蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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対決、酒呑童子編

95 狒々

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「全く!親分」
「なんだよ。ちんたらしてるからだろ?」

 ボートから降りてから、4人はベンチに座っていた。


「……みのり、元気ないけど大丈夫?」

 なずなは隣に座ったみのりの顔色が良くない事に気づいた。

「さっき、ストーカーの笑い声が聞こえたような気がしたの」
「え?妖怪の……?蛍くんに連絡してみる?」
「大丈夫よ」

 みのりは立ち上がってそう言った。

「せっかくのデート楽しもう」
「うん……」

「ねえ、2人とも。ダンスステージがあるみたいなんだけど行ってみない?」

 ヒカルは園内の地図を指さす。
 そこには確かにダンスステージと書かれた場所があった。

「たまに僕らも練習で使ってるんだ。って言っても、全員で行くとバレるからバラバラで行くんだけどね」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











  土曜日とはいえ、ダンスステージでのイベントは今日は無い。

  その事はヒナも把握済みだ。いつもの華やかの衣装と違い、動きやすいジャージだ。

  音はなく、レッスンの通りダンスをする。観客もいないし、踊りがいはない。

 だけど、これは練習だ。

 一通り終わり、休憩の為舞台の端に座る。ふと、前を見ると4人の男女が歩いてくる。

「あれって……」

 4人のうち、3人は知り合いだ。

 1人は最近、よく共演するバンドのキーボード。
 そして、1人は昨夜抱き合った男、そして、その男と親しそうに話す……。

「何であの子が……?」

 それは昔からの憧れの友人でもあり、目標でもあり……嫌いな人物だった。

 どんどん近付いてくる彼らに隠れるようにして、背を向けた。

「なずなはダンス好きか?」
「うん。ちょっと得意なの」


 (やめてよ……。私の得意分野奪わないで)

 胸が締め付けらるようだった。ヒナは、そこから逃げ出すように荷物をまとめ始めた。

「じゃあ、今度ライブでバックダンサーしてくれ」


 (簡単に頼まないでよ!私があなたに近づくためにどれだけ苦労したと思ってるの?)

 荷物を乱暴に掴むと、そこから走り去っていく。

 (……あの女)

 シュンスケは走り去っていくら様子を見ていた。

「うーん。それは無理です。人に見せれるレベルじゃないし……あれって」
「どうかしたか?」
「ううん。なんでもないです……」


 なずなは見た事のある後ろ姿を見送っていた。

「え?みのりちゃん、ダンス部なんだ!」

 ヒカルの明るい声、みのりの笑い声。

 この時、不穏な空気をなずなは感じることはなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 長く息を吐き、邪念を捨てる。美しく落ち着い場所を想像し、座禅をする。


  澄んだ空気、滑らかに流れる小川、たくさん咲いた花。その中にいる自分。

  川のせせらぎに耳を傾けると、眠くなってくる。

 (……よし。瞑想状態に入ったな)

 その微睡みの中で、ふとある人を思い出す。

「母さん……」

 優しく微笑むのは母親。蛍の口元は緩み始めた……しかし。

 次の光景は、血塗れの母。

「母さん!……違う、違うこれは?!」

 母と思っていたのは……。

「うわあああ!」








 ふと、現実に戻る。

「おい。戻ってきたのか?」

 又三郎に呼びかけられると、蛍は酷く顔を青くし、息を切らしていた。

「はあはあ……嫌な光景が見えた」

 蛍が急に立ち上がるので、膝の上にいた又三郎はひょいっとジャンプして地面に降りる。

「おい。今日はまだ……」
「うるさい。休憩だ」


 そう言って、家の中に入っていった。丁度、その時三吉が洗濯カゴを持って出てきた。

 三吉は蛍の後ろ姿を見送ると、又三郎に蛍の様子を尋ねた。

「坊ちゃんの様子は?」
「どうも、調子が出ないみたいだな……」


 そうかと、三吉は洗濯カゴから洗濯物を取り出していた。

「……これから、坊ちゃんに取って1番の試練が訪れるかもしれん」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  「じゃあ、踊るね」

 スマホから流れる軽快な音楽。それに合わせて、みのりとなずなは踊る。

 ダンスステージは他の客は休憩中だ。

「……結構激しいね」

 曲は雅楽をロック調にして、歌は入っていなかった。それは軽快でもあり、優雅でもある。

「ああ、だが……ん?」
「どうしたのさ?」
「来るぞ」

 曲は見せ場の部分だ……しかし、その時けたたましい笑い声が聞こえてきた。


「ひっひっひっひぃー!」

 ステージ中央に黒い渦巻きのようなものが現れ、そこから2メートルは超えた巨大な猿が現れたのだ。

「な、なんだ?!あれ?!」
「きゃあああ!!」

 人々が悲鳴や怒号をあげ始める。大猿は、ステージから降りて、人間達を威嚇するように咆哮を上げた。

「やべぇっ」
「動物園から抜け出したの?」

 その場から逃げ出すものと、面白がって近づくものがいた。

「おもしれぇっ!バズるかも」

 そう言って、近づいてスマホを向ける数人の男達。

「あー面白うそうだな!それ」

 大猿ははっきりと男にそう言った。

「へ?」

 男が驚いていると、大猿は男の首根っこを掴み、ぶんぶん振り回した。

「うりゃあ!」

 大猿は振り回したあと、思いっきり他の男達の方向に投げつける。

「ば、化け物だ!!」

 男達は投げられ、泡を吹いている男を置き去りにして逃げていく。

「馬鹿な」
「親分、あれば狒々ひひ

 狒々……。それは猿の妖怪で、怪力の大猿。めくれたような唇が特徴で四六時中笑っている。

 狒々はまた大笑いを始めた。

 なずなとみのりは、ステージ上で暫く唖然としていた。

「妖怪なの?」
「あいつ!あいつよ!私の部屋を覗いていた奴っ!」
「え?!」

 狒々はにやりと笑い、みのり達を見ている。

「ひっひっひっ!女だぁ!でも、そこの2人をまずのしてやる!」

 狒々はご機嫌な様子で、高く飛び上がるとシュンスケに襲いかかる。



 しかし、狒々はシュンスケと眼があった途端に、身体を翻す。

「いや、まあ、お前らはあとだ!そこのお前、オラの嫁になれ!」

そう言ってステージに向かって行く。

「親分……どうする?」
「………………」

シュンスケはじっと何も答えず、行く末を見守る様子だ。

「みのり、逃げよっ」

なずなはみのりの手を引っ張り、ステージ脇へ連れて行こうとする。

「邪魔すんなっ!」
「きゃっ!」

狒々はなずなを蹴り飛ばし、その勢いでなずなはみのりから手を離し、倒れ込む。

「なずな!!」
「うっ!」

倒れ込んだなずなは、すぐ起き上がり、狒々を睨み付ける。

「おおっ!!こっちもなかなか上玉じゃねぇか?!」

狒々の眼はすっかり、なずなに釘付けになっていたが、すぐに頭を振ってみのりを捕まえる。

「おめェは、オラの嫁だぁぁ!」
「ちょっ……いやあああ!」

なずなは彼を呼ぶしかないと、胸元を探ったのである。





















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