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第19話:「水源地の危機」
しおりを挟む民衆投資連合(MPU)の第一回運用会議は、市場区域にある「黄金の竜亭」の大広間で開催された。各業界から選ばれた12名の代表と、フェニックス・インベストメントのメンバーが集まり、今後の投資戦略について熱心に議論していた。
「次に検討すべき投資先の候補リストです」
誠は羊皮紙に書かれた魔導株のリストを参加者に示した。「機械式織機の開発」「北方鉱山の拡張」「新型魔導照明」など、いずれも堅実な成長が期待できる分野ばかりだった。
「これらは私の『実用価値評価法』に基づいて選定しました。派手さは少なくとも、人々の実生活を改善する魔法こそが、長期的に価値を生み出すと考えています」
代表たちは頷きながらリストを検討していた。しかし、ミラだけは何か考え込んでいる様子だった。
「誠」彼女は突然声を上げた。「一つ気になることがあるの」
誠が視線を向けると、ミラは手元の市場取引記録を示した。
「この一ヶ月、ヴァンダーウッド家系の投資会社が特定の魔導株を大量に買い集めているわ」彼女の指が一点を指していた。「『水源浄化の魔導株』。ウォーターセージ・アカデミーが発行したものよ」
「水源浄化?」誠は眉を寄せた。「それは南部地方の農村地帯で使われる魔法ではないか」
代表の一人、年配の商人のハモンドが口を挟んだ。
「そういえば、南部からの農産物の価格が最近高騰しています。干ばつが原因だと聞いていますが…」
「干ばつ?」誠は不審に思った。「この時期は雨季のはずだが」
ミラはさらに詳しく説明した。「調べたところ、南部地方の水源が何らかの原因で汚染されているらしいわ。特にドライフィールド村を中心とした地域では、水不足が深刻化しているとの報告があるの」
誠は彼女の洞察力に感心しつつも、疑問を感じた。「でも、なぜヴァンダーウッド家がその魔導株を買い占めているんだ?」
会議室は一瞬静まり返った。やがて、トビアスが小さな声で言った。
「ヴァンダーウッド家は南部に広大な土地を持っています…そして、その地域の主要水源も支配しているはずです」
誠は急に立ち上がった。彼の市場予知能力が、この情報を中心に複雑な「気流」を形成していた。赤い下降気流と金色の上昇気流が交錯する不吉な模様だ。
「水源が汚染され、浄化魔法が必要とされている」誠は思考を整理しながら言った。「しかし、その魔法を提供するはずの魔導株がヴァンダーウッド家によって買い占められている。つまり…」
「彼らは意図的に水の価格を操作しているのよ」ミラが結論を述べた。「水が不足すれば価格は上がり、ヴァンダーウッド家はそこから莫大な利益を得られる」
会議室に怒りの声が上がった。
「それは許されない!」「人々の命がかかっているのに!」
誠は冷静さを取り戻した。「確証はまだない。現地調査が必要だ」
「賛成します」ハモンドが力強く言った。「もしこれが事実なら、MPUとして行動を起こすべきです」
代表たちも同意の声を上げた。運用会議は予定を変更し、急遽「水源浄化プロジェクト」の検討へと移行した。
---
会議後、フェニックス・インベストメントに戻った誠たちは、さらなる調査を進めていた。
「南部のドライフィールド村までは、馬車で3日の行程ね」ミラは地図を広げながら言った。
トビアスは興奮した様子で、「私も同行させてください!」と申し出た。「研修として、実地調査の方法を学びたいんです」
誠は少し考えてから頷いた。「いいだろう。良い経験になるはずだ」
ミラも同意し、三人は準備リストを作り始めた。調査機材、医薬品、そして万が一の際の護身用魔導具も必要だ。
「もし私たちの推測が正しければ」誠は真剣な表情で言った。「これはただの投資の問題ではなく、人々の命にかかわる問題だ。MPUとして、私たちにはできることがある」
「どういうこと?」ミラが尋ねた。
「ヴァンダーウッド家が水源浄化の魔導株を買い占めていても、私たちには別の方法がある」誠は説明した。「現地の状況を詳しく調べ、もし可能なら、MPUの資金で独自の浄化プロジェクトを立ち上げるんだ」
「それが実現できれば」トビアスが目を輝かせた。「MPUの価値を示すことができますね。利益だけでなく、社会貢献にも力を入れていると」
「正確にはそれも投資なんだ」誠は微笑んだ。「人々の暮らしに投資することで、長期的な価値を生み出す。これこそが私の目指す投資の形だ」
ミラはそんな誠の姿に、心の中で誇らしさを感じていた。
---
旅立ちの前夜、三人は最終的な準備を整えていた。トビアスは魔法の基礎知識を復習し、ミラは会計帳簿と地図を確認。誠は各種機材の点検を終えたところだった。
そんな彼らの元に、突然の来訪者があった。ドアをノックする音に、ミラが扉を開けると、フードをかぶったソフィアが立っていた。
「こんばんは」彼女は静かに挨拶した。「お邪魔します」
誠は彼女を応接スペースに案内した。「どうしました?こんな時間に」
ソフィアは周囲を見回してから、小声で話し始めた。
「あなたたちが南部へ向かうと聞きました」彼女の翡翠色の瞳が真剣な光を帯びていた。「私も同行させてください」
「えっ?」ミラは驚いて声を上げた。「どうして?」
「私も調査していたんです」ソフィアは説明した。「南部の水源問題は、単なる自然現象ではないと思います。魔法学院の資料によれば、その地域に『毒水の魔物』が出現したという報告があるのです」
「毒水の魔物?」誠は眉を寄せた。
「はい。通常、そのような魔物は特定の条件が揃わないと現れません」ソフィアは学術的な口調で続けた。「私は魔法生態学も研究していて、もしかしたら…人為的に呼び寄せられた可能性があると考えています」
「人為的に?」トビアスが驚いた声を上げた。「それは大変な疑惑です」
「それも含めて調査したいのです」ソフィアは誠をまっすぐ見つめた。「私の浄化魔法の知識が役立つはずです」
誠は考え込んだ。彼女の知識は確かに貴重だ。しかし、貴族の娘を危険な調査に連れていくことは、別の問題を引き起こすかもしれない。
「危険な旅になると思います」誠は慎重に言った。「私たちは単なる調査だけでなく、場合によっては行動を起こすつもりです。それでも?」
「はい」ソフィアは迷いなく答えた。「貴族の横暴を止めたいんです。私にもできることがあるはず」
その決意に、誠は感心した。しかし、ミラの表情は明らかに不満げだった。
「誠」ミラは彼を脇に呼んだ。「本当に連れていくの?彼女のことをまだよく知らないわ」
誠は小声で答えた。「彼女の魔法知識は私たちには不足しているものだ。それに、彼女の熱意は本物だと思う」
「でも…」ミラの尻尾が不安げに揺れた。
「心配しないで」誠は彼女の肩に手を置いた。「私たちはチームだ。互いに協力し、互いを守る。それはソフィアが加わっても変わらない」
ミラはしばらく考えてから、小さく頷いた。「わかったわ。でも、彼女から目を離さないでね」
誠は微笑んで同意し、ソフィアの方を向いた。
「同行を認めます。ただし、私たちの指示に従い、危険な行動は避けてください」
ソフィアの顔が明るくなった。「ありがとうございます!約束します」
「明日の朝、東門で落ち合いましょう」誠は言った。「長旅になりますから、しっかり休んでください」
ソフィアが帰った後、三人は改めて計画を見直した。四人での旅となれば、準備も少し変わる。特にミラは、ソフィアの同行を警戒しながらも、彼女の魔法知識が役立つことを認めざるを得なかった。
「さて、早めに休もう」誠は提案した。「明日からは長い旅だ」
トビアスは興奮しすぎて眠れそうにないと言いながらも、自室へと向かった。誠とミラだけが残された時、ミラは小さな声で言った。
「誠…本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「この旅…そして、ソフィア」彼女は言葉を選んでいた。「もし本当にヴァンダーウッド家が関わっているなら、危険よ」
「だからこそ行かなければならない」誠は彼女の目をまっすぐ見た。「人々が苦しんでいるなら、私たちにできることがあるはずだ」
ミラはしばらく黙っていたが、やがて決意を固めたように頷いた。
「わかったわ。私も全力で協力する」彼女の瞳に強さが宿った。「誠がいるなら、どんな困難も乗り越えられる気がするから」
誠は彼女の信頼に心を打たれた。「ありがとう、ミラ。君がいてくれて本当に心強い」
二人は明日からの旅に向けて最後の準備を進めた。窓の外には満天の星が輝き、彼らの冒険の旅路を祝福しているかのようだった。
---
翌朝、東門に集合した四人は、準備を整えた馬車に乗り込んだ。ソフィアは目立たないよう平民の服装に身を包み、魔法書と道具を詰めた鞄を抱えていた。
「さあ、出発だ」誠は御者に合図した。「ドライフィールド村へ」
馬車が動き出し、王都の東門をくぐると、広大な平原が彼らの前に広がった。遠くには緑豊かな丘陵が見え、その向こうに南部の農村地帯がある。
「村には三日で着く予定だ」誠は地図を広げて説明した。「途中、二つの宿場町で一泊ずつする」
トビアスは窓の外の景色に見入っていた。「初めての長旅です。本当に勉強になります!」
ソフィアは持参した魔法書を開きながら、「途中で水のサンプルも採取したいですね」と言った。
ミラはそんな二人を見ながら、少し複雑な表情を浮かべていた。しかし、彼女もすぐに実務的な話題に切り替えた。
「各村の経済状況も調査しましょう。水不足が農業にどの程度影響しているか、具体的な数字が必要よ」
誠は頷いた。「そうだな。それぞれの専門を活かして、総合的な調査をしよう」
こうして四人の旅は始まった。彼らはまだ知らなかったが、この旅は単なる調査以上のものになり、彼らの絆を試すとともに、王国の隠された闇を明らかにすることになるのだった。
馬車は南へと進み、次第に王都の姿は遠ざかっていった。遠くに見える丘の上には、ヴァンダーウッド家の別荘が建っている。その窓からは、レオンハルト・ヴァンダーウッドの冷たい視線が彼らの旅立ちを見送っていた。
「行ったな、田中誠」彼は低く呟いた。「ちょうど良い。お前たちには、南部で特別な歓迎が用意してある」
彼の口元に残酷な微笑みが浮かんだ。水源地の危機は、表面上見えるよりも深い闇を抱えていたのだ。
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