最強少女のおすそわけ

雫月

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第二章 魔法学園の日常編

第22話 聖王都立レズィアム魔法学園

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「あー!おはよー!」
「久しぶり~!元気だったー?」
「おーっす!」

 快晴となった朝の空に、大勢の明るい声が響き渡る。
 重厚ながらも趣のある白塗りの外壁に囲まれた校庭に、学園の生徒たちが次々と登校してきていた。

 久しぶり学園生活を心待ちにしていた在学生たちの足どりは軽く、新入生たちは緊張も相まって少し重い。
 まるで宮廷を思わせるような大きな校舎へと向かう様子はそれぞれに違っていた。

 一様に揃った真っ白な制服の上に羽織っている黒色のローブの背中には、魔法陣と翼を象った刺繍が施されたいる。
 学園のシンボルを表す金色の刺繍が朝日に照らされて眩く光っていた。



 外装と同じく白色を基調とした落ち着きのある造りの校舎内。
 広い廊下に並ぶ教室のひとつから、楽しそうに話をする声がいくつも聞こえてくる。

「ねーねー!この前の魔法新聞見た?」
「ああ、【ヴェルーンガウスの秘宝】が近くの遺跡で見つかったって話だろ?」
「しかもまた【ラグナロク】が見つけたんだよ?カッコいいなー!」

 その中では、20人ほどの生徒たちがいくつかのグループに分かれて話に花を咲かせていた。
 あるグループでは、元気のいい狼の獣人の女子生徒が、人間の男子生徒に人懐っこく話しかけている。大人びて見える男子生徒は、本を読みながら冷静に相づちを返していた。

「ねえ聞いた?なんかウワサじゃ新しく転入生が来るらしいよ?」
「へぇー。どこのクラスだ?強ぇ奴なら勝負してみてえな。」
「えー?それよりオイラたちのチームに誘おうよー。」

 他のグループでは、噂好きのエルフの女子生徒を中心に、勝ち気の強そうな豹の獣人の男子生徒と、おっとりとした表情のドワーフの男子生徒が、自分たちの冒険者チームの構成について話し合っている。近々冒険者としてのデビューを計画中らしい。

 一ヶ月ぶりに顔を合わせた個性豊かな生徒たち。
 様々な種族と同様に、それぞれの故郷から持ってきた土産話も多種多様。しかし、ひとつだけ共通した話題が今日の中心となっていた。

「……あいつら、大丈夫だったのかな……?」

 高等科4年、総合魔法学部(通称M-cクラス)──。
 ここはシエルたちが所属している基礎魔法から実戦魔法などを学ぶクラス。
 それぞれの科は一年生からクラスがずっと変わっていない。
 そのため、シエルの弱さとリッツやリケアの特徴や性格をよく知っている級友たちの表情は、不安と心配の色しかなかった。

「みんなー!おっはよー!」

 そんな彼らの気がかりなど知りもしないシエルが、元気な挨拶とともに勢いよく扉を開け、教室に入ってきた。

「あ!来た!シエルだ!」
「リッツとリケアも一緒だ!」
「よかった!ちゃんと生きてたー!」

 教室にいた生徒全員が、一斉にシエルたちを取り囲む。そのほとんどが安堵した声で迎えてくれていた。

「なあなあ!クエスト行ったんだろ?どんな感じだった?」
「魔物と戦ったの!?」
「他の冒険者とか会ったのか!?」

 冬休みの終わりに、シエルが冒険者になると宣言してから一ヶ月。
 彼らが無事と分かるやいなや、その経過を知ろうと押し寄せる生徒たちは目を輝かせている。

「うわわ!みんな落ち着いて!」

「あーうるせぇ。群がるんじゃねぇよ。てかさっき誰か失礼なコト言ったか?」

「ひえぇ!ちょっ、待って……」

 想像以上の反響に三人は後ずさり、教室の出入口から動けずにいた。
 それもそのはず。このクラスでチームとして冒険者デビューを果たしたのは、シエルたち【カーバンクル】が最初だった。
 学園一弱いことでその名を馳せたシエルが、冒険者になった衝撃は学園中で話題を呼んだ。
 それを機に、今学園内は冒険者ブームが巻き起こっていた。

「ほれほれー。そんなとこに集まってないで全員席につけ~。」

 と、そこに現れたのは担任のサイネス。彼は慣れた様子で手を叩き、騒ぐ生徒たちに着席を促す。

「……ふう……。朝から大変だこりゃ。」

「学園中が騒ぎになっちまってるぜ。めんどくせぇな。」

「うぅ……。目立つのは嫌だなぁ……。」

 残念そうに席に戻る生徒たちを見届けながら、三人もため息まじりにそれぞれ自分の席へと着いた。
 生徒側の席は机と椅子が一人一つずつあり、リッツが一番後ろの窓側の席、その前にシエル、リッツの隣にリケアが座るといった具合に、皆それぞれ定位置が決まっている。

「……さーて、みんなおはよう。全員揃ってるな?久しぶりだが元気そうでなによりだ。」

 教壇に立ったサイネスは、教室内を見渡し教え子たちの姿を確認すると、満足そうに頷いた。

「冬休みの間何をしていたか、みんな話したくてウズウズしている様子だな。それは後でゆっくり聞かせてもらうとして、まずはこちらからの知らせを二つ聞いてもらおうか。」

 そう話すサイネスの言葉に、教室内がにわかにざわつく。
 まさか噂の転入生がここに……?
 生徒たちは期待に胸を踊らせていた。

「……大丈夫かな?緊張してなきゃいいけど……。」

 それとは違った意味で、シエルはどこか落ち着きがなく、そわそわしていた。

「心配性だなお前は。挨拶するだけだから大丈夫だよ。そもそも緊張するようなヤツじゃねぇだろ?」

「んー、そうなんだけど……。」

 楽観するリッツの言葉にシエルも納得はしたが、やはり心配は尽きないようだ。

「うぅ……。私が緊張してきちゃった……。」

 一方で、心配し過ぎのリケアは、両手で顔を覆い身を小さくしていた。

 先ほどから姿が見あたらない人物がひとり。その理由がサイネスは口から語られた。

「まず一つ目は、今日からこのクラスに新しい仲間が増えることになった。」

 その瞬間、級友たちが一斉に静まり、待ってましたといわんばかりに身を乗り出した。

「おーい。入っていいぞ?」

 期待の眼差しが、ゆっくり開く扉に集中する。

「…………!」

 教室に入ってきたのは美しい白銀色の髪をした小柄な体格の少女。
 彼女の歩く姿に、生徒たちは思わず目を奪われ、誰も声を出せなかった。

「よーし。じゃあ、軽く挨拶でもしてくれ。」

「……はじめまして。わたしはユグちゃんです。みんなよろしくっすー。」

 清楚可憐な少女の口から飛び出したのは、イメージと全く違うノリの挨拶。
 生徒たちは理解が追い付かず、唖然とする。

「……かっる。」

「小ボケを挟むんじゃねぇよ。」

 静まりかえる教室内にシエルとリッツのツッコミが響く。一呼吸あけた後、爆笑の渦が巻き起こった。

「あははは!いいぞーユグー!」
「おもしれーやつだなー!」
「ユグちゃんかわいー!」

 ユグリシアの無表情さと、見る者の目を引く容姿は、生徒たちからしてみれば近寄り難いものがあった。
 しかし彼女のたった一言で、その重々しい雰囲気を一気に和ませてしまう。

「……うーん。何の心配もいらなかったね。」

「な?だから言ったろ?」

「ある意味さすがだよ、ユグ……。」

 盛大に歓迎されるユグリシアは、生徒たちに小さく手を振って応える。
 それを見ていた三人は、安心すると同時に改めて彼女の胆力に感心、というより呆れていた。

「おーい静かにしろー。正確にはユグリシアだな。これからみんな仲良くしてやってくれ。」

 盛り上がる生徒たちをサイネスが落ち着かせるが、どよめきがまだ残る。面白い転入生の登場は、それほど強いインパクトを与えたようだ。
 あちこちでまだ声を潜めて話す声が聞こえるが、サイネスはそれを気にせず話を進めた。

「さてと、それじゃとりあえず席は……シエルの隣が空いているからそこに座ってくれるか?」

「……はーい。」

 ユグリシアが顔を向けた先には、安心した表情で手を振るシエルの姿。

 転入生のユグリシアは、学園に入るための最終確認があるからと、HR前にサイネスから呼び出されていた。
 一人で不安になってないだろうかと心配していたシエルだったが、杞憂に終わったようだ。

「……そういやよシエル。ユグの身の上をどう説明するか考えてんのか?」

「んー、出会った時のことそのまま話したらいいと思ってるんだけど。」

 後ろにいるリッツからの質問に、シエルはそう答えた。

「まぁ、その方がいいだろうな。」

 彼女についてはまだ何も分かっていないが、別に素性を隠す必要もないだろうというシエル考えに、リッツも同意する。

「ユグリシアさん。これからよろしくね?」
「よろしくな、ユグちゃん!」

「……うん。よろしく。」

 ユグリシアが席に移動するまでの間、近くにいた生徒から声をかけられ、彼女は挨拶を返していく。

「ねぇねぇ!ユグちゃんはどこ出身なのー?」

 自分の椅子に座ろうとした時、前の席にいた狼の獣人の子が、人懐っこく尻尾を振りながら質問をしてきた。

「……セイントロード領の、ジルネチカ村だよ。」

「……ん?」

 そつなく受け答えをするユグリシア。
 ごく自然な会話に聞こえたが、シエルは何か違和感に気づく。

「ジルネチカ……?それってどこだっけ?」

「……西地方の山奥の村だよ。」

「へぇー。かなり遠くから来たんだね。」

「……うん。最近こっちに引っ越してきたの。」

「……んん?」
 
 今の会話が聞こえていたリッツとリケアも、シエルと同様に違和感に気づき、キョトンとした顔を見せる。

「ユグリシアはな、両親の仕事の都合で聖王都に来たそうだ。学園生活もこちらの暮らしにもまだ慣れていない。みんな色々と教えてやってくれ。」

「んんん!?」

 更には何故かサイネスも相づちを打つように捕捉を付け足す。
 これにはさすがのシエルたちも困惑した表情で顔を向き合わせる。

「え、シエル?これどうなってんの……?」

「おいシエル。こりゃどういうこった?」

「し、知らない知らない!」

 二人に詰め寄られるが、心当たりが全くないシエルは全力で首を横に振る。

 どういうわけか、シエルたちが知らない事をユグリシアが急に喋りだした。
 彼女が故郷を思い出したのか、または彼女自身が勝手に作った設定なのか。
 どちらもあり得るが、ひとつ確かなのはジルネチカ村がちゃんと実在するという事実。
 西の隣国ウィングロード領との国境付近にある、世間にはあまり知られていない小さな村だ。

 今朝の登校時には特に変わった様子はなかっただけに、シエルたちの頭は混乱を極めた。

「……おっと、言い忘れてたが、ユグリシアはシエルたちの知り合いでな。昨日【カーバンクル】に入ったそうだ。これからチーム作ろうとしてる者がいるなら、悪いが遠慮してやってくれ。」

「えー!?なんだよシエルのチーム入ったのかよー!」
「シエル君たちずる~い!」
「抜け駆けだぞー!」

 サイネスの説明を聞いた生徒たちから、残念がる声と不満の声が飛び交った。
 ユグリシアを冒険者チームに招き入れようとしていた生徒たちが結構いたようだ。

「えぇ~……ちょ、ちょっと待って。何がどうなってんだ……?」

 多数のブーイングを受けるシエルはなんとか場を収めようとするが、今は頭が混乱していてそれどころではない。

「シエル。シエル!」

 と、後ろからリッツが背中を叩いてきた。
 振り返ると、彼はユグリシアを指さしながら目配せをしている。「ワケわかんねぇから直接聞け」とシエルに合図を送っているようだ。

「……あのー、ユグさん……?」

 真相を聞こうとしたシエルだったが、ユグリシアに突然手をギュッと握られた。

「……みんな、ごめんね。シエルに口説かれちゃったから。」

「はっ!?ちょっ、ユグ……!?」

 予想外の切り返しに、シエルは激しく動揺し声が裏返る。
 文句を言っていた生徒たちからも、その衝撃的な光景に思わず色めく声がもれた。

「……なーんて、冗談だよ。」

 ユグリシアは握っていた手を離し自分の頭の上に乗せ、無表情のまま小首をかしげた。おどけてみせたつもりなのだろうが、その仕草はどこかぎこちないし、なんだか似合ってない。

「……はへぇ……?」

 シエルの情けない声も相まって、教室中がドッと笑いに包まれた。

「……お、おお驚かさないでくれよ……。」

 これにはさすがのシエルも湯気が出るほど顔を真っ赤にして、大きなため息を吐いた。

「だっははは!お前が振り回されるなんて初めて見たぜ。」

「笑い事じゃないよ、もう……。」

 腰が抜けたように椅子に座るシエル。後ろからリッツがにやけた顔で頬を突っついてくるが、赤面したままのシエルはいじってくるその手を払いのける。

「……っあ~お腹いたい。ユグどうしたの?やけにテンション高いね?」

 ようやく席に座ったユグリシアの後ろから、笑いすぎたリケアが目に涙を浮かべながら尋ねてきた。
 何か嬉しい事でもあったのかと気になっているリケアに対し、振り返るユグリシアは無表情のままこう答えた。

「……明るく話した方がいいわよって、お姉ちゃんに教えてもらったの。」

「あーやっぱりセティール様かぁ。私も言われたことあるよ。」

 人見知りが激しいリケアは、過去に同じ事を教えてもらったが、いまだに実行できていない。
 「ユグはスゴいなー」と声をもらしつつ、リケアは気になっていた疑問を続けて投げかける。

「あ、じゃあもしかしてさっきの出身地の話もセティール様に言われた、とか?」

「……ううん、違う人。こう言った方がいいわよって、さっき言われたから。」

「え?誰に?」

「……それは、ひみつ。」

 口に指をあて、そっと話すユグリシア。どうやら故郷を思い出した訳ではないようだ。
 しかし、彼女の意味深な言葉に焦らされたリケアは、「えー教えてよー」と聞きだそうとしたが、他の生徒の質問する声に遮られた。

「先生ー!もう一つのお知らせってなんですかー?」

「おー。実はもう一人紹介する人がいてだな……」

 再び教室内がざわつく。
 様々な憶測が囁かれる中、ユグリシアの前の席にいる活発な獣人の女の子が興味津々に尻尾をピンッと張った。

「え!なになに?もしかして先生のお嫁さん!?」

「残念ハズレだ。じゃあ今から来てもらうから、ちゃんと挨拶しろよー?」

 その手のイジりには慣れているサイネスは、女の子の質問を軽く受け流す。
 しかし彼の口ぶりからして、新しい生徒、という感じではなさそうだ。

「誰だろう?新しい先生とかかな。」

「さぁな。リケアどう思う?」

「ええ?私にもわかんないよ。」

 まさかユグリシアの他にも新しくこのクラスに入る人がいたとは。これにはシエルたち三人も意外そうに顔を見合わせた。

「……もふもふ。」

 一方のユグリシアは、目の前に現れた可愛らしく伸びた尻尾を優しく撫でていた。
 手入れが行き届いた艶やかな尻尾の触り心地は抜群。触られ慣れているのか、女の子も全く気にしていない様子だ。
 一人だけ目を輝かす方向が違っている中、いよいよ扉が開かれた。

「はーい。みなさんはじめましてー。リケアのお姉さんで~す。」

 そして中に入ってきたのは、少し薄めの長い金髪が特徴の、穏やかな口調な女性。
 にこやかな表情で教壇に立ったその女性は、どこか抜けた感じのふんわりとした挨拶をした。

ガターン!!

 あまりの和やかさに他の生徒たちが呆気にとられている中、彼女をよく知る生徒がひとり、無言のままものすごい勢いで椅子ごと後ろにひっくり返った。

「うわ!?リ、リケア大丈夫!?」

「バカお前何やってんだよ。」

 床にめり込んだリケアを、シエルとリッツが慌てて起こし上げる。

「……ちょっ!?ななな!なんでナッキ姉が!?」

「あー……これは何も知らされてないって感じだね?」

「知らない知らない!」

「どうせリケアを驚かそうとしただけなんじゃねぇのか?」

 昨日の朝まで実家にいたはずの身内が、まさか学園に来ているとは夢にも思っていなかったリケア。
 起こされた彼女は、驚きのあまり後ろの壁に張りついていた。

 そんなシエルたちを見つけたリケアの姉ナッキは、困惑する彼らをよそに、いつものにこやかな表情を向け呑気に手を振っている。

「あー、彼女はナッキ・ウォレシュ先生だ。今日からこのクラスの副担任と実技指導をしてもらうことになった。詳しく説明するとだな……」

 サイネスが言うには、今学園は人手不足なのだとか。
 今年だけで三人もの教師が学園を去ってしまっていた。一人は出産のため長期休暇、残る二人は定年退職。
 以前より教育の場を統括する魔法ギルドに教師募集の依頼をしていたが、なかなか集まらず困っていたところ、ナッキが期間限定の臨時教師として来てくれることになったそうだ。

「わたし、昔から先生に憧れてたんだけど、初めてだからなんだか緊張しちゃうわー。みんなこれからよろしくねー?」

「は、は~い……。」

 ユグリシアとはまた違ったなんとものんびりした雰囲気に包まれ、いつの間にか生徒たちもそれに引き込まれてしまっていた。

「……あれ?リケアのお姉さんってことは、ナッキ先生って【オーディン】だよね!?」

「ええそうよー。よく知ってるわね?」

 と、生徒のひとりがふと言葉をもらした。するとナッキは手を軽くポンッと叩き、嬉しそうに微笑みかける。

「あ!本当だ!神殿騎士団だ!」
「ええ!?じゃあ騎士団の人の授業受けれるの!?ラッキー!」

 再び教室中が盛大に沸き立つ。
 トップクラスの騎士団に所属している人に教えを受けられることは滅多にないとあって、生徒たちは喜びを爆発させていた。

「あらあら。みんなとっても元気があるわねー。」

「まるでお祭り騒ぎだな。……ほれ、そろそろ学園長がお見えになるぞ。大ホールに移動しろー。」

 興奮の余韻が残る中、サイネスに促された生徒たちは始業式が行われる場所へと移動しはじめた。

「……ナッキ姉が、先生……?」

 驚きの許容範囲を超えてしまったリケアは思考が停止している。

「……おーいリケアー。……あ、ダメなやつだこれ。」

「だいたいの事情は読めたが……。ま、色々聞くのは後にすっか。」

 てんやわんやな新学期。
 固まったリケアは二人にそのまま引きずられていき、その後ろをついていくユグリシアは、無表情ながらも足どりは軽い。
 それはまるで新しい生活を楽しんでいるようだった。



───────────────



「……では改めまして。みなさん、新学期、そして入学おめでとう。私がこの学園の学園長ベッチェルです。初めて見る人は覚えていってちょうだいね?」

 広々とした石造りの建物内に、祝辞を述べる女性の物腰やわらかな声が響く。
 学園長を名乗る女性の容姿はかなり高齢に見えるが、壇上で姿勢正しく話すその姿は自然体ながらも気品を感じさせる。
 彼女が手に持つ杖の先端には声が拡張される魔法石がついており、そのおかげで大声を出さずとも建物全体の隅々まで声が良く通っていた。

 学園の校舎に隣接する大ホールと呼ばれるその建物の大きさは、教会の大聖堂を思わせるほど広く、内装もそれに似た造りをしている。
 吹き抜けた高い天井には、聖女ガルトとその仲間たちの活躍が描かれた絵画が、一面に美しく彩られていた。

「……おぉ~。」

 その天井を見上げているユグリシアは、小さく感嘆の声をもらす。

「……シエル。すごく広いね。」

「うん。そうなんだけど、一旦落ち着こうか。」

 物珍しそうに前後左右をキョロキョロと忙しく見渡すユグリシア。
 その隣では、彼女の奇妙な動きをやめさせようとしているシエルが、少し困った表情をみせていた。

「……ねえシエル。あの浮いてる丸いのはなに?」

「え?あーあれは空調ボールだね。季節に合わせて、室内を快適な温度に保てるように魔法で管理してるんだ。教室にも同じのがあるよ。」

「……へー。じゃあ、あの猫ちゃんは?」

「あれは『SPキャット』っていう学園長の召喚獣さ。「ユキマル」って名前で、いつも学園内を見張ってくれてるんだ。」

「……触ってもいい?」

「んー。後にしようか。」

「……そっか。じゃあ……」

「ユグ。わかったから落ち着いてくれ。」

 一転して今度はシエルに質問責めをするユグリシア。押され気味のシエルはたまらず休憩を要求した。
 そんな二人のやりとりに、周囲からクスクスと笑う声が聞こえてくる。

「すっごいグイグイくるねユグ。そんなに珍しい?」

「……うん。学校って、いろんな人がいておもしろいね。なんだか大きな街にいるみたい。」

 学園の全校生徒は初等科、中等科、高等科と合わせて約500人ほどが在籍している。
 その生徒全員が入れるこの広い大ホールの中は円形になっており、その形に沿って椅子が階段状に備えられていた。

「あーなるほど。確かにそうかも。」

 高等科の席は後方の高い位置にあり、ホールの全体を見渡すシエルは、改めてこの学園の規模の大きさを再認識していた。

 ユグリシアの言うように、種族や年齢など様々な生徒が見えるこの光景は、まるで聖王都のような大きな街にいるように感じられる。

「……さて、今日から新たな学園生活が始まりますね。みなさんにとって、それぞれ新しい出会いがあることでしょう。」

 春の季節は始まりを意味する。
 在学生にとっても新入生にとっても、新たに人と学びの出会いがある。そのひとつひとつを大切にしてほしいと、ベッチェルは優しく語りかけた。

「……新しい出会い、か。」

 ユグリシアと出会ったことで、見慣れていたいつもの景色も違って見える。
 新しい物づくしに目を輝かす少女を眺めるシエルは、自然と笑みがこぼれていた。

「それじゃあ、初めての生徒さんたちのためにこの学園についてお話しますね。」

 学園長が話を変えた時、ユグリシアの興味がそちらに向き、食い入るように彼女に注目する。

「……シエル。がくえんちょうって、どういう人なの?」

「んーそうだなぁ。この学園全部を見守ってくれてるお母さんみたいな人かな?」

「……おかあさん……。」

 シエルの話を聞くユグリシアは興味津々に頷いていると、二人の後ろに座っているリッツが声を潜めて笑いながら茶々をいれてきた。

「どっちかって言うとバアちゃんだろ?」

「……おばあちゃん。」

「ちょっとリッツ。失礼なこと言ってると学園長に怒られるよ?」

 すると隣にいるリケアが、リッツの耳を引っ張りながら小声で注意してきた。どうやらフリーズした状態から正気に戻ったようだ。

 話題に上がっているベッチェル学園長は、ウェーブした水色の髪が特徴の小柄な女性。
 御歳100歳を迎えたらしいが、それを感じさせない活発さで、生徒たちの日々の学園生活を支えてくれている。
 その明るい笑顔と温和な性格から、多くの生徒たちから「お母さん」の愛称で親しまれている元気溢れる人物なのだと、リケアが説明してくれた。

「まずは学園の歴史からですが、知っての通りこの学園は、聖女ガルト様と守護騎士レズィアム公が創立された由緒ある魔法学校なのです。」

 そう前置きし、学園長の説明が始まると、ユグリシアは静かに耳を傾ける。


 ──レズィアム魔法学園。
 その歴史は古く、聖女ガルトが世界に光をもたらし、国を治めてから程なく創立されといわれている。

 当時は魔法というものが世の中にほとんど普及しておらず、高度な魔法が使えたのは聖女とその仲間たち、そして彼女らに仕える守護騎士たちだけだった。

 乱世が明けたばかりの時代。魔法がない人々は暮らしは貧しく、日々の生活すら満足に送れないほど苦しんでおり、聖女ガルトはその事を憂いていた。

 人は種族を問わず生まれながらに魔法の礎となる魔力を持っている。魔法さえ使えるようになれば、暮らしは豊かになり、人々は救われるはず。

 そう考えた聖女ガルトは、彼女のよき理解者であり、親交が深かった守護騎士のひとりレズィアムと共に、誰もが魔法を学べる場所を作り上げた──。


「……魔法が中心となった今の世があるのは、聖女様とレズィアム公のご尽力によるものなのです。」

 現在に至るまで、様々な教養を学べる学校が数多く設立されてきたが、身分や種族など分け隔てなく『魔法』を学べるのはこの学園しかない。
 聖女ガルトが人々のために生み出し、後世に遺してきた数々の魔法の知識は、今もなお様々な分野で活躍されていると聞く。
 その中には【ホーリーレイズ】をはじめ、有名な騎士団や冒険者になった者もおり、それに憧れて入学を希望する子供も多い。

「聖女様が遺された魔法の数々をしっかりと学べば、みなさんの将来を必ず輝かせてくれることでしょう。それを忘れず、しっかりと励んでくださいね。」

 登壇しているベッチェルの後ろには、聖女ガルトと、儀礼を行うレズィアム公の姿が壁画として描かれている。

 当初は聖女の名で学園を創ろうと提案していたレズィアムだったが、『私はただ力添えをしたにすぎない。魔法を世に広めたい情熱と功績を考えれば、あなたの方がふさわしい』と、聖女ガルトから学園の名を譲り受けたのだという。

 その逸話を元に描かれた聖女ガルトは、こちらに向かって優しく微笑んでいる。
 その眼差しは、魔道士の卵ともいえる生徒たちを見守っているように見えた。

『みなさんに聖女様のお導きがあらんことを──。』

 聖王都に伝わる祈りの言葉を最後に、ベッチェルが話を締めくくった。
 壇上を後にする彼女に、ホール内全体から暖かな拍手が送られる。

 やがて始業式が終わり、生徒たちが雑談交じりにホールを退出していく。
 周囲からは、聖女を讃える声や自分たちを鼓舞する声が聞こえてくる。

「……聖女、さま……」

 ユグリシアはその場を動かず、ひとり壁画を静かに見つめていた。

「…………」

「ユグ?どうかした?」

「……ううん。なんでもない。」

 シエルに呼ばれたユグリシアは首を小さく横に振り、壁画に背を向けて歩き出す。

「ユグ……?」

 聖女を見つめていた彼女の表情が、普段と違って見えたように思えたシエル。
 その事を聞こうとしたが、この時は何故か思いとどまった。

 ユグリシアを呼んだ時、一瞬だけ見えた少し悲しそうな顔。

 ユグリシアの後ろ姿を見つめるシエルは、自分の気持ちに変化があったことにまだ気づいていなかった。



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