舞姫【前編】

深智

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踊り子の素顔

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 気付くと、保がみちるを抱きしめたまま眠りに落ちていた。みちるは彼の寝顔にそっと触れた。

 ほんの少し痩せましたね。お仕事、大変なのかな。

 保が星児の事務所で働き始めた事は聞いていたが、どんな仕事をしているのかは、よくは知らなかった。

 保の頬にそっと唇を寄せて、みちるはぴったりと体を寄せて目を閉じた。

 まだ今夜の興奮が抜けない。目を開ける。

 時計の音が、みちるの中にショーのドラム音を蘇らせていく。

 激しいムードミュージックの中、めまぐるしく妖しい照明が回っていた。

 妖艶に舞う踊り子達。色めき立つ観客。

 脱いだ踊り子がセクシーなポーズを取るたびにカラーテープが派手に飛び交っていた。

 色が溢れた興奮の坩堝の世界だった。

 みちるは目が冴え、なかなか眠れそうになかった。

 私はあの中に入っていけるの? ううん、入っていかなければいけないんだ。

 横になる保の肩越しに、窓から覗く頼りなげな三日月が見えた。薄い雲がかかり、ゆらゆらと消え入りそうに浮かぶ月。

 私みたい。みちるは保の胸にそっと顔を埋めた。

 まだ保に話していない事もあった。

『あの子はね、悪い男に騙されてAVに出ていた子なの。それを私が拾ったのよ』

 帰りの車中だった。

 ハンドルを握る麗子がさりげなく話し始めた。

「騙されて?」

 助手席に座るみちるは麗子を見た。

 流れ行く夜の街のネオンに映える鼻筋の通った麗子美しい顔は、固い表情を見せていた。

「千春ちゃん、青森の出身なんだけどね、美容師になりたくて十八でこっちに出て来たんだけど、色々あって風俗で働くようになっちゃったらしいの。
その時に出会った男に騙されてAVに出されちゃって、それが酷い監督で……。
それをたまたま私が見つけちゃったの。
私、スカウトの為に歩き回ってるから」

 一息ついた麗子は「放っておけなくて……」と再び続けた。

「星児に頼んで助け出してもらったの」
「星児さんに……」

 みちるの胸がキュッと締まる。

「泣く子も黙る剣崎星児がその悪徳AV監督を事務所ごと完膚無きまでに潰してくれて、今あの子の流出映像は殆どない筈」

 苦笑いしながら話す麗子を見、みちるは「はぁ」としか応えられなかった。

 泣く子も黙る。私の知らない、星児さん。私が知ってる星児さんは。

 締まっていた胸が今度は微かな痛みを覚えていた。

 大人なのに、時々少年みたいで、強引だけど、優しい。

 胸の息苦しさにみちるはギュッと目を閉じ、脳内の思考を埋めようとしていた星児の姿を掻き消した。

 みちるの脳裏には、楽屋で話した千春の笑顔が蘇る。

「千春ちゃん、あんなに明るかったよ?」

「ちゃんと、自分に降りかかった運命として受け止めてるのよ。
勿論、そこまでに辿り着くまでの葛藤はあったと思う。
でもね、生きる為に必死に頑張ってるのよ。
あそこにいる子はみんな、自分で生きていく為に必死なの」

 自分で生きていく為。

 麗子の言葉が、いつまでもユラユラと定まる事なく揺れ続けるようなみちるの心に重く響いた。

「ストリッパーというお仕事は誰にでも出来るお仕事ではないでしょう。
観客に悦びを与える為の努力の上でだけど、その躰はもう神様から与えられた天賦の才と思うの。
みちるちゃん。
貴女はその躰で、必ず稼げる。
ううん。稼ぐのよ。
でもそれは、売るとは違う。
〝魅せる〟のよ」

 売るのではなく、魅せる。

 麗子の言葉はみちるの中に印象的に響いていた。




『魅せられた男が夢中になって、惜し気もなくお金を払う。
それが本来の風俗のあり方なんじゃないかしら、なんて、最近思うのは、私が年を取ったせいかしらね』

 車窓に流れる街の明かりを背景に複雑な笑顔を見せていた麗子の横顔が、みちるの閉じた瞼の裏に思い浮かぶ。

 眠れないみちるがもぞもぞと動いた時、保が目を覚ました。

「みちる?」
「あ、ごめんね、起こしちゃった」
「いや、俺こそごめん。みちるより先に寝てた」

 みちるが肩を竦めてクスッと笑った。

「保さんたら。私、子供じゃないよ。先に眠られたって平気」
「なんか夢ん中で泣いてる声がしたんだけど」

 もぉっ、とみちるは拳で保の胸を軽く叩くと、そのままギュッと抱きしめられた。

「保さん、ちょっとくるしいよ」
「ん……」

 保さん。

 密着する胸元。保の鼓動がみちるの耳に届く。

 規則的な、穏やかな鼓動は揺りかごのような心地よさ。みちるは目を閉じた。

「保さん」

 小さくその名を呼ぶ。

 腕が、緩んだ。

「みちる、どうした?」

 暗闇の中で、保が顔を覗き込んでいるのが分かった。みちるは保の顔を両手で触れた。

「あのね、私、大丈夫だよ。お友達も出来て、なんとかやっていけそう。保さん、心配しないでね?」

 保は再びみちるを強く抱きしめた。

 言葉にならなかった。

 「がんばれ」なんて言えないから。

「みちる」

 愛してるよ。

 その言葉は呑み込んだ。

「キスしよう」
「うん」

 しっかりと重ねた唇。柔らかな舌が優しく絡まる。互いの唇をそっと吸う。

 この大事な時を共に過ごした大事な証を、たくさん残そう。

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