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第十六話
しおりを挟む「透が如月さんを…?え、そんなことある…?」
透が如月さんをレイプしたという噂を聞いた時、私は最初信じることができなかった。
なぜなら透の優しい性格は私が一番よく知っているからだ。
透はマネージャーの私の負担を気遣って、いろんなことを手伝ってくれたりした。
プレイがうまくいかなくて落ち込んでいる部員がいたらフォローに回ったりしていた。
そんな透が、女の子と無理やりなんてするはずがない。
何かの間違いだ、と私はそう思った。
けれど、如月さんと周りの状況を見るに、どうやら透が性犯罪を犯したのは本当らしかった。
私は気になって、噂が広まってから何度か透のクラスを訪れた。
そこでは泣いている如月さんを女子たちが囲んで守り、透は皆に罵詈雑言を浴びせられ、非難されていた。
如月さんの泣いている顔はとても演技には見えず、私は透が本当に罪を犯してしまったのだと確信した。
「まさか東雲みたいな大人しそうな奴がそんなことするなんてね…」
「彼女だからって無理やりとか最低だよね…」
「きっと如月さんが可愛いから、一刻も早く自分のものにしたかったんだよ…」
「マジで最低…信じられない…さっさと警察に捕まればいいのに…」
「如月さんは今回は辛かったけど被害届出さないんだって…本当に優しいよね…私だったら絶対に許さない」
「如月さん優しすぎ」
私の周りの女子たちは、透が如月さんを早くものにしたくてレイプしたのだと噂していた。
私もなんとなくそんな気がしていた。
透と如月さんは、正直いうとあまり釣り合いが取れていない。
如月さんに釣り合う男がいるとしたらそれは王子なんてあだ名で呼ばれている日比谷隼人くんぐらいだろう。
きっと透はチャンスだと思ったのだろう。
如月さんがたとえ一時の気の迷いだったとしても自分に告白してきて、付き合うことになった。
この関係を利用して、如月さんとさっさと既成事実を作り、完全に如月さんを自分のものにしたかったのだと私はそう考えた。
「最低…優しい人だと思ったのに…本性はただのクズだったんだ…」
力の弱い女の子と無理やり犯して自分のものにしようとするなんて、最低な男のすることだ。
私はこんな男のことを一瞬でも好きになってしまった過去の自分を死ぬほど後悔した。
そして今まで好きだった反動で、透のことが吐くほど嫌いになった。
だから……部活から追い出すことにした。
「ねぇ…あんたたち、ちょっと話があるんだけど」
「なんですか?浅倉先輩」
「マネージャー?」
「なんすか、先輩」
私は後輩部員たちを集めて、透をこの部活から追い出すために工作させることにした。
すでに透は部活ないで腫れ物のように扱われており、ゲームになると特に先輩の部員から削られまくり、ほとんどリンチみたいな状態になっていたが、それでも透はなぜか部活を辞める気はないようだった。
私はもうこれ以上透の顔を部活で見たくなかったし、犯罪者の透がサッカー部に居座り続ければ、サッカー部自体が色眼鏡で見られかねないと思った。
だから、従順な後輩部員たちを使って徹を追い出すために追い打ちをかけることにした。
「私たちも犯罪者の仲間だって思われるのは嫌でしょ?」
「はい」
「そうっすね」
「透先輩のことマジで嫌いになったっす」
「もう先輩として尊敬もできないっすね。犯罪者は」
「でしょ?だから……」
私は後輩部員たちに、透のロッカーを壊して、落書きを書かせることにした。
透の居場所はもうサッカー部にはないということをわからせるためだった。
後輩部員たちは私の指示に従った。
翌日、透のロッカーは壊されて、スプレーで落書きがされた。
死ね、消えろ、犯罪者、退部しろ。
そんな感じで透を追い詰めるような落書きが後輩部員たちによってたくさん書かれた。
私はそれを見て満足した。
ずっと傍で思いを寄せていた自分の気持ちに気づきもせずに、あっさりと如月さんに靡いた透が痛い目を見ているのは、とても痛快だった。
これで透は傷つき、追い詰められ、やがてはサッカー部をやめるだろう。
透が辞めた後は、元々サッカー部のマネージャーを始めた目的だった隼人くんを追いかければいい。
透のような犯罪者を好きになってしまった黒歴史は、すっかり忘れて私は新しい恋に進めばいい。
そう思っていた。
だが……自体は急展開し,完全に逆転してしまった。
「嘘でしょ…?」
朝のニュースで如月さんが事件に巻き込まれたことを知った。
如月さんが日常的に父親から性的虐待を受けていたことを知った。
如月さんが父親と共謀して透にレイプの濡れ衣を着せて暴行を加えたことを知った。
如月さんは嘘つきであり、透の主張こそが正しかったことがにゅーすによって世間に公表された。
「そっか……透は無罪だったんだ…」
事実を知った私は、少し罪悪感を覚えた。
自分が透を追い出すためにしたことは、全て勘違いに基づく不当な行為だったのだ。
「どうしよう…透に酷いことしちゃった…謝らなきゃ…」
私は透に自分がしたことを謝罪しなければと思ったが、後輩部員に指示を出して透のロッカーを壊し、落書きをさせたことを知られたら透に嫌われてしまうと思った。
透が無罪だと分かった瞬間に、また私は透のことを好きになってしまっていた。
「こ、これは仕方なかったのよ……だってみんなが透のことを犯罪者だって言ってたし…悪いのは如月さん。私は被害者。透もきっと分かってくれるはず」
透は優しいから、きっと今回のことは水に流してくれるだろう。
私はそう思って、如月さんのニュースが流れた日の部活に参加した。
けれど、透はなぜかひどく怒っているみたいだった。
先輩たちや後輩たちが気を利かせて透に話しかけているのに、拗ねているのか、全て無視をしていた。
透が無罪であることはもう確定したので、誰も透に練習中にスライディングタックルをしたりはしなかった。
透はまた、完全に以前までのように部員の一人として受け入れられていた。
それだというのに、透はなぜか一人で拗ねて怒っているようだった。
先輩や監督に対する態度は、以前の透からは考えられないぐらい酷いものだった。
自分が怒っていることを隠そうともしてない
ようだった。
私はたまりかねて、練習終わりの片付けの時間に透をせめた。
どうして全てが終わったのに怒っているのか尋ね、如月さんの嘘を私たちが信じてしまったのは仕方がないことだったと透を説得しようとした。
全ては透が再び部活に馴染めるようにするためだった。
ここで透が、今日練習の雰囲気を悪くしたことを誤り、今回のことを水に流すと言えば、全ては丸く収まり、透は部員の一人としてサ
ッカー部に受け入れられるだろう。
そう思って私がお膳立てしてあげたのに、透は謎の頑固さを発揮して、私の親切を棒に振った。
そして監督に辞めると宣言して、勝手に帰っていってしまった。
「なんなのあいつ!?私がせっかく謝罪の機会を与えてあげたのに…」
透の部員や私たちに対する態度が、私には信じられなかった。
ちょっと少しの間、勘違いで強くあたられたぐらいでここまで苦楽を共にしてきた部員に対して怒れる透の狭量さに、私は呆れてしまった。
「はぁ…仕方がないわね…ここは私がひと肌脱ぐしかないわ…」
でもこれぐらいで透を嫌いになったりはしない。
いくら部活を辞めると言ったって透は本気じゃないはずだ。
今は一時的に頭に血が登って、私たちのことを警察に相談するかもしれないなんて言っていたが、透がそんなことをするわけないのだ。
私が透と部員たちの間を取り持ってあげよう。
そしてもう一度サッカー部に透の居場所を作ってあげる。
そうすれば透は私に感謝して、親密度も上がるはず。
如月さんという邪魔者もいなくなったことだし、今度こそ透は私のものになるはずだ。
「ふふふ…完璧な作戦ね…」
私は、我ながら落ち度のない完璧な作戦に思わず笑みを漏らしてしまうのだった。
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