黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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拾 天保七年

呪詛

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 私は観念して、おきつねさまに正面から向かい合いました。

「結構、結構。聞いてくれるのだな」

 満足そうに老人は笑いました。そして、ひとつ咳払いをすると、長々と語ったのです。

「改めて言うが、わしは昔ここに棄てられた狐たちの怨霊の権化じゃ。お前さんみたいな人間と話をする時はこの姿が便利なのでそうしているが、元々は人間ではない。まずはそこを理解してくれ。

 さて、わしはこの一帯に住んでいる人間を憎んでいる。かつては我々の物だった山の恵みを、奴らは勝手に奪った。憎い。取り殺してやりたいほどにだ。分かるな。

 一方でお前さんも、憎んでいる者がいる。否定はするなよ。お前さんらの鼻では分からんだろうが、人の感情には匂いがあるのだ。目の前の人間が何を思っているのかを察するのは、容易い事なのだよ。

 そしてここからが肝心なのだが、是非お前さんに尋ねたいことがある。

 お前さんが憎んでいるその者は、この一帯に住まう者か。もしそうならば、わしの力を貸してやっても良いぞ。

 かまととぶらんでも良かろう。ここにはわしとお前さんしかおらん。お前さんから溢れだす憎しみの匂いは、それはそれは強烈だぞ。まさか些細な事などとは申すまいな。

 憎いじゃろう。殺したいじゃろう。
 出来るぞ。
 わしの力で、そやつを葬りさってしまうがいい。どうじゃ」

 私は、彼の申し出に心が奪われていくのを感じていました。

 とても物騒な話です。確かに兄たちを憎んではいましたが、殺したいという発想はありませんでした。それが、おきつねさまの話によって、そうすることへの興味が鎌首をもたげてきたのです。

 ただ、もし本当にそれをやってしまったら、母はどう思うのでしょう。あの人は、彼らを生き永らえるためにこそ、自分の命を犠牲にしたのです。

 葛藤が生まれました。私は、おきつねさまの言葉に応えるか否か、真剣に悩みました。

 本当は葛藤している時点でおかしいのですが。

 その時です。

「おーい、ゆいー。いるかー」

 声がしました。二番目の兄の声です。

「ん、お前さんを探しに来たようだな」

 上の兄たちの中で、よりによって一番ひどい事を言い続けた男がやって来たのです。私の中では、最も許せない兄でした。

「良い機会じゃ。試しにわしの力を貸してやる。使うかどうかは別として、会ってみたらどうだ」

 あからさまな期待を込めた声でおきつねさまが言うと、ふと辺りがわずかに明るくなりました。

「何だ、いるのかよ」

 周りの景色が竹藪の入り口に戻され、老人の姿も見えなくなりました。そして、代わりに兄が私の視界に入ってきます。彼は腕組みをしながら、無造作に私の前に寄ってきました。

「見つからなかったら、そのまま『いなかった』って言い訳出来たのに、何でいるんだよお前」

 相変わらず自分本位な物言いしか出来ない男です。私は、敢えて冷静に聞きました。

「次郎兄さんがわざわざ来てくれるなんて、どういう風の吹き回しなの」

「しょうがねえだろ。兄貴に連れ戻して来いって言われたんだよ」

 彼の口調からは、私の事なんかどうでもいいという彼の気持ちがありありと窺い知る事が出来ました。

 私は、ためらいなく思いました。
 この人なら、殺せる。
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