蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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対決、酒呑童子編

90 誘導

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 「くそ……」

蛍は湯船に浸かり、悪態を吐く。

苦手な猫と鍛錬をする羽目になって、蛍はかなり憂鬱だ。

「……仕方ない。あとで、ぺんぺんの様子でも見て癒されるか」

なずなのうちには、蛍が仕掛けた盗撮……もとい、見張りの虫がいる。
 
単に彼女の様子を見るだけではなく、どうもなずなは妖怪に狙われ易い。

しかも、彼女自身何かを隠しているような気がしてならない。

ただ、それは蛍の勘でしかない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……そういや、蛍の母親ってのはどんな女だったんだよ」


三吉は翔一とスルメイカをアテに酒盛りをしている。その横で、又三郎が丸くなって寝ていた。


「なんだ?急に」
「いや、あんなへそ曲がり坊主、どうやって育てたのかなって」

確かに、蛍をあまりよく知らない者からしたら、蛍は少々へそ曲がりかも知れない。

だが、蛍は自分の気持ちや考えには素直なだけだ。相手に合わせたり、思いやる事は少し苦手な様だが。

「蓮華様はなあ……それはもう暖かい人だったが、少し無知なお方だった」

閻魔の側室、蓮華は人間で蛍の母親である。

目が見えず、愚鈍なところもあったが、誰にでも優しく、近辺の鬼や妖怪達からは慕われていた。

しかし、何も知らぬモノ達は人間だと蓮華をバカにしている。それは今も根強く、それが蛍の評価に繋がっていた。

「……人間は確かに弱い。だが、必死でこの世を作り上げ、あっしらでも出来ない事をやってのけた。それを知らぬものが多すぎる」


三吉はため息を吐き、空になった盃に酒を注ぐ。

「……思いの外、恵まれてる奴だな」

又三郎が身体を起こし、そう言った。

「旦那、寝てたんじゃねぇのかよ」
「ずっと起きてたさ。アイツの母親は元々羅刹の生贄だったんだろう?」

蓮華は庄屋の生まれで、ある時、庄屋に娘を差し出すように鬼が要求した。

庄屋は、座敷牢にいた自分の娘を鬼に差し出す。蓮華は肌の色も透き通るほど白く、髪は輝くような銀髪で、気味悪がった庄屋は蓮華を座敷牢に閉じ込めていた。

  庄屋には、実はもう1人娘がいた。しかし、その娘を鬼に差し出す事を嫌がり、早い話が蓮華は身代わりだったのだ。

蓮華は嫌がりもせず、育ててくれた事を感謝して羅刹の所へ。

蓮華に、強い子を産むように術を掛け、いざ交わりの儀式の時に蓮華は亡くなってしまう。

羅刹は怒って村を焼く。しかし、その間に蓮華の魂は地獄へ行ってしまった。

羅刹が蓮華を見つけた時には、蓮華は蛍を身篭っていた。羅刹は無理矢理、蛍の魂に入り込んだ。

「……うわぁ。怖え!」

翔一は身震いをしている。

「閻魔大王は、坊ちゃんのここの奥底の方に、羅刹を封印したのだが、それでも感情抑えなければ……」

3人は、先日街で起きた事件を思い出す。なずなが負傷し、我を忘れた蛍を誰も止めることは出来なかった……ただ、1人を除いては。

「なずな嬢は、坊ちゃんのリミッターでもあり、ストッパーでもあるかも知れん」

「……なんの話だよ?」

風呂から上がった蛍がまだ濡れた髪を拭いて、寝巻き姿のままそう言った。

「ああ。坊ちゃん、今食事を……」
「何だよ。ぺんぺんがどうとか言ってなかった?」
「そんな事より、夕餉ゆうげを食べて下さい。食器が片付きません」

蛍は、分かった分かったと言って、温められた食事を椅子に座り食べ始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……上手いこと、誘導しといたよ」

ヒカルは、井原家の客間で寛いでいた。そこには、背を向けて、花を花瓶に生けるローズマリーがいた。

「ほな、上手いことやってな」

カチッと花の茎を切る音は、静かな部屋に響いていた。

「あー分かった。それより、みのりちゃんは俺の好きにしていんだよね?」

ヒカルは、目をキラキラしながら、ローズマリーに尋ねた。

「ああ、あの子な……アンタの趣味やったね。どっちでもええわ。うちらの狙いは……」
「お姉様、失礼して宜しいでしょうか?」

それは小さな少女の声だった。

「ええで」

障子が静かに開くと、少女が座ったまま、お辞儀をする。少女は綺麗に切り揃えられたおかっぱで、幼い顔をしていた。

「お父様がお呼びです」
「……分かったわ。アジュガ、この客は適当にあしらってや」

そう言うと、ローズマリーは立ち上がり、部屋を出る。

「……ちょっ!適当って酷くない?」
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