アンティーク影山の住人

ひろろ

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初めまして!

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「はい、大丈夫ですわ……」


 下を向いたままそう答え、ハンカチで目をそっと押さえ拭く。


 そんなルシェの様子を見た男性は、益々、心配になった。


「本当に大丈夫なんですか?」


 うなずいてルシェは思う。


(なんて優しい方なのかしら、それにカーソルさんの声にも似ていますわ……。
……はっ、まさか!)


 痛みのせいで、涙目のルシェが顔を上げた。


 彼は、白い薄手のパーカーの上に薄い黒のジャケットを着て、黒のスリムチノパン、薄茶色の靴を履いていた。


トートバックは、持っていない。


「カーソルさんっ!」


「 ! 」

…………………

 少し前のカーソルは、妖精姿で太鼓店に行っていた。


開店前だった太鼓店の近くにあるベンチに座り、パズルを始めた。


カチャ、カツン、カツン。


〈えーと、確か、あの時は、いろんな太鼓を見て回り、キートがいなかったから、来た道を戻るついでに、あちこちのお店を覗いた……。
あっ、そうだ、きっと人型になってキートを探していたんだ!〉


 その事を思い出し、カーソルは人型となって、門前通りを歩いてみることにしたのだ。

…………………
 
 ルシェは、カーソルの両腕を両手でガシッと掴んだ。


「 ! 」


(わっ、どうして腕を掴まれたんだ?えっ?この女性は誰?)


「えっと、もしかして、私たちは知り合い?とかなんでしょう……ね?」


カーソルは、困惑の表情をして聞いた。


(あ、やっぱりだわっ!忘れられてしまったのね……。ああ、ショック……。
でも……思い出せないのなら、今から知り合えばいい!そして、この私にメロメロになって頂きます!よしっ、やってやるわ!)


 ルシェは、カーソルの腕から急いで手を離す。


「キヤッ、恥ずかしいわ!わたくしったら……。腕を掴んだりして、失礼しました。ごめんなさい」


(可愛い声を出せたわ。反応はどうかしら?)


「あ、いえ、別にいいですけど。
わたしの知り合いの方なのですね?こちらこそ、失礼しました!
なぜか、部分的に記憶を失くしていまして……。すみません……。はぁ……」


 カーソルは、落ち込んでいる様子だ。


「あのぉ、大丈夫ですか?
記憶を失くされたのなら、仕方がありませんわ……。元気を出して下さいね」


 ルシェは、優しく声をかけたのだった。


(どう?優しいでしょう?)


「逆に、私が心配をされていますね。
すみません……。
あ、そうだ。さっき、泣いていたように見えましたが、大丈夫なんですか?」


(えっ?私が泣いていた?ああ、勘違いをしているのね。でも、そう思っていて構いませんわ)


「ええ、少し悲しい事があって……」


ルシェは、伏し目がちに言ったあと。


恥ずかしそうに潤んだ目で、カーソルを上目遣いで見つめながら。


「でも、もう大丈夫。貴方が声を掛けて下さったから、元気になりましたわ……」


と、言ってからの。


「ありがとうございました」


と、ぺこりと頭を下げた。


(必殺!可愛いコのフリ作戦ですわ!
カーソルさん、きっとドキッとしたわね?さあ、もっと仕掛けてみるわ)


 カーソルは、知り合いだというルシェの姿を改めて見ていた。


(この黄緑色のメイド服は私服?まさかな、どこかのカフェ店員さんってことだよな?そのお店でトラブルでもあって、泣いていたのかな?)


そんな事を考えていたカーソルが話す。


「元気を出してくれたなら、何よりです!
ところで、その服は……今、仕事中ということですか?呼び込みとか?
そうだったのなら、邪魔をしてすみません」


(うんっ?呼び込み……?あれ?自分で言って、なぜか、この言葉が気になる。何かを思い出しかけているような……。
早く戻ってパズルをしよう)


「それじゃあ、私はこれで!」


 カーソルが立ち去ろうとしているから、ルシェはギョッとした。


(もう、何処かへ行くのですか?ダメ、行かないで!私を好きになってもらうチャンスが無くなるわっ!)


「お待ちになって下さい!
カーソルさん、どこに行くのですか?」


「……知り合いのお店に行くつもりですが?」


「あ、そこって……」と言いかけ、ルシェは深呼吸をし、お腹から声を出す。


(私達の出逢いを思い出して!)


「もし、宜しければ……。この間道をまっすぐ行って右手に、美味しい飲み物がある“アンティーク影山”があります。どうぞお立ち寄りになって下さい!」


「えっ?急に呼び込み?偶然だけど、私は、そこに行くつもりなんです!
君は、アンティーク影山の方なのですね。

そういえば、以前にもこんな風に声を掛けられた気がするような?

アンティーク影山……君も、もしかして?」


 カーソルは、ルシェも妖精なのかと聞きたい気持ちを飲み込んだ。


 必要以上に人間に、妖精の存在を知らせ、万が一、国に災いが起きてしまったら大変だと思ったのだ。


カーソルは日頃から、極力、妖精の存在を秘密にしておきたい と思っているのだった。

……………………

 二人は、アンティーク影山へと向かい、並んで歩いている。


「あの、君の名前を教えてもらってもいいかな?」


「はい、ルシェですわ」


(思い出してくれましたか?)


「ルシェ……。そう言えば、庄三郎さんがその名前を言っていた気がするけど……?」


 名前を知っても、反応が薄いカーソルにガッカリとしたルシェは、自分も妖精だということを明かした。


「やっぱりそうか!君も妖精なんだね。何だホッとした!それで、私達は、仲が良かったとか?って、違いますね。ハハハ」


「違いませんわっ!
私たち、仲良しですわよっ!」


(はっ、しまった!可愛くしないといけなかったわ!)


「へぇー!仲良しだったのですね」


(私と親しい間柄というのが、そんなに意外ですの?"へぇ”って何よっ?)


 可愛さを意識していたルシェだが、不満が顔に丸出しになっている。


「あ、記憶が無くてすみません……。
えっと、改めまして……私はカーソルと申します。ルシェさん、これからも仲良くして頂けますか?」


 その言葉に、ルシェは目を輝かせた。


「はい!はい、もちろんですわ。
カーソルさんの記憶が無くても、これから楽しく過ごしていけばいいですわ!」


「そうか、そうですね!これから新しい思い出を作ればいいんだ!
何だか、気持ちが軽くなりました。
ルシェさん、ありがとう!」


 感激をしている様子のカーソルは、ここ一番のスマイルをルシェに向けて言ったのだった。


(わっわっ!カーソルさん、キラッキラッして眩しいですわ!イケメン度が増し増しですわね!)


 アンティーク影山に向かう二人を 道沿いの古いブロック塀の上から、スズメが眺めて飛び去った。

………………


「あっ!忘れていましたわ!」


 もう少しでアンティーク影山へと着くという場所で、ルシェは大切な事を思い出した。


「どうしました?」


「今、プランツ国ではカーソルさんを探して、大騒ぎになっています!
執事のカボスさんが、必死に探しているはずですわ!

あー、もっと早く思い出せば良かったですわ。ごめんなさい」


「えっ、プランツ国が大騒ぎになっている?本当に?カボスが探しているのか……。そんなに時間が経っていた気がしないが……?
わかりました。教えてくれて、ありがとうございました!今すぐ、戻ってみます!では、失礼……」


と、言うやいなや妖精の姿になり、空中に円を描いていた。


(えっ!素早い行動だわ!って、もう行ってしまう気ですの?)


「あっ、待って!お待ちになって!また、会えるのかしら?」


 妖精ロードの中へ入って行く瞬間に、慌ててルシェが聞いた。


〈はい…………〉


 かろうじて返事だけは聞こえてきたが、出入り口は閉じカーソルと共に消えてしまったのだった。


(何これ?私が置き去りにされた感がありますわ……。えー!)


ヒュー。


 茫然と立ち尽くすルシェに、突風が吹きつけていった。


「やだ、また目に砂が……」


(私達は、偶然に出逢って運命的な再会をして恋に落ち、私は、プロポーズもどきをされた……。もしかしたら、全てが私の勘違い?ですの?)


〈ルシェちゃーーん!〉


 のんきな顔をして、タムが飛んで来た。


〈偵察スズメが、ルシェちゃんがいるよ!って教えてくれたから、迎えに来たんだよ。ここで何をしているの?
あれ?カーソルさんは、どこにいるの?
……ルシェちゃん?どうしたの?〉


「ちょっと、目に砂が入っただけですわ!カーソルさんは、国に帰りましたっ!」


〈ルシェちゃん、泣いているの?怒っているの?〉


「どっちも違うわ!さあ、戻りましょう」


 ルシェは、ハンカチで目を押さえて歩き出した。

 
 タムは不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


〈ルシェちゃん、新米店主の美紗子さんが来たよ。それとね、店主も下に降りて来て、掃除をしているんだよ。早くパタパタしてもらおーよ〉


「なら、私が一番にパタパタをしてもらいますわ!タム、お先に!」


 ルシェは、走りながら思う。


(さっきまで、私達はいい雰囲気だと思ったのに……。上手くいかないものですわ。
あっ、もしや、これが恋愛につきものの 試練ってものかしら?
ならば、私は負けませんわ。カーソルさんを振り向かせてみせますわ!)
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