蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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二学期地獄編

81 閻魔大王

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 「や……」

なずなはふらふらと立ち上がるのが精一杯だった。

目の前の鍔迫り合いをただ見守る。それだけしか出来ない。

「全く……」

後ろから声がする。太吉や楠松の声では無い。もっと透き通った声だ。

「め、馬頭様だ」

楠松が言った。なずなが振り返ると、背の高いスマートな男が立っている。

きっと鬼だが、牛頭より少し痩せているが、牛頭と同じぐらい整った顔立ちだ。

「2人とも頭に血が登りすぎです。さてと……」




「蛍様!今はあんな小娘1人にかまけている場合ではないでしょうに!」
「うるさい!お前だけは許さない!」
「埒が明かない!」

牛頭は蛍から一旦離れると、体制を整える。

「蛍様とて、もう容赦はせん!」
「だったら、こっちも遠慮なしだ!」

2人は、互いに切りかかろうとした時、大声で馬頭が叫ぶ。


「そこまで!!」

馬頭はいつ移動したのか、蛍と牛頭の間に立ち、結界で2人をはじき飛ばしたのだった。

蛍と牛頭は迎え合わせに、尻もちをついて、刀がお互いの手が離れていた。

「馬頭?!」
「どういうつもりだ?!貴様!!」

馬頭は呆れた様子で交互に2人を見る。

「小競り合いはここまです」
「これは小競り合いではないっ!」
「牛頭……貴方が刃を向けた相手は閻魔様のご子息ですよ?それに蛍様もこんな所でいざこざを起こして」

馬頭は冷静に言い放つ。

「だってこれは……!!」
「言い訳なら、閻魔堂で聞きましょう。そちらの鬼達は追って裁きを……それから……」
「え……とっ、吉永なずなです」

馬頭はにっこりとなずなに微笑む。

「元凶はあなたなので着いて来て下さい」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 なずなは息を飲んだ。牛頭と馬頭も大きいが、目の前に座る閻魔大王は更に大きい。

 顔立ちは確かに、蛍にそっくりである。しかし、蛍と違い、髪は黒黒としており、威厳がある。

(……閻魔大王、地獄の王)

生きている間に出会うとは思ってはいなかった。

「さて……。裁きを始めよう」

厳かな空気の中、閻魔の口が開き、冷たく蛍達を見下ろす。

「娘、吉永なずなと申したな?」
「は、はい」
「父さん、ぺんぺんは……」
「蛍、誰が口を聞いていいと言った?」

それを言われると、蛍は閻魔から目を逸らす。閻魔は大きくため息をつく。

「では、吉永なずな。何故、地獄に来た?」
「え?そう言われても……」
「分からないと申すのか?!」

牛頭がなずなに罵声を浴びせた所で、閻魔は牛頭を睨みつける。

「牛頭、ワシはお前にも口を聞いていいとは言っていない」
「申し訳ございません」

牛頭は大きな身体をまるで子犬のように、縮こませた。

「分からないと言ったな?それは嘘ではあるまいか?」
「は、はい!急に境界面に吸い込まれて……」
「そうか。馬頭」

馬頭は巻物を広げて、調べ事を始めてしばらく立つと口を開いた。

「……この娘の話は信じても大丈夫でしょう。品行方正そのものです。ただ……これは後で」
「では、お前は地獄に不要な問題を起こすために来た訳では無いと、そう申すのだな?」

なずなはしっかりと頷く。

「それならば、蛍と牛頭には私闘を行った罰を与える」
「え?何で?」

なずなは訳が分からないといった顔をする。

しかし、蛍も牛頭も覚悟をしている様子である。

「では、2人を」
「待って下さい!」

閻魔の命令で衛兵らしき鬼が2人を縛ろうとすると、なずなが叫んだ。

「なんだ?」

閻魔の目にぎょろりと見られ、なずなは怯んだが何とか言葉を紡いだ。

「あの……2人は悪くないと思います」
「ほう?それは何故だ?」
「えっとそれは……」

ここにいる全員がなずなを見ている。この場所で絶対の力を持つ閻魔。その閻魔に異議を唱えるとは、死にも等しい。

「わ、私地獄とか罰とか、よく分からないんですけど……怪我もしてないし……牛頭さんには、呉服屋の女将さんには謝って欲しいけど……」

なずなは、ちらちらと閻魔を見ていた。

「……小娘」

閻魔は立ち上がる。

「父さんっ!何を」

蛍が閻魔に向かおうとするが、鬼に抑えられた。

「いい子だ!馬頭、晩餐の準備は出来るか?」
「それは出来ますが、お二人の処分は?」
「そうだな。ま、それは後からでも構わんだろう?」

馬頭は首を振り、少し笑いながら巻物を巻き直す。

「……父さん。悪いけど、晩餐には出れない」
「いや。出てもらわなくては困る」

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