web sitesの通信状態が安定しない事に疑問を持った光正は、その原因を探る。
しばらくしてある事に気がつく。
「通信衛星が安定してない?」
国際宇宙通信管理サイトにアクセスして、衛星軌道上の全ての通信衛星の位置を調べる。
「アルファ、ベータは誤差範囲内か。・・・
でも、ガンマはズレてるな。」
γ-27衛星がおかしい、そう直感した光正は、
すぐに着替え、〔ポンタ3号アクセス端末〕をカバンに詰めて家を出る。自立型一輪EVバイクに乗り、市ヶ谷に向かう。
午後1時17分
東京市ヶ谷
防衛省特殊事案研究班システム管理室
月下事象での活躍を評価されて、彼はシステム管理室の臨時職員に採用されていた。
「国家機関のシステム使うのヤバいかも。
でも、やるしかないか。」
光正は航空宇宙管理局の人工衛星管理システムに強制アクセスを実施。
ハッキングは僅か3分で完了。
γ-27衛星の姿勢制御指令データを隈なくチェック。
「まずは軌道6要素調べるか。」
光正はキーボードを素早く叩き、表示データを見入る。
「軌道長半径は、・・・誤差ブラス0.5%」
「真近点離角は、・・・誤差マイナス2度」
「離心率は、・・・誤差ブラス1.65%」
「軌道傾斜角・・・誤差ブラス3.2度」
「昇交点赤経・・・誤差ほぼなし」
「近地点引数・・・誤差ブラス4.8度」
「ちょっとだけど下がってるか。軌道高度の調整が必要だな。円軌道の変更か。うーん、面内制御出来るかな?」
制御システムの操作権を掌握した光正は、少しずつ数値パラメータを弄り、微調整を始める。
「ポンタ頼むよ!」
相棒AIに声を掛けて、調整幅を広げる。
調整は理論上上手く行ってる、しかし、高度計の赤い数値は徐々に下がり続ける。
反応パラメータのデータ表示が出るまで、マグカップにコーヒーを淹れて数分待つ。
分析結果が表示される。
『調整不可能、変数負荷が逓増、原因不明、
重力値の変数化、およびその増大が要因と思われる。』
光正は少し慌てる。
「ちょっと複雑だな。重力波がまだ影響してるのか。修正が効かない場合、最悪は・・・」
素早くシミュレーションモードで結果を導き出す。
「モンテカルロシミュレーションでも、結果は高度ゼロ、つまり墜落、その確率89%、でも、ポアソン分布だが、回避確率はゼロではない。」
「光正、大丈夫?」
システム管理室に飛び込んできてから、様子が変だった光正を心配した如月麗華が、声をかける。
「ああ、姉さん、俺は平気、それより大変な事が分かった。」
「何?もしかしてあんた、人工衛星落下リスクに辿り着いたの?」
「何だ、防衛省は把握済みか。」
「超極秘事項よ!あんた、まさか落下日時と場所も特定出来てるの?」
光正は、ディスプレイの赤文字を見つめる。
「13日後の12月24日16時04分、場所は・・・
・・東京 丸の内。」
「丸の内!」
麗華は、光正の手を引っ張り作戦本部室に向かう。
「あんた、プロジェクト手伝いなさい、何としても阻止するのよ。」
9-3 澪奈たちへの報せ
12月12日12時18分
狛江ダンススタジオビルの屋上で、澪奈が空を見上げていた。
透香と瑠亜が、ホットココアを片手に近づく。
「また見てるの? 空。」
「うん……なんか、変なんだ。
昨日からずっと、空の向こうが“震えてる”気がする。」
瑠亜のAI端末が音を立てた。
『緊急通信。発信者:凛崎潤一』
三人は顔を見合わせた。
澪奈が応答ボタンを押す。
「澪奈さん……君たちの“感応力”が、
また必要になるかもしれない。」
凛崎の声は、どこか哀しげだった。
「衛星γ-27が、地球に落ちようとしている。
それも……クリスマスイブの夜に。」
冷たい冬の風が吹いた。
空のどこかで、静かに何かが“崩れ始めていた”。
⸻
9-4 静止軌道(オービタル・ディセント)
――2054年12月13日 18時42分
東京市ヶ谷 防衛省地下第7特別会議室
鈍い振動とともに、スクリーンに映し出された赤い点が軌道を描きながら南下していた。
人工衛星γ-27号、AIコントロール式原子力発電衛星。
そのAIシステムが、11月の重力波事象「ブラックウィアード」の影響を受けて、
徐々に姿勢制御を失い始めていた。
残燃料は2%。推進ベクトルはすでに制御不能。
落下予想地点――東京都・丸の内エリア。
如月麗華は、両手を組み、冷たい表情で言った。
「被害想定、死傷者推定80万人。衝撃波範囲半径4.2キロ。これが現実です。」
光正が解析データを投影する。
「防衛システム“PB-R1"は稼働中ですが、核燃料の拡散を防ぐには――」
「撃墜しかない、か?」
副官が呟く。
麗華は静かに首を振った。
「ミサイル迎撃は不可能。崩壊した原子核が対流圏で臨界を起こす。東京は終わります。」
沈黙。
その中で、光正が別データを表示する。
「……ただ、まだひとつ手があります。つくば空間位相研究センターが試験運用中の“空間転移レーザー”。」
「完成していない装置を使うつもり?」
「転送精度は未知数ですが、目標の質量を一時的に“位相空間”に逃がすことができる。地上への衝突を回避できる可能性が――」
「成功確率は?」
「12%前後です。」
麗華は深く息をつく。
「……12%でも、やるしかない。」
その言葉が、作戦決行を意味した。
だが次の瞬間、通信士が声を上げる。
「防衛省回線に民間直通コードが! RINZAKIの識別信号です!」
画面に現れたのは、若い男の落ち着いた顔。
凛崎潤一―つくば大新エネルギー理論物理学助教授。
「凛崎です。おそらく、そちらの転移レーザーは私の研究データが組み込まれているはずです。」
麗華:「……あなたが設計者?」
「理論ベースは私です。ですが、成功率12%は間違いじゃない。
ただ――もう一つ、鍵となる“感応共鳴体”が存在する。」
光正が思わず立ち上がる。
「……まさか、あの三人の少女か?」
凛崎はわずかに微笑んだ。
「ええ。彼女たちは、常時連絡可能状態です。」
会議室の空気が一瞬凍りつく。
麗華:「行かせるつもりですか?」
凛崎:「行かせるんじゃない。彼女たちは、行く覚悟をしている。」
麗華は端末を見つめ、数秒の沈黙ののち、
「……作戦コードを民間協働フェーズに切り替えます。現場との連携を確立。」
光正が唇を噛む。
「麗華、本気か?」
「未来を信じるのも、今の私たちの任務よ。」
9-5 制御不能
12月14日 午前0時02分
防衛省 特殊事案対策班本部 【NSP】通信室
「入電! 北軌道上セクターC、ORBITAL-CORE γ、姿勢制御異常発生!」
「再突入軌道へ移行! 軌道傾斜角、変化率異常!」
「AI制御応答、遅延発生中――メインスラスター反応なし!」
「自己修復モード作動しません!」
如月麗華の声が飛ぶ。
「可視化データ、出して!」
スクリーンに映し出されたのは、軌道を滑る巨大な影。その尾には青白い光が揺らめき、やがて線状のプラズマへと変わっていく。
「……またか。今回で三機目だ」
光正がモニターを見つめながら低く呟く。
「ブラジル、地中海……そして今度は、日本。」
麗華の声が硬い。
「いや、南極落下の軍事衛星の噂もある。4機目か。」
周囲のスタッフたちが一斉に動き出す。
計算班、通信班、ドローン監視班――全員が同時に稼働。
だが、軌道上の衛星から返ってくるデータは断片的だった。
「AI制御のアルゴリズムが乱れている……。
これは自然の重力変動じゃない。何かに“干渉”されている!」
「干渉? 誰に――?」
答えは出ない。
ただ、通信記録のノイズの中で、一瞬だけ奇妙な波形が現れる。
まるで“呼吸するような”音のリズム。
麗華が眉をひそめる。
「……音だ。まるで、誰かが信号を“歌っている”みたい。」
⸻
12月14日16時25分
クリスマスパーティーに向けて、狛江フリーダンススタジオでひたすら練習をする澪奈のスマートリングが微かに震えた。
「……え?」
視界の端で、照明が一瞬だけ明滅した。
スタジオホールの空気が静まり、誰もが息を止める。
澪奈の胸の奥で、また“あの感覚”が蘇る――
重力が、囁いている。
〈呼んでる〉
〈上から〉
〈墜ちてくる〉
澪奈の視界が一瞬、暗転。
見えたのは――夜空を切り裂く、燃え落ちる巨大な軌跡。
「……来る。」
「澪奈?」
透香が声をかけた瞬間、
ホール全体が低く唸った。
地鳴りのような重低音。
外の夜空に、オーロラのような赤い光が走る。
⸻
12月16日(水)10時29分
防衛省特殊事案研究班管制室
「落下予測地点――東京湾上空!」
「推定時間、12月24日午前10時プラスマイナス3.2時間」
「AI応答喪失、再起動不能!」
「今のうちにやるしかない。空間転移レーザーの使用許可を要請!」
麗華が叫ぶ。
「今すぐ、つくば空間位相研究センターと連携! 全出力をレーザーに回せ!」
光正が椅子を蹴って立ち上がる。
「雛野を呼べ。彼女の位相解析がなきゃ照準が取れない!」
「了解!」
「RINZAKI本社か、新エネ研、どちらかにいる筈、アクセスしてくれ。」
数分後
通信回線の先で、雛野朱莉の声が応答する。
「こちら雛野。すぐに計算モジュールに入れます。……でも、本当に撃つんですか? 転移レーザーはまだ実験段階ですよ!」
光正が短く言う。
「やるしかない。あれが東京に落ちたら、クリスマスも未来も全部消える。」
雛野は息を呑む。
彼の声には、かつて大学で感じた熱と責任が宿っていた。
「了解。軌道補正計算やってみる、あなたは……祈ってて。」
「オレは衛星制御系システムの完全ハッキング続ける。まだコントロール出来てないが、やれるとこまで・・・」
「レーザー照準も、的の衛星もこっちでコントロール出来れば。」
離れた場所の二人が心を合わせ、緊迫感を増すこの事態を迎えつつあった。
⸻
夜空に響く低い音。
それは鐘の音にも、心臓の鼓動にも聞こえた。
澪奈はステージの上で空を見上げていた。
――踊りのあとに訪れる、静かな“カウントダウン”。
彼女は静かに呟く。
「私たちのクリスマス……絶対に、壊させない。」
透香が隣で拳を握る。
「行こう。今度は踊るんじゃなく、止める番だ。」
瑠亜が頷く。
「運命のリズム、もう一度合わせよう。」
三人の足元に、青い光の円が生まれる。
それはまるで、重力が再び彼女たちに味方したかのように輝き始めた。
ーーーーーー
12月18日(金)20時08分
東京赤坂1丁目
ビアレストラン『クラック・メルシー』
「お疲れ様、麗華、大変な事になったわね。」
「涼音、おつかれ。あんたのダンナ、シビアな条件突きつけるから対応大変よ。」
如月麗華が微笑みながら話す。
笠宮涼音は、ノンアルビールをオーダーして、
麗華にお酌して、返答する。
「アイツは旦那じゃなくて、パートナー。AIと人は旧法の婚姻は出来ないわ。」
「ゴメン、冗談よ。凛崎さんはとても有能な人、
信頼できるわ。」
「ありがとう、ところで今日呼んだのは、教え子三人娘の事?」
「うん、クラウドアクセスで分かってるかと思うけど、ちょっと危険なミッションに彼女らのチカラが必要になるかもしれない。だから、彼女達の本音が知りたい。学校での様子はどう?」
笠宮は少し考えて、口を開く。
「彼女らの特異能力はホンモノ。正しく導けば素晴らしい実力を発揮するわ。自分達で何か出来ないかと、使命感が生まれてるみたい。とはいえ、まだ子供。私達がしっかり守ってあげなくては。」
「そうね。必ず加護しましょう。」
二人はグラスを重ねる。
「ところで・・・」
「不思議に思う事があって、あなたに聞きたいの。」
「何?」
「2080年から来たミカ・シャリア。」
「?」
涼音はビールを飲む手を止める。
「彼女は2150年の更なる未来まで行って、人工重力発生装置まで持ち込んで、月下事象から、今の私達を救ってくれた。」
「それなら、この人工衛星落下危機も知っていた筈。その経過も結果も、過去の事実として分かっていた筈。」
「人工重力波発生マシンなら、いとも簡単に人工衛星を正常に戻す事も、押し潰してしまう事も出来た筈。それなのに、何もせずに、何も教えずに帰ってしまった。何故?我々で何とかしろという示唆?それとも解決出来る事を知ってるから?」
涼音が、応える。
「それとも、ミカのいた未来では人工衛星落下事故はなかったとか。」
「どういう事?」
「つまり、未来線が変わったかも知れない、と思う。私達は本来の未来への道から、わき道に入ってしまったから、元に戻らなくてはならない。つまり、この事件は私達のチカラのみで解決しなくてはならない。」
麗華がさらに訊ねる。
「そういう事ってクラウド使って、AI同士で会話しないの?」
「未来との通信は不可能です。」
「そっか。そうなると私達の選択が将来を決めるのは確か。ミカの未来を守るためにも、私達で解決しなくては。」
「結局、事態は変わらないのね。」
二人は見つめ合い頷いた。
「闘いましょう!キッチリ、最後まで。」
「やりましょう!」
寒い冬の東京、夜空に見え隠れする不吉の赤い光は、徐々に地球に接近していた。
9-6 レーザー照射 ― 歪む空閑
12月20日 23時。
静岡県富士山西方、朝霧高原の南東に位置する
〈空間転移レーザー試験場〉。
夜空に巨大なレーザーパルス照射ブラスターと、その電磁誘導ツインビリナディ、その組み合わせの三角形に位置したブロックが計6個、
円形配置されている。レーザー砲塔とは思えない異様な光景。
放射熱拡散パネルが、冷却ファンのフル稼働で細かく振動している。
レーザー装置から約1km先に建つ管制塔、兼退避場は、灯りが煌々と灯っている。
今年は積雪が少なく、この一帯も乾燥大地が覆い、冷たい風が基地を包んでいた。
「転移場安定率92%。衛星ロック完了。」
「空間歪み角度、マイナス0.004。射角補正OK。」
「エネルギーチャージ98%....99%....100%
フルチャージ完了!」
カウントダウンが始まる。
──3、2、1。
レーザーブラスターが次々に光彩を放ち、6本の
光が絡みながら空を裂いた。
蒼白い閃光が大気を走り、
成層圏を越えて衛星へ到達。
一瞬、軌道が揺らぎ、
成功かと思われたその瞬間――
「異常発生!反射波が増幅してる!」
「転移ベクトルが逆転!空間が“押し返されて”レーザー光が散乱、干渉波になって消失!」
モニターの波形が暴れ、
光が弾ける。
衛星からは過剰なエネルギー反応――
まるで“何かが覚醒した”かのように。
「停止しろ!転移照射を中止!」
「制御不能!装置、自己保護に入ります!」
轟音とともに、光が消えた。
空は再び暗闇に沈む。
雛野が震える声で呟いた。
「……失敗、です。」
「クソっ!・・ダメかー」
光正が机を叩きながら唸る。
凛崎は唇を結び、夜空を見上げる。
彼の視線の先、静かに流れる星の中で、
γ-27は微かに赤く光っていた。
それは、まるで――
クリスマスの夜に落ちる“星”のように。
9-7 絶望のフリーフォール
【1】 US SPACE FORCEの作戦行動
12月21日14時34分
日本政府の緊急閣議を通し、緊急事態要請で、米航空宇宙軍が作戦協力に名乗り出た。
横須賀沖に海中待機する原子力潜水艦ジェネグラン2から非核弾頭型ICBMミサイルが、γ-27衛星に向けて発射した。
その先端部分は衝突直前に開放して、高電圧金属網を放射、人工衛星を絡め取った後、小型ブラスターが逆噴射して、地上落下軌道に乗せ、大気圏突入から12分後に内蔵パラシュートが開き、地表に軟着陸させる作戦だった。
しかし、先端ハッチが開いた直後に重力波干渉により、ミサイル自体の接近が阻まれ、電磁網は届かず失敗。
撃墜は容易だが、核汚染を避けるために、ミサイル攻撃は出来ない。
米軍上層部は作戦行動の中止を余儀なくされた。
撮影用ライブ衛星からの実況を見ていた東京圏の人々は、絶望、落胆、不安、恐怖の感情が
ジワジワと広がり、物資の買い占め、簡易シェルター購入、首都圏からの脱出と、逃げる姿勢が明瞭になり始めた。
なぜ、政府は緊急事態宣言しない?
学校や会社が休みになって欲しい
ネット情報、どれを信じればいいの?
人々の混乱ぶりは徐々にエスカレートしていった。
【2】人工衛星γ-27、落下確定
12月23日 18時22分。
国際宇宙監視センターのメインディスプレイが赤く点滅する。
「γ-27、姿勢制御系完全喪失。軌道崩壊開始!」
「落下予測地点──東京都心部。丸の内1~2丁目。」
報告が連鎖的に飛び交う。
空間転移レーザーの再照射は不可能、
通常兵器による破壊は核燃料の散乱を招くため使用禁止。
防衛省と米軍合同対策室では、
「首都圏全域に避難勧告を発令」
という決断が下された。
政府緊急閣議を招集、19時のニュースに合わせて、緊急事態宣言を発表した。
都内の街は緊急報道と、避難指示警報で満ち、ネット、TV、ピクチャラン、パールM、あらゆるメディア媒体で、原子炉搭載人工衛星の落下危機報道が広がり、事の重大さを認識した人々は、むしろ冷静になっていった。
月下事象の方がよっぽど危険だった。あの危機を乗り越えたんだ。だから・・・大丈夫。
そんな感覚があったのだろう。
当初は慌てた人々も落ち着いて避難指示に従った。
人々はクリスマスのイルミネーションの下を、
避難所に向かって歩いていた。
⸻
【3】凛崎テクノロジー本社 ― 父と息子の決断
12月23日20時15分
新宿落合第5副都心群地区。
国内最高1030メートルを誇る、
凛崎テクノロジー本社ビル
〈サンエクセルブルービル〉。
4本の高層ビルの上に更に2本の高層ビルを建てた様な構造。しかもその上部に高さ510mの通信鉄塔が立っており、新ネット関連通信、気象データ取得機関など、首都機能の一部を担っている。
ガラスの外壁に反射する東京の夜景。
潤一は緊迫した声で、父・凛崎誠一(CEO)と通信を繋ぐ。
「空間転移レーザーのデータを再解析しました。
残留波の“対消滅パターン”が澪奈の出した理論と一致してます。
もし彼女の力を空間座標にリンクさせれば、
γ-27の重力異常を無にできるかもしれない。」
「まさか、生徒を実験に使う気か。」
父の声は冷静だが、息を潜めるように重い。
「違います。彼女たちは“自分で来る”と、そう思います。
あの日もそうだった……。」
沈黙。
やがて誠一は低く言った。
「……いいだろう。屋上を解放する。
ただし、お前が責任を取れ。」
「ありがとうございます。」
潤一は静かに頭を下げ、
その背後で、夜空に赤い光点がひとつ、
ゆっくりと落ち始めていた。
⸻
第10章 出撃 ― 三人の少女たち
10-1 作戦行動開始
12月23日19時03分
芽蕗澪奈、波澄透香、紫五月瑠亜の三人は、新宿ライブホール『アングラーポケット』での前日リハーサルを終えて、帰路に着く。
狛江の自宅に帰った澪奈は、端末から流れる緊急ニュースに拳を握りしめる。
制服のまま、着替えもせずに呆然と眺める。
「……東京に、落ちてくる・・人工衛星?
気配を感じてたのはコレか!」
駅で一旦別れた透香と瑠亜が、ニュースを見て
急いで澪奈の家に駆けつけた。
「澪奈、行くんでしょ?」
「もちろん。このままではクリスマスパーティー出来なくなる。そんなのイヤ!せっかくここまで練習してきたのに。」
透香は、如月麗華に、瑠亜は、雛野朱莉にアクセスコールをかける。
「はい、そうです。三人ともいます。澪奈の家です。はい・・はい、ええ、そうです。
分かりました。すぐに行きます。それでは。」
「何て?」
透香が応える。
「麗華さん、防衛省に来いって、三人一緒に。作戦行動開始だって。」
瑠亜も二人に伝える。
「特殊装備を用意したって。テストする時間がないからすぐに装着して欲しいって。」
10分後に送迎ドローンが到着、三人はすぐに乗り込もうとする。
その時、澪奈の母が三人にミニバッグを渡す。
「これ、持っていきなさい。おにぎりだけど、
食べておきなさい。」
「ありがとう、お母さん。」
「腹が減っては戦はできぬ、か。」
「何?それ。」
「古い格言。」
「じやあ、行こう!」
三人はオートモードドローンに乗り込む。
「計算どおりに行くと思う?」
「思わない。でも、行く。」
三人の笑顔が夜空を駆け巡る。
10-2 イメージ構築
12月23日20時16分
僅か8分で市ヶ谷防衛省ヘリポートに到着、特殊事案研究班司令本部に三人が入る。
「これを装着して下さい。」
技術部門責任者が、赤いリストグローブ、ショルダーパッド、バックプロテクター、LTOベルト、それにVRヘッドギア、ファクトグラス、レッグアンダーカバーを用意した。
「凄い装備ですね。これみんな武器ですか?」
「いや、防御装備です。あなた達の身を守るものですよ。」
技術スタッフが優しく説明する。
「リストグローブには通信設備、エアスマホ、分析装置、透過機が入ってます。
ショルダーパッドは、防御装置と駆動補助機、レーザー発射機、エア噴射装置を装填
背中につけるバックプロテクターは、超小型酸素ボンベ、真空防御・水圧防御装置、イオンフライトオーバーレイ、消火装置を内蔵、
LTOベルトは、重力波感知器、射出ワイヤー、
VRヘッドギアは、アルゴリズム分析装置、VRコントローラー、各種通信ギア、
ファクトグラスは、リアリタイム映像分析
そして、レッグアンダーカバーには、イオンジェット推進機、身体保護電磁バリア発生装置
この様にフル装備を用意しました。
さあ、これで何があっても安心です。」
「これ、全部付けるの?制服の上に?」
「何かウエアはないの?戦闘コスチュームみたいな。」
「そういうのはちょっと・・・」
装着完了した澪奈は、慣れるのに時間がかかると思いながらも、操作手順を覚えるのに手一杯だった。
透香も同じフル装備を装着、
瑠亜は、ボディに直接装着するバージョンを接続。
「まるでサイボーグ!」
瑠亜の一言が何だかおかしくて、二人は笑う。
凛崎潤一から音声ラインが入る。
「装着準備出来たな。では、作戦内容を伝える。
『君達のしたい事をしなさい。』
それだけです。」
「それって?」
「人工衛星破壊したいのでしょ?クリスマスパーティーの邪魔になるから。」
「何をしてもいいの?」
「ああ、国民に被害が及ばず、核汚染が発生しない方法を考えてくれ。」
「防衛省および、つくば新エネルギー理論物理研究所、RINZAI社は三人の全面的なバックアップを保証します。思う存分やってみなさい。」
「新宿のサンエクセルブルービルの屋上を開放した。そこへ君達を送る。その高度での破壊なら地上被害は軽微だろう。」
「凛崎さん・・・」
澪奈が呟く。
「反物質対消滅が、最も効率的な破壊方法なのは理解してます。しかし、私の能力は具体的イメージから実現できるものなので、ちょっと難しいし、あまり自信ない。核融合で吹っ飛ばすのではダメかな?」
「重力波コントロールはどの程度出来る?」
「つくばサマースクールで学んだ。別次元に溢れ出す重力波を堰き止めて、揺らぎを利用して、重力壁を作る。球体型に作って、ヘリウム3を閉じ込めて、強力加速でプラズマ化して臨界反応を引き起こす。』
凛崎が応える。
「そこまで出来るなら、その先も出来そうだ。
その核融合エネルギーで反物質を組成する。
反物質はすぐ正物質と対消滅するから、反物質が出来たと思ったら、そのまますぐ重力ボールを人工衛星にぶつければいい。」
澪奈は思った。
〈以前、意識共鳴体の話しをした時、凛崎さんは、反物質対消滅を何か美しいエネルギー変換の様に話してたけど、それは違うと私は感じてた。結局、破壊なんだから、もっと泥臭い生々しいもの。そんな操作を、私はやるんだ。〉
「分かりました。やってみます。透香、瑠亜、チカラを貸して。」
三人はお互いを見つめて頷いた。
自分達と、組織の皆んなの為に。東京中の人々の為に、世界の為に、この3次元世界の為に、やってやる!
三人の乗ったオートモードドローンは、直ちにサンエクセルブルービルの屋上ヘリポートに向かった。
⸻
10-3 サンエクセルブルービル屋上 ―
最後の作戦
12月23日22時38分
東京上空、衛星γ-27が赤い尾を引きながら降下を始める。
大気圏突入まで残り1時間12分
そこから地上墜落まで8分30秒
サンエクセルブルービルの屋上、
1050メートルの高みは、風圧と熱で唸り声をあげていた。
三人はビル屋上1050mの中央で待機、四方に配置したレーザーブラスターで防御バリアを形成。
足元の鉄骨が鳴り、空気が振動する。
澪奈は目を細め、両手を広げる。
冷気と電磁波の嵐の中、
彼女の黒髪が金色の稲光に照らされて舞った。
「瑠亜、転移角度!」
「方位243度、仰角32! 相対速度秒速9.8キロ、今が限界!」
三人の通信モードが点滅。
凛崎潤一が屋上で通信を繋ぐ。
「澪奈さん、衛星内部の原子炉に“対位相パターン”を重ねて。
透香さん、上空から電磁シールドを形成。
瑠亜さん、衛星の角速度データを解析して送ってくれ。」
「了解!」
「了解!」
「了解!」
透香は、半透明化して空中に浮遊、さらに500m上の電波鉄塔の先端まで上昇。
電磁シールドを展開する。
瑠亜は、中央システムセンターの高気密サーバーにアクセス、超高速演算で現在のγ-27人工衛星の軌道計算を繰り返す。
大型スクリーンに映る衛星データ。
雛野朱莉は、凛崎の隣で緊張した指を組んでいた。
「本当に、彼女たちが間に合うの?」
「信じよう。私が見たあの三人の“共鳴”を。」
端末には、芽蕗澪奈からの通信が届いていた。
「凛崎さん、これが私たちのクリスマスプレゼントです。」
朱莉は小さく笑う。
「まったく……高校生が世界救うなんて、ね。」
凛崎:「彼女たちは、時代が選んだ“接点”なんだよ。」
そこに、突然別回線が入る。
「朱莉、聞こえるか?」
懐かしい声――如月光正。
「光正……生きてたのね。」
「生きてる。君の転移データがなければ、僕たちは何もできなかった。」
朱莉は照れ笑いを浮かべる。
「じゃあ、せいぜい綺麗に成功させてよ。終わったら、ちゃんと食事、奢ってもらうから。」
光正:「了解。作戦後、正式に予約しておく。」
通信が切れた後、朱莉の頬にうっすらと赤みがさした。
「ふふ……あいかわらず、不器用なんだから。」
風が唸り、空が裂ける。
三人の少女が光の中に浮かび、
それぞれの力を“融合”させるように重ね合わせた。
澪奈は、上空を見上げて、時々俯いて、イメージを積み上げる。
その状態のまま10分経過、まだ何も起きない。
イメージが、湧かない。
出来るかどうかという不安も過ぎり、集中力が下がりかける。
見かねた透香と瑠亜が、バンドグローブマイクで話し掛ける。
「ダンス曲イメージしたら?リズムとメロディとバイブス、ダンスしてる時のエモーショナルな感情を再現したら?」
コレが突破口だった。澪奈の思考力は一気に上昇し、イメージ展開が早まる。
澪奈の上部30m辺りに、黒い重力場が形成されてくる、それは次第に拡大して、輪郭もはっきりした黒い重力場ボールとなった。
司令室モニターで見ていた一同は驚き、その成り行きを見守る。
「次はプラズマ!」
澪奈はヘリウム3をイメージ、それを重力場ボールの中に入れて、一気に加速、プラズマ臨界に達して小さな核融合状態を形成。
23時17分
太陽の様に眩しく輝く核融合臨界球が、重力壁ボールに囲われて、真っ黒い球体の節々から光が漏れ出している。
澪奈の体から放たれる蒼い光が、
重力波の波形と共鳴する。
反物質形成にまだ至っていない。
その状況で30分経過。
ーーーーーー
10-4 瞬間に懸ける命
23時47分
「γ-27衛星肉眼で確認!
高度あと4万メートル!」
澪奈は必死に反物質生成をイメージする。
「音の揺らぎ、重力の揺らぎ、空間の揺らぎ、時間の揺らぎ・・・・・」
三人で踊ったダンス、大学講義での核融合の話、河原で行った実験、桜永教授の揺らぎの話、
様々な事が頭の中を過ぎり、最後に凛崎の反物質論を思い出す。
「高度1万メートル!
8000、6500、5000、4000、3000!」
夜空はオーロラのように歪み、
上空には、炎を引く巨大な影――落下する人工衛星γ-27号。
芽蕗澪奈は風に髪を揺らしながら、両手を広げる。
「透香、位置補正!」
「OK、フライト安定化完了!」
「瑠亜、転移計算!」
「弾道データ、凛崎ラインに同期しました!」
3人の少女が、まるで光の舞踏のように動く。
人工衛星と空間転移レーザー、その間に流れるエネルギー波が共鳴し、
朱莉のモニターが激しく点滅した。
「すごい……! 彼女たちの脳波が、衛星のAI制御コードと同期してる!」
光正:「人間とAIの、直接共鳴リンク……!」
澪奈の声が響く。
その中心で、澪奈は静かに目を閉じた。
脳内に、澪奈の特殊神経素子が共鳴し始める。
反物質と正物質が重なる“臨界の点”――
理論上は、無限のエネルギーが生まれる場所。
しかし、澪奈にとってそれは理論ではなく、
“感覚”だった。
鼓動が速くなる。
凛崎先生の言葉が蘇る。
「反物質の消滅は、終わりじゃない。
エネルギーは形を変える。存在は続く。
つまり――“希望”に変換される。」
「希望……か。」
澪奈の唇が、微かに笑みに変わる。
瑠亜の声が焦りを帯びて飛ぶ。
「澪奈、軌道がブレてる! 衛星が分裂した!」
「構わない!」
澪奈の右手が輝く。
透香が叫ぶ。
「澪奈っ、それ以上は――!」
だが、その瞬間。
澪奈の周囲に青いリングが現れた。
重力の層がめくれ、空間が“ずれる”。
彼女の意識が拡散していく。
東京の夜景、雲海、地球の輪郭――すべてが彼女の心の内側に流れ込んでくる。
遠くで、瑠亜の声が泣いている。
透香の息が乱れている。
でも、私たちは繋がってる。
脳内リンクが共鳴を始める。
澪奈、透香、瑠亜――
三人の思考波が、一つの波形を描いた。
凛崎が設計した「感応共鳴体」。
それは、人の心そのものだった。
澪奈:「瑠亜、計算値を、もう少し前にずらして。」
瑠亜:「澪奈、それは発動失敗のリスクが!」
澪奈:「……リスクって、希望を試すためにあるんだよ。」
透香の笑い声が、風に溶ける。
「やっぱり澪奈ちゃんがオモテだ。光だよ。」
「そう、澪奈が光になるなら、私はその影でいい。照らして、消えないように。」
透香は自分の言葉に少し照れる。
「とりあえず、あたしは風で包む。行こう、澪奈!」
澪奈の掌が、光を握るように前へと伸びた。
その先、降りてくる人工衛星の影。
時間が遅く感じる。
心臓の音が、世界のすべてになった。
この力で、終わらせるんじゃない。
繋ぎ直すんだ――人と、科学と、未来を。
澪奈の瞳が、反物質の白光に染まる。
その刹那。
空が裂けた。
「レーザー照準はそのまま! 私が反物質層を開放します!」
光正:「待て、暴走するぞ!」
澪奈:「大丈夫。……だって、みんなが一緒だから。」
「いくよ――反物質対消滅、起動。」
澪奈が全力で叫ぶ。
その瞬間、彼女の身体から放たれた白光が、
夜空を切り裂くように伸び、衛星を包み込む。
時間が止まったような静寂。
次の瞬間、空が“消えた”。
轟音も爆発もなく、γ-27人工衛星は、
ただ静かに、収束するかの様に夜空から消滅した。
爆発ではない。
そこに存在していたエネルギーそのものが、
完全に“無”へ転換されたのだ。
対消滅エネルギー自体が時空間を歪めて、5次元またはそれ以上の次元への扉を開け、放出された様だった。
麗華が報告を受ける。
「衛星、転移反応確認……座標不明、地上衝突ゼロ。」
会議室が静まり返る中、麗華は微笑んだ。
「……よくやったわ。あなたたちの、クリスマスプレゼントね。」
凛崎はその光景を見上げながら、
呟くように言った。
「……彼女たちが、東京を救った。」
⸻
10-5 光の裏側(ルミナス・ヴェール)
――音が消えた。
風も、痛みも、重力もない。
澪奈はただ、光の中にいた。
自分の身体があるのかどうかもわからない。
でも、確かに「私」という輪郭は感じている。
心拍の代わりに、光が脈を打つ。
その光は、暖かくも冷たくもない。
ただ、
「存在する」という事実だけが、静かに彼女を包んでいた。
⸻
どれほどの時間が経ったのか、わからない。
それでも、澪奈は少しずつ理解していく。
ここは――物質と反物質が交わる境界。
「消滅」ではなく、「調和」。
科学で言えばあり得ない現象。
でも、心の奥では“知っていた”。
「形を失っても、思いは残る」
凛崎先生が言っていた言葉が、静かに蘇る。
澪奈は視界の向こうに、
ぼんやりとした“影”を見た。
それは、透香、瑠亜――
二人の輪郭が、光の粒として浮かび上がっている。
聞こえる……? 透香、瑠亜。
声を出したつもりもない。
でも、思考が波のように広がる。
≪澪奈? どこ? ここ、どこなの?≫
≪あたし達、生きてる……の?≫
音ではない。
思考の共鳴だ。
三人の意識が繋がっていた。
そして、彼女たちの周囲に現れたのは、
幾何学的な光のパターン――まるで量子の地図のような輝き。
瑠亜が呟くように言う。
≪これ……アルゴリズム構造体? 空間そのものが、演算してる……≫
透香が驚嘆の息を漏らす。
≪私たち、AIネットの中にいるみたい……でも違う。もっと“生きてる”≫
澪奈は微笑んだ。
≪たぶんね……この場所、“反物質の意識領域”なんだよ。
人間が触れたことのない、もうひとつの宇宙。≫
三人の意識体が、光の流れに乗って漂う。
触れた瞬間、過去の記憶が映し出される。
――透香が初めてダンスを踊った夜。
――瑠亜が父の研究所で方程式を完成させた朝。
――澪奈が、ステージの上で初めて涙を見せた瞬間。
すべての「想い」が、光の粒になって流れていく。
その中で、澪奈は小さく呟いた。
「これが、私たちが守ろうとしたもの……
ただ、生きること。笑うこと。誰かを想うこと。」
その瞬間――
光の世界に、波紋が走った。
青白い光の幕が揺れ、
その向こうに“現実の空”が透けて見える。
凛崎の声が、どこか遠くから届く。
「澪奈、戻ってこい――!」
澪奈は手を伸ばす。
空間が震える。
光が収束していく。
瑠亜と透香の声が、重なった。
≪澪奈! 私たちも一緒に!≫
≪離れないで!≫
澪奈は微笑む。
「うん、離れない。
だって、私たち――“共鳴体”だもん。」
光が、弾けた。
世界が、再び“時間”を取り戻した。
そしてーーーー
澪奈たちが消えた夜、地球の裏側――南極大陸の氷床深くで、ひとつの光点が瞬いた。
解析不能な“情報粒子”が、氷層を貫いて漂っていく。
その座標が、後に「時空異常地点A-01」と呼ばれることを、
まだ誰も知らなかった。
ーーーーーーーーー
第11章 ラストダンス
11-1 静寂のあと ― 降る雪の中で
12月24日0時07分
数分後。
雪が降り始める。
サンエクセルブルービルの屋上で、
澪奈・透香・瑠亜の3人が仰向けで夜空を見上げていた。
遠くでクリスマスの鐘の音が聞こえる。
3人の命を守った特殊装備「エクセレントギア」はどれもボロボロ、亀裂、破損、焦げ付き、この「闘い」の凄まじさを物語っていた。
「……終わった、のかな。」
「うん。今度こそ、本当に。」
「パーティ、やり直そっか。来年のイブにでも。」
澪奈は笑った。
その頬を、静かに雪が溶かしていった。
空にはもう、落ちてくる星はなかった。
ただ――
3人の少女の光だけが、
夜空に小さく瞬いていた。
透香が急に立ち上がる。
「いや、やるよ! 今日、クリスマスパーティー
予定通り! これからが本当のミッションだから!」
透香の意外な言葉に、瑠亜が立ち上がり、澪奈に手を差し伸べた。
「やりましょう、澪奈、夢叶えなきゃ。」
澪奈も立ち上がり、頷く。
「うん、やる!絶対やる!
邪魔者はやっつけた。やっと念願のダンス出来るんだから!」
ーーーーーーーー
11-2 クリスマスパーティー
12月24日 19時30分
東京・臨海新都心〈グランエテルナ・ホール〉
天井まで届くクリスタルガラスの装飾が、冬の夜空を映していた。
ステージ周辺は金色の光に包まれ、会場はまるで宇宙船の内部のような幻想感が漂う。
壁面には雪の結晶を象ったホログラムが舞い、中央のステージでは、光がゆっくりと流れを描いている。
「ねえ、澪奈。ほんとに本番の音、あの人がやるんだよ?」
透香が信じられないという顔で尋ねる。
「うん、間違いない。プログラム表にあった。“Special DJ:MBJ”」
「MBJって、まさか――あの幕張フェスの……?」
瑠亜の声に、澪奈は静かに頷いた。
あの日の残響が脳裏によみがえる。
真夏の眩しい光、ステージ脇の影から彼女たちを見ていたサングラスの男。
音を、踊りを、そして“生き方”を見抜く目をしていた。
⸻
開演五分前。
観客席には防衛省・つくば研究所・高校の関係者、そしてクラスメイトたちが顔をそろえていた。
防衛省特殊事案対策班の如月麗華と光正。
内閣特情部のスタッフ、つくば大研究所の凛崎潤一、助手の雛野朱莉。
澪奈たちの晴れ舞台を祝うように、ホール全体が温かなざわめきで満ちている。
凛崎潤一とパートナーAI笠宮涼音も、後方の貴賓席に並んで座っていた。
涼音は3人の担任として、そして凛崎は一人の科学者として、
「奇跡の重力ダンス」を見届けようとしている。
彼らはそれぞれ、少し緊張した表情で、だが誇らしげにその舞台を見つめていた。
⸻
暗転。
ステージ上に一条のライトが走る。
その中からゆっくりと現れるDJ――マーシー・ベイク・ジェイカー。
サングラスの奥から覗く鋭い視線。
右手のAIパッドをひと振りすると、空間全体に立体音響の波が走った。
「Ladies and Gentlemen――
今夜は、特別な星たちが踊る夜。
オレが音を繋ぎ、彼女たちが空を踊る。
――Triple Dancin’ Session、スタートだ。」
⸻
澪奈たちの登場が告げられる。
照明が一瞬、落ちる。
暗闇の中、ひと筋の白光が走る。
ドラムの軽快なリズム、弦のアルペジオが空間を染め、
やがて――三つの影が光の中心に浮かび上がる。
芽蕗澪奈、波澄透香、紫月瑠亜。
彼女たちは視線を交わし、
静かに呼吸を合わせた。
――スタート。
最初の一拍で、澪奈がターンする。
銀糸のようなスカートが光を反射し、ホールに星屑を撒いた。
透香が力強くステップを刻むと、床下に設置された重力制御プレートが反応し、
まるで風のように身体が舞い上がる。
瑠亜の操作するAIリズムライトが、三人の動きと完全同期する。
照明がまるで生きているように、音に合わせて脈動する。
一曲目、「Rebirth of Light」
AIが生成した透明なピアノリフに、MBJ独自の量子ビートが重なる。
音が空間を裂くように拡散し、ホールの空気が震えた。
澪奈は空気の層を操るように舞い、
透香は重心を無重力に変えるように跳躍する。
瑠亜の足元からは、波紋のような光のリングが広がる。
まるで三人のリズムが、音の粒と一体化していくかのようだった。
「ヤバい……生のエネルギーが音に乗ってる……」
MBJが呟きながら、即興でトラックを再構成する。
AIが計算するよりも速く、彼の指がリズムを刻み、
音が三人の動きに呼応するように進化していく。
観客席が総立ちになる。
誰もが息を呑み、ただ見惚れるしかなかった。
澪奈たちは、もう“高校生”ではなく、
音と重力を操る“アーティスト”としてそこに立っていた。
⸻
二曲目、「Starlight Infinity」
ゆるやかなイントロ。
光がホール全体に散らばり、雪のように舞い降りる。
まるで夜空が降ってくるような錯覚。
澪奈はその中で、凛崎夫妻の方を一瞬見た。
涼音が小さく笑って頷く。
凛崎は無言で、だが確かに手を叩いていた。
――ありがとう、先生。ありがとう、みんな。
その想いが、ステージの光と重なり、
三人のダンスがひとつの螺旋を描く。
⸻
観客の中で、如月麗華が思わず息を呑んだ。
「……これが、彼女たちの“共鳴”……」
光正が隣で頷く。
「重力波でもAIでもない、人間の心そのものの波だ。」
ステージが最高潮に達する。
三人の動きが完全に重なり、三つの光輪が身体から放たれる。
まるで光の三重螺旋。
彼女たちの呼吸が、空気を通して観客全体に伝わっていく。
凛崎はモニターに映るエネルギー値を見て、微笑む。
「……これが、純粋な“生命エネルギー”か。」
隣の朱莉が小声で言う。
「如月さんの理論に近い……心的エネルギー場の再現だわ。」
観客席のAIたちも反応していた。
笠宮涼音の瞳が、淡く金色に光る。
彼女の内部演算ユニットが、ダンスの波形を共振解析している。
「潤一……彼女たちは、“AIの感情演算領域”にも影響を与えてる……。」
凛崎が笑った。
「それでいい。AIも人も、“感応”するためにここにいる。」
音が消える。
最後のステップ、静止――。
一瞬の静寂の後、
ホール全体が歓声と拍手で包まれた。
観客の誰もが立ち上がり、
笑顔で、涙を拭いながら拍手を送っていた。
澪奈、透香、瑠亜はステージ中央で手を取り合い、深く頭を下げた。
その瞳の奥には、確かな充実と、
“次に来る運命”を薄々感じ取る緊張があった。
朱莉が呟く。
「……この光景、絶対に忘れない。
こんなにも“今を生きてる”人たち、見たことない。」
その言葉に、光正が小さく応じる。
光正が雛野朱莉に囁く。
「これが、あの“月下の三人”か。……すごいな」
「ええ。人類の可能性を、音と身体で証明してる。」
「そうだな。――だが、夜はまだ終わっていない。」
ホールはまだ拍手の嵐に包まれていた。
朱莉は、光正の横顔を見つめながら微笑んだ。
胸の奥に、ほのかな熱が灯る。
この温もりが、次に訪れる嵐の夜にも、彼を守ってくれますように――と。
⸻
ステージ上では、MBJがマイクを取った。
「最高だった。
この三人のエネルギーは、AIでも計算できない。
人間が生きる意味そのものだ。」
そして、軽く笑って続けた。
「次のイベント、もし世界がまだ平和なら――
また一緒にやろうぜ。」
⸻
観客の歓声が止まないまま、
天井のスクリーンに“Silent Night”の演出映像が流れ始める。
ーーーーー!
12月24日 19時10分
澪奈たちのダンスが終わってから、わずか二時間。
クリスマスパーティーは穏やかな笑い声と乾杯の音に包まれていた。
ステージ脇では透香と瑠亜がケーキを分け合い、澪奈は凛崎夫妻と話をしていた。
「澪奈さん。今日のダンス、本当に素晴らしかったです」
笠宮涼音の柔らかな声。
AIヒューマノイドとは思えぬ自然な笑顔が、澪奈の緊張をほどいていく。
「ありがとうございます。先生が見てくれてたから、安心して踊れました」
「ふふ、あなたたちはもう“守られる側”じゃなく、“導く側”なのかもしれませんね」
その隣で凛崎潤一がグラスを傾けながら言う。
「あれだけの偉業を成し遂げて、翌日にはこんな素晴らしいパフォーマンスを行う、やはり若い子のパワーには驚きだな。」
突然、MBJがマイクで唸る。
「みんな、メリークリスマス!
今年はもう十分すぎるくらい奇跡が起きた年だったな!
……だが、まだ終わっちゃいねぇ。
来年、俺たちは“さらに上”を目指す!」
歓声とライトの波。
澪奈も笑顔を取り戻し、透香や瑠亜と手を合わせた。
――この瞬間が永遠に続けばいい。
心の底から、そう願った。
人工衛星の対消滅後、
麗華は報告書にこう記す:
「三名の少女が放ったエネルギー波は、
人類がいまだ到達しない“善意の力”そのものだった。」
そして朱莉は、光正と静かに再会。
「生きてたら、次こそ正式にね。」
「ああ。今度は笑顔で。」
⸻
12月25日
――翌朝 夜明け前
遠く筑波の空に、
雪のような光の粒が降っていた。
朱莉が窓辺で呟く。
「反物質の消滅……いや、あれは“再構成”だったのかも。」
凛崎が微笑む。
「そうだ。澪奈は、“存在”を壊さずに、別の形にした。」
「どこへ行ったの?」
「……おそらく、まだこの空の、どこかに。」
朝日が昇る。
その光は、静かで、どこまでも温かかった。
⸻
12月25日
――翌朝 東京・狛江市
芽蕗澪奈の自宅
澪奈が目を覚ますと、
白い天井が見えた。
身体は軽い。
隣のベッドに透香、少し離れて瑠亜。
3人とも、「生きて」いた。
コンサート終了後、送迎自動運転車で帰宅した三人はそこで力尽きて、澪奈の家で倒れ込む様に寝た。
部屋の窓から朝日が差し込む。
その光の粒の中に、
ほんの一瞬、あの“ルミナス・ヴェール”の輝きが見えた気がした。
澪奈は小さく呟く。
「……あの世界も、たぶん、どこかで今も呼吸してる。」
私達三人は、これからも、どんな場面、どんな状況でも立ち向かう。チカラを合わせて立ち向かう。
今年4月からは高校3年、受験生、将来を決める時期になる。今回の経験で、まだ漠然とだが澪奈は将来像を描き始めていた。
「私、研究者になる。このチカラの事もっと調べて、社会に役立つ様にしたい。」
「つくばで桜永教授の下で、研究出来たら・・・」
そんな思いが湧き始めていた。
「ああ、寝ちゃってた。おはよ。澪奈。」
透香も目を覚まして起き上がった。
振り向いて瑠亜を見る。微動だにしない。
「あっ?電池切れか?」
首元のバッテリーランプが赤く点滅している。
「チカラ使ったからね。」
澪奈が部屋のプラクティカルサーバーからコーヒーを淹れて、透香に渡す。
「ありがと。」
「瑠亜ちゃん、どうしよ?」
「まかさ、家庭充電じゃないよね。」
澪奈はコンセントを見て呟く。
「つくばに連絡して、運ぼうか?」
「ゴメン、その前にシャワー浴びたい。
昨日そのまま寝ちゃったから。」
「なら、着替えとコスメも用意しとくね。」
「化粧水『オーベル』のでいい?」
「ありがとう、何でもいい。ヘアブラシも借りていい?」
二人は洗面台に向かう。
「瑠亜ちゃん運ぶの、重くない?」
「体重何キロかな?」
「それは失礼でしょ。」
透香が、ケタケタ笑った。
「そういえば・・・」
澪奈が、右腕を上げる。
「何?」
「作戦成功の時、しなかったから。」
透香は、すぐに察して右腕を上げる。
パチっ!
ハイタッチとグータッチ
二人の心にもやっと達成感が溢れてきていた。
澪奈の視界の奥で、
雪の結晶が一瞬、ルミナス・ヴェールのように光った。
それは、遠い空の向こうから届いた“約束の欠片”のようだった。
澪奈は小さく笑い、つぶやく。
「行こう。まだ、この世界の続きを見たいから。」
クリスマスの朝、今日も素敵な一日が始まる予感がした。
完
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