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婚約破棄という選択肢①
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そんな王子の決意も、運命には逆らえないのかもしれない。その夜、モースリンは2回目の予知夢を見た。
夢の中で、モースリンはミラルク学園の生徒たちでごった返す第一行動のど真ん中にいた。どうやら卒業式らしく、ガウンを着てタッセルのついた角帽を被った生徒たちの手には筒状に丸めた卒業証書が握られている。
(ハリエット様を探さなくちゃ)
モースリンは人並みの真ん中に向けて泳ぎ出す。ぶつかり合う男子生徒の肩の間をすり抜け、輪になって話す女生徒たちの真ん中をかき分けて、ただ、ハリエットに会わなくちゃ、と強く思った。
「殿下!」
なりふり構わず彼を呼ぶ。と、人波がざあっと割れ、大きな花瓶を置いた講壇が見えた。
そこに、かの男は立っていた。
「モースリン嬢、こっちだ」
「殿下……」
ふっと片手を上げたモースリンは、彼の隣に白い髪の少女が立っているのを見てとって、動きを止めた。
「殿下……?」
ハリエットは、まるで氷を嵌め込んだみたいなうつろで冷たい目をしていた。その片手は白い髪の少女の腰をしっかりと抱き寄せており、勢い、少女はハリエットにベッタリと身を寄せる形となる。
誰がどう見ても一線を超えた男女の距離感だ。夢の中だというのに、モースリンの胸がちくんと痛んだ。
ハリエットが口を開く。そこから溢れ出した言葉は冷たい眼差しよりもさらに冷たい。
「モースリン=カルティエ嬢、僕らの婚約を白紙に戻す。つまり、婚約破棄だ!」
彼はさらに言葉を続ける。
「それだけではない、お前は罪人だ、嫉妬に狂ってカエデにさんざん嫌がらせをしたうえ、あまつさえその命を奪おうと刺客を差し向けたそうじゃないか!」
モースリンは、そんなことは絶対にしないと誓うことができる。ここが夢の中だからではなく、自分が王妃となるべく教育を受けた身であるがゆえ。
王妃の仕事は王に愛されることではなく、王に並び立つことだ。それゆえ国民に対してのイメージ戦略というものが何よりも優先される。つまりは王の妻ではなく、常に『王妃』という立場にあることを優先させるべきであると。
例えば王が何人愛妾を持とうが、なんなら国中の美女を集めてハーレムを作ろうが、王妃であるなら『世継ぎを得るために』必要なことだと黙認すべしと――モースリンはそういう教育を受けてきた女だ。ハリエットの寵愛を他の女に奪われたからといって、その相手を追い落とすようなことをするはずがない。
しかし、ハリエットの腕に抱かれた少女は涙を浮かべて言った。
「怖かったですぅ、いきなり剣を持った男が押し入ってきて、ハリエットが助けてくれなかったら、私、死んじゃってましたぁ」
ハリエットがその言葉尻を引き取る。
「その賊を捕らえて尋問したところ、カルティエ家から金をもらったのだと証言したのだ、これについて何か申し開きはあるか、モースリン嬢?」
つぎの瞬間、ぐるりと目の前が回った。物理的な時間の束縛から解き放たれた夢の中ではよくあることだ。
気が付くとモースリンは、断頭台の上に立っていた――
「ふはっ!」
まだ夜も明けきらぬ暗がりの中、飛び起きたモースリンは自分の首を撫でた。
「良かった……つながってる……」
今しがたの夢を幾度か反芻する。
「まさか私が……嫉妬とか……」
夢の中では毅然としていたが、こうして現実に戻ってみれば自信がない。確かに王妃教育を受けた身としては王子の相性の一人に目くじら立てるほど嫉妬して、あまつさえそれを亡き者にしようなんてはしたないことだと知っているけれど――ハリエットに恋する一人の乙女としては、彼を独占もしたいし、彼に近づく女がいればプキュッとひねってやりたいような気もする。
「ハリエット様……」
暗がりを透かして『祭壇』を見れば、肖像画の中の彼はにこやかに微笑んでいた。モースリンの好きな、優しさ以外何も感じさせないほど甘い、この笑顔が凍り付くほどのことをするなんて、自分はいったい何をしてしまったのだろうか。
「だって、しょうがないじゃない、好きなんだもん……」
明けきらぬ夜の闇にまぎれて、モースリンはひとしきり泣いた。泣いて泣いて……ようやく明けはじめた朝もやに透かして見れば、手首に刻まれた数字は5から4へと変わっていた。つまり今しがた見たのは、間違いなく予知夢だ。
「そうね、確かにハリエット様をとられそうになったら……刺客を放つくらいしちゃうかも」
モースリンは夜が明けきるまで、さらに泣きぬれたのだった。
夢の中で、モースリンはミラルク学園の生徒たちでごった返す第一行動のど真ん中にいた。どうやら卒業式らしく、ガウンを着てタッセルのついた角帽を被った生徒たちの手には筒状に丸めた卒業証書が握られている。
(ハリエット様を探さなくちゃ)
モースリンは人並みの真ん中に向けて泳ぎ出す。ぶつかり合う男子生徒の肩の間をすり抜け、輪になって話す女生徒たちの真ん中をかき分けて、ただ、ハリエットに会わなくちゃ、と強く思った。
「殿下!」
なりふり構わず彼を呼ぶ。と、人波がざあっと割れ、大きな花瓶を置いた講壇が見えた。
そこに、かの男は立っていた。
「モースリン嬢、こっちだ」
「殿下……」
ふっと片手を上げたモースリンは、彼の隣に白い髪の少女が立っているのを見てとって、動きを止めた。
「殿下……?」
ハリエットは、まるで氷を嵌め込んだみたいなうつろで冷たい目をしていた。その片手は白い髪の少女の腰をしっかりと抱き寄せており、勢い、少女はハリエットにベッタリと身を寄せる形となる。
誰がどう見ても一線を超えた男女の距離感だ。夢の中だというのに、モースリンの胸がちくんと痛んだ。
ハリエットが口を開く。そこから溢れ出した言葉は冷たい眼差しよりもさらに冷たい。
「モースリン=カルティエ嬢、僕らの婚約を白紙に戻す。つまり、婚約破棄だ!」
彼はさらに言葉を続ける。
「それだけではない、お前は罪人だ、嫉妬に狂ってカエデにさんざん嫌がらせをしたうえ、あまつさえその命を奪おうと刺客を差し向けたそうじゃないか!」
モースリンは、そんなことは絶対にしないと誓うことができる。ここが夢の中だからではなく、自分が王妃となるべく教育を受けた身であるがゆえ。
王妃の仕事は王に愛されることではなく、王に並び立つことだ。それゆえ国民に対してのイメージ戦略というものが何よりも優先される。つまりは王の妻ではなく、常に『王妃』という立場にあることを優先させるべきであると。
例えば王が何人愛妾を持とうが、なんなら国中の美女を集めてハーレムを作ろうが、王妃であるなら『世継ぎを得るために』必要なことだと黙認すべしと――モースリンはそういう教育を受けてきた女だ。ハリエットの寵愛を他の女に奪われたからといって、その相手を追い落とすようなことをするはずがない。
しかし、ハリエットの腕に抱かれた少女は涙を浮かべて言った。
「怖かったですぅ、いきなり剣を持った男が押し入ってきて、ハリエットが助けてくれなかったら、私、死んじゃってましたぁ」
ハリエットがその言葉尻を引き取る。
「その賊を捕らえて尋問したところ、カルティエ家から金をもらったのだと証言したのだ、これについて何か申し開きはあるか、モースリン嬢?」
つぎの瞬間、ぐるりと目の前が回った。物理的な時間の束縛から解き放たれた夢の中ではよくあることだ。
気が付くとモースリンは、断頭台の上に立っていた――
「ふはっ!」
まだ夜も明けきらぬ暗がりの中、飛び起きたモースリンは自分の首を撫でた。
「良かった……つながってる……」
今しがたの夢を幾度か反芻する。
「まさか私が……嫉妬とか……」
夢の中では毅然としていたが、こうして現実に戻ってみれば自信がない。確かに王妃教育を受けた身としては王子の相性の一人に目くじら立てるほど嫉妬して、あまつさえそれを亡き者にしようなんてはしたないことだと知っているけれど――ハリエットに恋する一人の乙女としては、彼を独占もしたいし、彼に近づく女がいればプキュッとひねってやりたいような気もする。
「ハリエット様……」
暗がりを透かして『祭壇』を見れば、肖像画の中の彼はにこやかに微笑んでいた。モースリンの好きな、優しさ以外何も感じさせないほど甘い、この笑顔が凍り付くほどのことをするなんて、自分はいったい何をしてしまったのだろうか。
「だって、しょうがないじゃない、好きなんだもん……」
明けきらぬ夜の闇にまぎれて、モースリンはひとしきり泣いた。泣いて泣いて……ようやく明けはじめた朝もやに透かして見れば、手首に刻まれた数字は5から4へと変わっていた。つまり今しがた見たのは、間違いなく予知夢だ。
「そうね、確かにハリエット様をとられそうになったら……刺客を放つくらいしちゃうかも」
モースリンは夜が明けきるまで、さらに泣きぬれたのだった。
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