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週末の街は賑やかで楽し気で、解放感に満ちた人の声で溢れていた。でも、そんな街の喧騒の中にいる今のわたしはまるで異世界に迷い込んだ迷子のようだ。
貴史は、店を飛び出したわたしを追って来てくれる様子もなかった。わたしだって、こちらから貴史に「ごめんなさい」なんて言いに戻れるわけがない。
改めて、不安がわたしの胸をせり上がってくる。募りつつあるのは貴史に対する不信感。
こんな事で、わたし結婚して大丈夫なのかな。やって行けるのかな。
重くなっていく足を懸命に前に出し、歩き続けたわたしは日本橋三越、コレド室町前の横断歩道で立ち止まった。
歩を止めてると出て来るのはため息。はあ、と息を吐いた時、ビルの間を吹き抜けた春の夜風が髪の毛をフワッと持ち上げた。どこから飛んできたのか、淡いピンク色の花びらが一枚、わたしの肩に付いていた。
「桜……どこから?」
辺りを見回したけれど、ここは都心ど真ん中。それらしき樹は見当たらなかった。
首を傾げたわたしだったけれど、今風に吹かれた事で寒さを感じて、気づいた。
スプリングコートをレストランに忘れて来た!
春めく3月末とはいえ、夜はやはり肌寒い。レストランに取りに戻る? と考えたわたしは腕時計を見た。
時計の針は7時34分を指し示していた。レストランを飛び出してからもう15分近く経っている。今から戻れば経過時間はもっと。時間が経てば経つほど、ばつの悪さが増す。
信号が変わって、わたしは人の波に乗って歩き出した。取りになんて戻らない。ここから地下鉄に乗ってしまおう。そうすれば寒くなんてないわ。家も、駅からそう遠くないんだから。
「あっ」
反対に流れて来た人の波にぶつかって、よろけた。ぶつかった人が「すみません」と言ったようだったけれど、わたしは手に持っていた花びらが落ちた事に気を取られて謝ってくれた人には対応できなかった。
花びら……。
小さな花びらは、どこにも落ちていなかった。人に踏まれ、だれかの靴の裏にでも付いて行ってしまったのかもしれない。
何となく気になりながらもわたしは横断歩道を渡って三越デパート側に来た。
なんの変哲もない、ただの小さな桜の花びら。桜の大樹があるところなら、数えきれない数の花びらが舞って散っていて、気にも留めないのに、今はたった一枚の、どこから飛んできたかも分からない花びらが何故かとても気に掛かった。
横断歩道は赤となり、道路は人の波から車の往来へと変わった。
花びらの行方は気になったけれど諦めて、わたしは銀座線三越前駅に入る事にした。
「あの、すみません」
地下鉄駅の入口に一歩足を踏み出した時、後ろから声を掛けられた気がした。
わたし? と振り返るとそこに一人の背の高い少年が立っていて、遠慮がちな表情を浮かべて頷いていた。
首を傾げてちょっと訝しがりながら彼を見る。
「なにか、御用ですか?」
一言で容姿端麗の好青年。でも申し訳ないけれど、いきなり声を掛けられるとこちらは当然警戒してしまう。
「あ、すみません、ナンパとかじゃないから安心してください」
ナンパって……。わたしは苦笑いを浮かべた。
オリーブ色のMA‐1のブルゾンに、ジーンズ。高校生くらいかな。そんな少年がこんな年上のオネエサンをナンパするとはこちらとしても想定はしていない。
苦笑いを浮かべてわたしは少年に聞いた。
「大丈夫よ、そんな風には思わないから」
彼は、良かった、と笑みを浮かべる。はにかむような笑顔にえくぼができていた。
可愛い笑顔、と思うと同時に、どこか懐かしような、既視感を覚えた。
似てる。真っ先に、貴史を思い浮かべてしまったのだ。
爽やか、かつ精悍な笑顔は貴史の魅力の一つだった。その貴史がきっとあと10も若かったら――と考えて、内心で自分の心に喝を入れた。
あんなに悔しい想いをさせられて喧嘩してきた彼の事、どうしても思い出してしまう自分に腹が立った。
「あの……」
ムカムカと込み上げてくる感情を噛み殺そうと唇を噛んだわたしを見て、彼は躊躇いがちに切り出した。わたしも慌てて彼の話しを聞く。
「僕、こんなところで迷ってしまったみたいなんです」
「え? 迷子?」
あり得ない言葉にわたしは大きな声を出してしまいそうになった。口を手で軽く覆って、もう一度聞く。
「迷子、なの?」
彼は少し恥ずかしそうに頷いた。
「だって、今はほら、スマホとかあるのに……」
「実は、この春大学に入学するので東京に越して来て、今日は都内を見て周ろうと思って出て来たはいいんですけど、その、スマホを忘れてしまって……」
ああだから、と納得しつつもわたしは聞いた。
「どこから来たの?」
「実は、つい先月までロンドンに」
帰国子女!
「ああ、それじゃあ、尚さらよね」
彼は、はい、と困り果てた顔で頷いていた。
「じゃあ、君が分かるところまで一緒に行きましょ」
「ありがとうございます!」
少年(というより大学生だから青年なのか)の顔がパッと明るくなった。
喜ぶ笑顔も貴史を思い起こさせる表情で、わたしは胸がキュッと締まるのを感じていた。
この子どうしてこんなに貴史を思い出させるんだろう。
貴史は、店を飛び出したわたしを追って来てくれる様子もなかった。わたしだって、こちらから貴史に「ごめんなさい」なんて言いに戻れるわけがない。
改めて、不安がわたしの胸をせり上がってくる。募りつつあるのは貴史に対する不信感。
こんな事で、わたし結婚して大丈夫なのかな。やって行けるのかな。
重くなっていく足を懸命に前に出し、歩き続けたわたしは日本橋三越、コレド室町前の横断歩道で立ち止まった。
歩を止めてると出て来るのはため息。はあ、と息を吐いた時、ビルの間を吹き抜けた春の夜風が髪の毛をフワッと持ち上げた。どこから飛んできたのか、淡いピンク色の花びらが一枚、わたしの肩に付いていた。
「桜……どこから?」
辺りを見回したけれど、ここは都心ど真ん中。それらしき樹は見当たらなかった。
首を傾げたわたしだったけれど、今風に吹かれた事で寒さを感じて、気づいた。
スプリングコートをレストランに忘れて来た!
春めく3月末とはいえ、夜はやはり肌寒い。レストランに取りに戻る? と考えたわたしは腕時計を見た。
時計の針は7時34分を指し示していた。レストランを飛び出してからもう15分近く経っている。今から戻れば経過時間はもっと。時間が経てば経つほど、ばつの悪さが増す。
信号が変わって、わたしは人の波に乗って歩き出した。取りになんて戻らない。ここから地下鉄に乗ってしまおう。そうすれば寒くなんてないわ。家も、駅からそう遠くないんだから。
「あっ」
反対に流れて来た人の波にぶつかって、よろけた。ぶつかった人が「すみません」と言ったようだったけれど、わたしは手に持っていた花びらが落ちた事に気を取られて謝ってくれた人には対応できなかった。
花びら……。
小さな花びらは、どこにも落ちていなかった。人に踏まれ、だれかの靴の裏にでも付いて行ってしまったのかもしれない。
何となく気になりながらもわたしは横断歩道を渡って三越デパート側に来た。
なんの変哲もない、ただの小さな桜の花びら。桜の大樹があるところなら、数えきれない数の花びらが舞って散っていて、気にも留めないのに、今はたった一枚の、どこから飛んできたかも分からない花びらが何故かとても気に掛かった。
横断歩道は赤となり、道路は人の波から車の往来へと変わった。
花びらの行方は気になったけれど諦めて、わたしは銀座線三越前駅に入る事にした。
「あの、すみません」
地下鉄駅の入口に一歩足を踏み出した時、後ろから声を掛けられた気がした。
わたし? と振り返るとそこに一人の背の高い少年が立っていて、遠慮がちな表情を浮かべて頷いていた。
首を傾げてちょっと訝しがりながら彼を見る。
「なにか、御用ですか?」
一言で容姿端麗の好青年。でも申し訳ないけれど、いきなり声を掛けられるとこちらは当然警戒してしまう。
「あ、すみません、ナンパとかじゃないから安心してください」
ナンパって……。わたしは苦笑いを浮かべた。
オリーブ色のMA‐1のブルゾンに、ジーンズ。高校生くらいかな。そんな少年がこんな年上のオネエサンをナンパするとはこちらとしても想定はしていない。
苦笑いを浮かべてわたしは少年に聞いた。
「大丈夫よ、そんな風には思わないから」
彼は、良かった、と笑みを浮かべる。はにかむような笑顔にえくぼができていた。
可愛い笑顔、と思うと同時に、どこか懐かしような、既視感を覚えた。
似てる。真っ先に、貴史を思い浮かべてしまったのだ。
爽やか、かつ精悍な笑顔は貴史の魅力の一つだった。その貴史がきっとあと10も若かったら――と考えて、内心で自分の心に喝を入れた。
あんなに悔しい想いをさせられて喧嘩してきた彼の事、どうしても思い出してしまう自分に腹が立った。
「あの……」
ムカムカと込み上げてくる感情を噛み殺そうと唇を噛んだわたしを見て、彼は躊躇いがちに切り出した。わたしも慌てて彼の話しを聞く。
「僕、こんなところで迷ってしまったみたいなんです」
「え? 迷子?」
あり得ない言葉にわたしは大きな声を出してしまいそうになった。口を手で軽く覆って、もう一度聞く。
「迷子、なの?」
彼は少し恥ずかしそうに頷いた。
「だって、今はほら、スマホとかあるのに……」
「実は、この春大学に入学するので東京に越して来て、今日は都内を見て周ろうと思って出て来たはいいんですけど、その、スマホを忘れてしまって……」
ああだから、と納得しつつもわたしは聞いた。
「どこから来たの?」
「実は、つい先月までロンドンに」
帰国子女!
「ああ、それじゃあ、尚さらよね」
彼は、はい、と困り果てた顔で頷いていた。
「じゃあ、君が分かるところまで一緒に行きましょ」
「ありがとうございます!」
少年(というより大学生だから青年なのか)の顔がパッと明るくなった。
喜ぶ笑顔も貴史を思い起こさせる表情で、わたしは胸がキュッと締まるのを感じていた。
この子どうしてこんなに貴史を思い出させるんだろう。
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