蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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二学期地獄編

65 大事なもの

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「あのアホ虫!」

そう体育館で怒鳴り散らしたのは、やっぱりローズマリー。

「まあいいじゃないですか。終わったんですから」

なずなは苦笑いをして、ダンボールを抱えたままローズマリーを宥めた。

「そやけど、アホや」

まだぷりぷり怒るローズマリーをガラムも苦笑いしながら見ているしか無かった。

体育館はいつも、部活動でボールの音や生徒の声が響いているが、今日はいよいよ迫って来た文化祭の為、文芸部の展示物でいっぱいになっ
ていた。

天文部、書道部、手芸部、写真部、それからオカルト研究部なんてものもある。

すっかり、博物館のようになっている。

美術部のブースは狭小だが、人数も少ないからか、あっという間に展示物だらけになる。

それに一番、存在感があったのが……。

「……やっぱり恥ずかしいな」

ローズマリーの描いた天女の絵である。実はこの天女、なずながモデルである。

「ああ。それな。言わな分からへんて。生徒はほとんどきぃへんし、来るのは親御さんだけや」

確かに、当日の生徒達は自分達の出し物で精一杯だ。

「じゃあ、今日は僕は帰ります。ぺんぺん、どうするの?」
「あ、私はもうちょっと飾りの確認してからにするよ。いよいよ、明日だし……」
「分かったよ。じゃあ、明日ね」

ガラムが去った後、なずなはローズマリーと2人で最終確認を行う。

「なあ、なずなちゃん」
「はい」

なずなが、取れそうな飾りのテープをつけ直していると、ローズマリーに話しかけられ、振り向いた。

「……ほんまは寂しいやろ?今日はおらんで」
「あ……そうですね。彼、存在感なさそうで凄いし……それに可愛いし」

くすくすと笑うなずなをローズマリーが、急に抱きしめる。

「懐かしいわ」
「先輩?……んっ」

唇が重なる。

「懐かしいわ……」

ローズマリーは小さな声でそう言った。

とはいえ、唇を重ねた事でなずなは恥ずかしさのあまり頬を紅くした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……ただいま」

心底疲れた様子で、蛍は荷物をソファに投げつけた。

「おかえりなさい。あ、坊ちゃん。しょうけらと又三郎にも文化祭のチケット渡しましたよ」
「……しょうけらはともかく、又三郎にチケット渡さなくてもいいだろう」

又三郎は猫だ。確かにチケットは、渡さなくても勝手に入って来ればいい。

「まあ、そう言わずに、来てくれるんですからね」
「あいつらのお目当ては、どうせぺんぺんだよ。……じゃあ、また学校行くから」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ……」

さっきは本当にびっくりした。だけど、あの後挨拶みたいなものだと言っていた。

確かにローズマリーはハーフだし、そんなに不思議な事でもないだろう。

なずなは下駄箱から靴を取りだした。上履きから、スニーカーに履き替える。

「なずな?」
「あれ?宗ちゃん」

校舎の玄関口は全校生徒共通である。だが、あまり土帝と鉢合わせる事は少なかった。
それは、土帝が部活動の朝練などがある為である。

「準備がさっき終わったんだ。明日はいよいよだな」
「うん。楽しみだけど、緊張する」
「そうか。今日は一緒じゃないんだな」

それは蛍のことだとすぐに分かった。

「う、うん。用事あるみたいなの」

ああ、そうかと土帝は頷く。

でも、なずなは気付いてしまった。本当は桃と帰って欲しくなかった。というより、他の女の子と一緒にいるのは嫌だと思っている事。

「帰ろう。暗くなって来た」

ごく自然に、土帝が手を差し出してきた。だけど、それを返す事に戸惑ってしまう。

「さあ、早く。誰も見てないから」

手を握られて違和感があった。小さい頃は、土帝と手を繋ぐ事なんの迷いもなかった。

土帝の手は自分の手より大きく、指だって太くて逞しい。守られている安心感は凄くある。

だけど、繋いだまま歩いていると、まるでなずなを逃すまいとしているようだった。

学校の門をもうすぐくぐり抜ける。

「ぺんぺん?」

門をくぐり抜けた時、走って来た蛍に鉢合わせた。

「蛍くん?」
「……何しに来た?」
「散歩」

蛍の目線は、繋いでいる手に注がれていた。

「……明日、学校で」

そう言って踵を返した蛍は、急に走り出した。まるで追いつかれまいとしているみたいだ。

「待って」

なずなは大声で引き止めたが、彼は振り替えなかった。

「変な奴だ」

土帝は鼻で笑うようにそう言った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











「で、振られておめおめと逃げ帰った訳ですな」

ダイニングテーブルで伏せている蛍を肴に、三吉は酒を呑んでいる。

「うるさい。お前に分かるか」
「はあ……。分かりませんな。でも、これだけは分かる」

蛍は顔を上げた。そして、三吉は真剣な顔でこう言った。

「あんたは変わった。それもいい方に」
「僕は何も……」
「そう思うのは自分だけでしょうな。でも、昔のあんたなら、強引にでも奪い盗ろうとしただけど……」

蛍は立ち上がり、自分の部屋に向かって行く。

「大事なんでしょ?なずな嬢が……」
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