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きっかけ
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文字通り、ケンさんは一緒に謝ってくれました。というより、ケンさんがわたしの失敗を全部被って一人で謝ってくれた、と言っていい状態でした。
返した本の惨状を見たベテランのおばさん司書さんが、えええ~、なにこれは! というお顔をしたんだけどケンさんすかさず、
「すみません、彼女、俺とぶつかって転んでしまったんです!」
と頭を下げた。
ケンさん!? と反応しようとしたわたしの背中を、司書さんから見えないようにケンさんはトンと叩いた。
暗黙の合図だった。ここは黙って、という合図だって分かったわたしは、ケンさんと一緒に頭を下げた。
司書さんのため息が聞こえてきた。
「宮部君にそう言われちゃったら、ねぇ」
宮部君? 司書さんまで、ケンさん知ってる? わたしはそろそろと頭を上げて司書さんを見た。
司書のおばさんは本を見ながら肩を竦めていた。
「あなた、運がいいわ。宮部君には弱いのよ、私」
司書さん?
「じゃあ、ここは目をつぶってくれますね」
一緒に顔を上げたケンさんの明るい声に、司書のおばさんは。
「仕方ないわね。アナタ、二度目はないからね」
おばさんに軽く睨まれてわたしは、すみません! ともう一度頭を下げた。
ケンさんをチラリと見ると目が合った。ケンさん、そっと目で合図してくれていた。こういうのを、不幸中の幸い、というのかしら。
なんとか本の返却を済ませ、わたし達は図書館を無事脱出した。
宵の入り、わたし達が学校を出る頃には外はすっかり暗くなっていた。校門を出たわたし達は並んで駅まで歩き出した。
「あの、ありがとう……えっと」
「ケンでいいよ。もうすでにおケイとかから聞いてそう呼ぶ準備は出来てたんだろ?」
心をパッと見事に言い当てられちゃって、わたしドキンとしちゃった。
「はい……」
恥ずかしくなって、うつ向いて答えると、ケンさんのハハハという声が頭の上から降ってきた。
ケンさん。
改めて、言おうとなると、胸がドキドキしてきてしまう。でも、ちょっと勇気を出して。
「あの、ケンさん」
「ん?」
何気ないケンさんの声にも、心臓が跳ねる。
「改めて、今日はありがとうございました」
フッと笑ったケンさんがわたしの頭を軽く小突いた。
「どういたしまして」
その感触に、キュン、と締まった胸。わたしはそっと首を竦めていた。
日が落ちて少し気温が下がった空気を含んだ風が、柑橘系の花の香りを運んできた。甘くて酸っぱい、胸に微かな切なさが拡がるような香りだった。
わたしは、風がすり抜けるくらいの間隔を開けてだけれど、今確実に隣にケンさんがいることに、ハッとした。
そういえばわたし、今ケンさんと並んで歩いてる!
足が地に着かないようなフワフワした気持ちになりそうになった時、ケンさんを見上げてドキンとした。
前を向くケンさんの横顔は、鼻筋が通っていて眉と目の間の幅が狭い。一瞬、ハーフかな、って思わされるような影が、ケンさんに独特な憂いのような表情を作っていた。胸がきゅう、と締まってわたしはすぐにケンさんから視線を外した。
「お嬢」
不意に呼ばれてわたしは、え? と顔を上げた。
「俺と映画、観に行くか?」
えええ?
わたしは思わず立ち止まってケンさんを見上げた。
えっと。えっとえっと。それは、デートのお誘い? いきなりですか?
わたしの頭が、今パニックになっている。心の準備、なにも出来てない。というか、どうして? まだ、そんな一緒に出掛けるような――、
「おケイに、お嬢と行けって押し付けられた試写会の券がある」
おケイちゃん。ああ、やっぱりそのルートですか。というか、今日のこれは全て仕組まれたことだった? ケンさん、肩を竦めて苦笑いしていた。
ほんとにほんとに。強引にも程があります、おケイちゃん。でも。
「話題作だし、これはちゃんとした試写会だから行かなきゃマズイんだろ?お嬢が構わなけば……」
「い、行きます!」
ケンさんと、一緒に映画、観たいです!
いきなり大きな声で答えたわたしに一瞬目を丸くしたケンさんだったけど、直ぐに目を細めてふわりと笑った。
「じゃあ、行ってみるか」
「うん」
思わぬ形で、ケンさんと二人で映画を観に行くことになりました。
どきどきと。ワクワクが混じり合って、高鳴る胸を必死に抑える。足元は震えて今にも崩れ落ちそう。
どうしてか分からないけれど、今は、ケンさんと一緒にいる時間が少しでも持てるなら、それでいいって思えた。
多少強引ではあるけれど、おケイちゃんに、感謝、しなくちゃいけないよね。
この時は、そう思ったのだけれども。
返した本の惨状を見たベテランのおばさん司書さんが、えええ~、なにこれは! というお顔をしたんだけどケンさんすかさず、
「すみません、彼女、俺とぶつかって転んでしまったんです!」
と頭を下げた。
ケンさん!? と反応しようとしたわたしの背中を、司書さんから見えないようにケンさんはトンと叩いた。
暗黙の合図だった。ここは黙って、という合図だって分かったわたしは、ケンさんと一緒に頭を下げた。
司書さんのため息が聞こえてきた。
「宮部君にそう言われちゃったら、ねぇ」
宮部君? 司書さんまで、ケンさん知ってる? わたしはそろそろと頭を上げて司書さんを見た。
司書のおばさんは本を見ながら肩を竦めていた。
「あなた、運がいいわ。宮部君には弱いのよ、私」
司書さん?
「じゃあ、ここは目をつぶってくれますね」
一緒に顔を上げたケンさんの明るい声に、司書のおばさんは。
「仕方ないわね。アナタ、二度目はないからね」
おばさんに軽く睨まれてわたしは、すみません! ともう一度頭を下げた。
ケンさんをチラリと見ると目が合った。ケンさん、そっと目で合図してくれていた。こういうのを、不幸中の幸い、というのかしら。
なんとか本の返却を済ませ、わたし達は図書館を無事脱出した。
宵の入り、わたし達が学校を出る頃には外はすっかり暗くなっていた。校門を出たわたし達は並んで駅まで歩き出した。
「あの、ありがとう……えっと」
「ケンでいいよ。もうすでにおケイとかから聞いてそう呼ぶ準備は出来てたんだろ?」
心をパッと見事に言い当てられちゃって、わたしドキンとしちゃった。
「はい……」
恥ずかしくなって、うつ向いて答えると、ケンさんのハハハという声が頭の上から降ってきた。
ケンさん。
改めて、言おうとなると、胸がドキドキしてきてしまう。でも、ちょっと勇気を出して。
「あの、ケンさん」
「ん?」
何気ないケンさんの声にも、心臓が跳ねる。
「改めて、今日はありがとうございました」
フッと笑ったケンさんがわたしの頭を軽く小突いた。
「どういたしまして」
その感触に、キュン、と締まった胸。わたしはそっと首を竦めていた。
日が落ちて少し気温が下がった空気を含んだ風が、柑橘系の花の香りを運んできた。甘くて酸っぱい、胸に微かな切なさが拡がるような香りだった。
わたしは、風がすり抜けるくらいの間隔を開けてだけれど、今確実に隣にケンさんがいることに、ハッとした。
そういえばわたし、今ケンさんと並んで歩いてる!
足が地に着かないようなフワフワした気持ちになりそうになった時、ケンさんを見上げてドキンとした。
前を向くケンさんの横顔は、鼻筋が通っていて眉と目の間の幅が狭い。一瞬、ハーフかな、って思わされるような影が、ケンさんに独特な憂いのような表情を作っていた。胸がきゅう、と締まってわたしはすぐにケンさんから視線を外した。
「お嬢」
不意に呼ばれてわたしは、え? と顔を上げた。
「俺と映画、観に行くか?」
えええ?
わたしは思わず立ち止まってケンさんを見上げた。
えっと。えっとえっと。それは、デートのお誘い? いきなりですか?
わたしの頭が、今パニックになっている。心の準備、なにも出来てない。というか、どうして? まだ、そんな一緒に出掛けるような――、
「おケイに、お嬢と行けって押し付けられた試写会の券がある」
おケイちゃん。ああ、やっぱりそのルートですか。というか、今日のこれは全て仕組まれたことだった? ケンさん、肩を竦めて苦笑いしていた。
ほんとにほんとに。強引にも程があります、おケイちゃん。でも。
「話題作だし、これはちゃんとした試写会だから行かなきゃマズイんだろ?お嬢が構わなけば……」
「い、行きます!」
ケンさんと、一緒に映画、観たいです!
いきなり大きな声で答えたわたしに一瞬目を丸くしたケンさんだったけど、直ぐに目を細めてふわりと笑った。
「じゃあ、行ってみるか」
「うん」
思わぬ形で、ケンさんと二人で映画を観に行くことになりました。
どきどきと。ワクワクが混じり合って、高鳴る胸を必死に抑える。足元は震えて今にも崩れ落ちそう。
どうしてか分からないけれど、今は、ケンさんと一緒にいる時間が少しでも持てるなら、それでいいって思えた。
多少強引ではあるけれど、おケイちゃんに、感謝、しなくちゃいけないよね。
この時は、そう思ったのだけれども。
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