蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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対決、酒呑童子編

103 お菓子と着流し

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「井原先輩が部活休むなんてね」

 なずなはスケッチをしながらそう言った。その横で蛍はただ鉛筆を回しているだけである。

「でも、なんで?」

 ガラムは絵が気に入らなかったらしく、新しいページを開いていた。

「……おうちの様子だって。今度埋め合わせにエクレア買ってくれるみたい。気を使わなくてもいいのに」


 そう言っているのに関わらず、なずなの頬が緩んでいるのを蛍は呆れてみている。

 (井原ローズマリーか……)

 蛍はローズマリーの事が気になって仕方がなった。だが、これは好意から来るものではないと蛍は確信している。
 どちらかと言えば、非常に興味深いだ。

「まあ、1番興味深いのは隣にいるけどね」

 蛍はじっとなずなの顔を覗き込む。

「どうしたの?蛍くん」

 なずなはそれに気付いて、蛍の方を見た。

「なんでもないよ」

 蛍はくすりと笑う。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




  着流しの男性に言われるがまま、ネリネは屋敷に入る。

 屋敷の庭は広く、綺麗な池もあった。庭の草木はきちんと手入れされており、ネリネは心を奪われていた。

「綺麗……」
「ほんま?嬉しいわー」

 男性はネリネの頭を撫でる。
 ネリネは、まるで長兄・経国みたいだなと思った。

「じゃあ、縁側で座って待っといてな。お菓子ぎょうさんあるさかいな。妹と食べてな」
「妹?」

 ネリネは言われた通り、縁側に座る。

 縁側からは、庭の景色が一望出来た。小さな池に魚が泳いでいる。池は、水底が見えていた。
 ネリネの住んでいる地獄では、こんなに水が透き通っている事は無い。
 いや、唯一池が透き通っていた場所がある。それは、次兄・蛍の生家であった。
 母・奪衣が言うには、蛍の実母が地獄にいた頃はもっと美しかったという……。

「あ、あの……」

 誰かに声を掛けられ、ネリネは後ろを振り向くとお菓子を置いたお盆を抱える少女がいた。

 少女は、さきほど外を覗いていた子だ。

「え?あなたさっきの……」
「アジュガ。お前も縁側に座り」

 奥から先程の男性がお盆を持って出てくる。少女・アジュガは促されるまま、縁側に座り、お盆をネリネの横に置く。

 男性もその場に座り、お茶を入れてくれる。
 男性はよく見ると、流し目で鼻筋の通った美丈夫であった。
 それに見れば見るほど、着流しが良く似合う。

「……うちに見蕩れてんの?」

 急に顔を覗き込まれて、ネリネは顔を赤くしてそっぽを向く。
 男性は、そんなネリネをからかうようにクスクスと笑う。
 こんな態度はまるで、蛍のようだとネリネは思った。

「ふふふ……。アジュガ、自己紹介したらどうや?こちらのお嬢さんに……」

 アジュガと呼ばれた少女は、はにかみながらネリネを見ている。


「え……あの……」

 アジュガは戸惑った様子で、一生懸命ことばを出そうとしていた。

「あ、私はネリネ!あなたの名前はアジュガちゃん?」

 ネリネはにっこりと笑いかけると、つられてアジュガも笑う。

「仲良う出来そうやな。ほな、俺は奥に入ってるさかい、用があれば呼んでな」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「……閻魔の娘が来ているだと?」

 盃で1杯飲み干すと、シュンスケはそう言った。

 部屋には、酒と鉄の錆びた匂いが充満している。

「そうどす。偉い可愛らしいお嬢さんで閻魔とは似ても似つかない」

 そう言って、着流しの男……バラは抹茶を点てる。

「閻魔と言えば、誰かさん。えらい手こずりはったらしいな」
「ふん……」


 シュンスケは、酒瓶ごと酒を飲み始める。

「……なんか言うたらどうや?誰かさん」

 暗がりから、誰かが噎せる音が聞こえた。

「ゲボっ……か、勘弁して下さい……兄さん……」
「おや、随分男前になったやんか。星熊」

 這いずるように、星熊が顔を腫らして血反吐を吐きながら出てくる。

「ふふっ。酒呑、鬱憤解消とはいえやりすぎちゃいます?」

 バラは声を弾ませてそう言った。

「……ふん。閻魔の娘が来たのはお前の差し金か?」
「ちゃいます。偶然やで……でも、必然かも分からんなあ」

 バラは抹茶を一気に飲み干した。

「苦いなー。ほんま苦い。座敷童子はうまくやってくれはるかな」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「美味しい!これ、なんてお菓子?」

 ネリネの食べたお菓子は、缶に詰まっており、小さな焼き菓子や落雁、金平糖があった。

「フキヨセってお菓子なの」

 よく見ると焼き菓子や落雁は、可愛らしい花の形になっている。

「そうなんだ!地獄では見たことないや!」 「じごく……?」

 ネリネはしまったと思い口を手で覆った。

「え、えっとなんて言うか、ほら!地名の名前」

 ネリネは慌てて誤魔化したが、アジュガはよく分かっていない様子。

「いつか、そこ行ってみたい!」

 いつか……。それはアジュガが、この世から消える時。
 だけど、何だかそんな時は来ない……ネリネはそう思った。

「……なんや仲良うしてるやない?」

 部屋の奥から声がして、振り向くと先程の男性がいる。

「あのぉ、お兄さん。お名前を教えてください」

 男性は一瞬真顔になるか、直ぐに微笑み返してきた。

「俺の名前は……バラ。この子のお兄ちゃん。君にもいてるかな?」
「え?何が……?」
「お兄さん」

 ネリネはああと頷き、いると応えた。

「ふうん。楽しそうやね。そや、あんたら出かけたらええ。アジュガ、今お小遣いやるから」

 バラは、懐から道中財布を取り出す。

「え……?いいの?でも、私」
「ええよ。今日は天気もええしな」

 そう言って、バラはお札を1枚づつ2人に渡す。

「え?何この紙?」

 ネリネはお札を見つめ、首を傾げた。

「どないさしたん?お金、1000円やで?」

 ネリネは思い出した。以前、瑠璃と地獄の商店街で買い物をした時、ちょうど同じようなモノでやり取りしていのを……。

少しデザインは違うものの、それと似たような物だろう。
しかし、ネリネは可愛くないと不満そうだ。

「なんや?諭吉のがええ?」
「ううん。うさぎか猫の絵の方がいいいい。でも、ありがとうございます」

バラは苦笑いをしている。

「けったいな子やな……。まあええわ、2人で出かけてきぃや」








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