冥界の仕事人

ひろろ

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第五章: 新人仕事人 恋模様

旅行のお誘い

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「なあ、蓮。
そろそろ、あおいは、スタンプが貯まった頃じゃないか?
里帰りはまだなのか?」

 
 あおいの里帰りが気になる、このお爺さんは、あおいの母方の祖父であり、しかも生きながら冥界でアルバイトをしている森田孝蔵だ。


 あおいの住んでいた家から、ひと山分越えた わりと長閑のどかな昔ながらの家並みが続く場所に住んでいる。

 
「そうですね、そろそろ個人旅行ができる頃だと思います。

でも、もしかしたら団体旅行を選ぶかもしれないですよ。

今は、生前の記憶が無いですからね」


「それもそうだな。
記憶が無ければ、里心も湧かないだろうから、来年の盆まで帰って来ないかもな。

蓮、変な事 聞いて悪かったな」


 居間で、緑茶を飲みながら2人が話している。


 ガタッ


 ニャー


 台所の収納庫があった穴から、灰色の猫が入って来たのであった。


「おかえり、グレース。
  グレースもお茶を飲むか?」


 ニャー


「コーヒーがいいニャー」


 長い尻尾をピンと立て、孝蔵が座っている脇に擦り寄る。


「おっ、そうか!
わかった、待っていろ」


「孝蔵さん、ぬるめでお願いします」


 グレースが言うと、わかっているよ、と親指を立ててポーズをとった。


「グレース、随分と“猫”を満喫していますね。毎日、何をしているんですか?」


 分かりづらいが、グレースはニヤリと笑って、答える。


「ガールフレンドができたんです。
それで、さっきまでデートをしていたんですよ」


 蓮は、飲んでいたお茶を吹き出した。


 デ、デートだと?


「それって、人間ですか?猫ですか?」


 そこは、重要だから聞いておかないと!


 グレースは、またニヤリとしながら答える。


「さあ、どっちでしょうか?
とびきり美人とだけ教えてあげましょう」


「えー!何で?気になるじゃないですか、教えて下さいよー」


 蓮は、グレースの首元を撫で撫でしながら、聞いてみた。


 うーん、気持ちいいー!


「あのねー、それは……」


「はい、孝蔵特製ブレンドコーヒーだ。
 グレース、飲みなさい」


 ありがとうございます と言って、美味しそうにコーヒーを飲む、猫のグレースなのだった。


 プルプルプルッ


  その時、モバリスが鳴ってしまった。


「あっ、仕事だ。行ってきます」

  
 そう言った蓮は、少し名残惜しそうに消えた。

 
 グレースにガールフレンドって、どういう事?


もったいぶって!教えてくれてもいいのにな!

………………

  あおい とオストリッチと蓮は、いつもの病院のガーデンバルコニーのベンチに座っている。

 
 今では、補佐の仕事にも慣れて、人前で泣く事もしなくなった2人だ。


 では、何故ベンチに座っているのか。


叱られているわけではなく、次の予定者の時刻がすぐなので、待機をしているのだった。


「あおいちゃん、スタンプは貯まった?
 そのスタンプで里帰りをするの?」


 蓮は、孝蔵の為に探りを入れた。


「あー、もう個人旅行なら、行くことができます。

行く場所は、まだ考え中です。
里帰りは、今は記憶が無いから、行きたい気持ちが微妙なんです」


 そうか。孝蔵さん、残念だね。


「オストリッチ君は、個人旅行に行かないの?」


「僕、今は瞬間移動ができるから、行こうと思えば、どこへでも行けるようになったし、行くなら団体旅行です」


 それもそうだ。
 瞬間移動で行けるから、別に冥界の専用乗り物に乗らなくても行ける!


個人旅行に、スタンプを使う必要はないな!


 そうだ!


 いい事を思いついた!


「今度、私たちで旅行に行かないか?
 瞬間移動で行けばいいだろう?

それは、冥界の旅行じゃないから、スタンプは使わない。

それで、あおいちゃんは今あるスタンプを使って里帰りをすれば良い。

札を額に貼れば、記憶は戻るし、冥界の乗り物を体験できるよ」


「わぁ、皆んなで旅行ですか?
僕、賛成です。どこに行こうかなー?」


 オストリッチは、大喜びだ。


 あおいは、蓮と旅行が出来ることは嬉しいが、蓮に対する想いを封印しているから、切ない気持ちもあった。


 何となく、強く里帰りを勧められている気がしたけど、まっ、いいか。


「はい……賛成、旅行に行きます。
 里帰りも出来るし、いい案ですね」

それぞれ、行きたい場所をピックアップしようという事になり、仕事へ戻った3人なのだった。


  仕事の後、蓮は人間界の本屋さんへ。


 オストリッチは、秦広王の所長室に行って旅の本を見ている。

 
 あおいは家で、自分が書いたメモを見ていた。


“忘れてはいけない!”名前が書いてあるメモ。


 見返して、はっとした。


 越野君の名前が書いてある……。


 女の子の友達よりも、先に書いてある。

 
 調査員 補佐に任命された日に、孝蔵の家で、越野に会ったのを思い出す。


きっと、私は越野君の事が好きだったのかもしれない。


告白もしないで、フラれた感じになっていたけどね。


額に札を付けたら、全て思い出すのかな?


まあ、人間界での恋は もう縁のない事だから、忘れていいや。


 床にうつ伏せになりメモを見ていたが、ごろんと仰向けになり、額に腕を置き、考えていた……。

 ……………

 「あおいちゃん、タマミさんも一緒に旅行に来るって……いいよね?」


「えっ?一緒なんですか?

 は……い、かまいません」


 それから、オストリッチがあおいの側に来る。


「お姉ちゃん、ストークさんが一緒に旅行がしたいって!いいですか?」


「えっ?瞬間移動できる?」


「僕の犬顔座布団があるから、乗せて瞬間移動すれば大丈夫です。
ねっ、いいですか?」


「それは、いいけど……」


 そしたら、何だか私だけがつまらないじゃないの……。


「えっ!何言ってるの、あおいちゃん!

僕がいるでしょう?この僕!忘れないでよ!」


「えっ、えっ?優さん!どうして、ここに?えっ?」


 はっ?


 あおいは、目を開けた……あれ?


 ここは、掘っ建て小屋かぁ。


 夢を見たのか……。


 変な夢だった。


  さて、旅行は楽しまないとね!
 どこに行こうかな?


 資料がありそうな所は……。


 あおいは、瞬間移動をした。
 
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