4 / 9
4
しおりを挟む
週末、出張から帰ってきた貴史が日本橋にあるフレンチレストランに連れて行ってくれた。小さなレストランだったけれど、大きな窓が庭に面していて、ここが都心のど真ん中であることを忘れさせてくれるようないい雰囲気の静かなお店だった。
食前酒のグラスをカチンと合わせて一口飲んだところで貴史が言った。
「母さん、喜んでだよ。母さんは息子しか育てたことがなくて娘がいないからさ」
二日前、結婚式場にお義母さんと衣装選びに行った。貴史はその話をし始めた。
「娘が出来たみたいで楽しかったって」
嬉しそうに話す貴史の声で数日前の電話を思い出した。まさに今目の前にいるのは能天気な男。カチンときた。
あのね、うちのママだって一緒にドレス選びたかったのに、遠慮したのよ?
その言葉はグッと呑み込んだ。
「それは良かったわ」
この件に関してあまり長く引きずると余計な言葉を吐き出し兼ねないからわたしは短い相槌を打つにとどめ、話題を変える事にした。
「打掛もドレスも、衣装に関するものは皆決まっちゃったけど、お料理とか引き出物はこれからだから、今度は貴史、一緒に行こうね」
甘えるような視線を向けたわたしに貴史は優しい笑顔で応えてくれた。
大人の男の極上の笑顔。わたしの全てを包み込んでくれる懐の深さが貴史のグラスを持つ仕草一つからでも滲み出る。
そうよ、わたしはこの包容力のある男らしく頼れる貴史に心底惚れたの。だから大丈夫。
不安要素を消し飛ばそうと必死に足掻くわたしを、貴史の言葉が奈落へと突き落とした。
「それなんだけど、料理の試食会に母さんも行きたいって言ってるんだ。招待客もある事だし、俺たちだけで決めるより母さんにも見てもらった方がいいんじゃないか」
わたしの中でバチンと盛大な音を立てて何かが切れた。これが文字通り、堪忍袋の緒が切れる、という事だろう。
「どうして? どうしてなんでもかんでもお義母さんとなの?」
自分で思っていたよりもキツイ口調になっていて、しまった、と思ったけれどもう遅い顔を強張らせた貴史が視界に映り込んでいたけれど、わたしの中で燻っていた不満は堰を切ったように溢れだした。
「お義母さんがわたしの事〝娘〟みたいに言ってるみたいだけど、生憎だけどわたしはお義母さんの〝娘〟じゃないわ」
それを言ったらおしまいよ、というくらいキツイ言葉だった。でもこの時、ちょっと残念そうにしてた母の顔が脳裏にちらついて、止まらなかった。
「ちょっと無神経過ぎると思うわ」
カチャンと音を立ててフォークが皿にぶつかった。貴史が手にしていたフォークを少々乱暴に投げ出したのだ。静かにしっとりと食事を楽しむ客ばかりの店内に、その音はひと際大きく響き渡った。
ざわつく気配と視線を感じたけれど貴史の明らかに不機嫌になってしまった顔の方が気になった。
ここはとりあえず言い過ぎを謝らなきゃ、とわたしは「ごめんね」と口を開こうとした。でも貴史の方が一瞬早かった。
「なんだよ、その言い方。茉実、母さんの事気に入らないのかよ。母さんは茉実の事どれだけ可愛がってるか、分かんない?」
〝言い過ぎたわ、ごめんね〟なんて言葉、一瞬で消え去った。
なによ! 母さん母さん母さんって! 貴方は誰と結婚するの? わたしと結婚するんじゃないの!?
「貴史はお義母さんの事しか考えてないじゃない! わたしの気持ちなんてちっとも分かってくれてないじゃない!」
食事は終わっていなかったけれどわたしはナプキンをテーブルの上に投げ置いて席を立った。
「わたし帰る!」
貴史の「まみ!」って呼ぶ声を背中に受けても振り返ることなくわたしはレストラン飛び出していた。
いつだったか、イタリアンレストランで聞こえて来たOLさん達の会話を思い出した。
女が嫌いな男は〝ドルオタ〟も〝アニオタ〟もあるわね。でもね、ランキングにすればやっぱり今も昔と変わらない。
ぶっちぎりで〝マザコン〟が1位だわ!
食前酒のグラスをカチンと合わせて一口飲んだところで貴史が言った。
「母さん、喜んでだよ。母さんは息子しか育てたことがなくて娘がいないからさ」
二日前、結婚式場にお義母さんと衣装選びに行った。貴史はその話をし始めた。
「娘が出来たみたいで楽しかったって」
嬉しそうに話す貴史の声で数日前の電話を思い出した。まさに今目の前にいるのは能天気な男。カチンときた。
あのね、うちのママだって一緒にドレス選びたかったのに、遠慮したのよ?
その言葉はグッと呑み込んだ。
「それは良かったわ」
この件に関してあまり長く引きずると余計な言葉を吐き出し兼ねないからわたしは短い相槌を打つにとどめ、話題を変える事にした。
「打掛もドレスも、衣装に関するものは皆決まっちゃったけど、お料理とか引き出物はこれからだから、今度は貴史、一緒に行こうね」
甘えるような視線を向けたわたしに貴史は優しい笑顔で応えてくれた。
大人の男の極上の笑顔。わたしの全てを包み込んでくれる懐の深さが貴史のグラスを持つ仕草一つからでも滲み出る。
そうよ、わたしはこの包容力のある男らしく頼れる貴史に心底惚れたの。だから大丈夫。
不安要素を消し飛ばそうと必死に足掻くわたしを、貴史の言葉が奈落へと突き落とした。
「それなんだけど、料理の試食会に母さんも行きたいって言ってるんだ。招待客もある事だし、俺たちだけで決めるより母さんにも見てもらった方がいいんじゃないか」
わたしの中でバチンと盛大な音を立てて何かが切れた。これが文字通り、堪忍袋の緒が切れる、という事だろう。
「どうして? どうしてなんでもかんでもお義母さんとなの?」
自分で思っていたよりもキツイ口調になっていて、しまった、と思ったけれどもう遅い顔を強張らせた貴史が視界に映り込んでいたけれど、わたしの中で燻っていた不満は堰を切ったように溢れだした。
「お義母さんがわたしの事〝娘〟みたいに言ってるみたいだけど、生憎だけどわたしはお義母さんの〝娘〟じゃないわ」
それを言ったらおしまいよ、というくらいキツイ言葉だった。でもこの時、ちょっと残念そうにしてた母の顔が脳裏にちらついて、止まらなかった。
「ちょっと無神経過ぎると思うわ」
カチャンと音を立ててフォークが皿にぶつかった。貴史が手にしていたフォークを少々乱暴に投げ出したのだ。静かにしっとりと食事を楽しむ客ばかりの店内に、その音はひと際大きく響き渡った。
ざわつく気配と視線を感じたけれど貴史の明らかに不機嫌になってしまった顔の方が気になった。
ここはとりあえず言い過ぎを謝らなきゃ、とわたしは「ごめんね」と口を開こうとした。でも貴史の方が一瞬早かった。
「なんだよ、その言い方。茉実、母さんの事気に入らないのかよ。母さんは茉実の事どれだけ可愛がってるか、分かんない?」
〝言い過ぎたわ、ごめんね〟なんて言葉、一瞬で消え去った。
なによ! 母さん母さん母さんって! 貴方は誰と結婚するの? わたしと結婚するんじゃないの!?
「貴史はお義母さんの事しか考えてないじゃない! わたしの気持ちなんてちっとも分かってくれてないじゃない!」
食事は終わっていなかったけれどわたしはナプキンをテーブルの上に投げ置いて席を立った。
「わたし帰る!」
貴史の「まみ!」って呼ぶ声を背中に受けても振り返ることなくわたしはレストラン飛び出していた。
いつだったか、イタリアンレストランで聞こえて来たOLさん達の会話を思い出した。
女が嫌いな男は〝ドルオタ〟も〝アニオタ〟もあるわね。でもね、ランキングにすればやっぱり今も昔と変わらない。
ぶっちぎりで〝マザコン〟が1位だわ!
0
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません
由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。
「感情は不要。契約が終われば離縁だ」
そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。
やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。
契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~
依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」
森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。
だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が――
「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」
それは、偶然の出会い、のはずだった。
だけど、結ばれていた"運命"。
精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。
他の投稿サイト様でも公開しています。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる