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学園生活篇
8アルバイト
しおりを挟む綺麗な人だ…。そう言われて、嬉しくない女は少ないだろう。女子大生の留美は、浮足だっていた。
どうしても欲しいブランド品のバックの為に始めたパパ活。どうせ、脂ぎったオヤジやお金を持て余したヨボヨボの爺さんを相手にするだけだと思っていた。すぐにイチコロに出来る。
だけど、紹介者から紹介されたのはイメージとは違い、紳士的でおしゃれな感じの男。紹介者は胡散臭い男だったけど、その男は誠実に見えた。
男は、バーや居酒屋ではなく、お洒落なレストランに連れて行ってくれたし、今日は一緒に寝ると言うこともなかった。それどころか、お小遣いはかなりくれて、帰りのタクシー代まで出してくれた。
「ああ、あの人なら寝てもよかったかも」
アパートの前までいくと、声をかけられる。
「あの…」
「え…髙橋さん?」
何故、さっきの紳士がいるのか…考える暇もなく、留美は身体中が切り裂かれていた。
「シュンスケに会いたい…」
みのりはカフェのテーブルに突っ伏した。シュンスケというのは、最近デビューしたロックバンド•シリウスのボーカルである。みのりは、兄のバイトしているライブハウスで彼らの演奏を聴いた時に一目惚れしたのだった。
「そんなにカッコいいの?」
なずなは、アイスコーヒーにミルクを入れながら尋ねる。
「そりゃあもう!…ねえ、それより何であんた帽子なんか買ったの?」
「え?ちょっとね」
その帽子、似合ってないから
通りで売っていた女性物の帽子。それを見た時、その言葉を思い出し、買ってしまった。
淡いピンク色のキャスケット。いかにも、女性物だ。
「誰に見せるの?好きな人?」
「そんな人いないよ…。みのりは、シュンスケって人にアタックするの?」
なずながそう言うと、みのりが笑い出す。
「やだあ。シュンスケは周りに女がたくさんいるの!それに、女子高生なんて相手にしないよ」
じゃあ、何故会いたいんだ?疑問に思ったが伏せておく事にした。
「さ、それ飲んだら次行くよ!」
今日は、みのりと夏に行くプールの為の水着を買いに来た。まさか、高校生にもなってスクールを着る訳にも行かない。会計を済ませて、なずな達は、ショッピングモールに向かったのだった。
朝早く三吉に起こされ、準備運動。その次に、朝食すぐあと、妖怪を探しに行けと街に叩き出された。蛍は不機嫌である。まあ、彼の場合機嫌がいい時の方が珍しい。
兎にも角にも、街を歩くと暑さで死にそうだ。灼熱地獄よりかましだが、それでも歩いただけで汗ばむ。とりあえず、適当に店に入って行ったまではよかった。
「…マジか?」
蛍は目のやり場に困り果てたのだった。
田島翔一は、街行く人達を眺めていた。別に人間観察が趣味って訳じゃない。
金髪にサングラス。あまり柄がいいとは言えない。然し、そのおかげで街にはよく溶け込んでいる。
「…パパ活ねえ。聞こえはいいが、売春と変わんねーよな」
そう言いながら、今日のターゲットを探す。別に、見つからなくても生活には問題ないが、欲に塗れた人間の顔を見るのが好きだ。
「田島ぁ。いいのは見つかったか?前のエサは死んじまったし、今回もらしいな?」
背後から肩を叩かれた。今は同業者の男だ。こう言う男は複数いて、そいつはその中でも顔見知りの男だ。以前、男に紹介した女が身体中を引き裂かれて殺された。そして、今回も殺されたらしく、ニュースで聞いていた。
「へっ。運が悪かっただけだろ」
「そのうち警察に目をつけられるぞ」
イキってはいるが、内心怖いのだろう。目が泳いでいる。こういう仕事をしているのは大体、暴力団の下っ端か半グレの中でも下っ端の奴だ。どこの世界でもお偉方は、下っ端を使い高見から駒を動かすだけ。翔一の元いた世界でも同じようなものだった。
「お前がこの店に入るなら、俺は違う所で探す。じゃあな」
そう言って、男は人混みへ消えていく。明日には消えるかも知れない男の背後姿を見送り、翔一は苦笑いをする。
「警察ねぇ…」
それに捕まる事はほぼ無い。そう人間の警察には、まず無理なのだ。
「羅刹憑きよりかは怖くねえな…」
翔一は店の中へ消えて行く。
別に焦る必要はないと確信したのは、男物の水着を見てからだ。男の水着を見て安心する日が来るとは思わなかったが、これで堂々としていられる。然し、見たいのは男の水着ではない。
どうせ見るなら、可愛い女の子の水着姿だ。数分したら店を出よう。ちらちらと商品を物色する振りをしてちらちら女性の水着売場に目をやる。
「ねぇ、こっちはどう?」
「可愛いけど、大胆…」
「いいじゃん。でかいんだから」
どこかで聞いた声がした。帽子をかぶった女と髪の短い女。
「いやだ。みのり。恥ずかしいから、大きな声…」
蛍は帽子を被った方の肩を叩く。
「え…やだ。蛍くん?」
なずなは、戸惑いながらにっこり笑う。
「あれ…田中?あんたも水着を探しに来たの?」
みのりの言葉にこくりと頷く。
「そうなんだ。ねぇ、これは似合うかな?」
なずなは、帽子を押さえる。
「いいんじゃない。それ、可愛いし」
心なしか喜んでいる親友を見て、みのりはにやりと笑う。
「なずな、ちょっといい?田中、待ってて」
みのりは、なずなの腕を引っ張り奥に行く。おかげで蛍はまだ暫くこの店にいる羽目になった。
「ねえ、田中が好きなの⁈」
「え⁈そんなんじゃないよ」
なずなは大袈裟に手を振り否定する。
「嘘だぁ!でも、田中案外人気あるのよね」
なずなはみのりの目を見る。
「まあ、顔はイケメンじゃないけど、目付き悪いけど整ってるし…他の男子みたいにガキみたいに騒いだり、下ネタで盛り上がらなくさて、基本無口でミステリアスだって…」
みのりは、そう言いながら水着を物色する。
「そうね…蛍くん、ハンサムだよね」
何とも複雑な心境だ。そりゃ蛍が学校でみんなの輪に入れれば、なずなも嬉しい。でも、何だか寂しい気もしたのだ。
「でも、あいつあんた以外の女子に興味無さそうだし、いいんじゃない?アタックして見れば?」
「え?アタック?!」
なずなは大きな声で言って姉妹、目を白黒させた。周りがジロジロこちらを見ていて、顔を赤くさせる。
「ちょっとォ、お姉さん達」
店の奥から、男が出てくる。男は金髪でサングラスで派手ななりをしていた。
「あ、すみません。騒いじゃって…」
「いや、違う違う。店員じゃないから。手伝って欲しい事があるんだけど…あ、俺こういうものだけど」
男がなずなとみのりに押し付けるように名刺を渡す。何でも相談屋田島翔一と書かれている。
「?私で良ければ…」
なずなは、みのりにグイグイ腕を引っ張られる。
「ダメよ。何かの勧誘か、ナンパだよ。怪しすぎる」
みのりがなずなに囁く。言われて見れば、一体何を手伝って欲しいか分からない。それに見た感じ困っているようには見えないのだ。
「…あのお兄さん、私は手伝えそうにありません」
丁寧にお辞儀をするなずな。
(…おっと。こいつは人が良さそうだな。それに上玉だ。なら…)
「参ったなぁ。バイトしてくれる子探してるんだけど…いや、軽作業のね」
眉尻を下げ、口角を下げる。少し涙目でなずなを見る。なずなは少し同情したような顔をした。
「んー。どうしよう」
あと一息だ。その時だった。
「ちょっと、いつまで待たせるの?」
蛍がうんざりした顔で、三人に近寄る。
「え?蛍くんごめん!」
「丁度よかった。あんた、この人困ってるみたいよ」
蛍は翔一を一瞥する。
「へえ…」
品定めをするように蛍は左の前髪をかき上げた。ニヤリと笑って、翔一を見た。
(こいつ…人間じゃない)
(やべっ!こいつ、人間じゃねえな)
翔一は顔を青くした。
「え…本当に大丈夫ですか?」
なずなは本気で心配し始めていた。しかし、このままでは不味いと翔一は逃げ腰になっている。
「ねえ、もしなんなら僕なら助けてあげるよ?」
「い、いや結構だ!俺、用事思い出したわ!じゃあね!」
翔一は脇目も降らず、人や物にぶつかりながら店から出て行く。
「…ったく。何なのよ!なずな、絶対あんなのに関わっちゃダメよ」
みのりに念を押され、なずなはこくりと頷く。
「……しょうけら」
蛍は静かに呟いた。
みのりは、部屋のパソコンの画面を食い入るようにみていた。シリウスのライブ映像だ。自分が行ったライブは他のバンドとの対バン(複数のグループ出演するイベント)だった為、シリウスが演奏したのは一曲ぐらいしか聞いていないのだ。
違う曲も聴きたい。何とか探し当てて、ようやく違う曲。少し激しめだが、別れた恋人への愛が伝わる曲だ。
「前の曲は、片想いっぽい感じだったな…」
そういうと、ドアがガチャッと音を立てて開く。
「みのりー。漫画貸してー」
「え⁉︎兄貴!ノックしてよ!」
みのりは、そう言って近くのクッションを兄の充彦に投げつけた。
「…ったく!そんなんじゃ彼氏できねえぞ」
充彦はぶつぶつ文句を言いながら、クッションをベッドに置く。そして、本棚の漫画を物色する。
「…ねえ、シリウスのライブのチケットまだあるの?」
「ん?シリウス?ちょっと待て」
そう言って、充彦はズボンのポケットからスマホを取り出す。
「…あっ。マスター?…でさ、シリウスのチケットなんだけど…」
みのりは、充彦が電話で話しているのまじまじと覗く。
「ん…分かりました。じゃあ、また」
「どう?」
みのりは、充彦が電話を切ると間髪いれずに聞く。
「もう売り切れだってよ」
「ええ⁉︎じゃあ、ライブやる時プレゼント渡してよ。買ってくる」
そう言うと、充彦は腕を組んでじっとみのりを見る
「みのり、シリウスのメンバーのリアコになったんじゃないだろうな」
みのりは首を振る。
「まさか!そりゃ、シュンスケはカッコいいけどさ」
「まあ、絶対やめとけよ。手が届かなくなる前に唾つけようとする女の子多いしな」
分かっていると、みのりはパソコンの画面の方を見た。
「んじゃあ。この漫画借りてくわ」
充彦は今人気の少年漫画を数冊本棚から取り出し持っていく。
「…ライバル、多いんだ。やっぱり…」
そう言って、ネットショップで幾つか候補を選ぶ。どうせなら、少しでもインパクトのあるものを…そう言ってブランド品を見る。
「確か、日本酒が好きってプロフに…徳利とか」
菊の花をあしらった綺麗な酒器を見つける。
「あっ…これ…げぇ!二万五千円⁉︎」
これは無理そうだ。親に水着を買うお金を借りたばかりだから、当分はくれそうにない。それでも、なずなと色違いのセール品三千円程度のもの。こんな高いもの、自分では買ったことがない。ライブのチケットだって、ライブハウスでバイトしている兄のおかげで安く行けたのだ。
「目眩がしてきた…」
ふと、昼間の出来事を思い出す。
「そう言えば…」
そう言って、バックから名刺を取り出し、書いてある番号に電話をしたのだった。
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