蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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二学期地獄編

82 地蔵菩薩

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「困るってこっちだって……」

蛍は閻魔に逆らう事は出来ない。さらに……。

「少し顔を出すだけでよい。ワシとお前、それになずなだけだ。……馬頭」

閻魔は手招きをして、馬頭を引き寄せた。馬頭は何か閻魔に伝えている。

「あいわかった。牛頭と馬頭お前達、人払いを頼む」
「御意」

馬頭は閻魔に、両手を合わせて深深とお辞儀をする。

馬頭は牛頭に耳打ちをすると、すっかり憔悴しきっていた顔は引き締まり、鬼たちにそれに出るよう促し始める。

牛頭と馬頭の命令であっという間に、鬼達は部屋から出ていく。

そして、数秒も立たないうちに女官と思しき鬼が畳とお膳を用意し、そこは宴の席となる。


「凄い……」
「ああ。すぐ済ませる」

畳に敷かれた座布団に、蛍は胡座をかく。なずなも蛍にならい、迎え合わせに座り込む。

上座が空いていたが、普通の人間サイズで、これでは閻魔大王が座れないのではないか。

なずなは疑問に思ったが、閻魔はいつの間にか人間サイズになっていた。とはいえ、それでも明らかに大柄ではある。

「うむ……」 

閻魔は上座に座り、2人を交互に見る。 

「……父さん、手短に頼んだよ。今、人間界は……」
「頼豪の事だろう?」
「知っているの?!」
「蛍、ワシが何も知らぬと申すのか?」

それは確かにそうだった。閻魔は人間界の様子を全て把握している。

「分かっているなら何で?」
「そうだな。だが、お前は後だ」

そういうと、閻魔はなずなを見る。全身くまなく、そして、心まで見透かされているような感じがした。

しかし、不思議な感覚で、不快とか恐ろしい感覚がない。

「……なずな、お前はククリ族を知っているか?」
「く、くくり?」
「嘗て人間界に存在した……いや、正確には今もだが……歴史上から抹消された一族」


その一族の歴史は古く、伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみの神が存在した頃からいたと言う。

 その大和族と協力しながら、中つ国を建国して言った。

しかし、ある時期を境にくくり族は山に引きこもり、表舞台から姿を消したと言う。

その話を蛍は、幼い頃に何となく聞かされていた。だが、詳細がよく分からないという感じで、おとぎ話のような感覚だった。

ましてや、人間界にはその文献や資料は一切ない。

何故、閻魔はなずなにそんな事を聞くのか、蛍には分からなかった。

「くくり族……中つ国……伊邪那岐、伊邪那美……聞く……」

頭の中ぐるぐる回る言葉……なずなは口をぱくぱくさせていた。

「これ以上はお前を困らせるだけだな……蛍、ワシに用があるのだろう?」
「…………」
「……心臓なら返してもいい。だが、今のお前に羅刹の呪いに打ち勝つ事は出来るか?」

羅刹の呪い……それは、幼い蛍ころ母を奪った力。

負の感情が高まった時に、蛍の意識を食いつぶし、そして……。

「今の僕には無理だと?」
「……いい加減、自分を赦せ。ワシから言える事はそれだけだ」

閻魔は御膳の料理に手を伸ばす。

「うむ。これは美味い。お前達も食べていけ」

御膳には、けんちん汁や野菜の天ぷら、胡麻豆腐、こんにゃくの煮物があった。

なずなは、恐る恐るこんにゃくを口に運んだ。薄味だが、ダシが効いており、旨みがある。

「美味しい……」

口の中で味が広がって行く。安心する味だ。
なずなは、手をつけようとしない蛍を見る。

「……食べぬのか」
「勝つ……」
「蛍くん?」
「僕は、羅刹と闘って勝つ」

そう言って、蛍は御膳をあっという間に平らげ、箸を置いた。

「……聞いてもいいですか?羅刹の呪いって?」
「帰ったら、ゆっくり話すよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

閻魔達の食事が終わると、御膳はあっという間に片付け終わる。

「では、蛍」

閻魔は、蛍の胸の当たりに手をかざす。すると、目を開けられない程の強い光が蛍を包み込んだ。

「……うっ」

蛍は胸を押えて、その場に座り込む。

「これでお前の心臓は元に戻った……さて……」

閻魔は境界面を出す。

「……ここから、人間界に行ける。行ってこい」

「待って下さい。あのこれ……」

なずなはスカートのポケットから何かを出す。それは、地蔵のぬいぐるみ。

「これ、閻魔様にプレゼントです。蛍くんの心臓を返してくれたお返しです」

蛍は顔を引きつらせ、閻魔は苦笑いをして受け取る。

「あはは……これはありがとう」

蛍はなずなを横抱きに境界面に入ろうとする時に、呟いた。

「父さん……ありがとう」

蛍達の身体が境界面に消えて行く。

「……やれやれ。孫の顔が早く見たくなってきた」

閻魔は、微笑む地蔵の顔を見て思ったのだった。

「蛍様は行ってしまいましたか!」

後から入って来た牛頭が尋ねると、閻魔は頷く。

「……ところで、閻魔大王、なぜご自分のぬいぐるみを持っているのです?」

馬頭に尋ねられると、閻魔は少し顔を赤くしていた。


地蔵菩薩……それは閻魔大王のもう一つの顔だった。







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