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対決、酒呑童子編
89 父親
しおりを挟む「はあ……」
一人で帰るのは、久々だ。話し相手がいないから、つまらないなんて思うのは初めてだ。
もうすぐ、いつもの話し相手の家の前。
今日は車庫に車が止まっていた。車はまだ止まったばかりなのか、僅かに排気ガスの匂いがする。
車から出てきたのは、なずなの父親だった。
蛍はなずなの父、良介と目が合ってしまった。
「あ!なずなの……これから帰宅かな?」
「はい」
「なずなは一緒じゃないんだね」
蛍は良介に話しかけられて、仕方なく歩くのを止めた。
別に急いでいる訳でもないが、良介と話すことは無い。
「いつも悪いね。あの子は迷惑を掛けていないかな?」
にこにこと笑いながら、良介は蛍はそう言った。
「いや、迷惑ではないです」
彼女といて、迷惑に思った事はない。寧ろ、観察対象としては完璧なのだ。
「そうか。それならよかった。あの子はすぐ怒るからな……親御さんは元気?」
親と言われて、閻魔が浮かんだが、多分ここは三吉の事なんだろう。
それにしても、なずなは怒りっぽいのか?蛍は疑問に思ったが、以前なずながふくよかと言ったら睨まれたので間違いないだろう。
「あーあ、元気ですよ。ちょっとウザイくらいです。……ぺんぺんは太っているというと怒ります」
「はっははは!女の子はそういう事は敏感だからね」
蛍には太っているのが何が問題なのか、全然分からなかった。肉付きも程よく、筋肉も付き過ぎていない。それに、何より健康的だ。
「女の子にデブは禁句だからね」
良介はまだ笑っている。確かになずなは肥えてはいない。栄養が有り余っているのではなく、バランスがいいという意味だったのに、そう捉えられたのなら、仕方がない。蛍は、怒られて当然だと思った。
全然、納得行かなかったが……。
「……なずなは毎日、君のことを楽しそうに話すんだ。あの子はいい友達に恵まれて幸せだ」
蛍は正直、自分がいい友達なのか分からなかった。
「いつもありがとう」
(なんだろう……)
前髪をかき揚げ、左眼で良介を見ていた。優しく力強い獅子のような姿。
必死で2匹の小さな子を護ろうとする姿だ。
しかし、三吉や閻魔にも似ているが、2人とは比べ者にならないくらい弱い。
正直、蛍だって良介に負ける事はないだろう。
だけど、何だか逆らえない。
なずなに似ている気もする。顔は全然似ていないし、親子には見えない気もする。
だが、確かに感じる縁は親子なのだ。
「ああ、すまない。引き止めてしまったね」
「構いません」
「それと……君のお父さん、何で君の事坊ちゃんって呼ぶの?」
さて、どう説明するか……蛍は首を捻ったのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいま」
客が来ているのは、勘づいていた。多分、翔一が来てる。……そして、もう1匹。
「よう。帰ったな」
又三郎……やっぱり、蛍はこいつが苦手だ。
「三吉、何で猫をうちにあげるの?」
「はい?今更、なんですか?翔一よりかは迷惑じゃないでしょうに」
翔一はソファを我が物顔で独占し、又三郎は床に座り、自分の手を舐めている。
翔一はここ最近、この家に入り浸っている。
「そりゃねぇぜ!親分。ここは掃き溜めよりか、マシだから来てんのによ!」
まだ、夕方の16時だと言うのに酒臭い男を蛍は冷たく見下ろした。
「早く追い出せよ……」
「……今日はなずな嬢と帰宅したんですか?」
三吉に言われて、いやな事を思い出した。
今日はなずなと遠回りして一緒に帰ろうとしたのに、みのりとダンスの練習をするからと断れたのだ。
なずなに断れるのは初めてだ。
「ちっ。そんな事より、飲み物寄越せ」
「あー。はいはい」
三吉は呆れたように、冷蔵庫を開ける。
「振られてやんの」
「うるさい!つまみ出すぞ!」
蛍はからかってきた翔一を睨んで、1人がけのソファに座る。
「おいおい。あんまり、こいつをからかうな。羅刹になっても困る」
「そう簡単にはならない」
又三郎はクスッと笑い、皿に入っている水を舐めていた。
「ああ。その事ですが」
三吉がコーヒーテーブルにお茶を置くと、蛍を見る。
「どうですかい?制御は出来そうです?」
「……分からない。ただ、押さえ込もうとすると、苦しくなる」
羅刹憑……。それは、蛍が産まれる前からの呪いのようなもの。
「そういや、前から思ってたんだけどよ……羅刹って閻魔様が何とかしなかったのかよ?」
「それはだな……」
閻魔は、実際呪いを解こうとしたが、羅刹の呪いは強く、現れる頻度もかなり少なかった。
蛍が憤怒の怒りを感じた時にだけ、現れる羅刹……。
それは時に蛍の意識までを喰らう。
「……とにかく、坊ちゃん。もう少し、神通力を高めましょう。それにはですな……」
又三郎がヒョイッとコーヒーテーブルに乗っかる。
「俺が鍛えてやるから」
蛍は思わず、落胆の声を漏らすのであった。
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