この夏をキミと【完結】

深智

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葛藤2

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 集中できない時というのは、教科書に書かれた文章は意味の持たないただの文字の羅列にしか見えてこない。数学の公式に至っては、解読不能の暗号だった。

「だーっ、ちきしょー! わかんねー!」

 夕食を終えて再び自室に戻った篤は、机に向かってはみたものの身が入らず、シャープペンを教科書に叩き付けた。

 祖父から投げつけられた言葉は不快きわまりないものだった。思い返せば反発心しか湧いてこない。なにくそ、と思う気持ちの矛先は、勉強からはますます遠ざかる。

 悔しい。どうにかして、じいさんに自分の野球を認めさせてやりたい。

 自分の野球。そこに思いあたった時、篤の心に過るものがあった。どんな、何を、認めて欲しいのか。

 実力か? 情熱か?

 篤は苛立たしげに頭を掻いた。改めて教科書を見てみたが、例え集中できたとしても、教科書、問題集に書かれている事を理解できるかどうかは怪しいものだった。

 自分は、何もかも中途半端なんじゃないか。

 教科書も放り投げた篤は椅子の背もたれにグッと体重をかけ、両手を後頭部で組み、のけ反った。篤の体重がもろに掛かった椅子はギギッと軋む音を立てた。

「背もたれが外れるぞ」

 篤は声がした方へ視線だけを向けた。その先には兄の忍がドアに片手を付き、長い足を交差させて立っていた。ジーンズにTシャツという何でもない着こなしなのにファッション雑誌の一ページを飾るモデルのようだった。何ともイヤミな光景だ。

「何か用かよ、兄貴」

 篤は兄から視線を外し、天井を見た。

「用があるから来たんだよ」

 忍は表情を変える事なく静かに切り出した。

「俺は別に平和主義ではないし、人の仲を取り持つような趣味もない。親父の考えや想いを代弁してやるつもりもさらさらないけどな。お前に言っておきたいことがあった」

 淡々と話し始めた忍は少し間を置き、続ける。

「親父は、お前の試合はほとんど観に行っている。たとえ練習試合でも、だ。この、親父の行動がどういう意味か、お前ならわかるだろ」

 それだけ話すと忍は部屋から出て行こうとして、クッと一笑した。

「ああ、お前さ、相手チームの選手のデータ、すべて頭に入れるんだってな。そんな芸当できるんだったらその頭の隅っこに公式の一つでもねじこんでおけ」

 意地悪く笑いながら忍は出て行った。

 兄が消えたドアに、消しゴムが直撃する。フローリングの床にコロコロと転がったそれはベッドの下に消えた。篤は忌々しげに舌打ちし、忍の話を反芻した。

 父が、自分の試合をほとんど観戦に来ていた。

 そのことは、なんとなくはわかっていたのだ。父が、祖父や母と違い、見栄や世間体にこだわる人間ではないことも。

 兄も父も、今さら自分に何を言いたいのだ。篤の中に、せめぎ合うような、言いようのない想いが葛藤となって渦を巻いていた。今の自分は、引く事は出来ないのだ。どうしても。

 それは、少しばかり不器用な人間が陥りやすい、向き合おうとすればするほど素直という言動から遠ざかる悪循環の為せるものなのか。




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