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真実
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ねじ曲がり、すれ違う。真実はそうではないのに。
*
少し前まで見えた光明が一転、暗雲に変わる。
龍吾の効かせた機転は、襲われる寸前、咄嗟の判断で自分の携帯をみちるのコートのポケットに突っ込んだ事だ。
携帯電話が発信する微弱な電波をキャッチするには警察しかない。
絡む相手が相手なだけに、適任がいた。
「佐々木、分かったか」
少々時間は掛かったが、折り返しの連絡があった。
「ああ、恐らくこれで間違いはないだろう。にわかには信じられないが、奪われたり壊されたりせずに目的地まで行ってるぜ、この携帯」
送られてきたファックスを見て佐々木の言葉の意味が分かった。星児と保の表情が曇る。
「セイジさん、保さん、やっぱ分からなかったのか?」
険しい顔のまま動かない星児と保を不安気な表情で見比べ、恐る恐る聞く龍吾に保は、いや……と答えた。
「龍吾、でかした。けどな」
「場所がマズイんだよ」
「場所が?」
意味が分からない、という顔をした龍吾を前に、ファックスを見たまま保は佐々木の言葉を聞いた。
「俺らが行くか。垂れ込みがあったとして」
「いや」
星児が手で制する動きをした。
大事にしたら、殺されちまう可能性がある。
「俺が一人で行く」
送られてきたファックスの地図を睨み付け、星児が確認するように呟く
「翔仁会の総本部だな」
命に変えても助けたい。
大切な、存在。
「田崎の野郎、殺してやる」
*
嗅がされた薬のせいか、目が覚めても頭の奥がズキズキと痛んた。喉もやられているらしく、声も出ない。
みちるは、後ろ手に縛られコンクリートの床に無造作に寝かされていた。
窓の無い部屋。自分がどれほどの時間意識が無かったのか分からない為、今が昼なのか夜なのか判別出来ない。
鉄製と思われる重いドアの開く音にみちるは振り向いた。反射的に起き上がり、足の力で体を擦って後ずさる。
全身、鳥肌が立つのを感じた。
この男は、危険!
逃げられる筈が無いのに、それでも、少しでも離れたかった。
自由にならない身体を擦って遠ざかろうとするみちるに対し、入ってきた田崎は薄ら笑いを浮かべた。近付きみちるの前に屈むと、手を伸ばし腕を掴み上げた。
「ーー!」
顔を歪めたみちるに、田崎はクククと笑いながら言う。
「アンタをめっちゃくちゃにヤッちまおうと思ったんだけどな、残念ながら、そんな事をしちまったら流石の俺もヤバイって事が分かっちまったんだよなぁ」
みちるは、この男の話す言葉が一語も理解出来ず、顔をしかめた。
田崎は掴んでいた腕を離すと今度はみちるの顔を片手で掴み、上を向かせた。薄ら笑いを浮かべたまま、不気味な声音で話しを続ける。
「俺は小心者でね。始末しろって言われた人間の素性ってのは一応調べるわけよ。後々面倒な事に巻き込まれるのは勘弁なんでね。で、アンタの事は、ある男から始末しろって依頼を受けて、拉致ってきた訳だが、アンタの場合、素性を調べるにもちょっと手間取っちまって順序が逆になっちまった」
田崎の声が低くなる。薄笑いが消えた。
「アンタの血が、やべぇんだよ」
みちるは得体の知れない男を間近にする恐怖で身体が動かない。田崎の話など、最初は何も入ってこなかったが、次第に、自身の知らなかった事を語り出す田崎の言葉に縛られていった。
私の、血?
何も言えないが眉根を寄せ、睨むみちるに田崎は相変わらず薄気味悪い顔を向け、続ける。
「アンタの始末を依頼してきた野郎、俺に肝心な事を黙ってやがったな」
何を言っているのか、この男は。
田崎は、恐怖に耐えるみちるの顔を掴む手にグッと力を入れた。
「アンタは、俺らみてぇな人間でも怖くて手が出せねぇ恐ろしい男の血を引いてやがった。アンタをどうにかしたら、場合によっては俺らが跡形もなく消されらぁ」
みちるの記憶は、両親の先は無い。
父も母も身寄りは無いと言っていた。
そんな恐ろしい男の話など、聞いた事もない。
「知らない、そんなの」
掠れた声を絞り出すみちるに田崎はクックックと笑い出す。
「アンタの始末を依頼した男の弱味を握ってやろうとしたら、とんでもねぇ事実がボロボロ出て来やがった。出て来たモンの中に、剣崎がいてビックリよ」
みちるの身体が床に投げ出された。コンクリートの床の硬さが身体に衝撃を与え、思わず小さな声が漏れた。
立ち上がった田崎は高笑いを始める。
「な、何が、おかしいの」
精一杯の感情をぶつけるみちるを田崎は見下ろした。
「俺は、とんでもねぇ切り札を手に入れたって訳だ。剣崎たちがアンタを囲っていたのもそういう意味だったんだろ」
みちるは目を見開いた。
「どういう、意味?」
囲うって、なに?
田崎は「鈍いな」と吐き捨てる。
「アンタは、恐ろしいあの男を相手にできる貴重な交渉カードだって事だ。剣崎の野郎、こんな隠し玉を持ってやがったとはな。どうりで強気だった訳だ」
私は〝交渉カード〟?
その怖い人というのは、誰。
「面白い事を教えてやるぜ」
絶望の淵に立つみちるに、田崎はいたぶるような笑いを貼り付け追い討ちをかけた。
「アンタの始末を依頼した男ってのが、剣崎と相棒の親を殺した男でな、それだけじゃないぜ、その男はなんと、アンタの血が繋がった男なんだってよ。面白ぇなぁ。可笑しくて堪んないぜ」
みちるの意識が真っ白になる。
「剣崎も相棒の男も、憎い仇の男の、実の娘を囲ってたんだぜ。なんでか分かるか。利用する為だろ。それ以外考えらんねぇよな」
私の父が、星児さんと保さんを殺した?
お父さんと信じていた人は、お父さんじゃなかったの?
誰なの?
私の中に流れている血は、どんな血なの?
私はどこから来た、何者なの。
私は、誰なの。
そんな事より。
星児さん、保さん。
ごめんなさい。
私の中には、星児さんと保さんの大事な人を奪った人間の血がながれているみたいです。
ごめんなさい。私、何も知らなかったから。
どうやったら、償えますか。
みちるの目から涙が溢れる。
舌を、噛み切れば、死ねるかな。
全てが、終わる。
*
少し前まで見えた光明が一転、暗雲に変わる。
龍吾の効かせた機転は、襲われる寸前、咄嗟の判断で自分の携帯をみちるのコートのポケットに突っ込んだ事だ。
携帯電話が発信する微弱な電波をキャッチするには警察しかない。
絡む相手が相手なだけに、適任がいた。
「佐々木、分かったか」
少々時間は掛かったが、折り返しの連絡があった。
「ああ、恐らくこれで間違いはないだろう。にわかには信じられないが、奪われたり壊されたりせずに目的地まで行ってるぜ、この携帯」
送られてきたファックスを見て佐々木の言葉の意味が分かった。星児と保の表情が曇る。
「セイジさん、保さん、やっぱ分からなかったのか?」
険しい顔のまま動かない星児と保を不安気な表情で見比べ、恐る恐る聞く龍吾に保は、いや……と答えた。
「龍吾、でかした。けどな」
「場所がマズイんだよ」
「場所が?」
意味が分からない、という顔をした龍吾を前に、ファックスを見たまま保は佐々木の言葉を聞いた。
「俺らが行くか。垂れ込みがあったとして」
「いや」
星児が手で制する動きをした。
大事にしたら、殺されちまう可能性がある。
「俺が一人で行く」
送られてきたファックスの地図を睨み付け、星児が確認するように呟く
「翔仁会の総本部だな」
命に変えても助けたい。
大切な、存在。
「田崎の野郎、殺してやる」
*
嗅がされた薬のせいか、目が覚めても頭の奥がズキズキと痛んた。喉もやられているらしく、声も出ない。
みちるは、後ろ手に縛られコンクリートの床に無造作に寝かされていた。
窓の無い部屋。自分がどれほどの時間意識が無かったのか分からない為、今が昼なのか夜なのか判別出来ない。
鉄製と思われる重いドアの開く音にみちるは振り向いた。反射的に起き上がり、足の力で体を擦って後ずさる。
全身、鳥肌が立つのを感じた。
この男は、危険!
逃げられる筈が無いのに、それでも、少しでも離れたかった。
自由にならない身体を擦って遠ざかろうとするみちるに対し、入ってきた田崎は薄ら笑いを浮かべた。近付きみちるの前に屈むと、手を伸ばし腕を掴み上げた。
「ーー!」
顔を歪めたみちるに、田崎はクククと笑いながら言う。
「アンタをめっちゃくちゃにヤッちまおうと思ったんだけどな、残念ながら、そんな事をしちまったら流石の俺もヤバイって事が分かっちまったんだよなぁ」
みちるは、この男の話す言葉が一語も理解出来ず、顔をしかめた。
田崎は掴んでいた腕を離すと今度はみちるの顔を片手で掴み、上を向かせた。薄ら笑いを浮かべたまま、不気味な声音で話しを続ける。
「俺は小心者でね。始末しろって言われた人間の素性ってのは一応調べるわけよ。後々面倒な事に巻き込まれるのは勘弁なんでね。で、アンタの事は、ある男から始末しろって依頼を受けて、拉致ってきた訳だが、アンタの場合、素性を調べるにもちょっと手間取っちまって順序が逆になっちまった」
田崎の声が低くなる。薄笑いが消えた。
「アンタの血が、やべぇんだよ」
みちるは得体の知れない男を間近にする恐怖で身体が動かない。田崎の話など、最初は何も入ってこなかったが、次第に、自身の知らなかった事を語り出す田崎の言葉に縛られていった。
私の、血?
何も言えないが眉根を寄せ、睨むみちるに田崎は相変わらず薄気味悪い顔を向け、続ける。
「アンタの始末を依頼してきた野郎、俺に肝心な事を黙ってやがったな」
何を言っているのか、この男は。
田崎は、恐怖に耐えるみちるの顔を掴む手にグッと力を入れた。
「アンタは、俺らみてぇな人間でも怖くて手が出せねぇ恐ろしい男の血を引いてやがった。アンタをどうにかしたら、場合によっては俺らが跡形もなく消されらぁ」
みちるの記憶は、両親の先は無い。
父も母も身寄りは無いと言っていた。
そんな恐ろしい男の話など、聞いた事もない。
「知らない、そんなの」
掠れた声を絞り出すみちるに田崎はクックックと笑い出す。
「アンタの始末を依頼した男の弱味を握ってやろうとしたら、とんでもねぇ事実がボロボロ出て来やがった。出て来たモンの中に、剣崎がいてビックリよ」
みちるの身体が床に投げ出された。コンクリートの床の硬さが身体に衝撃を与え、思わず小さな声が漏れた。
立ち上がった田崎は高笑いを始める。
「な、何が、おかしいの」
精一杯の感情をぶつけるみちるを田崎は見下ろした。
「俺は、とんでもねぇ切り札を手に入れたって訳だ。剣崎たちがアンタを囲っていたのもそういう意味だったんだろ」
みちるは目を見開いた。
「どういう、意味?」
囲うって、なに?
田崎は「鈍いな」と吐き捨てる。
「アンタは、恐ろしいあの男を相手にできる貴重な交渉カードだって事だ。剣崎の野郎、こんな隠し玉を持ってやがったとはな。どうりで強気だった訳だ」
私は〝交渉カード〟?
その怖い人というのは、誰。
「面白い事を教えてやるぜ」
絶望の淵に立つみちるに、田崎はいたぶるような笑いを貼り付け追い討ちをかけた。
「アンタの始末を依頼した男ってのが、剣崎と相棒の親を殺した男でな、それだけじゃないぜ、その男はなんと、アンタの血が繋がった男なんだってよ。面白ぇなぁ。可笑しくて堪んないぜ」
みちるの意識が真っ白になる。
「剣崎も相棒の男も、憎い仇の男の、実の娘を囲ってたんだぜ。なんでか分かるか。利用する為だろ。それ以外考えらんねぇよな」
私の父が、星児さんと保さんを殺した?
お父さんと信じていた人は、お父さんじゃなかったの?
誰なの?
私の中に流れている血は、どんな血なの?
私はどこから来た、何者なの。
私は、誰なの。
そんな事より。
星児さん、保さん。
ごめんなさい。
私の中には、星児さんと保さんの大事な人を奪った人間の血がながれているみたいです。
ごめんなさい。私、何も知らなかったから。
どうやったら、償えますか。
みちるの目から涙が溢れる。
舌を、噛み切れば、死ねるかな。
全てが、終わる。
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