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側近セザール・アレマーの朝。
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セザール・アレマーの朝は早い。
夜が明ける前には自発的に目を覚ます。
少なくとも側付きの召使い達はこの数年、セザールを起こした記憶がない。
どれだけ早く起きて待ち構えていても、気がつけばセザールは起きて身支度も整った姿で扉から姿を現す。
女性用のドレスを1人でどう着付けているのかわからないが、とにかく女性の様相を完璧に仕立てて現れるのだ。
それで仕方なく、この数年は召使い側も起こすことを諦めていた。
さて、今日も今日とて彼はパチッと目を開き、寝ぼけるわけでもなくスルリとベッドを抜けると、鏡の前に立った。
いつの頃からか目覚める前に用意されるようになっていた洗面盤に慣れた手つきで手を入れ、朝の身支度を開始する。
数年来変わらぬ日常だが、それでもこの数日は少しだけ変わったことを、セザールはいつもと反対側のクローゼットを開けながら実感していた。
クローゼットにズラリと並ぶ出仕用着衣から選び出した鮮やかな碧のセットアップを1人で身につけながら、漸く楽になった、と独りごちた彼は、夜のうちにデスクに用意しておいた書類を抱え、扉を開く。
その頃には執事が部屋の前で待っていることを、この聡明な男はきちんと計算しているし、
「おはようございます、セザール様」
その通り、扉の先に待っていた執事が礼を取りながら挨拶をした。
「ああ、おはようリーデス」
「本日のご予定について申し上げますか?」
「必要ない。夕方にエラブルが来る予定だが、それはリーデスが対応しておいてくれ」
これが委任状だ、と差し出された用紙を受け取りながら、ノーティ公爵家の筆頭執事であるリーデス・マイノは、心の中で今日も間に合ったことにほっとしている。
(このお方は本当にいつ起きるか読むのが難しい••••••)
実際のところ、セザールは自分の予定から執事が予測するであろう自分の扉を開く時間まで計算しているのだが、そんなことはリーデス・マイノをはじめとした召使い達には一片も伝わっていなかった。
そのまま朝食のため移動するセザールに付き従う筆頭執事は、その姿を見て顔を綻ばせる。
「それにしても、無事に大役を終えられてようございましたね」
大役とはセザンヌ・アレマーであったことだが、あのような終わり方をした(させられた)本人としては、苦々しいものがあるのか、何とも嫌そうな顔でリーデス・マイノを振り返った。
「やめてくれ、リーデス。アレは失敗したようなものだ••••••」
しかしその顔を見ても、リーデス・マイノはニコニコと良い笑顔を浮かべていた。
(あの殿下に正体を忘れられる程成りきっていただけでも大成功だというのに、本当にしっかりと成長なさったものだ)
老齢に差し掛かっているリーデス・マイノにとって自分の孫のようなセザールが何を言っても、何をしても大抵立派になってと感動するのだが、特にこのことについては長年どう見ても淑女に成長し続けている姿を見ていたからこそ、それらが身につけた演技であり、本来のセザール・アレマーらしさが失われていなかったことの喜びはひとしおであったし、むしろ王太子のためにそれだけのことが出来るセザールに育ったことを誇らしく思っていた。
ところでセザール・アレマーの朝は慌ただしい。
彼は朝食を済ませると、宰相である父親よりも早くに家を出た。
ノーティ公爵家の紋章付き馬車で城へ向かい、降りた足でまっすぐ王太子の執務室へ向かう。
扉の前では、近衛騎士ライオ・コーエンが待っていた。
「おはようございます、セザール様」
かけられた言葉に返事をしながら、執務室に入る。その後ろをついてくるライオ・コーエンを、セザールはとても好ましく感じていた。裏のない実直さがとても良いと思っている。
基本的にあまり他者を信用することのない彼だが、少なくともライオ・コーエンの言葉は嘘ではないと考えているくらいには、信用していた。
それはライオ・コーエンの単純な性格のためでもあるし、王太子付きとしては如何なものか、と眉をひそめられることもある特性であるが、セザールとしてはアルファーフの周囲に汚い者は自分だけで良いと考えているので、ライオ・コーエンのような者はとても好ましい。
少なくともライオ・コーエンのような者は自分からアルファーフを奪おうとはしない、そう考えていた。
そんなことを頭の片隅で考えながら、アルファーフ不在の執務室で、彼の代わりに執務の準備をする。
アルファーフは、回復のため例の屋敷から一歩も出ず、セオ・コーエンとバグウバーダの者達に護られている。
(彼等がいるなら、大丈夫だ••••••)
また忘れられるかもしれない不安を頭を振って追い出し、側近セザール・アレマーは、執務に取り掛かった。
ーーー
閑話休題。
次からは続きに戻る予定。
夜が明ける前には自発的に目を覚ます。
少なくとも側付きの召使い達はこの数年、セザールを起こした記憶がない。
どれだけ早く起きて待ち構えていても、気がつけばセザールは起きて身支度も整った姿で扉から姿を現す。
女性用のドレスを1人でどう着付けているのかわからないが、とにかく女性の様相を完璧に仕立てて現れるのだ。
それで仕方なく、この数年は召使い側も起こすことを諦めていた。
さて、今日も今日とて彼はパチッと目を開き、寝ぼけるわけでもなくスルリとベッドを抜けると、鏡の前に立った。
いつの頃からか目覚める前に用意されるようになっていた洗面盤に慣れた手つきで手を入れ、朝の身支度を開始する。
数年来変わらぬ日常だが、それでもこの数日は少しだけ変わったことを、セザールはいつもと反対側のクローゼットを開けながら実感していた。
クローゼットにズラリと並ぶ出仕用着衣から選び出した鮮やかな碧のセットアップを1人で身につけながら、漸く楽になった、と独りごちた彼は、夜のうちにデスクに用意しておいた書類を抱え、扉を開く。
その頃には執事が部屋の前で待っていることを、この聡明な男はきちんと計算しているし、
「おはようございます、セザール様」
その通り、扉の先に待っていた執事が礼を取りながら挨拶をした。
「ああ、おはようリーデス」
「本日のご予定について申し上げますか?」
「必要ない。夕方にエラブルが来る予定だが、それはリーデスが対応しておいてくれ」
これが委任状だ、と差し出された用紙を受け取りながら、ノーティ公爵家の筆頭執事であるリーデス・マイノは、心の中で今日も間に合ったことにほっとしている。
(このお方は本当にいつ起きるか読むのが難しい••••••)
実際のところ、セザールは自分の予定から執事が予測するであろう自分の扉を開く時間まで計算しているのだが、そんなことはリーデス・マイノをはじめとした召使い達には一片も伝わっていなかった。
そのまま朝食のため移動するセザールに付き従う筆頭執事は、その姿を見て顔を綻ばせる。
「それにしても、無事に大役を終えられてようございましたね」
大役とはセザンヌ・アレマーであったことだが、あのような終わり方をした(させられた)本人としては、苦々しいものがあるのか、何とも嫌そうな顔でリーデス・マイノを振り返った。
「やめてくれ、リーデス。アレは失敗したようなものだ••••••」
しかしその顔を見ても、リーデス・マイノはニコニコと良い笑顔を浮かべていた。
(あの殿下に正体を忘れられる程成りきっていただけでも大成功だというのに、本当にしっかりと成長なさったものだ)
老齢に差し掛かっているリーデス・マイノにとって自分の孫のようなセザールが何を言っても、何をしても大抵立派になってと感動するのだが、特にこのことについては長年どう見ても淑女に成長し続けている姿を見ていたからこそ、それらが身につけた演技であり、本来のセザール・アレマーらしさが失われていなかったことの喜びはひとしおであったし、むしろ王太子のためにそれだけのことが出来るセザールに育ったことを誇らしく思っていた。
ところでセザール・アレマーの朝は慌ただしい。
彼は朝食を済ませると、宰相である父親よりも早くに家を出た。
ノーティ公爵家の紋章付き馬車で城へ向かい、降りた足でまっすぐ王太子の執務室へ向かう。
扉の前では、近衛騎士ライオ・コーエンが待っていた。
「おはようございます、セザール様」
かけられた言葉に返事をしながら、執務室に入る。その後ろをついてくるライオ・コーエンを、セザールはとても好ましく感じていた。裏のない実直さがとても良いと思っている。
基本的にあまり他者を信用することのない彼だが、少なくともライオ・コーエンの言葉は嘘ではないと考えているくらいには、信用していた。
それはライオ・コーエンの単純な性格のためでもあるし、王太子付きとしては如何なものか、と眉をひそめられることもある特性であるが、セザールとしてはアルファーフの周囲に汚い者は自分だけで良いと考えているので、ライオ・コーエンのような者はとても好ましい。
少なくともライオ・コーエンのような者は自分からアルファーフを奪おうとはしない、そう考えていた。
そんなことを頭の片隅で考えながら、アルファーフ不在の執務室で、彼の代わりに執務の準備をする。
アルファーフは、回復のため例の屋敷から一歩も出ず、セオ・コーエンとバグウバーダの者達に護られている。
(彼等がいるなら、大丈夫だ••••••)
また忘れられるかもしれない不安を頭を振って追い出し、側近セザール・アレマーは、執務に取り掛かった。
ーーー
閑話休題。
次からは続きに戻る予定。
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