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王族の恥。
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「王妃殿下、それは我がノーティ公爵家への侮辱、と受け取ってよろしいのでしょうか?」
凍りついた場を動かしたのは、ノーティ公爵その人だった。
無作法とも言える言葉の投げかけに、王妃がチラリと視線を向ける。
「何のことかしら?ノーティ公爵。貴方こそ、わたくしに対して無礼ではなくて?」
毒を孕んだ言葉をしかし、ノーティ公爵は両断する。
「古くには王家の血を引き、公爵でもある私が、王配に過ぎない妃殿下に無礼と言われる謂れはございませんね」
ご自身の立場をしっかりご理解いただきませんと、と馬鹿にしたような慇懃さに、王妃は嫌そうに首を振った。
「ノーティ公爵、残念ですわ。わたくし、故あってこの国に嫁いでまいりましたのに。公爵はこの国を大切に思っていらっしゃいませんのね」
だから、王族を騙すような真似が出来ますのね?
鮮やかな緑の双眸を眇めながら、ノーティ公爵を試すように見る。
この王妃、リザファー妃殿下とは異なり王国の出自ではない。
敵国サンドラの王女であったが、争いを回避すべくサンドラ国から嫁いできた。そういうことになっている。
そういう出自の王妃であるから戦争を始めたいのね?と脅しているつもり、なのだろう。本人は。
しかし相手はノーティ公爵であり、この国の宰相閣下だ。そもそも若かりし頃の彼の手腕が、この女性を王妃にしたのだ。
「それでは、帰国なさいますか?サンドラ国より参られし王女殿下よ」
緑の瞳が、驚いたように見開かれる。
それを見やりながら、笑っているようで冷たい表情のまま、飄々とノーティ公爵は叩きつける。
「陛下がそれを良しとされるのであれば、私はいつでもその手配が進められますよ。それに、我が国は喪うものは何もないでしょうね」
何ひとつも。
その言葉に何を思ったのだろう。
王妃が、何事か口にしようとしたのか扇を下げたその時、別の声が割り入った。
「これ以上はよさぬか」
見れば、国王陛下がすぐ近くに立っていた。
リザファー妃は、何事もないかのように笑みを浮かべて遠くから見守っている。
王妃は、二人を見比べて至極不快そうに眉根を寄せた。
「これは陛下。貴方様がそのようなことを仰いますのね?わたくしをあえて除け者にし続けてきた貴方が」
国王陛下は、表情一つ変えない。
「お主がどう思おうが構わぬが、我が臣民にこのような不愉快な姿を晒すことは許さぬ」
王妃は、鼻で笑った。
「わたくしは臣民ではない、と、陛下もそのように仰るのですわね?その上に、公爵よりも下である、と。わたくしは国の為に立つ存在でもなければ護られる存在でもない、異物と認識なさっておられるのですわね?」
王妃はスッと会場を見渡す。
貴族の多くが、反射的に目を逸らすのを見て、クスリと小馬鹿にしたように笑みをこぼした。
「ならば結構。わたくし、帰りますわね?ノーティ公爵、手続きをなさい。出来ぬのであれば我が父からこの婚姻の無効を宣言させましょう」
「陛下、いかがなさいますか?」
ノーティ公爵は、あくまで国王陛下に問う。しかしその内心は焦りを感じていた。
一方、国王陛下もいくら何でもそのように出るとまでは想定しておらず、返答に困ったように顔を顰めていた。
「王妃よ、我はそのようなこと申しておらぬだろう」
「仰ったではございませんか。まぁ良いですわ。これよりわたくしはサンドラ国王女として迎えが来るまでエレスティノア離宮に滞在させていただきますわね」
それから、とノーティ公爵に向き直る。
「他国の王族よりも、たかだかこの国の王家の血が混ざっているだけの一貴族が上だとは、甚だ笑わせますわね?この国には常識というものがないのかしら」
言うが最後、王妃殿下は扉に向かって歩き始めた。
「アル、貴方もいらっしゃいな」
何故か、第一王子を伴って。
凍りついた場を動かしたのは、ノーティ公爵その人だった。
無作法とも言える言葉の投げかけに、王妃がチラリと視線を向ける。
「何のことかしら?ノーティ公爵。貴方こそ、わたくしに対して無礼ではなくて?」
毒を孕んだ言葉をしかし、ノーティ公爵は両断する。
「古くには王家の血を引き、公爵でもある私が、王配に過ぎない妃殿下に無礼と言われる謂れはございませんね」
ご自身の立場をしっかりご理解いただきませんと、と馬鹿にしたような慇懃さに、王妃は嫌そうに首を振った。
「ノーティ公爵、残念ですわ。わたくし、故あってこの国に嫁いでまいりましたのに。公爵はこの国を大切に思っていらっしゃいませんのね」
だから、王族を騙すような真似が出来ますのね?
鮮やかな緑の双眸を眇めながら、ノーティ公爵を試すように見る。
この王妃、リザファー妃殿下とは異なり王国の出自ではない。
敵国サンドラの王女であったが、争いを回避すべくサンドラ国から嫁いできた。そういうことになっている。
そういう出自の王妃であるから戦争を始めたいのね?と脅しているつもり、なのだろう。本人は。
しかし相手はノーティ公爵であり、この国の宰相閣下だ。そもそも若かりし頃の彼の手腕が、この女性を王妃にしたのだ。
「それでは、帰国なさいますか?サンドラ国より参られし王女殿下よ」
緑の瞳が、驚いたように見開かれる。
それを見やりながら、笑っているようで冷たい表情のまま、飄々とノーティ公爵は叩きつける。
「陛下がそれを良しとされるのであれば、私はいつでもその手配が進められますよ。それに、我が国は喪うものは何もないでしょうね」
何ひとつも。
その言葉に何を思ったのだろう。
王妃が、何事か口にしようとしたのか扇を下げたその時、別の声が割り入った。
「これ以上はよさぬか」
見れば、国王陛下がすぐ近くに立っていた。
リザファー妃は、何事もないかのように笑みを浮かべて遠くから見守っている。
王妃は、二人を見比べて至極不快そうに眉根を寄せた。
「これは陛下。貴方様がそのようなことを仰いますのね?わたくしをあえて除け者にし続けてきた貴方が」
国王陛下は、表情一つ変えない。
「お主がどう思おうが構わぬが、我が臣民にこのような不愉快な姿を晒すことは許さぬ」
王妃は、鼻で笑った。
「わたくしは臣民ではない、と、陛下もそのように仰るのですわね?その上に、公爵よりも下である、と。わたくしは国の為に立つ存在でもなければ護られる存在でもない、異物と認識なさっておられるのですわね?」
王妃はスッと会場を見渡す。
貴族の多くが、反射的に目を逸らすのを見て、クスリと小馬鹿にしたように笑みをこぼした。
「ならば結構。わたくし、帰りますわね?ノーティ公爵、手続きをなさい。出来ぬのであれば我が父からこの婚姻の無効を宣言させましょう」
「陛下、いかがなさいますか?」
ノーティ公爵は、あくまで国王陛下に問う。しかしその内心は焦りを感じていた。
一方、国王陛下もいくら何でもそのように出るとまでは想定しておらず、返答に困ったように顔を顰めていた。
「王妃よ、我はそのようなこと申しておらぬだろう」
「仰ったではございませんか。まぁ良いですわ。これよりわたくしはサンドラ国王女として迎えが来るまでエレスティノア離宮に滞在させていただきますわね」
それから、とノーティ公爵に向き直る。
「他国の王族よりも、たかだかこの国の王家の血が混ざっているだけの一貴族が上だとは、甚だ笑わせますわね?この国には常識というものがないのかしら」
言うが最後、王妃殿下は扉に向かって歩き始めた。
「アル、貴方もいらっしゃいな」
何故か、第一王子を伴って。
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