舞姫【後編】

深智

文字の大きさ
22 / 56

密に触れて

しおりを挟む
 欲していたのはこの肌と。



『みちるちゃん……』

 柔らかな声が聞こえた。

 みちるが顔を上げると麗子の優しい笑顔があった。

『麗子さん』

 生きてる! やっぱり夢だったんだ。麗子さんがいなくなっちゃう訳ないもん。

『麗子さん、麗子さん!』

 みちるは手を伸ばそうと身を捩ったが、いくら手を伸ばしても麗子に届かない。それどころか、麗子の姿はだんだんと遠く薄くなっていく。

 麗子さん!

 叫ぼうとしても声も出なかった。麗子の寂しそうな笑みだけがはっきりと見えた。

『みちるちゃん、大事な人の心、しっかり抱き締めてあげてね』

 心を抱き締めるの? どういう、意味?

 首を傾げたみちるに、麗子は言う。

『みちるちゃんが幸せになる事と、同義語。いい? 約束!』

 すっきりした表情で、清々しい笑顔を見せ、麗子は消えた。



「麗子さん!」

 みちるは手を伸ばし、自分の声で目を覚ました。

「ゆめ……?」

 視界に薄暗がりが拡がった。少し開いたドアから漏れる明かりが見慣れた室内の光景を照らし出しており、寝室と分かった。

 みちるはゆっくり起き上がる。自分の姿を確認すると、服のままでベッドに寝かされている事が分かった。

 私、どうしたんだっけ?

 眠る前の記憶を辿っていると、ドアが大きく開き、逆光の人影が部屋に差し込んだ。

「ああ、起きたか」

 甘く痺れを誘う星児の声だった。

「星児さん、私?」
「なんだ、覚えてねーの? 俺が抱えて運んでやったのに。重かったぞ」
「ええっ!」

 真っ青になり両手で顔を挟んだみちるは思い出した。仕事の帰り、家に向かう車内で眠ってしまった事を。

 クックと笑う星児はみちるのいるベッドの方へゆっくり近付き、傍らに座った。フワリと鼻先を掠めたフレグランスに、胸が鳴る。

「重かった、は冗談だよ」

 ハハッと星児が笑った。

「いじわるです……」

 みちるは肩から力が抜け、ホッと息をついた。

「反対だ」

 え? と彼女が顔を上げると視線がぶつかる。暗がりでも刺すような真剣な眼差しの放つ光が分かった。

「何キロ痩せた」
「え」

 みちるの身体に緊張が走る。黙っていと星児は静かに続けた。

「ステージを観た。初舞台以来だったけどよ」

 歯切れの悪さは、躊躇いと、後ろめたさのような感情の現れだったが、振り切った星児は、みちるに詰め寄る。

「お前のカラダ、見て分かんねーと思うか?」


 みちるは逸らしかけていた視線をハッと星児の瞳に戻した。

「今の状況、辛いか?」

 優しい声だった。思わずすがりそうになった。

 辛い、そう。辛いの! だからかな、麗子さんの夢を見たのは。

 楽屋で苦しい時、みちるはいつも麗子が恋しかった。

 でも、いないの。麗子さんはもういないの。私は、強くならなきゃいけない。

「ううん。全然」

 みちるは努めて明るく、ニコッと笑い答えた。

「お前、意外と嘘つきなんだな」

 みちるは目を見開き星児を見た。

「それ、泣きながら言うセリフじゃねーだろ」

 慌てて手を頬に当てた。

 やだ、夢で泣いてた?
 
「今泣いたんじゃないもん。夢の中で泣いたんだもん!」

 目をゴシゴシと手で拭ったが、止まらなくなった。

 泣きたくないのに。星児さんや保さんに心配なんてかけたくないのに。

 星児の手がスッ伸び、みちるの腕を優しく掴んだ。

「あ……」

 顔を上げた瞬間、優しく唇が塞がれた。自然に滑り込んだ舌がしなやかに絡まる。星児の片方の腕がみちるの腰にかかり、抱き寄せた。

「……――ん……ん」

 躰がと震え、痺れる。

 そっと唇を離した星児がフッと笑った。

「そういや保に『ぜってー泣かすな』って釘刺されてた」

 星児の長い指は、みちるの頬を撫で涙を拭った。指がしなやかに首筋に下り、優しく髪の毛を梳く。

 星児が首筋に唇を寄せると、震え肩を竦めたみちるが言った。

「私、シャワー、浴びてないです」
「ん……」

 星児はみちるの言葉には答えずに、ベッドに押し倒していた。みちるは思わず小さく声を上げた。

「……あ……っ」

 星児さんっ「ん」じゃないですよっ。

「後で浴びたらいい」

 覆い被さる体勢になった星児がみちるの顔の両脇に手を突きニッと笑った。

「そうじゃなくて……あんっ……ぁ……」

 服の中に滑り込んだ手と指の感触にみちるは堪らず震え、その口から嬌声が漏れた。唇に星児は再びキスをする。



 星児の腕の中で白い躰が躍る。しなやかな両の手が厚い胸を突く。

「……――あぁっ!」

 みちるの背中が弓なりに大きく反った。星児は白い躰を抱き締め、胸に顔を埋める。

 今夜はどうしても会いたかった。触れたかった。抱き締めたかった。

「みちる、もっと、吞み込め」
「んあんっ、あっ、あ」

 深部を突く熱が、何度も侵攻を繰り返し、その度に柔らかな嬌声がみちるの口から漏れた。

 意識が、飛びそう。もう、もうーーー、

「あ、あああっ、ーーー!」
 互いの肌が微かに汗ばみ、みちるは肩で息をする。

「星児さ……っ」

 激しいキスによって、唇が塞がれた。




「みちる」

 星児の胸に顔を埋め、肌と呼吸を感じていたみちるが、え、と顔を上げた。が、再び引き戻される。

「このまま聞いてくれ」

 みちるは「はい」と目を閉じた。

「あのさ」

 星児は、どうしても聞いてみたかったのだ。

「もしもだ、もしも、〝血縁関係にある誰か〟が生きていたら、会いたいか?」

 みちるは、パッと目を開け再び顔を上げた。

 どうしたの? どうして、そんな事聞くの?

 星児の瞳を覗き込む。漆黒の瞳が、暗がりで光っていた。




 探るようなみちるの様子に、星児は静かに語り掛ける。

「そのペンダントの秘密ってのをさ、保から聞いたんだよ。だから、ちょっと聞いてみたかった」

 まだ見てはいないが、数日前に保から聞かされていた――。

「あ、これ……」

 みちるは胸元を見、チェーンを手にした。トップの天使が微かな明かりにキラリと小さな光を放っていた。

 星児は、みちるの複雑ななんとも言えない表情を見、考える。

 〝母親が生きているかもしれない〟と話す訳にはいかなかった。

 みちるの信じてきたものを根底から覆しかねない。

「会いたいとは思わないよ」
「え……?」

 星児は改めてみちるの顔を覗き込んだ。みちるは肩を竦め、小さく笑う。

「全く会いたくない、なんて言ったら嘘になっちゃうし、実はつい最近まで、会いたい会いたいって思っていたけど。でもね、もしも生きていて向こうも会いたい、と思ってくれてたら、きっと私を探してくれるんじゃないかな、って思うの。私を見つけられない、会えない、そんな理由が何かあるんじゃないかな、なんて、今はそんな風に考えるようになりました」

 ああ、と星児は胸を打たれる。末尾の一言が、全てを物語る。懸命に明るく言い切るその一言が。

 みちるは、今の自分を必死に生きているんだ。

 星児はみちるを胸に強く抱き締めた。髪を撫でる。

「星児さん?」

 小さく呼ぶみちるの声に、腕を緩めた。顔を上げたみちるの唇を、星児はそっと親指で触れる。

「じゃあ、今のまま成り行きに任せる。そう受け取っていいんだな」

 みちるはフワリと笑った。

「はい」

 星児も優しく笑う。

「俺達が必ず守ってやるから」

 囁きと共に唇を重ねた。

 想いは言葉に出来なくても伝える手段がある。二人の男は、言葉以外も手段でみちるに愛を捧げる。



 静かに眠るみちるを見詰め、星児は思い巡らす。

『長女は生きていますもの』

 あの時のエミコは『これ以上は話しません』という感情を、美しい微笑の中に覗かせていた。

 御幸。アンタは俺にまだ〝重要な真実〟を隠してるだろ。

 みちるの母親の過去を。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...