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拉致
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「セイジさん、電話スよ、3番とってください」
帰り支度をしていた星児のデスクで電話が鳴り、取ると電話番をする男からの内線だった。
腕時計をみれば既に深夜二時を回っている。
「電話? 誰だ」
訝しがる星児に電話の向こうからは、困惑気味の声が返ってきた。
「それが、つべこべ言わず剣崎に繋げ、ってとにかく横柄なんスよ。取りつくシマも無くて名前は聞けなかったス、すみません」
わかった、と答えた星児は内線から外線に繋ぐ。電話口から聞こえた声は。
「よお、剣崎、久しぶりだな。ご無沙汰してるうちに随分とのし上がってよ。どんな汚ねぇ手使ったか是非聞かせてもらいてーもんだな」
忘れかけていた耳障りな声。星児は眉をしかめた。
「てめーに話して聞かせてやるもんなんかねーな。久々のお電話をこんな非常識な時間に掛けてきやがって何の用だ、田崎」
嫌悪感を露わにした星児に、田崎はクックックと笑った。ねっとりとまとわりつくような笑い声に星児の肚の中の不快感が増大する。
いきなり、こんな時間に電話を掛けてきて、大した用でない筈がない。そんな事は星児にもわかっていた。
受話器を持つ手には自然と力が入り、神経を研ぎ澄ませ警戒し次の言葉を待った。
「お前のどうにも鼻につくその生意気なすましたツラを歪ませてやろうと思ってよ」
不気味に低く響く田崎の声がその電話口から星児の耳に届いた。
「できるもんならやってみろや」
吐き出すように言った星児に田崎はフンと笑う。
「そんな口直ぐに利けなくしてやるよ。ある男から始末するよう依頼を受けてた女がいたんだけどな」
田崎はまるでもったいぶるかのように一旦言葉を切りククと可笑しそうに笑う。星児の全身が総毛立った。
まさか。
「津田みちるってー女。ただ始末するだけじゃあ、惜しい女だよなぁ」
絶対に弱みを見せてはいけない、足元を掬われるわけにはいかない相手は本能で嗅ぎ分けてきた。決して怯んだ事などなかった。
自分はいつだって冷静で、常に余裕があり、その時に最善であろう策をとる判断力と決断力を駆使して生きてきた。
この先も崩れることはない、そう思っていた、信じていた。それが――。
星児は、生まれて初めて、成す術も無く、立ち尽くしていた。
田崎に切り返す言葉も見つからなかった。思考を奪われたように。
田崎の嘲るような高笑いと共に切れた電話。受話器を叩き付けた星児は部屋を飛び出した。
「龍吾はもどってきたか!」
勢い良くドアを開けると同時に声を上げた星児に、事務所にいた数人が振り向いた。中には、別の外線に出ていたらしい、受話器を持ったままの保がいた。
保は、受話器を掴んだままの姿勢で静かに言った。
「龍吾はもどっていない。今、いつものタクシーの運転手から電話があった」
ゾワリ、と悪寒に近い嫌な感覚を覚えた。星児は黙って保の話を聞いた。
「龍吾が暴漢にあって、みちるが……」
保の表情が、歪む。
「連れ去られた――」
*
龍吾が目を覚まし、自分がソファーに寝かされている事を知った。
ガバッと起き上がると後頭部の激痛に思わず呻き声を漏らした。手で押さえた頭部には大きなコブが出来ていた。
急激に目に飛び込んだ部屋の明かりにも過敏に反応し、眩しさに目がくらむ。
ぼんやりとする頭を懸命に稼働させ、明るさに慣れてきた目で辺りを見回してやっと、ここが事務所であることが確認できた。
向こうの方で、星児と保がタクシーの運転手と話しをしている。
俺はいったい?
腹部に走った鈍痛に、龍吾は自分の身に起きた記憶のピースが揃い、はまった。
そうだ、あの後囲まれて! みちるさんが!
襲い掛かってきた男達の目的は明らかにみちるだった。
必死に応戦し、男達に何発かお見舞いした龍吾だったが、大の大人三人に到底敵う筈もなく、あっという間に羽交い絞めにされ、背後に隠したみちるは腕を掴まれ強引に引っ張られ引き離された。
後頭部を殴られた後、みぞおちへの一発で崩れ落ちた龍吾は朦朧としながらも男達を睨みつけた。
「てめーら、何モンだ! みちるさんを離しやがれ!」
怒鳴ったが、男に蹴り上げられなす術もなかった。抱え込まれさらわれる寸前のみちるが叫んでいた。
『龍悟君だいじょうぶ⁈ お願い彼にはもう何もしないで!』
人の心配してる場合か! 危険が迫っているのは自分だろうが!
心中で突っ込み、腹部を押さえ必死に起き上がろうとした龍吾の目の前で、みちるは何かの薬品を嗅がされガクリと意識を失った。
龍吾は立ち上がることもままならず、目の前でみちるをさらわれたのだ。
「最後まで俺の心配なんかして『助けて』なんて、一言もいわなかった……」
意識が戻った龍吾から話を聞いた保は静かに言う。
「みちるはそういうコなんだよ」
ソファーに座る龍吾の前で、星児と保は立ったまま腕を組み、険しい顔をしたまま動かなかった。
二人は肩を落としうなだれる龍吾を責めたりはしなかった。
「タクシーの運転手が、お前とみちるがなかなかやって来ないのを心配して引き返してくれなかったらお前はあそこで野垂れ死にしてたかもしんねーな。
彼からどういう経緯であの道を歩いたのかは聞いた。もっと警戒心を持つよう俺達が話しておくべきだった。
ただ、みちるは変に怯えさせたくなかったから何も話したくはなかったんだ」
保が話す間も星児は黙ったままだった。
この、ほんの短い時間に二人ともひどくやつれたように見えた。
「ちくしょう!」
星児が拳で壁を思い切り叩いた。
田崎が話していた〝あの男〟が誰かなど、すぐに分かった。
郡司武だ。
直ぐにでも、みちるはお前の実の娘だ、と殴り込みにいきたかった。しかし、今は一刻も早くみちるの居場所をつきとめ、救い出すのが先だ。
「田崎の野郎みちるをどこに」
星児がそう呟いた時、龍吾がハッと顔を上げた。
「星児さん、保さん! 俺、襲われる寸前、みちるさんの服のポケットに携帯突っ込んどいたんだ!」
星児と保は顔を見合わせた。そしてすぐに叫んだ。
「それ、使えるかもしんねぇ!」
帰り支度をしていた星児のデスクで電話が鳴り、取ると電話番をする男からの内線だった。
腕時計をみれば既に深夜二時を回っている。
「電話? 誰だ」
訝しがる星児に電話の向こうからは、困惑気味の声が返ってきた。
「それが、つべこべ言わず剣崎に繋げ、ってとにかく横柄なんスよ。取りつくシマも無くて名前は聞けなかったス、すみません」
わかった、と答えた星児は内線から外線に繋ぐ。電話口から聞こえた声は。
「よお、剣崎、久しぶりだな。ご無沙汰してるうちに随分とのし上がってよ。どんな汚ねぇ手使ったか是非聞かせてもらいてーもんだな」
忘れかけていた耳障りな声。星児は眉をしかめた。
「てめーに話して聞かせてやるもんなんかねーな。久々のお電話をこんな非常識な時間に掛けてきやがって何の用だ、田崎」
嫌悪感を露わにした星児に、田崎はクックックと笑った。ねっとりとまとわりつくような笑い声に星児の肚の中の不快感が増大する。
いきなり、こんな時間に電話を掛けてきて、大した用でない筈がない。そんな事は星児にもわかっていた。
受話器を持つ手には自然と力が入り、神経を研ぎ澄ませ警戒し次の言葉を待った。
「お前のどうにも鼻につくその生意気なすましたツラを歪ませてやろうと思ってよ」
不気味に低く響く田崎の声がその電話口から星児の耳に届いた。
「できるもんならやってみろや」
吐き出すように言った星児に田崎はフンと笑う。
「そんな口直ぐに利けなくしてやるよ。ある男から始末するよう依頼を受けてた女がいたんだけどな」
田崎はまるでもったいぶるかのように一旦言葉を切りククと可笑しそうに笑う。星児の全身が総毛立った。
まさか。
「津田みちるってー女。ただ始末するだけじゃあ、惜しい女だよなぁ」
絶対に弱みを見せてはいけない、足元を掬われるわけにはいかない相手は本能で嗅ぎ分けてきた。決して怯んだ事などなかった。
自分はいつだって冷静で、常に余裕があり、その時に最善であろう策をとる判断力と決断力を駆使して生きてきた。
この先も崩れることはない、そう思っていた、信じていた。それが――。
星児は、生まれて初めて、成す術も無く、立ち尽くしていた。
田崎に切り返す言葉も見つからなかった。思考を奪われたように。
田崎の嘲るような高笑いと共に切れた電話。受話器を叩き付けた星児は部屋を飛び出した。
「龍吾はもどってきたか!」
勢い良くドアを開けると同時に声を上げた星児に、事務所にいた数人が振り向いた。中には、別の外線に出ていたらしい、受話器を持ったままの保がいた。
保は、受話器を掴んだままの姿勢で静かに言った。
「龍吾はもどっていない。今、いつものタクシーの運転手から電話があった」
ゾワリ、と悪寒に近い嫌な感覚を覚えた。星児は黙って保の話を聞いた。
「龍吾が暴漢にあって、みちるが……」
保の表情が、歪む。
「連れ去られた――」
*
龍吾が目を覚まし、自分がソファーに寝かされている事を知った。
ガバッと起き上がると後頭部の激痛に思わず呻き声を漏らした。手で押さえた頭部には大きなコブが出来ていた。
急激に目に飛び込んだ部屋の明かりにも過敏に反応し、眩しさに目がくらむ。
ぼんやりとする頭を懸命に稼働させ、明るさに慣れてきた目で辺りを見回してやっと、ここが事務所であることが確認できた。
向こうの方で、星児と保がタクシーの運転手と話しをしている。
俺はいったい?
腹部に走った鈍痛に、龍吾は自分の身に起きた記憶のピースが揃い、はまった。
そうだ、あの後囲まれて! みちるさんが!
襲い掛かってきた男達の目的は明らかにみちるだった。
必死に応戦し、男達に何発かお見舞いした龍吾だったが、大の大人三人に到底敵う筈もなく、あっという間に羽交い絞めにされ、背後に隠したみちるは腕を掴まれ強引に引っ張られ引き離された。
後頭部を殴られた後、みぞおちへの一発で崩れ落ちた龍吾は朦朧としながらも男達を睨みつけた。
「てめーら、何モンだ! みちるさんを離しやがれ!」
怒鳴ったが、男に蹴り上げられなす術もなかった。抱え込まれさらわれる寸前のみちるが叫んでいた。
『龍悟君だいじょうぶ⁈ お願い彼にはもう何もしないで!』
人の心配してる場合か! 危険が迫っているのは自分だろうが!
心中で突っ込み、腹部を押さえ必死に起き上がろうとした龍吾の目の前で、みちるは何かの薬品を嗅がされガクリと意識を失った。
龍吾は立ち上がることもままならず、目の前でみちるをさらわれたのだ。
「最後まで俺の心配なんかして『助けて』なんて、一言もいわなかった……」
意識が戻った龍吾から話を聞いた保は静かに言う。
「みちるはそういうコなんだよ」
ソファーに座る龍吾の前で、星児と保は立ったまま腕を組み、険しい顔をしたまま動かなかった。
二人は肩を落としうなだれる龍吾を責めたりはしなかった。
「タクシーの運転手が、お前とみちるがなかなかやって来ないのを心配して引き返してくれなかったらお前はあそこで野垂れ死にしてたかもしんねーな。
彼からどういう経緯であの道を歩いたのかは聞いた。もっと警戒心を持つよう俺達が話しておくべきだった。
ただ、みちるは変に怯えさせたくなかったから何も話したくはなかったんだ」
保が話す間も星児は黙ったままだった。
この、ほんの短い時間に二人ともひどくやつれたように見えた。
「ちくしょう!」
星児が拳で壁を思い切り叩いた。
田崎が話していた〝あの男〟が誰かなど、すぐに分かった。
郡司武だ。
直ぐにでも、みちるはお前の実の娘だ、と殴り込みにいきたかった。しかし、今は一刻も早くみちるの居場所をつきとめ、救い出すのが先だ。
「田崎の野郎みちるをどこに」
星児がそう呟いた時、龍吾がハッと顔を上げた。
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