永遠のヴァージン【完結】

深智

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とんでもなデート

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 それはまるで、ジェットコースターのような急展開だった。

「きゃあぁあぁあああ……ぅぐ」

 暗闇の中で叫んだわたしのお口が塞がれた。

「分かった、分かったから目瞑って耳塞いでろ! 頼むから騒ぐな!」

 ケンさんが耳元で、小声で怒鳴った。囁かれるような声に、微かな痺れを覚えつつ、スクリーンのスプラッタシーンに。

「ひぃああああ……むぐ」

 再び口を塞がれた。

 おケイちゃんから貰った映画の試写会の券って聞いた時、直ぐに気付くべきだった。試写会の券は、実はわたしのパパが「ホラー大好きな慶子ちゃんにあげなさい」ってくれたものだった。それがなんと、巡り巡ってわたしの元に戻ってきたという。

 怖いー! 怖いよぉ――!

『デート、楽しんで来てね』

 ケンさんに誘われた次の日、わたしからの報告を聞いたおケイちゃんはニッコリ微笑んでそう言っていた。すべてはおケイちゃんが仕組んだことですが。

 楽しんで? それどころじゃないです!

 テレビですら観られないホラー。大画面の迫力は半端なものではありません。生きた心地しません! それでなくとも今は。

 恐怖のドキドキと隣に感じる触れ合う緊張のドキドキ。これは絶対心臓に悪い! 一気に寿命が縮んでしまう!

 ふと目を開けた瞬間、スクリーンにはアップのゾンビ!

 大きく息を吸い込んだ時だった。スッと伸びて来たケンさんの腕に頭を抱かれ(抱えられ)、指が長くて大きな手で目を覆われ、身体は抱き寄せられた(!)。

 叫ぶ準備万端だったお口は、反対の手で軽く塞がれた。

「これなら叫べねーだろ」

 視界を塞がれたわたしの頭上からはケンさんの、囁き声。身体は半分ケンさんのシート側に持っていかれてて。ケンさんの、その、その、胸板を……わたしはそこに顔を埋めてて。埋めて……。

 ひゃあああああ。

 手をバタバタさせようとしたわたしにケンさん。

「大人しくしないとキスするぞ」

   き?

    す?

 耳から滑り込んだちょっぴり意地悪な、それでいて甘い囁き。

 あ、ダメだ。

 痺れてしまった頭。必死に心の中で叫んでた。

 神様――――!





 映画が終わって立ち寄ったカフェのオープンテラスでわたしは、苦手なホラーと経験したことのないタイプの緊張にどっと疲れてグッタリと座り込んでしまった。

「ほらお嬢、コーヒー」

 そんなわたしに、ケンさんはアイスカフェモカを買ってくれた。

「ありがとう。あ、お金は」
「いいよ、試写会の礼」

 お礼? どうしてって顔でケンさんを見ると、ケンさんは肩を竦めて見せた。

「今日の試写会の券、元はお嬢のもんだったんだろ」
「え、あ、えと……その」

 上手くごまかせなくてオロオロしちゃったわたしに、迎いの椅子に座りながらケンさん、クスリと笑った。

「晃司から聞いたんだ。それはきっとお嬢からのものだろうって」

 ああ、平田さんが。なるほど。わたしは、アイスコーヒーをブラックのまま飲むケンさんを見た。

 柔らかな笑みが溢れていた。そんな顔もするのね、ケンさん。わたしの胸がキュンと鳴った。

 急にドキドキという鼓動が早くなって、全身を走り抜ける緊張のような動揺を隠す為に、わたしは視線をカフェモカに落とした。

 わたしの戸惑うような恥ずかしいような気持ち、知ってか知らずかケンさん、それにしても、とクククと笑い出した。

「映画、話題作だったのに、内容まったく入って来なかった」

 ああ、ごめんなさい。わたしのせいです。あんなに騒いで恥ずかしすぎる。でもでも。男の人と映画を観たのなんて初めてだったのに。初めての映画がゾンビ映画だったなんて。

 後悔やら失望やら、様々なものが頭の中を駆け巡って、ガックリ肩を落としちゃう。うなだれ気味になったわたしにケンさが言う。

「映画より誰かさんの反応のが面白かったから、別にいいけど」

〝面白かった〟

 ちょっぴり、ムっとなってパッと顔を上げた。

「ケンさん、わたしのことからかってるでしょう」

 自分でもビックリするくらい、ちょっと強い口調になっちゃった。だって、面白がってたの? って思ったから。わたしなんて、ドキドキして生きた心地もしなかったのよ?

 ケンさんは目を丸くしてわたしを見て、次の瞬間アハハと笑った。

 わ、笑うなんてひどい! もう帰りたい! 口をギュッと結んで涙を堪えた時、ケンさんは手をスッと伸ばしてわたしの頭にポンと置いた。あの、魔法みたいな手で。

 目の前のケンさんは、頬杖ついて笑いかけた。

「からかった訳じゃねーよ。ただ、この年になってまだこんな〝天然〟がいる事にある意味感動覚えたんだよ。絶滅危惧種に出会ったみたいな?」

〝絶滅危惧種〟?

 そう言えば、この間学食でそんな言葉をケンさんに言っていたけれど、褒められているとはとても思えない。

 眉間に縦皺を掘りつつ、わたしはケンさんの手と、そのあまりにもカッコイイ笑顔に挟まれるみたいになって、完全に固まってしまった。

 もっと一緒にいたいのに、もっとお話ししたいのに、上手く言えない。こんな気持ち、感覚、初めてだった。

 固まったまま黙ってしまったわたしにケンさん、少し困ったお顔をした。

「そんな顔してると、ほんとに泣かすぞ」

 へ?

「なかす……って」

 わたしの頭から手を離したケンさん、ハハッと笑いながら「冗談だよ」と言う。ケンさんにとってわたしはからかうだけの対象のような気がします。

 それはとっても、哀しい。

 ストローでコーヒー飲みながら、わたしは上目遣いでケンさんを見た。ケンさんは腕時計見てる。どんなポーズを取ってもカッコイイです。

 ドキドキしてきてわたしは慌てて視線を外して、コーヒーを吸い上げた。一気に吸い上げて、ケホッと蒸せた。

「大丈夫かよ」

 顔を上げると白い歯を見せて笑うケンさんの笑顔が目に飛び込んだ。

「ほら」

 ケンさんがペーパーナプキンを手渡してくれてわたしは、消え入りそうな声で、ありがとう、と言いながらそれを受け取って口元に当てた。

 油断すると手が震えちゃいそうでソワソワしているわたしに、ケンさんは優しく言った。

「お嬢、この後の予定は?」

 このあと? わたしは腕時計を見た。三時を回ったところだった。

「特に何もないです」

 わたしの答えを聞いてケンさんは「そうか」と口元に手を当て、ちょっと考える仕草をした。

 何をしても、どんな格好をしても絵になってしまう。直視しているとドキドキが益々加速して苦しくなる。ちょっと視線を外そうとした時、ケンさん顔を上げてわたしを見た。

「俺、バイトまで時間があって、その前に行きたいところがあるんだ。お嬢、ちょっと付き合ってもらっていいか?」

 ケンさんが、誘ってくれた?

 胸のうちが、パッと電気に照らされたみたいに明るくなった。わたしは、一も二も無く「はい!」と答えていた。

 ケンさんと一緒にいられるのなら、お付き合いします! そう思って行き先も聞かずケンさんに付いて行くと決めたのだけど。

 後に少々、いえ、かなり激しく後悔することが待っているなんて、この時は想像もしませんでした。


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