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第20話:「旱魃の村」
しおりを挟む三日間の旅を経て、誠たち一行の馬車はついに丘の上に差し掛かった。そこからは南部農村地帯の中心、ドライフィールド村が一望できるはずだった。
「もうすぐ村だ」誠は地図を確認しながら言った。
しかし、丘の上から見下ろした光景に、四人は言葉を失った。眼下に広がるはずの緑の田園風景はなく、代わりに広がっていたのは茶色く干上がった大地だった。かつての水田は亀裂が走る泥の平原と化し、果樹園の木々は葉を落とし、枯れ木のように立ち尽くしていた。
「これが…ドライフィールド村?」トビアスが信じられない様子で呟いた。
「想像以上にひどい状況だわ」ミラの声には緊張が混じっていた。
ソフィアは魔法感知の術を使い、周囲を探った。「異常な魔力の残留を感じます。これは自然の旱魃ではありません」
馬車はゆっくりと村へと下っていった。道の両側では、痩せこけた農民たちが必死に作業をしている。彼らの日焼けした顔には疲労と絶望が刻まれていた。小さな子供たちさえ、水桶を運ぶ手伝いをしている。
「水、水を分けてくれ…」
道端で倒れていた老人に、誠は水筒を差し出した。老人は感謝の言葉も言えないほど弱っていたが、水を一口飲むと、少し力を取り戻したようだった。
「ありがとう、旅人さん」老人は枯れた声で言った。「こんな時に村を訪れるとは珍しい」
「状況を調査しに来たんです」誠が答えた。「いつからこんな状態なんですか?」
「もう半年になるかね…」老人は遠くを見つめた。「水源に『毒水の魔物』が現れてからじゃ。それからというもの、村は死に向かって歩いておる」
---
村の中央広場に着くと、さらに悲惨な光景が広がっていた。共同井戸の周りには長い列ができており、わずかな水を求めて村人たちが順番を待っていた。家畜小屋からは痩せこけた牛や羊の悲しげな鳴き声が聞こえる。かつては農産物で賑わったはずの市場も、今は閑散としていた。
「村長の家はどこですか?」誠は近くの村人に尋ねた。
「あそこです」男性は丘の上の大きな家を指さした。「しかし、今は村長も病に伏せています。水不足と過労で…」
それでも、村長の妻は一行を丁寧に迎え入れてくれた。彼女は痩せた中年女性だったが、その目には強さが宿っていた。
「よく来てくれました」彼女は一行を居間に案内した。「王都からの使者ですか?」
「いいえ」誠は正直に答えた。「私たちは投資家です。この地域の水問題について調査しに来ました」
「投資家…」彼女の表情が曇った。「また土地買収の話ですか?」
「違います」ミラが急いで言った。「私たちはむしろ、この問題を解決する方法を探しているんです」
村長の妻はしばらく彼らを観察してから、ようやく打ち解けた様子になった。
「夫に会わせましょう。少し体調が良くなったところです」
寝室に案内された一行は、寝台に横たわる村長と対面した。グレゴリー村長は60代の男性で、かつては屈強だったであろう体は今や衰弱していた。それでも、彼の目には知性の光が宿っていた。
「遠路はるばるありがとう」村長は弱々しい声で言った。「私たちの窮状を聞きに来てくれたのか」
誠は頷き、彼らの目的を説明した。MPUのこと、水源汚染の調査、そして可能なら解決策を見つけたいということを。
村長は長いため息をついた。「半年前のことだ…突然、村の北にある湧き水が紫色に変色した。調査に行った者たちが『毒水の魔物』の存在を報告してきた。それ以来、村の水源はすべて使えなくなったんだ」
「王国からの支援はないのですか?」ソフィアが尋ねた。
「物資の支援はあった」村長は苦々しい表情で言った。「しかし、根本的な解決にはならない。浄化魔法を使える魔法使いも派遣されたが、本格的な浄化には『特別な報酬』が必要だと言って去っていった」
「特別な報酬?」誠は眉をひそめた。
「村の年間収入の半分以上だ」村長の妻が怒りを込めて言った。「どう考えても払えない金額よ」
トビアスが不思議そうに尋ねた。「でも、水源浄化の魔導株があるはずです。それを使えば…」
「すべて買い占められてしまったんだ」村長は無力感を滲ませた。「ヴァンダーウッド商会という会社がね」
誠とミラは視線を交わした。彼らの予想は当たっていた。
「そして最近、ヴァンダーウッド家から『提案』があった」村長は続けた。「村の土地を安く売れば、彼らが水を提供すると」
「なんて傲慢な!」ソフィアが思わず声を上げた。
「彼らは困っている私たちを助けているつもりなのでしょう」村長は皮肉を込めて言った。「しかし、それは私たちの生活基盤を奪うことに他ならない」
村長の妻が茶を出してくれる間、誠はさらに詳しい状況を聞いた。村の経済状態、水源の場所、これまでの対策について。彼女によれば、村人たちは遠くの川から水を運んでいるが、その川も水量が減り始めているという。
「あと三ヶ月持てば、秋の雨季が来る。それまで何とか持ちこたえるしかないが…」村長は弱々しく言った。「このままでは、村の半分が飢えで倒れるだろう」
---
村を一通り視察した後、一行は村の唯一の宿屋に落ち着いた。建物は古く、部屋も質素だったが、今は宿泊客もほとんどない状態だった。
「お客人なんて久しぶり」宿の主人は語った。「村が干上がってからは、商人も旅人も来なくなってしまってね」
夕食後、四人は一室に集まり、今日見聞きしたことについて話し合った。
「想像以上の悲惨さだわ」ミラは村から借りてきた会計簿に目を通しながら言った。「このままでは、あと二ヶ月で村の資金が底をつく。そうなれば、ヴァンダーウッド家の土地買収に応じるしかなくなるわ」
「計算上はそうなりますね」ソフィアは持参した魔法書を広げていた。「私は浄化魔法について調べてみました。通常の『毒水の魔物』なら、標準的な浄化術で対処できるはず。なぜそれほど高額な費用が必要なのか、不自然です」
トビアスは窓から見える村の暗い景色を眺めながら、沈んだ声で言った。「このままでは村が消滅してしまいます。あの子供たちの未来も…」
誠は黙って話を聞いていた。彼の市場予知能力は、村全体を覆う暗い「気流」を捉えていた。絶望と諦めの赤黒い渦だ。しかし、その中にもわずかながら希望の青い流れが残っていた。
「これは単なる投資の問題ではない」誠は静かに言った。「人々の生活、命がかかっている」
三人が誠の方を見た。
「明日、水源を調査しよう」誠は決意を込めて言った。「そこに何があるのか、自分の目で確かめる必要がある」
「危険かもしれませんよ」ソフィアが心配そうに言った。「『毒水の魔物』は通常の魔獣より危険な場合があります」
「それでも行く」誠の声は揺るがなかった。「MPUの資金力と私たちの知恵があれば、きっと解決策は見つかる」
ミラは心配そうな表情を浮かべながらも、誠の決意に頷いた。「そうね。私も会計の知識を使って、最も効率的な解決策を考えるわ」
「私も魔法の知識で協力します」ソフィアは真剣な表情で言った。
「僕は…僕にできることは少ないかもしれませんが」トビアスは拳を握りしめた。「全力でサポートします!」
四人の間に静かな決意が流れた。窓の外では、雲間から月明かりが差し込み、干上がった村にかすかな銀色の光を投げかけていた。
「覚えておいてほしい」誠は三人に向かって言った。「私たちの目的は単なる利益ではない。人々が自分の力で立ち上がれるよう、橋渡しをすることだ」
その夜、彼らは水源調査の計画を練り、それぞれの役割を確認した。翌日への備えとして早めに就寝することにしたが、誠はなかなか眠れなかった。
窓から見える村の風景に、彼は前世での失敗を重ねていた。かつて彼は顧客の資産を守れなかった。それが人々の人生を変えてしまった。今回は違う。今度こそ、彼は人々を守るために自分の知識と能力を使うのだ。
「必ず解決策を見つけてみせる」
誠は月明かりの中、静かに誓った。彼の決意はマットレスの下の魔導石に共鳴し、かすかな青い光を放った。
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