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第4話:言霊修行開始!
しおりを挟む「うおおおっ!」
朝日が昇るか昇らないかという早朝、仙人の道場から天音の悲鳴が響き渡った。
彼は今、天井近くに浮かんでいた。いや、正確には「浮いて」しまっていた。
「仙人さん!降ろしてくださいっ!」
天音は必死に手足をバタつかせるが、それが余計に体の回転を引き起こし、ますます制御不能な状態になっていく。
「ワシは何もしておらん」
仙人は床に座ったまま、悠然とお茶を啜っていた。
「これはすべてお前自身の言霊の仕業じゃ」
「えっ!?」
天音は思い返した。修行の一環として「物を浮かせる」練習をしていた。小さな木の球を前にして、「飛べ」と命じたはずだが...
「対象を明確に心に思い描かなかったな?」
仙人の言葉に、天音はハッとした。確かに「飛べ」と言う瞬間、自分の意識は木の球よりも、「飛ぶ」という行為そのものに向いていた。
「どうしたら降りられるんですか!?」
「簡単じゃ。『降りる』と言えばよい。ただし、またしても自分自身に言霊が向かわんよう、対象を明確に意識するんじゃぞ」
天音は深呼吸した。今度こそ失敗するわけにはいかない。床にある木の球に意識を集中する。
「降りろ」
一瞬の静寂——そして突然、天音の体が天井から真っ逆さまに落下した。
「うわあああっ!」
仙人は一瞬で身を翻し、天音の落下地点に座布団を滑り込ませた。それでも、尻もちをついた衝撃で天音は悲鳴を上げた。
「いたた...」
「まだまだじゃな」
仙人は苦笑いを浮かべた。
「言霊の最初の関門は『対象特定』じゃ。心と言葉が一致せねば、力は暴走する」
天音は尻をさすりながら立ち上がった。昨日から始まった本格的な修行は、思った以上に難しかった。単に言葉を発するだけではなく、その言葉の向かう先、影響する対象を明確に意識しなければならないのだ。
「もう一度やってみるぞ」
仙人は再び木の球を天音の前に置いた。
「今度は木の球だけを見つめ、他の一切を意識から外すんじゃ」
天音は球に集中した。周囲の音、匂い、感覚をすべて遮断し、ただその小さな木の球だけを見る。
「飛べ」
木の球がわずかに揺れ、数センチだけ浮かんだ。すぐに落ちてしまったが、少なくとも自分が飛ぶことはなかった。
「よし、進歩じゃ!」
仙人は満足げに頷いた。
「言霊は心の集中と言葉の明確さが鍵。どちらが欠けても力は分散し、予期せぬ方向に向かう」
---
その日の修行は、様々な言霊を使った基本練習だった。
「動け」「止まれ」「回れ」「光れ」...
単純な言葉ほど制御が難しいことを、天音は痛感した。「動け」と言った時、対象がどう動くのか、どの方向に、どれくらいの速さで動くのかまで意識しないと、思わぬ動きをするのだ。
「止まれ!」
天音の言葉で道場に置かれた振り子が停止するはずだった。しかし、彼の集中が足りなかったのか、止まったのは振り子ではなく、天音自身の体だった。
「うっ...動けない...」
天音は彫像のように固まってしまった。目だけが必死に動いている。
「ほれ、また自分に言霊を向けてしもうたな」
仙人はため息をついた。
「この『止まれ』はいつ解けるんですか?」言いたいところだが、口も動かない。天音は目だけで必死に訴えかけた。
「心配せんでも、弱い言霊なら数分で効果は消える。それまで反省するがよい」
仙人は悠々とまた別のお茶を淹れ始めた。
「言霊の強さは、言葉と意志の強さに比例する。お前はまだ『止まれ』という言葉に強い意志を込められなかったから、効果は短いじゃろう」
確かに3分ほどで効果は消え、天音は大きく息を吐いた。
「もう少し早く教えてくれれば...」
「失敗から学ぶことも多い。さあ、続けるぞ」
---
午後になると、修行はさらに複雑になった。
「次は『変化させる』言霊じゃ」
仙人は花瓶に生けられた一輪の白い花を天音の前に置いた。
「この花の色を変えてみろ」
「色を...ですか?」
「そうじゃ。『赤くなれ』と命じるのじゃ。ただし、花の本質を理解し、その力を借りるつもりで」
天音は花に向き合った。小さな白い花。その細胞の中で起きている化学反応を想像する。色素の変化、光の反射...
「赤くなれ」
花びらがわずかに震えたが、色は変わらなかった。
「まだじゃ。花と対話するつもりで」
天音はもう一度集中した。白い花びらの一枚一枚に語りかけるように、そして花自身が変わりたいと思っているかのように想像する。
「赤くなれ」
今度は花びらの先端がほんのりと赤みを帯び始めた。まるで白い花に赤インクが滲むように、ゆっくりと色が広がっていく。
「やった!」
天音は思わず歓声を上げた。今までで最も難しい課題をクリアしたのだ。
「よくやった」
仙人も満足そうに頷いた。
「物の性質を変える言霊は、物の存在を動かす言霊より高度じゃ。お前の才能が確かなものであることの証明になった」
天音は自分の手を見つめた。この手から、言葉という形で不思議な力が放たれる。まだ制御は難しいが、確実に進歩している手応えがあった。
---
「さて、今日最後の練習じゃ」
夕暮れ時、仙人は道場の中央に天音を立たせた。
「これまでは単体の対象に言霊を向けてきた。次は複数の対象を同時に操る練習じゃ」
仙人は床に十個の小さな木の球を円形に並べた。
「このすべてを同時に動かせ」
「全部ですか?」
「そうじゃ。言葉は一つでも、心で複数の対象を捉えることができれば、言霊も複数に作用する」
天音は円形に並んだ木の球を見つめた。これまでと違い、一つではなく十個すべてを意識の中に収めなければならない。
深呼吸し、集中する。円全体をイメージし、その中の十個の球すべてを一度に思い描く。
「動け」
数個の球が不規則に揺れただけで、ほとんど動かなかった。
「難しいですね...」
「当然じゃ。言霊の使い手が成長する過程で、最も難関となるのがこの『複数対象への制御』じゃ」
天音はもう一度試みた。今度は円そのものをイメージする。十個の球が一つの円を形作っているという認識で...
「円になって、動け」
今度は十個すべての球が同時に動き始めた。しかし、バラバラの方向に転がっていく。
「まだじゃ。方向性も心で示さねば」
何度も試みるうちに、天音の集中力も限界に近づいていた。頭が痛み始め、視界がちらつく。
「ちょっと...休憩を...」
「ワシが言うまで続けるのじゃ。言霊の使い手に、戦いの最中の休憩はない」
仙人の声が厳しくなった。
天音は額の汗を拭い、もう一度集中した。限界を超えたところに、新たな領域があるはずだ。
すべての球を一度に意識し、それらが同じ方向——時計回りに動くイメージを強く持つ。
「円を描いて、回れ」
十個の球が、見事に円を描いて回り始めた。最初はぎこちなかったが、次第に滑らかな円運動になっていく。
「よし!」
仙人が手を叩いた。
「本日の修行はここまでじゃ。よくやった」
天音はどっと疲れが出て、その場に座り込んだ。体中から力が抜け、頭も重い。だが、達成感もあった。
「仙人さん、言霊を使うとこんなに疲れるものなんですか?」
「もちろんじゃ。言霊は心の力。使えば使うほど、精神力を消耗する。特に未熟な使い手ほど、消耗は激しい」
仙人は天音の肩に手を置いた。
「だが心配するな。修行を続ければ、より少ない消耗でより強い言霊を使えるようになる。すべては慣れじゃよ」
天音は頷いた。今日一日で、言霊の基本と難しさを身をもって学んだ。制御の難しさ、集中力の重要性、そして使い過ぎの代償...
「明日からはもっと実践的な修行に入る。心の準備をしておくがよい」
仙人は天音に夕食を勧めた。質素だが栄養のある食事だ。
「ありがとうございます」
天音は黙々と食べ始めた。空腹だった。言霊の練習は体力も消耗するようだ。
「仙人さん、質問があります」
「なんじゃ?」
「僕が学校に戻ったら、また『ことだまハンター』が来ますよね?その時、どうやって身を守ればいいですか?」
仙人は箸を置き、真剣な表情になった。
「まだ学校に戻るつもりか」
「いずれは...倉田さんのことも心配ですし」
「そうか...」
仙人は少し考え込んだ後、続けた。
「身を守る最も確実な方法は、相手を圧倒する力を持つことじゃ。だがそれには時間がかかる。それまでは知恵で補うしかない」
「知恵...ですか?」
「そうじゃ。例えば、言霊は防御にも使える。『弾け』『跳ね返れ』といった言葉で、攻撃を防ぐことができる」
天音は目を輝かせた。今日は攻撃や操作の言霊ばかり練習したが、防御の言霊もあるのか。
「ただし、防御の言霊は相手の攻撃を読み、瞬時に対応する必要がある。明日からその練習も始めるが、習得は容易ではない」
「わかりました。頑張ります」
食事を終えた後、天音は自分の部屋に戻った。体は疲れていたが、頭はまだ冴えていた。今日学んだことを整理し、明日への準備をしたい。
部屋に置かれた小さな机に向かい、天音は紙に今日練習した言霊とその効果、コツを書き出し始めた。
「動け」——対象をどう動かしたいか、方向性まで意識する
「止まれ」——対象を明確にしないと自分に返ってくる
「赤くなれ」——対象の本質を理解し、共感する気持ちが必要
「回れ」——複数対象の場合、全体のイメージを持つ
書きながら、天音は自分の成長を実感していた。まだ始まったばかりだが、確実に一歩ずつ前進している。
「明日は防御の言霊か...」
天音は窓の外を見つめた。月明かりが庭を照らしている。平和な光景だが、どこかでことだまハンターが自分を探しているかもしれない。そして倉田はどうしているだろうか。
「強くなって、必ず守ってみせる」
天音は静かに誓った。自分の力を制御し、仲間を守れる強さを手に入れるために。
窓の外で、一瞬風が強く吹いた。まるで天音の決意に応えるかのように。
(つづく)
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