蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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対決、酒呑童子編

99 楽しい食事

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   なずなは家に帰宅する前に、スーパーに寄っていた。

  夕方になると、特売が始まる。安くなった惣菜や生鮮食品に、特価の日用品。

 なずなはそれらを手に取っていく。

 あれから、蛍は人を寄せつけないように帰宅してしまった。

 メッセージを送ってみたが、返事も既読もない。

 精肉コーナーに行くと、見覚えのある大きな背中があった。

「三吉さん?」

 すると、大きな背中がこちらを振り向く。

「ああ!これは、ぺんぺんさん!」

 身体だけではなく、声も大きい三吉にびっくりしながら、なずなはにっこりと微笑む。

「お買い物ですか?」
「そうなんですよー。坊ちゃんが、落ち込んで帰ってきたんで、ステーキでも焼いてやろうと思いまして」

 そう言って、ブロック肉を三吉は手に取った。

「蛍くん。ステーキ好きなんだ……。しかも、そんな大きいの」
「あ、こりゃあっしのです!坊ちゃんはこんなに食べません。それに、ステーキは坊ちゃんじゃなくてあっしが好きなんです」

 そういたずらっぽい笑みを浮かべた三吉を可愛いと思ってしまい、なずなはくすりと笑う。

「いやあ、坊ちゃん。かなり、いじけてましたよ。帰って来て、口一つ聞きやしません。だから、肉でも焼いて無理やり口を開けるのが楽しみなんです」

 蛍は時々、意地悪だが、これは三吉に似たらしい。

「そうだ!ぺんぺんさん明日暇ですか?」

 三吉が何かを閃いたのか、ぽんと手を叩く。

「え?明日は特に予定は……」
「ああ!なら、ちょうどいいです。明日、うちに来ませんか?」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 翌日、午前11時。蛍はようやく、ベッドから起き上がる。

「いたっ」

 それに昨日は、酒呑童子に殴られたせいで体中が痛い。

 殴られた頬が痛む。

 でも、それよりも痛かったのは……。

「ぺんぺん……」

 なずなは怪我がないし、連れ去られた訳でもない。
 だが、あれでは守れたとは言えない。

 今はとりあえず、起きないと三吉がうるさいので起きて整容だけでも済まそう。

 しかし、今日はやたらドアの向こうがうるさい。三吉が暴れているのか?

 いや、三吉は暴れてなくてもうるさい。
 すると、又三郎か?だとしら、猫が怖い蛍には怖すぎる。

 蛍はそおーっと、ドアを開ける。

「やだっ!三吉さんたらっ」

 歌うようななずなの声。

「ぺんぺん?なんで……」

 蛍は思わず、リビングの方に出た。

「坊ちゃん。いつまで寝てるんですか?もう昼ですよ。又三郎も来ています」

 キッチンにいる三吉が、なずなの代わりに答えた。
 今日は猫の姿の又三郎が、ソファの上でにゃあと鳴いているし、なずなの父と弟もいる。

「うるさい!それより、何で?」
「おはよう、蛍くん。三吉さんに誘われたのよ。しめじスープ出来るから待っててね」

 そう言ってなずなは、ガスの火を止める。

「やあ。久しぶりだね。家族でお邪魔して悪いね」

 なずなの父の良介がソファに座って、蛍に手を振っていた。
 なずなの父は、フォトスタジオを経営しているが、今日は中抜けして来たという。

「さあ、出来たよ」

 そう言って、なずなと三吉がお盆に食べ物を入れて持ってくる。

 唐揚げ、含め煮、しめじのスープとおにぎりだ。

 それぞれ、分かりやすいように取り皿は違う種類の皿を持っていた。

「うわあ!美味しそう!頂きます」

 弘海が手を合わせて、早速おにぎりや唐揚げにかぶりつく。

「……頂きます」

 蛍はしめじのスープをゆっくりと流し込む。体中に出汁のうまみが染み渡った。

 すーっと、疲れが取れていく。

「いやあ、ぺんぺんさんは本当に料理が美味くて!こりゃあ、嫁の行く手数多ですな」

 ガハハと三吉が豪快に笑うと、良介も笑う。当のなずなは、少し恥ずかしそうに俯いていた。

「……それに比べ、坊ちゃん。あんたに嫁が来るか心配です。顔つき悪くて性格悪くて」

 三吉が盛大にため息をつくので、蛍はギロりと睨みつける。

「うるさいヤツだ。僕は嫁を探している訳じゃない」
「あはは。そんなことは無いですよ。俺には彼は好青年に見えますよ」

 良介がにっこりと蛍に笑いかけるので、蛍は思わず目を逸らす。


そんな時、又三郎はにゃあと鳴いてなずなに甘えるように擦り寄って来た。

「あら?どうしたの?又三郎」

なずなは、又三郎を抱き上げると、又三郎はなずなに顔を近づけた。

そして、なずなの頬に顔を擦り付ける。

「あああ!」

蛍が叫ぶと、皆の視線は蛍に集まる。

「ほ、蛍さん?どうしたの?」

弘海の顔はやや引きつっていた。

「ん?いや、なんでもない」

蛍は平静を装い、再び食事に集中し始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


全員が食事を終えると、吉永一家は帰宅していく。

「又三郎……あれは何のつもりだ?」

リビングのソファで丸くなっている又三郎を蛍は見下ろした。

「ん?」
「ぺんぺんの顔にすりすりって」
「あんなもんただの挨拶だろ?」

又三郎は呆れたように、大きなあくび混じりにそう言った。

「そうじゃなくて……」
「さ、修行を始めようぜ?あの子を誰にも盗られたくないならな」

ソファの上から又三郎は、ぴょんと飛び降りた。

「わ、分かった」

蛍は渋々、又三郎の後を着いていく。三吉はその姿を優しく見守りながら、食器を洗って行く。

しかし、手が滑って1枚だけ、床に落としてしまう。

「ああ。割れちまった。ん……」

三吉は指を食器の破片によって切ってしまったのだ。
指から溢れる血を見て、三吉は嫌な予感がした。


そして、その嫌な予感は……後に的中してしまう。

そのお皿を使っていたのは……。
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