80 / 109
二学期地獄編
82 地蔵菩薩
しおりを挟む「困るってこっちだって……」
蛍は閻魔に逆らう事は出来ない。さらに……。
「少し顔を出すだけでよい。ワシとお前、それになずなだけだ。……馬頭」
閻魔は手招きをして、馬頭を引き寄せた。馬頭は何か閻魔に伝えている。
「あいわかった。牛頭と馬頭、人払いを頼む」
「御意」
馬頭は閻魔に、両手を合わせて深深とお辞儀をする。
馬頭は牛頭に耳打ちをすると、すっかり憔悴しきっていた顔は引き締まり、鬼たちにそれに出るよう促し始める。
牛頭と馬頭の命令であっという間に、鬼達は部屋から出ていく。
そして、数秒も立たないうちに女官と思しき鬼が畳とお膳を用意し、そこは宴の席となる。
「凄い……」
「ああ。すぐ済ませる」
畳に敷かれた座布団に、蛍は胡座をかく。なずなも蛍にならい、迎え合わせに座り込む。
上座が空いていたが、普通の人間サイズで、これでは閻魔大王が座れないのではないか。
なずなは疑問に思ったが、閻魔はいつの間にか人間サイズになっていた。とはいえ、それでも明らかに大柄ではある。
「うむ……」
閻魔は上座に座り、2人を交互に見る。
「……父さん、手短に頼んだよ。今、人間界は……」
「頼豪の事だろう?」
「知っているの?!」
「蛍、ワシが何も知らぬと申すのか?」
それは確かにそうだった。閻魔は人間界の様子を全て把握している。
「分かっているなら何で?」
「そうだな。だが、お前は後だ」
そういうと、閻魔はなずなを見る。全身くまなく、そして、心まで見透かされているような感じがした。
しかし、不思議な感覚で、不快とか恐ろしい感覚がない。
「……なずな、お前はククリ族を知っているか?」
「く、くくり?」
「嘗て人間界に存在した……いや、正確には今もだが……歴史上から抹消された一族」
その一族の歴史は古く、伊邪那岐、伊邪那美の神が存在した頃からいたと言う。
その大和族と協力しながら、中つ国を建国して言った。
しかし、ある時期を境にくくり族は山に引きこもり、表舞台から姿を消したと言う。
その話を蛍は、幼い頃に何となく聞かされていた。だが、詳細がよく分からないという感じで、おとぎ話のような感覚だった。
ましてや、人間界にはその文献や資料は一切ない。
何故、閻魔はなずなにそんな事を聞くのか、蛍には分からなかった。
「くくり族……中つ国……伊邪那岐、伊邪那美……聞く……」
頭の中ぐるぐる回る言葉……なずなは口をぱくぱくさせていた。
「これ以上はお前を困らせるだけだな……蛍、ワシに用があるのだろう?」
「…………」
「……心臓なら返してもいい。だが、今のお前に羅刹の呪いに打ち勝つ事は出来るか?」
羅刹の呪い……それは、幼い蛍ころ母を奪った力。
負の感情が高まった時に、蛍の意識を食いつぶし、そして……。
「今の僕には無理だと?」
「……いい加減、自分を赦せ。ワシから言える事はそれだけだ」
閻魔は御膳の料理に手を伸ばす。
「うむ。これは美味い。お前達も食べていけ」
御膳には、けんちん汁や野菜の天ぷら、胡麻豆腐、こんにゃくの煮物があった。
なずなは、恐る恐るこんにゃくを口に運んだ。薄味だが、ダシが効いており、旨みがある。
「美味しい……」
口の中で味が広がって行く。安心する味だ。
なずなは、手をつけようとしない蛍を見る。
「……食べぬのか」
「勝つ……」
「蛍くん?」
「僕は、羅刹と闘って勝つ」
そう言って、蛍は御膳をあっという間に平らげ、箸を置いた。
「……聞いてもいいですか?羅刹の呪いって?」
「帰ったら、ゆっくり話すよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
閻魔達の食事が終わると、御膳はあっという間に片付け終わる。
「では、蛍」
閻魔は、蛍の胸の当たりに手をかざす。すると、目を開けられない程の強い光が蛍を包み込んだ。
「……うっ」
蛍は胸を押えて、その場に座り込む。
「これでお前の心臓は元に戻った……さて……」
閻魔は境界面を出す。
「……ここから、人間界に行ける。行ってこい」
「待って下さい。あのこれ……」
なずなはスカートのポケットから何かを出す。それは、地蔵のぬいぐるみ。
「これ、閻魔様にプレゼントです。蛍くんの心臓を返してくれたお返しです」
蛍は顔を引きつらせ、閻魔は苦笑いをして受け取る。
「あはは……これはありがとう」
蛍はなずなを横抱きに境界面に入ろうとする時に、呟いた。
「父さん……ありがとう」
蛍達の身体が境界面に消えて行く。
「……やれやれ。孫の顔が早く見たくなってきた」
閻魔は、微笑む地蔵の顔を見て思ったのだった。
「蛍様は行ってしまいましたか!」
後から入って来た牛頭が尋ねると、閻魔は頷く。
「……ところで、閻魔大王、なぜご自分のぬいぐるみを持っているのです?」
馬頭に尋ねられると、閻魔は少し顔を赤くしていた。
地蔵菩薩……それは閻魔大王のもう一つの顔だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる