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二学期地獄編
74 妖怪の街
しおりを挟む地獄でも、風呂は気持ちがいい。ヒノキ作りの時代劇に出てくるような風呂だ。
まるで、温泉宿に来たかと思うくらいだ。
「……でも、こうして見ると蛍くんって、本当に王子様なんだな」
部屋自体は、質素だが、それでも一つ一つの家具は見ただけで1級品だと分かる。
さっきの女中だって、身につけているものはいいものだった。
住んでる世界が違うのかもしれない。そう思うと、胸の奥が少し傷んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……そうか。まだ、幽霊たちは動かないか。人間界も時間が止まったまま……」
蛍は奪衣婆の使者からそう聞いた。さっき、会ったばりなのに、もう使いを寄越すなんて……心配性もいい所だ。
だが、今は有難い。何せ、こちらとしては下界の様子を知る手段がない。
とりあえず、なずなを連れて付喪神の住まう村に行く。
そこで*雲外鏡にでも、様子を調べさせるか。しかし、蛍は誰にでも媚びへつらう雲外鏡が好きでは無い。
「……仕方ないか」
*雲外鏡……鏡の妖怪で、付喪神の1種。
「蛍くん……ありがとう」
なずなは先程の翡翠色のワンピースを着ている。
「……綺麗だ」
素直に出てきた感想だった。
「え……本当に?」
「ああ。……お茶を飲んだら、ここを出る」
なずなはベッドに座り、お茶をいれたカップを取りお茶を飲む。
喉が渇いたせいか、なずなは一気にお茶を飲み干す。蛍はなずなの隣に座り、抱きしめるように肩を抱く。
「……あっ」
「体調は大丈夫?」
「う……うん。あ……ちょっと蛍くん……離れ……て」
なずなの頬は紅く染まり、俯いていた。
「どうして?」
「え……あの……その……」
「分かったよ」
蛍は肩から手を離して立ち上がった。
そして、まだ俯くなずなを見るとにやりと笑う。
(……これなら、もう少し地獄にいても耐えられるだろう)
地獄の空気は生きている人間には障るだろう。感覚を変えて耐えてもらうしかない。
母もこの地獄の空気を味わい、随分苦労させられた。
そんな姿を……もう見たくなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……人間」
閻魔から休憩をするように、命じられた牛頭と馬頭は、控え室にいた。
牛頭は、1人がけの椅子に座り、足を組んでイライラした様子だった。
「……いいじゃないですか。蓮華様以来ですよ?」
「だが、今回は下界の時間まで止まっている。単なる人間ではあるまい!」
「……やれやれ」
馬頭は血気盛んな牛頭を尻目に、急須からお茶を淹れる。
「しかし、蛍様はその人間に大層ご執心みたいですね。なずなというのは多分、女……」
「ふんっ。閻魔様の子息とあろうものが女にうつつを抜かすとは情けない」
牛頭は立ち上がり、部屋を出ていく。
「……全く。自分だって、蓮華様に恋焦がれていたではありませんか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねえ、蛍くん。なんで着替え直したの?」
あれから、蛍はまた学校の制服へと着替え直していた。
「いや、ちょっと試したい事がある」
閻魔堂から少し歩くと、街があるという。街では様々な妖怪が住んでいるという。
なずなは不安もあったが、街の灯りが見えてくると少しほっとした。
そして、祭囃子のような歌が聞こえてくる。
ここは地獄の一丁目
妖怪 妖怪 なんかようかい?
さぁさ おいでよ お化けの待ちさっ
随分と楽しそうである。
「さあ寄って見て!お姉さん」
「きゃっ……?!」
街に着くと、さっそく首を伸ばしたろくろ首が声をかけて来た。
街には二足歩行の猫や狸。目がひとつしかない小僧に顔だけの男。手足の着いた和傘の妖怪。
様々な妖怪達が人間のように暮らしていた。
その中でも、一際大きな武家屋敷のような建物。
蛍はそこへとなずなを誘う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「てーへんだ!てーへんだ!」
草履に手足の着いた妖怪が走り出す。
「こら!化け草履!屋敷で走り回るな!」
屋敷の掃除をしていた箒神の権兵衛が、化け草履の次郎吉に注意する。
権兵衛は箒の付喪神で、まさしく箒の姿である。違うのは柄の方に細長い手が生えている。
「あ!権兵衛さん!てーへんだ!閻魔様の次男が来た!」
「何?蛍様が?」
「そうだよ!もうひとりいる」
「ああ。三吉親分だろう?」
「綺麗な女の子だった。三吉親分は綺麗な女の子だっけか?」
そんなわけないと、手足をばたつかせたまま、その場にいる化け草履に突っ込んだ。
「しかし、女子?誰だ?」
権兵衛は、腕を組んで体を斜めにしたのだった。
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