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花札と機嫌
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夜も更け、ネオン灯る街が賑わいを見せる頃。星児の事務所が入っている雑居ビルのエレベーターに1人の男が乗り込んだ。
ワックスでセットを決めた髪にピアス。明るめの色のスーツとネクタイのセンスが普通のサラリーマンではない事を物語る。
事務所がある五階に停まったエレベーターの扉が開いた時、彼は思わず苦笑いをした。
「あ、中薗さん! お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
スーツ姿だが、どうみてもカタギではない強面の男達がホウキやモップ、雑巾まで持ちフロア全体の掃除に精を出していた。
「……なにやってんだ、お前ら?」
中薗と呼ばれた男が半ば呆れながら男達に聞いた。
「いやー、それが」
隣で掃除していた男が説明を始めた。
「今日はセイジさん休みだから、俺達、集金誰が行くか、花札で決めようっつー事になったんスよ。うちんとこは、セイジさんの前で花札なんて出来ないスから」
ああ、と中薗が相槌を打った。
星児の事務所で以前、下の者達の間で花札に関するトラブルが起きた。激怒した星児は事務所内での花札禁止令を出したのだ。
星児のホスト時代からの悪友でもある中薗は、星児の仕事関係の経緯なら一通りは把握していた。
「で? それがどうお前らの掃除と結びつく?」
コイツはおもしれー場面に出くわしたかもしんねー。中薗は面白半分でニヤニヤと続きを促した。
「いや、花札始めてエキサイトしてる最中にっスね」
彼は思い出すのも恐ろしい、と言わんばかりの表情で話しを続けた。
『すげー楽しそうじゃねぇか。俺も交ぜてくんねーかな』
白熱する彼等の背後から聞き覚えあり過ぎる声が聞こえ、口角を上げ笑う星児が立っていた、という事だった。
中薗は、ヒーヒーと腹を抱えながら笑う。
「で、仲間に入れて差し上げたのかよ」
「当然スよ。断れるワケないじゃないスか。笑い事じゃないっスよ、中薗さん。セイジさん何があったか知らねぇけど、マジすげ機嫌悪くて、無表情のままクククとか笑ってて背筋凍るくらい怖かったスよ。ヘタなホラーなんて目じゃねぇスよ」
頭を短く刈り上げて眉毛のない、道端で出くわせば相当怖がられそうな人相をした男が無い眉を下げ、困った顔をしている。
「その上セイジさんとんでもねぇくれー強ぇし。俺達の持ち金全部巻き上げられたス」
彼の話を聞きながら中薗は必死に笑いを噛み殺す。
「なるほどな、そんで、禁止の花札やってた罰として掃除か」
ったく、星児のヤツ、コイツらの扱い小学生並みだ。
込み上げる笑いをごまかす為に軽く咳払いをした中薗が話し始めた。
「セイジはさ、博打に負けた事ねぇんだよ。ヤクザの賭博場に殴り込みに行った時なんてよ、イカサマ見抜いて大暴れだ。凄かったぜ、アイツはそういう強運の星の元に生まれてんだな。アイツのバックに付いてるのはそん時のが殆どだ」
この街のシマもそうやって手に入れてきた。
中薗はホストクラブを経営している。安心して営業を続けられるのは、店が星児のシマにあるからだった。
「そのハナシ、伝説になってるス。ホントだったんスね」
彼の言葉には星児に対する畏怖の感情がありありと浮かぶ。中薗はフロアで掃除を続ける男達の奇妙な光景を見て思う。
こういう奴らは、恐いから、だけじゃ付いてはいかない。剣崎星児という人間に対する尊敬みたいな想いがあるんだろう。
「それでお前らのそのご機嫌斜めのご主人様は?」
「事務所でふんぞり返ってるスよ、たぶん」
†
「お前が休みだったら無駄足になるとこだったぜ」
星児は。文字通り、ふんぞり返っていた。
デスクに足を乗せて何かの伝票に目を通していた。その脇でスキンヘッドの男と剃りが入った男がセッセと拭き掃除に勤しんでいる。
星児は急に現れた中薗に対してさして驚く様子も見せず、チラリと視線をよこしただけだった。
掃除する男達が慌てて、お疲れ様です! と頭を下げた。
「何か用か」
感情のない星児の低いトーンの声に、本当だこりゃ相当機嫌悪そうだ、と中薗は肩を竦めた。
「用が無けりゃこんなとこ来ねーよ。俺だって暇じゃねーんだ。ほらよ、頼まれてたヤツだ」
言いながら中薗はアンダースローで何かを星児に投げた。星児は片手でその小さな何かをキャッチする。
フロッピーディスクだった。
「とりあえず、クラブ銀河時代お前の事を気に入ってた女社長。今でも時々うちに顔を出すけど、俺の顔を見りゃ、セイジに会いたい、しか言わねぇ。俺は星児の使いじゃねぇっつーの」
中薗はそう話しながら取り出したタバコをくわえた。
クラブ銀河とは星児がずっとナンバーワンに君臨していた、この街最大のホストクラブだった。
星児は中薗の言葉には返事もせずにメモリースティックを差し込んだパソコン画面を食い入るように見つめていた。
「とりあえず、あの有閑マダムにアタックしてみる事だな。面白れぇとこに繋がるぞ」
「そうみてぇだな」
パソコンの操作をしながら星児が呟いた。その様子に中薗は軽くため息をつく。
「お前の最終目的地なんて知らねぇし興味もねぇけど。あんまムリすんなよ。命あっての、だろ?」
さりげなくボソッと言った中薗の言葉に、その時初めて星児の表情が微かに崩れた。
「サンキュー」
視線を合わす事なく聞こえるか聞こえないかの声だったが、中薗はフッと笑った。
「密偵は高くつくぜ」
「じゃぁ今月のショバ代はチャラにしとくぜ」
「ショバ代なんてハナから払ってねぇだろうがっ」
ワックスでセットを決めた髪にピアス。明るめの色のスーツとネクタイのセンスが普通のサラリーマンではない事を物語る。
事務所がある五階に停まったエレベーターの扉が開いた時、彼は思わず苦笑いをした。
「あ、中薗さん! お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
スーツ姿だが、どうみてもカタギではない強面の男達がホウキやモップ、雑巾まで持ちフロア全体の掃除に精を出していた。
「……なにやってんだ、お前ら?」
中薗と呼ばれた男が半ば呆れながら男達に聞いた。
「いやー、それが」
隣で掃除していた男が説明を始めた。
「今日はセイジさん休みだから、俺達、集金誰が行くか、花札で決めようっつー事になったんスよ。うちんとこは、セイジさんの前で花札なんて出来ないスから」
ああ、と中薗が相槌を打った。
星児の事務所で以前、下の者達の間で花札に関するトラブルが起きた。激怒した星児は事務所内での花札禁止令を出したのだ。
星児のホスト時代からの悪友でもある中薗は、星児の仕事関係の経緯なら一通りは把握していた。
「で? それがどうお前らの掃除と結びつく?」
コイツはおもしれー場面に出くわしたかもしんねー。中薗は面白半分でニヤニヤと続きを促した。
「いや、花札始めてエキサイトしてる最中にっスね」
彼は思い出すのも恐ろしい、と言わんばかりの表情で話しを続けた。
『すげー楽しそうじゃねぇか。俺も交ぜてくんねーかな』
白熱する彼等の背後から聞き覚えあり過ぎる声が聞こえ、口角を上げ笑う星児が立っていた、という事だった。
中薗は、ヒーヒーと腹を抱えながら笑う。
「で、仲間に入れて差し上げたのかよ」
「当然スよ。断れるワケないじゃないスか。笑い事じゃないっスよ、中薗さん。セイジさん何があったか知らねぇけど、マジすげ機嫌悪くて、無表情のままクククとか笑ってて背筋凍るくらい怖かったスよ。ヘタなホラーなんて目じゃねぇスよ」
頭を短く刈り上げて眉毛のない、道端で出くわせば相当怖がられそうな人相をした男が無い眉を下げ、困った顔をしている。
「その上セイジさんとんでもねぇくれー強ぇし。俺達の持ち金全部巻き上げられたス」
彼の話を聞きながら中薗は必死に笑いを噛み殺す。
「なるほどな、そんで、禁止の花札やってた罰として掃除か」
ったく、星児のヤツ、コイツらの扱い小学生並みだ。
込み上げる笑いをごまかす為に軽く咳払いをした中薗が話し始めた。
「セイジはさ、博打に負けた事ねぇんだよ。ヤクザの賭博場に殴り込みに行った時なんてよ、イカサマ見抜いて大暴れだ。凄かったぜ、アイツはそういう強運の星の元に生まれてんだな。アイツのバックに付いてるのはそん時のが殆どだ」
この街のシマもそうやって手に入れてきた。
中薗はホストクラブを経営している。安心して営業を続けられるのは、店が星児のシマにあるからだった。
「そのハナシ、伝説になってるス。ホントだったんスね」
彼の言葉には星児に対する畏怖の感情がありありと浮かぶ。中薗はフロアで掃除を続ける男達の奇妙な光景を見て思う。
こういう奴らは、恐いから、だけじゃ付いてはいかない。剣崎星児という人間に対する尊敬みたいな想いがあるんだろう。
「それでお前らのそのご機嫌斜めのご主人様は?」
「事務所でふんぞり返ってるスよ、たぶん」
†
「お前が休みだったら無駄足になるとこだったぜ」
星児は。文字通り、ふんぞり返っていた。
デスクに足を乗せて何かの伝票に目を通していた。その脇でスキンヘッドの男と剃りが入った男がセッセと拭き掃除に勤しんでいる。
星児は急に現れた中薗に対してさして驚く様子も見せず、チラリと視線をよこしただけだった。
掃除する男達が慌てて、お疲れ様です! と頭を下げた。
「何か用か」
感情のない星児の低いトーンの声に、本当だこりゃ相当機嫌悪そうだ、と中薗は肩を竦めた。
「用が無けりゃこんなとこ来ねーよ。俺だって暇じゃねーんだ。ほらよ、頼まれてたヤツだ」
言いながら中薗はアンダースローで何かを星児に投げた。星児は片手でその小さな何かをキャッチする。
フロッピーディスクだった。
「とりあえず、クラブ銀河時代お前の事を気に入ってた女社長。今でも時々うちに顔を出すけど、俺の顔を見りゃ、セイジに会いたい、しか言わねぇ。俺は星児の使いじゃねぇっつーの」
中薗はそう話しながら取り出したタバコをくわえた。
クラブ銀河とは星児がずっとナンバーワンに君臨していた、この街最大のホストクラブだった。
星児は中薗の言葉には返事もせずにメモリースティックを差し込んだパソコン画面を食い入るように見つめていた。
「とりあえず、あの有閑マダムにアタックしてみる事だな。面白れぇとこに繋がるぞ」
「そうみてぇだな」
パソコンの操作をしながら星児が呟いた。その様子に中薗は軽くため息をつく。
「お前の最終目的地なんて知らねぇし興味もねぇけど。あんまムリすんなよ。命あっての、だろ?」
さりげなくボソッと言った中薗の言葉に、その時初めて星児の表情が微かに崩れた。
「サンキュー」
視線を合わす事なく聞こえるか聞こえないかの声だったが、中薗はフッと笑った。
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