永遠のヴァージン【完結】

深智

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わたしじゃダメですか?

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「ごめんなさい、わたし、律子さんからケンさんの事、聞きました」

 わたしを抱きしめるケンさんの腕の力が少し、緩んだ。「そうか」と言う静かな声を聞きながらわたしはケンさんの胸に顔を埋めて、目を閉じた。

「俺さ」

 ケンさんが話す声がわたしの中に静かに落とされていく。

「あの事故からずっと、なんで俺じゃなかったんだ、なんで、蓮だったんだ、って思っていた。俺なんかが残っちまって、親はどう思っているんだろうか、って考え出したら親とも話せなくなって、あの家を出たんだ」

 聞いているだけで、涙が出てきた。顔、ケンさんに見えていないから大丈夫。

 泣いたら、ダメだよ、ひまり。ちゃんと、ケンさんの事を考えるんだから。

 ケンさんと、ケンさんのご両親。きっと、お兄さんが亡くなってからお互いを想い過ぎて、かえって話せなくなってしまったのかもしれない。

 ケンさんは、跡継ぎのお兄さんが亡くなって自分が生き残ってしまった事への負い目から。

 ケンさんのご両親は、ケンさんへの言葉が、どんな言葉であっても傷つけるものになるのではないか、と言う気遣いから。

 ケンさんのお父様はとても立派なお坊さまと伺った。だからこそ、我が子に甘い言葉を掛けられなかった。なんとか自分で立ち直って欲しかったのかもしれない。

 ケンさんに掛ける言葉、わたしにだって分からない。だからやっぱり、難しい。

「ケンさん」

 わたしは顔を埋めたまま、心にある想いを素直にそのまま言葉にする。

「わたしは、神様に感謝します。ケンさんに出会えた事。ケンさんがこうして生きてくれている事。わたしは、ずっとケンさんの傍にいたい。ケンさんの〝嬉しい、楽しい〟だけじゃなくて、〝悲しい、苦しい、辛い〟も共有したい。一緒に泣きたい、笑いたい」

 一気に言って、一呼吸置いて、思考を整理する。そして、ゆっくりと言葉を継いだ。

「ごめんなさい、わたしは何も出来ないから、それしか出来ないんです」

 話していくうちに、わたしの脳裏に美しいあの人の姿が過ってしまった。わたしは顔を上げて、ケンさんを真っ直ぐに見つめた。

「ケンさん、わたしじゃダメですか?」

 ケンさんのお顔が、微かに驚きに染まるのを見た。急に自信が無くなる。

 どうしよう、ダメって言われたら。

「あの、いいんですよ、ダメならダメって」

 言ってください、そう言おうとした口が、塞がれました。

 ケンさんの唇で。

 冷たい山の雨が、温かく感じる。濡れた唇も、手も、指も。全部愛おしい。

 目を閉じて、頬を包むケンさんの大きな手に、わたしの手を重ねた。

 長い長いキスをして、ゆっくりと唇が離れて、ケンさんと視線を合わせた。

 黒い瞳の中に、明かりが揺れる。その中にわたしが、見える。

 ケンさんの手が、わたしの額を撫でて、髪を梳く。精悍な顔が柔らかに微笑んだ。そして。

「ひまり」

 あ。

 わたしは息を呑んだ。ケンさん、今。

 それは、柔らかで甘くて。

 瞬きも忘れ見つめるわたしをケンさんは真剣な瞳で真っ直ぐに見返し、

「ひまりに、傍にいて欲しい。いや、俺がもう離さないから」

 柔らかで甘くて、わたしの中に浸透して、震えさせて、痺れさせて。

 ああ、わたしは、わたしはーー、

「ちょ、待てひまり!」

 世界がクルクル回る。ロッジの中から、歓声が聞こえ、みんなが飛び出してくるのを、気を失う寸前に、見ました。

 わたしは、そのまま、ケンさんの腕の中に崩れていった。

 わたしの記憶は、そこまでです。

 わたしは、そのまま、ケンさんの腕の中に崩れていった。

 そういえば、わたし、夜行バスなんて初めてで、眠れてなかった。でも、気持ちが張っていて、眠いなんて感覚どこかに行っていて。

 この大事な夜、わたしは疲れと慣れない環境の後、いっぺんに訪れた安堵で、張り詰めていたものが一気に解れ、意識を失ってしまったのです。

 大事な、大事な夜だったのに、目覚めた時は、ロッジの朝を迎えていました。

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