冥界の仕事人

ひろろ

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第六章: 新人仕事人 修行の身

挑戦です!

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 到着ロビーの脇に位置している川を渡って、石垣の上にある花畑を見ながら歩く。


 色とりどりのパンジーの花が咲いている。


 黄色、白、オレンジ色、紫、色別に植えてあるから、とても綺麗な花畑だな。


 あっ、仕事をしている人がいる。


 花畑の中で草取りをしている人たちがいたのである。


「おはようございます」


 オストリッチは、挨拶をして通り過ぎた。


「あっ、君、鳥さん、ええと、名前は何だっけな、グレースが言ってたんだよな。ツル、ツル……」


 振り向いてみたら、会ったことのあるお爺さんがいたのだった。


 確か人間界で、逃亡者に憑依された人だったけど、どうして、ここにいるの?


「あっ、お爺さん!
もしかして、亡くなってしまったのですか?」


「あっ、まあ、それよりも、いつぞやは、お世話になったね。ありがとう。

ところで、君は、何処へ行くんだ?この先は、教習所があるだけだぞ。

車乗り場なら、ここを戻らないとな!
通り過ぎているぞ」


 あおいの祖父である孝蔵は、生きている人間である。


 一緒に働いている者や極少数の人以外、この事は、知られないようにしているのだった。


「はい、冥界教習所に行くので、ここを曲がって行きます。では、失礼します」


 オストリッチは、冥界事務センターから歩いている。


 「少しは歩いて、自由に移動ができない人の思いを知りなさい、と秦広王様に言われたんだよね。

教習所までは、近いはずだけど、歩くと遠く感じるなあ」


 何故、教習所に来たかと言えば、もちろん免許証を取りに来ているのである。


「オストリッチ、君がこの先、鳥というだけで馬鹿にされないように、スキルアップをしたまえ。

まず、運転免許を取って、ドライバーをしてみるのだ。

道先案内人だったから、人を乗せて行くのは、慣れているであろう」


秦広王の言葉に素直に従い、先日から通い始めているのだった。


 オストリッチは、2階建の教習所に入り、下駄箱に置いておいた靴を履いた。


この靴は、衣料樹に出してもらったものだ。
 

 オストリッチの足では、アクセルやブレーキペダルを踏み込めないから、特別仕様の靴にしてあるのだ。


「おはようございます。第7の門所属 オストリッチです。今日は何号車に乗ればいいですか」


 カウンターに行き、事務員に聞いた。


「おはようございます。
 はい、1号車、ミノル教官です」


 他の教習生も何人かいる。


 外に出たら、1号車が走ってきて止まり、ミノル教官が降りて来た。


「ああ、君だね。

我が教習所 始まって以来初の、鳥の生徒というのは。

ちょっと背が低いから、運転席から外が見えないだろう?」


「あっ、昨日の教官は、ハンドルを下げて、座布団を2枚重ねて、座席を前にずずっと出してくれました」


「それで、アクセルとブレーキペダルは、踏めたの?じゃあ、そうしてみよう」


 昨日は、発車をさせる時にウインカーの合図を出し忘れ、後方の確認もしなくて不合格になった。


「はい、出発」教官が言ってから、間があいた。


 オストリッチは、アクセルを踏む。


 思い切り踏んだ。


「教官、動きません!この車は、壊れています」


「あー、オストリッチ君、エンジンをかけないと動かないよね?」


 そっか、それもそうですね!


 ブレーキ踏んで、エンジンをかけて、ブレーキ踏んだままで、ドライブに入れて、サイドブレーキを外して、ブレーキからアクセルを踏んで……。


ブオン、ブォーン


「動いた!動いた!」


「わあ、スピードを出し過ぎ、止まれ!

ダメ、ダメ!ウインカーも出していない!」


 教官がブレーキをかけて、止まった。


「安全確認をしていないし、もっとゆっくり発進させて!」


「はい!」


 今度は、左右も後方も確認してから、ゆっくり発進させた。


「冥界の中は、決められたコースだけしか車は通りません。車を走らせる場所は、主に人間界です。

ですから、人間界の簡単な交通ルールは、知っておいて下さい。
 
人間界の人や物に対しては、ぶつかる事は、ないのですが、冥界の物同士は、ぶつかりますから、交差点などは、注意が必要です。

その時は、人間界のルールに従って下さい。

まだ、何を言っているのか分かりませんよね?」


「はい、全くわかりません。
動かすだけで、精一杯ですから」

 
 オストリッチは、手に力を入れ腕を縮め、身を乗り出すように運転をしていた。


「ほら、カーブです。そんなに腕を曲げていたらハンドルを回せないですよ。

リラックスしなさい。

そうそう、ゆっくりね。

はい、もう少しスピード出してみようか……」


 ブオブオブォーン!


「えっ!いや、スピード出し過ぎ!

君、極端だよっ!

ブレーキ!ブレーキ!」


 ミノル教官は、ハー ハーしながらブレーキを踏んで車を止めた。


「では、暫く このコースをカーブはゆっくり、直線は少しだけスピードを上げて、何周も回りましょう」


 オストリッチは、カーブでスピードを出して、縁石に乗り上げたり、直線で超ノロノロと走ったり、めちゃくちゃな運転をしていた。


「はい、不合格です。
また、頑張りましょう」

 
 帰り道、しょんぼりと花畑の脇を通るオストリッチなのだった。


 オストリッチを見かけ、孝蔵が声を掛ける。


「おーい、どうしたんだ?
元気がないじゃないか」


「あっ、お爺さん。

僕、今日も不合格だったから……。

ちゃんとに、運転しているつもりだったんだけど」


「そうか、元気を出せ!
今日がダメでも、明日は、何とかなるかもしれないぞ!

教官から何と言われたか思い出せれば、きっと、上手くいくだろう。

 明日は、大丈夫だ!」


 孝蔵が笑顔で、オストリッチの背中を軽く叩いて言った。


「はい、何だか、上手くいく気になってきました。
ありがとうございました」


 オストリッチは、単純なので 、すぐに元気になったのだ。


 その翌日。


 花畑の脇を通ったオストリッチは、元気に声を掛けた。


「お爺さん、行ってきまーす」


「おう、行ってこーい!頑張ってなー」


 今日もミノル教官だ。


 よしっ、やるぞ!


「ほう、今日は、スムーズですね。

安全確認もグーだし、カーブ手前で減速もできていますね。

では、坂道に行きましょう」


 教官が指を示した方に、長い急坂道があった。


こんなのチョロいよ!


 ブォーン


 ぐんぐん坂道を上がって行く。


「はい、ストップ」


 坂を上りきった所で言われた。


「えっ!」


「ブレーキを踏まないと下がりますよ。はい、踏んで!」


「そんなー!身体が後ろに行っちゃうから、ブレーキに足が……と」


 ズズズ……


 車が下がり始めた。


「ヤバイ」


ハンドルにしがみついて、足を伸ばして、ブレーキを踏んだ!

 
車が止まった瞬間に、また発進せよと言われて、必死にアクセルを踏んだら、急発進して、下り坂を猛スピードで降りてしまっている。


 ゴーォ ゴーォ


「うおぉー、ブレーキだー」


スピードには、慣れているはずの教官が叫んだ。


「はい、今日も不合格だね」


 今日は順調で、合格と思っていただけに、落ち込み、真っ直ぐに歩けず、フラフラしながら、下を向いて歩いていた。


 その様子を見た孝蔵が、声を掛ける。


「お疲れ様!どうだった?」
 

「昨日、出来なかったところは、褒められました。

でも、新しく教わった事が出来ませんでした」


益々、オストリッチの顔が地面に近づいていく。


「それは、まるで 双六すごろくみたいだな!
進んだと思ったら、また、戻ったりしてさ。

でもな、必ず あがり がくるものさ。

少しずつ必ず進んで行くから、諦めずに頑張るんだぞ!」


「すごろく?それって何ですか?」


「ああ、賽子さいころを振って出た目の数だけ進んだり、戻ったりして、遊ぶボードゲームさ。

 分かるか?」


「見たことないから、よく分からないけど、何となく、想像はできます。

少しは、前進したということですよね?」


「おう、そうだ。君は、頭がいいな!」


 えっ?僕?頭がいいの?

 本当に?

 嬉しいー!


 ふっふっふ、あはは、あはは……!


「お爺さん、分かりました!さようなら!
うっふっふっ、うっふっふっ」


 オストリッチは、空を見上げながら帰って行った。


その夜。


 滑り台に逆さまに寝て、身体を起こそうとしている鳥が1羽いた。


腹筋を鍛えようとしているのだが、逆さまに滑っているのだ。


 お腹に力を入れる前に、どうしても下に滑って行ってしまう……。


どうしたらいいんだろう。


「リッチ君、さっきから何をしているの?」


「そうだ!お姉ちゃん、僕の足を急いで掴んで、滑って行かないように掴んでね!」


あおいがオストリッチの両足を掴もうもうとする度に、何度か滑って行ってしまったが、ようやく掴む事が出来た。


「うぐぐぐ……身体を鍛える!腹筋、命!」


 オストリッチの行動が意味不明のまま協力をしていた あおいは、首をひねるばかりであった。

 
 確か、車の運転免許を取りに行っているはずだけど?


 何で、腹筋?

「坂道なんて、チョロいんだから!
 頑張れ!自分!」


 僕は、頭の良い、努力の鳥なんだ!


 今晩も明るい夜は、更けてゆくのである。
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