はーと診療室へようこそ【完結】

深智

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カルテ6 微熱3

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 結婚ってなんだろう。

夫婦って?

 わたしがこの世界に飛び込んだのは、蓉子先生がお声を掛けて下った時、この仕事に魅力を感じたから。

その時はなんの迷いもなかった。

 日本の国内に於いては、3組に1組は離婚してると言われる現在。

それは、昔と違って〝離婚〟というハードルが低くなっているのが主な原因。

その中で、わたしが受け持つような調停に持ち込まれてしまうような離婚は1割にも満たないのだけれど、拗れてしまった夫婦の間に立って、特に立場的に弱い事が多い女性の助けになりたい、そう思っていた。

でも実際には、そこまで揉めなくても、というものもあって。

 縁があって結ばれて、結婚した二人がその婚姻関係を断とうとするのは、どうして? どうしてこんなに揉めなければいけないの?

そう考えてしまうケースが増えてしまうようになって来た。

こうなるとドツボに嵌まって時々苦しめられたりする。

こんな筈じゃなかったのに、って。

『そんな事を考えていたらこの仕事やってられないわよ』

 蓉子先生に何度も言われた厳しい言葉。

でも、わたしはどうしても離婚を巡るあれこれを余計に考えてしまう。

『もっとビジネスライクにやりなさい』

これも、蓉子先生のお言葉。

駄目だ、向いてないのかなこの仕事。

パソコンに向かっていたわたしはフルフルッと頭を振った。

 ただ、縁があって一緒になったと言っても、最初から、どこか違う、何かを間違えた、という気持ちを抱えざる得ない婚姻も確かに存在している。

そういう場合、やはり弱い立場に立たされていることが多い女性を守りたいから、わたしはこの仕事に飛び込んだんじゃないの。

 胸の中にいる自分にそう言い聞かせ、資料のホルダをマウスでクリックしてデスクトップに展開させた。

 手帳やタブレットと照らし合わせて、入力しながら、クライアントさん一人一人の事を考える。

 やっぱり、これはどうなんだろう、っていうケースに当たることもあるのも、事実。

 出て来た近藤恵果さんの資料を、もう一度読み直しながらふと思った。

 緒方君の、気になることってなんだろう。

緒方君があの夜わたしの手の中に入れてくれたのは、プライベートの連絡先だった。

プライベート、だと思う。

名刺とかとも違う。

手書きの、アドレスと携帯の番号。

恐らく、有事の時にいつでも連絡ができるように、と渡してくれたのだろう。

 実は、このメモを前にしてずっと悩んでる。

あの夜のお礼を言いたい。

でも、この連絡先は、わたしのプライベートの用に使っていいの?

この間のお礼です、なんて内容のメールをしても、いいの?

ううん、きっとそんな私用で使う為に渡してくれたんじゃない。

だからダメ。

そんな答えの見えない自問自答を繰り返して二日も経ってしまっていた。

でもこれは、今回のこの要件は仕事の事よね。

今わたしが扱う大事な案件だもの。

気になるのだから、こちらから何事か起こる前に連絡するのは構わないはず。

 メールをしてみようか、と思い始めた途端理由の分からないドキドキという鼓動が胸で起こり始めた。

 理由、分からなくはないんだけどね。

でも、それを認めるわけにはいかない。

 少しずつ意識し始めていることは自分でも分かってる。

それをどうしても打ち消したいから苦しいの。

認めてしまえばいいじゃない。

 そんな心の声が聞こえてしまう。

 もう一度、恋がしたい。

でも、緒方君はダメなの。

緒方君だって、わたしじゃきっと、ダメだと思う。

わたしが相手だと、きっと構えてしまうと思う。

 でも。やっぱり待って。

 こんな時間。メールしたらダメよ、菊乃。

非常識にも程がある。

でも電話じゃない。

緒方君――。


 無意識だったかも。

 メアド、打ち込むのはアドレスに入れておく為。

そんな言い訳を自分自身にして入力しているうちに、本分、ちょっとだけ、なんて。

 手がすべったの。

 そんなわけない。

バカね、わたし――。

『夜分遅くに失礼します。今少し資料整理していて、近藤恵果さんの件が気になって、メールしてしまいました。
この前といい、本当に、ごめんなさい』

 文面がどうこうなんて、送信してから後悔するもので。

 ああ、本当に馬鹿! と携帯をベッドに放り投げた時だった。

メールの着信。

 え!? と慌てて携帯を手に取り、タップして確認すると、それは彼からの返信だった。

震えそうで。

文面を理解するのに、少し時間が掛かった。

『僕はまだ起きてたよ。
翠川さんが気になることがあった時、いつでもメールしてきて大丈夫だよ。
ああ、電話でも』

 緒方君の声が聞こえてきそうな言葉が並ぶ。

わたしは思わず携帯を落としていた。

 ど、どうしてくれようか。

これは、どう受けとる? この、あまりにも自然でイヤミのない文面が、わたしを疑心暗鬼にさせる。

 これは、駆け引き?

 わたしは、メールで返すか、電話で返すか、なんて迷ってはいなかった。

 呼び出し音が、2回くらいで、彼は電話に出た。

「こんばんは」

 その声は、甘く、優しく、柔らかく――。



 恋をしたい、とは思ってはいたの。

でもその相手は、昔から知る、しかもわたしの過去まで知る人だけは避けたかった。

 わたしの心は、いつどこで墜ちていたのだろうか。





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