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兵藤の手紙
しおりを挟む『私、本当は笹山凛子(ささやまりんこ)っていうの』
あの日の空港の出発ロビー。保安検査場の入口で別れ際、凛花が言った。
「ささやま、りんこ」
凛花の手を握ったまま龍吾は繰り返すように呟きその名前を胸に刻み込む。凛花は頷き微笑んだ。
「もうずーっと前に捨てた名前。笹山凛子に戻れる日が来るなんて夢にも思わなかった。龍吾のお陰よ」
「俺だけじゃない」
ううん、と龍吾を見上げる凛花は小さく横に首を振っていた。
†
またいつか、と最後に凛花は龍吾の首に腕を絡め頬に軽くキスをし、保安検査場のゲートを潜り抜けて行った。
凛花は振り向かなかったが、細い後ろ姿が泣いてるのが分かった。龍吾は凛花が見えなくなるまで、その場所から動かず見送った。
今離れ離れになったら、またいつか、などないかもしれない。
不安は心の何処かにあっても、二人は最後までそれを口にはしなかった。
信じたかったのかもな。いつか一緒になれるって。
†††
龍吾は兵藤からの手紙を開き、数日前の面会を思い返した。兵藤はガラスの向こうで困った顔をし笑っていた。
「お前もセイジも似た者同士で頑固で困る」
「何とでも言えよ。帰ったらセイジさんに言ってくれ。セイジさんが何と言おうと俺はあの街に戻る! 俺はまだセイジさんに何の恩も返してないんだよ! セイジさんに認めて貰うんだよ!」
一気にまくし立てた龍吾を黙って見ていた兵藤は、睨み付ける龍吾に静かに言った。
「凛花はどうするんだ」
龍吾は一瞬ウッと黙り込む。
「凛花は……」
ゆっくりと言葉を選ぶように龍吾は話し始めた。
「俺があの街でセイジさんに負けないくらいの男になった時、まだ凛花が待っていてくれたら」
兵藤は呆れたようにため息をついた。
「気の遠くなる話だな」
龍吾がムッとする様子を見た兵藤は口の端で笑った。
「今、凛花がお前を必要だと言ったら?」
今?
「そんな事、凛花が言ったのか?」
ガラスを挟み、互いに牽制するような色を見せる視線が行き交う。視線を先に外したのは兵藤だった。フッと笑いながら口を開く。
「バカだな。彼女がそんな事を俺達に言ったりすると思うか」
龍吾は黙って兵藤を見詰めていた。
そうだ。凛花はそんな事を保さん達に話すわけない。では何故保さんはこんな事を言い出した?
じゃあ俺は行くけど、と兵藤は椅子をガタンと鳴らした。
「もうそろそろ出られるんだろ?」
立ち上がった兵藤を、龍吾は見上げる。
「ああ、まだはっきりとは決まってないけど」
「そうか。お前んとこに明日あたり俺から手紙届くから。それ読んで、よく考えて決断しろ」
兵藤は、じゃあな、と手を挙げ部屋から出て行った。
兵藤さんが俺に手紙を?
あの日の兵藤の言葉を反芻していた龍吾だったが、今、改めて手紙を読み返した。
便箋二枚程度の長くはない手紙だ。だがそこにしっかりと籠められた、兵藤と、剣崎の想いを龍吾は噛み締めた。
『龍吾』
手書きで達筆な保の字だった。
『この手紙を書いた後の面会が、お前に会う最後だ』
書き出しの文章で、龍吾はあの日が兵藤との別れの日だった事を知ったのだ。
セイジさんも保さんも、何も言わねーんだからな。複雑な想いが龍吾の中で交錯していた。
『俺達は、世間で言うところの間違いというヤツを数々重ねて手を汚してきた。それは、俺達にはもう失うモノがないからなんだよ。もうそのまま引き返す事も出来ずに突き進むしかないからなんだよ。でもお前は違うだろ』
俺は、違う。そうだ、守りたいものが、ある。
龍吾の脳裏に浮かぶのは、凛花の笑顔だ。
『セイジは、お前を見捨てたわけじゃない。本当はずっと手元に置いておきたかったんだ。でも、自分に対する義理に縛られたお前が守るべきモノを失ってしまうのを恐れたんだよ。
それでもセイジに対する義理があるのなら、お前を手放す事はアイツが凛花にした事に対する償いだと思えばいい。凛花を幸せにする事で、セイジに義理を返せるだろ?』
スゲーこじつけだ、と龍吾は苦笑いした。
『俺達の事は、お前の記憶の片隅に置いといてくれればそれでいい』
自分がこれから歩む道を決断させる言葉が、手紙の末尾に結ばれていた。その一文で、面会最後の日、兵藤が言った言葉の意味が分かった。
『凛花はお前のーー』
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