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真摯
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外回りをしてきた保が事務所に戻ると、ソファーに座り煙草を吸いながら談笑していた男達が立ち上がり頭を下げた。
「保さん、お疲れ様です!」
保は軽く手を挙げそれに答え、自室に入ろうとしたが、手持ちぶさたにしている龍吾に目がいった。煙草を慌てて消した様子もない。
「龍吾、どうした、タバコ吸ってねーのか」
少し意地悪く龍吾に問い掛けると。
「うるせーよ! 取り上げられたんだよ!」
「取り上げられた? 誰にだよ」
驚く保の声が上擦った。
星児は龍吾の起こすトラブルに対する姿勢は厳格だが、それ以外の事には何も言わない。星児が龍吾から煙草を取り上げる筈がない。
自分以外で誰が。
「みちるさんにだよ!」
「はぁっ⁉︎」
みちるに⁉︎
事務所にいた男達が、保が発した声に驚き振り向いた。保は龍吾の腕を掴むと「来いっ」と部屋に連れ込んだ。
龍吾は、みちるを劇場に送り届ける仕事を任されるようになった。迎えは深夜になる為あまりしなかったが、昨夜は保に頼まれ、あがりを待つ為に楽屋口傍にある管理人室にいたのだ。
終演後、明るく声を掛けて帰っていく踊り子達に、管理人の金造老人が抱きつくなどする賑やかな中、ソファに座る龍吾が煙草を取り出しくわえた。
が、背後から即座に取り上げてられた。え、と驚き振り向いた瞬間、反対の手に持っていた煙草の箱が取り上げられる。
立ち上がった龍吾の視界に入ったのは、右手に一本の煙草、左手に箱を持って軽く睨むみちるの姿だった。
「なんだよ、返せよ」
睨み返す龍吾の迫力にみちるは怯みかけたが懸命に言い放つ。
「龍吾君はまだダメです!」
「そういう説教は保さんだけで沢山だ」
煙草の箱を取り上げようとした龍吾の手をみちるはパチンと払った。
「保さんがダメと言うものは、ダメです! それに、龍吾君みたいに若い子の身体には絶対によくないです!
吸うなら大人になってから」
「なんだよ、偉そうに! ソレは星児さんから貰った泣けなしのカネで買ってるんだよ!」
「じゃぁ、私が買い取る!」
「みちるさんは吸わねーだろうが! 捨てちまうのか? あー、勿体ねー!」
「吸うわよ! 全部ちゃんと吸って、捨てなきゃいいんでしょう!」
売り言葉に買い言葉だ。内容はともかく、子供の喧嘩のような掛け合いに、周りが気付き興味津々に見詰めていたが、みちるは構わず、龍吾が手にしていたライターをふんだくった。
あ、っと驚く龍吾の前で、みちるは慣れない手つきでくわえた煙草に火を点けた、と思ったらゴホゴホと凄まじい勢いでむせ始めた。
キャハハハハハと見ていた踊り子達の笑い声が辺りに溢れる。管理人室の廊下に面した窓から身を乗り出すサラがカラカラ笑いながら言った。
「みちるはムリよ~。私達の吸ってるとこ来て何度か挑戦したけど、煙、まるで吸い込めないんだもん~」
そうなのだ。煙草が吸えたら灰皿を囲む出待ちの踊り子達の輪にも入れる、と何回か挑戦したみちるだったが、ムリだったのだ。
その度に、踊り子達は「ムリに吸わなくたってみちるも話しに入って来なよ」と笑い、星児と保も「お前には似合わない」と言いながら笑っていた。
「でも、捨てなければ、私が吸えば龍悟君も納得するんでしょ⁉︎」
ゲホゲホと涙目になりながら言うみちるに、龍吾は堪らず声を上げた。
「わーったよ! 負けた! 負けたよ! もう吸わねーよ!」
笑っていたサラが優しく「あたしが買い取るから安心しな」とみちるの頭を撫でた。
腹を抱えて笑う保がヒーヒーと苦しそうにデスクの机を叩いていた。
「笑いすぎだぜ」
昨夜の出来事を一通り説明した龍吾が、憮然とした表情で睨んでいた。未だ笑いが貼り付いたような顔で保は言う。
「んじゃ、暫くは煙草が買えねーワケか」
「そういうことだよ」
チッと舌打ちをした龍吾。
「どうせ、そのうちまた吸い始めんだろ」
まあな、と答える龍吾に保は苦笑いする。
俺は確か十八くらいから、星児に至っては十四くらいからだもんな、あんま強くは言えないな。
「まあ、みちるの空回り感は否めないが」
保は龍吾を真っすぐに見据える。
「龍吾」
一つだけ言っておこう、と保は思った。たとえ今、龍吾にはその意味が分からなくとも。
「みちるは本来、売り言葉に買い言葉の掛け合いなんてするような子じゃない。それがそんだけムキになった意味、少しだけ考えてやってくれな」
龍吾は何も答えず、思案顔で黙っていた。
下がっていいぞ、と言った保は、ふと思い出した事があり、ドアノブに手を掛けていた龍吾を呼び止めた。
「みちるは、姉貴と何か話したりしてる様子なかったか?」
龍吾は首を傾げた。
「保さんの姉ちゃんて、劇場の支配人だろ? みちるさん、それらしき人と話してるとこは、俺昨日でなくても見たことねーよ?」
龍吾の答えに、そうか、と保は唸った。
本格的に、姉貴とみちるとの間に亀裂が入っている。
何も起こらなければいいけどな。小さくため息をついた保は座っていたデスクの椅子をクルリと回し、窓の外に拡がるビル街の景色を眺めた。
†††
「保さん、お疲れ様です!」
保は軽く手を挙げそれに答え、自室に入ろうとしたが、手持ちぶさたにしている龍吾に目がいった。煙草を慌てて消した様子もない。
「龍吾、どうした、タバコ吸ってねーのか」
少し意地悪く龍吾に問い掛けると。
「うるせーよ! 取り上げられたんだよ!」
「取り上げられた? 誰にだよ」
驚く保の声が上擦った。
星児は龍吾の起こすトラブルに対する姿勢は厳格だが、それ以外の事には何も言わない。星児が龍吾から煙草を取り上げる筈がない。
自分以外で誰が。
「みちるさんにだよ!」
「はぁっ⁉︎」
みちるに⁉︎
事務所にいた男達が、保が発した声に驚き振り向いた。保は龍吾の腕を掴むと「来いっ」と部屋に連れ込んだ。
龍吾は、みちるを劇場に送り届ける仕事を任されるようになった。迎えは深夜になる為あまりしなかったが、昨夜は保に頼まれ、あがりを待つ為に楽屋口傍にある管理人室にいたのだ。
終演後、明るく声を掛けて帰っていく踊り子達に、管理人の金造老人が抱きつくなどする賑やかな中、ソファに座る龍吾が煙草を取り出しくわえた。
が、背後から即座に取り上げてられた。え、と驚き振り向いた瞬間、反対の手に持っていた煙草の箱が取り上げられる。
立ち上がった龍吾の視界に入ったのは、右手に一本の煙草、左手に箱を持って軽く睨むみちるの姿だった。
「なんだよ、返せよ」
睨み返す龍吾の迫力にみちるは怯みかけたが懸命に言い放つ。
「龍吾君はまだダメです!」
「そういう説教は保さんだけで沢山だ」
煙草の箱を取り上げようとした龍吾の手をみちるはパチンと払った。
「保さんがダメと言うものは、ダメです! それに、龍吾君みたいに若い子の身体には絶対によくないです!
吸うなら大人になってから」
「なんだよ、偉そうに! ソレは星児さんから貰った泣けなしのカネで買ってるんだよ!」
「じゃぁ、私が買い取る!」
「みちるさんは吸わねーだろうが! 捨てちまうのか? あー、勿体ねー!」
「吸うわよ! 全部ちゃんと吸って、捨てなきゃいいんでしょう!」
売り言葉に買い言葉だ。内容はともかく、子供の喧嘩のような掛け合いに、周りが気付き興味津々に見詰めていたが、みちるは構わず、龍吾が手にしていたライターをふんだくった。
あ、っと驚く龍吾の前で、みちるは慣れない手つきでくわえた煙草に火を点けた、と思ったらゴホゴホと凄まじい勢いでむせ始めた。
キャハハハハハと見ていた踊り子達の笑い声が辺りに溢れる。管理人室の廊下に面した窓から身を乗り出すサラがカラカラ笑いながら言った。
「みちるはムリよ~。私達の吸ってるとこ来て何度か挑戦したけど、煙、まるで吸い込めないんだもん~」
そうなのだ。煙草が吸えたら灰皿を囲む出待ちの踊り子達の輪にも入れる、と何回か挑戦したみちるだったが、ムリだったのだ。
その度に、踊り子達は「ムリに吸わなくたってみちるも話しに入って来なよ」と笑い、星児と保も「お前には似合わない」と言いながら笑っていた。
「でも、捨てなければ、私が吸えば龍悟君も納得するんでしょ⁉︎」
ゲホゲホと涙目になりながら言うみちるに、龍吾は堪らず声を上げた。
「わーったよ! 負けた! 負けたよ! もう吸わねーよ!」
笑っていたサラが優しく「あたしが買い取るから安心しな」とみちるの頭を撫でた。
腹を抱えて笑う保がヒーヒーと苦しそうにデスクの机を叩いていた。
「笑いすぎだぜ」
昨夜の出来事を一通り説明した龍吾が、憮然とした表情で睨んでいた。未だ笑いが貼り付いたような顔で保は言う。
「んじゃ、暫くは煙草が買えねーワケか」
「そういうことだよ」
チッと舌打ちをした龍吾。
「どうせ、そのうちまた吸い始めんだろ」
まあな、と答える龍吾に保は苦笑いする。
俺は確か十八くらいから、星児に至っては十四くらいからだもんな、あんま強くは言えないな。
「まあ、みちるの空回り感は否めないが」
保は龍吾を真っすぐに見据える。
「龍吾」
一つだけ言っておこう、と保は思った。たとえ今、龍吾にはその意味が分からなくとも。
「みちるは本来、売り言葉に買い言葉の掛け合いなんてするような子じゃない。それがそんだけムキになった意味、少しだけ考えてやってくれな」
龍吾は何も答えず、思案顔で黙っていた。
下がっていいぞ、と言った保は、ふと思い出した事があり、ドアノブに手を掛けていた龍吾を呼び止めた。
「みちるは、姉貴と何か話したりしてる様子なかったか?」
龍吾は首を傾げた。
「保さんの姉ちゃんて、劇場の支配人だろ? みちるさん、それらしき人と話してるとこは、俺昨日でなくても見たことねーよ?」
龍吾の答えに、そうか、と保は唸った。
本格的に、姉貴とみちるとの間に亀裂が入っている。
何も起こらなければいいけどな。小さくため息をついた保は座っていたデスクの椅子をクルリと回し、窓の外に拡がるビル街の景色を眺めた。
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